オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
この物語は、原作キャラとの“敵対”描写が多分に含まれております。
/Flower Golem, Angel of Death …vol.13
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「最悪です、後手に回りました!」
ナザリック地下大墳墓。最奥の中の最奥である第十階層・玉座の間にて。
「現在、ソリュシャン・イプシロン様が、生産都市地下階層区画の主動力室にて、天使と思しき存在と遭遇したと!」
赤熱神殿より派遣された魔将たちや配下の悪魔、ナザリックの近衛兵たちが、国内において重要用地のひとつと目されるべき第一生産都市──魔導国建国より早期に建造された“食料庫”とも言うべきかの地より届けられた急報に、情報が錯綜していた。
「天使だと? その情報の確度は?」
「天使種族固有の
「さらに。あのスレイン平野に現れたギルドの一味の内一体と、外見的特徴が一致しているとの報告が」
「それは事実か? ほかの、ユグドラシルの存在という可能性は? 万に一つ……億に一つもないと?」
「確かに。何かしらの幻術や精神干渉の影響もありえるか?」
「他のユグドラシルの存在が化けている可能性が?」
この時、警戒されたのはナザリックが捕捉できている天使ギルド以外の存在……第三者が何らかの方法でソリュシャンたちの認識を錯誤させ、漁夫の利を得ようと画策している可能性だ。
しかし、
「だとしたら何だ? みすみすこれを放置せよと?」
「いやそうはいっていない! だが可能性がある以上は、迂闊な行動は」
「そうして手をこまねいているうちに、イプシロン様がどうなっては御方に申し訳が立たんぞ?」
「イプシロン様や影の悪魔たちは、万が一の可能性を潰すべく事実確認と威力偵察──地下侵入者たる天使の確保に励むとのことだが」
「要請された応援は、アルベド様が選抜するとのこと」
「あの、……天使ギルドだとすると……今、アインズ様の身に、危険が?」
「いや、だが!
アインズが外で活動する上で──しかも、未知のユグドラシルプレイヤーと行動を共にする上で、守護者が一人も共につかないという状況は、忌避されて当然の事態。無論、そうやって隠密や近衛を大量に引き連れての行動は、同じユグドラシルの存在に対しての有効性は薄い。連中が看破や感知に特化したレベルやアイテムの保持者であれば、悉く裏目に出る結果しかない。だからこそ、御方は今回の同行者を、同じ冒険者の偽装身分を与えられたエルピスのみに限定し、唯一の供回りを許した。
しかし、いくらエルピスという孫娘がかなりの位階の魔法詠唱者に成長しているとしても、バックアップ要員は多いに越したことはない。
しかも、あの領地では既に三日前、ホーコンなる長老が黒竜を増産し統御して、国内に反抗の種子をバラまこうと画策した忌むべき土地。そこに住まうものに罪はないとしても、一度はアインズ本人から支援要請を賜った以上、警戒は深めておく方が道理といえる。そのために、当初は予定していなかった後方支援が急派されたのは、アインズからの了承も半ば強引にアルベドたちが取り付けていた。
だが、ユグドラシルにおいて悪魔種族に分類されるアルベド、コキュートス、デミウルゴス、そしてアンデッドの吸血鬼であるシャルティア、竜人のセバスなどの守護者たちでは、長期的に連中の傍にいることは控えられるのが当然の選択。何しろ、あの堕天使の随従として傍にいる女天使は、アインズの見立てによると悪魔や竜種への特効を有していることが確認されており、また、高位階の天使──“熾天使”というのは、そういう悪魔や竜などの存在に対する敵対能力の強さから、そういった魔や竜への知覚力もずば抜けて高い傾向にある(だからこそ、受肉化によってほぼ常時人間化している上にアンデッドの気配を断つアイテムを有するアインズや同様にモンスターの気配を断つアイテムを持つエルピス、人間の血が混ざっているセバスの娘・マルコの正体を、
そこで、ナザリック内で数少ない人間種であり、守護者内での力量は二番手に付ける
「アルベド様は今?」
「ナザリック内にいるシャルティア様とアウラ様の直接召集、及び、大浴場の“彼”に状況説明を」
ちなみに、魔将たちの直接の主人たるデミウルゴスは、つい先日入手した「若返り実験」のための
「アルベド様には、状況が深刻になり次第、
「そうか。いや、だが、特務部隊の状況は、どう見ても
報せを発したのは、アベリオンにて行われていた奴隷不法売買を締め上げた特務部隊。
その中でただの護衛雑務役として、戦闘メイドの配下に組み込まれた
現在、ソリュシャン率いる特務部隊の戦闘状況を監視しているのは、都市内監視用の、動力室内に備え付けられたゴーレムの眼を通しての映像だ。彼等が追跡し追撃を加える対象となる黒い天使は、確かに特徴的な光の輪を、頭の上に浮かべ、微笑んでいる姿が確認できる。いかに高位の潜伏能力を有していようと、直接戦闘を続けながら隠れ潜むことは難しい。
ナザリックが誇る監視役であるニグレドは、現在スレイン平野のギルド拠点の監視に加え、飛竜騎兵の領地に赴いた堕天使と女天使、さらには冒険都市で活躍中の銀髪の拠点NPCと思われる存在を捕捉・監視している。
しかし、いかにニグレドや、その補佐であるルチやフェルたちが優秀だからと言っても、監視の目を分散し拡散させる行為は一朝一夕に行うのは難しい。魔力量が尽きればペストーニャやルプスレギナ、彼女らの子どもたちなどの神官から供与されることで回復も可能だが、何しろ相手は同じユグドラシルの存在。迂闊に監視を続けるのも、相応の危険があるやもしれないと覚悟しておかねば。
そのためにも、いざとなればミニゴーレムの損壊だけで済むだろう監視映像で現状は何とかなっている。
だが、
「クソ! アインズ様のせっかくの御配慮が、これでは台無しに!」
強欲の魔将は頭を掻いた。嫉妬と憤怒が彼の吐いた毒に頷きつつ、宥める。
アインズ・ウール・ゴウンとして、彼等全員が信奉の念を惜しまぬ至高の御方々のまとめ役であられる彼が、現れた堕天使プレイヤーをこの異世界で飼い殺す──ではなく、あろうことか“友好関係”を結べはしないかと接近を試みた事実は、すでにナザリックの全シモベの共通認識として布達されている。
にもかかわらず。
連中のNPCと思しき個体が、天使という異形種でありながらも人間然とし過ぎた姿でいる者が、あろうことか、魔導国の部隊と、──交戦。まさに最悪な横槍と言える。さらに悪い可能性は、これが第三勢力──他のユグドラシル関係者による姦計であったなら。
友好関係構築の企図は、これで御破算に──
否。
まだ希望はある。
あの黒い、イズラと名乗った天使を、どうにかして停戦させればよい。
だが、そのための妙案が、魔将たちの頭脳では欠片も思い浮かばない。
魔導国の法に基づいて……は、そんな法律がないため不可能。ユグドラシルの存在をどうこうするなどという法を布達するにしても、肝心のユグドラシル関係者がそれを順守するいわれも理由も薄い。何より、ユグドラシルの存在は最上位秘匿情報──トップシークレットに該当する重要案件であるため、国内・大陸全土においてそんな存在がいることを認知しているのは、ツアーなどのごくわずかな例外しか存在していない。
ソリュシャンたちの立場上、『天使を見逃せ』という指示を送るのは、ありえない。彼女の行為行動は、与えられた任務内容に即した展開であり、それを反故にせよというのは、魔将たちの判断からみてもシモベにあるまじき暴挙としか思えない。そんなことをすれば、彼女に特別な任務を与えたアインズの面目を潰すことになる──それは、畏れ多いを通り越している。絶対にあってはならない。
ソリュシャン・イプシロンは御方々の一人であられる
それでも、彼等は努めて状況を分析し続ける。
現在、御方に報告・奏上するタイミングとしては、かなり微妙なところだ。
何故なら。
飛竜騎兵の領地にて、
アインズからの報せによれば、あの堕天使の近辺に侍る女天使は、少なくとも
それこそ、このタイミングでの接敵・戦闘が、あの堕天使プレイヤーの“期するところ”であるならば、アインズたちに報せに奔った瞬間に、何らかの反撃や迎撃──または情報の漏洩があるやもわからない状況。
無論、ソリュシャンの存在に対し、天使が少しでも
戦闘メイドといえど、アインズが最も大切に思う御方々の遺した存在──友たちの“子”とすら呼んで
彼女たちを傷付けた現地の個体で、許された例など数例のみ──イビルアイという名の吸血
あの吸血姫の娘は、あの十三英雄に関りがあり、尚且つツアーの知己である以上、彼女の抹殺行為は“白金の竜王”などとの要らぬ騒乱・敵対状況を呼びかねない。エントマには申し訳なくも、両者の間にはすでに和解が成立すらしている。
対して、
だが、問題は立て続けに、玉座の間に舞い込んでくる。
「た、たった今! シズ・デルタ様が率いる、南方に派遣された
「デルタ様の、副官が? だが、南方から緊急というのは?」
南方に派遣された、
かの地で発見採取された新鉱石は、新しい水晶の素材や武器防具としての使用が見込まれ、現地の鍛冶職人などに加工や製材を委任するほどの量が掘削採取された。
そんな新鉱石の担い手たる部隊に、何が?
大規模な崩落事故や部隊員による窃取行為にサボタージュなどは、ありえない。
伝令役の悪魔が声を震わせる。
「み……未知の敵──蒼い髪の武装者──少年と、こ、交戦中!」
応援を求めている、と。
魔将たちは、配下の悪魔が読み上げた〈
「映像来ます!」
続けざまに、生産都市の監視映像とは別のものが、玉座の間に投影された水晶の画面に映し出される。
悪魔たちは色を失った。
その蒼い髪に、数え切れぬほどの剣装を纏う少年の姿は、まぎれもなく、天使連中の鏡から最初に出てきた二人の内の一人だった。
「ありえん」
「ば……馬鹿、な」
「そんな。我々が、こうも後手に回るなど」
憤怒も強欲も嫉妬も、三魔将は悉く疑念の渦に巻き込まれる。
一体どうやって、南方に?
それよりもどうして、よりにもよって新鉱床に潜入し、……交戦を?
奴らの、探索の網の目は、それほどに広範に拡大していたということか?
だとするならば、他の未知なるNPCたちも、魔導国内に潜伏・浸透している可能性が?
あるいは、ナザリックがまったく捕捉できていない第三勢力が、天使ギルドの連中の姿を利用して?
「これ、は……アインズ様への……御報告、は?」
魔将たちは、もはや奏上しないという選択肢はありえないと了解していく。
しかし、ここにいる彼等だけでは、伝達は不能。
状況は刻一刻と変動し、いずれも取り返しのつかない状況に陥りつつある。
100年後に現れた、新たなユグドラシルの存在。
その圧倒的な性能──レベルに、戦闘メイドたちは窮地に立たされている。
「心配には及ばないわ、
慈悲深き女悪魔の声に、悪魔たちが振り返る。
玉座の間に現れた王妃たちを代表して、
「アインズ様の後方支援として飛竜騎兵の領地に赴いているマーレには、アウラから状況を伝達し、すでに撤収準備を。コキュートス、デミウルゴス、セバスについても、急ぎナザリックへの帰還を命じているわ。アインズ様の代役を務めるパンドラズ・アクターと、その補佐を務めるナーベラルなど、外に出ているナザリックのシモベは、これですべて戻る手筈よ」
守護者各位をはじめ、ナザリックの全戦力は結集される。警備レベルは最大以上に設定された。
あとは、御方の号令ひとつで、奴らへの全力反撃が可能となる。
そして、そのために──
「アインズ様への
もはや危険因子同然と見做すしかない──やもしれぬ堕天使と女天使の傍にある御身に、すべてを直接伝達。御帰還の了承を得なければ。
完全武装のシャルティア・ブラッドフォールン。
潜伏スキルを有するアウラ・ベラ・フィオーラ。
そんな二人を侍らせる純白の最王妃、アルベド。
この100年で
飛竜騎兵の葬祭殿にて、貴賓席で葬儀に参加していたアインズは、ナザリックへの帰還を果たす。
そして、彼等との交戦状況を目にし、アインズはひとつの作戦を、竜人の娘に頼んだ。
しかし、その結果は──
×
蒼い髪の少年──
たとえば花の動像は、ナザリック第七階層“溶岩”のような炎系フィールドでは、あっという間に死に絶えることになりかねない。なので、野生下やレイドボスとして会敵した彼等に対抗する際には、フィールドそのものを炎属性へと変換するか、あるいは武器や肉体に炎を纏うなどの処置が特効手段となる。
そのため、NPCとして創られたナタは、創造主によって炎対策について万全に近い用意をしているのだが、それでも不安は残る。
この異世界で、彼の装備を上回る魔法が新たに開発・台頭している可能性をはじめ、あのアインズ・ウール・ゴウンが運営する魔導国内で、ナタが苦手とする炎属性の、ユグドラシルとは異なる攻撃手段──実例で言えば“武技”や“異世界独自のアイテム”などが、軍などに量産・拡散配備されていれば、さすがに抗しがたい規模の炎に焼かれることになったやもしれない。
「以上が!! 自分の弱点となります!!」
南方の新鉱床内。
舞う剣に囲まれ、腕を組んだ少年は、装備した靴の双輪から風と火を生じさせ、それによって〈飛行〉の状態を維持している。靴の名前は“風火二輪”。ナタの元ネタに
対して。
少年の大口上を黙して聞いていた戦闘メイドは、魔銃を油断なく構えつつ、疑念と困惑に沈む声で、問う。
「…………おまえ、バカ?」
少年は、自分の種族や、それに関連する長所や弱点を、自分自身の口から、シズたちに向かって語って聞かせた。
ありえない。
あっていい話ではない。
自分で自分の種族を暴露し、あまつさえその最大にして絶対の弱点をさらすなど、正気の沙汰か。
「確かに!! 自分はそこまで、頭が良いとは定められておりません!!」
雄弁に、雄大に、自分自身の不出来を幼い声で笑い飛ばす少年兵。
「ですが!! 代わりに自分は!! 『武器の申し子として恥ずかしくない、正々堂々、誠心誠意、尋常なる勝負にこだわる
戦闘を愉しむ。
それが、ナタという拠点NPCの根源に埋め込まれた存在意義。
かつて、ナタの創造主が『かくあれ』と望み願った在り方の通りに生きようとする、彼なりの信義が、流儀が、そのように行動させた。
何しろ、
「失礼ながら!! ここにいるあなた方は──弱すぎる!!」
シズの能面のごとき表情に、明確な亀裂が、
「
ナタが装備の〈飛行〉で離れた大地には、すでに幾多の斬殺体が横たわっていた。
最初に両断された
そして、
どう贔屓目に見ても、どちらが優勢であるか、どちらが強者であるのかは、瞭然としていた。
「…………おまえ、まさか、Lv.100?」
ええ、いかにも。
そう告げんばかりに笑みを深める蒼髪の少年。
シズは理解せざるを得ない。
これは、自分たちのレベルでは
だが、理解はできても、納得はいかない。了承も了解もしない。
「…………
「ははっ!! おもしろい!!」
そうでなくてはと轟然と笑い、ナタは挑発を受け入れる。
あまりにも迂闊。
あまりにも愚劣。
敵に塩を送るなど、シズに言わせれば自殺行為以外の何物でもない。
しかし、そうさせるだけの力量差が、両者の間には厳然と横たわっていたのだ。
「…………燃やし尽くす」
シズは、自分の食料である専用ドリンクの一種──自動人形用の
これは他の食料素材とは違い、現実世界に即した、とある特性を有している。
『いかん! 全員退避しろ!』
彼女の作戦を了解した
シズは、自分のエネルギー源のひとつであるドリンク缶を高々と放り投げ、魔銃の照星照門に捕らえる。
一発の発射音。
撃ち抜かれた重油缶。
そのすぐ後に、あたり一面、新鉱床の採掘場内に、ゴォという閃光と爆音と共に、炎の滝雨が注がれる。
「おおっ!? そのような使い方を!!」
炎を大の苦手とする
見る間に、地下空間は溶鉱炉の底のありさまとなる。
闇一色の地下採掘場は、文字通り、炎の坩堝と化す。
すでに、戦闘に使えそうにない副官や、魔導国臣民である亜人たちなどは避難済み。採掘場内には、有事の際の炎やガス対策の防御が張り巡らされているので、ここの責任者であるシズがシステムを起動させれば、鎮火自体は容易。鎮火した後の処理も問題なく行える。
酸素濃度が低下し、炎はその勢いを若干抑え込まれはするが、こうして自称・
「なるほど、なるほど!! 圧倒的不利をカバーするための、その手並み!! 実に勉強になります!!」
しかし、少年は涼しい顔で、自分にとって不利な状況を構築された事実に、深い笑みでもって称賛を贈る。
「…………やっぱりバカにしてる」
「とんでもない!! 自分は、“敵”に対する敬意を払っているだけです!!」
その証拠にと、ナタは今しがたシズの手が成し遂げた事象に対して無知だった己を弁舌する。
「自分には考えもつきませなんだ!! まさかこのようにして、
無論。ゲームの、ユグドラシルの仕様でも、自動人形の
油などは、ユグドラシルにおいては動植物から採取されるそれの他に、アップデートされた機械生命系統のモンスターや駆動装置類……自動車や船舶、飛行機などに必須なアイテム。駆動装置類の起動や機械生命系の動力・食料──さらには、料理人が調理行程で使用・消耗するサラダ油などの微量のものまで、その種類や数量は多岐にわたるが、いずれも閉鎖空間全体を炎上させる規模の攻撃には使えなかった。そういったものはもっと高価なアイテム“
だが、この異世界に転移したことで現実化した重油類は、ゲームの制限を超えた規模での燃焼作用を引き起こすものとなり、当然その取り扱いには注意が必要となる。
魔法のボトルに入っている状態なら安心して使えるが、現実のように使い方を誤れば大惨事──火に注がれた油は、その可燃性をいかんなく発揮してしまうのである。
「やはり!! 戦えるということは素晴らしい!! 戦うことで、新たな発見・創意工夫を目の当たりにできる!! ゴーレムである自分には、とてもおもしろいことばかりです!!」
炎に照らされる少年には、虚飾や誇張といった影は一切生じない。
そんな彼の様子が、シズには
「…………おまえ、本当に、
「ええ!! そうですが?!」
「…………
「自分はギミックやアイテムとは違う存在ですので!! この口調は、我が
「…………設定」
灼熱の業火で酸素濃度が低下し、吸い込む息ひとつで人間の喉と肺を焼きかねない温度の中を、少年がシズ同様に涼しい顔でいられ、声まで発することができるのは、異形種であるが故の特性。
だとしても、尚も信じがたいと、視線で疑いをかけるシズ。
「うむ!! では、特別サービスです!!」
ナタという少年は、組んでいた腕を開放し、左の掌に装備されていたもの──何も装備されていないように見えて、実はそこにはちゃんとアイテムが仕込まれていた──をはずしてしまう。
握りしめられた掌から外されたそれは、シズの視力には「哪」という漢字に見える。
「いいですか?! 一回だけですよ!?」
人差し指を一本立てて念押しする少年を睨み据えながら、シズはその特別サービスとやらを、待つ。
解放された無垢の左腕を、少年が炎の舞い踊る天井に掲げる。
はらはらとこぼれる燐粉が、ひとつ。
少年の肌色が、火の粉の一滴を浴びた、その時。
「うアッチチチッ!!」
ただ一片の火の粉で悶絶し手を振り払う少年の肌を、その変化を、シズは確かに、視認する。
「…………花びら?」
人間であれば皮膚が裂け、血が流れる肌色。
そして、火傷するべき手指に浮かびあがったものは、清廉な純白の花弁。
それが無数に。数え切れないほどの量が。
まるで、血の代替であるかの如く、肌色を覆った純白。
ダメージを受けたことで、その部位が人間とは違う変化変容を見せた光景は、少年もまたシズと同じ異形種の存在であることの実証と言える。
「ええ、このように!! 自分の身体は「花」で構築されたもの!! 人の少年の姿をしているのは、創造主である
戦闘メイド内でも幼く愛らしい容貌に部類されるシズよりもさらに童顔童形──蒼髪の少年が、その見た目とは裏腹に、豪快剛毅な威勢のまま、語り掛ける。
「あなたはどうです?! あなたにも、自分と同じように『かくあれ』と望んでくれた主人がいるのでしょうか!?」
ナタは、この魔導国内における異形種の立場を心得ていた。
数が少なく、また、そのために超常的な力量を備えていることが多い彼等異形種は、国に臣従を誓う臣民とは一線を画す地位と栄誉を賜る、ナザリックに近しい“同胞”として受け入れられていると。だとするならば、デルタという目の前の
だから、少年は率直に訊ねた。
目の前にいる少女は、この異世界の異形種なのか。
あるいは、ナザリック地下大墳墓によって生み出された“シモベ”なのか、否か。
だが。
「…………教えない」
教える理由がない。
シズは自分を生み出してくれた博士を脳裏に思い起こすが、それを口の端にする愚を犯さない。
相手がペラペラと……欺瞞情報を与えるためやもしれぬ状況で、少なくとも“花の動像”という話は真実なようだが……色々なことを喋る少年の調子に、シズが呼応する義務は、ない。
相手が勝手に喋ってくれる。
戦闘においては、相手の情報を知り、そこから転じて、敵の有利を封じ不利を生じさせることが、絶対的な勝利の法則。
ナタの発言は愚かな行為だ。
いくら尋常な勝負などを望もうと、それで敗北を喫するなど、あってはならないはず。
それほどの自信を裏付ける実力者……Lv.100だとしても、情報を制する者こそが、真の勝者となりうる。
至高の御方のまとめ役、アインズ・ウール・ゴウンは、そうしてこの世界を征服し尽したのだ。
それに、シズは強い敬意と尊愛の念をもって、同調する。
「ははっ!! それはそれで結構!! では!!」
シズの反発を当然のものと受け入れる少年兵。
自分が圧倒的に不利なフィールドを構築されている中で、ナタは左手の「哪」という装備をグローブのごとく再装着し、また腕を組む。
「どうか自分を、存分に
燃え上がるフィールドを背後に、勝負の熱気を前にして凄絶な笑みをこぼす花の動像。
シズは、さらにアイテムボックスから、可燃性燃料たるドリンク缶を数本、取り出す。
×
動像であるナタよりも、硬質的かつ無機的な少女の威容。
さらに、取り出した燃料のラベルや、炎上空間で問題なく行動可能な事実から、ナタは冷静に、目の前の少女、デルタと呼ばれる魔銃使いのメイドが、異形種の“
ナタもナタで、彼独自の観察眼と戦術眼で、自動人形・デルタという少女から情報を獲得しつつある。
ナタは
いうなれば「戦闘バカ」だ。
戦うことに関する執念・執着は、ギルド:
そう『かくあれ』と
天使や精霊たちの巡回する迷宮を走破した侵入者たちを迎え撃つための、
最初の防衛者──ナタ。
だが、ユグドラシル時代──この異世界に転移する以前に、
ナタが生み出され、第一階層“迷宮”の防衛を担った拠点──ヨルムンガルド
ヨルムンガルドとは──
有名な最高級毒薬アイテム「ブラッド・オブ・ヨルムンガルド」であったり、あるいは武器防具の素材だったり、あるいはただのレイドボスモンスターであり。
そんな中で、それだけポピュラーな世界蛇の「名」を戴く拠点というのは、珍しくもなんともない部類に位置した。
ヨルムンガルド
無論、ユグドラシルの十二年の歴史の中で、この量産型拠点はさんざん攻略の限りを尽くされており、その内部構造やダンジョン時代の徘徊モンスターやボスモンスター、ギルド拠点化した後のポイント数や使用上の問題点に至るまで、ギルド:ワールド・サーチャーズ──ランキング最高第二位に位置した調査系ギルドなど古参の努力もあって、事細かく詳細に調査され尽した代物に過ぎない。
そうして調べ尽され、遊び倒された拠点・ヨルムンガルド
さらに、ナタたちを防衛任務から遠ざけたのは、ニヴルヘイム・ガルスカプ森林地帯そのものが受けた評価だ。
悪辣なフィールドエフェクトや、おどろおどろしい黒森の不気味さ……何より、それほどの場所なのにレアなドラゴンやモンスターがいるわけでもないという状況は、やはり大抵のプレイヤーにとっては侵入しようという気概は湧くわけもない。近くにあるレアな狩場“腐食姫の黒城”や黒城周囲の
以降、ガルスカプ森林地帯は、〈飛行〉などの魔法によって上空を通過する際に、飛び出してくる黒い蔦や捩れ樹、黒い鳥獣系モンスターからの攻撃などに注意する程度のフィールドにおさまってしまう。
こうして、ナタたち……ギルド:
そうして……現在。
「これで十九体目!!」
「…………ちッ」
元採掘場の炎上空間を逃げ回るナタに対し、デルタは自動人形らしからぬ感情のまま舌を打った。彼女の目の前で、盾となるかの如く身を躍らせた黒い影。『無念』と呟き、八肢を斬り削がれるモンスターが、焔の内に落ちて、消滅する。
「銃を
基本的なチーム戦術。
前衛が後衛を守りつつ、後衛が前衛の支援を行うという、基本中の基本──であったが。
「…………うるさい」
指摘された内容に、少女は憮然と返すのみ。
だが、デルタ自身も、もはやナタの指摘事項は完全に理解されているところだと判る。
ナタはLv.100のNPC。彼女にレベルを推し量る手段がないのだとしても、その性能差を感得できないほどの間抜けではないことは、ここまでのやり取りで把握済み。
彼女たちとのレベル差が開きすぎていて、通り一辺倒な戦術戦略でどうこうできる領域を超過する難敵であるのだから、致し方ない。
派遣された戦力は“未だ”半数が残存しているのだが、デルタにとっては“すでに”半数を消耗したような──その事実に対する焦燥や畏怖、誰かに対する申し訳なさが、ナタの感得可能な少女の機微であった。
ナタは余裕があった。
少年兵にとって幸いというべきか。デルタなる自動人形の少女は、ナタという敵に対して有効な攻撃能力を示せていない。が、魔法の銃火器は装填される弾丸の種類などで属性や効能を千変万化させる優れもの。見たところ、自動人形が握る純白の
だが、ナタはその弾丸の雨霰を、その身体能力で悉く「視認」し、「回避」できている。
ただの一発も、ナタの肉体どころか、装備する鎧や、腰布の端にも
ナタの速度・素早さのステータスはギルド内でも最上位であり、
しかし、ナタは敵対者たちへの敬意を深めていく。
少女の装備する魔銃もそうだが、身に帯びた衣服や装身具も、なかなかに優秀かつ優美な事実を、
彼女は魔導国内……というか、ナタ自身が身に帯びるそれと同等なランクのそれを与えられていそうな事実から判断して、間違いなくナザリック地下大墳墓に連なる“拠点NPC”であろう。
魔導国内で生産されている武器や装備はかなりの量ではあるが、質の面で言えばユグドラシルのそれよりも、微妙な印象が大きい。アベリオンやセンツウザンの街並みで拝見したそれを目利きすることは、戦士であるナタにはあまりに容易な作業であった。
しかしながら、あのデルタという自動人形に与えられた装備類は、ギルド最強の矛としてナタに拝領されているそれらと同等か、それ以上なものが多い。彼女が現地人だとしたら、とんでもないレベルの好待遇だと思われるが、彼女がナザリックの存在だとすれば、いくらでも納得がいくというもの。
白黒のメイド服を思わせる衣類。都市迷彩色に染まった小物──ヘッドドレスやマフラー、グローブ、ニーハイソックス。右肩や両脚の鎧に加え、スカートにも同じ色の白銀の装甲が覆われており、全体的に統一感が感じられる造り。左目には
最たる特徴は、この異世界でナタたちに未だ発見されてなかった、「魔銃」の所持者であるという、事実。
現在のところ、魔導国内では銃の流通は確認できていない。それこそ、書籍や文献においても、それらしいものが生産・配備されているという記述は、ナタたちが調べた限りでは存在していない。
つまり、ここにある「魔銃」の価値は、推して知るべき次元──完全な機密に位置するはず。
「銃」というアイテムはユグドラシルでも扱いが難しく、また使用するための注意点や留意点の多さから、そう簡単に戦闘で使えるものではない。
まず、銃そのものを製造・獲得することはもちろんだが、銃最大の懸念材料は『弾』を収得する方法だ(矢をつがえる弓矢などでも同様)。純粋な魔法攻撃として無尽蔵に……レーザーとかビーム兵器のごとく攻撃可能な代物もあるが、そういうものは大抵がランカーギルドなどの生産力か、希少クリスタルの入手のどちらかが必須。銃を扱うガンナーたちは
それ故に、銃を扱うことに特化した専用の職種でなければ扱えない装備品であり、ウェポンマスターなどの職業を修めるナタと言えど、少女の銃を奪い取って使用することは不可能。せいぜい、銃を扱える同胞のクピドへの土産にはなるくらいだろうか。天使の澱に属する銃使い……ガンナーやスナイパーなどの職業レベルを与えられたのは、赤子の傭兵天使であるクピドだけ。彼のほかに遠距離戦闘が得意なのは、高火力を誇る
「うおっと!!」
思考を断ち切るかのごとき軽快な発砲音の連射に、ナタは即応して身を退いた。
デルタの連射攻撃は精密だ。おまけに、配下として引き連れている
彼女の計算され尽くした連鎖攻撃は、十二分に脅威であった。
しかし、ナタは爆炎も落石も、諸共に切り払う武装を展開中。
手を振るうまでもなく装備者の周囲を高速旋回する剣たち──浮遊分裂刃Ⅰの威力は、
「今の攻撃は良かったですな!! では、これは如何でしょう?!」
数十本に分裂した長剣から、数本だけ攻撃に使用する。
砲弾のごとく加速・突撃する剣が、炎の壁を背にする自動人形を捉えた、
ように見えた。
「おお!! 消えた!?」
装備のひとつを使って、〈不可視化〉か〈不可知化〉を行い飛び退いたのだろう。剣は虚空を切り裂くのみで、その後はブーメランのような軌跡を描いて、腕を組んだ少年の許へと舞い戻る。やはりナザリックの存在は優秀だ。ここまで戦闘を続けて、まだまだ余力を残していたとは。
「あなた方が逃げられるのでしたら、自分は追いませぬが?!」
それならそれでナタは無事に帰還が果たせるというもの。
しかしながら、少年の声に応じるような発砲音が三連発、間髪入れずに轟く。愚直なほどまっすぐな弾道が、剣群によって弾き斬られる。
逃げる気など、毛頭ないとでも告げるかのように。
「ふふ、そうですかそうですか!! それでこそ、戦い甲斐があるというもの!!」
少女の発砲は、とてもまっすぐに過ぎた。
姿は見えずとも、弾丸の飛来した方向を正確に認識したナタは、見えざる敵に対して、飛ぶ。
×
馬鹿にしやがって。
シズは発砲動作中も、その直後の退避移動中も、というかこの戦闘中は常に、ここ数年で一番のムカっ腹をたて続けていた。
されど、本営テントの屋根から飛び退き、従業員作業用リフトの足場に降り立ち、新たな
燃え上がる炎の閃光に炙られながら、しかし、その強熱とはまったく無縁の涼しい表情で、シズは戦いに臨める。
だが、
これでは、教練や稽古をつけられているようなものだ。
無論、シズは自分に与えられたレベルが高いものでないことは理解し納得し了承できている。それが、自分を生み出してくれた博士が『かくあれ』と望んだシズ・デルタ──CZ2128・
しかし、いかにレベル差があるからと言っても、少年に何かしら事情があるとしても、「敵に手を抜かれる」状況を好むほど、シズは落ちぶれてなど、いない。
表情とは別の胸の奥で、シズは流れるはずのない汗にも似た感情に心をささくれたて始める。
──あっていいことでは、ない。
たとえ、相手がシズ個人ではどうしようもない最高戦力クラス──Lv.100の相手であろうとも、ナザリック地下大墳墓のシモベとして生み出され、この魔導国における絶対的権能を許された自分が、あんなモノに、あんな小さい姿をしたものに屈しては。
「…………アインズ様に、申し訳が」
たたない。
たつわけがない。
シズは戦闘メイドであると同時に、御方に忠節を尽くし、御方に勝利をもたらすべく創造された尖兵──遠距離から敵を撃ち穿つ
そんな自分が、戦闘相手に手加減を加えられ、あまつさえ、敵自らが暴いた弱点を突くためのフィールドを構築することに成功しているのに──
まるで、虚空を舞い落ちる花びらを撃ち抜こうとするかのよう。
炎の舞い踊る採掘場を、縦横無尽に、飛行用アイテムで駆け回る花の動像。
自身の意志で、圧倒的な不利を暴露し、おまけに教練をつけてやる調子の敵の姿。
その様子には焦りも、恐れも、戦いという気概を、全くと言っていいほど、感じられなかった。
「…………いい加減に、しろ」
〈不可知化〉を解いて、シズは怒りをあらわにする。
手加減され続けるシズの戦意は、もはや心臓部が過剰加速してならないほどの激昂で、塗り固められている。
「…………おまえ、私を殺せる機会はいくらでもあった。なのにっ」
なぜ殺さない。
殺せないのではなく、奴は殺さないだけだ。
襲来してくる剣の速度にしても、手加減されていることが手にとるようにわかる。
わかっていて、そう問いかけずにはいられない人形の少女に対し、ナタは心底から嘆息してしまう。
「ですから!! 自分を見逃していただければ、それでいいというお話!! そのために、自分はこうして貴女に、自分のことを話しているつもりなのですが?!」
回避する足を止めたナタが、まっすぐシズを見上げる。
向かってくる敵がいる以上、それを迎撃しないでいるのはナタの性格上、難しいのだと言う。自分と同じく戦いを“望む”相手がいる限り、ナタもまた戦い続けることで、それに応じなければならないと思われるからと、少年兵は実直に告げる。情報を──ナタ個人の性能などを口にしているのは、あるいは彼女たちがそれで満足して帰ってくれるかもという思いから述べ立てていたらしい(しかし、さすがにナタは重要な情報はひとつも漏らしているつもりはなかったが)
両者ともに、動像と人形という種族故か、あるいはNPCらしい剛直な思考形態であるが為に、引くに引けない状況に陥って久しい。
しかし、だ。
「…………ナザリック地下大墳墓の絶対支配者であられるアインズ・ウール・ゴウン様に仕える、
こちらの意志を、絶対的な主人への忠誠を
生き残った
シズたちの覚悟を受け取ったナタは、大きく嘆息を吐き出す。
「──確かに!! 敵に背を向けることはありえない!! 我等NPCは、逃げるなどという思考には馴染みようがない!!」
己の浅慮浅思を恥じるような納得の首肯と共に、ナタは決意を新たにする。
「わかりました!! シズ・デルタ殿!!」
これ以上の戦闘行為は、互いにとって無益になると判断した
彼は、ただでさえ大きい少年の声音を、地下採掘場を打ち震えさせるほどの
「では!!
自分の本気で!!
あなた方全員を潰させていただく!!!」
轟々と吼えて笑う少年は、組んでいた腕を、
そうして、素早く自分の周囲を旋回する刃を停止させ、左肩の鞘に格納。
その後、彼が手を伸ばした先は、少年の背中……背嚢に交差するよう括り付けて携行していた、二つの武器の内の、ひとつ。
シズは、聞かされる。
「これこそが!! 自分の本気の本気で使う武装・秘密兵器のひとつ!!」
朗々と紡がれるナタの前説を──戦闘メイドは、決死の覚悟で、聴き取っていく。
×
敵である少女の意気込みと覚悟に打たれ、ナタは“本気”の武装を解放せねばならないという戦意に
迎撃する。
今まで組みっぱなしになっていた両腕を開放し、ほとんど“防御用”でしかない浮遊分裂刃Ⅰをしまい、その腕で背中にある得物の一本を掴み振るう。
取り出したのは、ナタの秘密兵器たる武器の“赤杖”。
これこそが、自分の本気の本気で使う武装、二つの内のひとつ。
その名を呼ぶことで、真の姿を披露・解放する。
「“
赤い杖が、見る間に変化の光を放つ。
これは、カワウソが以前所属していた旧ギルドの、文字通りの、遺物。
カワウソが『ギルド最強の矛』たる少年兵に与えた、破壊力の、権化。
ナタが知らない旧ギルドのNPC用に製作されたが故の名称は、“如意棒”とか“如意自在棍”などの別称でも知られている。
「…………な?」
自動人形の少女が驚嘆するのも、無理はない。
その全長は、第一開放状態──初期起動の段階で、すでに全長5メートルの姿を露にする。さらに、全幅だけで1メートル強。その様は一本の“杖”というよりも、バカでかい“円柱”という方がしっくりくる雰囲気だ。自動人形の少女よりも童身の少年が……人間の形が物理的に振るえる限界を超過して余りある大構造の重量物を、ナタという戦士は慣れた調子で“振り回す”。
そうすることで、第二開放状態へと、段階を押し上げていく。
さらに倍以上に膨れ上がった、赤い、円柱。
天使の澱のNPCたち──Lv.100NPCの12人は、カワウソが創り上げた最適なチーム・パーティ構成で成り立っている。
ユグドラシルにおいて最適な
例を挙げるなら、ナタの同胞にして生産都市の調査に励むイズラは、その分類の中で暗闘暗殺を得意とする暗殺者や盗賊系職業に重きを置いたことで、カテゴリーとしては『探索役』──隠密能力や罠の感知などによって、パーティの危機回避に一役買う構成になっている。
ちなみに。死の天使Lv.15であるイズラの保有する種族スキルは、とある職業と組み合わせることで中々に強力かつ凶悪な性能を示し、その能力を遺憾なく発揮する“本”──かつてのカワウソの仲間が残したアイテム──まで下賜されていたことで、イズラは下級天使の部類ながら、なかなかに悪辣な性能に特化している。
そして、ナタは当然『
彼に与えられた近接戦闘用の職業の数々と、花の動像の特性──さらには課金などを併用することで、ナタは数えきれないほどの武装をその身に帯びることを可能にしている。
そうして身に着けた武装のほとんどは、彼の物理攻撃力ステータスを極限にまで押し上げてしまう効果の品ばかり。ステータスを最大100ポイントと計測するところを、ナタのレア種族はその上限を破る領域にまで手を伸ばすことを可能にしていた。
ギルド:
そう『かくあれ』と生み出され創り上げられたナタという少年兵は、東アジアの神話や民話において語り継がれるとある“天の使い”を
尋常ならざる物理攻撃と速度を維持することを可能にしたレア種族、
「これが!! 最後の!! 忠告です!!」
逃げることを絶対にオススメする少年は、もはやビルほどの巨体にまで形状を変化・巨大化させた
まるで、堅固な城門を破壊するための
誰の眼にも、その巨体から繰り出される攻撃の暴威は明らか。
人の掌で払い潰される羽虫と同じ末路が、その巨杖のありさまから予見できる。
なのに、シズは背中を見せることは──ない。
「…………逃げないし、逃がさない」
覚悟も思考も
そんな少女の決意を尊重するかのように、残存していた
その蟲の砦はまるで、乙女を中心に抱いて壁に咲く──刃の“花”にも見えた。
それらすべてを確認したナタは、「最後に言い残したいことは」と
彼女たちには、まだ戦意がある。
戦い続けることを己に規定するものに、言葉は不要。
だとするならば、まだ勝敗が定かでない状況で、そんなことを訊くのは無礼千万。
シズ・デルタと名乗る自動人形の少女の心意気を尊重し、敬意と共に、
ナタは柱のごとき杖を、突き
巨重が轟音を奏で、暴風の
あまりの威力に、シズが放火した炎上空間も鎮火するほどの風の圧。
それほどの大規模攻撃に、シズは冷徹に
続けざまに撃ち込まれ続ける魔法弾の威力も何もないように、如意神珍鉄の先端が、シズたちのもとへ。
周囲で防御陣形をとっていた
ついで、重い衝突音と共に鉱床内を激震が奔り、採掘場内に施された魔法の耐久壁も突破して、杖が大地を横に砕き貫いた。
そして、
シズ・デルタたち、ナザリック地下大墳墓の部隊は、壊滅の憂き目を──
見なかった。
「んん!?」
採掘場の壁面に及んだ、超絶の破壊力。
それを直視し、彼女たちへの
気配を殺して迫りくる影を、ナタは“戦士の勘”と“気の流れ”の
振り返り、手を伸ばした。
左手が、メイド服の右腕を、掴む。
「…………チッ」
あまりのことに、ナタは本気で驚愕した。
完全に
しかし、ナタに与えられた近接職“
「なるほど!! 〈転移〉か何かを使われたか?!」
疑念するナタの声に、シズは答えようとはしない。
つまりは、ナタが全力攻撃を繰り出し、武装を使用した際の“隙”を突く作戦か。
「しかし残念ながら自分は、
限界まで手加減を排除した、シズのレベルでは対応不可能な正拳突き。
だが、あまりにも不可解なことに気づき、ナタは拳を止める。止められる。
何故という──率直な、疑問。
少女は何故、銃撃戦を捨てて、ガンナーには苦手なはずの──近接戦を?
ナタは答えを瞬時に理解する。
「…………殺す」
この作戦のために、護衛の
その隙を突くための、最後にして最大の攻撃手段が、シズの左腕にぶらさがっている。
「…………絶対に殺す」
左腕に取りだしていたのは、武骨な
それがベルト状に連鎖し、撃発の瞬間を待っている。
アイテムの名は、
シズが保有する最大火力であり、ナザリック第九階層防衛時には、敵侵入者の数を一人でも削ぎ落とすべく、創造主から与えられた兵器のひとつ。Lv.100の絶対強者には効き目は薄く、彼女たち本来の足止め程度の役目として持たせられていたアイテムだが、炎属性に脆弱な個体であれば、これも有効な手段たり得るはず。
……本当は、ナタに気づかれることなく、これを巻き付けて起爆してやるつもりだったが、それは無理だった。
故に、この「自爆作戦」に切り替える。
シズは思う。
このアイテムを至近距離で使うことは、当然危険。
発動した瞬間、シズはおそらく死ぬことになるだろう。
だが、自分が死んでも、アインズがきっと復活させてくれる。
死ぬことなど怖くない。御方の役に立てずに死ぬことに比べれば、この程度のことはへっちゃらだ。
一瞬。
ほんの一瞬。
アインズに叱られはしないだろうか──呆れられ失望されないだろうかと、不安を覚える。次に、姉妹と定められた戦闘メイドの皆や、ナザリックのシモベ達にまで累が及ぶことはあるまいかと。
そうして、もう二人。
大好きな彼が、第四階層の彼が、「自分が死んだ」と聞かされたら──どんな反応をするのか、気にかかる。彼と一緒に創った、あの
しかし、“迷い”など
それらをたった一瞬で思考し終えたシズ・デルタは、最後の手段を敢行する。
不遜な
あの少年の笑みを焼き焦がし、滅ぼしてやるために。
安全ピンを抜いて、自動点火。
そのアイテムの周囲に存在するすべてに、焼夷材と爆撃の破片を喰らわせる──
「…………え?」
はずだった。
数十個からなる榴弾を連装するベルトは、
だが一発も、
点火しない。
ユグドラシルのアイテムに、誤作動や整備不良はありえない。
ということは、これは?
「残念ながら!! あなたの炎属性の武装、自分が“支配”し、完全停止させていただいた次第!!」
目の前の少年の片腕に、超速で構えられた得物を視認する。
それは、少年の背中にあった、もうひとつの──長柄武器。
「自分の秘密兵器のもうひとつ!! 名は“
採掘場壁面に突き刺さる“如意神珍鉄”の他に、もう一振り。
背中に括り付けられていたのは、火炎を模した刃を戴く“
それが、発動中は焔のように刃の形状を機械的に変化させ続けながら、ナタの背後の大地に──シズからはかすかな死角となる位置に、突き立てられている。
その特性・能力は、『強力な炎属性攻撃を敵に与える』のみならず、『すべての炎属性武器の“支配”を可能にする』──などと設定されているが、実際には
無論、聖遺物級以上のアイテムや、単純な炎現象のフィールド効果には無用の長物と化す、中途半端なアイテムではあるが、この場では有効に働いた。
シズ・デルタの自爆装置じみた最終手段──
アインズに対しての申し訳なさから生じた一瞬の逡巡の間が、ナタにこの武装を解放させるのに十分な“一瞬”を与えてしまった。
そして、彼女はこの“特効”ならぬ“特攻”手段を敢行し果せるために、遠距離戦闘者──ガンナーとしてはありえないほど、敵に接近してしまっているという、状況。アインズに支給された近距離転移魔法のアイテムを起動させるどころか、ボックスから取り出す一行程すら取れないだろう、至近距離。遠距離からの弾丸攻撃を回避し果せる身体機能を有した少年の不意を確実に突くための完全奇襲作戦は、あと一歩のところで泡のごとく
最悪な戦況である。
いかに自動人形の、シズの身体能力でも、Lv.100のそれに耐えることは、不可能。
「では──御免!!」
火尖鎗は、敵の武器を“支配”してから数秒の間、攻撃には使用できない。
そのため、ナタは無手での攻撃を選択。
彼の腕に着用された無色透明に近い装備品──左掌に「哪」と、右掌に「吒」の漢字を戴くアイテムが装備者の意志に応じるように、掌の漢字が、手の甲に浮かび上がる。
シズ・デルタ──Lv.46の自動人形──には、防御しきる
彼女は咄嗟に両腕のグローブを交差し、首のマフラーを巻き付けて致命箇所の防御を厚くするが、その程度の防護など、Lv.100の戦士職NPCには裸同然。しかし、もはや手加減はしないと決めた少年兵に、逡巡や躊躇など、ありえない。
少女の身体の中心に、寸止めする気など毛頭ない必殺拳の暴撃が叩き込まれる──
刹那、
「んぅ?! これは!?」
ナタの声を弾けた。
「…………え?」
シズは目を見開いた。
両者ともに、驚愕を
両者の間には──巨大な、あまりにも巨大すぎる岩塊で出来た、掌が。
掌は、ナタの拳撃を、シズの代わりに受け入れ、耐えきった。
ナタは反射的に、直感的に、まったく理性的に、拳を引いた。
闇色の門から突き出され、まるで自動人形の身を護る盾──花弁のごとく開かれた巨大な
「「 !?! 」」
花の動像に向かって、
さながら、その場でダンプの衝突に遭ったかのように吹き飛ばされる少年兵は、優雅な身のこなしで、落ちる花びらのごとく岩塊との激突状況から脱出し果せる。
しかし、豪拳の烈風による余波で、ナタは放物線の軌道を描き、神珍鉄が破砕した壁面に片膝をつく無様を余儀なくされた。
「援軍ですか!?」
ナタがまっすぐ見つめ、確かめたそこにあるのは、空間に開かれた闇一色の門。
そこから岩塊の拳が突き出され、剥き出しとなった腕まで含めて、ずんぐりとした巨岩の造形が露になる。
「…………っ、どうして?」
救われた自動人形の少女は、その全身が門より這い出されるのを待つ。門は、目前にいる
闇色の門扉より顕現した──巨大な像。
二足二腕の太い造形が、分厚い岩盤を胴体に取り付けられた巨体は、優に30メートルを超えている。心臓の鼓動のごとき光の明滅を岩の身体に宿す巨人像は、確実に、シズ・デルタの援護のために派遣された存在に相違ない。
「す!!」
「…………す?」
「す、すすす──す──す!!」
少年兵は、声を漏らす。漏らし続ける。
ナタは、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの情報を、可能な限り与えられたNPC。
故に、その名は当然のごとく知悉していた。
彼は、シャルティア・ブラッドフォールンやコキュートスなどのような彼等とは違い、防衛戦の際は機能を発揮しない存在だが、ギルド間戦争で導入される拠点防衛というより攻城システムの一種。
アインズ・ウール・ゴウンの拠点であるナザリック地下大墳墓・第四階層の“地底湖”の湖底に存在するという──第四階層守護者。
攻城用戦略級ゴーレム。
ガルガンチュア。
「すっごおおおおおい!! 大きいいいいいいッ!! かっこイイ────ッ!!」
場違いなほど鮮烈に輝く表情と声音。
まるで夢の巨大ロボと邂逅を果たした男児のごとき喝采ぶり。
ナタは両の拳を握って、興奮の絶頂にあった。本気で、そこに現れた戦略級攻城ゴーレムの全容に、感嘆の言葉と視線を送りつけるしかない様子。同じ
目をキラキラさせる様は、本当に、ただの子供でしかない。
だが、
「…………違う」
巨大ゴーレムの巨腕に降り立つシズは、静謐に近い声音で、だがはっきりと否定する。
「…………ガルガンチュアは、かわいい」
かっこいいという表現ではなく、「可愛らしい」という表現の方が、シズの
「ふふ!! なるほど!! しかし、しかし!! どちらにしても、素晴らしい
同じ階層の同じ場所の“闘技場”に安置されることが多いが故に、ナタはヨルムンガルド
しかし、ヨルムンガルド
そして、その最たる特徴を、ガルガンチュアは己の内側より表出してみせる。
『シズ…………』
目の前の巨岩の守護者から、大地の奥底より響くかのごとく雄大な“声”が。
ナタが知る限り、これは──「発声」や「思考」というのは、デエダラにはありえない機能である。
『援護を…………?』
「…………うん。大丈夫」
巨岩の
実に仲睦まじい光景ではないか。
なるほど、あの二人は“そういう”間柄に相違あるまい。
「はは!! はははッ!! あははははッ!!」
少年は、腕を組むのを完全に、止めた。
手加減など、もはや完全に不要──無用。
ギルド間戦争用の攻城用戦略級ゴーレムの、その力量は、Lv.100NPCのそれと同質同量であるはずがない。
故に。
ナタは自分の出せる全力全開……数多の剣群を空間に揃えて、轟々と笑い続ける。
浮遊分裂刃Ⅰに加え、他の三種の浮遊分裂刃Ⅱ~Ⅳを抜き放ち、両腕に増設されている六本の得物──ナタの誇る“
数十本の剣が四種、周囲を旋回。
六本の刀剣と二つの戦輪が、ナタの両腕に合わせて、空中に追随する。
「『来い』!! “
その一言で、大地に突き立つ“如意神珍鉄”と“火尖鎗”を呼び戻す。
両者ともに効果を解除して、元の形状に立ち帰る。
秘密兵器たる二つの武装。
そのひとつである巨杖を腰だめに構え直し、もうひとつの
どこまでも赤い二つの武器に、蒼い髪が煌きを増す。
「ああああッ!! おもしろくなってきました!!」
剣を構え、槍を振るい、あらゆる武器を御する。
戦いこそが、“最強の矛”であるナタの存在理由。
この気持ちを与えてくれた主のために、
花の動像である少年兵は、快活な笑みを浮かべ、喜び勇んで、ナザリックが誇る自動人形の戦闘メイドと攻城用戦略級ゴーレムの“二人”に挑みかかる。
明日更新
シズの武装関連などは、原作で戦闘描写が少ないため、空想で補っている部分が多々あります。
ご了承ください。