夏までには2巻分終わらせたいと言って気づいたらコートを羽織る季節。
…………ふむ、なんでだろうな……?
「……ッ、ここは……」
薄暗い灯りに起床を促され、目を覚ます。どことも知れない部屋で起きたボクの傍らには、小猫と
ただし、シアンは眠っているけれど。
「……先輩、おはようございます」
「おはよう。今何時?」
「人間界の、日本時間で午前の4時です。一誠先輩は1時を過ぎた辺りで眠ってしまいました」
小さな寝息を立てながら、ボクが体重を預けているベッドに覆い被さって眠るシアン。彼女が眠っているからだろう、まず間違いなく聴こえるだろう赤龍帝ドライグの声は聴こえない。
対して小猫は真っ暗とは言わない程度に付いた灯の中で本を読んでいた。心なしか、眼が光っている。
一応、夜の生き物である悪魔なのでボクもタイトルくらいの大きさなら読めるが、平時と変わらずすらすらと読めるのは彼女ならではだろう。
「……"我輩は猫である"?」
「愛読書です」
あちらの世界でも聞き覚えのあるタイトルだった。
この世界に生を受けてすぐに知ったことだが、悪魔も関わりを持つ神話においても、あちらの世界とこの世界とで一定以上の同一性を持っている。
二つの世界では、
まるで二つの世界は、どこかで枝分かれをしたように似通っている――
「小猫、よく本を読んでるよね。それかよく食べてる」
「サブカル全般が好きですから。あとよく食べるは余計です。
……部長達を呼んできます。一誠先輩も起こしたら悪いので、このまま連れていきます」
「ああ、ありがとう」
小猫はそう言うと慎重に、迅速にシアンの膝裏と背中を抱き抱える。
「……うーん、GV……たこ焼きはお好み焼きでももんじゃ焼きでもないってば……」
「……一誠先輩、眠るとよくじーぶい?という名前を出しますよね。
以前の堕天使騒動で、部員で代わり代わりにお見舞いしていた時も皆さん口を揃えて言っていました」
「……そうなんだ。ボクは初めて聞いたよ」
「それは先輩が、眠っている時お見舞いに来なかったからです」
ぐうの音も出ない。まさか頻繁に寝言でボクの名前を出すと思わなかった。
……シアンが
「先輩、サーゼクス様やフェニックス家の方々は先輩の使った"神器"の説明を求めています。皆さんが来るまでもう少し休んでいた方が後が楽だと思います」
「わかった。ありがとう」
ボクは小猫の抱えた彼女から逃げるように、再び暗い闇の向こうへと意識を放った。
◆◇◆
「先輩、入ります」
小猫が三回部屋をノックしてそう言った数秒後、扉の向こうではもぞもぞと絹の擦れる音が鳴り、やがてヴァーリの声が返ってくる。
「……わかった」
少し憂い気を含んだ声だった。小猫が「失礼します」と言って室内に入ると、後続が導かれるように部屋内へと入っていく。
「おはようヴァーリ。気分はどう?」
「少し良いよ。キミがそう聞いてくれて、ボクのやったことはなんの無駄でもなかったってわかったから」
申し訳なさそうに、だが誇らしげに聞いてくるリアスの姿を見て改めて、自分達がライザー・フェニックスに勝利したことを実感したのか。ヴァーリは少しだけベッドに備え付けられた背もたれに預ける体重を大きくした。
だが安堵の雰囲気はすぐに消え、ヴァーリはリアスの後ろにいる者達に視線を向ける。
「……この度は、本当に申し訳ありません。ジオティクス様、ヴェネラナ様、サーゼクス様。それにフェニックス家の方々も」
先に口を開いたのはヴァーリの方だった。彼は背もたれから身体を離し、深々と頭を下げる。
「顔を上げたまえ、ヴァーリ・アシモフくん」
落ち着いて澄んだ声がする。ヴァーリにサーゼクスと呼ばれた男が柔和な表情を崩さずに、彼の方へと歩を進める。
「父と母、そしてフェニックス家の方々は今回の縁談を自分達が急きすぎた故の反発だったと言っていらっしゃる。
少なくとも縁談の件に関しては、いち眷属悪魔でしかないキミが一方的に頭を下げることはかえって無作法だ」
「……ありがとうございます。ですが」
「ああ、キミがなにを謝罪の大部分に置いているかは理解している。キミが纏った"神器"……"白龍皇の光翼"についてだろう」
改めてサーゼクスがそう切り出すと、室内の空気が一際重いものへと変ずる。
サーゼクス・ルシファー、今の悪魔情勢を仕切る四人の魔王、その一角『ルシファー』であり、同時にリアス・グレモリーの実兄。
魔王の座を戴いたことでグレモリーの家を継ぐ資格こそ彼は持たないものの、魔王として、そしてグレモリー家に属していた者として、七十二柱の純粋悪魔同士による縁談に出席していたのだろう。
「結論から言わせてもらうが、グレモリー家とフェニックス家はキミの神器について、黙殺することを関係者各位の総意として決定した」
その言葉に対してヴァーリは驚いたようなそぶりを見せることはなく、先ほどまで彼女……兵藤一誠が眠っていた場所を一瞥して、返答する。
「……それは、彼女がグレモリーの庇護下にあるからですか」
「流石に目ざといか。兵藤一誠……いや、赤龍帝と白龍皇の邂逅によって大いなる災禍が齎される可能性は極めて高い。地球という星の歴史が証明している。
そして現実にそのような災禍が起きることがなかったとしても、赤龍帝と白龍皇が所属を同じくしているという事実は悪魔、天使、堕天使の三勢力内外問わず方々に大きな影響を与えることは想像に難くない。
三勢力はいずれも、前大戦において冷戦状態を継続せざるを得ないほどに疲弊している。そこに無用な混乱分子を入れ込むことはこちらとしても避けたい」
「だとしたら、ボクをリアス・グレモリーの眷属悪魔から追放すればいいはずです。そうすれば彼女を巻き込んでまで七十二柱の二柱がこんな隠し事に躍起になることもなくなる」
ヴァーリの言葉は、どこかで彼自身の本心が入り混じっていた。リアス達やシアンに迷惑をかけられなず、そしていっそ彼女の元を離れれば自分は楽になれるのではないかという邪さを持つ本心。
だからいっそ、
「……選択肢の一つとして、私もそれを提示はしたんだがね」
だがサーゼクスは鼻白むような素振りは見せず、むしろ誇るようにリアスとヴァーリを見て笑った。
「そんなことは許さない、あってはならないと私が伝えたわ」
ヴァーリの前にリアスが出る。彼女は優しく、だが確かに叱責するような厳しい目を向けながら語る。
「ヴァーリ・アシモフ。あなたは私が見出した誇るべき眷属悪魔です。あなたが白龍皇だということは……残念だけどまだ完全に受け入れることはできていない。あなたが私に、そういう決定的な隠し事をしていたことにも言いたいことはあります。
あなたもそうでしょう? と暗に言われているのだろう。リアスはヴァーリをまっすぐ見つめながら言い切る。まるでヴァーリの心境を見過こしたような翡翠の瞳に、彼は目を逸らす。
「……それはキミの思い込みだよリアス。ボクはキミが思っているほど強くない。弱いつもりはないけど、大切なもののひとつも守れやしないんだ」
逸らした目のまま、ヴァーリはリアス以外の誰かに話しかけるように告げる。
過去を語りたがらないヴァーリは何を経たのだろうかという疑念が部屋内を静かにさせる。
誰も二の句を継がない状況で、ヴァーリが口を開こうとしたその時。
「……あの、起きたら違う部屋だったんですけど。もしかして今お邪魔ですか?」
いつの間にか開いた扉と共に、
「い、いえ……邪魔ってわけじゃないんだけど……」
「そ、そうですか? その割には皆さん……その、爆発寸前、みたいな空気なんですけど……」
一誠は「でもいいなら……」と扉を閉めると、多くの人に隠れていて(主に身長で)発見できなかったヴァーリの姿を見つけて安堵する。
「あ、先輩。起きてたんですね。よかった……」
「まあ、うん。おはよう。……兵藤さん」
どこかよそよそしい挨拶を交わす。二人とも、改めて会話をしようとなると何を言えばいいのかわからないのだろう。
「先輩、あの……」
「……うん」
「……わ、わたし! 先輩が誰でも関係ないと思うんです! 先輩、ずっとよそよそしくて。でも先輩が
「……え?」
彼女の口から出てきた言葉にヴァーリは不意を突かれたようで、彼は素っ頓狂な声と目で一誠を見返す。
「だって先輩がわたしを単に嫌ってたとかそういうのじゃないんだってわかって。だからよかったって……」
「……キミは」
「あ、も、勿論問題はそれだけじゃないんだってことはよくわかってます。
でも、ドライグからはこの神器の持ち主たちが争ったことだけを聞いたんじゃない。争わずに終わったこともあったって」
「だからといってそれは、二人が出会わなかっただけでボクらはもう――」
『だから、アタシ達もそうなるって言いたいの?』
突如聞こえる、一誠と似たようで非なる声。それに反応したのは一誠とヴァーリと、裕斗。つまり神器(あるいは
だがモルフォは一言、二人の会話に水を差しただけで何も言わなくなった。
この言葉は、シアンの本音や理想の具象でしかない自分が語ることでないと言うように、モルフォは再び姿を消してしまった。
「……例がないだけです。なければ造ります。わたしが、わたしと先輩が長い長い悪魔たちの歴史に二天龍が並び立つ姿を残します!
でも、わたしだけじゃそれはダメで、先輩だってがんばってくれないとできないわけで、それで、えっと――!」
必死に続きの言葉を探す彼女の姿を見ていて、自然とヴァーリの顔には笑みが浮かんでいた。
「……そう、か。そうかもしれないな」
「……え?」
「実はゲームの最中、アーシアとリアスに、もう少しキミと仲良くしたほうがいいと言われてたんだ。
キミとそうすることができれば、二人に言われたこともちゃんとこなせるな、と思って」
まだ完全に受け入れることはしないのだろう。二天龍の宿命というしがらみがある以上、
だが、手を取るくらいならできるはずだ。
(……ボクが守っていた彼女は、いつの間にかボクの知らない彼女になっているんだな。
いや、当たり前か。それで、その当たり前にボクは気づけないでいて)
「先輩?」
「キミがそういうなら、ボクもキミの隣にいるよ。
……兵藤さん、リアス、みんな、そしてグレモリー家の方々。これからきっとボクは多くの迷惑をかけることになると思います。けど……ボクがここにいてくれることを、許してくれますか?」
ヴァーリがそういうと、だれもがふっと笑う。
リアスがその場の誰かから代わるでもなくヴァーリの前に立つと、彼の額に人差し指をぶつける。
「最初から私たちはそう言っているのよヴァーリ。少しは人の話を聞きなさいな」
後悔することがあるとするならば、もっと早くに打ち明けるべきだったことだろう。
ボクは守れなかった後悔と、彼女を鳥籠から解き放った自責から。彼女に対してどっちつかずなままでいた。
彼女を案じ続けるあまり、ボクは愚かにも彼女達を一番蔑ろにする選択をしてしまっていた。
もう後には引けない。打ち明けた以上ボクは全力で兵藤一誠を守る。
それがボクの、彼女にもらった思い出の責任なのだから。
盤上愚者の
了
……
…………
眼が、眩む。声が、聞こえる。
…くん……! ……■■■■くん……!
この……声……■■……■……? いけ……ない……こんな……ところに……いては……危険……だ……
……クソッ……機能が、低下して……あと、少しだというのに……
意識が、消える……オレ、は……
………………ミチ、ル……