「何よその振りは、そんな振りでは一本取れないわ!」
「違う、足の運びはそうじゃ無い、そんな立ち方じゃ出足が鈍るでしょ!」
「声を出しなさい、気合いが足りてない!」
…ちょっと煩いな、この人。
「何よ上田、その反抗的な目は?」
「…先輩、私と一本勝負してくださいますか?」
「この…」
目の色を変えて、まあやる気があるのは良いことだけど。
礼の後、構えて向かい合う私と彼女。
青眼に構え、揃った足は前後左右に小刻みに俊敏に動く。
成る程、動きは悪くない。
女子部の主将を務め、地区大会でも上位に食い込む実力は伊達ではなさそうだ。
「キエーッ!」
ふう、いちいち奇声を口から吐き出さないと気合いが入らないのか?
この場にいる誰も知らないだろうけど…、私が初めて竹刀を握ったのは10年前。
まだ幼児の頃、竹刀がおもちゃの代わり。
俳優だった祖父が面白がって持たせた竹刀を、ブンブンと夢中になって振り回してたそうな。
竹刀は小学生に上がる頃には木刀になり、中学を間近に刃引きの刀になっていた。
祖父は少年の頃に叩き込まれた剣術と、俳優業で身につけた殺陣の技を私に教えてくれた。
うん、俳優といって誰も祖父を知ってる者はいないだろう。
祖父は斬られ役。
今時数字もなかなか取れない時代物の、更に日陰者の斬られ役。
けど、一つ、確信していることがある。
新人俳優や、時には有名俳優にも殺陣を指南していた祖父の剣術は、本物だった。
殺陣は演劇などで見せる為の演劇剣術ではあるが…
綿密な時代考証を重ね、如何にリアルに表現するのか何十年、いや百年以上練りあげてきただけあって、実は非常に実戦的だったりする。
特に祖父のは、古流剣術をベースに本人が工夫を重ねてきていたんだろう。
刃はパンパンと叩き付けるのではなく、引くように切る。
でなきゃ筋肉を断ち切ることなんてできない。
足を重心を真っ直ぐ体幹の真下に持ってきて、爪先を外側に向ける《ソの字立ち》は、後左右、複数の相手に飛びかからた時に素早く振り返って反撃する為の足運び。
正真正銘の実戦剣術だった。
目の前の先輩は解ってない。剣道はともかく剣術はド素人だ。
剣道という枠内でしか相手を図れていない。
心静かに、綺麗に月を映し出す水鏡の如く…
即ち《水月》。
構えとは形ではなく、
術者の在り方そのもの、
故に構えあって構えなし、
彼女に動揺が見て取れた。
さもあろう、水月を越した私の位には、彼女自身の姿が反映されている筈。
人は、自分自身には打ち込めない。
ジリジリと追い詰められていく彼女。
「何やってるんだ、打ち込んでいけ!」
まわりで傍観しているだけの者が、無責任な言を吐く。
あーあ、
無視すればよいものを…
「イヤーッ!」
まるで尻を押し出されるように、苦し紛れに打ち込んできた彼女。それでは切っ先に気が乗らない。
気の乗らない打ち込みに、鋭さなど望むべくもなく、後は容易に対処できる。
彼女を叩きのめすのは簡単だが、無意味に痛めつけてトラブルになるのは避けたい。
要は戦闘能力を奪ってしまえばいいのだ。
…と、考え、実行した当時の私はやっぱり子供だった。
もとより私は剣道で戦ってないのだから、剣道のルール内でしか人を評価しようとしない人たちにはこちらの意図など通じる筈がない。
私は竹刀を受け止めると己の竹刀をクルリと巻き、一気に払う。
竹刀は彼女の手を離れ、ポーンと飛ばされて道場の壁に叩きつけられた。
剣を巻き取って弾き飛ばすなんて、もちろん剣道にそんな技があるはずもなく…
「何よ今のっ! そんなの剣…、うぎゃっ!」
激昂した彼女は私に掴み掛かろうと迫り、これに対し私の身体は反射的に動く。
足を竹刀で払い上げてすっ転ばし、切っ先を突き付ける。
彼女は昏倒して呻きを漏らしているが…
ああ、やってしまった。
面倒なことになった。
「おいっ、何をしてるんだ!」
周り見ていた一人、確か男子部の主将がすごい剣幕で怒鳴ってきたので冷静に応えてあげる。
「どうみても勝負がついたのに、先輩は下連を為そうとしたので仕方なく叩きのめしました。残心というのですが御存知ないですか?」
剣道に《残心》と言われるものがあるのは知っていた。
けど本当の意味での残心を理解していた人はいなかったみたいだった。
「すいません、私に剣道はできないようです」
そう言い残し、私は一礼して道場を後にした。
剣道から学べることもある筈。剣術が剣道より上なんて言うつもりはない。
けど、もはやこの部に私の居場所はなさそうかな…
そんな出来事があったのが三年前の中学二年生の時。
現在、17歳、高校二年生。
学校では物静かで、友達は少ない。
運動神経は取り立てて良いわけてはなく平均的。
成績は上位に食い込むこともなく、かといって落第点を取ることもなく…苦手科目はないが、得意科目もない。
恋愛経験は無し。容姿端麗というわけではないが、顔は目鼻が整っていて、よく見ると中性的且つ端正な顔立ちだが、それを目立たないように縁の太い眼鏡を掛けてぼかしている。
それでも多くはないが何人かの男子が告白してきたこともあった。が、丁寧に断った。
良くも悪くも普通の女子高生。
…それが私、上田光。
意図的に作り上げた上田光像。
とにかく、目立たないように。
そんな私には一つ、人には言えない癖がある。
私は…
刃物による他者の殺傷行為に快感を得る。
つまり、快楽殺人者。
もちろん今のところ殺人の経験は無い、
現実世界では。
よく夢を見る。
それは生々しい程リアルでありつつも、笑っちゃうくらいに現実離れした世界。
海上を駆ける兵士として戦う夢。
兵士たちは砲と魚雷を装備した70年くらい昔の旧軍艦を表しており、其々そのモチーフになった艦名を冠している。
私の艦名は天龍、旧海軍でいう二等巡洋艦。
14センチ砲と53センチ三連装魚雷を標準装備しているが、私がそれらを使うことは殆ど無い。
最初のうちこそ牽制程度には使っていたが、戦いを繰り返し練度が高まるにつれ必要としなくなっていった。
他の仲間の兵士たちと大きく違っていたのは、砲と魚雷の他に刃渡り100センチはありそうな太刀を装備しているところ。
この刀身を眺めると、気持ちがザワザワと騒がしくなり、血液が熱くなって高ぶってくる。
「今日も存分に剣を振るえる…、ふふふ」
シチュエーションとかは問題じゃない。
私が軍艦とか天龍だとか、それも問題じゃない。
「天龍、出撃する」
そして、今夜も私は出撃する。
夢の中の戦場へと。
「て~んりゅ」
「長良」
単縦陣で海上をいく艦隊と合流すると、長良に陽気に声をかけられた。
他の面子を見渡すが、今夜の艦隊に菊月の姿はない。
「どうしたの?」
「いや」
前回の戦闘の終わりに意味深な言葉を残していった菊月。
次にあった時にその真意を問いただしたかったんだが。
「長良」
「ん?」
キョトンとしたあどけない表情の長良。
私は、この夢は自己完結しているものと思っていたんだが…
だから長良も、菊月も、その他の者も、敵さえも、自己の深層心理の中の住人だとばかりだと。
「長良、おまえは、一体誰…」
と、言いかけて口を噤んだ。
この質問は止めておいた方が良さそうだ。
この夢、この世界を壊してしまうかも知れない…
別にそこまで知りたいとは思ってない。
私は、
敵を斬れれば、
それでもう満足なんだ。