咲-saki- 四葉編 episode of side-M 作:ホーラ
前夜祭パーティーの翌日。特に特筆するべきことは珍しく起こらなかった。強いて言うなら応援のエリカ達が人間主義者に捕まって到着予定時刻より少し遅れたのと、昨日と変わらず咲は朝からずっと魔法の訓練(水波も同伴)に明け暮れていたぐらいか。
そして次の日の8月5日、いよいよ九校戦が開幕した。今年は競技種目が変わっただけではなく、各種目の運営要領も変わっている。
大会1日目はアイス・ピラーズのペアの男女の予選とロアー・アンド・ガンナーのペアが行われる。
達也はアイス・ピラーズ・ブレイクで雫のCADを担当し、ロア・アンド・ガンナーで英美のCADを担当している。2人の試合時間が重なることがなかったのでホッと一息つく達也だったが忙しいことには変わりない。一方、咲も生徒会長として選手の激励に忙しく、2人はほとんど言葉を交わすことなく初日の競技を終えた。
初日の結果は英美達のペアが一位、男子のロアガンは三位。そしてピラーズは男女ペアともに無事予選を突破した。
「エイミィ、ナイスゲームだったね。ほとんど撃ち漏らし0だったじゃないか」
「ありがとースバル。自分でもびっくりだよ」
英美が使った魔法、それは『不可視の弾丸』を散弾型に改良したものである。
実は起動式は公開されているが、この魔法はあまり普及していない。なぜならば魔法の用途自体が限定されているためである。
『不可視の弾丸』は、指定したポイントに圧力を発生させるというただそれだけのもので、対象物の状態を直接変更する効果はなく、戦闘用としても非戦闘用としても有効活用できるシーンが限られている。
学術的には極めて有意義だが、実験室以外では他の魔法を使うほうが効率が良いことが多く、これが普及の妨げになっている。
その魔法をあえて達也は改良し、英美に使わせたところ、これがまた上手くハマったのだ。
だが一高の夕食席はそんな明るい声ばかりが飛び交っているわけではなかった。
幹部席-あずさ、服部、五十里、花音、達也、深雪、咲が集まっている一角ではお通夜とは行かないまでも、真面目な雰囲気で1日目の反省会が開かれていた。
1日目の一高の順位は2位、1位は七高である。さすがは海の七高といったところか。そして明日のロアガンソロは最も苦戦の予想される種目であった。
「明日のソロは七高が一位を独占してくれた方が、後々の星勘定が有利になるかもしれんな」
「三高との点差が開かないから?」
「自分でも消極的な意見だとはわかっている」
三位の三高との差は20点。一種目の結果とはいえ現時点でリードしながら「点差を開けられない」というのは確かに消極的な考え方だ。つまりそれだけ明日のソロに自信がなかったのだ。
「やっぱり四葉君がロアガンのソロを担当するか、咲がロアガンに出る方が良かったんじゃない?四葉さんなら誰が担当しても優勝するだろうし、咲なら何に出ても優勝できるでしょ」
暴論を繰り出したのは花音であった。いや理屈では正しいのだが、控えめにいってもそれを口に出すのは蛮勇な行為であった。
その言葉を聞いて凍てつくようなプレッシャーが幹部席を襲うが深雪を達也が、花音を五十里が抑えることによって場外乱闘は未然に防がれた。
「今からエンジニアの担当変更は不可能です。咲が出場すれば優勝するというのは否定できませんが、俺が担当したからといって戦績が好転するわけではありません」
1人を除いて前半は全員が道理だと納得し、中盤は皆確定した事実といった顔で聞いていたが、後半のセリフで胡散臭そうな表情に変わった。今日の競技で女子ペアが一位を取れたのも達也の改良魔法のおかげだということは明白であったからだ。
「今日の様子を見た感じだと1周目の練習走行が鍵ですね。そのあたりをアドバイスして貰えるだけでも違うのではないでしょうか。咲は何か他にも意見あるか?」
「あ、うん。達也さんの意見でいいと思います」
1人ぼーっとしていた咲に達也が話を振ると少しちぐはぐした答えが返ってきた。そんな咲を見て、達也深雪を除く残りメンバーは珍しいものを見るような顔をしていた。
去年と同じく達也の部屋を溜まり場にするというアイデアもあったが、今年はCADの調整もしなくちゃいけないということで、達也のグループが雑談場所に選んだのは、CAD調整用の作業車の脇であった。
深雪やほのかたちが座っているのはキャンプ用折りたたみ椅子。彼女たちの前にはキャンプ用の組み立てテーブル。頭上にはキャンピングカーのルーフから伸ばしたオーニングテント。ほのかがキャンプみたいと呟いていたが実はこの作業車はキャンピングカーを流用したものである。去年は単なるワゴン車であったことを考えれば格段の充実ぷりであり、贅沢にも思われる。他校の生徒が一高の作業車を見て目を丸くするのは仕方のないことだろう。
この暴挙の首謀者は当然深雪であった。去年の尊敬する兄が受けた待遇に未だに不満と怒りを抱いており、半ば強引に技術スタッフの居住性改善を断行した。なお、その費用は咲のポケットマネーから支払われた(咲は怜+競馬や、かおりんネリー+宝くじなどで簡単にお金を増やすことが可能)。深雪は最初、父親に払わせるつもりであったが、その話が生徒会で決まった次の日には、咲がキャンピングカーの注文から支払いまで一通り終えたあとだった。どこまでも深雪に甘い咲であることがこの一件からうかがえる。
「で、咲はどうしてるの?」
「お姉様ならまた裏の森で魔法の練習をしていらっしゃるはずよ」
「咲の魔法力なら負けるはずがない。逆に負ける姿が想像できない」
コーヒー片手にほのか、深雪、雫がそんな話をしていた。ちなみにこのコーヒーを淹れたのは達也が連れてきたピクシーであり、深雪と水波は不機嫌を隠しきれていない。しかし、キャンピングカーのシステムはピクシーが掌握している以上、2人に手の出し用がなかった。
「妹のみなもちゃん?だっけ、と対戦するから気合入っているのかもしれませんね」
「確かにそれもあるかもしれないわね…」
「他にも理由があると」
「ううん、たぶんそれが大きな理由よ」
みなもが咲と同じ本戦シールドダウンソロの代表ということも理由としてあげられるだろう。みなもの魔法力と近接戦闘力を考慮したらシールドダウン、それの本戦に出ても全くおかしくない。深雪は理由がそれだけじゃないこともわかっていたが、2人に本当の理由を教えようとはしなかった。なにせ、深雪も咲がこんなになってまで魔法を特訓する本当の理由を分かっていなかったからだ。
ちなみにいつものメンバーは咲の他に2人に欠けていた。その2人はエリカとレオだ。エリカは野暮用で来れないと事前に連絡があり、レオはしばらくするとお茶会に合流した。どうやらローゼン日本支社長のエルンスト・ローゼンと話し込んで遅れたらしい。レオにとってその話は気分のいいものではないらしく、達也は深く追求することなくお茶会は進んでいった
22時を過ぎてお茶会はお開きになった。幹比古とレオと達也の助手的な役割を果たしている一年生のケントに雫とほのかと美月を送らせ、深雪と水波は後片付けを手伝うといった名目で残った。深雪は兄が帰るまでに帰ることはないし、水波はせめて後片付けだけでもという「メイドの使命感」が割合を占めていた。そして水波のその心は満たされた。なぜならばピクシーは達也に言いつけられた他の仕事にかかりっきりでテーブルの片付けに参加しなかったからである
パラサイトは同類を感知できる。人間を宿主にした個体同士だけではなく、人間を宿主にした個体と機械を宿主にした個体同士でも相互に探知可能なことは二月の事件で証明済みだ。ならば機械同士でも相互探知が成り立つはずであった。
「同胞の反応は感知できません」
しかし、ピクシーはパラサイトドールの所在を感知できなかった。達也は、その理由がパラサイトドールがその存在を捉えられない状態にあるからと考えたのである。機械同士の場合だけ通信ができないというありえない想定は排除した。
(休眠状態にしているのか。随分と用心深いな)
活性の低い個体は感知しにくいと達也はピクシーから聞いている。九島はそれを聞いているのか分からないが、少なくとも今の段階でわかったことは本番直前までこの方法で向こうの居場所を突き止めるのは難しいとのことだ。
後片付けを終えたという水波の報告を聞いた2人はピクシーをサスペンドモードに戻しホテルへ戻った。
8月6日、大会2日目。
今日はピラーズのソロ予選とロアガンのソロが行われた。当然のように深雪は危なげなく予選を突破し、男子は何度かひやりとする場面もあったが無事予選を勝ち上がった。そして一高の幹部が昨日予想したとおり、ロアガンのソロは男女ともに4位、得点0の惨敗に終わった。
他の学校の結果を見てみると七高が男女ともに優勝して勝ち点100、累計200点で一位に立っており、その七高を追いかける形で三高が男女ともに2位、勝ち点60。累計120点で一高を抜き2位に躍り出た。
三高のロアガンソロの代表の吉祥寺は七高の走力に全振りして射撃は捨てるというとんでもない強引な作戦に負けたのだが、まあこれは作戦負けというよりは運負け主張をしてもいいかもしれない。
その日の夜もお茶会が予定されていたが、達也とケントが参戦するのはCADの調整が諸々終わってからだ。明日は午前にシールドダウンの男子ペア、午後にアイス・ピラーズ・ブレイクの女子ペア決勝リーグがある。ピラーズでは予選に引き続き雫を担当するのに加え、シールドダウンペアでは桐原の担当エンジニアを務める。更に明後日は午前アイスピラーズブレイク女子ソロの深雪、午後シールドダウン女子ソロの咲と中心選手の担当が控えており、この2日が最も忙しくなると予想されていた。
達也はケントの手も借りて雫と桐原のCADを調整(点検の方が正しいか)をしていると達也に来客があった。
「一条か、どうかしたか」
「こんな時間にすまん、ちょっと今時間あるか?」
作業車を訪れたのは将輝であった。
「俺たちにとってはそんな遅い時間でもないし、少しぐらいなら構わない。ケント一旦休憩だ」
「はい」
ケントにそう声をかけ、2人は作業車の裏手の光の当たらない場所に移動する。
「一年生にエンジニアを任せているのか?」
並んでついてくる将輝が意外そうに聞いた。
「俺も去年は一年だったがな」
そんな達也の回答に将輝は苦笑いを浮かべた。
「それで?お前が俺に会いにくる用事はスティープルチェースの件しか思いつかないが」
咲や深雪に会いに来たという線もあったが、こんな真面目な顔をしているなら流石に違うだろと思ったので無駄話を避け、相手のセリフを先取りした。
「ああ、そうだ。思ってたよりきな臭いぞ」
「何かわかったのか?」
「確定とは言えないが国防軍の強硬派が一枚噛んでいるようだ」
「強硬派?」
訝しげに達也が問い返すと将輝もすぐに『強硬派』では何に対するものかわからないことに気づいた。
「ああ、すまん。国防軍内の対大亜連合強硬派のことだ」
「それが九校戦の裏で暗躍してると?」
確かにわかりやすい図式だ。戦争による勝利を望む勢力が、軍事適性の高い魔法師を選別する。
しかし、九島烈と強硬派は結びつけて考えるのが難しい組み合わせであった。九島烈は魔法師を兵器として使用することを嫌っていると以前風間から聞いていたからだ。
「酒井大佐は、俺たち魔法科高校生が防衛大を経由せずに、そのまま国防軍に志願することを望んでいるそうだ」
達也はますます当惑を覚えた。
戦闘色の強い競技を採用して、魔法科高校の生徒たちの破壊衝動と闘争本能を解放する快感をすりこみたかったのだろう。そうすることで軍人魔法師を目指す若者を増やしたい思惑があったのかもしれない。
だが、それとパラサイドールを暴走させる術式が結び付かない。強硬派はどこまで九島の思惑を知っているのか、もしくは別に黒幕がいるのか、現段階の情報では確定的な判断はできない。
「だが、よく酒井大佐の名前まで分かったな」
達也はふと湧いた疑問を口に出した。一条家も国防軍とパイプを持っているだろうが、この短期間で首謀者の名前まで調べ上げるのは容易ではないだろう。政党でもあるまいし、軍内の派閥が名簿になっていることもないはずだ。
達也の独り言のような問いかけに、将輝は苦い表情を浮かべた。
「親父と酒井大佐は昔の知り合いなんだ」
「まさかとは思うが、一条………」
「いや、違う。誤解するな、四葉!」
達也が水を向けると、案の定将輝は慌てた。達也としても否定してくれて一安心といったところだ。敵が増えるならだけまだしも、状況がこれ以上ややこしくなることは流石の達也も面倒だったので、もしそうなったら咲のように力ずくで盤面をひっくり返していたかもしれない。
「知り合いだったのは昔のことだ!酒井大佐は、佐渡侵略事件で現場の最高責任者だったんだ。お前ならたぶん周知の事実だとは思うが、あの時は親父が中心となって義勇軍を組織して、一先ずは佐渡を奪還し、親父は連隊規模の援軍を回してもらえるように依頼したんだが、国防軍は一大隊を派遣する予定しかなかったんだ。当時は政府も国防軍の意識も沖縄に目が向いていたから、仕方ないと言ってもいいかもしれない。
だが、酒井大佐が親父の要請を受け入れてくれたおかげで、大兵力があったからこそあれ以上の攻撃はなかった。親父はそう言ってたし俺もそう思っている。その点に関しては俺も親父も感謝はしている」
早口で否定内容を説明する将輝の話を耳に入れながらも、達也はこじれた事態に備えて、コースの破壊の計画を頭の中で整理し始めた。パラサイドール対策がめんどくさいならコースを破壊すればいいじゃない、まるで咲の発想である。
最終日は結局、咲、深雪、ほのかや雫など主要な競技が終わった後であり、スティープルチェースがなくなったところで別に問題はない。中途半端に九校戦が中断されると魔法協会の面目はつぶれるが、達也の知ったことではない。一高の優勝も達也にとって別に必須ではない。最優先は深雪や咲の安全である。
『自作のサードアイ』でも数キロ程度の近距離なら微量質量の照準が付けられ、通常兵器との見分けもつかない。地表付近ならば火山を刺激することもなく、夜中ならば各校の生徒に被害も出ない。問題は咲や深雪の説得と誰に責任をなすりつけるかだ。
「だが、大佐は沖縄の戦闘が一段落した後、今度は新ソ連へ逆侵攻をしようと軍部に提案したんだ。親父がいくら諫めても大佐は翻意しようとしないし、結局逆侵攻は実現されなかったが、派遣された連隊が通常配備に戻るまで相当激しい口論は続いて、喧嘩別れのようになったらしい」
そんな事を聞きながら考えていると達也は八雲が注意しろと言っていた事を思い出した。もしかしたらそいつに責任を押し付けられるかもしれない。
「昨日親父と話した時も『反乱なんてバカな真似をしなければいいが』と悩んでいたが、『もはや他人だから仕方ない』と何度も頭を振っていたくらいだ」
「反乱?」
将輝の言い訳と全く無関係のことを達也は考えていたが、聞き捨てならない言葉が耳に入った。
それまで達也が無言で彼の話を聞いていると将輝は思っていたので、突然達也が反応したことに驚き、『反乱』の言葉は過激だったかと少々別の焦りも生じていた。
「いや、酒井大佐のグループが実際に反乱の疑いがあるわけではないが、『そのうち反乱でも起こすんではないか』と噂されている程度だ」
「根拠はないが、噂にはなっているということか」
「あ、ああ…そうらしい。とにかく!一条家と酒井大佐との間には今は何にも繋がりがない。過去に関係はあり、共通の知り合いも多いから今回のこともその伝手で分かったことだ。酒井大佐も反乱までは企んではいまい。何か悪いことを企むとしたら若い魔法師を自分の派閥に大勢いれて大亜連合に攻め込もうと考えているくらいだろう」
「それだけでも十分穏やかとは言えない話だが………礼を言う。参考になった」
達也は将輝の考えが違うことを分かっていたが、パラサイドールの件に彼を巻き込むつもりはなく、話を切り上げた。
「べ、別にお前のために調べたわけじゃないから、礼には及ばん。大会中に特に手を出してくることは無いだろうが、手を出してくるとなると大会が終わった後、閉会パーティーか、個別に接触してくるかだとは俺は思っている。また詳しいことがわかったら、連絡する」
「助かる」
将輝は達也の謝辞を受け取り、必要以上にせかせかと歩きながら、ホテルへと戻っていった。
替え玉に使えそうな首謀者が見つかったことで、逆に達也は冷静さを取り戻した。偽装工作をするにしても最終日まで正味10日を切っており、明らかに時間が不足している。四葉や八雲の手を借りれば可能かもしれないが、彼らが達也の軍事演習場の部分爆破に手を貸すとは思わない。真夜になら咲が頼めばイチコロだろうが今回の件に咲は関わらせるつもりはない。
柄にもなくあれこれ迷っているようだと、達也は自身の疲れを認めた。一先ず、今日の作業を仕上げてお茶会でリラックスしようと、達也は作業車に戻ることにした。
頑張って更新速度あげたいですね