オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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最後のご挨拶。
連載開始が、2017/2/22
そして本日、2019/2/23
連載期間・二年と一日。
長くお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
ご意見ご感想など、心からお待ちしております。
では、またどこかで、お会いしましょう。   by空想病


後日談 -2 ~夢見るままに待ちいたり~

/After story …vol.02

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 カワウソが飛竜騎兵の領地を暫定管理する同盟者と公表されて、数週間が経過した頃。

 

「彼女が?」

「ああ──魔導王の魔王妃・ニニャだ」

 

 アインズは、カワウソたちに自分の五人の妃、その最後の一人を紹介した。

 普段、第八階層“荒野”のとある聖域で厳重に封印されているという人間の女性──

 今回の邂逅のために、わざわざ第九階層のスイートルームに、彼女に与えられた私室のベッドへと移された。身を横たえる女性は大地の色の髪がシーツ一面に広がり、長い時を眠り続けている話が真実であると直感させる。

 ふと、寝たきりのニニャに寄り添う人影が、こちらを振り返り立ち上がった。

 一人は、赤と白の和服──“巫女服”と呼ばれるものを着込んだ、人間の女性。

 一人は、宝剣と魔法杖を携えた、火と黄金を灯す瞳を輝かせる、黒髪の青年。

 一人は、真紅の衣装に身を包んだ、銀髪紅瞳の、艶美を極めた、吸血鬼の姫。

 そして、最後の一人は……

 

「久しぶりだな、アコ」

「…………」

 

 魔導王たるアインズと言葉を交わすことなく──どころか睨みつけるようにして、そっぽを向いた。

 

「お母さまをくれぐれもお願いします、オメガさん」

 

 巫女にそれだけを告げると、ニニャとよく似た髪色と顔立ちに眼鏡をかけた女性は、足早に部屋を辞していく。

 だというのに、そんな女性のことを、アインズは勿論、彼を絶対者と信奉するナザリックのNPCたちもすべて、殊更に非難するようなことはなかった。

 

「ふふ。相変わらず、反抗期が長いな」

「……え……今のは?」

「ああ。俺とニニャの娘だ」

 

 あっけらかんと告げたアインズは、そのままアルベドとシャルティア、アウラとマーレを連れて、魔王妃の横たわる寝台に歩み出す。彼を愛するNPC──魔導王の妃たちも、気にも留めた様子が一切ない微笑を浮かべていた。

 カワウソとミカも、そのあとに続いた。

 

「はじめまして、堕天使のプレイヤー殿」

 

 賢知に富んだ聡明な声。

 目の前にいるアルベドと面影が似た青年は、男までをも魅了しかねない色気を漂わせながら、艶っぽく微笑む。

 

「私は、魔導国“第一王太子”──ユウゴと申します」

「ああ──君が、その、アインズとアルベドの?」

「はい、不肖の息子です」

 

 求められるまま握手を交わす堕天使。

 初めて顔を合わせたはずなのだが、カワウソは彼とどこかで……魔法都市(カッツェ)あたりで会った気がしなくもなかったが、確信には至らない。ミカも特段、なにかに気付いた様子もなく、淡々と挨拶を交わす。天使には魅了の類などは無効化されるので心配には及ばない。

 次に、魔導国の王子の隣に立つ銀色の女性──魔導国第一王女──ウィルディア・ブラッドフォールンとも握手を交わした。豊満かつ、しなやかな肢体は、人間の男であれば我慢が出来そうにない麗笑を浮かべていたが、今のカワウソには効果がない。握った手袋の下にある女性の手が、骸骨の掌だったことには純粋に驚かされた。名前から分かるように、彼女はユウゴとは腹違いの妹である。

 

「そして、今部屋を出ていったのが、私たちの末の妹──ニニャお(かあ)さまの娘──アコ・ベイロンですわ」

 

 ウィルディアは実母(シャルティア)の背中に回り込み、肩から包み込むように抱きしめた。両者の体格差を考えると、母と娘が逆転しているようにしか見えないが、シャルティアに甘えるウィルディアの様子は、まるで小さい幼子(おさなご)彷彿(ほうふつ)とさせる。

 カワウソは訊ねた。

 

「えと──今のアコっていう王女様は、アインズと仲が悪いのか?」

「答えは「いいえ」でありんすね」

「アコちゃんは、お父様から“あのお話”を聞かされてから、ずっとあの調子ですから」

 

 あのお話というのは気にかかったが、ここへ来た目的の第一を果たすことをカワウソは優先する。

 

「確か、魔王妃の、ニニャさんの寿命問題、だっけ」

 

 アインズは頷いた。

 人の命は有限──異形種のような不老不死を持ちえない。

 だが、この異世界では魔法の恩恵によって、自分の寿命を延ばし生きることを可能にした者もいる。

 そして100年前、このナザリックに迎え入れらた『術師(スペルキャスター)』──ニニャも、その一人ということになる。

 

「では、ミカくん……頼む」

「────」

 

 ミカはカワウソを振り返り、主人の首肯を確認してから、ニニャの額に手を伸ばした。

 そうして、安らかな寝顔の女性を、彼女の状態を的確に()ていく。

 

「……なるほど。確かに不老ではありますが、彼女は不死の存在とは言えない……しかし、このようにして延命することが可能だとは……魔力系と信仰系と精神系魔法の複合……細胞の老化を睡眠、というよりも仮死状態で止めている……しかし、それ故に通常活動は不可能……人間種限定の職業レベル……資料でしか見ておりませんでしたが、なるほど、確かに理に適っている」

 

 ミカは診察を終えた。

 天使のスキル“正の接触(ポジティブ・タッチ)”──それを、女神の特殊能力で増幅可能なミカではあるが、ニニャを睡眠の状態から目覚めさせることは憚られた。そんなことを強行しても、人間の肉体老化が促進されかねないからだ。

 そして、結論する。

 

「これは、私でもどうしようもない案件だと判断できます」

 

 熾天使にして女神たるミカは、率直な意見を表明する。

 

「彼女のレベルは、ツアー殿から贈与された指輪で強化・昇格されていますが、やはり限界が存在している。私の力──治癒の能力は、人間の細胞組織を活性化させ、強制的に再生を促進・高速化させるもの。つまり、人間の老化を早める力ともいえます。老化に伴う寿命については、アインズ・ウール・ゴウン側も知悉していることでしょうが──これは、正攻法では解決不能かと」

「ああ。確かに超位魔法“星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)”などの手段で、一時的に人間を若返らせたりすることはできる……だが、結局はただの一時しのぎにしかならないことは、確定しているからな」

 

 いろいろと試行錯誤を重ねていたらしいアインズは、重く頷いた。

 対してミカは口が重くなった様子もなく、己の中で得られた解答と事実を羅列していく。

 

「ええ。魔法も万能の力ではありません。スキルもまた同じこと。

 いかに女神である私でも、不老不死の存在を創るということは不可能です。いえ、不老不死の同族(エンジェル)を創ることはできますが、人間を人間のまま不老不死にするというのは、魂の改変現象にほかならない……下手をすると、彼女の存在自体が変貌・変異しかねない」

 

 天使種族が人間の意志を保有できるかどうかというと、まったくの「否」だ。

 むしろ、天使は神の忠実なシモベとして、人間を虐殺することも躊躇しない……ただのモンスターに他ならないのである。神の掲げる正義の名のもとに行われる大量虐殺──その先駆けにして処刑人の名が、天使だ。それでは生命を憎み殺すアンデッドと変わりない。ひょっとすると、アンデッドよりも残虐な側面を発現しかねないといえるだろう。

 ミカたちのような拠点NPCにしても、カワウソという創造主への崇拝と崇敬ぶりは、いっそ怖いほどの善行にして善感情の現れだ。彼らは何かが違えば、魔導国の都市を、そこに住まう無辜の民を、魔法やスキルで蹂躙したかもしれない。天使とは必ずしも人間の味方をするものではない。むしろアンデッド以上に無慈悲であり、自分たちの創造主の敵を殺すことに、天使が罪悪感に苛まれることなどほとんどないのだ。

 では、ニニャを異形種(モンスター)に変えるか否か──そんな問答に是非もない。

 

「……うん。やはり、そうか」

 

 アインズは心なしか、とても落ち込んだように息を吐いたように見える。

 骸骨に呼吸は不要。なので、その真似事ということらしいが、アンデッドの王は即座に気分を切り替えた。

 

「ありがとう。ニニャを診てくれて」

「──いえ」

 

 そうして、アインズは眠り続けるニニャのことを、巫女のNPCや自分の子どもたちに託して、部屋を出た。

 アルベドらと共に、カワウソとミカもその背中を追う。

 

「で、どうするんだよ?」

 

 カワウソはすぐさま立ち直ったように──精神が安定化したらしい──きびきびと廊下を歩くアインズに問いかけた。

 

「ニニャさんは、このまま眠りっぱなしにするのか?」

「……言われるまでもない」

 

 死の支配者(オーバーロード)は決意するように頷きを繰り返す。

 とてつもなく情愛の深い男の──人間の声が、切ない。

 

「何か、方法があるはずだ──それに、ニニャの使っている今の方法は、ツアーから聞いた眠り姫からヒントを得たもの」

「海上都市の夢見るままに、だっけ?」

「“夢見るままに待ちいたり”です、カワウソ様」

「ああ。その、待ちいたりっていう眠り姫さんと、今のニニャさんは、ほとんど同じ状態って話だろ?」

「うむ……十三英雄のリーダーたちは、海上都市で彼女の協力を取り付けて、その際に、自分が数百年だかの長い時を、眠ったまま生き続けているという情報を得たと聞く」

 

 ニニャの状態を改善できる見込みがあるとすれば、海上都市の謎を解き明かすしかあるまい。寿命問題の解決策の一環としてニニャが獲得した睡眠の仮死状態であるが、もっと他に有用な方法があるのではないか。その情報を持っている可能性があるとすれば……やはり、いまだに未知とされている海の上の都を目指す他に処方がなかった。

 いわゆる“願いを叶える”タイプの魔法やアイテムでは不十分──その中でも最上級とされる“永劫の蛇の指輪(ウロボロス)”ならば「あるいは」とも思えるが、アインズの手元にはないという現実は、如何ともし難い。

 そして、海上都市という存在は、アインズ達の100年間におよぶ活動でも、まったく判然としていないという事実が、一同の空気を重くする。

 

「夢の中で生きるか……」

 

 夢と言えば。

 カワウソが夢の中で出会い、対話すらした堕天使……あの玉座の間の戦い以降、まったく表に出てこなくなった異形種の身体の持ち主を思い起こす。

 だが、彼女(ニニャ)たちはただの人間。

 異形種の身体に宿る人間の意志という状態とは、事情がまったく異なるはず。

 

「ニニャさんがいる夢の世界っていうのは?」

「ああ。意外と住み心地はいいらしい。……最近、奇妙な話し相手と出会ったという話だが」

「話し相手?」

「妙な格好をした女性、ということらしいが。ニニャ本人もよくわからないらしい」

「妙な、格好?」

「ああ。黒い喪服のようなドレスに、これまた黒い革帯(ベルト)を大量に身に纏った女性だとか」

「ドレスにベルト?」

 

 わけがわからない。

 それほどまでに、夢の中の世界というのは複雑怪奇だということか。

 カワウソは自分たちになにか出来ることはあるだろうかと思案するが、こればかりは何とも言えない。

 そんな協力者の隠れた懊悩に気付いたわけでもなく、アインズは直近の問題に言及する。

 

「カワウソ──今のレベルは?」

「ああ……五日前、復讐者(アベンジャー)Lv.10になった」

 

 ナザリック地下大墳墓内でのレベリング。

 復讐者のレベル獲得の条件というのは、“敗者の烙印”を押された場所・土地・建物へ赴き、戦うこと……ゲームでは実行する者など絶無と言える復讐行為を断行すること。カワウソは復讐者のレベリングには、ナザリック地下大墳墓へ向かう途上にある毒の沼地地帯などで厄介なモンスターを狩っていくことで、獲得条件を満たしていた。

 そして、この異世界では、ナザリック地下大墳墓内でのレベリング……戦闘訓練を続けることで、レベルアップの条件を満たすことができたのだ。

 

「無事、Lv.100に戻ったということだな。──ならば、そろそろだな」

 

 時は満ちつつあった。

 アインズの告げる、ユグドラシルの絶対的脅威。

 白金の竜王──ツアーとの契約にして盟約にして、約束を果たす為に、カワウソという堕天使プレイヤーは蘇ることができたと言える。

 

「近日中に、ツアーと会談を開こう──あの計画を、実行に移すために」

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 さらに月日が流れた。

 アインズとカワウソとツアーは、計画の実行に向けて動き続けた。

 途中、ナザリックの第八階層に置かれたままとなっていた天使の澱のギルド拠点を、飛竜騎兵の領地内に移動させたり、魔導国内の政務や公務──第三者委員会の本格的な運用をはじめたり、ツアーが率いる八欲王の遺物・エリュエンティウ(本当の名は別にあるというか、現地人の発音が一般的に浸透している為、便宜上そのまま呼ぶようになっている)の都市守護者30人と面識を得たり……

 そして、カワウソたちがスレイン平野に異世界転移してから、一年が経過した頃。

 

「いよいよだ」

 

 アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓。ツアインドルクス=ヴァイシオン。エリュエンティウ。現地人のなかで得られた有用な協力者──それに加えて、カワウソと天使の澱が、例の計画実行のために知恵を絞った。

 

「ついに始まるか……」

 

 アインズとカワウソは、ツアインドルクス=ヴァイシオンの背に乗って、大海の上空を飛行している。それぞれのLv.100NPCたちも飛空するアイテムに乗りこみ、決戦地と定めた大海原──ワールドエネミーとの戦いで生じるだろう被害を最小限に抑えられるポイントに向かっている。大陸から最も遠い無人の小島──岩礁帯が顔を出している、遠浅の海の上。

 白金の竜王の背中には、始原の魔法(ワイルド・マジック)で造られ操作される竜鱗鎧(スケイルメイル)も同乗し、三勢力の首領は顔を突き合わせる形で、最後の作戦確認を入念に進めていた。

 

「我々の目的は、神竜ことワールドエネミーと戦い、龍の核と成り果てたプレイヤーの『救済』にある」

 

 今回の討伐行の目的を、アインズが重々しい口調で説明する。

 

「200……300年前に、十三英雄リーダーの世界級(ワールド)アイテム“ダヴはオリーブの葉を運ぶ”によって封殺された神竜。多くの犠牲を支払い封じられた骸は九つに分解され、災厄を生き残った当時の人々や各国政府によって、厳重に管理されることになった……しかし、時の法国指導者が管理することとなった神竜の腹から、ありえざるものが生まれたのは、皆の知っている通りだろう」

 

 その生まれたものは、『世界の盟約』に反するモノ。

 アインズは、今回の大規模作戦の概略のみに言葉を尽くす。

 

「スレイン平野に封じたアレが、今回復活させる神竜と同調し、復活する可能性もありえるが、あちらは世界級(ワールド)アイテム“二十”を装備したユウゴとウィルディア、ナザリック地下大墳墓の全兵力を結集している。我々が戻るまでの時間稼ぎ程度は、難なくこなしてくれるはず。そう言い切れるのも、カワウソの世界級(ワールド)アイテム“亡王の御璽”の『自軍勢力の無敵化』のおかげだ」

 

 堕天使の頭上で回る赤黒い円環に、全員の視線が集まる。

 いきなり持ち上げられてしまい、カワウソは頬を掻いた。

 すでに、アインズ・ウール・ゴウンと協調を始めてから数ヶ月以上……互いの連携や、世界級(ワールド)アイテムの性能確認などは、十分に行い尽くしている。

 アインズは確認を続けた。

 

世界級(ワールド)エネミーは、Lv.100プレイヤーの軍団(レギオン)──6人×6チーム……36人編成をもってしても、攻略が難しい敵である。“だが”」

 

 それ以上の人数編成で挑むことは不可能な摂理(ルール)が存在する。

 ワールドエネミーの討伐は軍団(レギオン)単位……たった36人構成で攻略するのが望まれる。

 だが、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの討伐に乗り出した、1500人という大規模侵攻が繰り広げられたユグドラシルにおいて、ワールドエネミーを倒すのに1000人──とまではいかずとも、100人単位のプレイヤーが協力すれば、打倒することは容易に思える。現れたワールドエネミーを軍団が三つほど集まり囲って、そのままタコ殴りにしてもよさそうな感じだ。

 だが、それは“できない”。

 できない仕様が、あのゲームには存在した。

 ワールドエネミーというのは文字通り、世界の敵である。

 世界の敵たるボスモンスターは、一軍団(レギオン)以上のプレイヤー数・36人以上を検知すると、打倒することが事実上不可能な“無敵”の存在に変わってしまう。無敵の敵が吐き出す広範囲拡散攻撃はすべて即死級。9が数桁も並ぶ超過ダメージとなり、ワールドエネミーの召喚に応じた雑魚共まで、討伐に赴いたプレイヤーを駆逐し蹂躙し殲滅するありさまを呈するのだ。そして、無敵と化したワールドエネミーの防御力は、わずか1ダメージも通らない鉄壁ぶりを発揮する。

 世界の敵(ワールドエネミー)が、バランスブレイカーといわれる所以(ゆえん)──世界の敵を討伐するための員数は、事実上の制限が設けられていた。100人規模のプレイヤーに、均等にワールドエネミー討伐の報酬を支払うだけのデータが足りないということもあっただろうが、プレイヤーたちからしてみれば、運営側からの挑戦と挑発にほかならなかった。

 そして、この異世界にはユグドラシルのゲームシステムが、ある程度まで適用されているという事実。

 故に、ワールドエネミーを倒すには、36人しか投入できないのである。

 当時それが理解できていなかった十三英雄の現地人──彼らの麾下におかれていた大軍勢は、瞬きの内に殲滅された。

 リーダーの彼女を核として顕現した、神竜の食事・栄養源として、多くの英雄や人々が犠牲となり、魔神たちによって崩壊しかけた諸国を跡形もなく──文字通りに“平らげてしまった”のだ。いくつもの国が滅び、いくつかの種族が絶滅の憂き目を見た。

 アインズは現状を冷静に分析しつつ、見解を述べる。

 

「一応、こちらは用意できるだけの戦力は用意できている。──君たち天使の澱の参入のおかげで、な」

「期待してくれてどうも」

 

 だが、カワウソの用意した戦力──Lv.100NPCたちは、その性能にはバラつきがある。

 レア種族たる「女神」のミカ、「花の動像」のナタなどは破格の性能と言ってよいが、暗殺者特化のイズラや補助タイプのマアトなどは、今回の戦いでどこまで役に立てるものか。一応、アインズに案内されたナザリックの宝物殿から、天使の澱のNPCに使えそうな武装やアイテムをピックアップして再強化を試みてはいるが、ワールドエネミーを相手にする上ではまだ不安の方が大きいところ。

 

「できれば、あの赤い……ルベド、だっけ? あのおっかない少女も、使えたらよかったかもだが」

「それは不可能と言うべきだな。あの娘には、NPCのような知性や判断力は備わっていない──アレは、ただのシステムとして、タブラさんがこしらえた暴力装置だからな。外に出してワールドエネミーを倒す前に、こちらがルベドに全滅させられる方が早いかもしれん」

「……おっかないなぁ、本当に」

 

 ルベドは、タブラ・スマラグディナというプレイヤーが創り上げたギルド防衛システムとしての投影装置。その暴虐性はただのシステムであるが故に、まったく“敵味方の区別なく”駆動するもの。あの赤い少女は、プレイヤーやNPCを強襲する破壊の権化であり、悪辣極まりない殲滅兵器──おまけにブラックボックス化されたその機能を改造改変するなどは不可能ときている。願望成就系のワールドアイテムでも使えば話は違うだろうが、アインズが仲間たちの残した存在たるものを過度に変質させ、変換させるようなことをする男でないことは、もはや十分了解できるほどの親交をカワウソは得ていた。

 今回の戦いに投入できる戦力は、ごく限られている。

 求められる戦力というのは、Lv.90代の高レベルモンスターでも“足りはしない”。

 雑魚ばかりが数千……数万……数億体いたところで、“世界そのもの”というべき敵には何の用もなさないのだ。おまけに今回の敵の特性は、そういった雑魚を喰らえば喰らうほど性能が上昇するタイプ──実際に交戦して生き残っているツアーが分析した結果なので、この情報は確定的だ──「“あれ”は、数国を一夜で食い尽くし、僕たちが揃えることができた異種混合の討伐軍を、ものの数分で平らげ、まったく手が付けられなくなった」とのこと。

 つまるところ、ナザリック地下大墳墓の上位NPCがどれほど優秀だと言っても、迂闊に中途半端な戦力投入を試みては、逆にこちらの首を絞める結果にしかならないということ。現地の一般人──魔導国臣民の戦線投入など論外。求められるのは、「少数精鋭」による「速攻即滅」……これしかない。

 

 ナザリック地下大墳墓が有するLv.100の戦力

 

 アインズ・ウール・ゴウン──アルベド、シャルティア・ブラッドフォールン、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、コキュートス、デミウルゴス、セバス・チャン、パンドラズ・アクター、オーレオール・オメガ……以上10名(各員、世界級(ワールド)アイテムを装備済)。

 ナザリック地下大墳墓のギルド拠点付属・戦略級攻城ゴーレム──ガルガンチュア……1名。

 第八階層のあれら──生命樹(セフィロト)シリーズの太陽(ティファレト)(イエソド)火星(ゲプラー)水星(ホド)木星(ケセド)金星(ネツァク)土星(ビナー)天王星(コクマー)海王星(ケテル)……9体。

 

 そして、アーグランド信託統治領のLv.100戦力

 始原の魔法(ワイルド・マジック)の担い手、“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”ツアインドルクス=ヴァイシオン……1名。

 

 以上、21の戦力。

 

 そして、100年後に加わった新戦力の存在。

 

 ギルド:天使の澱のLv.100の戦力

 カワウソ──ミカ、ガブ、ラファ、ウリ、イズラ、イスラ、ウォフ、タイシャ、ナタ、マアト、アプサラス、クピド……以上13名。

 ヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の戦略級攻城ゴーレム──

 デエダラ……1体。

 

 以上、14の戦力が加入し、合計して35の戦力────

 

 計算上、世界級(ワールド)エネミー一体と戦うのに必須の頭数は、ほぼ揃っている。ユグドラシルのシステム上、36人から構成される軍団(レギオン)にも匹敵する戦闘集団だ。

 あと一人くらい追加しておきたいところであるが、Lv.100相当ではない存在など、数合わせとして組み込んでも意味がない。真っ先に脱落してしまう戦力など、対ワールドエネミー戦においては邪魔になりかねない。

 一応、候補として名前があげられた一人──アインズ・ウール・ゴウンの御嫡子である第一王太子──ユウゴが、Lv.100の領域に最も近いというが、彼の魔導国内での立場や責務……有事の際の後方支援や残務処理、スレイン平野の監視を生命樹(セフィロト)の一体である地球(マルクト)と共に務め、もしもアインズたちがワールドエネミーに一歩及ばなかった場合、父たちの復活を断行するための要員として残しておくのに相応しい存在となれば、アインズの息子以外に存在しなかった。

 八欲王の残したLv.100NPC──エリュエンティウの都市守護者30名が参戦できない理由は、語るには及ばない。

 

「やるんだな」

「当然だ」

 

 カワウソの声に、死の支配者(オーバーロード)は悠然と頷いた。

 

「私は、アインズ・ウール・ゴウン。

 世界の敵ごときを打倒できずして、すべての伝説を塗り替えよなどとは、言っていられないからな」

 

 カワウソは笑った。

 そして、三人は最後に互いを見やる。

 

「では」

「ああ」

「始めるとしよう」

 

 アインズが、カワウソが、ツアーの鎧が、頷いた。

 そして、アインズのNPCたちが、上位(グレーター)無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)……九つを用意する。

 袋の中に詰まっていたのは、大陸各地に散らされ、魔導国による大陸統一以降は、厳重に封じられていた……神の竜の骸。

 人の背丈を優に超えたそれを、アルベドたちは竜の背中から、眼下の海に投棄する。

 

「ミカ」

 

 アインズ・ウール・ゴウン──もとい、エリュエンティウの都市守護者たちから一時的に貸与された世界級(ワールド)アイテム“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”……を携えた女天使が、最上級の蘇生手段を行使する。ワールドエネミーを復活させるのに、低位の蘇生では効果がない。

 ミカの伸ばした手指が、ひとつの死骸──神竜の核につきつけられる。

 

「〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉」

 

 彼女の魂を、NPCの希望の(オーラ)が、捉える。

 そして、

 ついに、

 

「おおおお……」

 

 鎧ではなく、竜体のツアーが、感嘆の吐息を零した。

 待ち焦がれていた再会。

 ありし日の姿──友に世界を旅した森妖精(エルフ)の女プレイヤーの匂いを、竜王の明敏な感覚野が嗅ぎ取っていく。

 同時に──

 

「…………ああ、やはり」

 

 絶望の象徴たる異形も、その姿を、力を、取り戻していく。

 彼女を──プレイヤーを核たる宝珠に組み込んで顕現した、一匹の“龍”。

 

「久しぶりだな──ワールドエネミー……」

 

 リーダーが読み取ってくれた情報。

 あのワールドエネミーの名は、「四凶」の──

 

 

「“饕餮(とうてつ)”」

 

 

 光臨したのは、深淵よりもドス黒い、純黒の龍。

 その瞳は貪欲な色彩に濁り、獲物を渇望する牙の列は、巨躯を誇る白金の竜王・ツアーすらも砕き、呑み込みかねない。

 

 その日、その時、飢え渇く世界の敵が、死の(とこ)から目を覚ました。

 ユグドラシルサービス終了の日に、どこかで存在を忘れ去られていた者が、この異世界に現れてより幾年月。

 

 

「 ────────────────────── !!!!!!!!

 

 

 遠雷とも雪崩とも、悲鳴とも絶叫とも咆哮とも形容しがたい、天地鳴動の音圧。

 その猛り狂った旋律は、まるで、親とはぐれ迷う嬰児の声にも思える。

 

 

 今ここに、アインズとカワウソとツアーの率いる軍団(レギオン)による、ワールドエネミー“饕餮(とうてつ)”との戦いが、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中の世界──昔懐かしい、モモン姿の彼と共に訪れた、とある村の木陰で、彼女たちは再会する。

 

「ああ、やっぱりいた!」

「あ」

「久しぶり、ニニャさん」

「お久しぶりです。えと」

「ああ、また忘れちゃった?」

「すいません。私の力だと、あまりこちらでの記憶が」

「仕方ないわ。ニニャさんは私とは違って、レベル上限のある現地人だもの」

 

 ニニャが夢で会うようになった女性は、黒い喪服のような──だがとても蠱惑的で艶っぽいドレスに、黒いベルトの拘束具などがアクセント感覚で散りばめられている。豊満な肢体を拘束するような感じになっているので、同性の目から見てもかなり──きわどい。顔立ちもよく整っているが、ふと、誰かと面影が重なっている気もするのは何故だろう。翠玉色の髪が影となっているが、とてもきれいな微笑を持っていて、一目見たら忘れそうにない美人さんなのに。

 ちなみに。

 夢の中のニニャの風貌は、ありし日の冒険者の装い──かつて、アインズと共に旅をした当時を思わせる格好に、当時よりもだいぶ伸びた茶髪という風情で、この不思議な夢の世界を彷徨(さまよ)っている。

 夢の世界は本当に居心地がいい。

 空腹も痛みも何もなく、歩いても歩いても、疲れることが決してない。

 そのうえ自分が生きたい場所や風景を見ることができるが、誰かと出会うことはほとんどない。

 唯一の例外が、ニニャと女性の出会いであった。

 

「やっと会えましたね……前は、二ヶ月前、でしたっけ?」

「あれ? 二年前じゃなかったかな?」

「え。そ、そんなに……ああ、夢の中だと時間の感覚も、その」

 

 狂ってしまう。

 無論、人間の時間を順当に歩むということは、それだけ寿命に近づくということなので、この状態こそが望ましいことではあるが。

 

「いやいや。私感覚で二年だから、ニニャさんの方が正解かもよ?」

「すごいですね。夢の中でずっと生活していらっしゃっるんでしたよね?」

「そうそう。もう何十年……何百年……何千年くらいかな?」

 

 話を聞くたびに、とんでもない女性だと痛感させられる。

 いったい、彼女がどうして夢の中で生きるようになったのか聞いたことがあるが、本人もあまり覚えていないという。

 それもそうだ。

 何千年も、こんな世界で生きていると、寂しくてたまらない。40~50年ほど、この状態を維持しているニニャですら、誰もいない孤独な世界というのは、いろいろと悩ましかった。

 時間の感覚は薄まり、記憶にもいろいろと齟齬が生じる。

 ──時折、自分を呼ぶ旦那様・愛すべきあのひとの声に反応して、意識が浮上する時が待ち遠しいくらいに。

 

「せっかくだし、お茶にしましょ?」

 

 そう言って翡翠の髪をはずませながら、女性はウキウキと〈上位道具作成〉の魔法を行使する。

 魔法道具の作成に適した職業レベルを有しているらしく、あっという間にティーセットをのせたガーデンテーブルと、繊細な造形をあしらったイスが二脚、木漏れ日の眩しい緑の大地に現れた。

 彼女が淹れてくれた──作った魔法のアイテムなので、調理スキルなどではない──紅茶は、飲食不要な夢の中でも素晴らしい味わいであった。お茶請けのバタークッキーやドーナツ、マカロンやチョコレートも美味しい。

 

「すごいですね。私も、夢の中で魔法が使えればいいんですけど」

「最初のうちはしようがないですよ。私だって、魔法を自由に使えるのに300年は特訓しましたから」

 

 微笑みながら目の前の人はすごいことを言う。

 ニニャは、対面に座る女性に(たず)ねてみた。

 

「どうして、そんなにも長い間、夢の中で生きているんですか?」

 

 気になってしようがない。

 この話は前にもしたような気もするが、記憶があやふやになる夢の世界では、致し方ない。

 

「うーん────ニニャさんになら、言ってもいいかな。うん。ちょっと恥ずかしいけど、せっかく出来た話し友達だし……」

 

 女性はカップをソーサーに置き、イスの上で膝を抱え、その上に頬杖をつきながら、とても恋しい音色で、とても愛らしい胸の内を、述懐した。

 

「私はね。待っているの」

「待っている──誰を?」

 

 たまらずニニャが行った問い返しに、彼女は答えあぐねる。

 

「わからない……私がこうなってから、もう五千……数千年は経っているみたいだから」

 

 ニニャは息を呑んだ。

 この夢の世界を、何千年も生きる女性を一心に見つめる。

 

「でも、私は彼を待っている。それだけは忘れない」

 

 彼女は語った。

 

「私にとって彼は、とても大切で、とても大事で、とても──ええ、とっても大好きな人だった……彼のためにいろいろと頑張って……結果やりすぎちゃったことも何度かあったけど、そのたびに彼は笑って許してくれて。私の長話にも、いやな顔ひとつ見せないで……ああ、もう、リアルの顔も名前も、彼や皆と作ったギルドのことも、今は何も思い出せないけれど……それでも、私は、彼がこの世界に来ることになった時に、ちゃんと彼を支えられるようになろうって、彼が生きやすい・住みやすい場所を用意してあげようって……彼がユグドラシルのゲームアバターのまま、異形種の姿でこっちに来ることになったら、きっと、とても大変だと思う。けれども私は、あの当時はいろいろと嘘をついたり隠したり……しかも、この姿じゃ、たぶん──彼には気づいて貰えないかもしれない…………それでも」

 

 その眼差しは遠くを見ていた。

 遥か数千年の向こうに置き去りにした、大切な思い出を見つめているとわかった。

 

「その気持ち、わかります」

「?」

「同じことを目指して、やろうとしているひとを、私は、知っています」

「……へぇ? 私みたいな人が、他にも?」

 

 だから、ニニャは言い募った。

 

「何か、彼という人のことで、憶えていることはありませんか?」

 

 なんでもいい。

 少しでも彼女に協力できることはないものか、ニニャは問い続けた。

 

「異形種の、骸骨……だったかな……?」

「──骸骨?」

 

 ニニャの脳裏にすぐさま浮かぶのは、たった一人だけ。

 

「そう。それで、とても強い死霊系魔法詠唱者(ネクロマンサー)で、私の力は人間でそれを再現してみたものなの──あれは本当に凄かった。すごい数の敵を、彼の世界級(ワールド)アイテムで変貌した星が、一片に吹き飛ばしちゃったこともあった……っけ? あれ、……あったよね?」

 

 骸骨。

 死霊系魔法。

 そういったプレイヤーに、ニニャは覚えがあった。

 覚えがあり過ぎた。

 脳裏に浮かぶのは、自分を伴侶としてくれた彼が──死の支配者(オーバーロード)の魔導王が、語り聞かせてくれたことがある、1500人の討伐隊を全滅させた話。

 確か、その時の人が、100年後の魔導国に現れた、と。

 

「あの──前にも聞いたことかも知れませんけど」

 

 ニニャは黒衣の女性に(たず)ねた。

 

「あなたの、お名前は?」

 

 その問いかけに、新緑の髪の乙女は儚げに微笑み、唇を開く。

 

「私の、名前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のどこか。

 その入江は、「海上都市」と呼ばれる土地。

 

 褐色の肌と金色の髪を海風にさらす見目麗しい少女たち・軍服姿の十人は、黄金に輝く粘体の手足で、広い浜辺に漂着するゴミの回収任務に従事している。魔導国では一般的となった清掃用スライム──彼女たちは、それと同じように、内部に取り込んだものを溶解・消滅させていく。入り江には時々、ゴミ以外のもの──あちらの大陸から漂流してくる人間などもいるため、それの発見・救助なども業務に含まれているが、ここ100年では一度しか例がない。

 ふと、清澄な鐘の音が響いた。

 

「あれ? お昼?」

「いいえ、違うわ」

「“招集令”の鐘よ」

 

 いつもとは違う鐘の音に導かれ、少女たちは作業を中断。

 今日の清掃班長役に促されるまま、自分たちの拠点へと戻ることに。

 転移門へと向かう道すがら、粘体の少女たちは噂話に花を咲かせる。

 

「ねぇ、聞いた? 例の大陸のこと?」

「聞いた聞いた」

「アインズ、ウール、ゴウン、魔導国、だって」

「100年前には樹立されていたから、このまま何もなければ安定するかしら?」

「だといいけどね~」

「100年ごとにユグドラシルから流れてくるアイテムやプレイヤーを制御できるかどうか、よね」

「魔導王という王様は、異形種のアンデッド──死の支配者(オーバーロード)って話だけど」

「帰還された我等の“代行”、エメト様の情報だから確実か……ここ2000年で、やっとまともな統一国家が誕生したわけね」

「遅れまくってるわよね、あっちは」

「こっちはもう一万年も前から統一されているのに、ねー?」

「あれ? あっちって確か、500年前か600年前に統一されかけてなかった?」

「それは途中で空中分解を起こして“おじゃん”になったじゃん」

「八欲王、だっけ。ワールド・チャンピオンが八人も同時転移したんだよね?」

「そ。でも、亜人種と異形種の王が、人間になりたいとかなんとかで暴走したって、エメト様が言ってた」

「情けな~」

「カッコわる~い」

「ワールドの職業(クラス)ね。こっちは1000年前にワールド・ディザスターが何人か流れてきたけど」

「ああ、あの雑魚」

「雑魚の割には、おいしかったわよね」

「ええ? 私は、もっと体力ある方がすき」

「分かるわ~。踊り食いの時、中で暴れる感覚とかね」

「うんうん」

「でも、中で魔法を乱発してくれる感触も捨てがたい」

「だねー」

「でもワールド・ディザスターやワールド・ガーディアンみたいな職業持ちじゃなくて、世界級(ワールド)アイテムが来てくれないと意味なくない?」

「確かに」

「今、ウチのギルドが蒐集し終わっているのは」

「100個と少しくらい……アイテムは全部で200個って話だから、ようやく半分だね」

「そろそろ向こうの大陸に行ったやつを採りに行く時期? まだ早いかな?」

「前は200年前だっけ。熱素石(カロリックストーン)が発見されたの」

「あんな量産可能タイプの世界級(ワールド)アイテム、もういらない気がするんですけど?」

「まぁね。でも、単体で来てくれると、ほんと楽だよね。所持者までおまけに付いてきたら、剥ぎ取るための交渉とか戦闘とかやらなくちゃだから、正直めんどい」

「こ~ら。大事な任務なんだから、めんどくさがらないの」

「はーい。わかってまーす」

「──で。むこうの大陸は、八欲王とか言う連中のあと、目ぼしい国やプレイヤーは立ち上がらなかったんだよね?」

「やっぱり人間も亜人も異形も、全部を受け入れる度量がないと」

「他の種族を絶滅させるのって簡単だけど、一種族だけが生き延びてもジリ貧もいいとこだし?」

「最強のドラゴンだけじゃ、宝石や貴金属は生まれないのと一緒よね」

「人間やドワーフみたいに、細かいことができる弱小種族も、必要不可欠だもの」

「ねー」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国って言えば、100年前に、冒険者っていうのが来たことがあったわよね?」

「ああ、あったあった」

「私たちとは違う班の子が助けたヤツ」

「で、エメト様がすぐに帰還させたのよね。手土産に、アンデッドを受肉化させる果実とか持たせて」

「うん。創造主(あるじ)様が『もしものために』って、作ったやつ」

「あれ、なんで手土産にあげたの? ぶっちゃけ何の意味が?」

「魔導王っていう人が骸骨だからでしょ?」

「いやでも友好関係の構築にしては、中途半端な気がしなくもないけど」

「まぁ、エメト様がやることだから」

「うん。あまり深い意味なんてないかも」

「確かに」

 

 談笑をこぼす少女たちが、浜辺近くの転移門をくぐる。

 普通の国民ではただの門扉でしかないが、彼女たちに支給されている指輪のおかげで、とあるギルド拠点へと即座に転移することが可能。

 門をくぐった少女らの目の前に飛び込んでくるのは、絢爛豪華な、暗緑色の巨石で建造された都。非ユークリッド幾何学で組み合わされた曲面と曲線で描かれたモニュメントが突き立つ街路を、進む。彼女らのほかにも、招集令を受けた同胞同族たちが、都市中心部に(そび)える神殿──この世で最も尊い方が眠りにつく場所を目指す。

 彼女らの同胞。

 人型ではない不定形の粘体──蛇や鰐の頭を持つ人間──根で自立移動する巨大植物──浮遊する一冊の魔導書──妖艶な色香の漂う女郎蜘蛛──奇怪悪辣を極めた肉塊──竜の形に擬態した触手の群れ──人知を超えた姿の悪魔や精霊や竜や蟲、アンデッドやクリーチャー……魔女や魔法使いなど、まさに化け物のオンパレードというありさまであった。

 彼女たちは並んで、増改築されまくった神殿を降りる。

 その最奥たる“第100階層”で眠り続ける創造主のもとへ。

 たどり着いた拠点最深部……すり鉢状の舞台のような広間“大歌劇場”。

 色鮮やかな緞帳の向こうに、数千年の間に渡って安置されている、圧倒的強者の気配。

 舞台が幕を開けた瞬間、濃密なオーラが閃光のように、場内を満たし尽くした。感激の声が漏れ出す。ここに集うシモベ全員が、畏敬と尊敬、信愛と聖愛、忠義と忠節を尽くすべしと心得ている、世界で最も貴き創造主の名を、海上都市の絶対支配者・創造主の愛称を、唇に乗せる。

 

 

「エメラ様」

 

 

 世界級(ワールド)アイテムを胸に抱きながら眠り続ける、一人の女性。

 翠玉に輝く髪を舞台上に伸ばしまくる、漆黒の眠り姫。

 自らを夢の中におくことで、肉体の死を食い止めるプレイヤーが横たわっている。最高級の寝台を安置した大舞台に向けて、聴衆席にいた全員が、完全同時に跪拝の姿勢を構築。

 いつ見ても美しい。

 いつ見ても愛らしい。

 いつ見ても変わりない。

 そして、眠り姫の寝入るすぐそばに侍ることを許されたギルドの幹部たち──海上都市の枢軸を担うNPCたちが、跪く同胞らを眺め、告げる。

 

「諸君。急な招集令に応じてくれたことに対し、まず感謝を」

 

 主人に降り注ぐスポットライトを背にして、壇上の乙女は宣言する。

 ギルド長の“代行”を務める暗黒邪道師──漆黒のヴェールで顔を隠す淑女に代わって声をあげたのは、“五星辰”と呼ばれる最高幹部……その一柱を担う、無数の触手を翼のごとく広げた、見目麗しい水色の髪の女剣士。彼女以外の幹部に目をやると、金髪褐色の竜人や巨大烏賊(イカ)の人魚、黒褐色の先住民や純白の女神の姿が。そして、幹部というのは“五星辰”だけではない。“従属官”と称される執事(バトラー)女中(メイド)の二人。三人の兄と一人の妹で構築される“四兄妹”。他にも“邪悪の皇太子”、“這い寄る混沌”、“千火の星”、“怠惰の王”、さまざまな異形の存在が集う中で、舞台上で演説をぶつけるのは、もっぱら最高幹部と位置付けられる“五星辰”、その中でも真面目で堅物な女剣士の役割であった。

 精錬と清廉に磨かれた女の声音は鋭く、そして何よりも重い使命感の(たぎ)りを感じさせる。

 ここにいる全員の目的は、この場で語り説かれるほどのことではない。

 祭壇の寝台に横たわる人間の女──自らの状態を仮死状態の睡眠に留め、定命の存在たる人の寿命を引き延ばし続けている眠り姫を、シモベたちは尊崇の眼差しで眺め見る。

 ここに集う者たちは、この数千年から一万年もの間、まったく変わらぬ忠誠と共に存在し続けている、無二の同胞たちだ。

 彼ら彼女らの目的はただ一つ。

 

 ──自分たちを創造し、この素晴らしいギルドを御一人で築きあげてくれた御方を、目覚めさせること。

 

 しかし、今それは叶わぬ願いだ。

 人間である彼女を、眠りから覚ましてはならない。

 目覚めた瞬間に、人間の寿命を迎える事実を思えば、是非もない。

 目覚めさせるための方法と手段、魔法やスキル、アイテムやモンスターを探索し探求しているが、目ぼしい成果は得られていない。

 ギルドの最高支配者に代わって、触手の翼を持つ女剣士がギルドの指針と舵取りを行って、早数千年。

 与えられた名をクートゥルーという女傑は、今回の招集令の内容を(のたま)った。

 

「もう噂には聞こえているだろうが──例の大陸、我等とは違う地を統治せし国、アインズ・ウール・ゴウン魔導国にて、不穏な兆候が見られる」

 

 不穏な兆候。

 その内容は、クートゥルーたちにとっては看過しようのない事態であった。

 

「連中……あろうことか、300年前に封滅した、ワールドエネミーの復活を目論んでいる。我らが創造主たるエメラ様が協力し、封じたモノを、だ」

 

 愚かしい選択であると、女剣士は眉間に皴を寄せて唾棄(だき)した。

 せっかく与えられた創造主の厚意を水泡にして、あろうことかワールドエネミーを復活させようだなどと、ここにいる者達にとっては冒涜的な所業に他ならない。

 これを座して見守る必要があるものか──否か。

 

「無論、魔導王とやらにも様々な思惑や理想があるのだろう。我々と同じように、ワールドエネミーを捕縛・拘束し、麾下に加えることを計画立案している可能性も否定できない──」

 

 だが、だからこそ、裁定を下す必要が出て来るやもしれない。

 連中にどのような思案や計画が存在していようとも、自分たちの唯一無二の最高支配者が力添えを──協力活動を行った、ワールドエネミーの封滅。

 これを反故にするような行動など、あってはならない狼藉だ。

 

「各員、戦いの用意を整えておくように。場合によっては、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を、我等の敵性国家とみなすことになるだろう」

 

 水色の髪の乙女の声は、鋼のごとく鋭く硬い。

 しかし、最高幹部らは穏健に事を進めたい考えも表明する。

 

「アンデッドの魔導王……連中の真意がどこにあるのか見極め、調査するべく、今日ここで部隊を再編する。魚人(インスマス)隊と不定形の粘液(ショゴス)隊の第1班から第25班を先遣隊要員に任命、青雷(フサッグァ)隊と炎の精霊(ジンニー)隊の第1班から第12班は────」

 

 クートゥルーの号令に、全員が傾聴し続けた。

 そして、

 

「最後にギルド長代行・エメト様。お一言」

「ええ。──では皆、礼拝の儀を」

 

 そう告げた漆黒のヴェールの女──暗黒邪道師が、眠り姫のつまさきの前に、口づけるかのごとく(ひざまず)いた。

 舞台上の最高幹部たちをはじめ、すでに平伏していたシモベたちも、一斉に居住まいをただす。

 

「必ず、かならず貴女(あなた)様を目覚めさせます」

 

 紡がれるのは宣誓の祝詞(のりと)

 ただそれだけを一心に願うシモベたちは、万歳三唱を広大な歌劇場に響かせ続ける。

 

「「「「「  我等が創造主(あるじ)……“エメラルド・タブレット”様──  」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニニャは、朗らかに微笑む女性──夢見るままに待ちいたりの名を、聞いた。

 

 

 

 

 

 

「私の名前は、エメラ……“エメラルド・タブレット”……それが、今の私の名前です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 To be continued…? 】

 

 

 

 

 

 




エメラルド・タブレット = ???・???????

次はどのお話が読みたい?

  • 十三英雄/リーダーと彼女
  • 八欲王と六大神の話
  • 天使の澱・BAD END分岐
  • 天使の澱・冒険都市編
  • さらに「未来」の話
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