咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
演習場から逃げ出した琢磨は、滅多に人が来ない格好の密談場所となっているロボ研のガレージの奥の空き地に辿り着いた。
別にそれと知っていてここに来たわけではない。ただ人目を避けて逃げていたら、ここにたどり着いただけだ。
そこには大きな木が一本生えており、その前で琢磨はしばし立ち尽くしていた。だが高ぶる感情が抑えきれなくなったのか、その木の幹を殴り始めた。
「クソッ、クソッ、クソッ」
何度も拳を叩きつける。
「やめとき。血でとるで」
声が震え始めた頃、後ろから彼を呼ぶ声がした。勢いよく振り返り周りを見るが何もいない。首をキョロキョロさせて周りを見渡すと再び声をかけられる。
「せやった、せやった。咲以外はうちのこと見えんのやった。うちは怜、咲の精霊や。やけど心配せんでええで、咲に黙ってついてきただけやから」
「それで精霊が何の用だ」
琢磨は声が聞こえてきた方に話しかける。琢磨は精霊魔法に詳しくなかったので、精霊が喋ることや咲のいう事を聞かずに自分の意思を持って行動することの異端さに気づくことはなかった。
「いや、咲が興味を持っとったからな。ただ見にきただけや」
咲が興味を持ってると聞いて琢磨は顔を赤くしてしまう。
「ははーん、自分も咲に惚れとる口か」
「なっ……」
琢磨は絶句してしまう。考えないようにしていた事を言われたからだ。敵視していた咲と同じく四葉の深雪や達也に比べ咲に強く当たっていたのはこの気持ちを否定していたからである。
「わかるでわかるで、その気持ち。咲は美人やし優しいし、惚れるんのも無理ないわ」
「それならあの人はどう思ってるんですか!」
琢磨はついそう聞き返してしまう。自分が咲に対して強く当たっていたのは自覚している。いい感情を持たれていないに決まっていると感じていた琢磨は、答えを聞くのが怖くて目を瞑ってしまう。
「随分と悲観にくれとるみたいやけど、そんな悪く思ってへんみたいやで。うちは最初、自分に対していい感情持ってへんかったけどな」
そう言われたので琢磨は顔を上げるが、また次の言葉で顔を落とす。
「やけど、今の段階では恋人になるのは到底無理やな。あくまで咲の好意は興味があるレベルやからなあ」
そりゃそうだろう。知り合ってからまだ一カ月も経っていない。
「まあ、咲と結婚する方法ならあるで。咲に勝つことや」
そう怜が言うがそんな簡単なことではないことは琢磨自身わかっている。
「どうしてあの人たちはあんなに強いんですか!たかが1年の差じゃないですか!」
琢磨が演習場から逃げ出した理由、それは自分との実力差に絶望したからである。
その理由を思わず聞いてしまう。
「せやなあ、強いから強いって言いたいんやけど。しいていうなら強くなろうと努力したからとちゃうか?」
「俺だって努力はしてます」
「実力差があるならそれより努力しただけやで。けど、1人で練習するのは成長に限界あるやろうなあ」
咲は深雪を練習相手として自分をさらに高めているという事を怜は言う。
「咲がカンカンやからもう帰るわ。視覚同調と聴覚同調を拒否してたのがいかんかったのやろうなあ。ほな、これからも頑張ってや!」
そんな声が聞こえた後には、空き地に吹く風の音しかしなかった。
翌朝
私は登校して、本を読みながら深雪とほのかと雑談していると私たちのクラスに珍しい来客があった。クラスメイトはそんな来客を訝しげに見ている。
「会長」
その来客とは七宝君であった。深雪は一瞬敵意を向けるような目を向けるが、琢磨の目にそんな色がないのがわかり困惑したような顔をしている。
「何かしら?」
私がそう尋ねると七宝君は勢いよく深々と頭を下げた。
「今までの数々の失礼な態度、すみませんでした!」
そんな七宝君の声はクラス中に響きわたる。私は口が塞がらなかった。横にいたほのかと深雪もビックリしている。すごい態度の変わりようだ。昨日怜が勝手に会いに行ったのだが、その時に何かあったのだろうか。
「いいわよ別に。気にしてないわ」
このまま放置すると土下座までしかねないと思ったのでそう声をかける。そんな私の声を聞いてホッとしたような表情が七宝君の上げた顔にはあった。
「会長、いえ咲先輩。お願いがあります」
ホッとした表情は消えておりそこにあったのは真剣な顔。そんな表情を見た私は目で続きを促す。
「俺を咲先輩の弟子にしてください!」
「「「え!?」」」
先ほどのようにクラスに響き渡る声を発しながら頭を下げた七宝君の言葉に私たちは驚く。
「つまり、七宝君は私の弟子になりたいということ?」
「はい、その通りです」
聞き間違いじゃない事を確認するが、聞き間違いではないようだ。
「私魔法を教えるのそんな得意じゃないわよ?」
「近くで魔法を見せてもらうだけでも結構なので」
私を見ている目は真剣だ。冗談で言っている目ではない。強くなりたいという意志がある。深雪もこういう目をするのだが、私はこの目が好きだ。
「いいわよ。でも今度勝手なことしたら破門ね?」
「ありがとうございます」
勝手なことというのはあの女優と企んでいた事を指していたのだが、どうやら七宝君もそれを感じ取ってくれたようだ。
深雪とほのかは心配そうな目を向けてくるが私が決めた事なので何も言えないようだ。
私はこれからの学校生活は、よりいろいろありそうだという気配を感じていた。
琢磨って根はいい奴だと思っています。