咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
7月も下旬になって、達也もようやく身動きが取れるようになってきた。1ヶ月ほど積み重ねられてきた九校戦の新ルール対応も目処がついてきている。ロアガンもシールドダウンも選手が随分慣れてきていて今週の戦績は選手が練習相手に勝ち越している(なお咲は未だ無敗)。唯一の懸念はスティープルチェース・クロスカントリーなのだが、これは整地されていない地面になれる以外特にやれることはない。
そうしてなんとか時間をひねり出した7月21日の土曜日の夜。達也は八雲と計画していた第9研の調査に踏み切った。
こうなった要因は実は咲が夢の中で謎の攻撃を受けていた時、不可解なメールが届いていだからだ。
その送られてきたメールには差出人がなく(今の時代差出人を空欄にすることは不可能)、そこには今回の九校戦種目変更は国防軍の圧力によるものだということ、九島家がこれに乗じて秘密裏に開発した兵器の性能試験を企てていること、その舞台となるのがスティープルチェース・クロスカントリーであることが書かれていたのだ。
それを八雲に次の日相談し、今日の調査に乗り出したのだ。
この件は深雪と水波には知らせているのだが咲には知らせていない。あの日からの咲は普段通りにしているように見えてもどこか怯えているようで精神状態が不安定な時が多々ある。それは深雪も気づいていて、深雪がそれとなく夢で何を見たのか聞いてもはぐらかされたそうだ。そういうことから咲にこの件を伝えるのは咲の精神状態を悪化させることがあるので咲の力を借りず達也自身でやることにしたのだ。
今達也は奈良に向かうリニアの個室で寛いでいた。スパイの真似事をしに行く達也がどうしてそんなに贅沢をしているのか。その理由は同行者にあった。
当初の予定では、達也と八雲の2人だけであったのだが、現在乗客数は1人増えて3人。「連れてって下さい」と訴える深雪に押し切られたのだ。
一方咲と水波の2人は家で留守番だ。咲は今日も地下の実験室にこもって魔法の練習で水波はそれのお守りだ。
咲はあの日から少し変わった。今までは魔法を楽しそうに練習していたのだが、今は苦しそうに、怯えるように、そして鬼気迫って練習しているようにみえた。魔法の練習に1日の時間をほとんど取っているため、あまり睡眠もとっていないらしい。
達也が大丈夫かと聞いても大丈夫と答えるだけ。咲は頑固なのでたぶん話してくれないと考えた達也は咲が話してくれるまで待つことにしたのだ。
そんなこんなで3人での奈良までのリニアの旅が中盤まで差し掛かった頃、少しウキウキしてる深雪の横で達也が口を開いた。
「師匠、1つ伺いたいことが」
「なんだい、達也くん」
達也が八雲に質問することは珍しいことではないが、八雲は達也の顔を物珍しげに見返した。
「遅延型の術式で、夢に干渉する魔法をご存知ないですか?」
「咲くんがその攻撃を受けたという可能性があるということかな?」
理由を寸分狂わず当てられたことに達也は少し面食らってしまってしまった。
「驚いているようだけど達也くんは咲くんと深雪くんのことになるとすぐ顔にでるからね」
達也の鉄の仮面を被ったポーカーフェイスも八雲には看破されていた。
「それで、師匠はご存知ないですか?」
達也はそれには言及せず話を進めることを優先した。
「少なくとも僕は聞いたことはない。それにどうして遅延型だと思ったのかい?」
達也はこの前の日の説明を始めた。
咲が寝ながら絶叫していたこと。
その時、外部からの魔法攻撃の兆候はなかったこと。
その日の後の3日間、咲は風邪と嘯いていたが実際は歩けもしなかったこと。
「その起こす時、サイオンは出ていなかったのかい?」
「恐らくは」
「たぶんそれならテレパシーが使われたんじゃないかな?」
「テレパシーですか?…」
達也の横で静かに聞いていた深雪が疑問の声を上げる。
「テレパシーは魔法の兆候はなく、お互いに意思伝達するためのパスを繋ぐだけだから君の目じゃみえない。咲くんの目だったらたぶん見えるけどね」
「テレパシーを用いて攻撃することなんて可能なのでしょうか?」
「可能だよ。例えば自分の一番言われたくないことを耳元でずっと言われ続けられたらどうだい?夢の中に干渉する方法はわからないけど肉体攻撃ではなく精神攻撃なら可能さ」
2人は八雲に頭を下げる。2人は八雲を見直すと共に、そんなことがあったならどうして咲は自分たちに話してくれないんだという小さな怒りも混じった心配を募らせていた。
奈良で行われた旧第九研の調査は満足のいく結果が得られた。旧第九研で開発されていたのはパラサイトと人型機械を融合させた戦闘用ロボット、パラサイドール。それがスティープルチェース・クロスカントリーで実験の場として使われることがわかった。それだけならまだ良かったのだがパラサイドールの開発に携わっている大亜連合から亡命してきた方術使いが、そのパラサイドールを暴走させようとしていることも判明したのだ。
今回の一件も一筋縄じゃ行きそうにない。わかってしまえば単純な構図なのかもしれないが。
達也たちが調査に出かけた後、咲は達也の予想通り実験室に篭って魔法の練習をしていた。
「この前の攻撃はテレパシーを使った攻撃だろうから先手は打たれる…問題は先制リーチ打たれた後、どうやってその魔法を掻い潜って相手の居場所を突き止め反撃にでるのか」
咲はブツブツと独り言を発して、自分が今まで考察したことをまとめる。
「反撃は無理でも、あの夢の世界を打ち破るくらいはしないといけないわよね…今回は達也がロキだったわけだけど」
咲の前には何枚ものルーズリーフが重ねられている。あの世界を攻略するための作戦のプロットが何個も書かれているがたどり着いた方法は全部同じで1つ。
「やっぱり冷やし透華の神依を使うしかないわね…」
冷やし透華
公式には冷たい透華。龍門渕透華が多数の強者とまみえると発現する人格であり、原作では咲.衣.カツ丼を相手にして四連続トップという圧倒的な力を持っていた。能力は治水。鳴きもツモ上がりも相手に許さない圧倒的な支配力で卓を支配していた。
咲はこの能力を自分以外の近くで発動した魔法を無効化し、自分に対しての魔法も全て無効化という能力に変えた。キャストジャミングや絶対安全圏などのような生ぬるいものではない。完全にその場を支配する能力である。これで夢の攻撃を無力化できるだろう。
問題はどうやって冷やし透華を神依をするかであった。冷やし透華を最初から神依することはできず、透華を神依して多数の強者にまみえることによって冷やし透華に進化するのだが多数の強者ってところが問題であった。
達也と深雪も強者に分類されるのだが、咲は2人をどうしても強者ではなく家族としか見ることができず、冷やし透華になることができない。そこが悩みどころであった。
「咲様」
実験室の扉の外から水波が咲に声をかける。
「何かしら水波ちゃん」
「今日の達也様と深雪様のお出かけは…」
「言わなくていいわ、わかってるわよ」
水波は唯一の咲の悩みと達也深雪の隠し事の両方を知っている人物である。水波は咲が主人であるので達也深雪の隠し事を報告しようとしたのだが咲はそれを止めた。
「私はあの2人を信用してるから」
水波が聞いた声は本当に2人を信用しているような声であったが、自分のことは信用していない、なんとなくそんな風に聞こえる声であった。
話が進まない…