世界一初恋パラレル 想いさえも閉じ込めることができるなら   作:bui

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第9話

「俺とマサムネが恋人同士だった?」

律は耳元で声を震わせてつぶやくようにそう言った。

 

「そう。信じられない?」

俺は手から力を抜くことなく抱きしめ続けて、律に答えながらもそう問う。

 

首筋に唇を這わせると、律がびくっとして首をすくめた。律の気持ちいいところは知っている。

自分からねだるようなことはなかったけど、いつだって律は俺に精一杯応えてくれていた。

 

でも、今思えばそれはゆがんだ行為だったのかもしれない。律を求める気持ちはだれにも負けないつもりだったけど、一人よがりな自己満足な感覚を単に押し付けただけだったのだろうか。不器用でまだ精神的にも幼い俺に、心と身体の区別を付けるのは難しかった。

 

愛しさ故に歯止めが効かず、暴走した俺は律にとってはどうだったんだろう。

律は過ぎた快楽に背徳心にさいなまれていたのかもしれない。

 

しかし、今の俺には律の気持ちを知る由もない。

 

でも。恋人同士だったんだ、俺たちは・・・。俺はそう信じている。

 

「いえ、そう言われるなら納得できます。俺を・・・、いえ、俺を通して誰かを見るあなたの目はいつも寂しさに溢れていたから。」

 

再会してからもろくに目も合わせなかったくせに、なんでそんなことを言うんだ・・・。

俺は律にはそんな風に映っていたのか?

 

きちんと本音は隠していると思っていたのに、いつでも律にはびっくりさせられる。

だから律は俺の手を振り払うことを躊躇したのだろうか?結局いつだってお前は俺を受け止めてくれていたということか?

 

そして俺は・・・、いつだってお前に救われ続けているんだな。

 

「オノデラの父は?それを?」

律が少しだけ心配そうに聞くので「気づいていないと思う。」と告げた。

 

これは実際にはどうなのか、単なる俺の願望なのかどうかわからない。

既に父のような存在の小野寺さんがそれを知ってどう思うかを想像するとやはり少し怖い。

だから小野寺さんは知らないだろうと思うようにしている。

 

「俺が嫌になった?」

 

身体を離し頬を両の手のひらで支えて、その深緑の双睦を見つめて言うと

「それはありませんが・・・。」と言って少しだけ思案するように目を泳がせ「少し時間をください・・・。」と律は言って俺の手を頬から引き剥がし、ゆっくりと離れて行ったのだった。

 

 

 

 

▽

 

川沿いの家には大きなワンルームの一階と、数段下がる地下と、同じように数段上がる二階がある。

 

一階の板の間は、広い川に面したガラス戸に向かって、右側にアイランド型のシンクのあるキッチンが、左側にはラグの引かれた居間スペースがある。

 

キッチンと居間スペースの間には窓を分断するようにペチカがあって、シュンシュンといつも湯が沸いていた。

 

その対面には幅の広い白木の階段が下と上に伸び、主だった部屋にはドアはないために、ペチカが家じゅうを温めることができるのだ。

 

上には小野寺さんの仕事をする部屋があり、下にはランドリーや風呂、物置兼クロ ーゼットがあった。

 

一階のキッチンの奥に、ドアがなく壁だけで分けられている小部屋が二つあり、 その一つが律の部屋、そして一つが俺が手伝いなどで泊まる時に使わせてもらっている部屋だ。

 

当初小野寺さんはここに住んだらいいと言ってくれていたが律を思い出すこの家は居心地がいいのか悪いのか分からなくなって近いことを理由に今住んでいるマンションを借りた。

 

家の外観として、一階部分が他の階より少しせり出しているために出窓からは外には出られないが、地下からは丁度川べりに出ることができる。

 

地下の川に面した一部分には横に細長いウッドデッキがあって、水辺ぎりぎりまで出て行くことも出来るという作りで、律とはウッドデッキや居間スペースの出窓に腰掛けて、川を見ながら米ハゼや麩菓子を撤いて水鳥を寄せた。

鳥たちが先を争って水に浮かんだ麩をハグハグと食べるところをニコニコして見ていた律のことを昨日のことのように思い出す。

 

川底にはきらきらと身体を翻しながら泳ぐフナやハヤ、ニジマスも見えて、その美しさに感動したり、クレソンの群生やバイカモの花にいつも癒されたりした。

 

 

 

遠い川の中央部分に見えるすっとしたサギは、あの日のツルを連想させると律はいつもうれしそうにカメラを向けていた。

 

この家で律を見た記憶は俺たちが一緒にいた期間の短さには比例しない。

俺の記憶の中でこれほど鮮明に思い出す色はいつだって律との時間なのだ。

 

 

さすがに律は長旅で疲れたようで、家に戻るとシャワーを浴びて休むと言って早々に部屋に退散した。

ジルは一度律について部屋に行ったのだけど、きっと律が寝てしまったからだろう、すぐに戻ってきてペチカの前のレンガに敷かれたキリムに丸くなって寝転んだ。

 

ドアのない部屋はペチカのおかげで朝まで温かさが満ちている。

 

ただし、薪を定期的につぎ足す必要があるのでそこだけは要注意だ。

 

数個の木っ端を念のためペチカの横から引き出し前に置いて、俺は冷蔵庫から缶ビールを出した。

 

テレビのスイッチを入れてジルの横に座るとジルは一瞬首を持ち上たげたけど、何かの事件が起こったわけではないと悟り、またコテッと身体を伸ばして寝転んだのだった。

 

律にはひどく混乱をさせたのだろう。でももう俺には黙っていることは出来なかった。

 

近くにいる今の律に応えてもらえなくても仕方ない。

 

しかし昔の律には否定されたくない。

 

今の律にもかつての律をどれほど大事に思っていたかを知ってもらうためにはやはりこの思い出を伝えなければならなかった。

 

ただただ律を、律だけを大事に思っていた・・・。

 

 

 

自分勝手でごめん。

 

混乱させてごめん。

 

忘れられなくてごめん・・・。

 

好きでいて・・・、ごめん。

 

 

 

 

 

▽

 

深夜のニュースなどを一通り見終る頃には俺もすっかり酔って眠くなった。

 

ジルは俺と一緒にたらふく魚介系のツマミを食って夜行性のくせにすっかり高イビキだ。

 

おまえって図太いな。ここが日本だって分かってる?

 

ジルが凍えないように、ペチカの薪が朝まで持つように、少し均 (なら)して、千鳥足よろしくふらふらとしながら寝床に倒れ混むように移動した。

 

 

 

夢を見た。

 

律が「マサムネ」とあの少し舌の回らない発音で俺を呼ぶ。

 

頬をさすってキスをする。

 

掛布をめくってまるで猫のようにするりと俺の懐に入り込んで、冷たくなった頬を俺の胸にすり寄せスンスンとにおいをかいだ。

 

やっとあのダム湖の底から帰って来てくれたの?

そんな風に問うた気がする。

 

俺は冷えた律の身体を温めるようにすっぽりと包み、腕の中からいなくならないように、もう二度と手放さないようにとぎゆっと抱き込む。

 

そして律の甘い香りに包まれて幸せな気持ちのまま夢の世界で律との時間を過ごしたのだった。

 

 

 

▽

 

夜更かしをしたせいで日が高くなっていることが分かるような明るさの中で目が覚めた。

 

居間からはジルと話をしている律の声が聞こえる。どうやら律はジルに説教中のようだった。

 

「おはよう。」

そう言いながら居間に入ると、律はちよっとだけビクッとして「オハヨウゴザイマス。」と日本語で言った。

 

少しドギマギして見えたのは、昨日のことを引きずっているのだろう。

しかしもう俺は律に遠慮はしない。一番隠しておきたいことを伝えてしまったのだから。

 

「ジルが悪さしたのか?」

 

洗面所に行きがけに声をかけると、ジルは尻尾を下げてシュンとした顔をした。

 

「棚からお菓子を引きずり出して食べたんだよ。」

 

空の袋をジルの上でバサバサと振りながらモウ!と怒る律はかわいい。

それにしても、昨日俺がそこからツマミを出したのをちゃんと見てやがったな、こいつ・・・。

 

「低い棚はだめだな。」少し疚しいところのある俺は、別にジルを擁護するつもりでもないが、コメントの歯切れの悪さは隠せなかった。

 

「ジルの届かない棚なんてないでしよ?この家に。」

 

グルリと見回すと確かに高い所にストッカーはない。

 

「ハンドルに紐付けて縛るしかないかな。」ジルなら紐も解くかもしれないけど、ハハハと笑うと律がまた渋い顔をした。

 

あとでジルにはじっくりと言い聞かせないとだめだな。訓練されているくせにこれではすっかり駄犬だ。

 

しばらくはジルにツベコベ言っていた律が、洗顔を終え居間に戻ってきた俺に「マサムネ、アサゴハン タべマスカ。」と聞いてきた。

 

これは律の『日本語頑張ろう』タイムなのか?

 

律がまた日本語をしやべるので驚きで眉を上げると

「間違えていますか?」と少し困ったように言う。

 

いや、そうじやなくて律の頑張って日本に馴染もうとしている気持ちがうれしかっただけだから。

 

「間違ってないよ。」

 

そう言うと律はパッと明るい顔をした。

 

 

「なにを作ったの?」

「ミソシルとライス。」

 

え?和食?なの?

なんでまた和食作ろうと思ったんだ?

 

「来る前にインターネットで調べたので出来てると思います。」

「へえ・・・。」

日本だったらクックパットだろうけどあっちではなんだろう?

 

「荷物に材料は入れて送りました。」

「へえ・・・。」

というか、日本に来るのに味噌とか米とか持ってきたってわけ?

 

「ミソもコメも種類が多くて良くわかんなかったんですけど適当に。」

適当に?タイ米とかもち米とかじゃなくて普通の白米にしたのだろうか?

 

「ライスは鍋でゆでました。」

茹でた?

 

律の説明がおもしろくてついついニヤニヤしてしまうので毎回律が睨むのだけど全然怖くないよ、相変わらず。

 

『茹でた』ご飯と、漉してない麦みその粒の入ったミソシルを俺たちは食べた。

 

律は少し『茹で』過ぎ感の多い柔らかいごはんに半熟の目玉焼きを乗せて、スプーンでグシャっと混ぜたので、黄身が流れ出てまるで玉子かけご飯のようになっていた。

 

俺がそれに少々の七味唐辛子と醤油とごま油をたらしてやると香ばしい匂いがたち上り、律は美味しいと頬を桃色に染めて喜んだ。

 

麦の粒の混ざった味噌汁には「味噌汁のもと」という名称の乾燥した麩やらわかめやら菜っ葉やらが一つになった便利そうなものを買って入れたのだそうだ。

 

具がいろいろ入っていて、麦の粒がプツプツと面白い食感で不思議とおいしく感じられた。

 

あの家の近くの街の中華系のマーケットで買ったそうで、店主も日本食には詳しくなく、あまり説明もしてもらえなかったそうだけどちゃんと食べられるものだと感心したのだった。

 

 

 

今回、律がそれなりの覚悟をして日本に来たことがわかる。

 

来るのに時間が空いたので律にとってはどうでもいいことなのかもしれないと思っていたけど、それは誤りだった。

そう、いつだって律は真摯だ。適当な態度やいい加減な行動はしない。

 

どんなに変わっていても今も昔もやはり律は律だった。

 

そして俺は律が好きだと認めざるを得ない。

 

この気持ちを手放すなんてもう出来ない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽

 

今日の俺はまた仕事に出かけなければならなかった。

 

律を一人にして出かけるのは忍びなかったけど、昨日の今日で疲れているし、荷物を解きたいと言ってもいたので後ろ髪を引かれる思いで午後に予定しているクライアントとの打ち合わせに間に合うように俺は家を出た。

 

明日からは数日休みだ。できれば近場でもいいから律とどこかに出かけたいと思っている。

この時期はどこも混んでいるけど楽しいイベントが多いのも確かなのだ。

 

一月 (ひとつき) ぐらいは日本にいてくれるんだろうか?

また帰ってしまうとき、俺はどうなるのだろう。

 

そんなことを思いながらぼんやりと野外の広告を見ていると、カラフルなクレープの画像が目に付いた。

 

律が喜びそうだ。食べに行こうかと思いながらふと思い出したのは・・・。

辛くて苦してく、律のことを忘れたくて、付き合った何人かの女性の事だった。

 

あの時、その子とこんな風に何かを食べたいとか、どこかに連れて行きたいとか考えたりはしなかった。

 

いつもそれが義務のように流行の場所に行ったり、ねだられれば高い店で食事をしたりした。

自分としては精いっぱいできることをやっているつもりだったけど俺は相手を見てはいなかったのだ。

 

結局そのうちに愛想をつかされて、相手から別れを切り出されてもむしろホッとしてそのまま別れを受け入れた。

 

別に嫌いだったわけではないが俺はその子たちを本当に好きになることが出来なかった。

 

律だけが特別なんだ。

 

なにをどうしたっていつも俺の思考はそこに到着する。

 

 

 

 

all or nothing・・・。

 

律でなければだめなのだ。

 

律でなければ何もいらない。

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