咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
あの人たちは軍内部の叛逆者であった。
お兄様が風間大尉に質問してわかったことは水際で敵を食い止めているのは嘘であり、既に上陸されているということと敵に制海権を握られていること。
そしてお兄様は私たちを安全な場所に避難させ、アーマースーツを借り1人で戦いに出るつもりだ。その行動に反対する人がいた。
「ねえ達也さん、1人で行くつもりなの?」
「ああ」
日常会話のようであったが、お兄様の目は激怒というのも生ぬるい、蒼白の業火が荒れ狂っており、お姉様は人ではないオーラを発している。こんなに怒り狂う2人は初めて見る。
「当然、私も行くから」
「止めることは…無理か」
「止めるなら貴方も倒すわよ」
お兄様もお姉様を止めることを諦めたようだ。それほどのオーラが今のお姉様にはある。
「……なぜ戦闘に出ようとする?」
「深雪を手にかけたから」
「その報いを受けさせなければなりません」
2人の声を聞き、風間大尉以外のわたしを含めた、全員が血の気を失う。
「2人で行くつもりか?」
「いえ、達也さんと私は別行動です。私は戦線が崩壊して味方がいないところの空中で降ろしてもらうだけでいいです。私と一緒に行動しては全員犬死するだけです」
「非戦闘員や投降者の虐殺は認めるわけにはいかないが?」
「そんなことさせるわけがありませんよ」
お兄様は軍の人と行動することが決まり、桜井さんにわたしとお母様のことを頼み、2人は戦線に向かうこととなった。
「よろしいのですか?」
そんな2人の姿を見送ったわたしに、桜井さんが躊躇いがちにそう話しかけてきた。
「何がでしょう?」
さっきからわたしの脳は寝ているのかサボっているのか知らないが、思うように動いてくれない。
「達也くんと咲さんがいくら強いといっても、戦争のそれも最前線に飛び込んで行くなんて危険すぎではないでしょうか?」
「!!!」
囁くような桜井さんの声はわたしを覚醒させた。
そうよ!何わたしは平然としているの?あの2人が戦争の真っ只中に飛び込んで行こうとしているのに!
わたしは桜井さんの制止を振り切って2人を追いかけた。
幸い、2人は遠くに行っておらずすぐに追いつくことができた。
「お兄様!お姉様!」
もしかしたら振り返ってくれないかもしれないという恐れがあったが、2人は先行する真田中尉に一声かけて、振り返ってくれた。
「深雪どうかしたのか?」
当たり前の口調で、ごく自然にお姉様が咲と呼ばれるように「深雪」と呼ばれたことに込み上げてくるものがあったが、そんなことに浸っている場合ではない。
「お兄様、お姉様。あの…」
行かない下さいと言いかけたが、禁断の兄妹愛もののラブロマンス映画にありがちな恋人を引き止めるヒロインみたいだ。
お姉様とは実際結婚できるのだが。
「深雪?」
「深雪は私たちに行かないでと言いたいのかしら?」
お姉様がいきなり絶句してしまったわたしに助け舟を出してくれる。
「そ、そうです。敵の軍隊と戦うなんて、そんな危ないことはしないで下さい。お二人がそんな危険を冒す必要はないと深雪は思います」
やった…言えた…
お兄様がわたしの言葉に首を横に振るなんて考えてもいなかったし、お姉様もわたしの必死なお願いを断ったことなど片手で足りる程度しかない。
これで大丈夫という達成感にわたしは包まれていた。
「確かに必要はない。だけど俺は必要だから行くんじゃなくて、そうしたいから戦いに行くんだよ、それは咲も同じさ」
だからこの回答はショックであった。しかしわたしは2人から遠ざかろうとはせず、2人の服をつかんでいた。
そんなわたしをみてお姉様は困ったような顔をしながら言う
「ねえ深雪、どうして鳥は空を飛ぶのだと思う?」
お姉様が不意にそんな質問をしてくる。餌を探すためだとか敵から逃げるためだとかそういうことを聞いているのではないのだろう。多分、人生観とかそういうのを聞いている気がする。私の回答の前にお姉様が再び話し始める。
「達也さんも私も気が済まないから行くのよ。達也さんが大切だと思えるものは私たちだけだし、私も深雪をみなもと同じぐらい大事に思っているわ。だから今日だけは行かせて」
お姉様は笑っていたが目は真剣であった。お兄様も私に笑いかけてくれている。私はそんな2人の顔を見て、私の顔は赤くなっているだろうが、すぐにお姉様の言葉に違和感を覚えてまゆをひそめた。
「大切だと思える?」
大切なものではなく、大切だと思えるもの。ニュアンスの違いかもしれないが、なぜか引っかかった。そんな私の呟きに、お姉様は「しまった」という顔を浮かべ、お兄様は「参ったな」と言いたげな苦笑を浮かべた。
お兄様のその表情は笑っていながら、どこか泣いているようであった。涙なんて浮かべていないが、わたしは直感的にこれがお兄様にとって悲しい話題なのだと理解した。
「申し訳ありません!」
わたしは謝罪した。わたしがお兄様を悲しませるなんてもうやってはいけないのに。そう思って、勢いよく頭を下げた。
「頭を上げてくれ深雪、今回はどちらかというと咲が悪い。…いいや、伝えていない俺が悪いのかもしれない。お前もそろそろ知ってもいい頃だ。知らずに済むならそのままにしておいてやりたかったが………お前が母さんの娘で、あの人の姪であるならば、そういうわけにも行かないのだろう」
お兄様の言葉はほとんどわたしに向けられたものであったが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「お兄様?」
「今は時間がないから母さんから教えてもらいなさい。今、お前が持っている疑問の答えを。ついでに咲のことも聞いてみるといい。咲もそれでいいな」
「………自分が蒔いた種だし、いいわよ」
「お母様に……?」
ただ鸚鵡返しに訊ねるわたしに、2人はもう一度強く微笑んでくれる。
「大丈夫。俺を本当の意味で傷つけられる人間など存在しない」
笑みを収め、揺るぎない眼差しを見て、本当に害することができる人間など存在しないのだと信じられた。
「その決めゼリフかっこいいわね」
そう言った横のお姉様は大気を震わせ、自分自身に閃光をおとす。
「まあ実力的に見て中学100年生の私の方が強いんだけどね!」
姉は最強神依「天照大神」の一角、大星淡を神依していた。こんな2人を害するものなど存在しない。
そのまま2人は、今度こそ戦場へと向かわれた。
さっきの部屋まで戻り、待たせてしまいお怒りになってるお母様と桜井さんとともに防空司令室に向かう。防空司令室は装甲扉を5枚抜けた先にあり、桜井さんが調べたところ盗聴器や監視カメラの類はないらしい。この部屋では内緒話ができるということだ。
「お母様、教えていただきたいことがあるのですが」
さっそく思い切ってさっきのことを聞いてみる。善は急げだ。
「お姉様が先ほど、お兄様が大切に思えるものは私たちだけと仰られたのですが、どうして"大切なもの"ではなく"大切だと思えるもの"なのかという理由をお聞きしたところお母様に聞くようにとお兄様が…」
「達也がそんなことを。そろそろ教えてあげてもいい頃かしらね」
何かわたしは重大な秘密を知ろうとしていることがわかり、緊張で身を硬くする。
「でもその前に、深雪さん。達也のことをお兄様と呼ぶのはおやめなさい。他人の耳目があるところは仕方がないけど、四葉の者だけしかいないところでは兄として扱うべきではないわ」
お母様はそれが理であるようにわたしを叱る。
「貴女には次世代の四葉家を支えてもらわなくてはいけないんだから。あんな出来損ないの兄を慕うべきではないわ」
「それならお姉様はどうなるのですか!」
親しくするなと言われ、お兄様と親しくしている次の当主になるであろう、お姉様を引き合いに出す。わたしは遠慮を忘れ、お母様に食って掛かっていた。
「咲さんは例外なのよ。例外中の例外。そこまでしか本人から許可をもらっていないから話すことはできないわ」
「お姉様から許可を貰っています。お兄様のことと同じようにお母様から話してもらえと」
お母様は一つため息を吐いた。
「そうね、じゃあまず咲さんのことから話してあげましょうか」
私は一言も聞き漏らすまいと集中する。
「知っての通り、咲さんは真夜の卵子を人工授精させて産まれた子供よ」
それは薄々感じていた。叔母様は結婚していないのに子供が2人いる時点でそれは察することはできるだろう。
「その相手の精子は真夜が独自のルートで探しだしてね。真夜は北欧神話で出てくる神の末裔とかなんとか言っていたわね」
「北欧神話ですか…?」
北欧神話はアース神族に永遠の若さを約束する黄金リンゴをめぐる物語だ。
「まあ正直眉唾ものだから本気にしなくていいわ。そしてその結果、産まれたのが咲さん。最初、金髪で驚いたけど北欧系の精子を使っていると聞いて納得したわ」
昔のことを思い出すようにお母様は一点を見つめている。
「あの子の能力がわかったのは2歳の頃。どうやらあの子はそれより前から能力を理解していたらしいけど。深雪さん、今四葉の中で一番強いと言われているのは誰だと思う?」
「叔母様でしょうか…?」
叔母様の流星群は防ぐことが不可能の最強の魔法である。叔母様は対魔法師戦では無敵、世界最強の魔法師の1人と言われている。
「実は違うのよ。正解は咲さん。あの子は7歳の時に真夜の流星群の光の分布の偏りを0にすることで流星群を打ち破っています」
流星群は光の分布を偏らせることで、光が100%通過するラインを作り出す魔法である。対抗するには光の分布という単一要素で叔母様に勝たなくてはいけないのだが、先天的に光の分布の固有魔法を持つ叔母様に勝つのは不可能と言われているから、無敵と言われているのであった。そんな叔母様に7歳で勝つお姉様。
「7歳の時点で真夜を打ち破るような神の力を持つ咲さんに分家の方々は逆らえない。理由はもう一つあるけどこれが咲さんの達也への態度などは黙認されているわけ」
四葉は力を追い求めている一族である。その力は政治力とか財力ではなく魔法力。魔法力が一番強い咲には逆らえないのはいかにも四葉らしい。
「達也は、魔法師として、欠陥品として生まれました」
お姉様の話から、お兄様の話になる。
「あの子をそうとしか産んであげなかったのは私の責任だけど欠陥品という事実は事実」
お母様はわたしをみていない。
「達也は生まれつき、二種類の魔法しか使えません。物を分解しそれを再構成すること。この二つのイメージの中では様々な技術を使えるみたいですけど、達也にできるのはこれの延長線上だけ。情報体の改変はできないのですよ」
お母様のみている先は何もなく。
「魔法とは、情報体を改変し、事象を改変する力。何かを別のものに変えるのが魔法。だけど達也にはそれができない。あの子ができるのは物をバラバラに分解することと、物を元の形に作り直すことだけ。本来の意味の魔法と大きく外れています。本当の意味での魔法を持たないあの子は紛れもなく欠陥品です」
多分、お母様がご覧になっているのは、自分自身のお心……
「まあ、その力で私たちは助かったのだけど。達也はまだ他者の再構成はできないはずだったのだけどまあ何か成長したのでしょう……話を戻すと厳密にはあの力は魔法ではありません」
あの力が魔法ではないなら、なんと呼ぶべきだろう。神のような力は「奇跡」と呼ぶしかないのではないか。
「でも、四葉は十師族に名を連ねる魔法師で、魔法師でなければ四葉ではいられない。小さい頃から咲さんはそんな達也を、家の他の者と変わらない態度で接しました」
何か嫌な予感がする。
「そんな咲さんをみて私たち、真夜と私は7年前。咲さんにある精神構造干渉を施すことにしました」
思わず声を上げそうになったが抑える。これは簡単に言うと、いうことを聞かないなら洗脳してやろうということだろう。四葉の恐ろしさを感じる。
「四葉の概念の刷り込み。それが目的でした。しかし、そんな簡単な精神構造干渉も失敗してしまいました。失敗した理由は咲さんはたくさんの精神を持っていて、それが咲さんの本来の精神を守っていたから。これが咲さんが四葉の精神に背く態度を取っても許されるもう一つの理由」
たくさんの精神とは神依時に纏う神のことであろうか。どうしようもないから、もう自由にしてということだ。
「失敗した私たちは、逆に達也にとある手術を行うことにしました」
手術?お母様がお兄様に?
「人造魔法師計画。魔法師ではない人間の意識に人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与えるプロジェクト」
不吉に私の耳でこだまする。
「その手術を行った結果、感情が欠落してしまったのです」
感情の欠落?
「感情というよりは衝動かしら。怨恨、憎悪、憤怒、行き過ぎた色欲、激しい嫉妬、深い悲しみ、盲目の恋愛感情。そういった、我を忘れるような衝動を一つを除き失ったことで、達也は魔法師になることができました。残念ながら、人工の魔法演算領域の性能は先天的なものに大きく劣るものであったので、結局ボディーガードとしてしか使い物になりませんでしたが」
まさかと思う。そんなはずはないと思う。
「その手術をお母様がなさったのですか……?」
文脈的にそうであるが聞かずにはいられない。
「私以外にはできないでしょう?」
否定してほしいというわたしの願いは届かなかった。だがわかっていたことだ。
「……なぜそんなことを」
「その答えはもう説明しました。それより最初の質問に答えましょう」
わたしにもわかってしまった。実験で感情を失ったのはお兄様だけではないということが。
わたしは魔法に初めて恐怖を覚える。
お兄様やお姉様のように神の力のようにもなるが、使い方を間違えると人の心を変えてしまう残酷な魔法に。
「達也が失わなかった例外、それが答えです」
聞きたくありません。
「あの子の中に残った衝動は兄妹愛」
やめてください。
「妹達、つまり貴女と咲さんを愛し、護ろうとする感情」
本当にやめてください。
「それだけがあの子に残された唯一本物の感情なのです」
わたしにそんなことが許されるはずがなかった。
「達也と咲さんは普段からよく一緒にいますから。そこらへんの情報は共有しているのでしょう。私のことはただ母親と認識しているだけで、親子の情は一切存在しません。さっき私を助けたのだって、私が死ぬと2人が悲しむと判断したからかもしれませんね。
「お母様はそうなるようにわざと選ばれたのですか?」
わたしが質問しているのに、わたしではない誰かが質問しているように感じる。
「そこまで意図はしていたわけではありませんけどね。ただ、咲さんへの感情は残そうとは考えてました。貴女のことはいざとなったら咲さんが守ってくれますが、咲さんを守ってくれる人はいないですから。まだ何か聞きたいことはありますか」
「いいえ…ありがとうございます」
聞いてよかったと考える自分も聞かなければよかったと考える自分もどっちもいる。
司令室のモニターは2分割されお兄様とお姉様の映像が両方見える。
お姉様と対面してる敵の部隊は魔法を発動させようとするが絶対安全圏のせいで魔法が発動しない。次の瞬間、その部隊は爆発に巻き込まれ壊滅した。
お姉様が魔法を使う。そこは一面焦土になる。それの繰り返し。どちらが侵略者かわからないぐらいの暴れっぷりだ。どうやらあの魔法はさっき言っていた大星淡の攻撃モードであろう。確かにあの状態のお姉様の近くにいたら魔法を使えないし、あの爆発に巻き込まれたりでとても危ない。味方が誰もいないところに飛び込んだ理由もわかる。
格好は相変わらずサングラスにマスクにマフラーに手袋という完全不審人物であったが。
対照的にお兄様の方は静かで地味にみえる。
お兄様が右手を向ける。敵は消える。
お兄様が左手を負傷している味方の国防軍に向ける。仲間の兵隊は何事もなかったかのように立ち上がる。
しかし相手にしたら悪夢以外の何者でもない。
お姉様とお兄様は私が撃たれたことの報復のために戦場を闊歩する。
わたしはこの2人に何をお返しできるのだろう。
今のわたしの能力があるのは、お姉様のおかげなのに。
そして今のわたしのこの命すら、お兄様からいただいたものだというのに。
深雪咲達也の過去の微妙な関係が書けて楽しかったです。
回想長かったけど咲本編の回想も長いからセーフ