「達也、あそこのベンチで良いんじゃない?」
「そうだな、あそこにするか。」
座る場所を探して校内を彷徨うなどということにはならず、深雪と別れた講堂の前から少し歩いた場所にちょうど良いベンチがあったためそこに並んで腰を下ろした。
普段は落ち着いた雰囲気の場所なのだろうが今日は入学式。
準備の為か時々在校生が目の前を横切っていく。
通り過ぎていく在校生の左胸には一様に八枚花弁のエンブレム。
背中の方から無邪気な悪意がこぼれ落ちていく
「あの子ウィードじゃない?」
「なんでこんな早くから?張り切っちゃって。」
「所詮、補欠なのにね。」
補欠、耳障りな言葉だ。
あの人たちがどれだけすぐれていようとそんなちっぽけな評価、達也の実力の足元にも及ばないのに。
無知とは恐ろしくかわいそうなものだと心の中で思う。
「栞?どうしたぼーっとして。」
先ほど通り過ぎた在校生が向かった先をじっと見つめていた私の意識を達也へと向ける
視線が交われば達也が微妙な表情になる。
私の考えていることが分かったのだろうか。
「気にするな。この国の評価基準では俺にはこれが妥当だ。」
達也の何もない左胸と私の左胸のエンブレムを見比べる
「分かってるわよ。でもクラスが離れちゃうのは寂しいなぁって思ってね。」
今しがた考えていたこととは別だけど、このことも達也が二科になったと分かったときからの私の悩み事。
冗談を交えながら話を先ほどの先輩たちのことから切り替えた。
「同じ二科か一科だったとしてもクラスまで一緒になるとは限らんぞ。」
「でも、可能性はあるでしょ?こうなったら深雪と同じクラスになることを願うばかりだわ。」
「そうなったら深雪のことは頼んだぞ。」
「任せておいて!」
ほう、とため息をつき達也と同じクラスというありえない夢を頭の中に仕舞いこんだ。
そのまま取り留めもない会話をたまにしつつお互いに携帯端末で作業をしている。
達也はもしかして資料か書籍なんかを読んでいるのかも知れないが、私は前述した通り作業という名の祝いメッセージの返信だ。
家の関係のものが多数だが粗雑には出来ない。
ぱっと流し読みをしてから優先順位を決めて簡単な返信をしていく。
本当は家でゆっくりと返信をしてもいいのだが、達也や深雪との時間を削りたくはない。
できればこの時間にある程度終わらせ、今年に入ってから同居させてもらっている達也と深雪さんの家に帰ったらゆっくりと三人でティータイムをしたいのだ。
いろいろ考えながらも手だけは動かし順調に返信をしていると、いつの間にかかなり時間はたっていたらしい。
そろそろ時間だなと達也の声が聞こえた。
私も自分の端末で時間を見ると入場が可能な時間なことを確認した。
「新入生ですね?開場の時間ですよ。」
同時に端末を閉じて二人で会場に向かおうかとベンチを立ち上がろうとしたその時、声をかけられた。
「…すいません。今から向かおうかと思っていたところです。」
私と達也は先輩に注意をされたと判断し同時に小さく頭を下げた。
そしてまず目に入ってきたのは制服のスカート。
それから、左腕に巻かれた幅広のブレスレット。
普及型よりも大幅に薄型化され、ファッション性も考慮された最新式のCADだった。
私の記憶が正しければ校内でCADの携行が許可されているのは生徒会や特定の委員会のメンバーのみ。
その他の生徒は授業や部活で使用する以外は学校に預け、帰宅時に引き取りに行くという校則だったはずだ。
顔を上げれば少し幼さが残った可愛らしい女性が目に入る。
左胸にはもちろん八枚花弁のエンブレム。
交わった視線は一瞬で私たちの手元の端末の方へと向けられた。
「関心ですね、スクリーン型ですか。」
入学初日からあまり目立ちたくはなかったためすぐにでも講堂へと向かおうかと思ったが相手はすぐに会話を終わらせるつもりがないらしく次の言葉が出てきた。
ちらと達也を盗み見れば達也も警戒をしているのか関わり合いになりたくないのか相手には悟られない程度だが目を細めている。
「あ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます。よろしくね」
私と達也が返事をする前に、名乗っていないことに気が付いたのか気さくに自己紹介をしてくれた彼女はどうやら生徒会長らしい。
よりにもよって七草、数字付き。
可憐で美少女と名高い七草家の長女…
家の繋がりはあるけれど、社交場などには出向かないことが多い家のため実際に会うのは初めてだ。
「俺、いえ、自分は司波達也です。」
「私は安倍栞と言います。」
相手が名乗っているのに無視も出来るわけがなく、達也も早々に会話を終わらせるのは諦めたのか体を七草先輩の方へと向け受け答えの態勢に入っている。
周りには新入生が確かにいないがそんなに私たちは目立っていたのだろうか。
生徒会長が直々に話しかけるほどの興味の対象になったつもりはない。
一科生と二科生がいるのが不思議だったのか、たまたま見つけた新入生が私たちだったのか、それとも別の何かがあるのか。
「そう、あなたが司波くん。先生方が噂をしていたわ。
入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点者ですって。」
「ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話ですよ。」
魔法科高校生としての評価基準はもちろん七草先輩の方が知っているはずだ。
ただ、他の人と違って達也への蔑んだような視線や物言いもない。
失礼だとは分かっているが七草先輩を観察していると急に視線が交わった。
「それに、安倍さん。確か新入生の次席でしたね?」
「…次席、ですのでそれほど目立たないかと思っていましたが七草先輩に知って頂けているとは光栄です。ありがとうございます。」
にっこりと貼り付けた笑みをすればそれに応えて七草先輩もにっこりとほほ笑んでくれた。
自分の後ろの何もない空間から私にだけ分かるように気を使う気配がするので自分の時計を見れば少し雑談が長すぎたらしい。
「…七草先輩、そろそろ時間ですので講堂に向かいます。失礼します。」
私が会話を切るのは達也に悪かったかと思ったがどうやら達也もこの会話よりも講堂に向かいたかったようで私が礼をすると軽く礼をしてすぐに後ろをついて来た。
まだ近くにいる七草先輩には聞こえないよう小さな声で、ごめんねと言えばいや、かまわない。という簡単な返事が来たため歩くスピードをゆるめて達也の横に並びそこからは無言で講堂内へと向かった