劣等生の婚約者   作:どーる

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入学編6

 

 

縁側に腰を下ろして4人で深雪が作ってくれた朝食を食べる。

私も料理を作ることはお母様やおばあ様に口うるさく指導されてきたので人並みに作れるとは思っているが、深雪の料理はとても好きだ。

自分の作るものは分からないが、深雪が作ったものはしっかりと食べる相手への愛情がこもっている。

達也に出す食事なのだから深雪からすれば当たり前かも知れないが、それでも愛情たっぷりの料理というのは他の何ものにも代えられない調味料だ。

 

 

「いやー、もう体術だけなら達也くんに敵わないかも知れないねぇ」

 

 

それは紛れもない賞賛。

他の門人たちがこの場にいれば、羨望のまなざしは避けられなかっただろう。

 

深雪は我がことのように顔を輝かせている。

だが、達也の心にはその単純な賞賛が素直に響かなかった。

 

 

 

「体術で互角なのにあれだけ一方的にボコボコにされるというのも喜べることではありませんが…」

 

 

 

達也の愚痴とも取れる反駁に、八雲は呆れ気味に小さく笑った。

 

 

 

「それは当然と言うものだよ達也くん。僕は君の師匠で、さっきは僕の得意な土俵で組み手をしていたんだから。君はまだ15歳。半人前の君に後れを取るようでは、弟子に逃げられてしまいそうだ」

 

 

まぁそれもそうだろう。

圧倒的に経験値が違う。

それでも達也には納得いかなかったのだと、案外負けず嫌いな達也が年相応に見えて少し可愛く思えた。

 

 

「お兄様はもう少し素直になられた方がよろしいかと存じます。先生が珍しく褒めてくれたのですから、胸を張って高笑いでもしていらしたらいいのだと思います」

 

 

「いや、深雪それは少し嫌な奴だと思うわよ」

 

 

「…俺も同感だ。それに、栞のことを思えばまだまだ自分の実力が足りないと思わされるよ」

 

 

「僕も、栞くんには本気でやらないと厳しそうだねぇ」

 

 

「なぜそこで私がでてくるんですか。私だって一対一で九重先生にも達也にも勝てる自信はないですよ。そもそも私はそういうものを想定して修行をしていませんし」

 

 

急な達也と深雪、それに九重先生の視線が注がれたことによりいたたまれなくなる。

達也の話題だったはずなのになぜ私に…

 

 

 

「まぁ、お姉様は現代魔法だけでなく古式魔法も息をするのと同じように自在に操られます。お姉様の土俵であれば生半可な者では何をされたかも分からないことでしょう」

 

 

「それに君の式も敵には回したくないね」

 

 

「…まだまだ私は式の手を借りている未熟者ですよ」

 

 

ふわりと風が吹いたかと思えば足元に何を言っているんだと半目になっている白の塊。

 

ぴくりと視線をそちらへ移した九重先生は、前に私の式たちのことははっきりとは見えないもののなんとなくそこに居るということは分かると言われていたので気配がしたのだろう。

達也の眼でさえ隠形(オンギョウ)している式たちはしっかりとは見えないのだというのだから、そうそう見える人間がいるとは思えない。

精霊が見えるという水晶眼とは少し違うが、私たちは見鬼の才と呼んでいる。

私の家のことを考えると見える人間はそれほど珍しくもないが。

 

私にははっきりと見えている自分の式神に注意の視線を送れば未だに笑われている。

 

 

 

「…式に笑われてしまったわ。さぁ、遅刻しないようにそろそろ帰りましょう?」

 

 

「あら、お姉様。式の方もそう思っているということですよ」

 

 

にこにこと笑っている深雪の後ろで達也は、こうなるとどうにもならんぞと肩をすくめているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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通勤・通学の人波が停車中の小さな車体に次々と、整然と乗り込んで行く。

満員電車という言葉はこの現代社会では死語となっている。

 

電車は依然として主要な公共交通機関だが、その形態はこの100年間で大きく様変わりしていた。

 

何十人も収容できる大型車両は全席指定の一部の長距離高速輸送以外では使われていない。

 

キャビネットと一般的に呼ばれている中央管制された二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両が現代の主流だ。

家の近くの乗り場から乗り、目的地さえ入力すればその駅まで自動で案内をしてくれる。

 

 

私たちは基本的に毎日三人での移動になるので四人乗りのキャビネットを使っている。

向かい合わせに二人ずつ座れるようになっている席なので、席には毎回悩まされる。

主に深雪が私の隣に座るか達也の隣に座るかで。

 

 

本日は私の隣の席の気分だったのか、達也が一人で私の前に座っている。

 

 

「お兄様、実は…」

 

 

先ほどまで、私の隣に座ってニコニコしていた深雪がそういえばと思い出したのか少し言いづらそうに達也の様子をうかがう。

こういう歯切れの悪い口調は深雪にしては珍しい。

 

何か私が聞いてはまずい家のことだろうかとも思ったが、それならば私が居る時に話そうとは思わないだろうと結論をだして、隣の深雪を落ち着かせるためにも頭をなでてやる。

 

 

「…昨日の晩、あの人たちから連絡がありまして」

 

 

「あの人たち?ああ…」

 

 

達也も深雪の言うあの人が誰をさしているのかなんとなく想像が出来たらしい。

 

「…達也と深雪のおじ様?」

 

 

「はい」

 

 

「…それで、親父たちがまた何かお前を怒らせるようなことを?」

 

 

「いえ、特には。あの人たちも娘の入学祝いに話題を選ぶくらいの分別はあったようです。それで、なにかお兄様には連絡がありましたか?」

 

 

「…いや、いつも通りだよ」

 

 

私も何度か達也と深雪のおじ様には会ったことがあるため、なんとなく言いたいことが分かる。

どうにも達也のおじ様は達也のことを軽視する傾向にある。

その割に、自分の手元で自分の指示には従わせたいようだが、その扱い自体に深雪は怒っているのだろう。

私の横でみるみる顔を曇らせ、怒気をはらませた表情を長い髪の毛の下から漂わせている。

 

 

「深雪?」

 

 

「…いくらなんでもと儚い期待を抱いていましたが、結局、お兄様にはメールの一本もなしですか」

 

 

「落ち着け、深雪」

 

 

声にならないほどの激情に震える深雪の肩をそっと抱き寄せて、先ほどよりもしっかりと頭を撫でてやれば少しだけ落ち着いた様子だ。

 

私の向いに座っている達也もどうしたものかと、苦笑いをしている。

 

少しだけ感情に流されて暴走しかかっている魔法力も徐々に治まってきていた。

 

 

「申し訳ありません、取り乱してしまいました」

 

 

「…会社の仕事を手伝えと言う親父の言葉を無視して進学したんだ。祝いをよこせるはずがない。お前も親父の性格を分かっているだろう?」

 

 

「自分の親がそんな大人げなくて情けない性格だというところから腹が立つのです。だいたい、お兄様を私から引き離したいのであればまず私に、次に叔母様にお断りを入れるのが筋というものですのにその度胸もなくて。

お姉様のご実家にだって許可を取らねばならぬというのに。

そもそもあの人たちはどれだけお兄様を利用すれば気が済むのでしょうか。十五歳の少年が高校に進学するのは当たり前ではありませんか」

 

 

私の家うんぬんはどうなのか分からないが、達也は私にさえ分かるような演技だと丸わかりの笑顔を作って見せた。

 

 

「共通義務教育ではないのだから、当たり前ではないさ。親父も小百合さんも、俺のことを一人前だと認めているから利用しようという気にもなるんだろ、あてにされていたんだと思えば腹も立たんよ」

 

 

「お兄様がそうおっしゃるのであれば…」

 

 

不承不承ではあるが深雪が頷いたのを見て、私と達也は胸をなでおろした。

 

 

ほっとしたのを見計らったかのようなタイミングで、私たち三人が乗っているキャビネットが低速レーンへと移行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短めですが今回はここまでです。
どのくらいの文字量がちょうどいいのかまだ分からないので、探り探りという状態です。
申し訳ありません。

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