オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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生産都市・アベリオン -1

/Flower Golem, Angel of Death …vol.02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その都市──城邑は、堅牢堅固な壁に守られているわけでもなく、まるで農村のように開けた造りをしており、あの魔法都市のような円周外郭線の防壁といった遮蔽物のない、しかし、都市と呼ぶにふさわしいほどの広大な規模に渡って広がっている。敷地面積だけで言えば、この都市は魔法都市の倍の規模を統治するのだが、その大きな理由は、ここが魔導国の“第一生産都市”として整備された歴史が背景にある。

 

「賑わっておりますな!!」

 

 蒼い髪の少年兵は、自分に与えられた装備、数えきれないほどの剣を、ほとんど完全に解除しているように見える。傍目からすれば、マント(これは早着替えの魔法を発動する、本来の彼には与えられない装備)を着込んだ旅の少年にしか見えず、完全不可視化を行うための指輪の機能も解除している。さすがに、あれだけの装備の数を、年齢が二桁にもいきそうにない少年程度の体躯で平然と装備し歩き回っていては目立ちすぎるからだが、本人は言われるまでその可能性を想起すらしなかった。

 対して。

 

「アンデッドの王が治める国とは聞きましたが……なかなかどうして、おもしろい」

 

 旅の少年と並び立つ黒い外套の男は、フードを頭髪の様子すらわからぬほど深く被っており、この状態で、彼は彼の得意とする戦術(というか、それ以外の戦闘を想定していない)を披露することになっている。手袋に仕込んだ暗器──暗殺者専用の装備や、領域敷設式の罠などを使った“暗闘”に終始し、共に第二階層“回廊(クロイスラー)”を防衛する妹の援護に徹するのだ。そのため、彼の自前の装備は、不可知化を行えるほどに優秀な隠密性を発揮する。

 

 蒼髪の少年の正体は、花の動像(フラワー・ゴーレム)。──名は、ナタ。

 黒衣の男の正体、死の天使(エンジェル・オブ・デス)。──名は、イズラ。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に属するLv.100NPC──その二人である。

 

 彼等が見つめる先の朝市──市場(バザー)は、大広場に幾重にも並んだ露店の列に、さらには商店街などとも隣接したそこでは、魔法都市なみの活気と人波が行き交っていた。

 店先に並ぶ鮮魚や獣肉の照り輝く様、所狭しと盛られ飾られる野菜や果物の品ぞろえは、他の都市には見られない充実っぷりである。魔法都市だと魔法のアイテムや治癒薬(ポーション)が充溢するのに対し、この都市では食料品目が、主たる産物となるからだ。

 

 

 第一生産都市・アベリオン。

 その成り立ちは、陰惨な戦いの歴史から始まるとされる。

 

 

 魔神王“魔皇”ヤルダバオトが君臨し、この一帯に住まう亜人種を絶対的な悪魔の能力と軍団によって、統一。恐怖政治のもとで否応なく周辺諸国に害をなしていた亜人連合軍によって、時の人間の隣接国家は蹂躙され、滅亡の憂き目に立たされた。

 しかし、その事実を憂えたアインズ・ウール・ゴウン魔導王と守護者らによって、ヤルダバオトと悪魔の率いる連合軍は撃滅された。「最後の魔神王」と謳われ怖れられた“魔皇”は、最後の最後に、魔導王と(くつわ)を並べ戦ったアダマンタイト級冒険者“漆黒の英雄”モモンと、彼の従者であった“美姫”ナーベらを、(おの)死出(しで)旅路(たびじ)の道連れにして果て、──結果として、冒険者チーム“漆黒”の二人は共に蘇生不能という事態へと陥り、彼等の功績を惜しみなく讃えたアインズ・ウール・ゴウンによって、『漆黒の英雄譚』は100年後の現在にまで残されることになる。

 

 そうして、魔神王による酸鼻を極めた地獄の連合軍が根絶やしにされた後に、荒され残ったアベリオン丘陵地帯を魔導国が平定併呑し、さらにヤルダバオトの暴政によって力尽きようとしていたローブル聖王国も慈悲を持って受け入れ、その所領は今やローブル領域と名を変え、魔導国・六大君主が一柱である大参謀(デミウルゴス)の管轄に置かれることと相成った。

 数週間後、その領域にて99回目の平定記念式典が催される予定である。

 

 生産都市は、魔導国内でも一、二を争う穀倉地帯であり、農耕は勿論、都市内で畜産と養殖を主たる産業とする街。その食料自給率は300%以上にのぼるとされるが、都市の発展に際し、魔導国の技術供給……疲労しないアンデッドの屯田兵による土壌開拓や地下空間の掘削構築、多種多様な魔法を農業などに流用してのプランテーション化に成功したが故のもの。魔導国が保有する大量の中位・下位アンデッドならびにゴーレムを大量動員しての労働力の確保は、当時の周辺国家には望むべくもない力を振るい、ただの丘陵地帯を僅かな月日で都市化させることに成功している。

 さらに、それまでは王侯貴族のみが使用することを前提とした魔法技術がいくつも民間に下賜(かし)され、大量の農作物や畜産物、そして魚介類の〈冷凍〉や〈保存〉、殺菌消毒・大量加工などを可能とし、霜竜(フロスト・ドラゴン)を動員してのペタン血鬼航空による空輸路などの物流網確保によって、それまでは不可能とされていた大規模経済市場の運営を実現。それまでに類を見ない規模の市場から発生した経済的収支で、わずか半年足らずで都市経済は黒字に転向したと言われている。

 当時の丘陵地帯は綺麗に(なら)され、一部地域にある菜園や果樹園、そして森に、その名残を残すばかり。魔導国建国以前より長く、亜人たちによる侵攻と動乱を怖れ、あのヤルダバオト討伐戦において無惨にも壊滅したローブルの城壁は、当時の戦いの凄惨さを物語る史料として、僅かばかりが残存しているだけとなっている。

 

「アベリオン第二階層(エリア)産の特級・黄金芋(ゴールデンポテト)! 今なら五個で980ゴウン!」

「第四エリア特産・紅玉鮭(ルビーサーモン)紅玉海老(ルビーシュリンプ)、他にも鮮魚と高級魚の目白押しだぁ!」

「地上菜園で今朝採れたばかり、天然の巨大(ジャイアント)レインフルーツ! 一個69ゴウン! 売り切れ御免ですよ!」

 

 そんな陰惨と言ってもよい戦争の歴史も、100年後の今を生きる臣民には関係ない。

 元気一杯な少年兵・ナタの快活な大音声(だいおんじょう)も、商売の息の中に埋没するほどの活力が、そこここに(たぎ)っていた。

 魔法都市同様に、人と亜人と異形が見事に融和した街並みの中で、商人たちが(あきな)いの声をはりあげ、魔導国の流通通貨を遣り取りし、今日と明日を生きる糧を求めて、早朝から商売と労働に励む。

 生産都市は交易都市ほどの市場規模は持たないが、何しろここは第一次産業の地元。直販される食料品の鮮度は格別であり、魔法的な保存保全費用、そして運搬の手間も掛からない為、その値段は他の都市に流通するものより段違いに安く抑えられる。

 人間の男が輝くほど新鮮な野菜を売りつけ、海蜥蜴人(シー・リザードマン)が魚介類の味の素晴らしさを唱え、人蛇(ナーガ)の美しい乙女が大量の果物を陳列した棚越しに、主人の命令で買い物に来たのだろう人馬型鉄の動像(アイアン・ゴーレム)から代金を頂戴していた。鉄の人馬に慣れたように騎乗させられている長いスカート姿の少女は、店主の女人蛇(ナーガ)と手を振り交わしている。

 他にも、香辛料に調味料、日常雑貨や衣服に反物なども盛況なようだ。

 

「いやはや!! 真に素晴らしい都ではありませぬか!?」

「確かに。そこは素直に認めざるを得ませんね」

 

 ナタとイズラはそう率直な評価を送ることに躊躇(ためら)いがない。

 人と亜人と異形。

 それらが共存共栄を果たす町並み。

 ユグドラシルでも、こんな光景は滅多に見られるものではない。そういったゲーム(ユグドラシル)の知識のないNPCの二人ですら、都市の繁栄と平和には、感嘆の念を懐く以外に処方がなかったのだ。

 

 

 

 ユグドラシルには、異形種PKが存在するように、PK禁止と定められた特定の街やフィールド以外では、割とプレイヤー同士の対戦や決闘──さらには奇襲、夜襲、報復の類は多く発生したものだ。

 それが、ユグドラシル内で受容されていたのは、PKポイント次第によって得られる恩恵……レア職業などへの転職(クラスチェンジ)が実装されていた他に、「いつ誰に襲われるかもわからない」という緊張感と臨場感が、多くのヘビーユーザーの心を掴んだのだ。確かにPKやPKK対策は面倒を極める項目ではあったが、それにも増して、「本当の幻想の世界を”冒険し旅をする”ということは、こういうことなのだ」というユーザーたちの理解と認識が、DMMO-RPGというフルダイブ環境のゲーム性と適合した結果ともいえる。

 

 そんな環境の中で、人と亜人と異形が一堂に会する街やフィールドというのは、そこまで多くはない。

 はじまりの街などの初心者専用のホームタウンは、九つの世界ごとに各種別に区分けされており、人間種は人間種の街に、亜人種は亜人種の里に、異形種は異形種の地に、ユグドラシルプレイヤーは送り出され、そこでユグドラシルのゲームを生き抜く知識と技術、レベルやアイテムを備えて、冒険の旅に出かける仕様であった。

 故に、はじまりの街にはその種族のNPCと、後進育成に心血を注ぐ一部のヘビーなキャラメイクプレイヤー……“成りきり”が存在するのみ。一部には、他の種族の入場を制限・禁止されていたりするので、まず初心者たちが人と亜人と異形が一堂に会した光景を見ることはない。販促用のCM画像ではいくらでも視聴可能だが。

 ユグドラシルで、この魔導国の都市の様を完全再現される場所というのは、二桁しか存在しない。様々な街や都、土地や地域、国やダンジョンなどが数えきれないほど胎動していたユグドラシルのゲーム構造を考えれば、その少なさは歴然としている。

 各世界(ワールド)ごとに開催される闘技大会を催す都が数ヶ所、ユグドラシル内でも全ユーザー向きの非戦闘フィールド──超広場──など、ユグドラシル運営が営むことを前提とした「不可侵地帯」と、一時的な祭り(イベント)の時以外、そういった人と亜人と異形のコントラストは発生し得なかった。

 

 

 

 しかし、魔導国では、そういった光景が日常風景の中で存在している。

 その事実を、少年兵と黒い天使は、感嘆を込めて認めるしかなかった。

 毎日が祭りであるかのような意気が、その都から溢れているのだから。

 

「異形種プレイヤーのみで構築された特殊なギルドと聞いておりましたが。意外にも、それ以外の種族にも寛容なようだ」

「まったくでありますな!!」

 

 ナタは強く頷いた。

 彼等をはじめ、天使の澱のNPCたちは、ユグドラシル時代に与えられた知識・カワウソが呟いていた独り言・創造主が時折眺めていた戦闘動画(ムービー)などの内容から、ある程度、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの情報を得ており、その情報と今の状況を照らし合わせることを可能にしていた。

 

 異形種のユグドラシルプレイヤー、ギルド最大構成員数100人に対し、僅か41人で成り立っていた、“悪”を標榜するギルド。

 創造主カワウソをはじめ、彼の仲間・友人だった(・・・)者や、多くの同格者(プレイヤー)……1000人規模の討伐隊を一度は落命・壊滅せしめた、伝説の存在。

 

 魔導国は、その名を冠された大陸唯一の統一国家。

 

 自分達のギルドが転移した先のスレイン平野をはじめ、この大陸のすべては、カワウソの敵と同じ名を戴く存在の領有物であるという事実が、NPCたちには信じられなかった──が、実際に、各都市の街並みに、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが輝く幕旗がなびく様を確認していけば、もはや確信するよりほかにない。

 

 自分たちは、自分たちの主が“敵”とする者の懐に、入り込んでいるのだという現実を。

 

「これは!! 意外にも我々のことを受け入れてもらえるのでは!?」

「それは──どうでしょうねぇ?」

 

 イズラは考える。

 仮に、アインズ・ウール・ゴウン魔導王という人物が、カワウソと同じくユグドラシルプレイヤーであるならば、協力関係を結ぼうと考えることはあり得る話。だが、イズラたちにしても、何故、こんな異世界で、自分たちの敵であるはずのギルドの名を冠する超大国が君臨し、100年にも渡って統治する歴史を持つのか、不可思議でならなかった。

 彼等NPCの記憶や知識は、創造主(プレイヤー)が与えた設定などに基づいて構築されている。

 それを駆使しても、こんな異世界に転移するという事態は、常識の範囲外を軽く超越していたのだ。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王が、マスターや我々NPCにとって、友好を結ぶに足る存在と見做されなければ、逆に(ころ)されるのがオチじゃないでしょうか?」

「ですが、イズラ!! 師父(スーフ)の御命令は、「穏便に且つ慎重な調査を」とのこと!! さらに「殺傷(アレ)は原則厳禁」という縛りがある以上、我々は友好的・好意的にふるまうしかないと思われますが!?」

 

 余人に聞かせるには大いに憚りがある単語をボカしたナタ。盗聴対策はイズラによって展開されている為、そこまで神経質になる必要はないが、この「後」を考えれば、ナタはイズラに頼るばかりではいられない。

 一応、調査……諜報や潜伏に一日(いちじつ)(ちょう)があるイズラの言いつけは守られていることに、都市に至るまでの道中だけ教師となった死の天使は、満足げに頷く。

 

「ふむ……では、ナタ。我々のマスターであるカワウソ様は、我等の敵の名を戴く存在──アインズ・ウール・ゴウンと、友誼を結ぶと?」

「ハハッ!! それは少し考えられませぬな!!」

 

 雑踏の中に埋没する遣り取り。

 歩み笑う二人の意見は、最初から最後まで一致した。

 自分達を創造した唯一の主人カワウソは、長くユグドラシルにおいて、アインズ・ウール・ゴウン打倒に注力した存在。

 彼が費やした労苦と年月を思えば、一朝一夕に、かの国の魔導王とやらに(おもね)ることは、ありえない。敵を油断させて、然る後に奇襲を図るというのであれば、そういう戦術選択もありえるだろうぐらいか。

 ナタは戦士としての愚直さでもって言い放つ。

 

師父(スーフ)の望みは“ひとつ”!! その信念が揺らいだことは!! 少なくとも、我々全員が創られた頃より、お変わりないという事実があります!!」

 

 今度はイズラが強く頷いた。

 でなければ、彼が自分たちのような存在を創るわけもない。

 天使の澱の拠点、第四階層の屋敷に招集された二日前……転移する直前にまで、カワウソが視聴していた、ナザリック地下大墳墓・第八階層侵攻時の動画(ムービー)は、少々離れた位置にいたNPCたちにも視聴され得たもの。それ以前から、カワウソは折に触れてナザリック関連の動画などの閲覧・研究に没頭しており、その熱の入れようは一種の狂気的なものを感じさせるほどである。

 

 彼は諦めなかった。

 諦めるということをしなかった。

 だから、自分たちNPCは創られた時のまま、彼のシモベとして仕えることを許されている。

 

 ──アインズ・ウール・ゴウンと戦うこと。

 

 それこそが、彼等(NPC)の存在証明である以上、この調査はカワウソの言う通り、穏便に、且つ、慎重に、魔導国側に漏れぬよう、隠匿され続けなければならないだろう。

 

「それを思えば、この調査において重要なのは……魔導国、(いえ)、アインズ・ウール・ゴウンというギルドの名を名乗る魔導王の正体を、その全貌を把握することでしょう」

「まさに、その通りです!!」

 

 これは、冒険都市の調査に赴いたラファは勿論、拠点防衛に心血を注ぐ天使の澱の同胞らの他に、飛竜騎兵の領地へと発ったカワウソたちも懸念した事だ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとは、ユグドラシルに存在した“ギルド”の名前。

 

 個人としてのユグドラシルプレイヤーが、悪名高いその名を名乗るはずがない。また、そのギルドの拠点である「ナザリック地下大墳墓」が、この国の首都の内にあるという事実を、既にカワウソたちはマルコなどの現地人から聴取し、監視役だったマアトを介して全員が知悉していた。おまけに、魔導国内を治める六大君主の内、五人──シャルティア・ブラッドフォールン、コキュートス、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、デミウルゴス──は、ナザリック地下大墳墓の第一から第七階層の各“守護者”として君臨していた拠点NPCであることからしても、件のギルドがこの異世界に存在していることは事実だと認識する他ない(六大君主・大宰相、アルベドは、誰も辿り着いていない第十階層の住人であったため、当然、ユグドラシルの存在たる彼等──天使の澱にも、詳細は不明であった)。

 魔導王、アインズ・ウール・ゴウン。

 その姿は、ユグドラシルに存在した最上位アンデッド・死の支配者(オーバーロード)

 かのギルドの(マスター)であるプレイヤー……モモンガのそれなのだ。

 これは、どういう冗談なのだろうか、イズラやナタたち天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のNPCたちにも理解不能な事象である。

 

 何故、自分たちの敵の名を戴く個人が、“ギルド”の名を戴く王が、この転移した先の異世界に君臨しているのか?

 あまりにも不可思議でならない。

 

「とりあえず、この都市の調査を自分が担当するわけですが……ナタ。君はどうやって次の目的地へ?」

「わからないであります!!」

 

 ナタはあっけらかんと、まるで誇るかのように言い放つ。

 

「案内が出来そうなマアトは!! 現在、単独行動中のラファの方の監視を強めている現状!! 今、彼女に頼ることは出来そうにありませぬ!!」

 

 調査隊は四つに分割されはしたが、カワウソとミカたちの他の三部隊の中で、現在たった一人で冒険都市の調査検分を実行しているラファの支援を厚くするのは当然の処置だ。

 

「では、行き方を誰かに聞きましょうか?」

 

 道行く人にものを訊ねる。

 確かにそれは覿面な調査方法ではあるが、問題がないわけでもない。

 

「言葉は通じているようですが!! 現状、自分達は文字が読めませぬ!! 下手にものを訊ねて、ヘマをやらかさないとは言い切れないのは、何とも歯がゆい!!」

 

 ナタが指摘した通りだと、イズラは首肯する。

 たとえば。

「この街のどこそこの店に行きたい」と、道行く人を引き留め訊ねた時、「どこそこの店なら、ホラ目の前にあるじゃないか?」という事態にならないと言いきれるだろうか? 文字が読めないNPCであるイズラとナタは気づかない内に、そういった危険を犯すこともありえる。彼等は魔導国の民に怪しまれるのは避けねばならない身の上なのだから、拠点から言語翻訳読解魔法のメガネが届く11時ごろまで、迂闊に行動できない(翻訳メガネは長いことカワウソは使う機会がなかったので、拠点の倉庫にいれっぱなしになっていたようで、今現在進行形で屋敷のメイド隊が探索し、必要数を揃えている)。

 より複雑に考えると、NPCたちでは扱えないルート……公共の交通手段らしいアンデッドの乗合馬車や騎乗モンスターのタクシーなど……を推薦されても、彼等には扱うことに無理がある。

 

 何故なら、支払うべき運賃──この魔導国の通貨が、彼等の手元にはないからだ。

 

「どこかでまとまった金銭を確保できれば、今後の活動もやりやすくなるはずですが」

 

 しかし、だからといって、銀行や商店を襲って強奪するなど、言語道断。カワウソの指示した命令内容から背離するのは決定的に明らかだ。

 では、他に手はないものかと首をひねり歩き続ける。

 とりあえず、今の状況にあった調査を進めるしかない。

 

「ん……あれは?」

 

 イズラが視線を向けた方向。広場の方で、歓声と轟音……叫喚が、湧き起こる。

 

「おもしろそうな気配を感じます!! 行きましょう!!」

 

 情報収集任務……以上に自己の好奇心が刺激されたのか、少年兵は音のする方へ迷いなく足を向け、子どもらしい大股歩きで腕を勢い良く振り進み続ける。

 倍ほどの背丈を持つ人間の大人の中でも長身の(街の亜人やアンデッドなどと比べれば低い部類だが)死の天使・イズラの隣に並行して汗一つかかないナタは、言うまでもなく「疲労」などとは無縁の異形種──花の動像(フラワー・ゴーレム)なのだから、当然であった。

 人垣をかき分ける小柄な少年。イズラは自分の暗殺者の特殊技術(スキル)と装備とを駆使し、隠形無音……ほぼあらゆる五感から消え果てる〈不可知化〉の効果を発動し、彼の後に油断なく続く。

 人垣の中心で、胴間声(どうまごえ)が太く響いた。

 

「フははハハっ!

 さァっ、次ノ相手は! この俺サまに挑みたイ猛者(モサ)は、イナいのかァ!?」

 

 轟然と奇怪な音色を響かせ吼える、巨躯の亜人。

 彼は半径数メートルほどの白線で描かれた円の中心で、王者のごとく胸を張る。

 身長は二メートル後半。雄々しく膨れた筋肉は、彫像のように引き絞られた肉体美を備えており、通常のトロールよりも強壮に見える。長い鼻と耳を持つ顔立ちは美とは無縁そうだが、そこに強者としての誇り・戦士としての風格というものを、感じる者は少なくない。

 名を呼ばれ「いいぞ、ゴウ!」「やれやれ!」「今日も魅せてくれるな!」と(はや)し立てられる妖巨人(トロール)は、どうにも有名人物らしいが、ナタたちには詳細は分からない。

 円周から引きずり出される気絶したミノタウロス……頭が牛で、肉体は人間の体躯を持つ亜人が、仲間と思しき獣顔の神官から治癒魔法を受けている。首から下げたプレートの色は、アダマンタイトの輝き。魔導国における、六等冒険者の証であった。

 人々がこの国でも人気職である冒険者たちの体たらくに、同情の念を惜しまない。

 

「おい、まじかよ、“風斧”のクエルノが戦闘不能?」

「冒険都市での「祭り」前の肩慣らしのつもりだったんだろうに」

「あれじゃあ、「祭典」に行っても、大して活躍できないんじゃないか?」

「しかし、あの妖巨人。ただの腕自慢じゃないな……噂に聞く“武者修行者”?」

「そうに決まっている。大陸中央、ウォートロール領域で100年も信仰されている『武王修行』──」

 

 ナタとイズラは黙して、集まった人々の声に耳を傾ける。

 新たな挑戦者が名乗りを上げた。やられたミノタウロスのご同業(チームメイト)らしい蜥蜴人(リザードマン)の男が、「かたき討ち」と宣して紙幣を片手に円周内に入り込むが、結果は一分も経たずのK.O.(ノックアウト)に終わる。彼我の体格差を考えれば、当然の帰結と言えた。

 冒険者と呼ばれる彼等は、身に帯びる装備……鎧や外衣などは素晴らしいもので、そこは妖巨人の彼が着込むそれ──古臭く、半分は割れ砕けた鎧の残骸──よりも高価かつ高品質だと判るが、純粋な体力勝負で言うと、妖巨人のそれには及ばない。妖巨人の再生能力──HP回復の特性は、ユグドラシルと同様に、この異世界でも厄介な代物らしく、叩いても蹴っても、強靭な筋肉で全身を(よろ)った巨人には通らないし、たとえいい一撃を巨人がくらっても、すぐに回復してしまう。亜人は勿論、通常人類も太刀打ちすることは難しい。

 先の冒険者二名の他にも、よく見れば色々な種族の亜人が、自前の魔法や薬で打身(うちみ)青痣(あおあざ)に治癒を施していた。

 妖巨人の大きな肉体を前に、並み居る挑戦者たちはなす術がない。

 

「どうやら、彼はああして、金銭を得ているのですね」

 

 妖巨人の背後──そこに山のように積まれた通貨や紙幣を、イズラはナタと共に注視する。彼が立てたらしい看板もあったが、読めるわけもない。

 盗難防止用の魔法陣が敷かれた風呂敷に、妖巨人は対戦相手より受け取った金銭を放り投げて、己の財貨としている。あの魔法都市(カッツェ)でも行われていた“辻決闘”か“賭け試合”という奴か。

 人垣を見渡せば、誰もがその様子に疑念や嫌悪を懐いていない。

 むしろ、彼の催す戦闘風景に魅入り、彼の勝敗を占って賭けに興じるものまでいる始末。

 これは一種の興行として、魔導国の都市では認可を受けている行為なのだろうと推測される。その証拠に、広場に巡回警備に現れた中位アンデッド、死の騎士(デス・ナイト)たちは素知らぬ顔で、市場の治安維持に励んでいる。妖巨人の行状は、治安を乱しているとは見られていないようだ。

 

「おそらく、何らかの許可証などがあって、妖巨人の彼は戦闘行為の勝利条件を満たすことで、相手から受け取った金銭を蓄えることができるようですね?」

 

 不可知化を発動中のイズラの声は、装備で隠形対策をしているナタにのみ通じており、少年はかすかに首肯の仕草で同意を示す。隣のナタが黙っているのは、ひとえに、こんな状況で、傍に誰もいない風にしか見えない一人きりの状態で、大声を張り上げては怪訝(けげん)に思われるから。

 ナタはいろいろと判った顔になって、妖巨人の彼の許に進む。

 イズラは引き留めなかった。少年兵のやろうとしていることを、過つことなく理解していた。

 

「……〈伝言(メッセージ)〉。聴こえますか、マアト?」

『わ。は、はい。イズラ、さん? どうし、ました?』

 

 トラブルを疑うギルドの監視役たる少女に、イズラは少しばかり協力を仰ぐ。

 

「監視の目をひとつだけ、こちらに回していただきたいのです。──ええ。映像を記録したいので、──ええ。魔力消費は抑えて……それでお願いしますね」

 

 いかにマアトの能力をもってしても、複数個所に監視の目を注ぎ続けるのは、難しい。おまけに、彼女の魔力量を考えれば、どうしても休息時間は必須になる。

 そこで、彼は自分の保有する特殊技術(スキル)を併用させつつ、マアトの〈記録〉の魔法で、ナタが行おうとしている行為を映像として保存する“(カメラ)”となる。

 

「ということは!! 自分があなたに勝つことができれば!! そこのお金をいただいてもよいということですか!!」

 

 妖巨人(トロール)は、現れた小さく(いとけな)い少年を無下にすることなく、その挑戦を心より受け入れる。

 

 

 

 

 

 かくして、ナタが妖巨人の彼から「正当な手段で」頂戴した賞金、その半分ほどの十二万ゴウンを獲得することに成功した。

 天使の澱のLv.100NPCの中で最も近接系職業に特化した少年兵の力量は、この異世界、魔導国の臣民である亜人に対しても、圧倒的な性能差を誇るレベルにあるようだ。

 

「お疲れ様です。ナタ」

 

 魔法の荷袋に詰め込んだ通貨や紙幣を簡単に勘定し終えて、ナタは自慢げに笑みの花を咲かせた。

 

「これで、少しでも師父(スーフ)たちのお役に立てれば良いのですが!!」

 

 イズラは「無論」と頷いてみせた。

 ナタの言ったことを──どうせならば、自分こそがその栄誉を──そういう気概は、イズラには一切ありえない。

 彼の戦闘能力は“暗闘”に終始する。ナタのような派手さや、隊長であるミカほどの性能は持ち合わせていない。彼の戦いは、決して余人の目に止まってよい類のものではないから。

 それをこそ創造主(カワウソ)は望まれた。

 ならばイズラは、その在り方に準じるのみである。

 

「マスターやラファにもお送りしましょう。これで、我々の活動の幅は広がることになる」

 

 花の動像(フラワー・ゴーレム)は、さらに嬉し気に微笑んだ。──その時、

 

「キャアアア────ッ!」

 

 絹を裂くような少女の悲鳴。

 さらに、怒号と喧騒が折り重なり、膨れ上がる。

 即座に振り返った通りの先から、露店や人々を薙ぎ倒す勢いで、二つの影が翔け踊る。

 全身鉄色に輝く人馬の背に、買い物袋を提げた、茶色の髪の少女が一人。

 その後ろから、暴走車のごとく追い縋る影は、

 

「魔獣ですな!!」

「騎乗用モンスターの、……あれ、なんでしょう、合成獣(キマイラ)?」

 

 キマイラと呼ぶには、些か微妙な造形である。尻尾は蛇のごとき鱗に覆われているが、何しろ、その見た目はまん丸いお団子で、鋼色か白銀のふかふかした毛皮の四足獣なのだ。獅子や山羊の頭などはなく、手足は獣の割には微妙に短そうに見える。黒い宝石じみた円らな瞳は、愛嬌と共に力ある様を顕在させるが、何やら混乱でもしているのか、渦を巻いているようにも見える。涙で前がよく見えていないのかも。獣の鳴き声がこれまた珍妙で、「ござっ! ござっ! ござる!」という音が、ひっきりなしに柔らかそうな形の唇から吐き出されていた。

 

「……あれ、こっちに向かってませんか?」

「そのようです、イズラ!! 御明察です!!」

 

 理解した二人は即断した。

 魔導国内で、カワウソが見せた行為行動に『(なら)う』べく、二人は勇躍。

 ナタは戦士らしい愚直さを伴い、イズラは暗殺者として姿を消して、都市内の暴走事故に立ち向かう。

 

「失礼します!!」

 

 瞬速を駆る少年兵の声の背後で、黒い翼を広げた不可知化した天使が密かな援護を行う。

 人馬型鉄の動像(アイアン・ゴーレム)を少女ごと抱え上げ、空へと飛び跳ねるナタ。

 暴走した騎乗用モンスターを鋼線(ワイヤー)で柔らかく吊り上げ停止させるイズラ。

 かくして、市場を破壊しかねなかった脅威は取り除かれた。

 ナタは一瞬、衆目を集めてしまったが、これは致し方ない。

 周囲から歓声が轟き、何故か、まばらな拍手が市場を満たす。

 

「……襲撃かと思いましたよ」

「殺気がまるでありませんでした!! 予見できなかったことは、まことに不覚!!」

 

 鉄の動像を少女ごと石畳に下し、「ご無事ですな!?」と少女の無事を確かめたナタは、彼女からの御礼も聞かずにそそくさとその場を後にする。

 厄介事は御免被る。

 自分たちに与えられた任務は、魔導国の調査。少女を助けたのは、ほんのついでに過ぎない。型は違うが、動像(ゴーレム)が──ナタにとっての近親種が、暴走獣に破壊されるのを見たくなかったというのもあった。

 

 ……あるいは、カワウソがやったのと同じように、少女やその親族に恩義を着せて、自分たちの任務に利用すれば……とも、イズラは一瞬だけ考えたが、ナタはそういうことには向かないので立案すらしない。

 

 二人の駆け去った背後で、鋼線(ワイヤー)の網が消え去り解放された四足獣を心配するように駆け寄る“同じ造形の四足獣の仲間”たちが、暴走に巻き込まれていた少女と人馬の動像(ゴーレム)に謝罪の言葉を連ねていた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「何です、これは?」

 

 彼女は、見下げ果てて何も言えない。

 折れかけた露店の柱、陳列棚からぶちまけられた商品、通りの石畳を汚く染めるゴミの惨状。

 これが、魔導国の第一生産都市・アベリオンで発生した醜態だと、容易に認めることができなかった。

 

「そのう──でござる」

「そのう、ではありません」

 

 烈火のごとき怒気を秘めながら、彼女は凪いだ水面のような静かな口調と表情で、詰問を繰り返す。

 事情は既に把握していたが、それでも、だ。

 

 市場を暴走した都市内タクシー、通称“101”と呼ばれる運搬交通網は、都市内における快速急行便として、数十年前から各都市に動員されている一般臣民用の移動手段だ。騎乗者の安全を守る魔法の鞍を装備された四足獣……ハムスターの背中に乗った者は、住所・目的地を言い含めることで、そこまで運んでもらうことを可能にするという都市交通網の一種だ。金に余裕のある層はアンデッドの乗合馬車ではなく、この101を使用することが多いという。

 難点は、慣れていない人だと上下運動──都市の壁や屋上を走ることもあるほど激しい乗り心地な為、「酔いやすい」のと、これは長距離移動には向かない──移動した分の疲労度で金銭を加算されていくため、都市間の移動には使わないことがほとんどだということ。あと、大人数の移動も「疲れるから遠慮したいでござる」ということで、員数分の金額を追加されることが挙げられる。

 しかし、慣れてしまうと意外に柔らかな毛皮が気持ちよく感じたり、都市内をアトラクションのように巡れたり、言葉をしゃべる魔獣というのが珍しいので単純に喋り相手として扱ったりなど、一定のニーズが存在している。

 その四足獣──見る者が見れば、ジャンガリアンハムスターだと言ったに違いない。

 

「もう一度、聞きます。──何です、これは?」

 

 タクシーの運搬会社の代表を務める四足獣は、申し訳なさそうに頭を低くするしかない。

 代表の“彼”が言うには、「休憩中のお仲間が、お昼寝しているところに変な連中が現れて、変なものを嗅がされたせいで「混乱」した……らしいでござるよ」とのこと。

 

「まったく。……それで、その変なものを嗅がせた連中というのは、本当に身に覚えがないのですか?」

 

 悪戯(イタズラ)目的の愉快犯だとしても、度を越して愚劣な行為に相違ない。

 仮にも。この魔獣たちはナザリックで最も尊い御方の管理下にある存在。それをどうこうしようという劣愚は、無知蒙昧の罪で刑すべきだろう。

 抑えきれぬ感情に、金色のロールヘアを風もないのに(なび)かせ踊らせる女性に、代表たる四足獣は丸い背中を四角く強張らせて「絶対にないでござる! 信じてくださいでござる!」と涙目で訴えかけてくる。

 ──なんでおまえが涙目になるんだろうという疑念を、メイドはとりあえず体内に沈め落す。

 

「とにかく。市場の後片付けを優先させて。それから、負傷者の有無を再確認するように」

 

 わかったでござると快活に頷く四足獣の群れは、勢い込んで市場に転がるゴミや食べ滓などの処理に向かう。

 ──危うく都市長の孫娘を轢殺しかけた割には、反省の色が薄い気はするが、気にしても意味がない。そういう一族(いきもの)だ。

 幸いというべきか。死人どころか負傷者すら出ていないのは、この騒動の獣が、まがりなりにも安全装置ガン積みなタクシーだったことと、少女の乗騎となっていた動像(ゴーレム)の性能も合わさって──そして、「それ以上」の要因があることが、今、確認されている。

 

「映像記録の方は?」

 

 メイドは己の影の内に潜む悪魔に問う。

 影は申し訳なさそうに、『都市の監視システムの死角で起こった出来事なのか、それらしい映像は、僅かしか』と告げる。市場通りには、確かに映像記録を撮り収める監視用の簡易ゴーレムが適量配置されているが、ナタの卓抜した身体能力と、イズラの保有する隠密系特殊技術(スキル)によって、二人の行動はそういう存在の影響下にはおさめられることはなくなっていたのだとは、彼等は知りようがない。

 僅かしかという映像の方も、肝心な人物──少年の姿は障害物で見切れていたりするから始末におえない。これは、今日の生産都市全域の監視機構を総ざらいせねばならないか。

 

「──あの娘は、何処に?」

 

 都市長の人馬(セントール)が愛してやまない、四分の一(クォーター)人馬(セントール)たる娘子を探すメイドは、ほどなくして報せを受けて駆け付けた都市長の老人、その腕に抱かれた少女と出会う。

 茶色の髪の少女は、長いスカートで隠れていた足元──二本脚の先が馬の蹄で構築されたそれを外にさらしつつ、魔導国の中でも最上位に位置づけられる存在、ナザリック地下大墳墓に属する戦闘メイドの質問に、答える。

 

「あのね、あのね! 蒼い髪の、男の子がね!」

 

 まるで夢の中の王子に出会ったような心地で語り出す。

 この都市に派遣されていた隠密治安維持部隊の筆頭──別命を果たすまでの間に起こった交通事故の処理に赴いた戦闘メイド(プレアデス)の三女──ソリュシャン・イプシロンに。

 少女自身が見た、すべてを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 妖巨人VSナタは、飛竜騎兵・第九話の「調」でお話されていた、現地通貨獲得のくだり。

 100年前の事については…………12巻の内容によっては修正するかも。

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