遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~ 作:真っ黒セキセイインコ
「――何でアンタがここに居るの?」
突如現れた花咲椎奈に対して、霧雨紫音の最初の発言はそれだった。何故だ。何故、あの少女がここに居る。それが紫音にはわからない。だからこそ、滲み出ているイラつきを隠せない。
パニックになっていたのか、それとも走りでもしたのか、肩を大きく上下させる花咲椎奈は、息を整えてから言葉をつむぎ始める。
「……なんでって……えっと……霧雨さんが一人で校舎裏に……行っていたので……気になって……」
つまりは紫音が卯方の誘いに乗って、わざわざ人通りの少ない校舎裏に行くのを見て、そのままついて来たということだろう。関係ないはずの人間をわざわざ心配して。
「なら、とっとと帰りなさい。アンタには欠片も関係のない話だわ」
馬鹿らしい、と吐き捨てる。
何故か、紫音は酷く怒りを覚えていた。いや、理由は単純なのだ。一人で生きて、一人で最強になる。このデッキと誇りとともに。そう決めたのに、心配なんかしてわざわざ付いてくる人間がいる。だから、そんな者が出てくるようなことをした自分に腹が立ったのだ。
前にも一度だけ、そういうことはあったが良かった試しなんて一つもない。結局最後は紫音一人だけになる。だから、甘えなんて必要ない。勝って、勝って、勝って、勝ちまくることしか紫音にはできない。
だからこそ一人でいる。それが紫音のプライドで、歪んだ場所だった。
「関係なくなんてありません!」
それでも、花咲椎奈は紫音の言葉を否定していた。紫音にはその心中が欠片も理解できやしない。どこに否定する要素があるのか。何も関係ないではないか。紫音が吼える前に、卯方の笑い声が響いた。
「いやはヤ、面白い喜劇だネ。そうなるト、そこの花咲さんは君を心配してここに来たというわけダ。
いやー泣かせる泣かせル、いい友情劇ダ。――――…………で、どうするんだイ?」
卯方のメガネの向こうの目が冷たく細められる。
「助けに来テ、そこから何をするのかナ? そこのサイバー流のお嬢さんは君が来たのを嫌がっているみたいだけド?
それに教師も呼んできてないなんテ、僕たちがこわぁい人間だったらどうするのかナ?」
まくし立てるように、そしてそれに悦を抱くように卯方は笑っていた。柔和な見た目に反し、その奥底には粘着くような悪意が見えている。それを見て、紫音はもう一度仕切り直すように決闘盤を構えた。
「……別に関係ない。私はアンタたちをぶっ潰すだけよ――だから邪魔しないで」
「霧雨さんっ!」
聞こえない。聞く気はない。霧雨紫音は一人で強くならねばいけないのだ。他人にかまっている時間なんてない。
立ちふさがった者はねじ伏せて前へ行く。それが紫音の選んだ道なのだ。
この状況でなお決闘盤を構える紫音に、卯方は感心したように口笛を吹いた
「これは面白いネ。まあ僕は優しいかラ、一つだけハンデをあげよウ。どうだイ?
君と花咲椎奈さんト、こちらの二人でタッグデュエルというのハ?」
タッグデュエル。それを聞いて紫音は一切隠さずに嫌な顔をした。タッグデュエルは普通の決闘とはまったく違う。パートナーとの連携がものを言う決闘だ。どちらがどう動くか、それを的確に把握しなければ敗北が確定する。なによりもパートナーを信じなければならない決闘だといっていいだろう。
そして、一人で戦ってきた紫音にタッグデュエルの経験は一度もない。理由は言うまでもなく、組む相手がいなかったからだ。
そもそも紫音自体が他人を信じるという最も基本的な考えを持っていない。パートナーとの信頼や連携が何よりも重要なタッグデュエルにおいて、それは致命的すぎる欠点だ。
むろん、やらねばならぬのなら平気でやってみせる気はあるが。
「……そいつとは関係ないって言ったはずだけど?」
「確かに関係ないネ、でも見られタ。それは事実だヨ? それに僕が聞いてるのは花咲椎奈さんにだヨ」
「……屁理屈ね」
屁理屈だ。だが無理やりすぎはするものの一理はある。確かに紫音はタッグデュエルなんてする気は欠片もないが、話を持ち掛けられているのは花咲椎奈。誘い込んできたのは卯方たちであり、勝負方法を決めるのも連中だ。
最初は二対一で紫音を追い詰めるはずだったのだろう。むろん紫音は真っ向から踏みつぶすつもりであり、イレギュラーなことで調子を崩すことなんてあり得ない。
そうして、ちょうど花咲椎奈が現れたのだ。
「私……ですか」
こちら見てくる花咲椎奈を紫音は無視した。別にタッグ形式になろうが、紫音は気にしない。そもそもこの霧雨紫音が真っ当なタッグデュエルをすることはありえない。紫音がするのはあくまで一人の決闘だ。前に、隣に、間に、何が居ようがただただ叩き潰す。今までずっとそうしてきた。散々疎まれてきた紫音にとって誰かを信じるなんてできるわけがない。
腑に落ちないと言えば、なぜ圧倒的に有利である条件から対等といえる条件に変えたということだが、卯方のあの眼鏡の向こうの瞳に答えは写っていない。
「――――決めました。私も……デュエルします」
その声に、視界を花咲椎奈の方に向ければ、覚悟を決めたらしい。
瞳に湛えられたのは明らかな戦意。紫音の考えとは裏腹に花咲椎奈は共闘を選んだのだ。
逃げればいいのに、関係ないのに、なんでそうしたのか紫音にははなはだ理解できない。
「いいねいいネ。それじゃア、君たち二人ト、僕の仲間の二人との決闘といこうじゃないカ。あア、そのまえに少しくらいは作戦会議はしていいヨ」
「いらない」
えっ? という表情で花咲椎奈が声を出すが気にしなかった。今の霧雨紫音に仲間はデッキ以外に存在しない。必要もない。そもそも一人で二人を相手するつもりだったのだ。
それに少々の作戦会議なんてどうせ焼け石に水にしかならない。それなら自分のやれることをする方が早いし、ずっと動きやすい。そもそも紫音のサイバー流と花咲椎奈の魔法使い族デッキは、これ以上にないほどシナジーがないのだから相談のしようがないのである。せめてそれを花咲椎奈に言ってやればいいのだろうに、残念ながら紫音はそういうことには気を回すような性分ではなかった。
「ルールはタッグフォース形式でいいかナ?」
「構わない」
さっさと決めていく紫音の姿に、花咲椎奈も追うように決闘盤を構える。すでに向こうも準備万端で、やがて卯方が後ろに下がると決闘盤が起動し始めた。そうして四つの声が同時に上がる。
『デュエル!』
◇ ◆ ◇
決闘盤が先攻を示したのは卯方の連れてきた女生徒だった。次にプレイ順を示すために決闘盤のランプが輝き、女生徒、花咲椎奈、男子生徒、紫音の順に決定される。タッグフォース形式において初ターンの相手の担当をするのは一番最後に順番が回ってくる決闘者――――すなわちこの場合は紫音となる。この場合紫音ができる妨害は手札誘発くらいしかできず、相手の先攻が終えれば次は花咲椎奈に替わるため、このターンはほぼ何もできないのだ。タッグフォース形式では先攻の優位性は非常に高く、予断は許されない。だからこそ《エフェクト・ヴェーラー》などの手札から相手の行動を妨害できるカードを持っておきたかったが、今回は引けていなかった。
相手が圧倒的に有利な状況でデュエルが開始される。
「じゃあわたしのターンね! ドロー!」
まず、紫音は確信していた。この圧倒的に有利な状況で相手が動かずに終わるわけがないことを。そしてその確信は正解となる。
「まずは永続魔法《冥界の宝札》を発動! そして《フォトン・サンクチュアリ》を発動し二体の《フォトントークン》守備表示で特殊召喚!」
フォトントークン 星4/光属性/雷族/攻2000/守0
フォトントークン 星4/光属性/雷族/攻2000/守0
フォトン・サンクチュアリにより眩い光を放つ球体が二つ現れる。一気に二体のモンスターを召喚できるが、その制約によりシンクロ素材にできず、このターン中は光属性以外の特殊召喚と召喚と反転召喚を封じてしまう。もちろんそんなことを相手は理解しているのであろう。あくまでフォトントークンはシンクロ素材にできず、光属性以外が召喚・特殊召喚ができなくなるだけでそれ以外に制約はないのだ。
なにより冥界の宝札の存在がその使い道を示していた。
「さてメインの前にまずはフィールド上に二体の光属性がいるため、《ガーディアン・オブ・オーダー》を特殊召喚よ!」
ガーディアン・オブ・オーダー 星8/光属性/戦士族/攻2500/守1200
フォトントークンの制約をクリアして特殊召喚される秩序の守護者。攻撃力はやや控えめではあるものの、特殊召喚するための条件は比較的緩く優秀なモンスターだ。しかし、このカードが狙いではないのだろう。
そのまま女生徒が四枚目のカードをディスクに叩きつける。
「そして二体のフォトントークンをリリースして――――《
轟雷帝ザボルグ 星8/光属性/雷族/攻2800/守1000
二つの球体を糧として、雷がそらに轟きフィールド上に落ちてくる。閃光とともに現れたのは巨大な『
「アドバンス召喚に成功したから冥界の宝札で二枚ドロー。そして、轟雷帝ザボルグがアドバンス召喚に成功したとき、フィールド上のモンスターを破壊する! 私のフィールドのガーディアン・オブ・オーダーを破壊!」
ザボルグが落とした雷が秩序の守護者を焼き尽くす。
自分のモンスターの効果でせっかく出した自分のモンスターを破壊する。一見、愚策に見えるこの行動こそ、轟雷帝ザボルグの真骨頂。続けざまにザボルグの放った雷が紫音と女生徒の決闘盤――――エクストラデッキの位置を穿った。
「このザボルグの効果で破壊されたモンスターが光属性だった場合、そのレベル又はランク分だけお互いのエクストラデッキからカードを墓地に送らせるわ! 破壊されたガーディアン・オブ・オーダーはレベル8、よって八枚のカードを墓地へ! そして光属性をリリースしてアドバンス召喚していた場合、墓地へ送るカードがわたしが選べるわ!」
相手の目の前に紫音のエクストラデッキの内容が晒される。その光景に紫音は内心で舌打ちを漏らさずにはいられない。エクストラデッキといえど多大な情報アドバンテージを相手に取られてしまったのだ。それに融合召喚に頼る紫音のデッキにとって、エクストラデッキ破壊は非常に厳しい状態なのだ。これが轟雷帝ザボルグのもっとも凶悪な点なのである。
「ふーん……じゃあ《始祖の守護者ティラス》! 次に《セイクリッド・プレアデス》! 《発条装攻ゼンマイオー》! 《重装機甲 パンツァードラゴン》!」
次々と墓地へ送られていく紫音のモンスターたち。とりわけエクシーズモンスターはこうやって墓地へ送られれば再利用が難しく、それを手伝うパンツァードラゴンも墓地へ行っては使い物にならない。手札に握っていた《簡易融合》は完全に腐ってしまった。
追い打ちをかけるようにさらに墓地へ送られるカードが指定される。
「うーん、まあ、あとはどうとでも対応できるし複数詰まれてるから意味なさそうだけど……《キメラティック・オーバー・ドラゴン》、《キメラテック・ランページ・ドラゴン》、《サイバー・ツイン・ドラゴン》、《サイバー・エンド・ドラゴン》を墓地へ送ってもらうわ!」
それは完全なる嫌がらせなのだろう。紫音のエースモンスターたち、とくに信頼を寄せていたサイバー・エンドとサイバー・ツインをどうでもいいと言いながら墓地へ送らせたのは。実際、対策を講じてきているから挑んできたのは間違いないだろうが、それが紫音の神経を逆なでしていたのは言うまでもない。
「ああ、そうだ。わたしが墓地へ送るのは……」
そのうえで女生徒は自分のエクストラデッキから無造作に八枚のカードをつかむと墓地へ放り込んだ。何が墓地へ送られたのか全プレイヤーの目の前に記される。
「《大地の騎士ガイアナイト》三枚、《ナチュル・ガオドレイク》二枚、《X-セイバー ウルベルム》三枚っと」
墓地へ送られたのはおそらく女生徒のデッキでは使われないであろうカードたち。本当に適当に選んでいたのであろう、扱いからは愛着などは見られなかった。
たった一ターン目から紫音のデッキを荒らした女生徒は余裕たっぷりに宣言する。
「んじゃ、あとはカードを三枚伏せてターンエンド!」
次の順は紫音――――ではなく花咲椎奈。やられるだけやられてなにもできないという、その事実に紫音は歯噛みしながらターンが移行する。
デュエルはまだ始まったばかりだった。
お恥ずかしながら生きておりました。いやはや三年も音沙汰なしでほんとすいません……。
次回はできるだけ早く書いてきます。
マスタールールに関してはしばしこのままで続行します。
2/28
轟雷帝ザボルグの効果で八枚ではなく九枚を墓地に送っていたため修正
→アーティファクト・デュランダル、終焉の守護者アドレウスを削除
→展開上のミスがあったためキメラテック・ランページ・ドラゴンを追加