高校生活2日目
私たちが高校に進学したからといって、地球の自転周期が変化するはずもない。
後でもう一度しっかりとした準備をすることになるとはいえ、達也や深雪の前で適当な格好をするなどということをするはずもなく、いつものように髪の毛を頭の上の方で束ねた。
顔を洗い、鏡を見て恥ずかしくないか身だしなみを確認してリビングへ行けばそこにはすでに朝食を作っている深雪と、出かける準備が完了している達也が居た。
「ごめんなさい、待たせた?」
「いや、俺も今来たところだよ」
「お姉様、朝食の準備はもう終わりますので、少しだけソファにお座りになってお待ちください」
「深雪、朝食を任せてしまって悪いわね」
「いえ、お姉様もお兄様も今から動かれるのです。深雪は師匠に制服姿を見せに行くだけですから御気になさらず。それにお兄様とお姉様の朝食を作れるだけで深雪は幸せなのですよ」
「…だそうだ。あまり気にするな栞」
「ありがとう、深雪」
まだ少し肌寒い清々しい早朝の空気に長い髪の毛とスカートをなびかせてローラーブレードで坂道を滑り上がる少女。
深雪は一度もキックを入れずに重力に逆らって緩やかだが長い坂道を疾走している。
その速度は体感速度になるが時速60キロにもなろうとしている。
私はというと深雪の少し後ろをジョギングスタイルで走っている達也と並走している。
もちろんジョギングだ。
私も達也もただのジョギングではない。
一歩一歩の歩幅が10メートルは超えているのだ。
かといって私たちも深雪も靴になにか動力を仕掛けているわけではない。
深雪とは違うものの全員魔法を使っている。
むしろ魔法というものがなかったら納得が出来ないほど、自然の摂理からかけ離れている光景であることは確かだ。
息が上がるわけではないがそれなりに体に負荷がかかる。
負荷がなければ鍛錬にならないので、意味がある行動ではあるが、私が東京に来て深雪と達也の朝の鍛錬に初めて付き合ったときは驚いた。
私も実家ではかなりハードな鍛錬をしていたが、2人もやっていたのだなと驚き感心した。
己の力に溺れず上を目指し続けることが出来るのは、自分たちよりもはるか上に立つ人間を知っているからなのか。
それともそこまでして成し遂げたいなにかがあるからなのか。
私は多分前者だ。
そして達也や深雪は前者でもあり後者でもある。
私たちは確かに親に決められた婚姻ではあるけれど、私も達也も納得をしている。
私は、婚姻の相手が達也で良かったとさえ思う。
達也や深雪がなにかを成し遂げたいのであれば私は全力で力になるだろう。
考え事をしながらも歩みは進み、もうすでに目的地にたどり着こうとしていた。
家から10分程度の距離にある(ただしあのスピードで走ってだが)小高い丘の上のある寺だ。
座禅やお墓参りに来たわけではなくここに居る達也の師匠でありこの寺の僧侶(到底そうは見えない)に会いに来た。
私の家とも少なからずつながりがある忍び、いや、忍術使いだ。
安倍家は代々陰陽道を生業としてきた家系なため、古くからの付き合いでもある。
私はこちらに来て初めてお会いしたと思ってはいたのだけれど、どうやら親とはそれなりに付き合いがあったようでまだ私が小さい頃に会ったことがあったらしい。
門が見えてきて、深雪はトップスピードのままためらいもなく中に入っていく。
私と達也といえば、体力的に追いつけなくなりまだ後方に…というわけではなく門に入ったところからいつものごとく手荒い出迎えを受けていた。
出迎えというのは要するに稽古のことだが。
「…っ」
もちろん出迎えの中には達也の師匠である九重八雲は混ざってはいない。
その弟子である方たちによる歓迎なのだが、視界の隅で深雪に怪しい笑みを浮かべながら近づく九重八雲その人が見えた。
達也もそれに気が付いたらしく、今まで相手をしていた人をふっとばし方向転換をするのが見えたのでその後ろに私は回り込み達也への後方からの追撃を防ぐ。
達也と私の周りにはすでに3人ほどしか残っていない。
他の人は既にダウンしているか、遠くに投げ飛ばされている。
3人の位置関係を確認して最短の距離で一人ずつの急所を狙う。
最後の一人だけ詰めが甘かったのか少しだけ狙った場所から手刀がずれたためダウンさせるまでに至らなかったが、それでもダメージが大きかったのか片膝を地面につけていた。
手に持つ獲物を私ではなく達也の方向に向かって投げようとしたことだけは理解できたため私も足元にあった石を足でけり上げ手に持ち、相手の手元めがけて投げれば思い通りの場所に当たり相手の手から獲物が落ちる。
隙が出来た間に相手の腹に蹴りを入れれば全員が地面に倒れ伏していた。
深雪のいた方向をみればすでに達也と九重先生が対峙していて、どうやら深雪を魔の手から守れたようで胸をなでおろした。
達也が中学1年生の頃から続いているらしい毎朝恒例の行事が無事に終わり境内は静けさを取り戻していた。
門人たちは自らの勤行へ戻り、本堂の前庭に残っているのは達也、深雪と私と九重先生だけとなっていた。
「先生、お姉様。それにお兄様もいかがですか」
「おお、深雪君ありがとう。」
「深雪、ありがとう」
深雪が差し出してくれたタオルで汗を軽くふき、コップの中に入っている冷たいお茶で喉を潤せば清々しい朝がやっと来た気がした。
「…少し、待ってくれ」
地面に大の字で背中をつけ、荒い息を整えていた達也は片手で深雪にすまないと返事をして起き上がろうとしていた。
その手をさっと握り、引っ張り起こせば達也にしては珍しく何とも言えない表情をしていた。
「大丈夫?」
「…すまない、手に泥がついたな」
「気にしなくていいわよ」
そんなことを言う達也のトレーナーこそ泥だらけなのだがしゃべる気力もなさそうなのでそっとポケットから携帯端末型CADを起動して短い数字を入力し、達也の汗と泥を落とした。
「お姉様もお疲れでしょう?」
後ろからそう声がかけられたかと思えば私の足元からも実体のない霧のようなものが現れて事象改変がされていく。
光が消えたころには私もきれいさっぱり、汗も泥もなくなっていた。
「あら、深雪わざわざありがとう」
「いえ、お姉様こそ気になさらないでください」
深雪と私は携帯端末型という同じ汎用型CADを使っている。
世の中に普及しているブレスレット型CADとは違い、慣れれば片手で使えるため現場肌の人間に好まれる上級者向けの型だ。
現代の魔法師は杖や魔道書、呪文や印契の代わりに魔法工学の成果物であるCADを使用する。
CADの中には感応石という名の合成物資が組み込まれており、魔法師から供給されたサイオンを使って電子的に記憶された魔法陣―起動式を出力する。
起動式は魔法の設計図だ。
その中には長ったらしい呪文と複雑なシンボルと忙しく組み替えられた印を合わせたものと同等以上の情報量が詰まっている。
私の家が使う陰陽道はこの長ったらしい呪文や複雑なシンボル、そして印がわんさか使われているため簡単に言えばCADはそのすべてを飛び越して魔法が使える道具だという認識である。
細かく言えばもっといろいろあるのだが、幼い頃に先に陰陽道を習いその後にCADを使ったためその印象が強いのだ。
いわゆる古式魔法に分類される陰陽道も悪いことばかりではないが、生活していくうえでかなり便利になったのはこのCADの発展あってこそだとは思う。
「朝ごはんにしませんか?」
「うん、深雪の愛のこもったお手製の朝ごはんを早く食べましょう」
「まぁ、お姉様ったら愛がこもっただなんて…」
なぜか深雪がうっとりとした表情を浮かべている間に、早起きしてつくってくれたであろう小分けになっているサンドウィッチをカゴから取り出し全員で縁側に並んで食べる準備をするころには現実世界に戻ってきた深雪がお茶を配ってくれたので、鍛錬で空いたお腹を満たしてくれる朝食を頂くことにした。
なんとか2ページ続けて更新が出来て良かったです。
少しずつ主人公の家のことや式のこともどこかで出していけたらと思います!
誤字脱字ありましたら教えて頂けるとありがたいです。