マシュ編第二話です。
今回はちょっぴえっちな描写がはいったりオブラートに包んだグロ描写あります。
どうぞよろしくお願いします
燃える。
燃える。
燃える。
戦火が荒らしく祖国を陵辱する。
最早勝利は尽きた。
あと数年、数年でいいから待っていてくれたらよかった。
それならば国を守る力を身につけれていたから。
だがもう遅い。
時間切れだった。
早すぎたのだ。
幾度となく終わることなき破壊を齎す蛮族との争い。
衝突に次ぐ衝突で国土は疲弊し国民の涙は枯れ果て兵士の血は流れすぎた。
最早国は国でなく。
最早人は人でなく。
最早戦争は戦争でなく。
いっそ古びた舞台劇のように、笑うしかない蹂躙劇でしかなかった。
蛮族の進行。
それは我が国の歴史を全て台無しにし轢殺するために現れたようだった。
もしももう少しその侵攻が遅ければ、そう夢見てしまう
だがもう遅い。
時間切れだった。
早すぎたのだ。
救いはない。
終わりもない。
赦しなど、有るはずがない。
―――
煉獄すら喰らい破る憎悪が灯るまでは。
世界を焼く嚇怒の劫火が大空を清め払う。
大空を奔る悪意の軌跡が大地を引き裂く。
大地を穿つ盲目の狂気が太陽を覆い隠す。
太陽を降す天秤の睥睨が欺瞞を粛と裁く。
欺瞞を握る罪過の牢獄が狂乱を嗤い誘う。
狂乱を騙る正義の鉄槌が贖罪を打ち砕く。
贖罪を歌う楽土の薫香が凄烈を甘く壊す。
凄烈を担う最初の忠節が英雄を示し導く。
英雄を冠す偶像の騎士が世界に光を注ぐ。
一騎当千、万夫不当。
千の凡夫、万の只人と比較して何の意味があるのか。
それは既に数ではなく、単位すらなく、ただただ人の形をした災害。
片方の血と涙で塗りつぶされた戦場に新たなキャンパスを叩きつけて問答無用の
万いる兵士を悉く打ち破り勝利を齎す最強の人造兵装。
即ち、英雄。
神代よりこれまで続く人という存在を世界に刻み続けてきた、人類種の頂点にして限界点。
時代を駆け抜け、これから先も駆け抜けていく祝福の存在。
輝かしき勝利という星を握る終局の点。
『勝利を示そう、百の■を司る■罪の■神の■■としてね』
美麗な文字と数字で戦果を飾るのが只人の其れなのならば、英雄が現れた戦場と言うにもおこがましい陵辱の舞台に齎した戦火は斬ったや殺したでは書くことすらできない。
初めから決まりきっている。
千と満たぬ寡兵と十万を超える蛮族の軍勢、その戦いの結末は。
文字通り一切合財を焼いて、燃やして、塵へと返した英雄によって有り得はしない
英雄が、こちらを見る。
戦場に拵えた瑣末な玉座に座り呆ける己の喉下まで迫っていた凶刃を一刀の元に焼き尽くした人の形をしたナニカは。
『さて』
黄昏の輝きを背負って軽やかに響く声で、重く疲れた声で。
のんきに話しかけてきた。
それが始まり。
『お話、するとしましょうか』
短き我が青春の日々。
『初めまして、かしらね?』
勝てぬと悟りそれでも仰ぎ続けた我が生涯唯一つの星。
『■の名前は―――』
焦がれ続けた愛しき英雄譚。
例え地獄に堕ちようと忘れられない記憶。
嗚呼、なのに。
どうして、またこうして。
この手から滑り落ちていくのだ?
なあ。
■■■■……?
―――――――――――――――――――
「定時連絡です、先輩」
反応は、ありません。
「今日は大きな戦闘もなく」
意識はありません、内面世界で連れ去られてから既に一日が経過します。
「無事に行程を消化、あと五日もすれば予定する港までたどり着きます」
私が目を覚ましてから、つまり内面世界から離脱してからも先輩の意識は戻りませんでした。
「何も問題はありません、私が
ドクターたちからの診断では脳波等から覚醒状態自体は続いている、つまり先輩の意識があの世界にまだ居ることがわかります。
嗚呼、またです。
「ごめんなさい。先輩」
私が。
「私がすぐに行きますから」
私が。
「
私がッ。
「
……。
……う。
……がう。
違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさいう違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさい違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うごめんなさい違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うう違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
わたしはましゅきりえらいと。
せんぱいのでみさーヴぁんと。
わたしはせんぱいのさーヴぁんと。
わたしはさーヴぁんと。
わたしは。
わたしは。
わたしは。
―――――――――――――――――――
「マシュ・キリエライト、無事に第二内面世界に到着しました」
先日と同じ屋台が連なる石畳の道。
橙色の明かりと祭囃子に包まれた薄暗がりの世界。
声に出して確認する。
隣にいる人は、誰も居ない。
「これより現地調査及び」
関係ない。
取り戻すのだ。
私のやるべきことに、
「人理継続保障機関フィニス・カルデア所属」
私は強い。
私は
「藤丸立香の奪還を開始します」
だから、
ですから、
「お話をお聞かせ願えますか?
「……おう、まあゴールデンなハイキングがてら、な」
ほいっと軽い口調と共にヘルメットが投げ渡されます。
目の前に立つ推定ライダーを見ると彼は乗っている鈍い金の装飾が施された二輪自動車のハンドルを握り静かに唸らせます。
どうやら乗れということらしいです。
異論はありません、恐らくその先に先輩がいるのだと理解し私も付いていきます。
「分かりました。……ですがまず戦力確認でしょう。私のクラスはシールダー、防衛に特化したクラスです。戦闘時には大盾による白兵戦及びスキルの「ちょい待ちな」……失礼しました、ミスターライダー。こちらになにか非礼でも」
戦力確認は重要です。
カルデアのメンバーであれば戦闘訓練だけでなく日常も共にし戦闘行動を共にするのも問題はありません。
ですがライダーとお会いするのは今回が二度目、戦闘行為自体はほぼありません。
そもそも二輪自動車が誕生したのは十九世紀後半、それを所持することから見て恐らく近代英雄。
エミヤ先輩も含め肉体的強度はあまり高くなく、そして彼のように白兵戦に特化していることもないでしょう。
そもそもライダーは複数の宝具と高い機動力による面制圧を主とするクラスです。
そのことからも
今までにない戦闘スタイルになるはずですから一度しっかり確認をしなくてはいけないのに。
話を遮られ確認と疑念を声にする私の方を見ず何故かため息混じりに頭を掻きながら話します。
「
「……あっ」
それにくっと小さく笑うように懐かしむように喉を鳴らすライダー。
「あんたはカルデアのマシュ・キリエライト、であってたよな?ゴールデンな名前じゃねぇか」
「あ、はい、そうです……ありがとう、ございます?」
「俺は見ての通りクラスはライダー、そんでご機嫌に俺たちを風にして連れてってくれるこいつはゴールデンベアー号」
すごい名前だ、そんな宝具があるだろうか。
ですが熊、ですか。
熊は古くから信仰されてきた山野からの恵み、つまり狩猟を象徴する存在。
マスターの故郷である日本の北部では
力強さと恵み、時には戦争を意味するそれは生息地から北方の諸国で信仰されていたはず。
ゴールデンベアーという名から英語圏の宝具と考えるのはメドゥーサさんやアルテミスさんの例から早計ですが、それでも『熊』から考えても容姿から考えても恐らく欧州の英霊。
熊、二輪自動車、そこから推測される英霊は。
「そして俺のゴールデンな真名は坂田金時」
「え?」
「まっゴールデン、って呼んでくれや」
「え?」
「え?」
「……何をしているのだ、主らは?」
呆れるような声がした。
あまりに自然な形で参加したので思わずその言葉に返事を返そうとして、
「ベアーッ!吼えなァッ!」
雄たけびとほぼ同時に腰を捕まれ加速、突撃。
声の主へと瞬時へ迫り轢殺せんとしていた。
「阿呆め」
風を突き破る勢いで鉄の塊はほんの数メートルの距離を走りぬいた。
衝撃はない。
声の主がいた場所には、既に誰もいない。
声の主、否、
手には瓢箪を持ち、もう片方には棒のような何かを持っている。
「なんだ。随分な顔をしてるでないか?
「……なんの話でしょうか?」
茨木童子はこちらの問いに、そもそも私に目すら向けず無視したままライダーに向けて話し始めます。
「金時。いい加減傷の具合もいいだろう。吾と来い」
端的にそれだけ言うと胡坐を掻き片肘をついてだるそうにしている。
まるで用件はそれだけだと言わんばかりに。
心底面倒だというように。
先輩を奪い取ったのに。
それをおくびにすら出さずそんな態度だった。
「あ?どういう風の吹き回しだ。手前ェが俺に誘いをかけるなんて幾ら此処でも有り得ねぇだろうが」
「……事情が変わった。ひょっとすればと思ったがな。やはり、早かった。アレは使えん」
検討もつかない会話は続く。
周囲に先輩の姿は見られない。
「それこそ手前ぇの都合だろうが、俺は俺で
「だとしてもだ。手を組め金時、如何に泥人形だろうとアレらを相手にするのは貴様一人では骨が折れるだろ?」
「それこそ本末転倒だろうが……あー、だからよ、鬼退治すんのに鬼の手を借りる馬鹿がどこにいるんだよって話だ」
まだ会話は終わらない。
いくら待っても、茨木童子は勿論、ライダーも先輩のことを話題へとあげようとしない。
何を考えているのだろうか。
「はっ!だから阿呆なのだ貴様。女と話すのに気も利かせられんのか」
「ふざけんな、てめぇのやり方に合わせろって言うのか」
「ふざけてなどおらんさ。もしかしたら、その程度の淡い期待は止めておけ。
「……わかんねェだろうが」
「次で詰む。詰まずとも、三つ目はどうしようもない」
「……わーってる」
「いいや分かっていない、分かっておらぬさ。吾や貴様は勿論あの牛女ですら
「いいのかよ」
「聞いた所でこの女に朝は来ない……期待なんぞするものではないな。今のこやつ等では到底あの
ああ、もう限界です。
「む?」
「おいおい……ッ!」
跳躍。
全身の筋肉を張り詰めさせ、余力を残しつつ開放。
空中で体勢を整えそのまま振りかざした盾を茨木童子に向けて叩き降ろす。
轟音。
手応えは、勿論ない。
避けるのは分かっている。
まだ話の途中なのだから。
まだ先輩の居場所がわかっていないのだから。
だから別にかまわない。
「失礼、お話の途中でしたか」
屋台を一つ叩き割り地面に喰い込んだ盾を引き抜きながら私は形式上の謝罪をする。
「……嗚呼、そうかまだいるか」
「ええ、います。そしてお尋ねします、茨木童子」
「……聞こう」
「マスターを、
沈黙が流れます。
困惑、疑念、呆れ、そんな場違いな空気が空回りしていく。
理解できません。
私はこんなに真剣に交渉しているというのに。
「おい、なんだこれは?」
「聞くなよ、ついさっき来たとこなんだ」
何故か私をおいて先ほどよりも幾分か棘が取れた様子で会話をしだす二人。
理解できず、どうしていか苛立つ。
苛立つ。
そう、苛立っているはずなのに。
「もう一度お尋ねします、先輩はどこですか?返していただけませんか?こちらは穏やかに会話で交渉するつもりがあります。返していただけませんか?どこですか?返してください」
「おい」
「……聞くなって言ったろ」
何でしょう、寒い。
腸が煮えくり返る、そんな表現があるように怒りという感情は熱量を感じさせるはずなのに。
「ははっ馬鹿か貴様。嗚呼なんだこれは、なんてザマだ。ちぐはぐもここまでくるか」
その寒さを忘れるように、振り切るようにして問いを投げかける。
いつまでも、こんな風に扱われるのは堪らない。
そんなよくわからない感情が湧き出る。
なんででしょう。
すごく。
「ですからこちらは「ならその手を盾から離したらどうだ?ん?」……」
すごく。
「気づいているか、小娘。会話がどうこうなどと言ってるがな、目線一つ合わせず物を言う馬鹿がいるか?……ああ」
すごく……っ。
「
キモチワルイ。
「……嗚呼ァァァァッッッ!!!」
短い咆哮が開戦の狼煙となった。
―――――――――――――――――――
重撃の音が祭囃子を飲み砕いて世界を支配する。
音が響く。
厚い金属が虚空を破壊し大地を粉砕する音。
そして。
「ほーう、存外動くでないか」
軽やかな様子でその破壊を全てすり抜けていく微風の音だ。
「…るっさいィッ!!」
語気は荒く。
盾を凪げばおっと等という軽い口調と共に交わされる。
振りぬき背後を見せる。
無論ブラフだ。
稚拙なはったりである。
だがそれでいい。
隙を突くならそれに応じたカウンターを打ち込めばいい。
隙を無視して攻勢に挑むようであれば防御を固めればいい。
こと肉弾戦においては相手がどう来るか、それを理解し推測し予測し続けさえすれば自分のペースを崩すことはまずない。
ジリ貧になろうと攻撃が交差し続ければ何処かに勝機は見つかるのだ。
だが。
「ふわぁぁ」
その隙を茨木童子は立ち止まり欠伸と共に見過ごす。
「ッ!?ならァッ!!」
「んー」
背部、脚部の筋肉。
柔軟に鍛えつつあるそれを引き締め、引き締め、引き締め。
「えいッ!!」
爆発。
本来は
その結果。
マシュが斜め上方に
「はぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「おー」
その鈴を転がすような声を勇ましく上げ、上る。
空中でくるりと一回転し盾を掲げると足裏と背から魔力を再び放出。
それはさながらミサイルが如き勢い。
一歩の矢どころか大砲の弾のようにして、
「せいやぁぁッッ!!」
着弾。
衝撃が大地を揺らす。
砂埃が舞い上がり、陥没した地面から礫が転がる。
罅割れた石畳には魔力の残滓が残り火花を散らす。
十分な破壊力。
それを茨木童子は。
「けほっけほっ……あーのど飴のど飴、やつめが渡したのはどこに仕舞ったのだったか」
そう言って巻き上がる砂埃を片手で払いながら着物を弄り菓子を探していた。
「ゥゥッ!こんッのォォ!!」
怒声と共に突貫。
血が昇ったが故にだった。
凪ぐ。
断つ。
払う。
打ち砕く。
甘さは残るが基本に準ずる手本のような動き。
冷静さが無くともそれだけのことをするが、
「……五月蝿い小蝿がいるな。ほれ」
「がぁッ!??」
押した。
掌底。
奥の素手による格闘技で用いられるその技を、
当然その衝撃は凄まじい。
如何に本気でなくともその一撃は臓腑を捻り押し脳を揺らし息を止め、マシュを数メートルにわたって突き飛ばすものだった。
「っうぁっ……くぅぅッ…は……ぁあぅっ……」
距離を離されながら転がる。
そして止まる。
外傷こそあちこちが擦り剥け礫が付いた程度。
だが内側は悶絶するような吐き気に似た痛みが断続的に襲い掛かる。
呼吸もままならず脂汗が止まらない。
視線さえ揺らいで落ち着いてくれはしない。
それでものろのろと体勢を立て直し、前を見据えた。
マシュ・キリエライト。
デミ・サーヴァントである彼女の戦闘歴は濃く、それに反比例するように短い。
元よりサーヴァントに至る以前はその儚げな風貌のイメージを削ぐことなく荒事を苦手とした彼女だ。
その生まれから体力は元より身体能力も人より劣る。
人理修復という難行にサーヴァントの器を下ろして戦う以前、生まれてからその時まで『戦う』という選択肢がそもそも無かったような少女だった。
それ故に人類種の頂点である英霊の影たるサーヴァントを筆頭に数多の幻想種、兵士、時には魔術師と戦ってきたこれまでの記憶は僅か数ヶ月で彼女を戦士にした。
人外とでも言うべき振るえる力を制御し戦う術を身につけた。
だからこそ理解している。
「(やり辛いッ、です……ッ!)」
そもそも彼女は守り手。
自ら攻めるということにそもそも霊基自体が長けていない。
どっしりと構え己が得意とする距離に飛び込んでくる攻勢を捌き防ぎ凌ぐ。
そうして主人を守ることこそが彼女の本懐。
にもかかわらずその主人を取り戻さなくてはいけない戦いをするという。
ならば必然、奪還者である彼女が動かなくてはいけない。
茨木童子にしてみれば金時と話しに来ただけの所をいきなり襲撃を受けただけである、挑発はしたが。
つまり、わざわざ根気よく攻めるという必要自体がないのだ。
それがマシュに厳しい戦いを強いた。
そして敵対するサーヴァントは日本が誇る大妖怪、縁起に書かれ恐れられた平安京の人食い鬼。
茨木童子。
未だ得物は出さず避けるだけだがその身こなしは最早柳のよう。
触れどもすり抜け軽やかに次の動きへと繋ぐ。
無論それは鍛え上げられた兵法者としてのそれではない。
野を駆ける四足の獣が如し身こなし。
それが自分より小さな二足の鬼がするのだ。
次の一手は読めず、なのに次の一手が全て妙手へと変わる。
そんな相手が茨木童子だった。
「(それならッッ!)」
一気に立ち上がり、前進に魔力を漲らせる。
「あぁぁぁぁぁッッッ!!!」
気炎を燃やし盾を掲げる。
そのまま
無論愚策である。
そのままではだが。
「ほーう、これはまた」
「うわぁぁぁぁぁッッッ!!!」
語気荒く走り続ける。
加速。
それは先ほど宙から見舞ったものよりも少しばかり遅い突撃だった。
だが範囲が違う。
魔力防御。
魔力に自在に指向性を持たせ
先こそ魔力放出の真似事をしたがその本質は武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、
盾前面に火花を散らしながら流し込む莫大な魔力。
それは宝具展開にすら迫る勢いで魔力を消費する。
そして、
「こォッれでェッッ!!」
流し込まれた魔力はさながら城砦の如く分厚い魔力の盾を形成する。
その大きさも盾の十数倍にまで拡散していることで破城槌が如き。
本来の使い方では決してないが、この局面で逃げ場のない面制圧を出すというのは正解だ。
「倒れてッッッ!!!」
がんと鈍い音がして。
爆発でもしているように魔力の余波で石畳を粉みじんにしながら突き進んだ盾は止まった。
「んっ……はぁ……はぁ……ふぅっ」
グリップ越しに感じる肉を打った感触。
激しい魔力消費に息を荒げ、それでも安堵感に包まれた。
宝具に迫った一撃だった。
油断しきった茨木童子にかわせるものでもなく、そもそも何倍にも膨れ上がった面積がそれを許さない。
当たった。
倒した。
だからゆっくりと前面に押し出した盾を下げる。
無論警戒は十分に。
「……茨木童子さん。私の勝ちです……先輩の居場所を」
残った魔力を張り巡らせながら警戒して。
「……えっ?」
たずねながら下げようとした。
「
咀嚼音が聞こえた。
がりりとなにか硬いものを食べる音がする。
盾の向こうで、茨木童子は。
「んっ……けぷぅ……ふぅ」
無傷のまま片手を突き出し立っていた。
止めたのだ。
マシュが全力の魔力をこめた一撃を。
避けられないように策を廻らせたそれを、避けるまでも無いと。
そうして腕一本で止めたのだった。
「さて、小娘らしい誤解を解いてやるとするか」
詰まらなそうにそう言って欠伸を一つする。
愕然とし力が抜けているマシュを襲うでもなく無垢な幼子に道理を教えるように。
最初からずっと握っていた白い棒をがりりと噛んで。
「あやつなら、さっき喰ろうたぞ」
致命的な
―――――――――――――――――――
「……え?」
思考が千切れて冷えて元に戻った。
「なんだ汝、かように甘いことを考えていたのか?」
何を。
「鬼に攫われた女子供が無事である、そんな夢物語に気炎を燃やしていたのか?」
何を。
「かかかかっ!痛快、痛快!」
え、あれ、なんでしょう。
「おい金時、阿呆阿呆と思っておったが餓鬼の気分が
一体何を。
「ちゃんと教えてやらなんだとは……ははっ、なんだそんなにこの娘は
何をこの人は言っているんだろう?
「喰った、喰ったぞ」
嗚呼、違う。
「好い肉だった。思いの外鍛えておったわ、平安の都で喰ろうた
違う違う。
「『マシュ、マシュ、助けて』……だったか?最初は気丈に睨み付けておったが腕をもぎ取って傷口を焼いたらすぐに泣き始めおったわ。ははっ……?どうした、笑いどこぞ?」
ああ。
「ああでもな、吾は小食でな……それに随分と五月蝿いものだから子鬼どもにくれてやった」
嘘だ。
「そうしたらこれがまた愉快でな、好きなように噛み付きながら何を思ったか股座をいきり立ておって」
有り得ない。
「馬鹿であろうから愛撫なぞ知らぬしな、腰を振るだけ振って吐き出すだけ吐き出して」
そんな、そんなことある分けない。
「可愛そうになぁ、おぼこだったのであろう?股から血をだらだらと流して」
あの日見た優しい寝顔が。
「あまりに不憫でな、心優しい吾はどれ消毒でもしてやるかと股に酒を注いでやったのだが」
あの日握ってくれた力強い掌が。
「あははははははははっ!きゃつ、白目を剥いて絶叫しておったわ……少し染みたらしいなぁ」
あの日向けてくれた大好きな笑顔が。
「ああそうそう、それで今はどうだったか。確か小鬼の群れが皮を剥がして随分丁寧に喰ろうておったのは見たんだがなぁ」
■が■いから失われたなんて。
嘘だ。
「うわああああああァァァァァァッッッッッ!!!!!」
「馬鹿!よせッマシュッッ!!」
聞こえない。
聴きたくない。
知らない。
もう、
「はッ!小娘が……ッ!」
ナニモワカラナイ。
「返せェェェェッッッッ!!!」
「何をだ?」
振るった盾をほんの数ミリで避ける。
振り下ろしきる前に返すようにして下方から胴へと凪ぐ。
それもまた数ミリの間を空けて避ける。
凪ぐ。
避ける。
「先、輩ッ……をッ!」
「……ほー、粋がるでないか」
振り下ろす。
避ける。
「返せッ!返してッ!」
「おうおう、どうしたどうした?何をそんなに喚いている?」
叩き潰す。
避ける。
「ふざけないでくださいッ!
「おーいい感じだ、うむ。これは後で褒美がいるな」
それを何度も繰り返す。
「貴方がッ、貴方の所為でッ!」
「よいな、どうだ金時?やはり吾のほうが巧いではないか」
「やりすぎだァッ!馬鹿鬼ッ!」
息が上がる。
声が細くなる。
けれど関係ない。
「ああああ」
お前が。
「ああああッッ!!」
お前がッ!
「お前がァァァッッッ!!!」
お前の所為でッッ!!!!
「違うであろう?」
蹴り飛ばされる。
「ぐうぅぅッッ!!」
腹部から競りあがる鉄の味がどれだけのダメージを負ったのか痛みで鈍る思考に知らせてくれた。
「勘違いを正す、そう言ったのを忘れたか?ん?」
何を言っているのかさっぱりわからない。
喪失感で体中が寒い。
止まりたくない。
「吾の所為?いいや違う。吾は鬼だ、鬼ならば人の子を食うのは当たり前よ」
息ができない。
陸に上がった魚のように空気を吸っているはずなのに肺が受け入れてくれない。
喉で巧く飲み込めない。
「ここに来たあやつが愚かか?それもあるだろう、だがアレを守ると嘯いたのは誰だ?柔い女子を守るといったものはが居たはずであろう」
耳に雑音がはいってくる。
いやだ。
こわい。
ききたくない。
「お前だよ、マシュ・キリエライト。戦場に女子を連れてきたのを守るとそう誓ったのだろう?」
息ができない。
苦しい。
つらい。
いたい。
こわい。
こわい!
「守れなかったのだ、貴様は」
ちがう。
ちがう。
ちがう!
そんなことない!
「吾の所為でもなければ、アヤツの所為でもなく」
わたしはつよい!
わたしはだいじょうぶ!
わたしのせいじゃないっ!!
「弱い、貴様の所為だろうが」
その言葉に何かが折れる音が聞こえて。
「―――あ」
―――ごめんなさい。
そんな言葉が、大切なあの方の言葉が聞こえて。
「―――ああ」
そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
あんな傷をつけるようなまねをさせたくなかったのに。
「―――ああああ」
そしてこんどは先輩がいない。
わかってた。
そうだ。
わかってるんです、ほんとは。
わたしが。
弱い。
「嗚呼あぁぁぁぁぁぁぁ「あー!茨木ちゃんいたー!」……へ?」
から……。
「にゃぁ!?貴様!結界から出てくるなといっておったろうが!」
「いやいやそんなこと言ってなかったじゃん!寝て起きたら居なくなってたの茨木ちゃんでしょ!?」
「書置きがあったであろうがぁっ!!」
「達筆すぎて読めるか!」
え。
あれ?
「先輩?」
「あ、やっほマシュ!ってぼろぼろじゃん!??なんで!?何やってんの金時!?」
「いや!?ちがっ「きんときがぜんぶやったぞー」なっ!?てめっ!!」
先輩がいる。
いつものように快活で優しい微笑みを浮かべて。
「てめぇ!棒読みで俺に擦り付けてんじゃねぇよ!!」
「
「骨食ってんじゃ……ってそれ砂糖菓子じゃねぇか!?」
「ほら!男子謝って!茨木ちゃん泣いてるよ!」
「ふえーん」
「泣いてねぇだろうッ!??」
いつものようにたくさんの人に囲まれて笑ってる。
いつもどおりの光景。
「ってマシュ!?」
私はもう何もわからなくって。
「あーやりすぎたかー」
泥のように疲労が押し寄せてきて。
「やっぱりてめぇのせいじゃねぇか!!!」
「金時シャラップ!」
「大将!??」
意識を閉じました。
―――――――――――――――――――
「で、こんなもんでいいわけかよ、大将?」
「やりすぎ感あるけどね?」
立香が、死んだと茨木童子が言ったはずの彼女がそう言ってちらりと茨木童子のほうを見た。
その視線に気づいているはずなのに無視して茨木童子は砂糖菓子をほおばり続ける。
がん無視だった。
ちょっぴり立香の視線が怖かったのは内緒だ。
「結局ここは
はあと長いため息と共に遠い目をして立香は空を仰ぐ。
黄昏色と宵が交じり合ったその空には僅かに作り物の星が瞬いていて。
なんかどっかの全身タイツ師匠がサムズアップしてる気がした。
「けぷっ……それはともかくだ、汝どうするつもりだ?」
「なにが?っていうか
「この娘をだ。このままでは使い物にならんぞ?」
ま、それは汝もだがと兎角どうでもいいように言い切る茨木童子に立香は苦笑いを浮かべて言う。
「……ありがとね、心配してくれて」
「……阿呆。汝とこの小娘では此処もその次もどうしようもないのだぞ」
そっぽを向く茨木は黄昏に染まってか僅かに赤く。
それがまたすごくいじらしく立香はからかおうとして。
「ほんなら次は」
「母と遊びましょう、ね……マスター?」
弾け飛ぶように金時が前に出てその身を盾にする。
刃が走る。
交差するように鉄甲が重なるが、まるでバターでも斬るように優しく丁寧に愛しく。
「ぐゥッ!!ぅッ…ィッ逃げろォォォッッッ!!!大将ォォォッッッ!!!」
最早一つの芸術、剣戟の極致。
鉄をも切り裂き、赤龍の尺骨と雷神の力を宿した天性の肉体を別つ。
それは彼女の。
「茨木ちゃんッッ!」
「わかっておるッ!!」
その生涯で優れた武勇にあっても戦場に出されなかった由縁。
「なんや、いけずやなぁ」
「そうですよ、もう少しゆっくりしていきましょうよ、ね?」
人を斬るには余りにも隔絶した遍く神秘を殺し尽くした
「金時ッ!」
「わァッてるッ!時間稼ぐからさっさと行けッ!!」
それがどれ程のものか紫紺の着物を緩く纏ったもう一人の鬼を含め生前から理解している金時だったからこそ。
己の霊基を使い潰さん覚悟でそう言ってのけた。
流石は益荒男。
流石は世に歌われし豪傑。
だが。
「あらあら?貴方が遊んでくれるのですか、金時?あの時は逃げたのに……だから
「茨木、堪忍な。うち、今はマスターはんで遊びたいんよ。せやから、
最早
「さあ愛しい我が娘たち」
「ようやっとや、待たせて堪忍なぁ」
「「遊びましょう、マスター、マシュ」
―――牛王招力・怒髪天昇
僅かな稲光が見えて、
―――千紫万紅・神便鬼毒
それが僅かに零れた雫と混じって。
極大の獄炎と膨大な熱量のうねりが一切合財を文字通り呑み込んだ。
Q.つまりどういうこと?
A.下総国12節をご参照ください
というわけで次回は荒治療&ボス戦です。
マシュの言動にん?と思われた方は正解ですのでそこら辺を立香先輩、騎ん時、茨木ちゃんで楽しくコミュって(型月的)カウンセリングします。
まあ全部キチロリのせいなんだけどね、あいつほんと人様に迷惑しかかけねぇな