兵藤 一誠、16歳になりました。
シアンだった頃の私は諸事情であまり発育が良くなく、13歳で一度目の生涯を終えた時も130cmしか無かった。
だから兵藤 一誠としての人生には期待していた。していたのに……
……なかった。私の身体は相変わらず130だった。
意味が、わからない……昔はちゃんと理由があって130だったのに、今の私は特に理由もなく130。なんで?
「よ、イッセー」
「今日もちみっこいなイッセー」
「ちょっと松田、元浜! ちっちゃい言わないでよ!」
校門で私の背中を叩いて頭をわざとらしく撫でながら友達の松田と元浜が通り過ぎていく。
「……もう、ホントにデリカシーないなぁあの二人……」
なんだかシアンだった頃に時々会いに来てくれていたジーノさんを思い出す。ちょっとオタッキーでなんというか、不思議な人。
あの人の影響もあり私も結構そっちの方の知識があったりする。ドラグソ・ボールはとても熱い漫画だ。
『アレも面白かったけどやっぱりジーノに貸してもらったあのゲームが一番よね~。あのお恥ずかしいゲーム』
「あはは……まあそうだけど。一番最初に手に取ったゲームだからっていうのもあるけど、やっぱりアレが一番だと思う」
モルフォとくだらない会話をしてから階段を登る。他の人からすれば意味のわからない独り言を喋っているように見えるからモルフォと会話する事は極力控えている。
ただモルフォは神出鬼没な上に時々私の意思を無視して勝手に出てくるから困りもので、決定的に怪しまれる事こそなかったものの危ない場面に何度か遭遇した事があるのも事実だ。
モルフォが引っ込んですぐ、私の目の前に一人の女性が映った。
リアス・グレモリー先輩。私の通うこの駒王学園の有名人。容姿端麗で性格も良く、人気者という言葉を絵にしたような人。
特に接点もない私にはあまり関係のない人だけれど、目に映ってしまえば思わず追ってしまう。そんな綺麗な人だ。
「あら、確かあなたは……兵藤さんだったかしら?」
「へ? ……あ、はい。兵藤 一誠です。なんで私の名前を」
「それなりに有名だからよ。あなたとても小さいでしょう? 1年の子猫と同じくらいそういう方にね」
「はあ……塔城さんと、ですか」
それだけ言うとグレモリー先輩は私の頭を松田や元浜よりも優しく撫でるとそのまま右手を上げて階段を下って行く。3年生と2年生とでは教室の階が違うのだけど、誰かに用があったのだろうか?
私はそんな事を考えながら教室に入って行った。さあ、今日も平穏な授業の始まりだ。
◆◇◆
さて、夕暮れ時。私は学校帰りに新しいゲームソフトを何個か一気買いをして帰路についている。アクションゲームとかシューティングゲームとか、そういうのを運動の得意でないのでゲームの中だけでも、と購入する傾向にある。
「今の時代で2Dアクションゲームなんてそうそう目にしないよねぇ。プレイするのが楽しみだなあ」
『ほどほどにしなさいよ。お母さんによく怒られてるし』
「わかってるわかってるって……『アイツはお前みたいに単純なヤツじゃない。いつも悩んでばかりのいくじなしだったさ……だからこそアイツは英雄になれたんだ』なんちゃって!」
『ホントゲームやる時だけ調子いいわねこの子……』
モルフォと喋りながら歩道橋を歩く。一旦そこでゲームソフトを鞄に仕舞って顔を上げると、そこには私と同年代くらいの女の子が立っていた。
「……?」
よくわからないが女の子の事が気になる。チクチクする? ズキズキする? 言葉にもできない感覚だ。気分が悪い。
「あなた、兵藤 一誠さん?」
「え?」
ふと、女の子が私に話し掛けて来た。よくわからない違和感に苛まれながら私はどうにか平静を取り繕い、コクリと頷く。
「はい、そうですけど……何か私に用ですか?」
物珍しさで話し掛けて来る人は結構いたけど、なんだかよくわからない感覚を伴って話し掛ける人はそうはいなかった。
━━━いや、いた。昔、私が兵藤 一誠じゃなくてシアンだった頃に。その人達と似たような感覚で話し掛けられていると思えば、その違和感にも納得が行った。
「お願いがあるの」
お願い。嫌な予感しかしない。だって、私をそういう目で見ていた人達は、
「……なん、ですか……?」
━━━能力者を管理する。その為にキミの
「━━━死んでくれない?」
ゾクッ。
私が予想していたのとほぼ変わりのない答えが返って来たのと同時に私は彼女に向かって鞄を投げつけて後ろに向かって駆け出した。
動く機会に恵まれなかったシアンよりはちゃんと動いてくれる一誠の身体に心の奥底から感謝したのは多分これが一番で初めてだ。歩道橋の手すりに身体を乗せて滑りながら降りるなんてシアンじゃできなかった。
だけど、彼女を引き離せない。間違いなく遊んでいる。私を追い掛けて遊んでいる。
逃げ切れる保証なんてない事は逃げ初めて15秒と経たないうちに察した。でも逃げなければならないというのはわかっている。
「まだ買ってないゲームもやってないゲームもあるのに……新しい曲も作ってる最中なのに死ねない! モルフォ、この辺りに介入できそうな電子機器とかない!?」
『ないわね。夕方じゃまだパソコンを使うような年齢の人が家に帰って来ている方が珍しいもの。携帯電話程度じゃそこを介してテレビ局とかにハックするにはキツいわ。そこは電子の謡精の本領じゃないし』
苦虫を噛み潰すようなモルフォの声。その後ろでは未だにクスクスと笑いながら余裕の表情を崩さない彼女。
公園の付近でとうとう足をとられた。疲労によって思い通りに動いてくれなくなった足が地面を思うように蹴れず、身体が地面と平行になるようにして崩れる。ポケットに入っていたチラシがその衝撃でポケットから出ていき、擦りむいてついた血が付着する。
また動き出そうにも豪快に擦りむいた足は中々動き出せない。それでも這ってでも逃げようとしたが━━━無情な事に、彼女は私の目の前に立っていた。
「鬼ごっこはもうおしまいかしら?」
「っ……!」
「あの方が何故そんなにもあなたを危険視するかは全然わからないけれど、死んでもらうわ」
右手に何か光るものが見える。それ自体に見覚えなんてないけど、その異常性はかつて見慣れたものだった。
「……死ねない」
それを見た事で本格的に死の足音を聴かされる事になったけれど、それが逆に私に死にたくないという想いを奮起させる。
「まだ、死なない」
「死ぬのよ、此処で」
「いや、まだ死にたくない」
「そう……じゃあ、無様に死になさい」
彼女は光を大きく振りかぶる。
逃れられない死。
避けられない
それでも私は━━━
「私は━━━私の歌を唄いたい!」
途端、彼女は私の元から何かに気づいたように飛び退いた。
━━━助かった?
いや、違う。まだ彼女は其処にいる。じゃあ何故。どうして?
疑問はすぐに晴れた。宙には私と彼女の間を挟むように男の子がゆっくりと降りてきていた。白い翼をはためかせ、銀色の髪を揺らめかせている。
「見つけたぞ、レイナーレ」
地に降り立つと共に彼の翼は消えて、代わりに一挺の拳銃をレイナーレと呼ばれた彼女に向ける。
「アザゼルから余計な手出しは身を滅ぼすと忠告だ。早々に手を引いた方がいい。あまり過激な事をやって、ボクも同胞を手に掛ける事はあまり好まない」
「白い翼……白龍皇……」
彼女はそれだけ言うと舌打ちをしながら何処かへと消えてしまった。
やれやれ、といった風に彼は未だに倒れていた私を抱き上げてベンチに座らせる。
「大丈夫だったかい?」
「え? ……はい」
「……そっか。なら良かった」
深く安堵したような声で彼は笑う。何処か儚げに。その慈愛すら思わせる姿と、空から舞い降りた最初の姿を見て、私はつい、聞いてしまう。
「……あなたは、天使?」
「え……?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
変な事を聞いてしまったか、と思ってすぐに取り繕う。だが彼はそれを聞いて少しだけ、物憂げな顔をして答える
「残念ながら、ボクは悪魔だよ。……彼女らが来る前に記憶の処理をしておくか」
「え?」
そう言うと彼は私の頭に右手を乗せる。すると右手がなんだかよくわからないけど光り出す。でもそれはさっきのレイナーレという女の子のものとは違い、なんだか暖かくて、彼に触れているかのような感覚さえした。
「……いいかな」
それだけ言い残すと彼はまた何処かに消えてしまった。
暫く私はそのままでいたけど、ふと鞄を投げつけた事を思い出す。
「……取りにいかなきゃ」
「突然呼ばれたと思ったら、あなた、兵藤さんじゃない」
「へ?」
今日何度目のすっとんきょうな声だろうか。思わず振り替えると、其処には今朝にも会った女性、リアス・グレモリー先輩の姿があった。
……今日1日だけで私はどれだけこの世界じゃ摩訶不思議な光景を目にしているんだろう。
「で、兵藤さん、あなたの願いはなに?」
「……あ、じゃあ鞄、一緒に探してくれますか?」
「……鞄?」
「はい、鞄です。学生鞄」
「そ、そう……わかったわ」
頭が上手く回っていなかったのかもしれない、わからない事が連続して起こってしまえば思考だって止まってしまう。
私は、いつからここに、とか願いってなんですか? とか、そういう事を聞く前に鞄探してくださいと言ってしまった。
ただ今の私にわかった事と言えば、
━━━あれ? 先輩、私の鞄持ってる
そんな事を考えていたせいか、つい先程まで私のすぐ近くにいて大して動いてもいなかった先輩が見覚えのある蒼い天使のストラップのついた鞄を持っているのに今更気づいた。
「ほら、鞄持ってきたわよ」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ代価を貰いましょうか」
「代価?」
「そうよ。あなたは悪魔を呼んだんでしょう? なら代価は払わなければいけないわ」
悪魔……っていうと、もしかして先輩の事? なのかな。よくわからないけど、それが先輩達のルールなんだろう。先輩の話からして私はそのルールに従わなければいけない状況みたいで。
「……えっと、これでいいですか? 新作ゲーム」
「……ええ。それでいいわ」
今日買ってきた新作だけどそれしか渡せないのなら仕方ない。思考の止まった頭でもそれくらいは考えられたみたいだ。
「それじゃあまた明日、兵藤さん。今後ともよろしくね?」
「あ、はい。また明日」
そう言うとグレモリー先輩はレイナーレさんや彼と同じように何処かに行ってしまった。
本当に、変な事が多過ぎて頭がパンクしそうだ。
『大丈夫? 家に帰ったら整理しましょう。多分もう他人事じゃないから』
「モルフォ……うん、そうだね。そうするよ」
悪魔とか代価とか、そういうのはとりあえず帰ってから考え直す事にしよう。そう思いながら私はふと、彼の手があった私の頭に手を置く。
なんだか今日はよく頭に触られる日だ。
◆◇◆
間違いない。やっぱりあの子はシアンだ。
『アレがお前の言う電子の謡精というヤツか』
「ああ。そしてアレが、お前の言う赤龍帝なんだね」
『正しくは赤龍帝ドライグの宿る
翼の水晶が光り、ボクに言葉を紡ぐ。
「アザゼルの調査とインターネットに挙がっていた『シアン』の曲からまさかとは思っていたけど、やっぱり、キミも此処にいたんだね、シアン……」
だが、なんという因果だろうか。その再会はボクらが争い合う事を強制するかのように、ボクに真実を叩き付けてきた。
ボクは白龍皇で、彼女は赤龍帝。
ボクに宿る神器、
「……アルビオン」
『なんだ?』
「悪いが、今代の白龍皇は赤龍帝と敵対しない」
『……ふん、そうか』
意外にもアッサリとした返事。龍とは傲慢な生き物なのだとアザゼルやアルビオンから聞いているものだから少し拍子抜けをした。
「咎めないのか?」
『いや、シアンだったか? お前があの少女を大事に思っているのは俺もそれなりの付き合いだからわかっている。それに赤龍帝と戦わずして1代を終える事もそれなりにあったからな。不思議と俺とヤツが反目しあっているだけだ』
そんなものなのか。長い時を生きるアルビオンと向こうでの人生を合わせても30年程度しか生きていないボクとではその辺りの考え方には齟齬があるのだろう。
そう結論付けて次に想うのは、彼女の姿。
何時だったか、ボクはシアンと何処かに旅行に行こうという話をした。
それはシアンの幸せを案じて言ったもので、彼女も楽しみにしていたのを憶えている。
彼女が赤龍帝であるのなら、きっと彼女は大きな力の渦の中心に座している。
ならばボクは、絶対に彼女を守り通す。今度こそ、絶対に。
彼女が笑って過ごせるように。彼女にボクを気づかせないように。
きっと彼女の幸せには堕天使の側にいるボクは不要な存在で、彼女を危険に招くから。
「戻ろう、アルビオン。アザゼルにはレイナーレを捕らえ損ねたと言っておこう」
『……ああ、ヴァーリ。いや、向こうじゃGVだったか?』