咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
生徒会活動が終わると、私たちは定番となった喫茶店「アイネブリーゼ」に寄り道していた。メンバーはいつもの二年生9人と水波だ。
今日、放課後の集まりを言い出したのは吉田君で珍しい積極的な態度である。
オーダーを済ませてすぐに達也に吉田君から質問が飛んだ。
「九校戦の種目が変更になったのは本当かい?」
「随分と耳が早いな」
私の方をチラリと見ながら達也は答える。私に気を使ってくれているのだろう。
「誰から聞いたの?」
「委員長と五十里先輩が話してた」
種明かしは吉田君ではなく雫から明かされた。吉田君と雫は風紀委員会で同じという共通点がある。つまり風紀委員会本部で盗み聞きしたということだ。まあ達也も風紀委員会だし知られて困ることでもないので別にいいのだが。
「詳しい内容までは知らないんだけど」
「種目変わるんだ、何から何に?」
真面目な吉田君には後ろめたいのかもしれない、必要がない言い訳にエリカが食いついた。
達也が変更した競技と競技説明を行うとエリカはにんまり笑みを浮かべた。
「へえ…楽しそうじゃない。特にシールドダウンとか」
エリカは私の方を見ながら言う。その顔には言いたいことが書いてあった。
「確かにシールドダウンは工夫のしがいがあって楽しそうだわ」
エリカと私は顔を見合わせて笑う。こういうところはエリカと気が合うのだ。
「え、そうかな。なんか怖そう…」
見るからに戦闘狂の血が騒いでる私たちに対して控えめな反論を行う。
「去年までは採用されていた競技はどれも直接ぶつかり合わないものばかりだったよね」
「モノリスコードですらそうでしたのに」
ほのかのセリフに美月もそう思っていたのだろう、すぐさま相槌を打った。
「でも本当に一番危険なのはスティープルチェース」
「ええ。お兄様もそうおっしゃっていたわ」
そこに雫が意見を挟み、深雪がその言葉に頷いた。
「道のない森じゃ、ただ移動するだけでも危ないからな。それに加えて障害物や魔法による妨害とくりゃ、怪我人が出なかったら不思議ってもんだぜ」
「そうだね。山を駆けるのは道があっても経験豊富な先導者が必要だ。不慣れな森の中でスピードを競うのは無謀すぎるよ」
レオと吉田君も批判的というより否定的意見を口にする。
「女子のスティープルチェースは私に任せて。一高で上位独占してみせるわ」
「咲、お前山道走ったことあるのか?」
「私はないわよ、でも私は現実の修行の山路も、有為の奥山も超え、その先にいる深山幽谷の化身。その私に山道を走ったことがあるって聞くのかしら?」
この言葉を聞いて達也と深雪、水波は理解したようだ。他の人の頭には生徒会室と同じようにハテナマークが浮かんでいるが私は言葉を続ける。
「ねえ、達也さん。今回加わった種目って軍事色強いような気がするんだけど気のせいかしら?」
「気のせいじゃないだろう。おそらく横浜事変の影響だ。去年のあの一件で国防に携わる関係者が改めて魔法の軍事的有用性を認識し、その方面の教育を充実させようとしているんじゃないか」
お前が目立つことをやったせいだろと言外に言われてる気がするが気のせいだと思いたい。
「反魔法主義マスコミが言っている通りになってるね」
エリカが人の悪い笑みを浮かべて茶々を入れる。
「ああ、なぜこんな分かりやすい変更を行ったのか。現在の国際情勢で焦る必要はないと思うんだがな」
ほのかと美月が達也の言葉で顔を曇らせたのを見て達也が続ける。
「それはともかく、これから忙しくなりそうだ」
私は思い出したくないことを達也のせいで思い出し、違う理由で顔を曇らせるのであった。
次の日から予想通り大忙し。まず外された種目に出場予定だったクラブの部長に断っておく必要がある。
そして選手選びも一からやり直しだ。入れ替えにならなかった競技の代表選手も新たに追加された競技の方が適しているケースもあるし、ソロとペアがある、掛け持ちができないという新ルールも考慮しなくてはならない。代表の選考は生徒会が主体となって行うことになっているが、関係するクラブの意見も無視できない。ここでも各部や部活連との折衝が必要となる。
また、新競技に必要な器具の手配も行われなければならない。これは単なる事務作業ではなく、新競技にどんな装備が必要なのか、何が禁止され何が許可されているのか、まず大会ルールから読まなくてはいけないのだ。この日、校門から出た時には生徒会役員全員が疲れ切った顔をしており、咲も深雪もそして生徒会長権限により動員された達也も例外ではなかった。
帰宅し、夕食を終え、いつもならコーヒーや紅茶を飲む時間。私は深雪に断って自分の部屋に戻り軽く睡眠を取ろうとしていた。さすがに普段の業務もこなしながらメンバーの再決定まで神依をフル稼働で行ったので怜を使用した時ほどではないが体力の消費が激しかったのだ。
重たい足をひきずってベットに潜り込んで寝ようとした時、異変が起きた。
確かに今ベットに潜り込んだはずである。なのに私が今いるのは、何もない草原。そこで1人で立っている。地平線には山も見えずこの草原がずっと地平線まで続いているということがわかる。
この草原で特徴的なものといえば近くに立っている一本の木ぐらいであろうか。
その木がなんとなく気になり、近づいていくと木から何かが降ってきた。
「林檎ね…」
木から落ちてきたのはリンゴ、しかも黄金のリンゴであった。黄金のリンゴで連想できるのは
「黄金のリンゴで連想できるのはギリシャ神話と北欧神話。だけど私と関係するならここは北欧神話と関係する世界の可能性が高い」
「誰!?」
私は思っていることを口に出していないはずなのに思考を読み取られたことを警戒し、姿の見えない私の思考を読み取った人を探す。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。私は目の前にいるから」
「鳥?」
「ピンポン、正解」
目の前にいた動物を答えるとその鳥は飛び上がって答えた。その鳥はどこかあれに似ている。
「前置きはなしね。聞きたいことを何個か聞かせてもらうわ。まず1つ目、ここはどこなの?」
「ここは私の世界だよ。あ、言うの忘れてたね」
その鳥は礼をするようにして言った。
「ようこそ、ヨトゥンヘイムへ」
私はその言葉を聞いてこんなだだっ広い草原にいるのにどこか狭いところにに囚われているような悪寒がした。それはこの世界の名前や声色に恐怖したとかではなくもっと直感的なもの。
「巨人族の住む国ね…巨人は見えないけど?」
「本当のこの世界の名前の意味、咲ちゃんならわかってるよね」
「あなたは誰なの?」
「質問には答えてよ…まあいいけど」
私に対する鳥は背伸びするような態勢をとりながら答える。
「私はあなた。あなたは私。まあ細かくは違うけど咲ちゃんと私は同一と言っても過言じゃない。もっと正確に言うと私は咲ちゃんのおねーちゃんかな」
「ふざけないで!」
「ふざけてないよ、私はちゃんと自己紹介し」
鳥の言葉が最後まで言い切らなかったのは私が鳥にめがけて精霊を破壊する魔法を放ったから。私は最初、その鳥を見たときから鳥は精霊だと気づいていた。精霊魔法を習得している私は当然、精霊魔法に対する魔法も習得している。何者かの悪ふざけに付き合ってられないと鳥を魔法で破壊しようとしたのだ。
「ただけ。だけど、ひどいなあ。何にもしてないのにいきなり攻撃してくるなんて」
私は目を見引いた。ありえない。私の精霊破壊魔法を耐えるには私より精霊魔法に精通しなおかつ精霊魔法の才能がなければならない。そんな人なんて今までいなかった。
「なんでって顔してるね。まあ理由は咲ちゃん自身わかってると思うけど」
鳥が言う通り私は理由はちゃんとわかっていた。鳥の精霊を使ってる人は私より精霊魔法に精通し才能を持っているということ。
「今日は挨拶だけにしようと思ってたけどやっぱりやめた。そっちから攻撃してきたし正当防衛だよね」
投げやりな感じで鳥がそう言うと地平線の方から世界が崩壊し始めた。
「なんなのよこれ!」
「自己紹介の最中に攻撃してきたサキが悪いんだ。サキの自業自得さ」
いきなり鳥の口調が変わったがそんなこと気にしてる余裕はない。とうとう私の立っている地面まで崩壊し私は虚空に放り出された。
「Gute Nacht und auf Wiedersehen」
その言葉を言ったとともに鳥も世界とともに消え去った。
新鮮な畳の匂いが私の鼻腔をくすぐっている。そんな匂いに誘われ目を覚ますとそこは最近はあまりいないが見慣れた場所、本家の私の部屋であった。どうやら部屋の座椅子に座りながら寝てしまっていたらしい。一つ背伸びをして周りを見渡してみるがおかしなものは何もない。先ほどまでの変な夢とは違うことがわかりホッとしていると部屋がノックされた。このノックの仕方はみなもだ。
「どうぞ」
「お姉ちゃん、準備はできた?」
みなもは普段明るい色の服を好むのに黒い喪服のような服を着て現れた。
「準備?何の?」
何の準備かわからなかったので聞き返すと何言ってんのみたいな顔で見返される。
「お葬式だよ、お姉ちゃん寝ぼけてんの?」
「そ、そうだったわね」
自分の姿を見てみると黒い中学のセーラ服を着ている。
「で、誰のお葬式だっけ?」
葬式といっても心当たりがない。祖父は私が生まれる前に死んでいるし、祖母が亡くなったのだろうか
「何言ってるの?大丈夫お姉ちゃん?『深雪お姉様』の葬式だよ」
「え?みなも、もう一回言ってくれないかしら」
「だから、深雪お姉様の葬式だって。沖縄の合同そ…」
「嘘よ!そんなことあるはずないわ」
「本当だって!おねえちゃん沖縄から深雪お姉様の亡骸と一緒に帰ってきたじゃん。おねえちゃんこそ何言ってるの」
「絶対に嘘嘘嘘!」
「待ってよおねえちゃん!」
私は部屋を飛び出し走って大広間に向かう。葬式など四葉本家で大きい行事が行われるとしたら大広間ぐらいしかないからだ。そこで確認するのだ。深雪が死んでいないことを。深雪が死んだなんてありえない。みなもの悪い冗談に決まっている。
喪服を着用した何人もの使用人とすれ違い大広間に到着すると、いつもは真夜が座っている上座に真っ白な布団と純白な白装束を着た不自然にまで顔が白い深雪が横たわっていた。
「何か悪い冗談よね、私を嵌めるためにみんな話を合わせてるのよね。深雪そろそろ起きないと私怒るわよ」
布団に近づき、私が深雪のほっぺたをつんつんするが深雪はその名の通り身体が冷たかった。
「深雪起きてよ…そんな私に意地悪しないで。今ならまだ許してあげるから…深雪起きてよ…起きて…」
私が冷たい手を握りそう言っても深雪は起きない。私はそこで深雪が本当に死んでしまったことを確信してしまった。
「なんでよ!なんで!なんで深雪が…」
「咲さんどうしたの?」
私が涙で畳を濡らしていると後ろから声をかけられた。声をかけてきたのは真夜だ。
「お母様!深雪は死んでないわ!これは何か悪い冗談よね!私をはめる」
私が全て言い終わる前に真夜に抱きしめられた。
「咲さん、深雪さんは亡くなったのよ。沖縄で銃に撃たれて」
銃に撃たれて?確かに深雪は銃で撃たれたけど
「銃で撃たれた傷は達也さんが再成で治したはずじゃ…」
「何言ってるの、咲さん」
真夜は一つ区切りをおいて再び答えた
「達也さんにそんな能力ないわよ」
本当に心からそう思っているような声色で真夜は私に返答した。
「それは嘘ね!達也さんの能力は分解と再成の2つよ!」
「分解は確かにあるけど再成はないわよ、本人に直接聞いて見たらいいわ。そこにいる達也さんいるわよ」
真夜が指差した大広間の端に達也がいたので、私は急いでそこに向かい達也に話しかける。
「ねえ、達也さん!再成の力が使えないって嘘よね。嘘。嘘だと言ってよ!」
私が達也の襟を掴み揺すってそう言うと、達也は私を突き飛ばした。
「な…」
「俺にはそんな能力はない」
突き飛ばされた驚愕で何も言うことができなかったが続く言葉がさらなる追い討ちをかける。
「深雪が死んだのはお前のせいだ。俺はお前を絶対に許さない」
「私の…せい…?」
新しく言われた事実に私はさらに固まってしまう。私を見下ろす達也の目には憎悪の感情が渦巻いている。
「周りの声をよく聞いてみろ」
「周りの声……?」
達也に言われ私は耳をすます
『精霊が見えるのに使役できないって本当に役に立たないな』
違う。あの時はまだ使役できなかっただけで…
『軽率に部屋から出て行くという勝手な行動をしたから深雪様は撃たれたんだ』
違う…私があの時部屋から出て行ったのは軽率だったけど…理由はそうじゃなかったはず…
『神依とかいう力も役に立たないな。人1人守ることすらできないなんて』
違…わない…私は深雪を守ることができなかった…そのせいで深雪は死んでしまった…
『撃たれるなら深雪様より咲様の方が良かっだろ』
違わない。こんな無能な私は深雪の代わりに撃たれるべきだったんだ。
「もう一度言う。俺はお前を許さない」
そう。私は許される存在ではない。
「だからお前は俺に撃たれて死ね」
私はそれを許容する。だってこんな私に生きている意味なんてない。
「じゃあな咲」
達也のCAD、シルバーホーンを向けられて目を閉じ最後の時を待つ。
「サキ……咲…咲!咲ッ!」
私は家のベットで達也に大声で名前を呼ばれ揺すられながら目を覚ました。本家ではない。いつもの私たちの家だ。周りには達也、水波、そして深雪の3人が心配そうな顔をしながら取り囲んでいた。あのCADの引き金は引かれていないのだろう。
「大丈夫か咲?」
「大丈夫よ、でも本当に良かった…深雪が生きてて」
「お姉様!?」
私が深雪が生きてることに歓喜あまってベッドから立ち上がって抱きつこうとしたが、ベッドから立ち上がるおろか身体を起こすこと、腕を動かすことすらできなかった。こんなことがバレたら2人は心配するだろうし、それにさっきまでの夢を悟られるわけにはいかない。
「ちょっと悪い夢を見ただけで大丈夫だから。今日はこのまま寝るわ、おやすみ」
「そうか、おやすみ咲」
「おやすみなさい、お姉様」
達也も深雪も不審そうな顔を向けてきたが一応納得してくれたようだ。
「あ、水波ちゃん。下から冷たい飲み物だけ持ってきてくれるかしら」
「承りました」
3人が出ていって私はこれからどうしようと考えを巡らせるのであった。