オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

29 / 103
生産都市・アベリオン -2

/Flower Golem, Angel of Death …vol.03

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 イズラとナタは、生産都市の街並み……魔法都市のような水晶の輝き、高層ビル群のようなそれとは違った中世ヨーロッパのそれに近い建物の間を進み、まったく疲れた様子もなく調査を続ける。あの市場(バザー)での事故に巻き込まれかけた折から、イズラだけでなく、ナタもまた隠形して身を潜めることに終始する──ということは、一切ない。

 イズラは暗殺者(アサシン)盗賊(ローグ)系統の特殊技術(スキル)を用いることで、ある程度、自分と自分の仲間に隠密性を宿すことを可能にしている上、今のナタは、先ほどまでの装いとは見るからに違っている。

 

「こうして見ると、なかなかおもしろいですね。花の動像(フラワー・ゴーレム)は」

「ありがとうございます!!」

 

 ナタは、普段の蒼い髪の様が嘘のような変貌を、その頭髪の色に宿していた。

 まるで土壌の性質で咲く花の色が変わるかのごとく、彼の磨かれたように輝く蒼い髪色は、今は見る影もないほどの“白に近い水色”に染まっている。これは、花の動像(フラワー・ゴーレム)の特性のようなもので、ナタは自分の容姿……髪の色を、ある程度まで変化させることを可能にするという性質があり、今回のような潜入任務において、この変化機能は非常に重宝され得るものであった。

 だが、彼本人としては、創造主(カワウソ)から最初に与えられた蒼の髪こそが最も好ましい形態のようで、他の色に染めるのは大いに遠慮したいのが本音であった。

 このように、花の動像(フラワー・ゴーレム)は色々と便利かつ有用な能力値や特性、特殊技術(スキル)を保持しているレア種族──あまりにレアなため、通常の最大レベルは15なのに対し、彼の種族はLv.5まで──であり、彼が拠点防衛の第一と第四の階層にまたがって戦闘を行うというのも、半ば当然と言えるスペックに恵まれていた。単純なパワー・スピードにおいては、下級天使にして暗殺者のイズラでは太刀打ち不可能なほど。それが、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)における“最強の矛”と謳われし少年兵の種族なのだ。

 

 

 

 

 

 ギルド拠点NPC製作時において、NPCの創造者となるプレイヤーは、ギルドの“拠点ポイント”に従うなどの制約のもと、ある程度まで自由に自分たちの拠点を防衛してくれるNPCを作成できる。

 しかし、

 だからといって、

 拠点NPCをすべて強力かつ希少な種族や職業で埋め尽くすといったことは、ほぼ出来ない。

 そんなことが可能ならば、天使の澱に属するNPCはすべて、強力な熾天使(セラフィム)花の動像(フラワー・ゴーレム)などで埋め尽くせばいい。他の大小様々に存在していたギルドにおいても、よほどの猛者たち──ランカーギルドでもない限りは、そこまで強力な種族や職業ばかりをNPCに与えることは不可能に近かった。自由にできるのであれば、わざわざ雑魚な種族や職業をNPCに与える必要はないだろうが、ユグドラシルのゲームシステムで──あの運営で──そんな都合よくいくはずもなかったのである。

 

 拠点NPCを製作する上で必要なのは、大元になるギルド拠点……ポイントの大量確保が大前提となるが、次に重要なのは、『NPC製作用のデータクリスタル』の存在だ。

 

 このクリスタルは、ギルドの管理コード──ゲーム時代はコンソールを開いた先で出現する“金貨ガチャ”から、主に配出されていた。一日一回、ギルド構成員プレイヤーの数だけ無料で回せるのだが、11連ガチャとなると一回ユグドラシル金貨1000枚ほどを支払うことに。そのガチャから『人間種NPC(人間、森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)etc)』『亜人種NPC(小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)蜥蜴人(リザードマン)etc)』『異形種NPC(骸骨(スケルトン)小悪魔(インプ)天使(エンジェル)etc)』などの他に、種々様々な『NPC専用職業(クラス)』のデータクリスタルがLv.1~15まで提供され、そのデータを基にして、プレイヤーたちは様々な種族や職業を有するNPCを作成し、さらにそこへ好きな『外装ビジュアル』をクリエイトツールで施し、『NPCの行動AI』をプログラムすることで、そのNPCを拠点のゲームキャラとして創造──NPCに与えた種族・職業に合わせた武装やアイテムを与えることで、拠点防衛用NPCが誕生するというシステムになっていた。

 NPCは、プレイヤーにとって必須な“前提条件”というものがほぼ存在せず、データを揃えさえすれば、かなりおもしろいキャラメイクを可能にしていた。ある上級職を確保する際に、その下級職業Lv.5やLv.10以上などがプレイヤーには要求されるにもかかわらず、NPCはそういったものを無視して、上級職を保有することも“一応”は可能だった……無論、そのためにはデータの入手ができればという前提が存在する。

 

 そうして、ガチャという性質上、決まった種族や職業を大量に獲得できるという保証は、一切ない。

 ある程度、課金ショップなどで特定の種族や職業は買い揃えることも出来たが、拠点防衛用NPCにそこまで金を注ぎ込むよりは、自分自身の外装(アバター)や装備をイジったり、あるいは戦闘や冒険で有利になるアイテムを購入する方が優先されたものだ。

 

 ガチャはせいぜい『人間種』専用、『亜人種』専用、『異形種』専用の他に、戦士職業や魔法職業、特殊職業に特化したものに分類されている程度。その中で稀少と呼ばれるレア種族やレア職業が落ちる確率は、ほぼ0%──ゲーム内の金貨ガチャではなく、「拠点NPC用“課金”ガチャ」で、ようやく数%の期待が持てる程度であった。

 そういう性質上、通常の11連ガチャや、時には課金11連でも要らないNPCデータというのは大量に生まれるもので、そういった余りものは泣く泣く廃棄するか、あるいは商業ギルドなどに買い取ってもらって金貨やアイテムに変えるか──場合によっては、商業ギルドの保有する自分の欲しいNPCデータと交換・取引するというのが常であった。無論、超レア種族や職業を自分で引き当てることができれば御の字であり、運が良ければ商業ギルドが喉から手が出るほどのレアものを一度に複数獲得することも、一応、ありえる。天使の澱のNPCも、そういった経過をたどって、カワウソの手により二十二体と四匹、作成されたのだ。

 

 

 

 

 

 二人は一応十分に警戒しつつ、都市の最南端にある街区に到着。

 平坦な土地を囲む田園風景を望むそこは、都市の端にある馬車乗場であった。

 二人は、11時の定刻に僅か遅れて、〈転移門(ゲート)〉を開けて現れた同胞──愛の天使(キューピッド)の姿をしたクピドと裏路地で合流し、彼から配給される荷袋を受け取っていた。彼のおかげで、ナタが獲得した現地の通貨は四部隊すべてに等しく分配済み。マアトから〈伝言(メッセージ)〉を受け、創造主(カワウソ)から“お褒めの言葉”を賜ることができたナタは、有頂天ここに極まれりという様子で、イズラも感激を禁じ得なかった。

 しかし、二人は尚一層の努力を誓って、ここで一度、別れねばならない。

 昨夜受け取っていた、カワウソの命令に従って。

 

「あそこの掲示板の通りなら、あの赤い二階建ての馬車・鉄馬(アイアンホース)六頭立てが、南方への直行便のようです」

「なるほど!! 確かにそう書いておりますな!!」

 

 言語解読用の翻訳眼鏡などかけたことのない二人だったが、問題なくアイテムを装備し、そこに記された文言や数字の意味を読み解くことができた。主人から賜ったアイテムは貴重なため、使用後はすぐにケースに仕舞って、紛失や損壊などしないよう丁寧に荷袋の中に仕舞う。

 残念ながら、第一目標であった天空都市・エリュエンティウへの直行便は、今朝方すでに出立済みで、同じ便が来るのは六時間後。それまでの時間つぶしに生産都市に留まってイズラの手伝いをと少年兵は考えたが、ちょうど良いタイミングで南方に発つ馬車があるようなので、そちらの調査を優先させることを両者は選択するに至ったのだ。

 

「不安なのは、やはり“領域”とやら? その境界を、ナタが無事に通行可能かどうか──ですね」

「イズラの隠密職の特殊技術(スキル)のおかげで、都市への潜入は何とかなりましたが!! 果たして“領域”とやらに自分一人で潜入可能かどうか、疑問は尽きないでありますな!?」

 

 声を潜めるイズラに対し、ナタは相も変わらず元気な口調だ。

 さすがに道行く人に怪訝に思われるのを避けたいため、二人の会話は周囲に人がいない状況で行うしかない。

 イズラは、盗賊の達人(ローグ・マスター)Lv.1が扱う“集団潜伏”の特殊技術(スキル)を用いて、この生産都市への侵入を容易にしていた。彼は一度に数名まで──自分を含む六人パーティ分の存在を完全に隠匿し、関所や城門、ダンジョンに張られた監視機能などをすり抜ける技を保有している。

 おかげで魔法都市(カッツェ)の広域探知や、この生産都市(アベリオン)の検問と監視機構にも、そこまで苦労することなく行動することができている。

 しかし、カワウソの命令は、「イズラは生産都市を」「ナタは生産都市を経由して、南方を」調査せよ、とのこと。

 ここからは、両者は別行動を余儀なくされる。

 ナタは都市や領域の監視体制を突破する特殊技術(スキル)や特性は保持しておらず、新たに与えられた装備やアイテムでどうにかできるだろうかという実験も込みで、調査に出向くことになる。なので、潜入不可と見做された時点で、彼は退却することも折り込み済みだ。

 カワウソの意図(本当は、頭脳明晰な設定を与えられているミカの意見が大いに参考になっている)は、魔導国の都市や領域の警備体制が、果たしてどれだけ自分たちには突破可能なのかの実験に終始する。イズラによる“集団潜伏”も然り。冒険都市へ単独派遣済みのラファの方も、『祭り』の期間中ということでスムーズに潜入することは出来ていたようだ。ラファは現在、冒険都市内の人工ダンジョンで開催されている『大冒険祭』という祭り(イベント)などを観戦しているらしい。

 すでに、南方行きの馬車は出立の用意を万端整えており、連結タイプの二階建て構造という重厚な車体に開いた二つの出入り口、一階と二階には、切符を買った臣民が人と亜人と異形が入り混じって、ごった返していた。

 

「それでは、イズラ!! 行ってまいります!!」

「ええ。そちらも頑張ってください」

 

 水色の髪に変じた少年は、乗り場近くの発券場で2000ゴウンを支払い購入していた切符を握り、馬車に乗り込みながらも、同胞(イズラ)とのしばしの別れに手を振って笑う。

 全身黒尽(くろづくめ)の天使は、(いなな)きのごとき駆動音を奏でる馬車を見送り、二階席後方から身を乗り出して手を振り続ける仲間を、見えなくなるまで見送ってあげた。

 

「……さて、と」

 

 この都市の調査を任された天使は考える。

 ナタの行く先に待つ“南方士族領域”とやらは気にかかるが、彼の性能であれば何とかうまくいくだろう。自分ほどの隠密性があるかというと微妙だが、それを補うための装備は与えられているし、潜伏の手法などは、イズラが教えられるだけのことを教え込んでやった。あとは、彼の先行きを祈るのみである。

 

 それに、(ナタ)は少しばかり目立ってしまった。

 速やかな外貨獲得のためとはいえ、少年兵は都市にいた亜人と勝負し、完膚なきまでに敗北せしめた。その時の噂や風聞が広まれば、確実にナタの行動は阻害されかねない。直後に発生した事故の対応──少女の救援劇も、どこまで任務に影響を及ぼすか知れたものじゃない以上、彼がこの都市に留まるのは危険とも判断できる。あるいはあの事故も、ナタの行動を快く思わない輩……たとえば、ナタに敗北した妖巨人の戦士など……魔導国側の人物が巻き起こした人為的なものだったのかもわからない。

 幸い、警邏や官憲といった公的執行者がナタを確保・逮捕に乗り出すと言った気配は、依然として感じられない。

 イズラが知覚する限り、この都市にはそれなりの監視装置や巡回警備が、網の目のごとく張り巡らされているが、ああしてナタが発券場で切符を買って馬車に乗り込めた以上、そこまで大事になっていない──はず。

 

 あるいは、あえて放免されている可能性も、なくはない。

 

 イズラたちの認識を超えるこの事態──アインズ・ウール・ゴウン魔導国の統治する異世界の大陸において、『まさか』『ありえない』という仮説や前提は否定される。否定せねばならない。

 敵は、あのアインズ・ウール・ゴウン。

 虚偽でなければ、この大陸を100年にも渡って完全統治する超大国が相手だ。異世界の未知の法則や、あるいはLv.100NPC以上の強者による絶対監視によって、自分たちの行動は筒抜けな可能性も、否めない。

 

 ──だとしても、主人(カワウソ)の命令は絶対だ。

 

 カワウソもまた、そういった危険性などをすべて勘案しつつ、あえて自分達を調査隊として派遣したのだ。何の支援もなしに、拠点で籠城戦を敢行しても、結果は見えている。だが、カワウソは自らが危地に立たされるやも知れない状況で、自ら率先して調査の隊に自分を加えた。それがすべてだ。

 であれば、

 

「頑張りましょうか。僕も」

 

 

 

 

 

 イズラはひとつの建物に赴いた。

 整然と棚に陳列された紙の冊子やチラシが出迎えてくれるそこは、通りに面する部分を解放した都市内の観光案内所。〈不可知化〉中の天使は店員や観光客に気づかれることなく中に入り込み、必要な情報を探る。

 荷袋から一個の眼鏡ケースを取り出したイズラは、そこに収められた銀色の金属フーレムに精緻な文字が彫り込まれた、蒼氷水晶を薄く研磨して製造したレンズをはめこむマジックアイテム──言語解読翻訳用の眼鏡を、顔に装備。

 解読用メガネのおかげで、イズラはこれまで以上に、この生産都市の構造と役儀を知ることができた。

 観光案内所で無料配布されていた都市のパンフレットを入手したり、街角の書店でナタの獲得した金銭をもとに簡単な魔導国の歴史や常識についての書籍を買い求めたり(盗難などは当然、禁止されていた)。

 そうして、魔導国の中枢に存在する“ナザリック地下大墳墓”と、その地に至るまでの行程の守護を任され命じられる「栄誉」を賜った“絶対防衛城塞都市・エモット”を中心とした首都機能──わけても、魔導王アインズ・ウール・ゴウンその人の居城たるナザリックへの「奉仕」と「献身」、「忠誠」と「忠義」を尽くすために、この大陸の都市や領域は存在しているということが理解された。

 そのために、各都市にはアインズ・ウール・ゴウンから与えられた「義務(つとめ)」に特化した都市造りが施され、その風土や特色は多岐にわたる。

 

 魔法都市は、新魔法の開発や研究・マジックアイテムの生産や強化・国内における全魔法詠唱者の教育と管理を主任務とする都。

 冒険都市は、組合による冒険者の育成と派遣・冒険者用装備の鍛造と供給・冒険に必要なアイテムの仕入れ等を主任務とする都。

 

 一方、生産都市は文字通り、魔導国内の生産事業──主に食料品目の“生産”を任された都市である。

 

 第一生産都市・アベリオンは、平坦な土地にしつらえた城邑(じょうゆう)であり、その周囲には太陽と風を一身に浴びて、青々とした田園と菜園が広がる一大農地にしか見えない。イズラたちの拠点が転移した、あの茫漠とした平野“スレイン平野”より西方に、深い森を挟んで位置する都市とは思えないほど、たくさんの麦の青葉が時期的にはありえない速度で──魔法などの恩恵によって──遥かに高い爽やかな空の下に、深緑の絨毯を敷き詰めている。

 しかし、たとえ魔法都市の倍の面積を統治する都市とは言っても、けっして潤沢な量の穀物が安定供給できるようには、素人のイズラには見られなかった。田園は魔法によって成長を早められているが未だ青く、穀物の金色はどこにも存在しない。菜園や果樹園にしても、実る野菜や果物の量はやや多い程度。朝市全域に並んでいた商品の量と比較すれば、圧倒的に少ない。さらにいえば、この都市産と謳われる獣肉の元となる家畜もごく少数。魚介類に至っては、海の面する場所はなく、河川どころか湖や池の(たぐい)も存在しないのに、あの露店に陳列された肉や魚はどこから生じ産まれるのか。これで他の都市へ運搬交易する余分が発生するのか。イズラには疑問が尽きなかった。

 

 答えは、都市の表層ではなく、深層に秘められていたのだ。

 

「第一階層(エリア)・穀倉保存地帯、第二階層(エリア)・農作農耕地帯」

 

 イズラは、観光案内(パンフレット)に記載されている都市断面図──大地の「下」に穿たれ続く都市の構造を、正確に把握していく。

 ケーキの断面のように色分けされた、五つからなる地下階層構造を。

 

「第三は、畜産加工地帯、第四は、魚介類養殖地帯、第五は、都市管理魔法発生地帯……ふむ」

 

 なるほど。

 都市の上にある田園ではなく、地下空間に築き上げた人工農地こそが、この都市の主たる生産工場として機能していたわけだ。こういった地下世界の構築作業は、下級アンデッドの掘削隊の手によるもの。山小人(ドワーフ)などの監督指揮のもと、魔法などで崩壊落盤事故を起こさないように入念な強化が施された地下空間は、この100年に渡って魔導国の“台所”も同然の生産性──食の基礎を担ってきたという。

 これは、実物を是が非でも見ておきたい。

〈不可知化〉中の天使──イズラは、疲労や睡眠、休息とは無縁に働けるが「無理はせず、各自で適時休息をとること」を、注意事項として主人から言い含められていた。

 地下生産場の調査は、明日にしよう。

 疲労などとは無縁ではあるが「休め」という命令を反故(ほご)にはできない。

 今日は、都市表層に住まう市民の生活ぶりを観察することに終始しようと決める。

 イズラは入手し熟読した冊子や書籍などを自分の荷袋に収納すると、何食わぬ顔で、通りの人波に溶け込む。黒い天使は誰にも何にも気づかれることなく、生産都市の営みを記憶し記録し続けていく。

 ふと。朝市のあった広場に──ナタと共に事故に巻き込まれかけた現場がどうなったのか気になって、イズラは用心しつつも、同じ市場の通りに舞い戻る。

 さすがに昼の時間帯を過ぎれば、市場は綺麗に片づけられていた。銀色のお団子魔獣も、何食わぬ顔で客を乗せては駆け走る様を見せている(朝の個体とは別かもだが)。中位アンデッドの警邏は、朝よりも倍ほど増員されているようだが、イズラの存在を知覚する個体など、彼我のレベル差を考慮すればいるわけもない。朝市に比べ、人々の量もまばらな感が出ているのは、単純に露店の数が朝よりも少ないからか。夜市の時間にでもなれば、またあの賑やかさが広場を埋め尽くすのだろう。

 

 彼は建物の屋上でそういった都市の営みを眺め、購入しておいた書籍を読み込みつつ、日が落ちかけた頃に始まる夜市の喧騒を待った。

 

 そして、生産都市の夜は更けていく。

 イズラの調査、その一日目は問題なく終わる。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 生産都市・アベリオンに、特務を拝領して派遣された隠密治安維持部隊の筆頭、戦闘メイド(プレアデス)一人(ひとり)、ソリュシャン・イプシロンは、都市中央に存在する”城”──城というよりは貴族の館めいた、六階建ての王邸である──ここは都市長の邸宅ではなく、魔導王アインズが、都市を査察訪問する際の拠点となる、神聖な場所。ナザリックに関連する者と、特別に許された下働き(都市長や官僚など)の一等臣民たちが出入りするのみで、その防衛能力は魔法都市(カッツェ)の王城と比肩する。

 

「毛先一本も見逃さないように。蒼い髪の少年とやらの映像を、可能な限り拾うように」

 

 実体を得ていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)たちが、『承知』の声を唱和させる。

 ソリュシャンたちは、アインズの一時的な居城となるここの都市警備機能を全面的に利用し、都市内の監視用簡易ゴーレムが記録した映像記録をくまなくチェックしている真っ最中だ。

 

 蒼い髪にマントを身に帯びた、旅人のような少年という特徴だけで、人相も何もあったものじゃない。唯一の目撃者にして当事者である都市長の孫娘が僅か十歳であることを考えれば、それ以上の情報など望むべくもなかった以上、しようがない。

「バラのお花のようにキレイだった!」という少女の主観も、美男美女ばかりの異世界においては特筆すべき(しるし)にはなりえなかったのもある。

 

 ナザリックにおいて最高位の監視者たるニグレドも、今朝方、とある連中の拠点を監視中に、不安を覚えてならない事態に直面したため、大々的な協力を望むことは出来ない。

 それに、こういう時のために、アインズ達が用意した都市監視システムを使わないでいるなど、ソリュシャンの忠義が許さなかった。

 

 しかし、都市監視用のゴーレムの数は、膨大に過ぎる。

 簡易量産タイプであるが故に、自我意識や高度な情報処理能力を持たないゴーレムは、都市映像の「記録と録音、その再生」だけを主機能とする性質上、己の撮り収めた映像記録から、任意の人物や状況を選出して映し出すといった芸当は不可能(それでも、これら簡易ゴーレムによる監視システムによって、都市の犯罪率は低下し、検挙率はほぼ99%の高水準を維持している)。ソリュシャンたちは地道に自力で、映像の確認を続けるしかない。

 

『イプシロン様』

 

 映像の調査だけで、休むことなく数時間。

 ソリュシャンは、自分たちが本来この都市に派遣されてきた本命たる任務の前準備にも取り掛かりつつ、昼過ぎまで続いた全映像記録精査の中でそれらしい姿をとらえたという報告を受ける。

 映像を確認するにあたり、ソリュシャンは一応の用心として、隠形中の存在をも看破し得るアイテム──眼鏡を用いて、映像内の人物を過つことなく認識する準備を整える。

 指摘された画像には、都市の東通りを中央市場に向けて練り歩く、蒼髪のあどけない少年の他に、……もう一人。

 

「黒い、男?」

 

 まるで幽霊(ゴースト)のごとく存在感が希薄な印象しかない黒尽(くろづくめ)の人物は、何故だろうか、看破の装備を身に着けるソリャシャンの瞳をもってしても、外見が判然としない。全身が影色の(もや)(かすみ)で遮られているように見えるため、その全貌はまるではっきりとしていなかった。

 これは異常である。

 

「あなたたちは、少年の近くのあれが何か、解りますか?」

『……あれ、とは?』

 

 ソリャシャンは息を呑む──必要はないが、それに近い動作で絶句する。

 影の悪魔たちは、ソリュシャンに比べれば劣るPOPモンスターだが、並みの人間や事象には対応可能。だとするならば、今回のあれは、完全に彼等の領分を超えているようであった。

 彼等をしても、認識不可能──不可知な存在。

 だとすれば、周囲の臣民らが、その異様に気付かない──まるで透明人間に対するも同然の反応しかないというのも、当然というほかない。

 そんなものと共に、行動している少年が、いる。

 都市長の孫から聞いた限り、彼女を助けたのは蒼髪の少年一人だけ。同行者の存在は確認されていなかった。無論、少女が視認できなかった可能性も否めない──というか、認識できないでいる方がむしろ自然だったのやも。

 

「事故当時の映像記録を」

 

 影の悪魔に命じる。打てば響くように、“101”都市タクシー部隊の一匹が暴走した事故現場の様子が、別の水晶の画面に映し出される。

 この事故で、人馬型鉄の動像(アイアン・ゴーレム)ごと少女を抱え助けた少年の他に、奇妙な情報が確認されている。

 少年が動像と少女を助けるのと、ほぼ同時に、

 

「そこで止めなさい」

 

 ソリュシャンは映像を停止させる。

 暴走する魔獣が、彼等を轢き潰しかねない勢いで突っ込んでいた──瞬間、銀色の獣体が、宙に跳ね上がったのだ。

 生物の跳躍というよりも、それは大地に敷設されていた獣捕りの罠が起動したような、機械的な動作に見える。常人では何があったかどうかすら視認しえない刹那の出来事だが、ソリュシャンの粘体の瞳には、何らかの力を感じられてならない。

 ソリュシャンと同じ、暗殺者(アサシン)盗賊(ローグ)の力だろうか?

 しかし、蒼髪の少年には、そこまでの隠密能力があるとは思えない。

 そんな力が最初からあるのならば、何故わざわざ自分の姿をさらして少女の救命を?

 彼の愚直なまでの行動力は、日陰に潜む暗殺者というよりも、日向(ひなた)で観衆を魅せる剣闘士のそれに近い。

 少なくとも、常識的に考えて、あれが魔導国臣民に可能な所業とは思えなかった。

 あれほどの身体能力は……間違いなく、自分たちナザリックの存在“戦闘メイド(プレアデス)”と同等か、それ以上の位階にあるはず。それほどの逸材であれば、間違いなくアインズ・ウール・ゴウンの認知を得られ、御方の傘下にくだっていてもおかしくはない。むしろ、そうでなければおかしい。ソリュシャンの姉である人狼のメイド(ルプスレギナ)が迎え入れた、現地の絶滅危惧種だった人狼のように。

 

「この黒いのは、協力者? 少年のシモベか、何か? しかし、この存在感のなさは──不可知化の魔法か何か?」

 

 黒い影の人物が蒼髪の少年を支援すべく、タクシーの魔獣を天高く吊り上げ、混乱が収まるまで拘束していた、と?

 だとすると、少年と影は、己よりも遥かに大きく重いはずの動像(ゴーレム)ごと少女を助けつつ…………それと同時に、市場を暴走しっぱなしになっていたハムスターの身動きすら封じ、「混乱」の状態異常から抜け出させたというのか?

 

「こいつら……いったい、何者?」

 

 映像記録と同時に、ゴーレムが録音していた雑踏の中に、かすかな答えがあった。

 雑踏に紛れた声音はところどころ不明瞭に過ぎたが、その天真爛漫な口調は、まったく裏表を感じさせない。

 

『ですが、   !! 師父(スーフ)の御   、「穏便   慎重   を」とのこと!!』

 

 その声に応じる男の声も、行き交う人混みと市場の雑多な音量のせいでか、不鮮明極まる。

 

『ふむ……では、 タ。我々の     るカ   様は、我     を く存在── イ  ・ウー ・ゴ と、     と?』

『ハ ッ!! それ   考えられませぬな!!』

 

 ダメだ。

 詳細な情報を聞き取れない。

 かろうじて少年の声が聞き取りやすいのは、単純に声の音量(ボリューム)が大きいが故か、それとも別の要因か。ソリュシャンで辛うじて聴取できた会話……少年“以外”の声は、彼女より劣る悪魔たちでは理解の端すら得られなかったようだ。

 映像と録音はそこまで。それらしい影……頭髪の一部などは見切れすぎている上、音声などほとんど拾えていない。思わず、粘体(スライム)の口内にある疑似体組織で舌を打つ。

 だが、こいつらは「互いに会話ができる関係=仲間」という確定情報は得られた。

 せめてニグレドの監視網がつつがなく機能していていたらば協力も容易だったものをと思われたが、さすがにそれは無理がある。彼女も彼女で色々と大変な状況──戦況だ。100年後に現れたプレイヤーと思しき影と、そのギルド拠点と思しきものを監視するという大きな任を“二つ同時に”命じられ与えられた彼女に、ソリュシャンの特務のついでに解決すべく手を貸している程度の交通事故の調査に手を(わずら)わせるなど、もってのほか。これが魔法都市であれば、あるいは学園の魔法詠唱者を大量動員して捜索・探知という芸当も可能だったろうが。

 取り急ぎ、ナザリックから伝達済みの、件のギルド拠点から飛び出してきていると判明しているNPCの外見と照合しても──何故か──どれも一致することはない。

 

 ──この時、ソリュシャンらが存在を知覚できなくなっていた黒い男・イズラの特殊技術(スキル)や装備の力によって、彼と同道するナタの外見を正しく認識させえない幻影……蜃気楼が取り巻いていたのだ。

 この特殊技術(スキル)を突破し得る絶対の監視者……ニグレドの協力を仰げないソリュシャンにとって、これは致し方ない失態であったと評するしかない。

 

 ソリュシャンは考える。

 あの堕天使たちとは無関係な勢力の可能性が高い?

 だとしても、少女を救命し、魔獣の暴走を止めるという意図がどうにも解せない。

 あるいは、魔導国が認知していない現地の強者は……ありえない。だが、絶対にないと言い切れるのかと言うと、微妙なところだ。だとすると、もはやソリュシャンの任務からは著しく逸脱する案件になりつつある。

 

「この者たちの、入都記録は?」

 

 影の悪魔の一人は『否』と言って首を横に振る。

 この二人の特徴に合致する記録は、どこにも存在しなかった。

 冒険者や剣闘士、拳闘家であるならば、必ず魔導国に組合を通して記録が存在している。たとえ、引退していても、だ。

 都市の東西南北にある検査門──という名の、アンデッドとゴーレムによる入都者把握機構は、解放された四つの街道から入り込む者らをすべて受け入れつつ、その容貌を記録管理することが可能で、これはほとんどの“都市”で共通する自動関税……交通料徴収と併用されて、犯罪者の早期発見と確保を主目的とする画期的なシステムだ。人々は自らの保有する個人口座から自動的に通行税や関税を引き落とされ、ひと昔以前のような雑多に過ぎる検問時間に悩まされることもない。

 勿論、これは高レベルの隠密職が保持する“潜伏”には脆弱なのだが、現在の魔導国でそこまでの隠密性能を発揮し得る存在と言うのは希少で、すべて国の管理統制下に置かれており、そんな彼等はソリュシャンの今回の特務内容にも参加することになっている──しかし、彼等程度の低レベルな隠密性ならば、自動検問は見逃さないようになっている。

 今回の相手は、それ“以上”の能力と装備を持っていたというだけ。

 

 ──深い水底のような蒼髪を持つ少年と、黒い闇のごとき存在感の謎の影。

 

 ソリュシャンは静かに疑問する。

 この両者は何者だ?

 何故、この生産都市に?

 何故、少女と動像、さらに暴走した魔獣まで助けた?

 意図が不明すぎる上に、謎が多すぎる。互いに呼び合い応答し合う関係上、仲間や知人と見るべきだろうが、出身はおろか、名前などの情報さえ判然としなかった。ソリュシャンは歯噛みできるほどに硬い歯を持たないが、それに近い渋面で、静止画像内にある人混みの中を行く蒼髪と黒影を睨み据える。

 その時、外に続くドアの隙間から、影が滑り込んでくる。

 

『イプシロン様。都市長らが、特務についての最終調整を希望し、会議室に集合しております』

「──わかりました。今、行きます」

 

 ソリュシャンは自分の護衛たる影たち数十名に、さらに都市内の監視システムを精査するよう命じると、本来の都市訪問理由である特務に、意識を切り替える。

 アインズ・ウール・ゴウンその人から賜った、特別任務。

 その誉れ高き役儀に準じず、ただ得体の知れない都市訪問者の素性にかかずらっているわけにもいかない。そういう者の対応にはすでに都市警邏隊が従事しており、ソリュシャンらの行為はあくまで補助の類でしかなかった。

 ソリュシャンの特務は、ひいては魔導国の威信に関わる重要案件。都市長のみならず、都市の重要諸機関の長官たちも秘密裏に列席し、ソリュシャンらの遂行する特務に全面協力せねばならない事態であることからも、その重要性は度を越している。

 何より。現在、この魔導国は、例の100年後の転移者──プレイヤーと思しき存在の一件で、厳戒態勢を維持されている。

 連中の首魁と思しき堕天使──下劣な外の存在たる者たちの正体を確かめるべく、アインズ自らがプレイヤーと思しき存在と接触を図っている状況下で、ソリュシャンはあえて危難に赴く御方以上に、自らに与えられた特務に邁進せねばならない。

 失態は許されないのだ。

 アインズ・ウール・ゴウンに仕えるシモベとして、ソリュシャンは自分の存在意義を全うすべく行動あるのみ。

 

 

 

 ソリュシャンたちは無論、件の転移してきたらしいギルドの存在は認識している。

 そのギルドから派遣されたらしい調査隊とやらも現在はふたつ(・・・)確認されており、それは現在……“飛竜騎兵の領地に赴いている堕天使(カワウソ)女天使(ミカ)”がひとつ、そして、“冒険都市・オーリウクルスの門をくぐった銀髪の天使”がひとつで成り立っていることは、全シモベに通達済みの事実であった。

 

 ──しかし、彼等の他にも、まだ他の調査隊がふたつ……死の天使・イズラと花の動像・ナタの存在があることを、ナザリック側は認知できていなかった。

 理由は、冒険都市に赴いた調査隊──ラファに与えられた任務というのが、調査実験の上で必要な差別化として、彼だけは都市への入場制限などに引っかかるのか否かを確認するために、あえて“潜伏”能力のないイズラとは別に都市への入場を果たした。

 本来であれば、都市への入場にはそれなりの制限が課せられて当然なのだが、現在開催中の『祭り』に乗じて、彼が魔導国の身分証も通貨も何もない状態でも都市への侵入をスムーズに行えただけとは、彼等の理解の及ぶ範囲ではない──というのが、ナザリックの、アインズ・ウール・ゴウンの企図する工作であった。

 

 実際には、魔導国側は、銀髪の天使が囮のごとく潜入を試みる冒険都市への入場制限を、彼の訪問に合わせて一時的に解除し、あえて、件の調査隊を迎え入れたも同然の処置をとっていた。

 

 だが。

 

 魔導国側は、高度な隠蔽(いんぺい)隠密(おんみつ)隠形(おんぎょう)能力を持つNPC──イズラの存在を見落としていた。これは無理からぬ失態であった。Lv.100NPCである彼の特殊技術(スキル)と特性、ユグドラシルから使用している装備類については、本気で隠れてしまえば同道していた者も含めて、あのニグレドの監視能力すらも欺くほどに整えられていたのが主な原因だったのだ。

 ギルド拠点第二階層“回廊(クロイスラー)”最奥に位置する「天空」で、(イスラ)の奏でる“最終審判の角笛”や、彼女に創造された生命の軍勢の影に隠れて、妹を庇護する(イズラ)の役割は──暗闘。

 陰に潜み、影のごとく戦う上級暗殺者──暗殺者の達人(マスターアサシン)にして“死の天使”は、同族……純粋な天使……か、同じ系統能力を保有する存在でもなければ、その存在を知覚することは難しいほどの力と性能を備えていたのだ。

 それほどの彼が、今回この調査隊に選出されたことは、もはや必定であったと言えるだろう。

 Lv.100でありながら、隠れ潜むことに終始する拠点防衛用のNPC──暗殺者(アサシン)というのは、そこまで強力にはなりえない。戦士職や魔法職に比べ、物理攻撃や魔法攻撃などの単純火力が低くなる関係上、暗殺者たるイズラの攻撃性能は、他の天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の同胞らに比べれば圧倒的に低い。死の天使や暗殺者固有の「即死」「即殺」能力は優秀だが、それだって対策しようと思えば対策は可能。さすがにマアトなどのサポート職よりはマシな攻撃能力を保持しているが、だからこそ、この異世界の現地人を相手取るくらいの技巧と力量は備わっている。彼単体でも、調査を完遂実現することは不可能ではないはずだった。

 

 

 

 現在アインズ・ウール・ゴウンは最大規模の警戒態勢を敷きつつ、ナザリックのシモベや魔導国臣民に極力混乱をもたらさないよう、“過度な対応”には乗り出さないでいる。

 それこそ、件のギルド拠点に対し、ナザリック全兵力およびアインズの生み出したアンデッド軍……さらには、ユウゴ王太子殿下の父譲りの特殊技術(スキル)──彼の創造した中位アンデッド軍などの全投入による大規模波状攻撃を加え、奴らに対し先制攻撃を与えるといった強硬手段には打って出ていない。連中は魔導国の国土を侵犯し、不法占拠も同然に封印領域であるスレイン平野に留まっているが、それを殊更に追求しない御身の慈悲深さは、シモベでしかないソリュシャンらにとっては感嘆を禁じ得ない厚遇でありつつ、また、これよりさらに後の世に訪れるだろう他のユグドラシルプレイヤーなどへの対応試験──アインズ・ウール・ゴウンは、プレイヤーとの協調を望む姿勢を示す、最初のモデルケースになる……はずだった。

 

 

 

 ソリュシャンは、連中の調査部隊がこの生産都市に潜入している事実を、まだ知らない。

 彼女に命令を下す魔導国……ナザリックが、その存在を見落としていた以上、これは無理からぬ事態でもあった。

 

 

 

 戦闘メイドは、護衛を引き連れながら城の廊下を進み、気を引き締める。

 何にせよ、警戒は怠るべきではない。

 少年と影法師が何者か判然としないとはいえ、たったそれだけで、(くだん)のギルド拠点の関係者と見做(みな)すのは、難しい。身分証の類を持たない大陸の浮民(ふみん)や不法滞在者。あるいは別口の──スレイン平野の連中と同時期に、この異世界に転移した『未知のプレイヤー』などという疑念も、実際問題ありえる。

 だが、まずは与えられた特務に眼を向け、それから連中のことを探ればいい。

 連中は確かに驚異的かつ脅威的な印象を受けるが、都市内で目立った暴動や混乱が発生しているわけでないことは、まったくの事実である以上、優先度はどうあっても低くなる。一応、ナザリックに事態状況のレポートは提出しておくが、以降の足取りがつかめない以上は、これ以上の措置は難しい。

 

 戦闘メイドは、都市の監視記録に残った連中の動静を都市警邏隊に調査させるよう指示を送っておいた。あとは、彼等の領分に任せるだけ。とにかくは、まず己に与えられた特務の遂行に専念する。

 

 この第一生産都市に、ソリュシャン・イプシロン率いる隠密治安維持部隊が派遣された、その理由。

 

 それは、──

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 一方で。

 南方士族領域行きへの直通馬車に乗り込んだもうひとつの調査隊・ナタは、イズラと都市最南端の馬車乗場で別れた直後、思いがけない人物と再会していた。

 

「おや!? おやおや!?」

 

 水色の髪色に変化していた花の動像(フラワー・ゴーレム)たる少年兵は、その天真さ爛漫さから、同乗している老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)に好意的に見られていた。

 年経た人間の老婆に「元気な子だね」と褒められ、エルフの母の腕の中で泣き愚図る赤ん坊をあやして小さな笑顔を咲かせる少年の存在は、まったくの善意の塊にしか見えなかった上、事実、ナタは『裏表なく』『他人に優しい少年としての人格』を、創造主(カワウソ)から与えられていた。

 二階建て馬車は、上部が吹き抜け構造になっており、出入り口の階段から直接、そこに比較的巨躯の亜人などが座ることが多い。重厚な馬車は種々様々な魔導国臣民すべてに等しく利用されて然るべきもの。人間と亜人、そして異形が共存する都市地域では、特に珍しくもない車体構成が、この二階建て構造であったわけだ。

 ナタは、その馬車の最前列の席の切符にある番号に従って、自分の買い取った席に赴くまでの道中にある人々の厚意にまっすぐな愛嬌を振り撒いた直後、心底びっくりしたような声を張り上げる。

 

「これはこれは!! 奇遇ですな!!」

 

 そんな少年の驚き以上に、その人物は愕然としている。

 

「なんデ、オまえ……ソの髪は?」

 

 大風呂敷を太腿に乗せて最前列の右側席に大人しく座っていたのは、妖巨人(トロール)の巨体。

 ナタに完敗を喫し、賞金として稼いでいた金額の半金を供した修行者たる亜人の戦士が、驚愕に目を丸くし、奇妙な声音で訊ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




NPC製作用ガチャなどは、原作には登場していない、本作の独自設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。