テレビというものは、見る見ないに関わらず何故か電源を入れて流しっぱなしにしてしまうもの。見るでもなくただBGMとして流していたテレビからどうでもいい報道番組が映され、どうでもいい情報が垂れ流されている。
別に洋楽には興味もないし、その上、アイドル系のポップシンガーなんてもっと興味がない。
日本のアニメの影響を受けたと公言するシンガーが今アメリカでブレイクしていて、そのシンガーが長年の夢だったという憧れの国日本へ初来日してライブをやるんだとか?
画面が切り替わって彼女の歌っている姿がテレビ画面に映える。如何にも日本のアニメ的な、いわゆる電波な服装と言うべきか?
セーラー服をモチーフにしたらしい袖が無いノースリーブ。二の腕までの長い手袋。短めのスカートをヒラヒラ舞わせながら、白いタイツからチラチラと覗く肌(これを絶対領域とかいうんだっけ?)。衣装の色は全体的に青い、とにかく青々しい。白いタイツ以外は青一色、カツラなのか染めてるのか髪まで青い。
確かに日本のなにかのアニメにでも登場しそうな容姿で、衣装もどこかコスプレチックな感じがする。
その、どうでもいい筈のアメリカ人のことが何故だろう?
いやに私の目に留まった。
爽やかな笑顔、作ったものではなく素の自然さがある笑顔。もともと明るく前向きな性格なのか、素で状況を楽しんでいるのか?
無邪気そうで裏表がなさそうで、まるで自分とは正反対。自分を偽り、他人を偽り、嘘で身を固めた私とは違い過ぎる……。
「ニホンの皆さん、コンニチワ! アキハバラでお会いできるの、タノシミー!」
割と流暢な日本語を話すのは、どうやら彼女、母国のハイスクールで日本語を専攻していたらしい。
日本のアニメを翻訳無しで視聴する為に、ね。
「モノズキなガイジン……」
私はそこでテレビの電源を切った。もう興味は無い、いや、最初から興味なんてない。それよりも今日はいろいろと調べものをしたいから図書館へ行きたい。図書館なら資料もあるだろうし、インターネットも使える筈。
…………
帝国海軍二等巡洋艦天龍型1番艦天龍。
艦歴、
八四艦隊案一部、第一号小型巡洋艦として予算が成立。大正5年5月12日に製造訓令、1番艦と2番艦にそれぞれ天龍、龍田と艦名が与えられる。
大正6年5月起工、大正7年3月進水。太平洋戦争直前に姉妹艦龍田とともに第18戦隊が編成される。
昭和16年12月8日、クェゼリン環礁で開戦を迎え、第6水雷戦隊と共にウェーク島へ出撃……
と、ネットで何となく『天龍』の概要を拾ってみる。私はあの夢を見るまで天龍なんて知らなかった。詳しい艦歴なんて今日初めて知ったくらいだし。夢を見るようになって随分経つのだが、今まではあの夢に意味なんて無いと思っていた。
しかし、菊月……、彼女が私に警告というな忠告してきたことである種の疑問をもつようになった。あの夢は私一人で自己完結したものではないかも知れない、ということ。
この先は殆どオカルトの領域と言っていい。普段なら興味も無く、見向きもしないことなのだが、それを調べる為に図書館にやってきた。
『神秘学』の概念では生命とは肉体に無数のエネルギー体が重なって存在しているものなのだという。そのエネルギー体の一つに『アストラル体』というのがあり、普段は人間の感情を司るエネルギー体ならしいが、どうやらこれが肉体を離れて自由に動き回る事があるらしい。アストラル体は感情の他に意識も司っているから、つまり意識が身体から離れる、魂が肉体から離れる、幽体離脱だとかのオカルト現象を説明できるということだ。
バカバカしい、とは思わなかった。
剣術に『離見の剣』という境地がある。剣を振るう自分と、離れた位置からそれを見つめる自分。客観的視点で己の剣の型を見つめることで、己の剣の間違いを矯正し、弱点を克服するというものだが……
古えの剣聖たちが至ったと言われるこの剣の境地も、神秘学の理論で説明出来てしまったからだ。
そして肉体を離れたアストラル体が、アストラル界という次元に至ることである種の体験をする、と言う現象がある。
アストラル界とは、意識体であるアストラル体が集合した世界であり、幽界だとか霊界という言葉に置き換えることもできるが、アストラル体がそのアストラル界で体験したことが『夢』として意識に残るというのだ。
つまり、夢とは必ずしも自己の中だけで完結しているものではない、ということ!
じゃあ、長良も、菊月も…、もしかしたら実在する誰かの意識体であり、私たちはアストラル界で出会い、同じ体験を、つまり同じ世界の夢を見ている可能性があるということ?
今までオカルトなんてくだらない空想だ、と侮っていたものだが、最近身の周りで起こる事情と照らし合わせてみると、一つ一つ、バラバラに散らばっていたピースが当てはまっていく。神秘学とかいうオカルト科学で殆どのことが説明出来てしまう。
まず私の心にあったのは理解、そして恐怖……。
何が怖いのか良く分からないけど、漠然とした恐怖心が胸を強く圧迫している。
「わ、わた、私が、今まで、斬殺してきた、敵も、もしかして……。
わ、私は、天龍として剣を振るい、さ、殺人欲求に身を任せて敵を斬り殺して……!
あの肉を斬り裂いた時のリアルな感触、血の匂い、断末魔の悲鳴に、わ、私は……!」
ち、違う!
敵として出会ったアレは、長良や菊月、その他の艦艇たちと違い、意識疎通ができる相手ではなかった。そもそも、形にしてからが人のものではない奴もいた。
「ハァ……、違う、きっと違う。ハァハァ……、違う、は、ず……」
いつまでも治らない動悸。心臓が痛い、痛くて、胸を押さえて、込み上げる気持ち悪さに耐えていた。
…………
「大丈夫?」
ハッとして顔を上げると、心配そうに覗き込む顔があった。
「え、あ、いや……」
しどろもどろの反応しか出来なかったが、一旦大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせる。そして状況把握。
「えっと、アナタは?」
緑がかったグレーの髪を風になびかせるセーラー服の彼女。彼女の背中からアームが伸びた物々しい大きな艤装、銃の用取り回すのではなく、ハンドルで操作するらしく、それらしいレバーが付いている。
その後ろ、背景は橙色の水平線。ここは、夕暮れ時の海か。
ああそうか、これはいつもの夢の中。私はまた出撃したのか、じゃあ今の私は……
「天龍、二等巡洋艦天龍だ」
「に、二等……? えっと、私は夕張。兵装実験軽巡、夕張よ」
何故か私の自己紹介に戸惑う夕張と名乗る彼女だったがその後はウインクしながら軽いノリで自己紹介してくれた。長良とはちょっとタイプが違うが、明るく朗らかな性格らしい。
それより『軽巡』と言ったか。軽巡とは『軽巡洋艦』のことだろうか?
それは確かアメリカとかの艦種分類だったような?
「ね、天龍、今アナタ二等巡洋艦って言ったよね?」
「ん、まあな」
「あのね、さっきあの子も似たような自己紹介をしたのよ」
「ん?」
夕張が後ろを指すと、羽織袴姿の銀髪の少女と視線が合い、彼女はペコリと頭を下げてきた。
「一等駆逐艦、夕凪です」
「天龍だ」
私の隣に夕張、後ろに夕凪。前を走るのが五人。
「先頭は鳥海さん、続いて衣笠さん、青葉さん、加古さん、古鷹さん。皆さん一等巡洋艦です」
夕凪が今日のメンバーを紹介してくれた。
「一等って、重巡洋艦じゃなくて?」
夕張が夕凪に突っ込んでいるが、
「日本海軍は軽、重という呼称はいたしません。一等、二等が正しいのです」
「別にどっちでも良くない?」
夕張の適当な応答に夕凪が不機嫌に頬を膨らませていた。夕凪が正しいのだろうが、私もどちらでもいい。いいのだが……前の一等巡洋艦五人の様子に違和感を感じるのは気のせいか?
さっきからこちらを見ないし、話をしている様子も無さそうだが、単純にそういう性格なんだろうか?
「夕凪」
「ア、ハイ」
「俺は今日初めて一等巡洋艦たちと艦隊を組んだんだが、鳥海や衣笠はいつもあんな感じなのか?」
「イエ、実は私もよくわかりません」
「そうか……」
しばらく海上を疾駆していくうちにだいぶ日が落ち、橙色だった空が紫色に変化してきた。
そして先頭を走る鳥海がクルリと後ろを振り返り、こちらを、艦隊のメンバー全員と向き合い、言葉を発した。
「伝統タル夜戦ニオイテ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着ヨクソノ全力ヲ尽クスベシ!」
鳥海は、眼鏡の奥に赤い瞳が輝いていた。
その声は、どこか無機質で、機械的で……、何故だかその声にゾッとして背筋が凍りそうになった。
「夜は、また別の顔なんだからっ!」
「夕凪、夜戦突入します!」
夕張と夕凪が鳥海の激を受けて気合いを入れていた。
違和感を感じているのは、私だけ?
「敵影ミユ、照明弾用意!」
いよいよ会敵、鳥海の号令と共に、
「撃テ!」
流星の煌めきが、暗闇を引き裂く。
照明弾の光の下、露わになる敵の姿。眩しさに目を眩ませ目を覆う様子まで、はっきり視認出来た。
「敵、重巡2、駆逐1、各個に攻撃開始!」
前を走っていた鳥海たちが砲撃を始めている。赤い放物線を描き、暗黒を走り抜けていく砲弾。夕張、夕凪が続いて突入し、砲撃を駆逐艦へ向けて撃ちまくっている。
「う、く……」
私は、呆然とその場に立ち尽くして戦いの様子を見ていた。
そう、何もしないでただ見ているのだ。いつもなら、愛刀を振りかざし殺気を纏って突撃していくところだが、今日は行けない。刀の柄を握ってみたが、手が震えて抜くことが出来ない。
「皆、わかってるのか? 敵が一体何なのか、俺たちが一体何と戦っているのか」
戦場で棒立ちになる、それがどれだけ危険なことか、そんな基本的なことを失念してしまった私はバカだ。
「う、うわぁあっ!」
目の前で炸裂する海面。衝撃で跳ね飛ばされ、海面に叩き付けられた。
「アァァアアアアッ!」
顔を上げて視界に飛び込んできたのは敵、私に向かって突進してくる敵!
両手を覆う真黒な艤装から、めちゃくちゃに砲弾を放ちながら真っ直ぐ私に向かってくる。鳥海や衣笠たちに相当撃ち込まれたのか、奴はボロボロで血塗れになっていた。
これは、刺し違えんと捨て身の突撃をしてきてるんだ。
私は何をやってるんだろう、何を躊躇しているのだろう、やらなきゃやられるだけ、簡単なことだった。
それに、あの敵は夢に出てくる空想の産物かも知れない。
立ち上がり、剣を鞘から抜き、斜に構え、砲弾を見切り、刀身を斬り上げる。
火花が散って、砲弾が左右に割れて私の身体に当たらず後ろへと逸れていく。
一足飛びに接近して、上げた刀を素早く返し、そのまま斬り下げるが敵は素早く逆ステップを踏み、突き出していた両手も引っ込めて、私の刀は空振って海面へ。
敵は私が空振りして体勢を崩した隙を逃さず、引っ込めた腕を伸ばし砲口を突きつけてくる、次の瞬間……、敵の腕の肘から先が飛んだ。奴は驚愕の表情で、艤装ごと消えてしまった腕を覗いていた。
ボチャンと、腕が海面に落ちて水飛沫を上げ、すぐに沈んでいった。
「アアアアアアーッ!」
余りの戸惑いっぷりに、悲鳴を上げるのが遅れてしまったようだ。
そう、空振ってみせたのは誘い。斬り下げて通り過ぎた刃は、直ぐに下から戻ってきて敵を斬り上げる『逆風』という技。
戦闘能力を奪ったところで後はトドメの一撃を入れればいいのだが、奴と目が合った。
「も、もう止めて……、もう、戦えない、戦えないからぁ……」
小さな、聞き取り難い、細い声だったが……、確かに聞こえた。
こ、コイツは、そんな、まさか!
海面に両膝を付き、縋るような目で私を見上げる敵重巡洋艦。私は、そんな彼女を前に、振り上げた刀を……
下ろせない! やっぱり下ろせないよ!
海面が持ち上がり、目の前の彼女の身体が一瞬浮き上がったと思うと、爆炎が上がった。衝撃で彼女の下半身が吹き飛び、両肘から下、腰から下を失った彼女はクルクルと回りながら宙を舞い、海面に落ちてそのまま沈んでいった。
雷撃、今のは誰かが雷撃でトドメを刺したんだ。もう戦闘力も戦意を失って降参していた彼女を、魚雷で吹き飛ばしやがった!
「天龍、何をしているの?」
「ふ、古、鷹……」
雷撃したのは味方の一等巡洋艦古鷹らしいが、彼女は右腕全てが黒光りする禍々しい艤装に覆われて、金色の光を放つ左目には黒い根が這うように……
私はゴクリと唾を飲みこんだ。まるで艤装に侵食されているような、そんな古鷹の有様に。
「敵駆逐艦、ごうちーん!」
「古鷹さん、天龍さん、こちらも片がつきました」
夕張と夕凪がこちらにやってきた。鳥海たちは敵に一撃を加えた後、後続に始末を任せて前進してしまったらしく、もういない。
「どうしたの天龍?」
「何でもない……」
夕張が首を傾げて聞いてくる。夕凪が只ならぬ私たちの雰囲気を感じとったのか不安そうな顔をしていた。
「進軍が遅れたわ、先を急ぎましょう」
「そうね」
「ハイ」
古鷹に促されて返事を返す夕張と夕凪。彼女らは何も違和感を感じないのか?
古鷹は、ひょっとして鳥海たちも、彼女らは、本当に人か? というか、敵と彼女らに違いがあるんだろうか?
え、違う。
さっき敵は、私に助けを……。ということはもしかして、敵と私たちには何も違いがないんじゃ?
「始まった」
古鷹の声にはっとして、かぶりを振って前をしっかりと見据える。
赤い光がパッパッと閃き始め、遠くから砲撃音が聞こえてきた。
先行隊が再び接敵して戦闘が始まったようだ。
「単縦陣、全艦増速、速やかに鳥海たちの援護に向かいます!」
戦闘、そうだ、これは戦闘なんだ。やらなきゃやられちゃうんだ、もっと集中しなきゃ。
う、う……。
こんなにも苦しい戦いがあっただろうか? こんなにも雑念が多い戦いが。今まで何も考えず、ひたすら敵を斬ってきたけど、今日は……。
「う、嘘だ、そんな!」
鳥海の放つライト(探照灯)に照らされる敵の姿を見て、また私の精神を絶望に追い込む。
私は、あの敵を知っている。
アレが誰なのか、知っている。
鳥海たちと同航戦で激しく撃ち合っているのは重巡洋艦4隻。
その中の一人は、青いセーラー服姿の少女だった。青いノースリーブのセーラー服に、短いスカート、白いタイツ、そして青く長い髪。
今朝、テレビで見た、アメリカ人のアイドル歌手だった。
「敵艦隊左舷へと回り込み、鳥海たちと挟撃します」
「了解」
「ハイ」
「ち、ちょっと待て……」
古鷹の指示に躊躇なくしたがって動く夕張たち。私は、出遅れてしまった。
だってアレは、
「ひ、人だぞ! 間違いなく人じゃないか、現実に存在している人だ! 夢の産物じゃない! 何故? 皆、気付かないの、か?」
古鷹、夕張、夕凪が一斉射。挟撃されて敵艦隊が動揺し、大きく崩れていく。
もう、勝負あった。敵艦隊に勝ち目はない、一方的に撃ち込まれていく。青色の彼女も砲撃を喰らい、血の赤に染まっていく。
「よせよ……」
敵の重巡が致命傷を喰らい沈んでいく。青色の彼女は、何か叫びながら、必死に沈んでいく仲間を引き上げようとしている。
「止めろよ……」
助けられず、沈んでしまった仲間に向かって泣き叫んでいる。
やっぱり、あれは人じゃないか。仲間を気にかけて、悲しんで、涙を流して……。
とうとう彼女一人になったが、激しい怨嗟のこもった瞳でこちらを睨み、まだ生きている砲塔を鳥海へ向け、反撃。砲弾は鳥海の顔面に命中し、鮮血と、ひしゃげた眼鏡が飛び散った。
艦隊が一瞬、怯んだ隙を突き、彼女はこちらへ突進してきた。
私に向かって、だが、
彼女の背中が炸裂し、爆炎が上がる。そのまま吹き飛ばされて、私の目の前まで転がってきた。
「Help. help me……!」
血塗れの手を私に伸ばし、助けを求める彼女。その手を取り、彼女の身体を抱き上げる。そんな私を取り囲み、砲を向けている味方艦隊。
「もう、止めろ」
「て、天龍ぅ何してんのよ」
「天龍さん、それは敵です」
夕張と夕凪は砲を向けつつも戸惑っているようだが、問題は一等巡洋艦の面々。
無機質な視線でジッと私を見つめ、砲を下ろそうとしない。躊躇なく撃ちそうだなコイツら。
「彼女はもう戦えない。戦いは終わりだ、止めろっ!」
切っ先を鳥海たちに向けて一喝すると、夕張と夕凪は顔を見合わせ、ゆっくり砲を下ろした。
「Thank you. わ、私はクインシーです……」
「天龍だ」
「て、天龍、never forget you…… 」
鳥海たちの砲が一斉に下がった。それは戦闘終了を意味する。
しかし、私の説得に応じて彼女を見逃したからではなく……
「クソ! なんなんだこの戦いは! この夢は、一体なんなんだよ! こんなこと、こんなこと……」
戦闘を終えて皆、去っていく。去り際、夕張と夕凪は心配そうな視線を向けていった。
私はその場から動かず、もう物言わなくなった彼女、クインシーの亡骸を抱いて、
ただ、涙を流していた。