オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

17 / 103


/Wyvern Rider …vol.6

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 カワウソとモモン一行を里に見送った女族長は、領地内で最も高い族長邸に戻り、ヘズナの族長と個人的な会談の場を設ける。

 

「では、族長。あとはお任せを」

「ええ。ありがとう、ヴェスト」

 

 モモンに要請されたことをなすべく、一通りの準備は済んだ。あとはヴェストが差配を整えてくれる。年老いた世話役の騎兵が辞していくのを、ヴォル・セークは柔らかな笑みで見送る。

 

「俺もこの後で帰ったら、ヘズナの方で可能な限り情報を収集してくる」

「ええ、お願いします」

 

 まがりなりにも国家に認められた婚約者という(てい)でいる彼を無下(むげ)に扱っては、いろいろとマズいことになる──以上に、ヴォルはウルヴと話がしたくてたまらなかった(・・・・・・・)

 

「にしても、良かったのか? 彼らを行かせて?」

「致し方ありません。些少の不安は残りますが、一等冒険者殿の力添えがあれば、問題も少ないでしょう」

 

 慣れたように女族長の態度で返答してしまい、少しだけ彼に苦笑をこぼさせてしまう。

 

「今は誰もいないのだから、普通に話したらどうだ?」

「……ふぅ──それもそうね。あーあ、つっかれったぁ~!」

 

 文字通り肩肘を張っていた女族長は、それまでの丁寧で社交的で柔らかな物腰を、かなぐり捨て去った。

 セークの部族を預かる女族長としての面は、ここでは不要。

 ヴォルはまったく普段通りのくつろいだ感じで、さして広くない──それでもこの領地では指折りの邸内にあるダイニングスペースで、無作法にもソファに寝転がってしまう。朝食や協議の時の様子を借りてきた猫のようだと評するならば、今の姿は路地裏を王者の如く我が物顔でふてぶてしく生き抜く野良猫のごとし。本当に肩が凝っているようで、オフショルダーの露出した肩を盛大に揉みほぐしつつ、自分の部屋の菓子類に指を伸ばす。ケーキと呼ばれる甘い菓子をフォークも使わずにガブリと噛み千切って咀嚼した姿は、朝食時の淑女然としたマナーからは程遠い。ウルヴという男性……婚約者の目にも構う様子も見せずに、ヴォルは傍若無人を地で行っていた。

 事実、この領地内で並び立つ者はほとんどいない女族長として立派に務めを果たす彼女は、セーク部族に君臨する女帝とも言えた。豊満な肢体に怜悧な美貌が、その度合いを高めているように見えるのは、(たが)えようのない事実である。

 この部屋だけでしか……より言えば、気を許した相手以外には絶対に見せることのない、ヴォル個人としての姿に驚くでもなく、ウルヴは女の座るソファの対面──ではなく、彼女の隣に許可もなく着席する。が、ヴォルは特に気にするでもなく、彼との“個人的な会談”を始めた。

 

「で。何者なんだ。あのカワウソと名乗る──人間?」

「そんなの知らないわよ。コッチが訊きたいくらい!」

「……ちょっと機嫌悪い?」

「ええ……もう、最悪よ!」

 

 ヴォルは寝転がったまま両手を降参する形に掲げ、怜悧な顔を悲痛に歪めた。

 最悪の中の最悪だ。

 何もかもが悪い方向に転がっているようで、しかも、どうやって止めればよいのか、まるで想像できない。

 飛竜騎兵・セーク部族の式典参加を一時的に撤回された。演習で暴れたヴォルの妹、その暴走原因の解明(場合によっては処刑)のみが、その状況を修復し得る唯一の手段。

 それら部族の存続問題“以上”に、ヴォル・セークが最悪と評して余りある事態。

 

 ──ヴェルが狂戦士であること。

 ──その情報は限られた者しか知ってはならないこと。

 

 それを、あの部外者……カワウソとかいう名のおかしな連中に知られてしまった。

 事実、里に送り出す直前、それとなく探られたのだ。『ヴェルのことで疑問がある』という感じで。

 その時はとりあえず『詳しくはあとでお話させていただきます』などと言って誤魔化したが、話したところで何になるというのだろうか。

 一族の中で、族長の妹・ヴェルが狂戦士である事実を知るものは限られている。姉として彼女を育てた自分(ヴォル)(やしき)で共同生活を送る一番騎兵隊の皆。彼女の出生に関わった長老たち。そして、対の部族であるヘズナの狂戦士にして、現当主──ヴォルの婚約者であるウルヴ・ヘズナ。これに故人も含めると、前族長であるヴォルたちの父母や、名付け親の先代巫女(ヴォルの師匠でもある)、“旧”一番騎兵隊の皆も数えられるが、いずれも10年前に「名誉の戦死」を遂げており、その名は慰霊地の墓碑に刻まれている。

 今現在、生きている飛竜騎兵数万人の中で、この秘密を知っている者は、たったの十数人だけだ。

 それ以外の一族の者には、たとえ同門同族であろうとも、彼女が飛竜騎兵の中で誕生する希少な存在である事実は巧妙に、長い間に渡って隠匿され続けた。

 彼女が生まれてから現在に至るまでの20年もの歳月を掛けて、この事実は隠蔽されてきた。

 だというのに、カワウソたちには、知られてしまった。

 ハラルドたちが口を滑らせたのも無理からぬことだと、ヴォルは了解している。狂戦士たる妹を救った、異様な戦士。ほぼ単騎でセーク部族の誇る一番騎兵隊を完封した手腕。保持する様々なアイテムの存在を思えば、彼が魔導国の中枢に近いだろう大人物だと容易に推測されてしかるべきだ。そんな人物を相手に虚偽を吐き続けることは、ただでさえ危うい一族の存続が、さらなる危難の色に染められるものと理解できる。実際のところ、まだ素性は定かではないのは、それだけ彼が魔導国の深部に関わる存在──噂に聞く親衛隊か、さもなくば極秘部隊……隠密・諜報・秘密工作などを司る危機管理部門の一員──として、今この場に派遣された特殊な“影”である可能性を、容易に想起されて然るべきもの。

 正当な手続きで依頼さえすれば口を噤んでくれる冒険者であれば良かったが、どうにも、そうはいかない雰囲気しか感じられなかった。

 

「……率先して情報をバラす人物じゃなさそうなのが、まだ救いかしら?」

 

 しかし、それもどこまで信頼が置けるか、定かではない。

 バラされたら困る情報だと気づかれたら、さて、どうなるだろう。

 複雑に考え過ぎだろうか。しかし、万が一ということも。

 (いな)。否。否だ。奴は何か気づいている。気づいているから、確かめようとしているのだ。

 ならば、いっそのこと──などと思い詰める女族長の脳内に、心配そうに見つめてくる男の声が()み込んだ。

 

「なぁ、ヴォルよ……。このあたりが(しお)じゃないか? ヴェルが狂戦士である事実は、どうあっても(くつがえ)らない。今は亡き前族長や巫女殿をはじめ、全員で隠しておきたい気持ちはわかるが、これ以上は無駄な抵抗でしかないと思うが?」

「……嫌よ。絶対、いや!」

 

 ヴォルは体を起こし、頭を振った。男に向けて、小さな子供がするように、いやいやと駄々をこねているようだ。実際、その通りなのかもしれない。

 いくら彼の、ウルヴからの提案だろうと、それだけは。

 彼が唇に紡ぐ真実に、彼女は必死に目を背ける。背けずにはいられない。

 

「……どうして、あの子なの? どうして──どうして、私じゃなくて、あの子が!」

 

 二の腕を抱いて悲嘆に喘いだ。

 喉が凍ったような声音が、女族長の広い私室に響く。

 

「わかっていると思うが、そういうところは絶対に、誰にも見せるなよ……おまえは族長なんだからな?」

「判っているわよ、それぐらい!」

 

 どこまでも模範的で規範的な男の態度が気に喰わなくて、頬を軽くつねってしまう。見るものが見ればあまりにも子供じみた反抗心であり、仮にも未だに道を違える部族の長同士が見せていいような軽妙な仕草ではなかった。だが、一部族の長たる偉丈夫は、そんな女の軽挙を(たしな)めつつも、本気で不興不愉快を感じていない面持ちで微笑むだけ。

 

「……そもそも、ウルヴが自分のことをありったけ喋るから!」

「って、言ってもなぁ。俺は、嘘をつかないのが信条だし?」

「……どの口がそれを言うわけ?」

 

 怒る女を、怒られる男は抱き締めるような声音で包み込む。

 昔からそうだ。彼は見た目の豪胆さとは裏腹に、とんでもなく理知的で聡明な賢者だった。だというのに、二人きりだと冗談や軽口を平気で叩き、嘘も虚言も得意ときてる。一族を治める者として、彼は必要なものをすべて持っていると言ってよい。

 おまけにおまけにと、ひっきりなしに嫉妬心が湧き起こりそうになるのを、ヴォルは自制する。

 今は他に優先すべきことがあるのだ。

 

「早く、どうにかしないと」

 

 手遅れになる前に。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「これが、飛竜騎兵の街か」

「──のようでありますね」

 

 カワウソとミカは、族長邸の下にある街……彼らの言うところの“里”を散策している。

 里は、昨日訪れた魔法都市(カッツェ)に比べて、明らかに見劣りする。

 だが──悪い街では、ない。

 そこここに軒を連ねる木造家屋。洞窟を削りだしたような住居。都市にあったような水晶のような硝子構造というものは、せいぜい小窓程度の規模でしか見受けられない。住居構造もせいぜい二階建てぐらいが限界らしいが、飛竜たちが翼を広げ浮き上がるのに支障がないほど道は広く、舗装も行き届いている。

 それらが段々畑のような階層を築き乱立しつつ、下へ下へと街を広げていっている。坂の上の街という印象が強い。巨大な直立する柱のような奇岩に居を構える人々の家は飛竜も入れるほど間口を広く開けられており、鍵付きの扉といった境界を仕切る装置はないのが特徴的だ。相棒となる飛竜の出入りの簡便さを考えて開放されているようである。

 普通の住居をはじめ、商店や飲食店、鍛冶場や武器屋、中には小動物──豚や鶏の家畜小屋などもあって、多種多様な暮らしぶりが窺い知れる。断崖の上にある広い場所では、ヴェル・セークなみに幼そうな外見の飛竜騎兵が騎乗訓練に励み、教官の男の一喝と共に、自分の相棒である飛竜と直下の雲海へ向けて滑空飛行を披露、さらに下の場所に設けられた広場へと順次着地していく。上手く降下できない生徒は、教官の他に見守っているアンデッドの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)一体が補助に入る感じで、怪我人らしい怪我人もなかった。

 

「みんな、いい顔をしている」

「──のようでありますね」

 

 背後に付き従うミカの声を聞く。

 カワウソやミカ、マルコ、ハラルド、モモンとエルの一行は、誰に気を使うでもなく、里を進む。

 里には都市ほどではないが、人々の活気で賑わっていた。

 人以外に飛竜(ワイバーン)というモンスターが共に生活していることを考えても、その賑わいには独自の香りが漂っていた。ここが大陸内でもごく稀な高所に存在しているということで空気が濃いという事実もそうだろうが、やはり飛竜というモンスターと共存している人々の街だからだと確信させる。

 老若男女を問わず、人々は己の“相棒”たる飛竜と共に生活し、よく注意してみれば、歩き立ての幼児ですら、幼い飛竜と戯れている姿が、どこか安穏とした牧歌的な雰囲気を滲ませている。

 ふと、カワウソはさらなる眼下の光景に目を奪われる。

 

「あれは、農地か」

「種蒔きされているのは、この奇岩地帯でしか育たぬ高地用の小麦です」

 

 族長に代わり、直轄地の案内役に任命されたハラルドが、快く説明してくれる。

 カワウソが立ち止まった先から見下ろした段々畑には、土壌を耕すべく重量(すき)を繋いだ飛竜が往復し、さらにそこへ調整を加えて十分柔らかくなった耕作地に、農夫姿の人々が種を蒔く。

 

「魔導国に編入される以前は、休耕地を設けねばならなかった飛竜騎兵の農法ですが、森祭司(ドルイド)の魔法やアンデッドの労働能力のおかげで、年中休むことなく農作物の栽培と収穫が可能。魔導国の他の生産都市に比べれば、まるで足元にも及ばぬ収穫量ですがね」

 

 種蒔きをしている最中の畑があるのに、さらに下の畑では黄金の麦穂を風にそよがせる光景があった。

 そこでは農作物の収穫を教え込まれた骸骨(スケルトン)らの振るう鎌により、高地用麦が大量に刈り取られている。種蒔きから収穫までの行程が、同じ土地で同時並行されているというのは、100年前は考えられない光景だが、魔導国の力がそんな不可能を可能にしていた。魔法による農地回復や局所的気候操作、重労働を担うアンデッドの恩恵から増大した生産能力は、100年前の比ではない。

 骸骨(スケルトン)たちは農夫の指示に的確に応じ、畑に落ちた麦穂の一粒までをも回収される。小鳥たちがご相伴に与るがごとく畑の表面を(ついば)んでいるが、それに骸骨らは構うことはない。たかが小鳥とはいえ、彼ら生きた生命体の存在も、農耕を営む上では重要な役割を担っている。それを考えれば、落ちた麦穂を食べるくらい、許容されて当然の報酬である。小鳥すらもが、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の所有物なのだ。

 

「やばいな……」

 

 カワウソは誰に聞かせるでもなく呟く。

 アンデッドというモンスターが、まさかここまで有用な存在に成り果てるなど、数日前まで……ユグドラシルが終了する日以前は、考えもしなかった。

 ユグドラシルにおけるアンデッドモンスターは凶悪で狂暴、生ある者すべてを嫉妬し、敵と見定めた何もかもを蹂躙する、ただそれだけの行動原理でのみ戦い続ける存在。そういうゲーム設定だった。

 それが、飛竜騎兵の農夫の指示に従い、木陰で休む飛竜(ワイバーン)の傍らで、頭蓋の上に小鳥を乗せて平然としている。

 

「カワウソさんは、農業用アンデッドを見るのは初めてですか?」

「ああ、いやその……」

 

 気持ちよく笑みを浮かべて訊ねる壮年の男性に、カワウソは一応応じてみせるが、彼の「モモン」という名前には実を言うと、微妙に抵抗があった。自分がかつて攻略せんと挑み続けたギルドの長の名前に似ているという事実が、カワウソの意識に引っかかってしようがない。

 だが、似ているというだけで無下に扱うのは礼を失する。

 魔法都市でも似たような名前のナーガっぽい少年がいたことを考えれば、この国、この異世界ではポピュラーな名付けだと理解できる。深く考えても悪くなるばかりだ。似ている名前と言うだけでいちいち気に病んでいては、これから先が思いやられてならないというもの。

 

「この、飛竜騎兵の里というのは、はじめて訪れたので」

 

 田園を眺めながら曖昧に返答するしかない自分が情けなくなるが、仕方がない。

 冒険者のモモンやエル、ハラルドの前でボロは出せない。魔導国の民ではないカワウソが知らないことは無数にあるが、この大陸に存在しながら、この大陸唯一の国のことを知らないとあっては、いろいろとがマズい。いっそ記憶喪失だとでも言ってしまおうかとも考えたものだが、カワウソに随従するミカがいる以上、そんな場当たり的な策は意味がない。

 

「なるほど。確かにこの地は、滅多なものでは足を踏み入れられませんからね」

 

 飛竜騎兵の領地は、直立奇岩の柱のように垂直な崖の上に築かれた里からなる。

 普通に街道を通って訪れる、ということは出来ず、普通に崖を上り下りするのにも様々な弊害があるため、基本的にこの地へは飛竜騎兵によって連れ込まれるか、〈飛行〉や〈転移〉などの魔法を扱えることが大前提となる。だからこそ、100年前までの彼らは長い間、この奇岩地帯で覇を唱えることができたという。

 カワウソらは農夫や飛竜、農業用アンデッドと称される骸骨(スケルトン)を横目にしつつ農地を抜ける。さらに下の広い街へ。

 九十九折(つづらおり)になっている坂や階段を下りる冒険者たちと共に、カワウソはハラルドから──時には一等冒険者として情報通らしいモモンからも──色々と飛竜騎兵に関する情報を教授される。

 

 

 

 

 

 

 

 飛竜騎兵の中で、特にセーク族は、幼い容姿の者──比較的小さな外見の者が多い。誰もかれもが“十代後半”じみた若々しい姿なのに、そのほとんどは“二十代半ば”。上の年齢だと“三十代後半”のものまで存在している。

 

 これは、セーク族が“速度”に長じた一族であったことが大いに関係している。

 

 飛竜の中でも小型であるが故に、敏捷性と加速性に富んだセークの乗騎たる軽量種の飛竜たちは、反面、あまり重い騎乗兵を乗せることを好まない──以上に、不可能であるのだ。

 数多く存在した九つの部族の内、セークの部族は軽量種の飛竜と共に“速度”を追求し続けた結果、自然淘汰的に小さな見た目の騎乗兵──「空気抵抗が少なく、空中戦闘を行う上で重荷にならない“軽い体重の者”ばかり」──が生き残り続けた結果、ヴェルのように20歳の成人なのに、十代前半にしか見えないという個体が標準(スタンダード)化していったと言われている。

 故に、セーク族の飛竜騎兵の中でも実年齢の割に若い見た目でいる個体というのは、高い確率で強い飛竜騎兵の強さを備えている傾向にあるのだ。

 

 ちなみに、セーク族の正式装備である鎧姿が露出過剰な──腹部などを大きく晒した造形であることについても、ひとえに騎乗する騎兵の重量を少しでも軽減させるための措置に過ぎない。魔法の鎧などであれば重量軽減などの恩恵も授かれる今の魔導国であるが、飛竜騎兵の三等臣民階級には容易に与えられるものではない上、魔法的技術なども公開許諾が下りない(それ以前の時代から彼等が保有している魔法技術については対象外だが)。セーク族は突撃戦闘などにおいて、最低限防御する必要がある部分を護るための金属鎧で身を護ることが常態となっているのだ。敵に先んじる“速度”こそが、彼らの必勝戦略であるが故に。

 一説には、セーク族の始祖たる女は、鎧さえ身に着けず、ぴっちりとした薄布に包まれた身ひとつで、握る二本の(ランス)の穂先で己の相棒と共に魔竜の群れを狩っていたとも言われているが、これは神話の──つまり架空の話と見做されている。

 

 逆に言えば、ヴェルの姉である現族長ヴォル・セークなどの、年齢通りに完熟し成長しきった大人の姿でいる個体はかなり珍しい(神話の始祖と同じと言われているが、定かではない)。部族内で比較的空気抵抗の多い体格+重い体重で、まがりなりにも一族の代表たる長の地位についているのは、彼女を相棒に選んだ雌飛竜──名は、アラクネ──の力量と、ヴォル個人のたゆまぬ努力の賜物と言ってよい。他の例だとハラルド・ホールも見た目は完全に戦士のように成長しきっているのも、純粋なセーク族にはない特徴である。彼は他の部族の血が強く発現しているようだった。

 魔導国創立以前ではありえないような族長やセークの飛竜騎兵の姿は、これもひとえにセーク家が魔導国に(くだ)る際に、セーク族がヘズナ家と共に、生き残った諸部族を吸収・統治し、様々な血の交雑を果たしたが故とも言われているが、まだ100年程度の経過報告でしかないので今後も要研究と定められている。

 無論、これが対となるヘズナ部族──重量種の飛竜と共に“防御”に徹した戦闘能力を探求し続けた者たちは、ほぼ真逆の進化過程を経ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 里の中で一番広い街に下りたカワウソたち一行は、魔導国最高と謳われる小鬼亭(ゴブリンてい)──バレアレ商会が営む“小鬼(ゴブリン)の護り亭”の、街の中では最高の規模を誇る食事処(レストラン)で一休みする。広い坪面積の店内は広く、木の内装を照らす永続光が明るく灯っていた。ここでの勘定については、セークの誇る一番騎兵隊隊長の少年が喜んで引き受けてくれた。セークの地に招いた客人方に支払わせては、末代までの恥となるらしい。どこまでも武人気質な少年である。

 

「マキャティア三つに、コーヒーとアイス・カフェラテがひとつずつですね」

 

 少々お待ちくださいと離れた従業員の女性も、勿論飛竜騎兵のようだった。ヴェルやハラルドと同じ紫系色の髪を背に流す女性は十代前半かそこいらの外見だが、彼女はここに勤めて十年になるベテランだと、同じ部族の案内役が説明してくれた。

 オーダーは飲み物ばかりということですぐに運ばれてきた。

 カワウソはウェイトレスに差し出されたブラックコーヒーを口に含みつつ(ミカは相変わらず飲み物は固辞した)、注意深く視線を巡らせる。マルコやエル、モモンはマキャティアという飲み物を注文しており、その聞き慣れない飲み物は、ハラルドの前に置かれたカフェラテに似た色と香りだった。この世界独自の飲み物の味は興味があったが、カワウソは自分の拠点内でも提供可能なコーヒーと、この世界のコーヒーが同じかを実験する方を優先させた。結果として、この世界のコーヒーは拠点のものと同じコーヒーのようだ。これはアインズ・ウール・ゴウンが普及した結果なのだろうか。それとも、それ以前からのものか。

 一服して落ち着いたところで、カワウソはとりあえず話をしようと口火を切った。

 

「いや申し訳ない、モモンさん。自分の我儘に、付き合わせるみたいになって」

「構いませんよ。街におりて、不穏な兆候がないかどうかを探ることも、冒険者としては重要な役目です。公的機関には開示できないような事情を市民が抱えていて、それを隠匿している可能性も、なくはないのですから」

 

 その言葉は、聞く者によっては『セーク部族の市民が、不穏な企みを図っていないか調べる』という意が含まれていると理解できるニュアンスだが、誰も気にしなかった。一等冒険者という、国家の枢要に近い──魔導王肝いりの存在を相手に抗弁する勇気や興味を持った者がいなかったのである。

 席の対面、通りに面した硝子窓を背にするモモンの理解力に、カワウソは本当に頭が下がる。

 興味本位で街におりただけだったのだが、彼のような一等冒険者になると、しっかりとした事情が付属するようだと知れた。伊達(だて)に、大陸唯一の一等冒険者をやっているわけではないようである。

 

「しかし、本当にすごいですね。この指輪(アイテム)

「いえ。これは特別に、魔導王陛下より下賜された品ですので」

 

 カワウソは右手を見る。

 注文を取った従業員の女性は勿論、他のテーブルについて談笑する人々もまた、カワウソたちの特異な身なりを気にすることはなく、大陸唯一の一等冒険者として有名人である“黒白”のモモンやエルを前にしても、その存在を認知していないかのごとく、まったく意識の対象として見てこない。せいぜい目があえば会釈したり、通りがかりに挨拶されるぐらいのことしか起きていない。この世界の新聞や雑誌が読めないカワウソでも、他の客が読みふける一面や表紙ぐらいは見て取れる。一等冒険者の顔写真が堂々と飾っている様子が、デカデカと掲載されているのだ(魔導国では印刷技術が普及しているらしいことは、魔法都市やセークの領地を行き交う間にも発見した“書店”などの存在から確認済みである)。

 にも関わらず、誰も一等冒険者モモンたちを取り囲み、握手やサインを願う列は構築される気配を見せなかった。

 タネは、モモンが用意してくれた装備にある。

 カワウソの神器級装備のひとつであるマント(タルンカッペ)の不可知化を使えば、人目につかずに移動はできる。だが、そうするとハラルドやモモン達までもがカワウソの存在を認識できなくなる。この装備の有効範囲員数は、装備者の自分を含む二人のみ。穏便に、隠密裏に、モモンたちと行動を共にしつつ、飛竜騎兵の少年隊長に案内を頼むには、別の手段を講じなくてはならなかった。

 

 それが、冒険者モモンが所持していた“認識阻害”の指輪である。

 

 同じ効能のものだと首飾り(ネックレス)腕輪(ブレスレット)があるらしい装備は、身に着けている者の正体を、群衆などの大多数の存在から隠すのにうってつけなアイテムであった。ただの〈不可視化〉や〈不可知化〉とは違い、これならば物理的に人々の視界から消えることなく、人々の営みに紛れ込むことができる。人を呼び止めて聞き込みを行ったり、食事のオーダーをとってもらったりということも容易になるのだ。今、この場に座っているのは魔導国の一等冒険者モモンや、見慣れない装備を身に着ける連中、さらにはそんな妖しい集団を引率するセーク族の最頂点に位置する族長(ヴォル)の懐剣として周知された一番騎兵隊のハラルド隊長ではなく、ただの一般飛竜騎兵の寄り合いか何か程度にしか思われていないらしい。これは同一装備を着用している者らでなければ、看破することも難しい位階にあるという。まさに、平常時の市井(しせい)の状態を確かめるのに、これほど適確な効力を発揮する装備はないだろう。

 すでにはめていた指輪をひとつボックスに収納する労はあったが、ギルドの指輪を外でずっと身に着けていても意味はない。空いた右手の人差し指に改めてはめ込んだ指輪の宝石は、オパールのように艶めく白水晶が輝いている。サイズについては魔法の指輪なので問題なく装備できた。

 ただ。ミカはこの装備を受け取ることはなく、自分の装備による隠形で間に合わせている(カワウソは装備のおかげで、彼女の隠形を突破可能だった)。ミカがハラルドの奢りを固辞したのは、この場には六人ではなく、五人しかいないとしか見られていなかった影響もある。女天使が装備を変更するのを拒絶したというのもそうだが、モモンが用意している指輪は五人分で、ここにいる六人全員には行き渡らないと判明した時点で、彼女は指輪を受け取らない選択を取ってくれた結果でしかない。

 六人掛けの席を占領し、エル、モモン、マルコが窓際奥のソファ席に。ミカ(隠形中)、カワウソ、ハラルドが手前の椅子に着席している構図である。

 

「本当に──魔導王陛下は偉大でありますな! こんな装備があったなどと、三等の自分には想像もつきませんでしたよ!」

「このことはどうか内密にお願いしますよ、ハラルド隊長」

 

 憧れの英雄(ヒーロー)を見るような眼差しで、ハラルドは大きく首肯した。

 そんな少年に応える英雄は、真正面に座すカワウソをしっかり見つめる。

 

「カワウソさんは街に、この里に下りてみて、どうでしたか?」

「そうですね。とても良いところだと思います。街も、人も、どこを見てもおかしなところはない」

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の施政が、隅々まで行き渡っていることを証明するようだ。

 自らを三等臣民と卑下する調子さえ見えた族長らとの対話から感じられた雰囲気とは程遠い。

 街にいる人々は、真実幸福を謳歌しているようにしか見えない。

 

「三等臣民とは言え、完全に幸福なものということはないようですよ」モモンは(うそぶ)くように告げた。「三等臣民は、様々な義務の他にも、各種制約や制限が施されている。幸福追求の権利は保障されているが、それだって様々な前提条件をクリアすることを第一条件としている」

 

 中でも今回の一件に関わるだろう問題は、三等臣民は魔導王の兵団には、原則として正規編入されえないという事実を、モモンは語ってくれた。

 ハラルドは言い募る。

 

「ですが、魔導王陛下の特選枠として式典への参列が認められた──部族の皆は、それはもう喜びに湧きたったものです。ヘズナ家との婚礼により、長らく対立していた両家が統合を果たすことで、我々飛竜騎兵は、さらなる躍進を遂げると、誰もが信じて……」

 

 事実、街には婚礼の準備として、純白の造花が飾られはじめ、婚礼の時には白い花冠に飾られた道のりを、セークの族長が歩く筋書きが整えられていた。誰もが自分たちの敬愛する族長の、晴れの門出を祝福してたまらないという雰囲気。

 里の人々は知らない。

 式典の演習で、自分たちの代表がどのような事態に陥っているのかを。

 

「それを、ヴェルが台無しにした、と」

 

 正確に指摘してしまうと、横にいる少年の顔色がズンと暗くなる。

 

「きっと訳があるはずです。彼女があの場で暴れた原因が、何か」

「……さっきの協議から、ずっと気になっていたことがあるんだが……」

「何でしょうか?」

 

 カワウソたちの会話も、指輪の効能によって周囲の人間には知覚され得ないので、情報漏洩という問題は気にすることではない。

 堕天使が僅かに言い淀んだのは、言っていいのか悪いのか、いまだに判然としないせいだ。先ほどもセークの族長に対した時と同じ迷いが、言葉を口内に押しとどめる。

 それでもカワウソは、「遠慮なさらずに」と安請け合いするセークの隊長たる彼に、率直な声で(たず)ねた。

 

「ヴェルが、セーク唯一の狂戦士であること──どうして、セーク部族の人間は知らないんだ?」

 

 目の前の彼から聞いたのだ。

 狂戦士に対する尊敬と崇拝の念──信仰は低減。

 故に、部族内でもヴェルが狂戦士である事実を知っている者は、それほど多くはない、と。

 これを訊くのは礼儀に欠けるだろうか。あるいは、彼らにとっては秘しておきたい何かがあるのか。

 しかし、いい加減はっきりさせておきたい情報だった。

 互いの意志に齟齬(そご)があった状態では、とてもではないが信頼関係は構築できない。相手が信用に足る人物でなければ、諸々の取引が成立しないのと同じ理屈だ。当然、それはカワウソに対する飛竜騎兵(ハラルド)もそうだろうが。魔法都市で会敵し、戦闘に及んで武器を壊した挙句、傲慢にも狩猟用アイテムで縛り上げたカワウソらのことを警戒していることは、明白な事実。彼らはあからさまに、カワウソのことを警戒している──警戒して当然とすら言える。

 カワウソは里に下りる直前、見送ってくれたヴォルにそれとなく聞いていたのだが、後ほどお話します的な返答しか返ってこなかった。

 モモンがひとつの提案をし、ヴォルたちがその準備を進めている状況で、ハラルドにまでこれを訊くのは、遠慮すべきことなのかも判らない。

 

 この異世界、この飛竜騎兵の領地には、狂戦士が、二人。

 一方は魔導国に反旗を翻したやも知れない大罪人。ヴェル・セーク。

 もう一方は立派に部族と領地を治め続ける貢献者。ウルヴ・ヘズナ。

 この差異は何だ。

 何故、ヴェルが狂戦士であることを周知させない。

 それは、周知されては困る事情があるから。

 だとしたら、その事情とは。

 

「……そのことについては、族長と長老たちに」

 

 ハラルドは謝りながら席を立つ。

 アイス・カフェラテを飲んだからなのか、あるいは他の事情なのかは分からないが、彼はそそくさと店内にあるトイレに姿を消した。生理現象とあっては、引き留めるわけにもいかないだろう。

 カワウソは考える。

 何故、セーク部族の他の者は、ヴェルが狂戦士であることを知らない?

 昨夜の会話には言い間違いや伝達ミスが?

 ヘズナ家とセーク家の風習や価値判断の違いが?

 無数の可能性が想起されるが、答えは得られない。

 得られないまま、カワウソは直近の問題──ヴェルが暴走した原因についても、自分なりの推測を打ち立てていく。

 そして、この世界で屈指の実力を誇るという一等冒険者に意見を求める。

 

「モモンさんは、何か知っていますか?」

「あいにく。セーク部族の事情については、私も詳しくは」

「では、モモンさんはどう考えますか?」

「何か深刻な事情があるのだろうとは理解できます。が、それを開けっ広げに指摘しても、良いことはないでしょう」

「……確かに」

 

 カワウソも解っている。

 解っているが、隠されたままでは色々と面倒というか手間というか、悪い方向にしかいかない気がしてしようがないのだ。

 カワウソは、ただのユグドラシルプレイヤー。この異世界、この大陸においては、何の後ろ盾も存在しない。そんな状況で、飛竜騎兵の事情や問題に巻き込まれて、それが転じてカワウソたちの身に危難の雨を降らせることになれば、その時はどうすればよいのだろうか。

 考えただけで背筋が寒くなる未来を脳内から一掃するように、カワウソは別の問題についても、モモンの意見を訊く。

 

「では、狂戦士については。何かご存知でしょうか?」

 

 ユグドラシルのゲームシステムだと、狂戦士は自分の身に降りかかる各種状態異常(バッドステータス)……「毒」「麻痺」「恐怖」などの質や量においても、狂戦士としての特殊技術(スキル)を発揮する。自ら発動した際には、「狂気」のみに罹患。爆発的なステータス値上昇と引き換えに、「狂気」の状態異常に永続的に苦しめられ、ほとんど特攻じみた勢いで敵対存在を撃滅するという戦法を得意とする(それ以外の戦法がないとも言えるが)、“諸刃の剣”そのものという上位戦士職業(クラス)のひとつだ。

 この世界に何故か存在する、低レベルの飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)

 適正なレベル取得とは完全に異なる彼等部族の中に出現するという狂戦士。

 ユグドラシルの転職アイテムもなしに、生まれた瞬間から「そうある」ことが規定されているかの如く、彼らは飛竜たちと共に暮らし、その翼をかりて空を舞い、あまつさえ狂った戦士すら生み出されるという、事実。

 本当におかしな世界だ。

 考えれば考えるほど、どうしてこの異世界にユグドラシルと同じ法則が存在して、ゲームのモンスターや魔法、アイテムなどが存在できているのか不可思議でならない。

 

「ウルヴ・ヘズナ族長から、ある程度の情報は頂いております」

 

 カワウソは安堵感から溜息をこっそり吐く。

 この状況においては、モモンの存在は重要なものだ。飛竜騎兵と関わりのない立ち位置から、飛竜騎兵の事情に精通する人物がいるだけで、何とも頼もしい印象を受ける。

 

「じゃあ、──狂戦士の特殊技術(スキル)、狂戦士化の発動条件については?」

「あくまで狂戦士本人の意思による発動が原則ですが、場合によっては勝手に発動することもあるとか」

「場合とは?」

「各種状態異常……毒物や麻痺薬、盲目化や拘束、あるいは精神的な状態が負に傾いた状態……恐怖や混乱、病気などの複数の体調不良が原因で狂気を発動するとか」

 

 そこはユグドラシルと同じなのだなと、カワウソは理解する。

 だとすると、だ。

 外部存在からの「狂気」を罹患(りかん)した可能性が、現実味を帯びてくる。

 

「では、何者かが、ヴェルを魔法によって包み込んで、彼女を「狂気」状態に陥れた結果、ヴェルは己の意志とは無関係に狂戦士としての力を発揮した──というのは?」

 

 無論、この世界の存在に、対象を任意に選択して狂乱させるような力があることが大前提な話だ。最低でも「狂気」をもたらす”絶望のオーラⅢ”などを扱えるアンデッドが演習場にいて、その影響を受けて暴走したとか。

 低位の魔法だと〈恐怖(フィアー)〉や〈混乱(コンフュージョン)〉程度がせいぜいだろうが、魔導国の魔法詠唱者であれば、あるいはそれ以上の状態異常発生用の魔法も習得可能かもしれない。それに、時間停止魔法コンボなどで、誰にも気づかれない内に大量に「毒」や「麻痺」、「盲目」や「病気」といった状態異常を無数に重ね掛けしていけば…………否。そうすると、ヴェルの狂戦士化が解けた後が大変になるだろうから、ナシだな。大量の状態異常による狂戦士化はないと判断して間違いないだろう。そんな面倒な手順を踏むよりは〈狂気(バーサク)〉の魔法一発でいいと思う。

 だが、本当にそんな単純な方法で……状態異常の魔法一発で発動するのか? 狂戦士化が?

 

「ありえない──とは、断言できないですね」

 

 カワウソの語った〈狂気(バーサク)〉を発動されて罹患したが故の狂戦士スキル発動について、モモンは一考の価値ありと評してくれる。

 

「早速、ヘズナ族長に──は、今は準備中のはずですから、後程合流した時に訊ねるとしましょう」

「助かります」

 

 カワウソは真摯に告げた。

 

「さすがは、一等冒険者ですね。

 一等冒険者というのは普段からも、このような任務に就いているものなのですか?」

 

 興味本位で訊ねていた。

 人の感情の機微を読んだり、いろいろと複雑な事情や思惑が絡みついている状況で、モモンたちは粛々と、自分たちの業務を全うする姿勢を見せてくれる。仕事のできる人間というのは、それだけで称賛に値するし、それが礼儀正しい性格だと尚更である。

 魔導国における人気職、ハラルドが尊敬と緊張をもって応じる冒険者の日常の、その一端を知ることは重要なことに思われた。あるいは今後、カワウソたちが魔導国内で生き抜くのに必要な知識の、ほんの一欠片(ひとかけら)でも入手できれば、他の都市や土地に向かった三人の調査隊の役にも立つはず。

 モモンは鎧の上にあるプレート(ナナイロコウ)をつまんで、少しばかり言葉を選ぶ。

 

「そうですね。一等冒険者ということで、依頼はかなりの報酬を頂くことになります。大抵は外地領域守護者や都市管理官、あるいはツアー……インドルクス=ヴァイシオン信託統治者などの、各都市や領域の代表者らに依頼されて、大陸内で発見される不可思議な出土品や発掘品を調査します。調査対象は様々で、時には理解不能な事象だったり、あるいは百年単位の過去の遺跡だったり。今回のような任務は、少しばかり特殊なもので、やや緊張しております」

 

 モモンは、緊張をまったく感じさせない声で言い募る。「冒険者は”未知”を”既知”にするべく、あまねく世界を冒険し、それを誇りとする者たちです」と。

 彼は、まるで遠い昔を懐かしむように視線を伏せた。

 隣に控える童女は押し黙り、マルコは掌中にあるマキャティアのカップに口をつけていた。

 五人のいる場に、奇妙な沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは、やはりモモンだった。

 

「──未知なるものを探求する冒険者。この大陸に存在する同業たちの中で、我々“黒白(こくびゃく)”の一等冒険者のみに、王陛下が課せられた最重要任務が、ひとつだけあります」

「…………それは?」

 

 これまでにないほど厳格かつ厳正に響く声音が、堕天使の耳を震わせる。

 

 

 

「──『世界級(ワールド)アイテムの探索』です」

 

 

 

 隣で隠形したまま控えるミカが、僅かに、密かに、息を呑んだ気がした。

 あるいは、カワウソ自身がそうしたのを錯覚したか。

 告げられた内容の意味を()(はか)り、カワウソは冷静になるよう、己に言い聞かせる。しかし、だ。モモンが語る唯一無二のアイテム──ユグドラシルには同価値のアイテムは200しかなかった──カワウソ自身が保有するソレを、どうあっても意識せざるを得ない。

 モモンたちへの警戒心と猜疑心が微妙に再燃しかけた、その時、

 里の通りが明らかにザワついたのだ。

 

「……なんでしょうか?」

「飛竜の喧嘩、でしょうか?」

 

 それにして違和感が凄まじい。

 あまりの喧騒に、モモンとマルコが身体全体を振り向かせた。

 いろいろな飛竜の声が絶え間なく大気に(とどろ)くが、その上をいく奇怪な音量が、まるで燃えあがるように耳に焼き付いた。

 

「ああ、ハラルド隊長」

 

 ちょうどトイレから戻ってきた少年が、通りの様子に戸惑うところをモモンが呼びつけた。

 

「表で、何かあったのでしょうか?」

 

 疑念された少年隊長も、不審げに首を傾げるしかなさそうだった。

 

「いえ、自分にも…………!」

 

 モモンとエル、マルコが振り返った窓の外を眺め、ハラルドも窓から身を乗り出すようにして見上げた空に対し、眼を剥いた。

 

「……なんだ、あれは?」

 

 気になりすぎて、また異様な雰囲気──人々の悲鳴にも似た声音を感じて、カワウソは席を立つ。

 小鬼亭(ゴブリンてい)を飛び出し、通りで天を仰ぐ人々と同じようになる。隠形中のミカもその脇に控えた。

 

 異様なものが、空にいた。

 

 最初は、黒い点のようにしか見えないそれは、飛竜のように翼をはためかせながら、まっすぐ街に向かって降りてきている。

 ハラルドをはじめ、モモンたち三人も外へ。

 

「ハラルド、あれは?」

「いえ……飛竜のようですが……なんだ、あの、黒い?」

 

 徐々に輪郭がはっきりとわかるほどに近づいてきた。

 (みどり)の竜鱗をおどろおどろしい病的な黒斑が、まるで膨れた腫瘍のように覆っている。頭の先から尾の端の全身に至るそれは、まるで鎧のようにも見えるが、生々しく膨れた肉の塊でしかなく、印象としては黒い泡立ちのようですらあった。そんな異様に呑み込まれたような姿の飛竜は、暴力的な蛮声をはりあげるが、それはカワウソの耳には悲鳴のような苦しみをいっぱいに響かせている。

 

「いくぞ、エル」

「承知しました」

 

 言うが早いか、通りを走り抜ける漆黒の戦士。彼に頷く黒髪の童女が、即座に黒い飛竜に向かって駆け出していく。

 カワウソも、たまらず彼らの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




黒くて凶悪そうな飛竜があらわれた!
どうする? →たたかう
       なかま
       アイテム
       にげる にげられない!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。