オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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調査隊の裏で

/Flower Golem, Angel of Death …vol.04

 

 

 

 

 

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 主天使(ラファ)をはじめ花の動像(ナタ)死の天使(イズラ)、カワウソに従属するナザリックにとって未知のギルド構成員から成り立つ調査隊が、各領地や都市への調査に堂々と来訪──または完全な秘密裏に潜入を果たす前──夜明け近くの時間帯。

 

 

 

 ナザリック第五階層“氷河”にある御伽話の洋館──メルヘンチックな見た目に反して、内部は外よりも極低温の温度で訪問者の体力を奪い取る悪辣な館。その名は氷結牢獄──にて幽閉されている設定のNPCが、いる。

 

「ルチ。観測点A~G、定時動作確認」

「了解。動作確認……完了。七基の観測点は、転移鏡(エネミー)01の監視続行」

「02の方は?」

「こちらも、魔力は十分。沈黙の森の鏡のカメラH、I、Jも問題ありません」

 

 見目麗しい氷細工のような髪の乙女に頷くのは、大量の黒髪で美貌……だった表皮のない顔面を覆い尽くすNPC。

 情報収集などの調査系に特化した魔法詠唱者・ニグレド。

 彼女は、至高の御方のまとめ役であるところのアインズ・ウール・ゴウンの特別な計らいにより、“ナザリックの子どもたちを育てるため”などの特別な役儀においては、外に出ることを許されるようになっている。転移以前のユグドラシル時代に建立された二階建ての館は、凍てつく冷気によって、子どもらの養育や保護にはあまりにも向かないため、彼女は大好きな赤ん坊や子供らと触れ合うために、外に出ることが多くなったのだ。

 

 そして、現在。

 

 異世界に転移してより100年目の節目を迎えたナザリック地下大墳墓内で、彼女は新たに、重大な役儀を“二つ”も賜った。

 

 ひとつは、スレイン平野にて現れた、未知なるギルド拠点の監視任務。

 もうひとつは、それと並行して外の調査に赴いた堕天使率いる調査隊の動向把握。

 

 どちらも情報収集を得意とするニグレドが得意とする務めであることは、あまりにも明白。そして、彼女はナザリック内でも外からの監視や看破に強い防御力を発揮する深層──第十階層で共に監視任務と、緊急時の対応出動のため待機する各階層守護者たちに、自分がとらえた外の映像を──未知のプレイヤーと、自分たちに伍するやもしれない新勢力の行動を、新たに第五階層に建立されていた情報系魔法などへの防御対策を重ねている山小屋風のウッドハウス、通称・監視部屋の中から、リアルタイムで送り続けている。

 無論、いかに情報系魔法に特化したニグレドでも、24時間もぶっ通しで魔力を消耗しては、いつかは魔力が尽きる。それでは、有事の際に──敵が動いた瞬間に、不安が生じる。そのため、彼女の補佐として、新たにナザリック内で生まれた子供たち……異形の混血児(ハーフ・モンスター)の中でも、特に情報系魔法への適応力を示した子らを、ニグレドと同じく安全に情報収集を行うために教育教導を施されて久しい者たちを、彼女の新たな配下として迎え入れて久しい。

 

「ルチ。そろそろ休息に入りなさい」

「はい、ニグレド様。すぐにフェルと交代してきます」

 

 その中でもとりわけ優秀なのが、意外にもコキュートスの娘たちであった。他にも魔将の息子や娘などもいるが、彼女らはレベルとしてはとても素晴らしい位階に位置する。

 彼女たちは、幼少期よりニグレドという乳母役(ナニー)のもとで、あのマルコやユウゴ王太子殿下、さらにはデミウルゴスと紅蓮の愛娘である火蓮(かれん)と共に育った、第五階層守護者“凍河の支配者”コキュートスと、彼の配下であり親衛隊である六人の雪女郎(フロストヴァージン)の子どもたち──四男二女の内の二人であった。

 

 休息を命じられたルチは、立場で言えば第五階層守護者……つまり、この“氷河”の階層において最も強い統治権と影響力を持つ蟲王(ヴァーミンロード)の娘──ある意味、王女といっても差し支えないだろうが、彼女は妹と同様に、真実王女じみた高貴な(かんばせ)に、黒とアイスブルーの色が共存する髪を肩に触れる程度の長さで飾っている。純白の着物に不吉なほど映える肌色の青白さを考えても、大抵の男が劣情を催して当然の柔和な笑みが、女の最たる魅力として煌いていた。

 一見すると、数多の人間の男を虜にしてやまない美貌の姫は、だが、その半身は異形の混血児そのものというべき造形の極致に、ある。

 愛情豊かな母性の美貌に、肉欲をそそられて当然の膨らみを乳房に宿す女の上半身とは対照的に、その下半身……鼠径部のあたりから下は、父である蟲王(ヴァーミンロード)の巨躯を思わせる蒼銀の巨大な甲虫のそれに覆われていた。乙女の太腿が、爬行する甲虫の頭部から下へ埋もれている具合と見える。六本の氷の脚先は鋭利な鉤爪状になっており、触れただけで生き物の柔肌を切り裂きかねない輝きを放つ。甲虫の背には内部に折り畳まれた透明な(ハネ)が格納されており、短時間なら単独飛行することも可能である。

 まさに蟲の王女ともいうべき長女は、異母妹・フェルと共に、ナザリックを守るための尊くも気高い己の役目に準じることを良しとする、理想の同胞(はらから)として受け入れられて久しい。

 

「呼んだ、お(ねぇ)?」

 

 ちょうど、その時。

 監視部屋の扉を開けて現れた女は、異母姉であるルチとは、これまた違った異形ぶりである。

 まず、下半身は母である雪女郎同様、普通の人間然としており、肉感的な太腿の線があまりにも煽情的だ。それだけでも完全に姉妹二人の決定的な身体的差異を物語っているが、上半身の造りもまた違っていた。姉同様に豊満な胸元を開け広げた丈の短い純白の着物で巧みに着飾っているが、肩当たりから先の生地は存在しない。理由は、その腕の数にある。通常人類であれば一本ずつ腕が伸びるそこからは、左三本に右三本──合わせて六本の腕が飛び出しており、そのどれもが様々な動作をして女の気の向くままに動いている。ノースリーブの和服から剥き出す青白い女の腕は、歩くように振るわれるものもあれば、大きな乳房を支えるように腹のあたりで組むものもあるし、左右の腰に括りつけた六刀の柄に這わせているものまである。

 さらに、特徴的なのは、その顔。ベリーショートに切り揃えられた髪は姉のそれと似た色合いであり、兄弟姉妹全員に共通するカラーリングだ。身長に比して明らかに小顔な、いたずらっ子のごとく微笑む美女の面には、黒く閃く美しい女の瞳が複眼のように六つも並んでおり、驚異的な動体視力と全周知覚を得ている。魔法に対する理解を得ながらも、純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)たる姉とは違い、フェルは戦士や剣士としての才覚にも恵まれていた。父たるコキュートスや兄たちには及ばないまでも、外の一般臣民程度では太刀打ちできない剣の使い手でありつつ、剣技の内へ巧みに魔法を取り入れた“魔法戦士”として、直属の上官たるニグレドの護衛役としての務めに励みつつ、コキュートスの末の娘は日々鍛錬に勤しんでいる。

 

「あら。相変わらず時間ぴったりね、フェル」

「当然です、ニグレド様。アインズ様と御父様より戴いた重大任務に遅れるとか」

 

 ありえない。姉妹の声が共鳴する。

 妹は、微笑む姉に甘えるようにして、彼女の下半身たる甲虫の背中に身を預ける。

 

「ハァ~。お(ねぇ)の体温ホント最高~♪」

「ああ、もう。こらこら」

 

 慣れた様子で戯れ、零度以下に冷え切った氷蟲の宝石のごとき身体に頬ずりする妹の身を、姉は軽く(たしな)めながら撫でて受け入れ、そして手頃な頃に引き離す。猫の仔のように摘まみ上げられ宙に浮く妹は、決して軽い体重ではない。それを片手の握力腕力で摘まむルチの膂力は、彼女もまたれっきとした異形の系譜であることの証明であった。

 そんな二人の遣り取りに微笑みつつ、二人の現上官の立場として、ナザリックでも最高峰に位置する監視者は笑みを交え、嘆息を漏らす。

 

「いけませんよ? 今は任務中なのだから、遊ぶのは二人が休息をいただいた時になさい?」

「わかってますよ、ニグレド様」六つの複眼を微笑ませるフェル。「でも、最近は家族皆で氷風呂もできてないし……御父様の背中も洗えてないし」

 

 しようがないとわかっている。そうすねたように頬を膨らませる妹の頭を、姉は白魚のような指先で宝物のように撫でて労わる。

 一人でお風呂を愉しむこともできなくはないが、妹は第十階層などに詰めっぱなしとなり、ろくに大白球(スノーボールアース)に帰参できていない父との入浴が、昔から好きだった。無論、ルチも。

 氷を抱いて水風呂を愉しむ一家にとって、父であるコキュートスの極寒の体温を抱いて抱かれている時というのは、この世に生を受けてよりずっと続く、かけがえのない嗜好の一種である。それと並行して、冷気のオーラを強弱様々発揮できる父母兄弟姉妹全員で風呂を愉しむのを日常としていた。これと同じくらい重大なことは、ナザリックや同胞への礼節と、アインズ・ウール・ゴウンその人への忠誠……あとは、とある殿方との色恋ぐらいしかない。

 だが、彼女たちの心情や趣味よりも、今は任務の方が重大である。

 

「それで──連中に新たな動きは?」

 

 フェルは姉妹のスキンシップから一転して、己の役儀に入魂する。

 ナザリックを、同胞を、アインズ・ウール・ゴウンという絶対支配者を守護する一助となるべく、オンオフをキッチリ分けて、複眼複腕の美女は任務に励む。

 

「現状は、特段の変化はなしね」そう説明するニグレド。

「昨日。日付けが変わる前、新たに設けられた鏡の方に獣が護衛役として配備され、最初に現れた鏡の方は、連中のNPCらしい影が常に二体ずつ侍っている状況から、変わったことはないわ」そう続けるルチ。

 

 監視部屋であるここには、いくつもの水晶の画面が壁一面に大小さまざま設置されているが、これは魔法で造り出したものではなく、魔導国内で生産されている最高級の水晶板を、モニター用のマジックアイテムとして利用しているもの。然るべき魔法を込めることで、監視者であるニグレドなどが遠見した光景を映し出し、記録することも容易に可能とする観測システムであった。

 わざわざ〈水晶の画面〉を発動するよりも魔力のコストは抑えられる。おかげで、ニグレドは同時並列的に二ヶ所の地点を様々な角度で覗き見し、千里を見渡す魔法で見抜いた事柄を他へと伝達する役儀に邁進できた。これもひとえに、魔導王の国がそれだけのアイテムを生産する能力を獲得してくれたことで可となった事実を思えば、御方の国策には間違いなどどこにも存在しないと言わざるを得まい。

 

 ニグレドたちは、映像を注視する。

 

 

 

 ほんの三日前のことだ。

 外の、この大陸に存在する中でも、最重要観測点として日夜問わず監視任務を敷かれていたスレイン平野……そこに、突如として現れた妙な転移門の鏡と、その鏡から現れた天使(エンジェル)系統と思しき翼と輪を備えたNPCたち。

 それらを使って、周辺状況の確認に勤しみ始めた堕天使──ユグドラシルプレイヤーが現れたのだ。

 それほどのものを、転移直後から存分に観測できたことは偶然でしかないが、あるいはアインズならば、「これぐらいのことを予見しており、故に、あの地を見張らせていたのでは?」と囁かれるのは無理からぬ快挙であった。それを思えば、あれがあそこに配置されたことも納得というもの。シャルティアと共に、その功績を認められた当時の当直監視者というのが、ここにいるコキュートスの娘たちだったのだ。

 

 100年後の異世界に転移してきた、未知なる強者。

 

 ナザリックに住まう全存在(シモベ)たちが忠節と礼拝を尽くすべきアインズ・ウール・ゴウンその人が警戒してやまぬ、外の存在。

 あの信託統治者──純粋な現地勢力において“最強”と謳われるツアーより語られてからずっと危惧されてきた、ユグドラシルの存在の100年周期に及ぶ転移問題。

 アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓が転移する以前の時代からたびたび世界に擾乱(じょうらん)を、混沌を、あるいは発展を、さらには新たな伝説や神話をもたらし続けてきた、異世界からの客人(まろうど)たち。

 200年あらため300年前の十三英雄。そして、それ以前の八欲王。さらには六大神……他にも様々な人間や亜人や異形の国家や風土に溶け込んだ伝承や英雄譚、神々の物語というのは、その大半に“ユグドラシルの影”を感じさせるものばかりが存在する。

 

 そして、この異世界にナザリック地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウンが転移してより、100年後の現在。

 

 ツアーに聞かされていたアインズが予期していた通りに現れた、ユグドラシルの存在たち。

 その存在たちを一早く把握し、対応策に乗り出すことができたことは僥倖と言うべきだろうが、未だに油断ならない状況状態は継続されている。

 アインズ・ウール・ゴウンその人は、昨夜、その未知なるユグドラシルプレイヤー……堕天使のカワウソと接触すべく、ナザリックを離れ、飛竜騎兵の領地に赴いた連中の首魁と、あろうことか接触する機会を窺うべく最低限の護衛・従者・供回りを務める二重の影(ドッペルゲンガー)孫娘(エルピス)を連れて、果敢にも乗り込んでいってしまわれたのだ。

 万に一つの手抜かりもあってはならない。

 御身の危地にはすぐに馳せ参じることができるよう、守護者たちがこのナザリック内に控え、有事の際にはすぐにでも御身の安全と、敵対者となった者らを撃滅できるだけの戦力と戦略を保って久しい時が流れている。

 そのために、ニグレドを代表する観測班・監視者たちの役儀というのは、あの未知の存在たちの頭を抑えつける上で、最も重要な役割を担っているといっても過言にはならない。

 しかしながら、ナザリック内でニグレドほどの情報系に特化したシモベというのは、あまりも稀少な存在だ。ほとんど絶無と言っても良い。たとえナザリック内で最強に近い能力を与えられた階層守護者たちであろうとも、こと情報収集や魔法的手段による調査系任務となると、完全適応できる個体はいない。だが、ニグレドただ一人のみに単独で24時間監視を行えるだけのスペックを要求するわけにもいかないのは必定の事実。魔力譲渡を行えるペストーニャやルプスレギナをつけたとしても、いつかは限界が来るし、あるいは不測の事態でニグレドを欠いた状態になれば、監視手段は大幅に削減されることに。

 そこで、活躍することになるのが、アインズが軍拡の一環として推し進めてきたNPC同士による交配──愛を深め、婚姻を結び、新たな命を生み育むための事業を導入したことでナザリック内に誕生した“異形の混血児(ハーフ・モンスター)”たちであった。

 

 ギルド拠点ポイントに基づいて創られたNPCたちでは、こうはいかない。

 彼等NPCのレベル……強さは、創造された際のものとまったく同じ数値を維持しており、レベルアップに必要な経験値の増減は発生しない。死んで復活しても復活前のレベルは維持されるが、それ以上の数値へとアップしないことは、この100年の時間で確定情報と化した。

 

 だが、彼等NPCが交雑し、生殖し、産出することになった“子ども”においては、そういった制約からは除外される。

 子どもたちは自分たちの力量を高め、「レベルアップできる」ことが確認されていた。

 

 異世界に転移したことで、この異世界で「新たに生まれ落ちた子」という存在故か、彼等は独自の進化や能力を獲得し、混血種(ハーフ)などの新たな(くく)りを得て、その身に宿る才覚や力量──レベルアップを遂げることを可能にした。

 しかし、不老長命を誇る異形種は、子を宿し残す意義が薄い。

 そのため、ナザリック内で生まれた子供たちというのはこの100年でざっと1000体規模に収まっており、魔導国内・大陸に存在する臣民の繁殖速度と比べれば、圧倒的に少ない印象を受ける。

 だが、彼等は少数精鋭。

 外の有象無象は、100年前は英雄クラス──Lv.30前後が限界値とされているが、ナザリック内で生まれた子のほとんどは、その倍の強さ──Lv.60を超える力を獲得。王太子殿下などの一部例外……Lv.100同士の子については、両親の力量に近いレベル帯にも迫っている。

 さらに、珍重されるべきは、ユグドラシルの存在と現地の──異世界の存在との交配によって生まれた子供には、一定の率でこの世界独自の法則“生まれもっての異能(タレント)”を獲得することが確認されており、セバス(NPC)ツアレ(現地人)の娘であるマルコ・チャンの“空中浮遊”などがその最たる代表例となっており、アインズが見初(みそ)めた、現地人の魔法詠唱者(マジックキャスター)の魔王妃──とある『術師(スペルキャスター)』との間に生まれた娘についても、珍しい異能(タレント)が付与されていることは、ナザリック内で知らぬ者はいないほどである。

 

 

 

 そうして新たにナザリックのシモベの列に加わり、至高の御身たるアインズ・ウール・ゴウンに忠節を尽くす(ともがら)としての喜びを等しく分かち合う混血種(こども)たちは、映像の中にひとつの変化が生じたのを見逃さない。

 

「……あれは? ニグレド様、平野の鏡を!」

 

 フェルが六本の腕の内のひとつを伸ばした。

 ニグレドも即座に言われた位置の鏡を最大画面に複数角度からの映像として投影する。

 

「どうやら、見張り兼拠点防衛の交代ね」

 

 自分たちもそうであるように、奴等も適当な時間経過ごとに休息のための交代制を導入しているようだ。

 交代しかけていたルチが妹と共に興味深げな眼差しを送るように、ニグレドもその映像を見据えずにはいられない。

 鏡が増設されてから、ずっと平野の鏡を防衛するように配置されていた巨兵と僧兵が、鏡の奥に溶け込んでいく。

 それと入れ替わるように鏡から現れた影は、先の二人とは全く違う造形の天使たち。

 

 焔を先端部に宿す杖を握った、ローブ姿に片眼鏡(モノクル)が特徴の魔法詠唱者。

 そして、

 さらに、もう一体。

 

「あれって、赤ん坊? ……ですよね?」

「ええ。あれも連中の衛兵の一人のようね」

 

 ニグレドは言いのける。

 転移初日から、様々な天使と思しきNPCが、周辺状況の調査のために出入りを繰り返していた。

 そのため、連中の戦力となるだろう存在の姿形は、ニグレドたちには十分把握されていたが、さすがに調査以外の“防衛”という明確な役割を期して配備されていることだけは、昨日の夜からの観察と監視のおかげで判断はついている。

 周辺の土地を掘り返したり、石や土を──草花や湖の水を採取したりという調査活動は、ある一定の段階から、ぱったりと途絶えていた。

 

 連中の首魁だろう醜悪な堕天使が、この世界の現地人たる飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)の乙女を救出し、死の騎士(デスナイト)たちを輝く刃で消滅させた、あの時から。

 

 おそらく。奴はそこで、この異世界の情報──アインズ・ウール・ゴウン魔導国についての話をいくらか入手し、飛竜騎兵の求めに応じて行動を共にしつつ、拠点に残してきたNPCたちを待機させておいた。そうして、自分たちの状況を把握し、涙ぐましい対策に乗り出すべく、拠点出入口の増設と、その防衛任務を新たに与えたと──そんなところか。

 だとしても。

 

「まさか、あんな赤ん坊まで兵力に数えられるものなの?」

 

 フェルは六つの眼と手を様々な形にしながら思案にふける。

 現れた赤ん坊というのは、先に現れた明るい髪色の魔法詠唱者に比べれば、圧倒的に貧弱に見える。手指は小さく、脚も(いとけな)い。

 金色の髪が一房だけ眉間を覆う天使の面には、不釣り合いなほど黒いサングラスが飾られており、その奥の視線や瞳の色は窺い知れず。装備されている銃火器類──マシンガンやスナイパーライフルは、魔導国内でも一般生産ラインに乗せられていない希少な部類のアイテム・兵器であることを考慮しても、その存在感は矮小(わいしょう)に見えた。

 パタパタと空をはばたく小さな翼も、同胞である魔法詠唱者の左背中から二枚伸びるそれに比べれば、まるで羽根ペンのようにさえ思われるほどに薄すぎる。

 

「連中の雑兵(ぞうひょう)でしょうか? それにしても、あの見た目はいかにも脆弱に思えますが」

 

 休息に入るのを忘れた姉も、フェルの意見に賛同してしまう──だが。

 

「見た目で強さは量れない」

 

 ニグレドは黒髪に隠された唇で、ぴしゃりと言いのける。

 

「あなた達の父上──コキュートスの盟友を、思い出してごらんなさい」

 

 言われた二人は浅はかな思考に(はし)った(おのれ)を恥じた。

 それこそ、第二階層の“黒棺(ブラックカプセル)”の領域守護者は体長僅か30センチ程度の蟲の見た目。しかし、その身に与えられた“眷属無限召喚”の能力は、完全にレベルが上であるLv.60代のルチやフェルをしても脅威的だ。蟲種族が半分混じっている二人は、ゴキブリの見た目に恐怖など懐かず、むしろ親しみやすさすら感じさえするが、あの黒い津波に呑み込まれることはあまりにも面倒極まる。それに二人は理解不能なのだが、アルベドやシャルティア、アウラなどの女性守護者たちは、レベルが三分の一以下の昆虫の森祭司(インセクト・ドルイド)に恐れをなして、まともに相対することも少ない。

 

「申し訳ありません。ニグレド様」

「あまりにも浅慮な発言でした。平に御容赦を」

 

 表皮の剥かれた美女の細面で、ニグレドは淡く微笑む。

 

「まぁ。わからなくはないわ。あんなモノが私たちの敵になるやもなんて、考えにくいことこの上ないものね」

 

 表皮の存在しない顔であるが、そこに存在する慈母のごとき表情を、二人は(あやま)つことなく読み取ってくれる。

 ナザリックの監視者は考える。

 ──あるいは、あの天使の外見は、彼女らのような監視者の意識を弛緩させるためのものだろうか。

 それに、ニグレドは個人的な趣向というか──赤ん坊というものには強い関心や興味をひかれてならない傾向にある。自分に与えられた幽閉所にして生活拠点の一室にある腐肉赤子(キャリオンベイビー)は、創造主タブラ・スマラグディナより与えられた大事な子供たち(モンスター)である上、彼女は設定上、赤ん坊という対象を追い求める狂乱の未亡人として、侵入者を手にした(ハサミ)で滅多刺しにする存在。

 だから、連中の中で唯一的に赤ん坊の姿をさらけ出す矮躯(わいく)の天使には、一言では言い表せない感情を懐いてならなかった。

 かつて、人間の国の子どもたちがナザリックに連行され、その幼子たちの助命をニグレドはペストーニャと共に懇願し、謹慎処分を言い渡された過去もある。

 

「あれも護衛役ならば、それなりのレベルは備えていて当然──」

 

 あんな弱そうな見た目で、ただの人間の子どもに多少のアレンジが加えられた程度の外装で、──「まさか」と思うのはむしろ必然だろう。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように、ニグレドは映像内の赤ん坊の様子に注目してしまう。

 遠隔地からの透視では、詳細なレベル測定などは難しいが、こうして「ただ様子を見続ける程度」ならば、特に問題などない。

 赤ん坊は浮遊する鏡の後方に陣取り、大地にオムツの尻を預け、手中にある銃器の点検を開始。

 鏡の正面に居座り、杖を片手に何やら色々と身を振り動かす魔法使いの男は、フェルに任せた。

 

「それじゃあ、私はお先に休息させていただきます」

「ええ。お疲れ様、ルチ」

「お疲れぇ、お姉!」

 

 ルチが甲虫の(あし)で部屋を辞していこうと準備するのを、残される監視役たちは手を振って見送る。

 ニグレドは、赤ん坊の姿に視線を注ぐ。

 その時、つい──ちょっとした気まぐれで、──二人が弱そうと評してならなかったNPCの様子を、──その赤ん坊の細部まで見透かそうと、──手中にある銃身や弾丸から何らかの情報を読めないか、──あるいは赤ん坊という庇護対象が自分たちの敵になるのかもしれないことに憐れを覚えたのか、──または別の要因でか……ニグレドは監視の目を、赤ん坊に対して集約し、段階的にズームアップしていく。

 

 徐々に、徐々に赤ん坊の姿が、鮮明になる。

 手元でいじられる黒い銃身に視線を注ぐ赤ん坊の顔。

 大画面に、乳児の産毛まで見透かせそうなほど映し出された──瞬間。

 

 

 ギロリ

 

 

 と、赤ん坊のサングラス越しの視線──黄金の瞳が、宙を、ニグレドの監視の視線を、睨み返した。

 

「なっ、に!」

 

 咄嗟のことで、監視の目を閉ざす。

 

「ニグレド様!?」

 

 たまらずルチとフェルが、仰け反った勢いで尻餅をついた上官を助け起こす。

 

「ど、どうされたのです!?」

「まさか連中から攻撃を?!」

 

 あまりの珍事に二人は青白い表情(かお)をさらに蒼褪(あおざ)めさせる。

 魔法で防御とニグレドの状態把握を試みるルチ。

 義憤に駆られ激昂の眼差しを赤子に向けるフェル。

 だが、ニグレドは「……なんでもない」としか言いようが、ない。

 ナザリックにおいて最高の監視者は、特段ダメージを受けた感じはなかった。特殊技術(スキル)や魔法の反撃手段(カウンター)、ギルド拠点そのものにあるトラップ攻撃や警告の気配は──皆無。監視部屋の内部は、これといった変化はない。

 それが恐ろしい(・・・・・・・)

 ニグレドは呼吸を整え、最優先に確認すべきことを訊ねる。

 

「フェル。監視状況、は?」

「監視網は……正常です。……けれど、いったい何が?」

 

 上官は頭を大きく振った。得体の知れない心臓の鼓動がやけに耳について痛いほどだ。

 ニグレドは深呼吸を繰り返し、自分の状態が正常なものであること……各種状態異常(バッドステータス)体力(HP)へのダメージ、さらには追跡や探査の気配がない事実をあらためて確認しつつ、フェルが見つめてくれている監視状態を、即座にさがらせる。最低限、奴等の行動は把握できる位置取りにまで。

 しかし。

 その間にも。

 奴等は、天使たちは、特に何の変化も、見られない。

 ニグレドの監視がバレた……わけではなかった、のか?

 これまでにないほど至近で見つめた赤ん坊は、まるで先ほどの視線が、稲光のように強烈な眼光が、すべて嘘のように、自分の装備の点検に御執心だった。反対側で杖を掲げ、何やらクルクル回ったり跳ねたりしている魔法使いも、特に変化はない。

 

「気づかれたわけでは──なさそうですが?」

 

 

 だとしても、用心するに越したことはなかった。

 

「現在の監視を一時中断、監視観測点を後退させるわ」

 

 そんなと抗弁する二人を、ニグレドは落ち着いた語調で宥めた。

 

「最低限、必要な距離を維持して。それ以上の監視はなりません」

 

 万が一にも、我々の存在は向こうに知られてはならない。気取られてはならない。

 けれど、監視は継続させねばならない。

 ならば、ニグレドたちが取れる行動は、今言った通りのものしかなかった。

 あの天使……赤ん坊に近づくのは危険と思われる。

 仮説だが。

 おそらく連中(アレ)の能力は、ニグレドを──高レベルの魔法詠唱者を超越する位階──Lv.100か、それに準じるのやも。

 

「最低限の距離を保ちつつ、様子を見るわ。私の監視に気づいたにしては、あまりにも動きがなさすぎる」

「……確かに」

「そうですね」

 

 たとえば。

 監視に気づいた瞬間に、反撃用の爆撃魔法がここで炸裂する様子は、ない。

 もしくは。

 奴等の拠点内では反撃準備に勤しんでおり、あの二体はそれを覚らせないために芝居を打っているのかも。

 だが、どれも確信はない。

 時間差で反撃が飛んでくる可能性もあるにはある。だが、それだとニグレドが気づけないはずがない。というか、赤子の天使がまったくの偶然で、ニグレドの視線と目が合っただけなのかも。むしろ、その可能性の方が今のところ高いはず。

 だとすると、報告の必要性は薄い。

 

「今はとにかく、様子を見なければならないわ」

 

 ただの勘違いや気のせいで、連中の能力を過大評価するというのは、正しい対応とは言えない。過小評価もダメだ。連中の動静を把握しつつ、何かしら有益な情報を勝ち取ることが、今後のナザリックの、ひいてはアインズの利益となるはず。

 ルチとフェルは、上官の有無を言わさぬ口調に首肯する。

 

「承知しました」

「ですが、ニグレド様は?」

「緊急時の対応マニュアルに従うわ。万が一にも、奴らの反撃を(こうむ)った際に──標的になりえるのは、理論的には私だけのはず。私は迎撃の用意を」

 

 二人には申し訳なくも、しばらく監視の目を引き継がせることになる。

 それを承服せねばならない──だが、よく(わきま)えていると言わんばかりに笑みを送る部下の二人に後事を任せ、ニグレドは万が一に備えて、自分が発動し得る反撃の反撃(カウンター・カウンター)を用意。これで、連中の先制攻撃を無効にし、より早くこちらの攻撃が連中の頭上に跳ね返ることに。一応、監視部屋の地下にある反撃対応用の小部屋に籠って、様子をうかがわねば。ここでなら、ニグレドがやられる可能性は劇的に低くなる。

 連中の動向は、ルチとフェルたちが最低限代行してくれる。

 ニグレドは後顧の憂いなく、連中との開戦の狼煙になるやも知れない一撃を警戒した。

 

 

 

 だが、ニグレドたちの危惧は、まったくの杞憂に過ぎなかった。

 

 数分、数十分、数時間、一日が経過しても、ニグレドは勿論、ナザリックに対し、いかなる反撃の気配も落ちることは、なかった。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 それもそのはず。

 天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のNPC──ニグレドが空間を超えて監視の目を近づけていた存在たる赤ん坊──クピドは、彼女の存在を的確に把握したわけではなかった。

 赤ん坊は頭上を見上げ、少し首を傾ぐ。

 

「どうかされましたか、クピド?」

 

 鏡の前でクルクル舞ってポージングしつつ、何やら詠唱の長文(ユグドラシルには不要な、しかし、彼に与えられた設定の通り)を唱えていたギルド最高火力を誇る魔法詠唱者(マジックキャスター)にして魔術師(メイジ)──種族としては下位の天使である大天使(アークエンジェル)の男は、同族である愛の天使(キューピッド)の様子を気にかける。

 

「いやぁ?」赤ん坊はひどくタメた渋い口調で言いのけた。「気のせいだなぁ」

 

 クピドは夜が明けそうな空を眺めて、言い終える。

 直感的に、何だか、何処からか、誰かの視線を感じた──気がした。

 だから、その方向に意識を向けた。

 だが、そちらには、何もない。

 何もない──星と、雲しか見えぬ空から、視線を下げる。

 茫漠とした、何の生命も感じない平野の様が見渡せるだけだった。

 

 気のせいとしか思えぬほど、拠点の周囲には何も存在しない。

 

 

 

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)が保有する十二体のLv.100NPC──クピドという赤子の天使に与えられた職業(クラス)レベル、兵士(ソルジャー)上級兵士(ハイ・ソルジャー)には、“兵士の勘”という特殊技術(スキル)が存在する。

 この特殊技術(スキル)は、戦いにおいて自分に有利な状況を読み取る──ゲームだと、〈直感(イントゥイション)〉〈敵知覚(センス・エネミー)〉〈感知増幅(センサー・ブースト)〉〈致命傷率向上(クリティカルヒット・アップ)〉などに近い効果を発動者に与えるものだ。

 自分にヘイトを向ける敵対象への知覚力を上昇させ、敵に対して致命的な攻撃を加えやすくなる“勘”が働くようになる。

 クピドはそれによって、自分を敵視する存在をいち早く察知し、より確実に撃滅することを可能にしている、優秀な“兵隊”として創造された経緯があった。

 おまけに、彼は〈転移〉関係の魔法に長じる特殊な職業(クラス)も与えられており、それと併用することで、空間を超越した存在──魔法的な監視に対する知覚力も飛び抜けていた。他の天使の澱のNPCでは、些少の違和感を覚えることも不可能であった。それだけ、彼等を監視していたニグレドたちの手腕は完璧であった。

 だが、そんな彼をしても、ナザリック最高位の監視役から向けられる調査系魔法を、巧妙に隠匿された監視の目を、完全に把握することはできなかった。これはひとえに、ニグレドの能力もまた、彼の知覚力を大幅に超えていたことの証明であり、両者の均衡は危ういバランスを取ったまま、どちらにもふれない天秤(てんびん)のように拮抗してしまっただけなのだ。

 

 両者は互いが互いの状況を知ることなく、互いの知り得る情報に従い、互いに与えられた命令のまま、最善最優の判断を下していた。

 これ以上の処置も対応も、現状においては不可能だった。

 あるいは、ニグレドがさらに調査を強行していたならば、さすがにクピドの空間把握力や敵意知覚力に、明確な影を落としていたかもしれないが、ニグレドの慎重を期した対応は、完全にクピドの知覚できる範囲から遠ざかってしまっていた。

 おかげで、ニグレドたちも監視がバレたわけではないと、24時間後に確信することになる。

 

 

 

 共に鏡の護衛役に選ばれ、即座に敵へと対処できるように『魔法を撃つ時のカッコいいポーズ』を真剣に考えつつ、周辺状況──攻撃魔法や飛び道具などの襲来を正確に魔法と装備で見透かす魔法使いの天使──ウリが訊ねる。

 

「ふむ。一応、我等が創造主──カワウソ様に御奏上してみますか? 愛欲の使者たる我が同胞(はらから)よ?」

 

 何やら小難しい、片眼鏡(モノクル)を装備する知的な魔法使いに与えられた設定通りの『厨二な丁寧口調』で軽く進言されたクピドは、彼の行動を不審に思うでもなく、首がすわって間もなさそうな赤子の首を、ゆったりと横に振った。

 

「──いいやぁ。単なる気のせいだろぉ」

 

 クピドは結論を述べる。

 こんな情報を彼に与えても、ただでさえ危うそうな堕天使(カワウソ)の心労がマッハになる。

 主人が至っている状況を考えれば、あまりにも不明確な情報を与えるのはリスクしか生まない。

 それこそ、カワウソに余計な情報ばかりを集積させたところで、今の彼には負担にしかならないのだ。

 この未知の異世界に転移した直後。

 ミカというNPCの代表に回復されなければ、立ち上がることすら満足に出来なかった主人の姿が脳裏を(よぎ)る。

 

 故にクピドは、転移して三日目の本日11時、彼の(もと)まで荷物を届けるべく転移した際にも、この時の感覚を伝えることはなかった。ありえなかった。

 

『問題らしい問題は、ないなぁ』

 

 それは確実な情報であり、どうしようもないほど純粋な、クピドの優しさが結論させた事実であった。

 目に見える問題など、一点もない。

 スレイン平野は静謐と平穏を保っている。

 彼等が知り得る危機も、明確極まる敵影も、いまだ存在しない。

 

「ところで、ウリよぉ」

「はい。何用でしょうか?」

「たとえば何だがぁ。おまえの広範囲殲滅魔法──あれをこの異世界で発動したら、どんな塩梅(あんばい)になると思うよぉ?」

「ふむ。それは我も気になっている実験項目でありますが……」

 

 ウリは炎を散らす杖を器用に三回転させてみる。

 

「今のところ、我等が主人からの実験許可は下りていない。が、しかし、堕天使にして聖騎士であられる彼の力量で、マアトが言うほどの破壊を完遂できたことを考えれば」

 

 率直に言って、山のひとつやふたつは砕ける、はず。

 

「じゃあ仮に……仮にだがぁ。この平野を魔導国の軍が包囲し、全方位からアンデッドの軍が侵攻してきたとしたらぁ?」

「ふむ──問題なく殲滅できるでしょうね。私自身、魔力の消耗を考慮せず、魔法と特殊技術(スキル)を出し惜しみなしに繰り出せば……ですが」

 

 与えられた設定の口調を忘れ、ウリは与えられた戦略的思索を、それを提唱してきた同輩の背中に問いかける。

 

「なんでまた、そんな恐ろしい話を?」

 

 クピドは「可能性の話だぁ」と言って受け流す。

 二人は共に遠距離に滅法強いレベル構成だ。こうして警戒さえしていれば、少なくともスレイン平野一帯に進入する存在は……高度な隠蔽でもなされていない限り、感知は可能。日が高くなる時間帯を迎え、幻術を張って防御を施しているとは言え、どんな手合いが自分たちの拠点に気づき、近づいてくるのか知れたものじゃない。

 それこそ、カワウソが救出した憐れな逃亡者のように、やんごとなき事情で、この付近を通りかかる魔導国の臣民が居ても、何の不思議もないのだ。

 最悪なのは、魔導国に自分たちが討伐対象に見据えられ、恒常的かつ大量に保持しているらしいアンデッドの軍勢に来襲される可能性。今のところにおいては、そういう気配は絶無と言って良い。だが、その時が来たら、間違いなく自分たち二人の力が真っ先に必要になるだろう。

 気を引き締めておかねば。

 思い、手中にあるライフルの銃身に歪みがないかどうか、念入りに確かめておく。

『兵隊は常に、自分の兵装の管理を怠らない』──そう主人によって定められているクピド。

 

 

 

 愛の天使(クピド)大天使(ウリ)は、自分達なりの方法で時間を潰しつつ、何か問題がやってこないか警戒を強めていく。

 

 

 

 ──問題は、問題が目に見えないところに、巧みに潜んでいることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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