「ねえ」
不意に、
隣の彼女が声をかけてくる。
敢えて返事を返さないが視線を向けて彼女に注目。
意識的に話を聞く態勢になる。
《私》の隣を疾駆する彼女、
ショートカットに黒髪、
ひたいには鉢巻、
ノースリーブのセーラー服と短いスカートから覗く肌は程よく小麦色に焼け、
スマートながらカモシカの様に鍛えられた筋肉質な脚、
どう見ても健康そうな、スポーツ少女。
普段は屈託無い明るい娘なんだが、
今の彼女は憂いを含んで、思慮深そうな…
そんな似つかわしくない表情で、
私に質問してきた。
「戦いに、何か意味ってあるのかな?」
暫く続く沈黙、
実は彼女の質問に対する答えはある。
あるのだが…
それを迂闊に話してしまってよいものか?
コレは私の根幹、
正体に関わる内容に近い。
みだりに表に出すべきこととは思えない。
返事に困ってしまった。
だから、
「ゴメン長良、よく解らない…」
曖昧な言葉で濁して誤魔化して、
小さく、
謝罪の言葉を呟くしかなかった。
「いいの、ゴメンね、忘れて」
「あのさ」
「ん?」
「それって、
何の為に生まれて、
何の為に生きていくのか、
…っていう問答に近いんじゃないかな?」
大きな瞳をパチクリとさせる彼女。
お互いに暫く言葉もなく沈黙したが、
やがて彼女の肩が震え出す。
俯いて、口元を押さえて、
笑ってやがる、
笑いを必死に堪えてやがる。
もしかしてバカにされたのか?
頬に血液が上って熱くなるのを自覚する。
なんだか妙に悔しくて、唇だって尖ってしまう…
「あははははははははっ」
コイツ!
とうとう声に出して笑いやがった。
自分の口角が引きつるのが解る。
「ゴメン、でも答えてくれてありがとう」
目尻の涙を拭きながら謝罪する彼女は、
いつもの、明るい屈託無い笑顔だった。
彼女のキラキラした笑顔は、
ムクれていた私の顔を素に戻してくれて、
ちょっとだけ口角が持ち上がってしまう。
「アナタって、本当、見かけによらない意外なところが多くって、話してるとすごく新鮮で楽しいわ、天龍!」
「どーも…」
私も、けっこう楽しい…
何て言わないし、
言えるわけもない!
結局無愛想な返事をするだけの私は、絶対に可愛くない。
こんな私と話をして何が楽しいんだか?
「三時の方向、敵です!」
空気を叩くような、
ビシッとした強い声色で号令がかかる。
そう、敵。
私…、たちは、敵と戦う為に今ここにある。
海上を征く。
鋼の艤装を身に纏い、
滑るように海上を疾駆する。
私は天龍、
二等巡洋艦天龍。
在りし日の戦船、天龍としてここにいる。
同航、
敵は私たちのほぼ真横にいた。
お互いにまだ発砲はない。
間合い、
彼我の間合いはまだまだ有効射程ではない。
水面を飛び魚みたいに跳ねてる奴は敵の駆逐艦。
上半身だけ人型なのは軽巡洋艦。
軽巡3、駆逐3。
こちらは二等巡洋艦の長良が旗艦、そして私、
他は駆逐艦吹雪、睦月、皐月、菊月で、
二巡2、駆逐4。
水雷戦隊同士の砲雷撃戦となる。
要するに、接近して魚雷を撒きつつボカスカ撃ちあうってことだ。
お互いに、並走しつつ斜めに接近しながら進む。
徐々に大きく、
輪郭が露わになっていく敵の姿に、胸の鼓動が否応なく高鳴っていく。
「ふふ…」
「て、天龍さん?」
吹雪に聞かれてしまった。
いけない…、思わず口から漏れてしまったな。
「オレのことは気にするな」
「…あ、ハイ!」
心配させたのか、
いやいや、多分戸惑ってるんだろうな。
砲弾、装填よし、
魚雷、装填よし、
そして、刀を抜く。
ニヤリと、さっきより高く口角が持ち上がり、歯を見せ、
瞳は爛々と輝く。
この顔を見たら、真面目な吹雪なら戸惑うに決まっている。
歓喜、
そう、私は、
戦場に立ち、
敵と砲火を交えるこの瞬間に、
全身全霊、歓喜している。
私が戦う理由はこれしかない。
「撃ち方、始め!」
………………………
全艦、一斉射。
敵も味方もお互いに向けて発砲した。
…いや、違う。
実は彼女が撃っていない。
たぶん彼女だけ、
いつも通り撃っていない。
両舷全速、
一斉射のタイミングで、彼女は撃たずに艦隊から飛び出した。
飛び出して一気に敵艦隊へ突入していく。
この場にあって、余りに異質過ぎる彼女。
全くセオリーを無視した、特異な行動。
ギョッとする敵たちに、
呆気に取られる味方たち。
この光景も、
何十回と私は見てきた。
だから動じない、
見れば私以外だと今日が初めてじゃない菊月だけが平静。
うん、
彼女はいつも通り、
だから私もいつも通りやる。
「一時の方向に魚雷発射、そのまま単縦陣、船速一杯で前進、敵艦隊の前へ回りこむよ!」
「了解」
「えー、ウソぉ?」
「にゃ、菊月ちゃん、長良さん!」
「そんなことしたら、天龍さんに魚雷が…」
「いいからっ!」
私と、菊月がまず魚雷を撃ち、吹雪と睦月と皐月が躊躇しつつ追い撃ちする。
脚には自信がある私、
目一杯走って、敵の前を横切る様に軌道を描く。
駆逐艦の娘たちは総じて身が軽いから着いてこれるはず。
吹雪と睦月と皐月という不安要素があるけど、菊月がいるから大丈夫。
でも、
私は、
祈らずにはいられない。
彼女の無事を祈りながら走る。
狙い通り。
敵は天龍の突飛な行動に戸惑い、
進行方向に放たれた魚雷によって行き足を躊躇して、遅い。
そして次弾は一気に迫ってくる天龍に向いたので、私たちへの攻撃も鈍い。
良い、
先手を取った!
一気に敵艦隊の前まで回り込む事に成功。
敵の先頭に扇状に広がり、
完璧な丁字の布陣が出来上がった。
「撃てぇっ!」
号令と共に火を噴く砲口。
まず、集中砲火を食らった先頭の敵旗艦が爆散してあっと言う間に沈む。
統率を失った敵は混乱を起こし、進退極まる。
撃ち返してくるが、
逃げるのか反撃するのか、
統率された意思のない攻撃なぞ怖れるに足りない。
次弾を撃つ、
欲張らないで一番前にいる軽巡に集中砲火を浴びせる。
呆気なく沈む敵の軽巡。
ここにきてようやく敵は逃げるという選択肢を選び、撃ち方を止めた。
私たちは当然、追撃態勢。
もう殆ど一方的になってきた。
回頭中の敵駆逐艦に命中弾、
爆発したが轟沈には至らず、火達磨になりながら逃げている。
そして…
爆炎の中から彼女が姿を現し、敵艦隊の前に仁王立ちする。
ギョッとして立ち止まる敵の軽巡、
そして…
剣光一閃、
首が飛んだ。
頭を失った軽巡は、
糸が切れた傀儡人形の様にバッタリ倒れて沈んでいく。
身を翻し、駆逐艦にも刀を突き立てる。
生々しい、断末魔の悲鳴。
吹雪は真っ青な顔で口元を両手で抑え、
睦月は手で目を覆って震えている。
皐月は驚いて口を開けて呆けている。
離れた距離からポカポカ撃ち合う、そんな戦いならともかく、
本物のチャンバラなんてこの子たちには刺激が強過ぎるのかも知れない…
この光景を見たことのある菊月だけが、冷静な眼差しで事を見届けている。
私は、
そんな事はどうでもいい。
服は破れ、
砲身はひしゃげ、
一部、髪は焦げて、
見るからに大破状態。
敵の砲火か、味方の魚雷か、
一時はかなりの砲雷が彼女に集中した筈だ。
最後に炎上中の敵駆逐艦にトドメを入れる天龍。
敵は全滅、戦闘は終了。
こちらは天龍以外、無傷。
「天龍ぅっ!」
私は全力で走る、
さっきの戦闘速度よりも、
よっぽど急いで、
敵の血をタップリ浴び、
己れ自身もかなりの血も流し、
気怠そうに天を仰ぐ彼女。
嗚呼、何てバカ、
こんな戦い方しかできない、
本当にバカで不器用。
でもそんな彼女が、
…愛おしい。
彼女を抱きとめて、
頬ずりする。
「長良、今日もオレは死ななかった…」
「うん、うん、そうだね」
「今日も楽しかった、長良と話せて…」
「うん、私も」
「楽しかった、敵を、斬って、殺して、オレは、勝った…ふふふ」
私は、知っている。
彼女は戦いの中に快感を見出していることを。
この暗くて、歪で、脆い、
そんな彼女が愛おしい。
狂いそうなくらいに愛おしい。
私の心を揺さぶって、
私の心をおかしくしてしまう、
彼女は一体どこの誰?
本当の彼女は?
…………………
いつも通りの朝、
寝起きの良い私は、
いつも目覚まし時計が鳴る五分前くらいに目を覚ます。
身体を起こし、
ベッドから降りて眼鏡をかける。
学校へ行くための身支度を整えなくてはいけない。
化粧台前に座り、
鏡に写る私の姿を見つめた。
怪我は、無い。
両目、ある。
いつもの私、
でも手には、
あの生々しい感覚が残っている。
ズブリと、
筋肉を断ち切りながら肉体の奥に滑り込んでいく切っ先の感覚…
思い出し、
ニヤリと口角を持ち上げた私の表情には、
まだ天龍の面影が残っていた。
私は斬殺者、
敵を斬り殺すのが大好きな、
夢の中の斬殺者…
今回は、ゆっくり更新でいこうかと思います。