世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら 作:bui
世の中には生まれつき色覚に障害のある人が存在する。
赤、緑、そして世界がモノトーンに見えるなど、ケースはいろいろで人によってあらわれ方はそれぞれだ。実際に美しい絵や写真でその世界を世に出している方々もいる。
色に感性がないとはどういうことだろう?昔の律はそんなことはなかったはずだ。
菓子類を食べた律は顔の色を取り戻したので一旦家に帰ろうと提案した。
夕食は7時の予定で、家の近くのレストランを予約している。
「そうだな。俺がいても何の役にも立たない。スタートから失敗してしまった。彼に謝っておいてくれ。」
と、桐嶋さんと雑誌のゲラの話からどうやら別の話に移行しているらしい横澤の背をみて律は薄く笑った。
「なんでかな・・・。誰かに迷惑をかけないようにしようとするといつも失敗してしまう。」
自省気味の言葉が耳に触る。
「日本人だと知ってからは日本語も少しはできるようになりたいと思っているのだけど・・・、昔の俺は日本語を話していたのだろうね。」
どうやら電話での話が通じていなかったことも気になっていたようだ。
人としてのアイデンティティは難しいものがある。
生まれてからずっと日本にいる俺にとって、自分が日本人であるということは考えたりすることなく当たり前なのだけど、昔の律も今の律も日本人だと言われても何をもってしてそうなのかという部分で迷いが出るのだろう。
遺伝子に日本人ですと刻まれるわけではないだろう。それは風習とか宗教的な概念として代々受け継がれている感覚で、属している集合体の決まり事を親から子へと体感として植え込み続けた結果、確固たる民族としての意思として育つのだろう。
日本人は狩猟民族ではない。保守的な小さいコロニーは助け合わなければ生きていけない。団体としての意思を尊重する。農耕民族として待つこともできる。
だからこそ言いたいことをぐっとこらえてしまう気質が存在するのだ。そう考えると律には立派な素質がありそうだけどな・・・。
シュンとしている律があまりにも頼りなく寂しく見えて、俺まで泣きたい気持ちになる。
「さっき日本語しゃべったじゃないか?」
沈黙に耐えられずそう言うと
「え?そう?」と、律は思い当たることがないようで少しきょとんとしていた。
あのダイジョウブですは昔の律が言わせた言葉だったのだろうか?無意識だったとしたら律が昔を思い出す可能性があるのか?
「ダイジョウブですって言った。」
「あ?ああ・・・。」
やはり律は思い出せないようだったけど俺はあの言葉にまた律との未来を夢見ることができた。
しつけーよな・・・。俺・・・。
くくっと自嘲すると律がいつもの表情にもどって、いぶかしげに眉間に皺を寄せた。
▽
俺が困惑しているのがわかっていたようで、律は帰宅してからポツリと昔のことを説明してくれた。
「5年ぐらい前に、ランディの仕事の助手として軍のキャンプに同行した時に・・・。」
律は言いにくそうにそこでいったん言葉を止めた。
「ちょっと嫌な感じの話になるけど構わないか?」
そんな風に俺を気遣うところ、やっぱり律だ・・・。
「へーき。続けて。」
俺が言うと律はフウと息を吐きながらうなづいた。
「その時の事件で、もともと人に触れられたりすることが苦手だったのだけどそれが一層ひどくなって俺の世界から色が消えたんだ。
ランディは自分の仕事に俺を同行させたことを今も気に病んでいる。だから俺は少し日本に滞在してランディから離れてみることにした。」と言った。
「事件?」
急に以前横澤の言ったローラが人を撃ち殺したという『あの話』が脳裏をかすめる。まさか本当に人を殺したとは思っていないが、噂になるような出来事があったのだろうとは思っていた。
「そう・・・。」
律はさらに説明を続けようとしているようだったけど、思い出すと身体が震えるのか自分で自分の腕をギュッとつかんでなかなか次の言葉が出ないようだった。
「軍のキャンプというのはどうしても男ばかりになりがちで・・・。」
もういいよと言葉を止めようとした瞬間、律がまた話を始めた。
「度々俺に言い寄ってきていた奴に、ある時俺は付き合うのは無理だときっぱりと断った。」
この話はやはり『あの話』につながるのだろうか?そう思ったら背筋がぞくりと泡立ち血の気が引く。
しかし、話さなくていいと言いたいのに口が動かない。
硬直したままの俺を置き去りにして、律がゆっくりと、途切れ途切れに言葉をつづけた。
そしたら思い切り引きずり倒されて・・・。
後ろ手に縛られて身動きできなくされて・・・。
俺の腹の上でそいつは自分の喉笛をナイフで切ったんだ。
これでもう俺のこと一生忘れられないでしょって笑って・・・。
目の前が真っ赤に染まって俺はそのまま意識を失ったのだけど、騒ぎで駆け付けた人は生き死ににはそれなりに慣れているはずだったのに、一面の血の海に漬かるように赤く染まった俺たちを見て絶句したそうだ。
そしてそれから俺は色を見ることができなくなった。
「ごめんマサムネ・・・、だから君がくれたあの写真の色も・・・。俺には見ることができないんだ。」
と・・・・。
何をどう言っていいかわからなかった。ランディさんが後悔しているのと同様に俺も今激しく後悔をしている。
人が生きる一生には一体何度後悔を繰り返せばいいのだろう。
あの分岐点で道を誤らなければと過去の自分を殴りたくなる。
流されたとき律を捕まえていられなかったこと、律のドックタグを俺がむしり取ってしまったこと、律がいなくなってから探しに来なかったこと、そしてこんなことを律に言わせてしまったこと・・・。
「律・・・、抱きしめていい?」
俺がそういうと律が自分を抱くように握りしめていた腕を緩めて数歩の距離を埋め、そっと俺の身体に手を回した。
俺も律の背に手を回し柔らかく抱きしめると律がホウっと息を吐いて
「やっぱり・・・。マサムネの腕の中は落ち着きます。不思議だ・・・。」
と言った。
ジルがなになに?と興味深そうに俺たちの周りをぐるぐると尻尾を振って、いつまでも回っていたのが可笑しかった。
▽
その夜の食事は和洋折衷どころか多国籍的料理だった。
川沿いのレストランはその地の利を生かし、せり出したテラスをガラスの壁で覆って、まるで川の上で食事をしているような錯覚さえ起こさせるようなしゃれた作りの店だった。
入口には模造品のカラフルな野菜が展示されていて雰囲気をさらに盛り上げているようで、店の雰囲気と同じように一見女子うけけしそうで洒落ているのだけど、オープンキッチンとなっている店の中央では肉系の料理を煙や炎を上げて調理しているところが見える。
「ケバブかな?」
律が天井から吊る下がる大きな串に刺さった肉を眺めて嬉しそうにそういった。
すでに目の前にはムール貝のフライと山盛りのサテが大きな円形の皿に綺麗に並べられて置いてあり、バケツのような大きさのガラスボールに無造作に切り刻まれた野菜が入っていた。
昔とんかつ屋さんで食べ放題キャベツを見たときに、律がヒャっと声を上げたことを思い出した。
カラフルな紫の野菜を見ても、律の目には白黒にしか映らないということは、今は一旦忘れようと決めた。
「ワインでも?」と聞くと「そうですね。じゃあシードルがあれば。」と律が言う。
日本だったらとりあえずビールというところだけどリンゴ酒とはまたなんとも可愛らしい。どうやら律は酒はあまり得意ではないようで酔っ払いの父親たちを笑っていたことを思い出した。
食事を終え川沿いの道を歩いて帰る途中で「いい川ですね。」というので「とても水質の良い川なので家族連れがよく水遊びをしますよ。」と答える。
家のあるところはこの川の水源に近く、中央には何か所も水の湧くところがあり、律の目のような色をした(翡翠)カワセミをよく見かける。生き物なのに宝石のように美しく出没するところを写真に収めようとするギャラリーが多くいる。
黒いカワウ、薄青の冠をかぶったゴイサギ、野鳥たちの宝庫でもあるために小野寺さんがこの家をここに構えた理由もわかるというものだ。
木製の手すりにもたれて少し川を眺めていると後ろから「すみません」という声がした。
振り向くとそこには女性が二人立っていて、「このあたりにお酒の飲めそうなお店ってありますか?」と聞かれた。
穏やかな顔をしていた律にピキンと緊張が走るのがわかった。
「あの橋を渡って向こう側に行けば川沿いに何件かありますよ。」とそっけなく答えると「もしよろしければご一緒にどうですか?」と科を作って身体を近づけてきた一人にそう誘われた。
夜更けにこのあたりをうろちょろしていて、酒の飲める店なんて聞くからにはどうせ逆ナンだろうとは思っていたけどやっぱりな。
ちょっとイラつく自分がいる。
律がいるのに女と酒なんて飲んでられるか、とは思うもののそんなに不遜な態度もできない。
「いえいえ俺たちは帰宅するところなので。」と律に帰ろうという目くばせをすると女性の一人が律の腕をつかんで「そういわずに。ね。」と引いた。
慌てて律を引き寄せて「他所を当たれよ。」ときつくにらみつけると女性たちは不満げに文句の言葉を少し吐いて去って行った。
律の背を支えながらもイライラしたまま俺がずんずんと歩くと「すみません。」と律が小さい声で言った。
「マサムネもきれいな女性と一緒の方がいいんじゃないですか?」
言われた言葉は分からなくても誘われたということは律にも理解できていたようだ。
先ほどの店の酒が多少効いていたのかもしれない。俺はその言葉にむっとして「何にも覚えていないくせに。」と言って思い切り律を抱きしめて、その唇に思い切り激しくキスをしたのだった。
▽
ただ触れるだけのキスではない。
驚いているのか無抵抗の律の唇を割り開き、舌を口の中に侵入させる。
背に回した手に力を入れて引き上げ身体を密着させて、うなじからそのさらりとした髪に差し込んだ手で逃げないように小さな頭をがっつりとつかむ。
甘露だ・・・。
忘れかけていた律の極上の味、それを堪能するようにむさぼり続けると触れている律の身体の一部が固く強張っているのを感じた。
律の身体も俺を感じているのか?とハッとして唇を離すと、困惑した律が「な、に?これ?」と自分の身体の変化に戸惑いつぶやいた。
「以前、俺は律にとってのなんだったのかって聞いたことがあったな。」
俺は律の耳にチュッチュとキスをしながら低い声でささやく。
もう嘘はつき続けられない。
俺にとってお前は・・・。
「恋人同士だったんだ。」
もうもとには戻れない。拒絶されたらもうおしまいにするしかない。
そう決意して律に本当のことを告げた。