オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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オーバーロード、新刊12巻発売!
2018年1月、アニメ第二期決定おめでとうございます!


南方士族領域 -2

/Flower Golem, Angel of Death …vol.06

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シズ・デルタは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王──己を創造せし至高の御方々のまとめ役であられる主人からの任務を遂行すべく、新しい鉱物の発見が相次いでいる南方士族領域へと派遣された。

 アインズをこの領域の、この市街に留め置くための居城となるに相応しい城館に、彼女は与えられた部隊と将兵……不可視化中の護衛と共に訪問する。

 

「デルタ様」

 

 シズは感情のなさそうな、造り物じみた無表情で振り返る。

 

「クアゴア掘削先遣隊200、スケルトン掘削補助隊200、鉱石鑑定師のドワーフ100、さらにトンネルドクター、有事の際の治療術師(ヒーラー)、給食班など、これで嚮導(きょうどう)部隊の全準備が整いました」

 

 (うやうや)しく片膝をつき、声をかけてきた下等生物は、土堀獣人(クアゴア)という亜人種に属する大地のモンスターたちの隊長であり、その因子を継いだ稀有な存在──混血種の一人だ。

 普通、クアゴアの外見はおおよそ140センチ前後で、体毛は茶色系統が一般的な種族だが、声をかけてきたそいつは170センチ強の長身。体毛は、どちらかというと赤銅色(しょくどういろ)に近い。姿はこれまた異様で、爪や牙の発達した二足歩行するモグラめいた容姿が大多数を占めている中で、赤銅の個体はかなりスマートな……他のずんぐりした連中よりも細くしなやかな体躯をしていて、まるで人間の女性めいた肌色の双丘や太腿もあるが、実は(メス)なのだ。しかし、雌だからといって、これがクアゴア種の普遍的な雌の容姿と言うと、まったく当然のごとく、違う。通常のクアゴアに、雌雄の差はほとんどないとされる。

 つまり彼女は、同種の中でも奇妙な造形と言えた。

 土堀獣人(クアゴア)の“皮”を纏った女……モグラと人間(ヒト)を悪魔がかけあわせ混ぜ物にしたような……そんな印象がしっくりくる。

 庭に整列するクアゴアたちは、隊長である彼女を含め、全員が顔面にガスマスクに似た──クアゴアの顔面を覆うように特注された形状の装備物を着用しているが、実はクアゴアという種族は、太陽光の下では完全に盲目化するという、決定的かつ致命的な弱点が存在しており、彼等は地上で活動するためには顔面を──特に眼球を──太陽の下にさらさないようにしないと、ほとんど使い物にならない(特殊な魔法や感知能力、あとは勘で、盲目でも動ける個体もなくはないが)。

 そこで、魔導国で昼間の地上任務に従事する場合、彼等はサングラスのごとく太陽光を遮断するためのアイテムを装備することが義務化されており、これによって彼等は普段通りの活動を可能にしているのだ。マスクであるため、光の遮断率はメガネとは比べようもない九割以上となり、おまけに呼吸補助なども行われる為、不意のガス事故や生き埋め対策などの防御も完備されている。

 魔導国に編入される際、数万体の自虐殺──犠牲を支払うことになった下等生物も、総数一万に減ってから100年近くが経過したことで、かつて以上の人口……数十万にまで数を増やし、魔導王より約束された繁栄を、魔導国の臣民として等しく分かち合っている。わけても、ここにいる精鋭200からなる“鉱石掘削”を得意とする彼等は、クアゴア種の中でも珍しい毛並みに(レッド)(ブルー)なども混じっており、王陛下の“慈悲”によって100年、かつての先祖たちが経験したこともないほど良質かつ希少な鉱物を大量に与えられたことで、特殊な身体進化を遂げた者も多くある。かつてはミスリル(クラス)の牙を持つ者が最上と謳われたクアゴアたちの中で、掘削隊たる彼等は、国内においては一般金属に成り下がったアダマンタイトをも超える硬度の爪牙を獲得するに至っているものだらけの、文字通り最精鋭であるのだ。ここにいる彼等の他にも、北方のアゼルリシアをはじめ、大陸各所に存在する鉱床で働く精鋭たちも数多く存在している。

 そんな彼等だからこそ、今回の新鉱床の掘削──その嚮導を執り行う先兵に選抜されたことは、必然とさえ言えた。

 シズは短く告げる。

 

「…………わかった。嚮導部隊、新鉱床に向かう」

「かしこまりました。ただちに移動を開始します」

 

 儀礼通りに命令を拝領したクアゴア部隊の女隊長──役職としては、嚮導部隊の実行統率役は、慣れたように500名以上からなる部隊の迅速移動を推し進める。

 シズは、嚮導部隊の最高責任者にして、監督役だ。

 受諾した任務を、彼等魔導国臣民に列せられる下等種族たちが安全に、確実に、絶対に順守できるよう、最善最良の判断を下す立場にある。サボるものがいれば(精鋭部隊にそんなものがいるわけもないが)射殺する事も可となっており、それをクアゴアや山小人(ドワーフ)、人間など部隊構成員はあまねく知悉しているし、納得もしている。さらにいえば、シズには彼女の護衛役として不可視化中のモンスターが無数に配備されており、万が一にも叛逆は成立しようがない。

 無論、自分たちに与えられた任務の重要性……アインズ・ウール・ゴウン魔導国の王陛下から直々に賜った役務を──その報酬を思えば、業務妨害(サボ)る意義はひたすら薄いと言えた。

 

 

 新鉱床の掘削……鉱石の採掘において、実は、骸骨(スケルトン)などの下位アンデッドはそこまで効果的な運用が見込めない。単純な「坑道を縦横に掘り進めた」り、「大量の土砂などの運搬」に使ったりなどの作業にはもってこいの機械装置となり得るが、こと「稀少鉱石などの見分け」に関しては、スケルトンたちは素人ほどの成果も見込めなかった。下位の召喚モンスターに位置付けられる彼等が出来るのは、あくまで単純な肉体労働の代行であり、知識を使う鉱石の鑑定などについては門外漢──どころか、単純な見分けすらつかないのが大半であったのだ。これは、特別な創造のされ方を受けなかったゴーレムや、作成召喚されたモンスターに固有の特徴とも言えた。鉱石の鑑定のみならず、薬用植物の仕分けや、異世界独自の動物種の生態比較調査などにおいては、下位アンデッドはそこまで優秀な成果を見込めない。

 だからこそ、現地人の種族が有用性を帯びるというもの。

 玉石混交に入り混じった鉱山を掘削し、その中からこれはという鉱石溜まりを現地人が見極め、そこを中心にアンデッドが丁寧に掘り出し、土中での生存性に特化した土堀獣人(クアゴア)の協力のもと選別し、地上へと搬出。待機していた人間や山小人(ドワーフ)などの鑑定者・加工職人の手の中で、あるべき用途別(宝飾用・素材用・製錬用・燃料用・食料用etc)に振り分けが行われ──というのが、現在の魔導国における鉱業従事者の一般業務内容となっている。

 

 

 南方の地では、古来より“刀”をはじめとした、強力かつ希少な金属製の武器を産出していた。

 その関係上、彼等は並の人間でありながらも、山小人(ドワーフ)などと比肩するほどの鍛冶職人を抱え、同時に、良質な鉄鋼を大量に採掘し製錬し鍛造し、強力な武装を生み出す事業に精通していたのだ。

 一説によると“刀”は、山小人(ドワーフ)にすら製造することは困難な、非常に複雑かつ難解な作業工程を経て製造されるものであり、南方の地で生み出された固有の武器たる“刀”は、下手な魔法武器以上の切れ味……斬撃能力を獲得しているという。

 そして、現在。

 魔導国による世界征服事業によって、南方で覇を唱えていた「士族」は、魔導国とその王に恭順の意を示し、北方で有数の兵器廠・工業都市とまで謳われるアゼルリシア領域と、ほぼ同等規模の鉱脈と鉄鋼と武器生産力を擁する工業地帯として、魔導王アインズ・ウール・ゴウンに仕え続けている。

 そんな折に、南方で最北の鉱脈地である大市街・センツウザンにて、新たな希少鉱石が発掘されたという一報が届けられた。

 それは、南方の鍛冶師などもまったく認知し得ない新鉱石であり、いかなる加工手段をもってしても──彼等程度の既存知識では、加工どころか傷ひとつ付けることができなかったという。

 発見の報を過つことなく送り届けた街の代表──“八雲一派(やくもいっぱ)”の先代頭領たる一級政務官・アシナ市街長と、第一発見の功労者──此度の任務の協力者たる“八雲一派”の採掘事業部には、王陛下からの褒章が授与されることが確定していた。

 シズはその(むね)を、クアゴア女隊長を通して宣誓し、市街長は平身低頭という言葉がぴったりの格好──この地域固有の両膝と両手をついた土下座スタイルで深く頭を下げていた。

 自動人形(オートマトン)は、城館からほど近い──丘の上の邸宅のすぐ裏手側に面する掘削場を見渡した。

 そこにあった光景は、まるで奈落への落とし穴のごとき、すり鉢状に掘削され続けた鉱山の陥没地である。

 すり鉢はまるで黒いアリジゴクのごとく大地の上に存在しており、その中途の盆地……もとは平野部だった場所には草木一本生えておらず、大地の活力を失った──というよりも、適度な掘削機器や鉱山道具の集積場、業務員の休憩地として、街とは違った錆びついた印象を赤土の上に降り積もらせている。

 センツウザンには、かつて船が通った山があったという(いわ)れがあるが、その山はすでに縦穴のごとき地下深くまで続く掘削場に変貌してしまい、100年前の時点からすでに見る影もない。土壌を恒久的かつ広範囲を回復させるという魔法的手段を発展させえなかった現地人たちの飽くなき探掘行(たんくつこう)の果てに、このどこか荒涼とした鉱脈地は生み出された歴史があり、むしろこの光景こそが、彼等の郷土として相応しい原風景の様相として、受け入れられて久しかった。

 

「…………うん」

 

 掘削地で労働に勤しむアンデッドやゴーレムの他に、蟻のように小さな現地人……南方特有の黒髪黒目の人間をはじめ、鉱山活動が生きがいの山小人(ドワーフ)や、遮光地にて休息中に与えられた鉱石をガッつくクアゴアの食堂などが見て取れた。魔導国臣民は働き者ばかり。誰もが、相応の報酬を受け取り、日々の糧にありつくために、額に汗して、国業の一環を遂行していた。

 シズは、自分に与えられた任務を再確認するように、発見されたという鉱石……そのサンプルとして与えられた白鋼(しろはがね)の玉のような煌きを、手中で転がし見る。

 

「…………七色鉱(セレスティアル・ウラニウム)や、熱素石(カロリックストーン)じゃないけど、いい鉱石」

 

 自動人形はサンプルをしまう。

 これと同じものを大量に入手すること。

 そして、さらに深層へと掘り進めることで、これ以上の鉱石が眠っていないか確認すること。

 それこそが、シズたちに与えられた任務であった。

 万事、ぬかりなく遂行し、アインズ様に褒めてもらう。

 さらに、この鉱石が将来的に、魔導国の発展に寄与するものとなり得ることで、至高の御方である絶対支配者(アインズ)への報恩をなすことが、シズ・デルタの最大の望み。

 

「デルタ様、馬車へご案内します」

「…………わかった」

 

 女隊長に促されるまま、鋼鉄の車体に歩を進める。

 シズは、自分の大好きな岩の巨兵と同じ種族たる動像(ゴーレム)の馬車に乗り込み、採掘場に降りる為に街中を移動するルートを通っていく。

 街は、夕闇の(とばり)に覆われ、彼方に沈む太陽光が眩い輝き──シズの大事な“彼”を思わせる煌きを、強めていた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 陽が沈み始める街並みは、魔法都市・カッツェのごとく壮大な、しかし、あの都市よりも黒く磨かれた鋼鉄の建造物が乱立する通りに差し込む赫々とした斜陽が、市街に光と影の輪郭を浮き彫りにさせている。城館を頂に置く小山のごとき丘は、北側一面を鋼鉄に覆われており、何らかの建造物なのではとも思われる。

 センツウザンと呼ばれる、製錬と冶金と工匠たちの市街を訪れた少年兵・ナタは、自らを“旅の少年”と素性を偽りながら、問題なくそこに住まう人々の生活に溶け込んで見せた。

 水色の髪の少年はそれなりに目立つ頭髪のはずなのだが、街には黒い髪の人間の他にも、金髪の森妖精(エルフ)や、茶褐色の髪の山小人(ドワーフ)、さらには小鬼(ゴブリン)などの亜人までもが大勢行き交っている関係上、そこまで目を引くということはなかった。中にはピンク色の髪や、鋼のような銀髪まで様々な色がとりどりの彩を大通りに流している為、ちょっと変わった髪色程度で注目を集めるというのは、この魔導国ではありえないのだ。

 

「お? 見ロよ、アれ」

 

 戦妖巨人(ウォー・トロール)──ゴウの巨躯が長く太い腕を伸ばして、交差点を横切る大行列を指差した。

 ナタは見たことのないモグラのような亜人と、アンデッドの行軍を目に焼き付ける。

 

「あれは、パレードでしょうか!? 随分と多いようですが?!」

「パレードじゃネェ。アリゃあ多分、王政府直轄の隊──旗の色ハ、嚮導部隊(きょうどうぶたい)ノ連中だな」

「嚮導部隊!? 目標遂行のために組織される先達や先駆者の隊ということですな?!」

「そんナところダな。国旗をああもデカデカと掲げテ、おまけに、儀仗兵役がアンデッドじゃナく一般臣民──亜人のクアゴアがやれテルってのは、王命を拝しタことノ証であり、あの隊が精鋭だけデ組織されたことノ証なんダと。ただの市街の連中程度ジャ、王の旗を勝手ニ掲げるなんてコトをやっただけで、不敬ニなりかねンからな」

「王命!! 魔導王陛下の命令ですか?!」

 

 ゴウは首を傾げて「あタリ前だろう?」と苦笑する。

 

「もしくは、王陛下に近い“王太子殿下”や“姫君”、そして“六大君主”様たちの息のかかった者たちね。ついに始まるわ、新しい大鉱石床(だいこうせきしょう)の採掘と実検が!」

「──スサ。頭領代行ト用心棒のオまえが、こンなところデうろうろしているノは、正直ドウなんだ?」

 

 知り合い同士の会話に、少女は悩んだ様子もなく、竹を割ったようにカラっとした声で言ってしまう。

 

「私は、ほら、“八雲”においては『鍛造事業部』が専門だから。『採掘』の方は、現頭領──私たちのクシナ様が、よろしく整えてくれるわ。護衛の不安は、死の騎士(デスナイト)の方々で間に合うし」

「なルほどナ」

「それに。いくら採掘事業で新しい発見があったとはいえ、刀の鍛造ラインを止めるわけにもいかないって、解ってるでしょう? 私はそっち担当なのよ?」

 

 ゴウはわかりたくねぇなと言って肩を竦める。

 そんな様子に、少年は勢いよく質問を投げた。

 

「失礼ながら!! 今更なことを訊くのは恐縮ですが、お二人はどのような御関係で!?」

 

 先ほどから見た感じ、この体躯が倍ほどに違う両者の遣り取りは、ただの知り合いというよりも、友人か、または“それ以上”の絆を、ナタに感じさせてならなかった。

 黒い髪に赤い瞳の少女は、艶然と微笑む。

 

「将来を約束した関係よ♪」

「なんと!!」

「こら。ウソをつくナ、嘘を」

 

 ゴウが唇を尖らせるように、少女の放言を指で突いて諫めた。

 だが、諫められた方は、何が間違っているのかと問わんばかりに笑みを強める。

 

「あら? 実際、約束したじゃない? ウチに『就職するのも考慮する』って」

「──俺ハまだ、鍛冶師なんぞにナル気はねぇって、ソウ言ってるだロ?」

 

 ゴウはこれほどの巨躯を誇るが、実年齢は十代前半。妖巨人(トロール)種としては成人しきっていないことは、その声の歪み具合から相違ないという。

 

「まぁまぁ。少しお茶にしましょうか。何だったら夕飯もごちそうするけど?」

「よぉシ。じゃあ、小鬼(ゴブリン)亭の特上ディナーをダナ!」

「あ、あの店()いてるわね。あそこにしましょー♪」

「オぉい、聞けェ! 人の話ヲ!」

 

 仲良きことは美しきかな。

 連れ立って歩く二人に振り向かれ手招きされる少年は、水色の髪を揺らして駆け寄っていく。

 

 

 

 ゴウとスサ──そして、ナタの三人は、手近ですぐに座れそうな食事処の暖簾をくぐり、開口一番で「フロストドラゴンのしょうが焼き定食」を店主のモグラ──土堀獣人(クアゴア)の大将に注文。

 だが、ナタは種族特性故に、肉などを食べることは出来ないため、これを固辞した。動像(ゴーレム)種の大半は、特性として食事摂取が不要というよりも“不可能”な構造であり、自動人形(オートマトン)などのように燃料となる水分などの飲料・ドリンクを摂取することだけが一部可能、あるいは必須になる。

 ゴウとスサは怪訝に首を傾げつつも、少年の遠慮を受け入れてくれた。適当な席を見つけ腰を下ろすが、体格の関係上、ナタとスサがソファ席で隣同士となり、その向かい側の席をゴウが占拠する。

 スサは、着こなしているスーツの腰から、慣れたように刀を鞘ごと引き抜いてソファに立てかけた。

 自身が戦士職を数多く与えられているせいか、どれほどの武装であるのかナタは興味が尽きないが、初対面の相手の愛刀を、いきなり「見せてくれ」というのは礼を失する。ここは我慢するしかない。

 ナタはとりあえず、サービスで提供される果実の浮かんだお冷──ヒュエリ水で喉を潤しながら、この異世界の住人たる二人の話を聴き取っていく。

 

「しっかしヨォ。何だっテ俺の手まで借リる必要があるんだ?」

「冒険都市の祭りで、腕利きの鍛冶師や用心棒はソッチに招集されているからね」

 

 コップの果実水を飲み干しつつ、少年は大きな声で疑問をぶつけるのに躊躇しない。

 

「その冒険都市の祭りというのは!? あなた方のような鍛冶師が必要な祭典なのでしょうか?!」

「ええ、そりゃあ、年に一度の『大冒険祭』だもの。冒険者や武芸者が、人工ダンジョンやコロシアムで競い合い、結果として、彼等の武器や防具は消耗が激しくなる。そうなると、消耗したそれをすぐに直せる職人は、必須だからね?」

 

 教え諭す少女は、ナタの無知を不思議には思わない。

 何しろ祭りにおいて最も注目されるのは冒険者や武芸者などのいわば“花形”……裏方になるしかない鍛冶師などは、日陰に甘んじるしかなく、よって、一般知識として彼等の役割をそこまで喧伝する効果は得られない。脚光を浴びるスポーツ選手などに注目し、認知し、喝采することはあっても、それを無視して選手の扱う道具類を──それらを供給するための存在・職人にまで思いをはせる者は、そう多くはないのと同じだ。そこまで着目してくれるのは同業者や、よほどの好事家(マニア)でしかない。

 

「勿論、手が足りなくなるからといって、上から与えられ、そしてこちらが受領した生産ノルマを達成できないようでは、職人の名折れ。だから、こういう時のために、ゴウみたいなフリーの人材を雇ってラインを確保するのは、どこの工場(こうば)でもやってることよ?」

 

 なるほど、と強く相槌を打つナタ。

 

「ゴウは、ウチで働いて給金と寝床と食事を貰える。ウチは、ゴウのおかげでノルマを順当に達成できる。双方にとって、悪い話じゃないってワケ」

「簡単に言うがな。何度モ言うが、俺ァ、鍛冶師になるツもりはサラサラねぇぞ?」

「でも、クシナ様に褒められたら、悪い気はしないでしょう?」

 

 妖巨人(トロール)は腕を組んで唸った。

 彼自身、そこまで悪い気はしていないと、その仕草や表情から察しが付くというもの。

 

「……熱イのは、苦手なんだがナぁ?」

「いいじゃない。妖巨人(トロール)の再生回復で、火傷した端から治っていくんだから。おまけに、ゴウの鍛冶の腕前はそれなり以上。刀の鍛造も、もう一人でやれるわけだし?」

 

 亜人種の中でも稀有な再生能力を発揮する巨躯を、少女は舐めまわすように見つめている。

 

「──私も欲しいわ。再生の力」

「治る時は、これまたバカみたイに痛ェけどナ」

 

 妖巨人(トロール)には妖巨人(トロール)独特の悩みがあるようだ。

 ゴウは少女の視線を受け止めつつ、ジョッキサイズのヒュエリ水を喉に流し込む。

 

「お待たせしました。フロストドラゴンのしょうが焼き定食、一人前と三人前です!」

 

 従業員(ウェイトレス)鉄鼠人(アーマット)が、爪を器用に使って注文の品を運んできた。

 

「おい、ナタ坊。本当に食わなクてイイのか?」

「遠慮する必要などないですよ? ここの払いは、ゴウがもってくれるのだから」

「おいコラ。今聞き捨てナラんこと言っタか?」

 

 入店前の「ごちそうする」という言葉を履行させたがるゴウ。その様子に花のごとく微笑む少女の瞳。

 歓談めいた二人の遣り取りに、少年は柔らかく笑って、しかし、語気を強めて固く辞退してみせる。

 

「大丈夫であります!! ゴウ殿、スサ殿!! お水さえ頂ければ、自分は大丈夫な身体ですので!!」

 

 その主張に、二人は不思議そうに首を傾げるが、「そウいうノもアるか?」と納得。

 少年の実力を知るゴウはそれで追及を止めるが、少女──スサの方は何やら思案顔で頬を流れる漢字の列を撫でてしまう。

 ナタは人間の少年の形をしているが、その本質は花の動像(フラワー・ゴーレム)

 水分は補給できる(というか、ゴーレムにしては珍しく、定期的に摂取しないといけない。水分必須だ)が、食べ物を口にすることはできない──ゲームでは料理などのバフを受けられないという、変わった体質・特性が備わっていた。

 

「すいません!! このヒュエリ水とやら、おかわりを願います!!」

 

 テーブル備え付けのポット容器を空にしてしまったナタは、元気いっぱいに笑って催促する。

 

「ところで。ナタと言ったわね、(きみ)?」

 

 スサが目を細めて、値踏みするような眼差しで少年に問いを投げた。

 

「あなた。どうしてゴウなんかと一緒にいるの?」

「なんかトは何だ。なんかとハ」

「あれかしら。ゴウのファンとか?」

 

 睨みつける亜人をまったく放っておいて、少女は隣に座る少年の顔を覗き込む。

 ナタはなるべく正直に答えた。

 

「自分は!! この南方への道中に、アベリオンの生産都市で、ゴウ殿との辻決闘とやらに挑戦した者です!!」

「……あなたが、ゴウに──挑戦?」

 

 そうだよと巨躯の亜人が首肯する。

 

「それはまた、無謀なことをする子がいたわね?」

「さらに!! ゴウ殿を打ち負かし、賞金の半分ほどを頂戴してしまった者でもあります!!」

 

 少女は今度こそ、気が抜けた感じで言葉を失う。

 

「うそでしょ?」

「うそジャねぇ」

 

 ゴウは語る口を塞ぐように、三人前のしょうが焼き定食の一盆目を平らげてしまう。極太の指で箸という棒──彼のサイズだと“火掻き棒”なみのを二本、器用に使って食事する様は見事と言えた。

 そんな彼の反応に、スサは驚愕のまま、事実を確かめる。

 

「ゴウを負かした? あなたみたいな……その」

「『子どもが』と言いたいところでしょうが!! 事実として自分はゴウ殿より金銭を頂戴した身!! しかしながら疑問は当然!! なれど今は、自分の話はとりあえずおいておかれないと、せっかくのお食事が冷めてしまわれます!! 命に感謝して、速やかにいただいたほうがよいものと自分は愚考しますが!?」

 

 スサは驚愕の眼差しを少年と巨人双方に巡らせて、何も言わないゴウの様子から察して、語られた内容が事実であることを飲み込むしかない。

 

「私も見てみたかったわぁ、ゴウの負けっぷりを」

「うるセェよ」

 

 挑むがごとく苦笑する戦妖巨人(ウォー・トロール)に、黒髪赤瞳の少女は慈しむような笑みを浮かべつつ、しょうが焼き定食に手を合わせた。

 

 

 

 食事を終え、三人は“八雲一派”の社屋──工房のある街の一角に向かった。

 そこは、日の沈んだ街を無数に走る通りの中でも極めて中心に近い位置で、都市代表が管理する王陛下の城館と程近い一等地に存在した。

 ナタは奇妙さを感じた。

 

「街の中心近くに工房があるというのは!! 防火防災には不向きではありませぬか!?」

 

 工房には稼働中の──火が入りっぱなしの溶鉱炉が三基も存在している。

 まかり間違って、炉から大量の溶融物が流れ出し、家屋や土地を炎上させる可能性もあり得る筈。

 この市街が魔法的な防御手段によって護られており、そういった人災レベルの厄介は悉く解決できると仮定して見ても、万が一ということもあるだろう。にも関わらず、彼等の工房は、街の中心に聳える。

 

 説明された地形によると、センツウザンは北側が居住地や工房、さらには政庁などの公共機関の建物が並ぶ“城下町”であるのに対し、城館のある丘を挟んだ南側は数百年かけて掘り尽くされた鉱脈を、さらに広く深く掘り進めている関係で、巨大かつ異様なアリジゴクの巣が乱立している土地になっているらしい。街を囲む城壁に見えたものは、魔導国編入以前からの遺物らしく、それによって砂漠地帯に存在していたモンスターの類から身を守ってきたという。無論、魔導国編入以後は存在意義を失ったハリボテも同然と化した為、南を守っていた壁をすべて武装の素材や、魔導王陛下の像(モニュメント)の基礎として街のシンボルに再利用されたのだとか。当時の城壁は三重構造かつ、複雑に入り組んだ迷路のように丘の裾野全体に広がっていたらしいが、区画整理が順調に進んだ現在は見る影もない。

 

 街の住人であるスサという少女は、まるで弟にでも語り聞かせるような優しい口調で、ナタの教師役を務めてくれる。

 

「そこは魔法の建材、壁紙から骨組みまで、何から何まで防火防炎の魔法が張り巡らされているから。それに、この土地は王陛下からわざわざ再領・安堵された場所。私たち一派にとっては、ここ以外で工房を構えるというのは、むしろ不敬にすら値すると判断しているくらいなのよ」

 

 ナタは魔導国の魔法技術の高さを認め、納得の首肯を落とす。

 工房は、一階建ての平屋であるが、その天井高は通常なら三階程度の高さを誇る。工房の中心に据えられた三つの炉には常に火がともり続け、一時も休むことなく砂鉄を投じ、風を──酸素を巨大な炉心に送り続けている。昔は“たたら”を数人の屈強な使用人らで吹かせていたらしいが、その役目は既に魔導国の魔法都市謹製のゴーレムや、貸し出されるスケルトンたちで代用されていた。風の魔法を恒常的に送り込む機構なども開発されている魔導国だが、それでも、こういった“たたら”を使って、微妙に強弱の違いを(ふいご)に送るやり方の方が、良質な刀の素材──玉鋼(たまはがね)を生み出せるものと職人たちは長年の経験で心得ている。

 ふれる空気すべてが熱を帯びており、常人では一分も持たずに顔面を汗の雫が覆うことだろう。

 ただ入り口に佇んでいるだけで、炉の灼熱が眼の水分を蒸発されそうであった。

 

「すごい熱気です!! 肌が燃え上がりそう!!」

 

 ナタは“花”という植物の特質を保持する故に、動像(ゴーレム)種の中では珍しく、炎属性のダメージ計算には脆くなる“炎攻撃脆弱Ⅳ”“炎ダメージ倍加”を有している。だが、そんな弱点を補ってあまりあるほどの特性が、ナタの花の動像(フラワー・ゴーレム)には存在しており、特に、魔法詠唱者などの魔法攻撃主体の存在にとっては、強敵を通り越して“天敵”となりうるとされる、非常に厄介な存在だった。

 その特性のおかげというか、せいでというか、……ナタの「魔法攻撃」の基礎能力値(ステータス)は、ゼロ。体力や物理攻撃、速度などは驚異的かつ脅威的な数値を誇る少年兵は、所持する魔法武器のダメージ計算に己のステータスを加算することは出来ず、彼本人が位階魔法を唱えることは出来ないという、大きな弱点が存在するのだ。

 

「子どもは危ないから、絶対……絶対に、中に入っちゃだめよ?」

「承知致しました!!」

 

 火を扱う職場だ。子どもに万が一のことがあってはいけない。そう(さと)すスサの念押しに、ナタは快活に頷きを返した。

 

「ゴウ! 随分と久しぶりだな!」

 

 巨躯の亜人の姿を見知った声があがる。炉の傍で作業をし、製錬されていた鉄鋼を運ぶよう動像(ゴーレム)に指示していた職人衆が近寄ってくる。黒髪黒目の男女──女性もいるのだ──の他に、様々な髪色が存在している中には、山小人(ドワーフ)小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の姿も散見される。皆、街の人々が身に着けているスーツ姿ではなく、どこか和風の薫りが漂う立ち居姿に統一されていた。

 再会を喜ぶゴウは確実に、そこにいる人々の数が、通常の半数にしか届かないと理解する。

 

「……親方たちハ、ヤっぱリ?」

「用心棒衆と一緒に、大冒険祭の方だ。このタイミングじゃなければって、少し残念がってたよ」

 

 残った連中の中では古参らしい髭の若い山小人(ドワーフ)が気安く(しら)せる。

 ゴウは肩を(すく)めて「説教されなくテ済んダ」と笑ってみせる。

 

「それじゃあ。──ゴウ・スイ」

 

 この鍛造事業部を預かるという少女が、満面の笑みで手を合わせていた。

 

「早速、一働きしてもらいましょうか?」

「着イて早々(そうそう)……相変わらズ、人使いガ荒いぞ?」

 

 などと言いつつ、ゴウは即座に身支度を整えた。周囲の鍛冶師たちも、自分たちの持ち場に戻る。

 彼は鍛冶場での礼儀として、亜人用の巨大な作務衣に身を包み、これまた妖巨人の体躯が握るのに相応しい巨大かつ重厚な大鎚を握りしめて現れる。何かの儀式なのか、工房の梁に設けられた小さなオブジェ……神棚に直立不動の姿勢で両手を合わせた。

 

「似合ってるわよ、ゴウ」

「確かに!! 随分と“粋”な感じがします!!」

 

 スサとナタから口々に作務衣姿を褒められるゴウは、ぶっきらぼうに笑うしかないようだ。

 

 

 

 すっかり日も落ち切った夜のセンツウザンにて、大鎚の澄んだ音色が幾つも連なる。

 炉の番をアンデッドとゴーレム、そして数人の刀匠(とうしょう)が見守り“たたら”を調整する以外は皆、製錬され溶解状態の鉄鋼から、一本の“刀”を鍛造する作業に没頭する。

 脇目もふらず一念を“刀”という武器の製造に注ぎ込む刀匠たちの姿を、ナタは此処に集う彼等の業務上の上司である少女・スサと共に眺めた。

 大振りされた(ハンマー)で成形され、圧縮され、空隙を抜かれ芯鉄をいれる作業を折り返し繰り返すことで強化──鍛鉄(たんてつ)される鋼の塊は、軽快な金属の音色を、まるで交響音楽のごとく連ね響かせていく。この地特有の労働歌を諳んじる女衆。まるで労働が一個の芸術作品、あるいは伝統芸能のごとく見る者に等しく感動を分け与える光景は何とも言えない。誰もが額に汗して働く。その雫一滴一滴に、彼等の精魂と執念と技術に対する誇りが込められていると思うと、ナタは感動を禁じ得なかった。

 ナタは戦士や剣士である関係上、『刀剣などに代表される武装を好む』という設定があった。

 そんな代物が、己の目の前で、これほど勇壮な造り手たちによって、灼熱の鍛造場の中心で精製されていく。

 わけても少年の注目を集めたのは、巨人と小人の組み合わせ。

 山小人の若き刀工、ベヨネット。彼は、火の髭(ファイアビアド)の流れを組む「ルーン工匠」が人気であるはずの山小人(ドワーフ)の潮流の中にあって、純粋な切れ味のみを追求する“刀”の魅力に(とりつ)かれ(とりこ)となったという。

 そんな彼を相槌(あいづち)に据え、一人前に一鎚(いっつい)を振り下ろす、巨躯の亜人。

 黙々と刀剣鍛造に尽力する戦妖巨人(ウォー・トロール)・ゴウの(いわお)のごとき仕事姿に、ナタは隣に佇む少女と共に見入ってしまう。

 

「素晴らしいですな、スサ殿!!」

 

 純粋な賞賛を受け取る少女は、鍛造の熱気に当てられたような朱に染まる頬を向け、しっかりと頷く。

 

「本当に、……たまらないわ」

 

 熱っぽい視線と呼気でゴウの作業を見つめる彼女の様子は不可解だったが、ナタはとりあえずゴウの仕事ぶりを称賛しておく。

 

「それにしても、意外です!! 生産都市で仕合った時はなかなかの戦闘者とお見受けしていたが、まさか刀匠(ソードスミス)の職にも通じていたとは!?」

「ゴウの凄さは、私たちのクシナ様の折り紙付きだから」

 

 クシナという頭領に心酔しきったような甘い声。

 

「ナタ君もやってみない?」気を良くしたスサは、ほんの思い付きで提案してみる。「ゴウを打ち負かした実力があれば、もしかしたら君も、ウチでいい刀鍛冶になれるかも?」

 

 ここで働く気など毛頭ない少年兵であったが、彼自身が有する刀剣への興味と好奇心から「是非、やらせていただきたい!!」と返答してしまう。

 全体作業もひと段落し、刀匠たち全員が休息時間を与えられた隙に、ナタはゴウの作業場を借り受けることに。

 

「気を付けロよ? 注意一秒、怪我一生だかラな?」

 

 承知の声を奏でるナタは、ゴウを相槌役とし、渡された山小人用サイズの鉄槌を握りしめる。

 ナタは勝手がわからない。こういう時の、鍛冶場における決まりやら何やらはすっ飛ばして、ただ鍛冶師の真似事に興じてみたい子供を演じてみる。休憩時間を愉しむ刀匠らの視線を集め、──驚くほど無駄のない、戦士として当然の感覚に従い、武器を振るうように、ハンマーを叩き下ろすことを、ナタは己の全身に課した。

 一拍のため。

 

「せーの!!」

 

 掛け声も高らかに、少年は大鎚を振りかぶって──

 

 スポーン

 

 と、掌から装備品が放り出されていた。

 

「──んん?? おや!? おやおや?!」

 

 盛大に空振りした後で自分の奇態に気づくナタ。

 

「オい、どうシたよ? ナタ坊?」

 

 問われたナタは、珍しく眉を八の字にしながら、自分が取り落とした鍛冶作業用の工具……ただの巨大なハンマーを拾い上げて、もう一度しっかりと握り込む。そうして、確認のための素振り。周囲の刀匠たちも思わず拍手してしまいたくなったほどに豪快な風切り音を生み出して、ナタはもう一度、灼熱の錬鉄台に向き直る。

 

「……ハッ!!」

 

 小気味よい喝破と共に、ほどよく加減された鉄槌が台上の錬鉄を叩こうとして──

 

 ゴトリ

 

 と、ナタは再びハンマーを振りかぶる前に取り落としていた。

 

「むむむ!??」

 

 起こった事象に誰よりも驚いているナタ。それから幾度となく鍛冶師の真似事を試みてはみたが……結果は、一度も台を響かせることなく終わってしまう。周囲の人々も、異様な光景を目にして眉をひそめてしまった。

 しかし、ナタは元気を忘れることはない。

 

「やはり駄目です!! 自分は不器用すぎるようで!!」

 

 当然、不器用というのとは、少し違う。

 というか、一度も刀身を叩けないというのは、どう考えても異様過ぎた。不器用にも程がある。

 

 ナタは鍛冶師ではない。彼の職業レベルはすべて近接戦闘職でガチガチに組まれた本格ビルド。そういう職業(クラス)を与えられていない以上、鍛冶という生産活動や加工技術を発揮する能力は存在しない。一応、戦士職ということで大鎚(ハンマー)を装備し、使用することは出来る。出来るのだが、それを一定の行動・とある方向に使おうとしても、彼の意志とは関係のない次元で、手から大鎚が零れ落ちるようだ。これが戦闘行為であるとナタ自身が強く自覚すれば、装備品を落とすという失態はあり得なくなる──が、それは即ち、Lv.100の戦士系NPCが、全力で大地を叩くということ。その結果、起こり得るだろう破壊力の顕現は、下手をすれば周囲にいるゴウやスサを巻き込み、最悪、工房自体が稼働不能な事態に……周囲の大地が崩落するような災厄に陥りかねない。それだけは、断固としてあってはならない被害であると、ナタは大いに自覚できていた。

 故に、ナタはとりあえず、称賛すべきものを称賛するところから始める。

 

「やはり、ゴウ殿は鍛冶師の才覚が大きいのでしょう!! 自分にはまるで真似できないことなのですから!!」

「んア……ああ、ソうだ、な?」

「気を落とさないで、ナタ君。誰にだって、向き不向きはあるでしょうし?」

 

 慰められてしまい、思い切りよく自分の失態を笑うナタ。

 そんな少年に笑みを返すゴウやスサは、一応は納得の言葉を零してくれる。

 だが、ナタ自身は──彼は鍛冶ができない自分のことを、「無能だ」などとはこれっぽっちも考えない。考える必要がない。

 ナタを生み出したユグドラシルプレイヤー、創造主のカワウソは、ナタに『かくあれ』という意思の下で、この今あるレベル構成を授けてくれた。その事実がある以上、自分が如きただのシモベが異を唱えるという考えを懐くなどということは、少年兵にはありえない。自分以外に鍛冶ができる仲間(アプサラス)もいる以上、自分は鍛冶が出来ないという実状も、大した損失だとは認められるはずがないのだ。

 むしろ、今回のこれは、ナタをしても予測不可能な出来事──今後とも検証していくにふさわしい、否、絶対確実に要研究の、カワウソが語る『未知なる異世界の法則』なのかも。

 鍛冶師(スミス)のレベルが一切ないナタには、鍛冶という作業は不可能。

 その事実を真正面から受け止めることで、今後の調査にも様々な可能性が見えてくる。

 たとえば。他にも特殊技術(スキル)を保有していることが前提の職業のみが行うべき行為……料理人(コック)が食材アイテムを料理に変える“調理”や、医師(ドクター)によって行われる治療行為“手術”、吟遊詩人(バード)が言葉を巧みに(いろど)って発動される“詩吟”による自軍強化(バフ)や敵勢弱体(デバフ)が、そういった職を持たないNPCに可能なのか否か、調べておくことは有意義な成果をもたらすはず。

 ナタは常に元気一杯な少年の相貌に、納得の笑みを浮かべて自分の任務に邁進する。

 

 

 

 南方の夜は更けていく。

 その夜は、カワウソの赴いた飛竜騎兵の地にて、とんでもない騒動が巻き起こっていたが、ナタはそんなことなど露ほども知らずに、現地人たちとの交流を深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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