オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
「黒髪黒目の人が一般的」書籍2巻、ペテルが言及
「“刀”の流れてくる土地」書籍3巻、ブレインが手に入れた武器
「八欲王の残した、砂漠の中にある浮遊都市」書籍4巻、アインズがアルベドに説明
「“
「服の一種で、スーツなる物」書籍6巻、イビルアイがデミ……ヤルダバオトの姿を見て
「八欲王が唯一残した都市・エリュエンティウ」書籍7巻、帝国魔法省の地下で
くらいだったでしょうか?
/Flower Golem, Angel of Death …vol.05
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水色の髪の少年は、二階席の
「いやぁ、素晴らしい
二階から見下ろせる馬車の動力源たちは、実に働き者ばかりだ。足並みを揃える巨大な鉄馬は、アンデッドの
だが、ナタという少年には、彼等が何らかの意気込みを──矜持を──誇りをもって、自らに与えられた役務に邁進し注力しているように感じさえする。
ナタも同じ
その中でも極めて珍しい“花の”
たいていの
あるいは、この魔導国──アインズ・ウール・ゴウンの麾下には、そういう珍しいタイプもあるのか、ナタは大いに気にかかってならない。
「
ナタは奇妙なイントネーションを発する彼に振り返る。
「珍しいというわけではありません!! ただ、自分は彼等のような存在が大好きだというだけです!!」
少年の振り返った先で、
変わった奴だと肩を竦める巨躯の亜人は、とりあえず自分の隣の席……彼の巨体だと席を二つ占領しており、三列連結タイプの席の窓際一席が空いていた……に、少年を座らせる。
「アンまりはしゃいデ、落ちテも知らんカラナ?」
「ありがとうございます!! が、心配ご無用!! 自分であれば、ここから落ちても大した損傷にはなりませぬので!!」
誇るように告げる少年は、近接戦闘職に重きを置いた、ギルド最高峰の格闘戦タイプ。たとえ、二階席の高さから街道の黒い石畳に転落しても、すぐさま大地を蹴り跳ねて、突き進む馬車に舞い戻ることは容易にすぎる。
「まぁ、ソレもそうカ?」
「ところで、オまエ。その髪、本当にどウシたんダよ?」
「企業秘密であります!!」
馬車の隣席という感じで再会した時より一貫して、ナタはそう言って答えをはぐらかしていた。
最初こそ、見知ってしまった少年の変貌──湖底を思わせる蒼色が、今は清らかな湖面を思わせる水色に変じていた姿を疑問視していた
「おまエ、南方に何ノ用だ? 知リ合いでもイるノか?」
「いいえ!! ただ行きたいから行くのです!! いけませんか!?」
「……イイやァ?」
そう強く主張されては何とも言い難いらしく、
「それにしても!! この二階建ての馬車、素晴らしい!!」
ナタは感想を述べる。
オープンカーのごとく天井が解放され、見晴らしがよいのもそうだが、魔法の力によってだろうか、吹き付ける風が強すぎて身が冷えるということはない。車体の揺れも驚くほど少なく、搭乗者への配慮がこれでもかというほどに施されているのは、驚嘆して当然の魔法技術──なのだが、
「そウか? こレくらい普通だロ?」
いかんせん、100年後の魔導国では一般に普及し尽くした魔法の馬車は、あまりにもあたりまえ過ぎた。震動は整備された街道の均一度も影響しているが、馬車自体に重量軽減や振動を抑制する魔法が込められており、乗り心地は抜群。おまけに、外気にさらされながら車内の温度を一定の状態に留めることも可能という性能は、100年前にも存在しなかった魔法技術だろう。リクライニングまでも完備されたシートは、巨大な亜人でも座れるように、二席や三席を合体させることも出来るという機能性にも溢れていた。(無論、その分の代金は請求される)。
この馬車と似通った規格のものが、大小さまざま──公共交通機関用から、都市内個人搭乗用に至るまで、種々様々なものが生産・供給されて久しく、ナタが感じるほどの新鮮な驚きなどとは、臣民には無縁なレベルにさえ常識化されていたのだ。
ナタは隣席者の主張から、「これは普通」という情報を得ていく。
カワウソに与えられた任務内容を思えば、どんな
「とんでもない!! 自分は本気で!! この馬車は良いものだと判断できます!!」
言って、彼は自分たちの後方席にまばらに座り、風景を愉しむ乗客たちを眺めた。
誰の顔にも──人間にも亜人にも──快適な移動手段を供し、旅の安全を守る馬車への信頼と安心ぶりが見て取れ、ナタをしても心温まる光景だと認識され得た。人間と
実に、よい国だ。
花の動像は、本気でそう実感していたし、その事実に反感を懐くこともない。
アインズ・ウール・ゴウンが敵であるという事実は間違いないが、それがそのまま=暗君になるとは限らない。それぐらいの判断力は持ち合わせていた。
「しかしながら!! 本当に、奇遇でしたな!!」
ナタは隣席者を振り返り、驚くほど体重を感じさせない様子で背もたれから身を離して、隣席者の表情を覗き込む。
「あなたも南方の領域とやらに、どのようなご用向きがあると!?」
「アぁ……ちョっとナ」
「俺ハ、見た通リの
「申し訳ない!! 皆目、知りませぬ!!」
うん、だろうなと言って、少年の様子から察していた巨人は大きく頷いた。
「ここかラ、遥か東方──首都方面ヨリ東の先の地にアる、ウォー・トロール領域が俺の生まレでな」
ナタは興味深い内容を静かに聴取していく。
まとめると、
当時、大陸中央で覇を競い闘っていた六大国の一国として台頭していたトロールの国が存在したのだが、魔導国が西方より征服……大陸統一事業の一環として侵攻し、両国は戦い争うことに。
その結果は、歴史が語る通り。
だが、アインズ・ウール・ゴウンによって、人間の帝国の闘技場で武を磨いていた王が同族らの助命嘆願を試み、ゴ・ギンを新たな首長・代表とすることで、中央の
以上の経過を経て、ゴ・ギン亡き後、
「その『武王信仰』に従って、あなたは現在、“武者修行”の旅路にあると!?」
武者修行者たる亜人は、太い腕を組んで大いに頷く。
かつて武王が成し遂げたのと同じ修練の旅路につくことが、全
「偉大ナル先祖の名を讃エるための修行が、神の上の超越者──魔導王陛下への尊崇ニも繋がル、というわけダ」
意外にも宗教などには寛容な魔導国だが、それらの頂点にはすべてナザリックと、何よりも偉大なる名である“アインズ・ウール・ゴウン”が君臨している。
すべての英雄譚や伝説を、塗り潰し、書き換えながら、巧みに臣民たちの心を掌握する技量の
「なるほど!! では、あなたが辻決闘なる興行を
「それもアルが、あとハ俺みタいな
……いや、知り合イに、しつこク誘ワれてイる職もアルにはあるガ」
そう言って、彼はため息をひとつ。
「しカし。アレだ……さすがニ、ここ一週間ノ稼ギが、よりにもよって今日、出立予定の直前に、オマエみたいな坊ズにやられるとハ、な」
「まことに申し訳ありませぬ!! が!! いただいたお金を返すことだけは、出来ませぬよ?!」
一応は、両者合意の下で金銭を遣り取りした以上、それを覆されてはたまらない上、今のナタの手元には調査隊四つに分散された金額の四分の一が残っている程度。四分の三がない以上、少年には全額返金する手段などあり得なかった。
ナタの実直に主張する言葉に対し、妖巨人は手を振って違げえよと大笑する。
「それハいいンだ。というか、おまえニハ、賞金の半分を残してもらっタんだから、むしろ感謝してルくらイだ」
あの賞金には、彼の武者修行のための旅費……宿代や食費なども含まれていた。
だとするならば、彼を打倒し果せながら、賞金の半額を残してくれた少年には、むしろ感謝しかないと、巨躯の亜人は言う。
「俺のような
「なるほど!! ──うん!?
「ん? 13だガ? ……アあ、人間ノ眼には判らんのだッタな?」
「13!! なるほど確かに、弱輩でありますな!?」
ナタは心底、意外そうな声音をあげて納得する。
都市を行き交うビーストマンやミノタウロスよりも頑強そうな巨躯で、まさか齢13と考える者は多くないはず。鋭い
聞けば、声のイントネーションについても大人に比べてだいぶ聞き取りにくいらしく、これは若い
「なるほど!! では一応、念のために、確認させていただきますが!! 市場で暴走し突っ込んできた魔獣、あれは、あなたがけしかけたわけではないのですね!?」
「魔獣? 何のこトだよ……って、ああ。あノ、タクシーが暴走したっテいう?」
特に身に覚えがないという巨躯に対し、ナタは微笑みを深めて「それは
ナタの誠実な微笑みの底に灯る、確かな戦意。
もしも、目の前の
自分との闘いに──レベル差がありすぎるとはいえ──純粋な勝負事に不服を覚え、報復と称して市場に混乱を招き、さらには無関係である少女や
ナタは、生粋の戦士。
創造主たるカワウソから与えられた職業レベル95をすべて近接戦闘の戦士職業で埋め尽くした、『武の申し子』だ。少年の見た目とは裏腹に、ギルド拠点NPC内でも最強の呼び声の高い、数多くの剣を与えられた“最強の矛”である。“最強の盾”たる防衛隊隊長のミカと並んで、来るべき時には第四階層で敵の撃退任務を与えられたナタであるが、結局その役目を果たすことは一度もなく、このアインズ・ウール・ゴウンが大陸を支配する異世界への転移という、奇妙奇天烈な異常事態に直面している。
戦士であるナタは、
この思考は、カワウソが提唱するアインズ・ウール・ゴウン魔導国への対応とも合致していた。彼の復讐の矛先は、アインズ・ウール・ゴウンという存在そのもの……なれど、魔導王に臣従する一般民衆は、自分たちの存在理由とは、まるで何のかかわりもない事実が、彼等への積極的な攻撃を認めようとはしない最たる要因として機能していた。
無論、主人の危難の種は、即断即行で摘み取ろうとするだろうが。
ナタは知っている。了解できている。
自分たちの敵となるものは、主人の見据えた敵と、その主人の行動・命令を阻害する存在、すべて。
かのアインズ・ウール・ゴウンが統治する国民というのが、自分たちの邪魔をするような手合いと判断されれば、ナタは
しかし、あの魔獣の事故が、故意的なものか否かの判断は、ナタとイズラの二人には不明。
あるいは魔導国の間者が放ったという可能性も考えられたが、それにしてはやり方が無作法すぎるし、意義が薄い。潜伏中のイズラの能力をかいくぐって、自分たちの力量を図るべく遣わしたとしては、あまりにも脆弱かつ意味のない行為に思えた。どうせだったら、二人に対し広範囲魔法で先制攻撃でもしかけてきた方が、まだ有意義な威力偵察ができたはず。街中であり、周囲にいた人命を考慮したと考えても、あんな低レベルな獣でどうにかなると本気で思われたとは考えにくかった。当て馬にしても、もっと他のやり方があったはず。
「どウした、坊ズ?」
「いえいえ!! 何でもありません!!」
熟考に耽る
とりあえず、亜人の言葉や声音に嘘を感じられなかったナタは、快活に微笑む。
「しかし、自分は信仰系職業の僧侶たる
両者ともに今更な事実を思い出す。
「そうダったな。俺ノ名前は、ゴウ。ゴウ・スイだ」
よろしくと言って、太く大きな掌を差し出す
「自分の名は、ナタと申します!! 以後よろしく、ゴウ殿!!」
子供の手とは思えない──だが、彼の実力だとかなり手加減されていた──握手の力に、ゴウは力強く「応!」と吠えて握り返す。
こうして奇妙な旅の道連れとなった二人──ナタとゴウ・スイは、六頭立ての
当初、ナタとカワウソたちが懸念していた領域進入の際も、問題らしい問題はなく、越境時の車内アナウンス──同乗している
これは、ナタが購入した馬車の運賃にあらかじめ税金がかけられているためだ。つまり、馬車などの公共交通手段以外の方法で領域を超えていたら、漏れなくアウト。そういった処理を誤魔化せる暗殺者の
「これが、南方士族領域!! 初めて見ます!!」
率直な感想を懐くナタ。窓の外へ身を乗り出さんばかりに好奇心の
「北の方とハ、ちョッと変わった土地だ。初メテの奴は大抵、そんな感ジになるわナ」
ゴウは、彼が知り得る限りの南方の情報を、若い亜人特有のイントネーションで述べ立てる。
馬車が進む街道は、かつては、一面に渡って熱砂が山と谷を波立たせていた“海”のごとく広大極まる砂漠地域とは思えないほど、生い茂る木々や草花で、完全に緑化されて尽くしていた。吹き込む風は涼しく、生物を焼き尽くす灼熱の気配は何処にもない。
そんな草原をほぼ一直線に進む馬車から、大きな街が見渡せる。
街全体は
壁の向こうの街から立ち上る白煙の数は、ざっと数えても50を超え、軽快な鎚の音が交響楽のごとく忙しない調子で打ち鳴らされているのが、ナタという来訪者の少年兵には感知できた。
南方士族領域────鉄鋼業において、北のアゼルリシア領域と双璧をなすとまで評されるこの地域には、数限りない鍛冶師や職人が生きており、彼等は、この地域でしか産出され得なかった“刀”などの強力な武器・防具をはじめ、さまざまな技術・発明・文化を固着させた『南方人』の末裔として、魔導国に上質かつ重要な“武装の素材”を供出する任務を負った臣民たちだ。
かつては広大な砂漠地帯によって、以北との交流らしい交流は寸断され、行商人が北方……100年前まで人間の数少ない勢力圏であった王国や帝国などに、“刀”などの特産物を輸出・交易していた程度の土地は、魔導国による大陸統一によって緑化され、一部に当時の砂丘やオアシスを残しつつ、魔法の黒街道による交通網が供され、以前よりもはるかに交流が盛んに行われるようになっている。
余談となるが。
浮遊都市・エリュエンティウは、その南方にある旧砂漠地帯の名残を顕著に残す土地であり、100年前の魔導国編入の時から、『浮遊する城の下に都が築かれ、無限の水がその浮遊する都市から流出し、魔法の結界で守られた都市全域に恩恵を与えている』とか。この都市は30名からなる都市守護者によって護られており、魔導国以前に盟約を結んだ“白金の竜王”ツアインドルクス=ヴァイシオンが、魔導王と盟を結んだことで、竜王と共に魔導国の傘下へと下ったらしい。
ナタに望まれ乞われるまま教えてくれたゴウという
「まぁ、詳シいことは俺も知ラン。コレから会ウ知り合いニ、詳しソうなノがいるにはイルが」
ゴウの説明が続く中、馬車は整然と街道を進み、押し開けられた巨大な城門を、材木や職人たちと共にくぐりぬける。
街の内部に入ったナタは、目を輝かせた。
「──おお!! すごい!! すごいです!!
こんなにも、たくさんの武装が創られているのは、初めて見ます!!」
長くギルド拠点の第一階層“
その光景に圧巻の表情を浮かべ、とにかく笑う。
無論、武装の数で言うなら、自分の主人であるカワウソが築き上げたヨルムンガルド
だが、大量の武器や、その素材となり得る金属などを製錬する光景が、街の入り口から中心に至るまでの大通り全体で見渡せるというのは、さすがにありえない風景といえた。ナタが唯一知るギルド拠点の製錬作業所は、同胞である鍛冶職系NPCのアプサラス──彼女に与えられた一室のみである。それを思えば、まるで露店や商店のように通り一面を製錬所の炎と、鍛冶師たちの振り下ろす大鎚の音色が二桁単位で存在する様は「見事!!」としか言いようがなかった。
数時間の旅を終えた馬車は、街の発着場で停車し、ナタは風呂敷を抱えたゴウと共に下車していく。添乗員のアンデッドをはじめ、ここまで運んでくれた
ナタは好奇の眼で、南方の街の様子を、そこに生きる人々の様子を目に焼き付ける。
奇妙な衣服が多いなと思いつつ、少しも静かにならない街の喧騒を心地よく受け入れる。
「アベリオンの生産都市とは、これまた違った活気です!!」
「こノ街は、センツウザン。士族の領域の中デ、エリュエンティウの次ノ次くらイには栄えテいる街だ」
「センツウザン?! それはどのような謂れのある名であるのか、ご存知ですか!?」
「さァ……なんか『山ヲ船が通ッたから、せんつうざん』トカなんとか……よく解らン。このあたり独特のものだ。クシナなら、何か知っているはズだろうガ?」
知り合いの名を呟くゴウは、何やら周囲を見渡している。
「確か、ゴウ殿は
頷く亜人の様子は、何かを、誰かを探しているような気配が見て取れる。南方の地に訪れる理由については、長かった道中で訊いておくのに十分な時間が二人にはあった。
ゴウは周囲を気にしつつ──警戒しつつ──言葉を紡ぐ。
「んアア。アベリオンを出る前ニ、ここに来ルと端末で〈
言って、彼は風呂敷の中にあるものを取り出そうとした瞬間──
「んん!?」
ナタの戦士としての知覚が、自分たちに──より厳密に言えば、ゴウ一人に、急速接近する影を捕捉する。
だが、少年兵は動かない。
動かなかった理由は、四つもあった。
ゴウが攻撃されるにふさわしいだけの理由がある(犯罪者や、個人的な恨みを懐かれている)可能性が、ひとつ目。ゴウに迫り来る何者かには、殺気が驚くほど存在しないのが、二つ目。そして何より、ナタは
そして実際、ナタの手出しなどまったく無用であった。
ゴウは素晴らしい反射速度で、自分の背後から得物を振り下ろしてくる影に向き直った。
常人では知覚不能な返し技で、人込みに紛れ襲来しながらも、殺気などまるでなかった攻撃を……人影の手首を、掴んだ。
おかげで彼の荷物である風呂敷は大地の上にブチ撒かれる──寸前で、少年兵が器用にひょいとすくい上げてしまう。
そして、至近距離で睨み合う襲撃者とゴウ。互いの表情に笑みの気配が零れ出す。
「相変わらずですね、ゴウ」
「それはコっチの台詞ダ」
可憐な高音で、
肩の線には届かない黒絹の髪に、珠のように怪しく輝く赤い瞳。白磁の顔には、何らかの魔法的処理なのか、奇妙な記号めいた紋様──漢字の一列が、タトゥーのごとく右顔面から首に至るまで貼り付いている。
巨大な亜人の膨れた掌に掴まれた態勢でありながらも、冷笑を浮かべる人物の線は、細い。
暗殺者や忍者とよばれる存在よりもしっかりとした体つきだが、柔らかな丸みを胸や尻に帯びる様は、完全に女性のそれに他ならない。ただ、身長を考慮すれば、どうあっても乙女というより“少女”という方が正しいはず。
しかし、その妖艶な笑みは、その凄絶さからかあまりにも蠱惑的で、
同種でないナタは特に何を感じるでもなく、別に気にかかってしようがないところが、他にあった。
それは、少女の格好である。
「いい加減、あなたも武装したらどうなの?
「ウルせぇ。余計なオ世話だよ、スサ」
少女は両腕を吊り上げられながら──そうしていないと、間違いなく彼女は手中に握る黒鉄の輝きを、目の前の巨人に遠慮なく振り下ろしていただろう──余裕の口調で微笑み続ける。
それ以上のやりとりすら馬鹿らしく思えたように、ゴウは肩を竦めて少年に「驚かせテ悪い」と謝る。
ナタは、大地に下された少女の上下……衣服の造りに目を凝らし、言う。
「あなたのその御召し物──それは、スーツでございますな!?」
自分の知識と照らし合わせて、問いかけてみる。
身の丈150センチ程度の平均的で柔らかそうな
ナタが北の首都圏方面で主要だった中世~近代風の衣服などと比べて、はるかに現代的な装いであるが、おかしなことに、そのスーツ姿の少女は帯刀……腰に赤銅色の鞘を佩いていたのは、彼女がそういったビジネス関係の職種でないことの証左に思われた。
「ええ、その通りです」
問われた本人は艶然と微笑む。
両手で刀を握っていた少女は、身長はまだ少女のそれでありながらも、その卓越した身体の捌き方は戦士として
スーツ姿でサムライというのは、かなり奇妙ではあるが。
「ゴウ? こちらの可愛いお子様は? まさか──あなた、ついに
「バーカ。そんなんジャねぇよ。ていうか、“ツイに”って何ダ、“ついニ”って」
否定されるとわかっていて、巨人をからかったらしいスーツの少女。
彼女は、ナタの瞳をまっすぐにとらえた。
「お初にお目にかかります。私、センツウザンにて随一の
自分よりもはるかに背の低い子供相手にするには、あまりにも懇切丁寧に過ぎる自己紹介だったが、「歳は16です」と告げられて、ナタは特段なにかが気にかかる感じもなく、気安く挨拶を交わすことに。
「スサ殿ですか!! こちらこそ、どうぞよろしく!!」
×
ナタが、南方士族領域に足を踏み入れたのとほぼ同時刻に、この冶金と精錬と鋼鉄の市街を訪れた存在が、いる。
南方士族領域に建造された城館のひとつ。この地域特有の日本家屋の平屋建て、瓦の屋根や白亜の塀に囲われたそこに設置された
「ようこそ。おいでいただきました」
迎え入れたのは、城の管理を請け負う現地人の一等臣民。この街の代表者でもある初老の男──
あまりにも若く美しい、
彼女はナザリックから派遣された、
「…………シズ・デルタ、これより任務を開始する」
左目をアイパッチで覆い隠し、逆側の右目に
主人より与えられた重要な任務に従い、彼女は多くの護衛と特別派遣部隊──新鉱床掘削嚮導部隊として編成された、大量の下位アンデッドと現地人の
城館のある街の名は、センツウザン。
この領域において、鉄鋼事業に長じた市街のすぐ近くに、シズの目的の鉱石は眠っている。