オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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アンデッド殺し


敵対 -3

/OVERLORD & Fallen Angel …vol.03

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 また、時を少し遡る。

 

「戻ったぞ」

 

 マルコを飛竜騎兵の領地近郊の森に残して、カワウソ達は〈転移門〉をくぐり、自分たちの拠点へと帰還を果たす。〈転移門〉は後続のガブとウォフを通し、最後に黄金の熾天使にしてNPCたちの隊長役を任せるミカを顕現させると、たちまちの内に発動時間を終えて消滅した。

 生命の息吹を感じさせない茫漠とした大地──スレイン平野に降り立つ堕天使のカワウソ。

 そこで、カワウソたちの帰還を報らされていたNPCが四名、片膝をついて待機していた。

 拠点入り口となる転移の鏡を守護する任務に就いていた魔術師と兵隊──ウリとクピド。警戒レベル引き上げのために地表のスレイン平野を斥候巡検していた僧兵──タイシャ。そして、クピドの〈転移門〉で冒険都市の調査から呼び戻されたばかりの銀髪の牧人──主天使(ドミニオン)であるラファ。

 

「カワウソ様。無事の御帰還、祝着至極」

「あ、ああ……早く立て、四人とも。今は時間が惜しい」

 

 状況は逼迫(ひっぱく)している。

 南方に向かった花の動像・ナタと、生産都市の地下に潜った死の天使・イズラ、両名の戦闘は継続中だ。

 彼等を止めるために、カワウソは一週間ぶりに自分の拠点へと戻り、いろいろと準備する必要がある。

 

「全員、第四階層に集まってるな?」

 

 頷く大天使(アークエンジェル)・ウリが、拠点に残っている防衛隊・Lv.100NPCと、屋敷のメイド隊十名が揃い踏みであることを告げる。ついでに、転移の鏡は指示通り、第四階層の屋敷に直通している事実も。

 カワウソはとりあえず、共に帰還を果たした智天使(ケルビム)のガブに命じて、表層の鏡を守護する上級天使──門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)を四体ばかり召喚させるよう命じた。ウリ、クピド、タイシャ、ラファたちをも伴い、全員で拠点最奥の第四階層へ。

 

「も、もも、申し訳ありません、カワウソ様!」

 

 転移直後。

 円卓の間の鏡から抜け出た瞬間。

 黒髪褐色肌の巫女・マアトが、黒髪に浮かぶ光の輪と一緒に頭を下げていた。

 彼女の謝辞は、報告が遅れた自分の不手際を呪うもの。また泣き濡れていく天使の告解を、カワウソは頭を撫でて押しとどめた。

 

「マアト。おまえの責任じゃない。おまえたちの不手際は上司の……上位者である俺の不手際だ」

 

 すまないと告げた途端、マアトは堰が切れたように泣きじゃくってしまう。共に頭を下げていたアプサラスやイスラたちに宥められても、その勢いは止まらない。

 カワウソは、翼の指先で顔を覆う少女を(なぐさ)めてやりたかったが、とりあえず今は時間がない。

 二人の停戦と救援に必要なのは、速やかで確実な対処だ。

 謝罪の声を押さえ、何とか涙を封じようと努力するのに懸命なマアトに代わって、仔細を事前に知らされ相談されていた同じサポートタイプのNPC・天使と精霊の種族を掛け持ちする踊り子衣装のアプサラスが、ナタとイズラの戦況を報告。

 ナタは、銃を担ぐメイドと、岩塊の巨人……第四階層守護者と思しき動像(ゴーレム)と。

 イズラは、暗殺者らしいメイドと、彼女と同族らしい蒼玉の粘体──及び、増援の死の支配者(オーバーロード)四体の群れと、それぞれ交戦中。

 カワウソはそれぞれの戦況を鑑みつつ、適確な対処が望めるNPCの派遣を決断。

 

「ラファ。帰還直後に悪いが、ガブに魔力譲渡を」

「かしこまりました。ですが、私まで魔力を譲渡した場合、拠点監視や防衛魔法の維持に必要な分が尽きる可能性が」

「心配いらない。いざとなれば、俺が魔力を渡せればよかったんだが」

「そ、そんな! 御身の御手を(わずら)わせるなど! ……いえ、命令とあらば、即座に」

「ああ。時間はそう多くない。早くやってくれ」

 

 次に、カワウソは簡単な拠点の現状報告を聴き取りつつ、ガブとウォフに南方にいったナタを帰還させること──それに伴い、彼が接触した南方の臣民たちの記憶をなくすよう、流れる水のごとく命じた。

 カワウソ達は、アインズ・ウール・ゴウンの敵対者だ。

 そんな連中と知らずに関係を持った──持ってしまった臣民たちに、魔導国側が何をしでかすか、判らない。

 それこそ、ナタという“敵NPC”を一時的ながら寝泊まりさせただけで罪に問われたり、最悪だと処刑・殺害されたりする可能性も、ありえる。だから、ナタと接触を持った妖巨人(トロール)のゴウや、士族の末裔とかいうスサなどの記憶を、「なかった」ことにしてしまう他ないという理屈だ。

 記憶操作を施すことについて、頭脳明晰なミカなどは「ギルド:天使の澱の情報漏洩に繋がりかねない存在に対する処置として妥当だ」と判を押してくれた。何も知らない・記憶していないものを問い質し、尋問や拷問を強行しても、答えなど出るわけがないから。飛竜騎兵のヴェル・セークたちに行ったのも、その一環。

 いやになるほど冷徹で完璧な作戦だなと思う。

 記憶を消される方にとっては、あまりにも理不尽な気がしてならないが、もはやしようがない。

 

「それで、ナタの回収はガブとウォフがやるとして──死の支配者(オーバーロード)四体とやりあっている、イズラの方は?」

 

 ミカの問いかけに、一人のNPCが歩み出た。

 

「────私が。マスター」

 

 美しい笛の音を思わせる、神聖かつ高貴な声。

 死の天使の『双子の妹』と設定されている純白の衣──天使の翼を思わせる清布で頭や顔から全身を覆い尽くすような聖天使(セイント・エンジェル)・イスラが、主武装の楽器である巨大な喇叭(ラッパ)・復活と審判の神音を吹き鳴らす角笛を腰に担いで具申する。

 彼女は寡黙だが、割と喋ることに不自由する感じではない。顔の口元まで神聖な白布で厳重に覆われているのに、その声音は布越しとは思えぬほど透き通って聴こえ、まるで天からの福音のごとく清らかな調べを誇示していた。イスラはその攻撃方法が“大音量”を吹き鳴らすという感じになるので、『喉を大切にする』=『あまり喋りたがらない』という設定をカワウソは与えていた──為に、こういう口調になった。

 優しい聖天使の乙女は、兄の救援に馳せ参じる許可を求める。

 だが、カワウソは承諾しない。

 

「駄目だ。おまえは残れ、イスラ」

「────私では、力不足でしょうか?」

 

 カワウソは「そんなことはない」と首を横に振る。

 彼女の攻撃能力は、むしろ申し分ないほどだ。

 兄であるイズラと共に、彼の補助を受けつつ、第二階層“回廊(クロイスラー)”の最奥に位置する“天空”のフィールドで、侵入者の迎撃相手を真正面から務める存在だ。はっきりに言えば、彼女の影に隠れて戦う兄・イズラよりも優秀な戦闘力を発揮できる。

 問題は力ではなく、彼女に与えた役割にあった。

 イスラは戦闘能力も申し分ないが。それと同時にギルド内で屈指の『回復役』……与えられた職業(クラス)治療師(ヒーラー)としても有能であり、また“生命創造”のスキルによって、ある程度の食材となるモンスターを生み出し、またそれらを加工調理する料理人(コック)としての職業レベルも与えられている。そのため、拠点内で飲食が必要不可欠な堕天使モンスター──カワウソや第四階層の屋敷に詰める十人のメイドのうち、半数の堕天使NPCたちの食事維持に欠かせない存在であるのだ。料理自体はカワウソも職業レベルで一応可能だが、食材を“無償で”“生み出す”には、イスラの存在は不可欠。ダグザの大釜などの金貨消費によって食材を生産するアイテムは、今の状況だと使わない方がいいと判断できる。彼女を失えば、食費としてユグドラシル金貨をこの異世界で消費することになりかねない。

 それほどの存在を外に出して、場合によっては失うリスクを考えると、カワウソは首を縦には振れなかった。

 表情は見えずとも、イスラは首の仕草だけで落胆の色を強くする。

 そんな少女に、カワウソは「心配ない」と、微笑んでやった。

 

 

「イズラの回収は、俺が行く」

 

 

 その場にいるNPCたち全員が、「……は?」という風に口を開けた気配がする。

 

「相手がアンデッドなら、俺がいくのが手っ取り早い(・・・・・・・・・・・・)

「ちょ、おおお、お待ちください、カワウソ様!」

 

 隊長補佐の役目を与えた智天使(ケルビム)の聖女が、魔力譲渡中のラファと手を繋いだまま慌てふためく。

 

「い、いくら何でも危険ですってば!」

「ガブの言う通りです! 何故、御身が!」

「ここはー、他の者を選抜すべきではないかとー?」

 

 泡を食ったように同時に抗論するガブとラファ。

 さらに、防衛隊副長の任に就く巨兵も疑義を呈した。

 しかし、カワウソは確信を込めながら説明する。

 

「おまえらの中で、上位アンデッド四体と戦って、何とか出来る自信があるものは?」

 

 何人かが、補助タイプのマアトとアプサラスを除く全員が、手を挙げた。

 

「それは絶対か? 絶対に自信があるという奴は?」

 

 絶対という単語を強調すると、自信に満ちた腕の伸ばし方にバラつきが生じる。相手の戦力や装備の有無が不鮮明な以上、明確に対抗できるのは、ミカとクピドの二人だけだろう。カワウソの主観通り、熾天使(ミカ)愛の天使(クピド)だけが、当然という風に片手を顔の位置に持ってきている。

 

 アンデッドと天使は相反する属性……そういう種族設定であることが多数派を占めるもの。それ故に、天使はアンデッドに対して有効な神聖属性を有するが、逆にアンデッド側から繰り出される攻撃には弱い部分が多く存在する。正の属性と負の属性は相克し合う──天敵同士だからこそ、その相性属性というのは一方的なものではなく、双方向に相互作用してしまう。たとえば、水属性は炎属性に特効を示すが、逆に炎属性が水属性への特効にはなりえない──だが、“正”と“負”は確実に、互いが互いを摩耗させ減耗させ損耗させる特効手段となりえる。こちらが有効的な能力を示せる場合、向こう側──上位アンデッド部隊もまた、天使の澱のNPCへの特効手段を行使すると、確定的に考慮しておかねばならない。

 そういうシステムが存在したのだ。ユグドラシルでは。

 彼等NPCにも、それぐらいの知識は備わっているのだなと得心しつつ、カワウソは自分が救援に赴く最大の理由を述べる。

 

「だが、俺の種族である堕天使は、天使の中で例外的に“負の属性”やカルマ値による特効がほとんど効かない」

 

 堕天使の基本スキルとされる“清濁併吞(せいだくへいどん)Ⅴ”の恩恵によって、カワウソは例外的に、アンデッドなどの負属性への特効手段を保持しつつも、向こうからの特効攻撃は受け付けない特質を獲得している。カワウソの職業レベルは信仰系……神聖属性を巧みに操る聖騎士の系統が多い。相克関係になるはずのアンデッドに対し、カワウソは確実に圧倒的有利──俗にいう「マウントを取れる」属性相性を発揮できるわけだ。その分、Lv.100の異形種にしては各種ステータスが貧弱となり、脆弱な攻撃力や薄っぺらい防御力は、ユグドラシルのゲーム内ではあまりにも致命的な弱点となる。

 

 これは偶然ではない。

 カワウソ自身がそのようになるように設計(ビルド)した、必然であった。

 装備している六つの神器級(ゴッズ)アイテムのうちひとつが、アンデッドへの相性効果をさらに強化してくれる。

 

「心配するな。一応、防御と回復役として、ミカにも同伴してもらう」

 

 ミカが「またですか」と言いたげな無表情で、面倒くさげに一度だけ、頷きを返した。

 

「悪い」

 

 そう笑ってやると、ミカは憮然(ぶぜん)と顔を背けた。

「別に……」という風に呟く女天使は、上位アンデッドとの戦闘相性はバッチリと言える。

 死の支配者(オーバーロード)の誇る“絶望のオーラⅤ”を中和可能な“希望のオーラⅤ”の持ち主たる熾天使(セラフィム)ならば、相対するのは造作もない。

 

「ですが、相手が死の支配者(オーバーロード)である以上、私の“希望のオーラ”による回復は」

「ああ。不可能だな」

 

 それはしようがない。こちらが“絶望のオーラ”を中和できる以上、むこうのオーラもミカの能力を中和できてしまう。否、“それ以上”の力を発揮できるミカの性能であれば、ただの死の支配者(オーバーロード)相手は完封できようが、さすがに数が多いとどうなるか分かったものじゃない。そのため、ミカの行使可能な回復手段は“正の接触(ポジティブ・タッチ)”と、純粋な回復魔法のみ。あとは、カワウソが貯蔵している治癒薬(ポーション)ばかりとなる。

 

「ウォフは、南方で戦闘中のナタを回収。ガブはナタが(かかわ)りを持ったという現地の人々“八雲一派”の人たちの記憶を消しておけ」

 

 現地の人間──臣民には迷惑をかけないという初志を貫徹するために。

 承知する二人をそれぞれ転移させるカワウソは、残ったNPCたち七名──ラファ、ウリ、イスラ、タイシャ、マアト、アプサラス、クピドに拠点防衛と周辺警戒を任せた。

 ミカと戦闘方針などを軽く協議し確定しつつ、画面をあらためて見る。

 イズラに与えていた神聖属性の弓矢が尽き、下位アンデッドの雑兵が濁流のごとく押し寄せる。飛翔し、鋼線を手繰る天使は、刃を隠していたブーツごと両脚を投槍や弓射で砕かれ、天井から爆撃の業火と氷嵐の旋風が叩き込まれた。防御に使った翼が片腕諸共にもげ落ちる。

 もはや一刻の猶予もない。

 ミカに最低限の命令・役割を与え、カワウソは聖剣を構える。

 

「いってくる」

 

 天界門の剣(ソード・オブ・ヘヴンズゲート)を一振りして、新たな転移の門を開く。

 ミカを自分の〈完全不可知化〉のマント……“竜殺しの隠れ蓑(タルンカッペ)の効果範囲内に包み込みながら、熾天使の手を取った。こうすることで、ミカとカワウソの速度を一致させることが可能なのだ。

 しかし、そのために、ミカにある事実を伝えてしまう羽目に。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 気づかれた。

 ミカが触れる堕天使の手は、かすかに震えていた。

 今からカワウソは、アインズ・ウール・ゴウンの部隊と、真正面から事を起こす。

 今なら引き返せるのではないかという甘い後悔が、蜜のように思考を(ただ)れさせる。

 ──否。

 断じて否だ。

 自分たちが進む道は、これ一本だけ。

 カワウソが自分で生み出したNPCたちの交戦選択に報いる……というのとは、違う。

 イズラたちが「交戦している」と聞いた時、カワウソはまったく嘘偽りなく思った。

 

『よかった』と。

 

『彼等は、アインズ・ウール・ゴウンと戦えるのだ』という確信を得られた。

 あの「アインズ・ウール・ゴウン」と、彼等(NPC)は戦うことを選択できるのだ。

 

 ユグドラシルで──あの1500人の討伐隊が壊滅して以降、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンに刃向かうという勢力は激減した。考えてみれば当たり前のことだ。「1500人」というゲーム史上においても破格の動員数を誇っていた討伐隊が、ただの一拠点・構成人数41人のギルドに大敗を喫したのだ。

 そんな場所に戦いに赴くなど、「ただの時間と体力の無駄」と見做して当然の流れ。

 運営への問い合わせメールがパンクするほど殺到したほどの大逆転劇であったのだ。

 ありえないと、あっていいことではないと、……だが、アインズ・ウール・ゴウンは「潔白」……あの第八階層にいた“あれら”と“少女”は、すべて運営の定めたルールを順守していた、と。

 それほどの相手に対して、カワウソのようなゲームプレイ“復讐”を続けるユーザーは、皆無と言ってよい。中には、あの第八階層のあれらが見せた「変貌」に純粋な恐怖を覚えるプレイヤーまでいた始末だ。「あんなところには、もう二度と関わりたくない」と。

 ナザリック地下大墳墓は難攻不落。そんなところに戦いに挑むよりは、他のレイドボスなどを打ち破って、順当に素材集めに専念した方がマシだと思われるのは、当然の選択でしかない。

 

 だからこそ、イズラたちが「交戦した」ことが、カワウソは愉快でたまらなかった。

 

 カワウソは、ずっと挑んできた。戦ってきた。たった、ひとりで。

 

 けれど、今は、彼等がいる。

 共に挑み戦ってくれるモノがいると思えただけで、カワウソは意外なことに、とても満ち足りた思いを懐かされた。

 十分だった。

 それだけで、もう十分なのだ。

 そんなNPCたちの代表……嫌々ながらという表情を浮かべつつも付き合ってくれる防衛部隊の隊長に、彼女の手から届く「癒し」の温度と、あまりにも対照的に過ぎる冷然とした女天使の表情に、堕天使は微笑んでみせる。

 

「武者震いだよ」

 

 そう自嘲するカワウソは、震えたままだ。完全不可知化の(とばり)の中で、ミカという部下に不安を懐かせる失態を、笑ってごまかす。

 一歩を前に。

 白い門の奥へ突き進む。

 そうして一挙に生産都市(アベリオン)の地下第五階層に転移したカワウソは、転移阻害の気配がないことを入念に確認しつつ、”死の支配者(オーバーロード)たちを目の前にして、イズラが最後の悪あがき……“決死”の特殊技術(スキル)を発動しようとしていたのを、確認。

 

「おいおい……」

 

 彼を守るべく、〈完全不可知化〉を解除。隠れ蓑の捕捉可能人数は、自己を含む二人まで。

 勝手に死のうとしているNPC、イズラの眼前に向け、跳躍。

 

「おまえが死ぬのはまだ早いぞ。イズラ」

 

 言った瞬間。

 カワウソの右腕として堕天使の傍にぴたりと寄り添う六翼の熾天使(ミカ)が、防御スキルを発動。

 顕現した光の断崖のごとき壁に捕らわれ、閃光の雨が、数十本の剣が、アンデッドの突撃兵が、静止。

 攻撃物と攻撃者はすべて、神聖な光の防御壁に(きよ)められたがごとく、消失していく。

 誰何(すいか)の声を奏でる死の支配者(オーバーロード)の賢者に対し、カワウソは震えそうな声を引き絞るようにしながら、堂々と、告げる。

 

 イズラの主人──ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の長だと。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの──」

 

 敵だ、と。

 

 カワウソは、我知らず笑っていた。

 本当に、笑えてきてしようがない。

 自分でも、何を馬鹿なことを(のたま)っているのだろうとひっきりなしに自嘲してしまう。

 アインズ・ウール・ゴウンの敵などと──大言壮語──軽挙妄動に過ぎるだろう。

 だが、それは真実だった。

 それこそが、事実だった。

 限りなく本当の意志が、思いが、カワウソの脳内から言葉を紡ぎ出した。

 堕天使の表情は微笑みのまま、敵対者の名を戴く王(アインズ・ウール・ゴウン)の部隊に、相対する。

 

「…………」

 

 ふと。

 イズラの眼前、カワウソの足元に転がり散るアイテムの残骸を、見る。

 身を屈め、燃え落ちたアイテムの残り滓──イズラの主武装(メインウェポン)として設定していたノートの燃えカスを、黒く炭化した紙片を、つまむ。

 はらはら、と。触れる端から崩れ朽ちるアイテムは、拠点の工房で素材と金貨を消費することで修理修復は容易……だが。

 

「まったく。

 よくも、やってくれたな?」

 

 カワウソは笑い続けながら、武器破壊の下手人たちを見据える。

 イズラに与えていた“死の筆記帳”は、彼と似たプレイスタイルの旧ギルドのメンバー「忍者」の(にのまえ)さんが補助武装として死蔵していたものを、ゲームに残るカワウソに遺していったアイテムのひとつ。

 言うなれば、仲間の形見同然と見做してよい。

 

「マ、ス、……ター」

 

 主人からそれほどの品を託されていたNPC……死の天使は、常に浮かべているはずの微笑が消え失せていた。

 まるで、幼い子供が親に叱責されるのを承知しているような瞳で、一言。

 

「……申、し、訳、あっ、り、ま、せん」

 

 謝辞を切れ切れに述べるイズラは、防御を解除したミカに示し合わせていた通り、“正の接触(ポジティブ・タッチ)”を受けて回復しつつある状況だ。しかし、罅割れた顔面や脱落した四肢は再構成しきれていない。カワウソの装備する九つの指輪のひとつを使っての〈体力の精髄(ライフ・エッセンス)〉で見れば、体力の消耗激しいことは明白だ。未だ体力(HP)ゲージは危険域(レッド)の色──そんな状況で懸命に声を発する口元の罅が増えそうなほど、彼の表情は痛々しい。

 

「おまえに言ったわけじゃない」

 

 だから気にするなと、カワウソは部下の失態を笑って許す。

 

「立ち上がれるくらいには回復しとけ。Lv.100NPCが一人死ぬだけで、ウチはかなりの出費だからな?」

 

 体力が減耗した状況では、イズラの暗殺者などの戦闘能力はアテにできない。今の彼は戦力と数えることは出来ないとみて、ほぼ間違いない損壊ぶりであった。

 ミカの“正の接触(ポジティブタッチ)”は、瞬時に死に体を回復できるものではない。“希望のオーラ”と併用でもしないと不可能な芸当だが、さすがに“絶望のオーラ”を有する死の支配者(オーバーロード)四体がいる空間では、そこまでの回復速度は見込めない道理。

 身を伏し、額を地に擦り付けて謝罪を繰り返そうとする死の天使だが、さすがに手足もない状態に加え、武器が突き刺さる身体では、腰を曲げることすら難しい。彼は瞼を伏せて、主人からの慈悲に対し、もう一言だけ、詫びる。

 カワウソは応じずに、イズラを護り癒す熾天使に、応答を乞う。

 

「ミカ。予定通り」

 

 委細了解した女熾天使が、イズラに触れているのとは逆の手で、魔法をひとつ発動。

 

「〈嵐の大釘(ストームボルツ)〉」

 

 ミカの掌より発動した、天雷の旋風。

 その瞬間、動力室の金属床や壁を這いまわる電撃が、室内各所のレンズを同時に爆散させる。同時にアンデッドの雑魚戦士が数体、崩れ落ちた。

 第八位階魔法〈嵐の大釘(ストームボルツ)〉──効果範囲は拡散式で、特に電気属性の輝く“大釘”によって、機械生命やそれに類する人造物(コンストラクト)の破壊や鎮圧に打ってこい。これで、この動力室内に存在する防犯監視用という機械──ミニゴーレムたち三十一基を、一掃。

 

「御命令通り、ゴーレムは掃除いたしました」

 

 よし。

 射程内のゴーレム、人造物の数はかなりの量だった。余波を受けた下位アンデッドが数体巻き添えを食ったようだが、さすがにアンデッド兵団などの勢力を掃滅するほどの数は捕捉できない。これは当然のものと判断してよい。役目を果たしたミカは、両手を同胞の肩に当て、さらに治癒系統の魔法も注ぎ込む。死の支配者(オーバーロード)たちの施した大量の状態異常、凍結や四肢欠損、〈大呪詛(グレーター・カース)〉に阻まれながらも、イズラの体力を回復傾向にもっていく。

 カワウソはとりあえず、魔導国の防犯システムとやら──監視の目を潰した。他の情報系魔法に対する対策も、カワウソは準備済み。

 それなりに貴重な、使い捨て課金アイテムを起動。

 さすがにナザリックからの増援部隊を、ナザリック地下大墳墓の連中が監視し、督戦(とくせん)しているはず。情報対策を厚くしたことで、こちらも味方の情報系魔法の影響を受け付けられなくなる──マアトの遠隔視(リモートビューイング)から外れることになるが、まぁ、しかたない。

 

『──堕天使よ』

 

 カワウソは振り返る。

 暗く黒い重低音が、瘴気のように空間を歪ませている。

 溢れ出る真っ黒のオーラは、四つ。低レベル──対策を施していない存在を、恐怖・恐慌・混乱・狂気、そして即死させ得る“絶望”の権化が、身に纏う漆黒の奥で尚煌く熾火の瞳を計八つ、輝かせている。

 

『貴様、自分が今、何を言ったのか──理解しているのか?』

 

 天使たちの声の遣り取りを中断させるように、死の支配者(オーバーロード)が疑念の声を、断罪にも似た審問を飛ばす。

 

『貴様は言ったな。……アインズ・ウール・ゴウンの、御方の、──“敵”だと?』

 

 敵対者という単語の再認を求められる。

 対するカワウソは気安く肩をすくめ、ナザリックの上位アンデッド部隊に対し、軽く頷く。

 

「──それがどうした?」

『愚かな奴儕(やつばら)め。貴様は今、この大陸全土を、世界の全てを、“敵”に回すと──そう宣言したのだぞ?』

「──だからどうした?」

『愚劣愚鈍極まったか。言ってわからぬ無知蒙昧であれば、力づくで解らせてやるしかないな』

 

 賢者(ワイズマン)将軍(ジェネラル)が、黒い魔杖と黒い刀剣を構える。

 無印の死の支配者(オーバーロード)もまた魔法を両手に錬成しつつ、召喚作成したアンデッドの兵士や魔法使い──騎士団が、バリケードのごとく生み出されて防御を厚く整える。

 それら三体の上位アンデッドと(くつわ)を並べる王者が、懐中時計の黒鎖を優雅に鳴らした。

 

『御方の“敵”を名乗る無礼者共──我が「時間魔法」の内に捕らわれ、死するがよい!』

 

 最後尾に位置する時間王(クロノスマスター)が、己の掌中に握る懐中時計を悠々と掲げ、ひとつの魔法を唱える。

 

『〈時間停止(タイムストップ)〉!』

 

 あまねく時の流れを支配し、「死へと至る時」すら操る時間王の魔法が発動した。

 

 

 

 瞬間、

 

 

 

『な、ガあああああアアアッ?!』

 

 時間王の骨の体を、

 ただの死の支配者(オーバーロード)よりはマシな装飾のローブ諸共に、

 堕天使の握る白い聖剣“天界門の剣(ソード・オブ・ヘヴンズゲート)”が、

 袈裟切(けさぎ)りに引き裂いていた。

 

『『『 時間王(クロノスマスター)っ!? 』』』

 

 一斉に、時間王の方向を振り返る死の支配者(オーバーロード)たち。

 疑念と困惑は、当然。

 カワウソは、まるで空間を跳躍したがごとく、上位アンデッドたちが生み出したアンデッド軍の囲いを無視して、最後方にいたはずの時間王への直接攻撃──神聖武器の斬撃をお見舞いしたというのだ。

 ありえないと思われた。

 中位アンデッドたちの性能よりも格上だとしても、そも物理的な距離がありすぎる。

 転移魔法の気配や発動の瞬間を、最上位アンデッド──死の支配者(オーバーロード)である彼等全員が見逃すわけもない。特に賢者(ワイズマン)は魔法の知識として、堕天使が転移の類を使った可能性を否定できた。否定しなければならない。

転移門(ゲート)〉の発動痕跡は一切なく、〈上位転移〉にしても魔法に長けた賢者が発動を感知できないのは、どう考えても納得がいかないのだ。

 膝を地に落とす時間王への追撃を浴びせようと、堕天使は白く輝く剣を下段に構え直す。

 

『させるか!』

 

 電光石火の判断を下す死の支配者(オーバーロード)の将軍。

 将の下知を受けた蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が、空間を疾走。非実体となって物理的な障壁を突破する上位アンデッドの突貫に、カワウソは手慣れた動作で回避運動をとる──だけでは終わらない。

 

光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅲ」

 

 すべて予期できていたような流れに乗って、下段から繰り出される聖剣が、一閃。

 堕天使の聖騎士は、禍々(まがまが)しい騎士の首を、騎馬である蒼い悍馬(かんば)諸共に()ね落とした。

 神聖属性の武器から繰り出される神聖属性の攻撃スキルが、死霊(レイス)などに代表される非実体系統であるはずのアンデッドの体力を根こそぎ奪い尽くす。剣からこぼれる光の粒子が幾多の針状に……光剣と化して、蒼褪めた乗り手の首から下部分の全身を貫き、蹂躙──連続ダメージを与えたのだ。

 

 直線上の敵すべてを攻撃範囲に捕捉し連続攻撃を施すⅣと、直線よりも広域に拡散して射線上の敵すべてに連続攻撃可能なⅤを使用しないのは、この閉鎖空間内で使用した際に、どれほどの破壊が周囲に及ぶか知れたものではないからだ。それこそ、はじめての異世界での戦闘で、沈黙の森とやらを粉々に吹き飛ばしたように、この生産都市動力室や周辺環境を破砕する可能性を否定できない。都市機能に致命的なダメージを与えるかもしれない上、地上にはすでに都市民たちが普段通りの生活を送っている……カワウソの放つ光輝く刃が、彼等にまで危害を加えるような事態は、絶対に容認できなかった。

 

 そんなカワウソの手心を知らない死の支配者(オーバーロード)部隊。

 己の召喚した上位アンデッドの撃滅に、骸骨には無い舌を打つ将軍は、死の騎兵(デスキャヴァリエ)部隊六体を突撃させる。

 上位の蒼褪めた乗り手を瞬殺した相手に対して、まったく臆すことなく攻め立ててくる騎馬の戦列。

 朽ちた弦楽器を思わせる騎兵の大音声が、あまりにも耳障りな怒濤となって堕天使の身を包む直前。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)聖なる光線(ホーリーレイ)〉」

 

 信仰系魔法の中でも初歩的な、遠距離に対する攻撃魔法。

 その射程・効果範囲は、ゲーム通りだと数十メートルが限界。

 堕天使の聖剣の先から一本伸びる光の線が騎兵たちの一体を一角獣ごと貫き、カワウソが剣を横に数センチずらしただけで、輝く光線が並ぶ死の騎兵(デスキャヴァリエ)を五体、抉り穿つ。

 同胞が光線に焼き貫かれ果てていく様に激高する──わけでもなく、アンデッドの兵団が将の命令に従い、カワウソを冷静に追撃。下級の骸骨戦士……三十体が、弓を放ち槍を(なげう)つ。

 カワウソが腰を沈めたのと同時に、

 

第二天(ラキア)

 

 主人に名を呼ばれた堕天使の足甲が黒く輝き、装備者の速度ステータスを向上。

 優れた敏捷性能と回避能力を発揮した堕天使は、防御など必要とせずに矢雨と槍雨をくぐりぬけていこうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 アインズがこの場に派兵した死の支配者(オーバーロード)の数は、四。

 その特殊能力、一日で召喚作成可能なアンデッドモンスターの数は、上位4体──中位12体──下位20体。単純に考えるならば、彼等の兵力は上位16、中位48、下位80体の兵力を築けることに(ただし、死体による媒介のない召喚のため、時間制限有り)。

 Lv.100NPCの死の天使・イズラを迎撃し誅伐するために、特殊技術(スキル)の作成数の半分ほどを費やし消滅されていたが、まだ半分の兵団が、健在。

 さらに、スキルのみならず魔法による召喚〈不死者召喚(サモン・アンデッド)〉もMPが続く限り、可能。

 

 アンデッドの軍団を堕天使に飛び越えられた都合上、死の支配者(オーバーロード)部隊は戦力を双方向に分散せざるを得ない。

 堕天使の方は近い位置取りの将軍(ジェネラル)と、切り裂かれたダメージを回復する時間王(クロノスマスター)が。

 女熾天使の方は、無印と賢者(ワイズマン)が、それぞれ担当することを、わずかな視線の交錯で承諾。

 そんな中。

 将軍(ジェネラル)は冷徹に、神聖属性を繰り操る堕天使の戦法と戦力を分析。

 速度(スピード)・素早さに特化したことによる、一撃離脱戦法(ヒット・アンド・アウェイ)を得意とするものと仮定。信仰系魔法や聖騎士の特殊技術(スキル)などから判断するに、アンデッド部隊への対抗策は万全と評してよい筈。

 アインズ・ウール・ゴウンその人に希少触媒を用いて作成(つく)られた死の支配者(オーバーロード)たちも、(くだん)の堕天使プレイヤー、御方が警戒と期待を寄せるユグドラシルの存在についての情報は、とっくの昔に共有済み。

 堕天使の基本スキル“清濁併吞(せいだくへいどん)”は、正・負属性やカルマ値依拠の攻撃能力は通じず、なれど、堕天使本人はそういった攻撃方法を十全に行使可能とする。……反面、堕天使は天使でありながらも人の肉体を有すが故の大きな弱点を露呈し、各種ステータスの劣悪さと相まって、異形種にしては酷く脆弱(もろ)い存在でしかない。

 それこそ、上位物理無効化ⅢなどのおかげでLv.60以下の攻撃はほぼ無力化できるが、それでも逆に言えば、Lv.60以下が限度値とも言える。

 つまり、堕天使ははるか格下であるはずのLv.60以上……Lv.61からの存在より繰り出される各種攻撃を喰らえば、Lv.40の開きなど関係なしに、ただの人間種Lv.100プレイヤーよりも重篤なダメージを負いやすい。そういう「弱点」の特性──斬撃武器脆弱Ⅳ、刺突武器脆弱Ⅳ、打撃武器脆弱Ⅲ、魔法攻撃脆弱Ⅳ、特殊攻撃脆弱Ⅲ、状態異常(バッドステータス)脆弱Ⅴなど──を有するのだ。これだけの脆弱性を、装備やアイテムで克服するのは難しい以上に、不可能というのが堕天使というモンスターの宿命とされる。

 死の支配者(オーバーロード)たちが召喚し強化を施した雑兵では歯が立たずとも、残存する上位アンデッド+死の支配者(オーバーロード)四体からなる単純な数の差による蹂躙は、十分可能と判断できる。

 

()け!』

 

 矢と槍の雨を回避し、堕天使が誘い込まれた先は、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)三体が実体化し、その穂先を三つ交差させられる位置取り。後詰には死者の大魔法使い(エルダーリッチ)九体が魔法の発動準備を終えている。

 いかに奴がユグドラシルの、Lv.100の存在とはいえ、この攻撃の軌跡すべてから逃れることは難しいはず。

 堕天使は脆いだけではない。天使のくせに〈飛行〉ができず、また飛行に似た状態の〈空中歩行〉を扱えば、速度は減退を余儀なくされる。ただの現地人では対応不可な速度でも、死の支配者(オーバーロード)の支配下にある上位アンデッドの騎乗兵、その交差槍撃から逃れることはできない──はずだった。

 堕天使(カワウソ)が信仰系魔法をひとつ、唱える。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)復讐の風(ウィンズ・オブ・ヴェンジャンス)〉」

 

 途端、吹き荒れる風が旋風となって、堕天使の周辺空間に滞空。

 吹き(すさ)ぶ旋風に触れた瞬間、乗り手たちの穂先三つは火花を散らして弾け飛び、あらぬ方向へと逸れてしまう。あまりの事態に、魔法使いたちが吹っ飛ばされる乗り手たちとの同士討ちを避けて、追撃を諦めるしかなかった。

 

『防御の壁か?!』

 

 否。

 防御だけではない。

 将軍(ジェネラル)が瞠目する刹那、堕天使を中心とする魔法効果圏内に捉われた乗り手三人が、その身に降り注がれる竜巻の突風に打ちのめされる。飛行する騎兵たちは不可視の怒濤に殴りつけられたように吹き飛び、手痛いカウンターダメージを喰らってしまった。

 

 第十位階魔法〈復讐の風(ウィンズ・オブ・ヴェンジャンス)〉は、術者の周囲に魔法の風を発生させ、その風に乗っての〈飛行〉状態と、呼吸不可能空間(水中・高空・宇宙など)での呼吸を「可」とする“空気の結界”を発生させる。ガスなどの呼吸が必要な存在にとって致命的な攻撃方法も、この信仰系風属性魔法は完全に無力化してしまう。当然ながら、この空気の層を通過する攻撃は悉く逸らされ、巨人の拳や攻城用弩(バリスタ)すらも通らない。いかに上位アンデッドたる蒼褪めた騎兵(ペイルライダー)とはいえ、大質量を弾く三重の暴風を──神の息吹(いぶき)である魔法を突破することは不可能。

 さらに、この魔法の最大の特徴として、術者に近接攻撃を加えてきた者への自動迎撃とも呼べる風の殴打を叩き込み、反撃された側は転倒・吹き飛び・一定時間の行動不能……釘付け状態を被る「復讐攻撃」を追加で与えることが可能だ。相手は非実体形態をとれる存在とはいえ、攻撃の際には実体を有しているもの。そこへ反撃の風魔法が叩き込まれれば、どうあっても効果的に受け止める他ないのだ。

 ──ただし、この魔法は長時間展開し続けることは難しく、カワウソの少ない魔力量で乱用はできない。おまけに、堕天使の魔法攻撃力は、他ステータス同様に微妙なもの。純粋な魔法詠唱者でもないカワウソの魔法攻撃で殺し尽せるのは、せいぜい中位アンデッド類などの雑魚が限界と言える。

 その証拠に、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)三騎は、健在。

 追撃をするために態勢の立て直しをすべく、将軍の傍近くへと後退していったのを、カワウソは黙して見送る他ない。

 未知の堕天使に厄介さを若干ながら感じ、慎重に警戒を深める将軍の横へ、聖剣で引き裂かれた鎖骨を押さえつけていた時間王が並び立つ。

 

『おのれ、堕天使、風情がッ!』

 

 怒り心頭という時間王に対し、将軍は冷徹な差配を求める。

 

『待て、時間王(クロノスマスター)。ここは、冷静に応戦し』

『ならん! 我等は、アインズ・ウール・ゴウン御方に創られた存在! そんな存在が、あの程度のモノに膝を屈したままでいるなど!』

 

 このままで済ませられるものか!

 将軍がさらに止める間もなく、時間王は強硬策に打って出る。

 

『〈魔法二重最強化(ツインマキシマイズマジック)時間停止(タイムストップ)〉!』

 

 ただの時間停止ではなく、二重の強化を施したことで、確実に堕天使の時を停滞させるはずの魔法は──

 

『ガ、ゲェあああッ?!』

 

 今度は聖剣の“同時二連撃”が、時間王の胸骨と肋骨を破砕してしまった。

 またもや堕天使の超速攻が、わけもわからず絶叫する時間王の体力を奪略。

 将軍も、傍にいた全アンデッドたちが逆襲に気づけない超速攻。

 あの堕天使が、あらゆる事象や障害を突破して、時間王に施されたアンデッド兵団の全周防壁をくぐりぬけて、時間王ただ一人への攻撃を披露した。

 あまりにも無知な死の支配者(オーバーロード)部隊の様子に、慌てて時間王との間に入る兵団から飛び退(すさ)る堕天使は、呆れたように言葉を零す。

 

「時間対策は必須──そんなことも、おまえたちの主人は教えていないのか?」

 

 否。それとも。

 

「──そういう知識のない存在が魔導王なのか?」

 

 と、確認を乞うカワウソ。

 しかし、その物言いは彼等作られたモンスターには禁忌的な調べにしか聞こえない。

 

『無礼者ガッ!!』

 

 訊問(じんもん)された時間王は怒声を張り上げ、〈不死者召喚〉で呼び出した周囲の兵団に命じて、堕天使に槍衾(やりぶすま)を突き出させ特攻させる。

 しかし、カワウソは難なく、その鎗撃の横雨から逃れ得た。

 

『御方を愚弄するものを生かしてはおかんぞ!?』

 

「心外だ」と、カワウソは短く呟く。

 そんなつもりは無論、ありえなかった。

 だが、カワウソはずっと疑問を懐いていた。

 ギルドの名を名乗る魔導王とやらは、自分が知るギルド長と同じ──ユグドラシルプレイヤーなのか……それとも“否か”。

 魔導王がプレイヤーでないとしたなら、単純に「知識がない」というのは頷けた。

 だが、魔導王がプレイヤーであれば──あのギルドの長である彼であれば、と……そういう疑念だ。

 

『許さぬ、許さぬ、……許さぬぞ、堕天使ッ!!』

 

 アンデッドの割に怒りという“感情”の起伏に燃え上がる時間王の様は、実にボスキャラめいた印象を受ける。アンデッドの種族設定は──さて、どうだったろうか。こんなにも情感豊かなアンデッドもいただろうか。もしくはこの世界固有の現象か、あるいは魔導王とやらが生み出すアンデッドだからこその特徴──特別なのか、カワウソには判断がつかない。

 まぁ、いい。

 期せずして、自分の時間対策特殊技術(スキル)の発動も確認できた。

 遮二無二なって魔力を錬成する時間王に、カワウソは軽い同情の念すら懐きながら、次に備える。

 

『〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)時間停止(タイムストップ)〉!』

 

 三度(みたび)の時間停止。時間王が錬成可能な最大呪文が繰り出されたのと同時に、

 

『な、がぁ、げぇアアアッ?!』

 

 先ほどまでの反撃(カウンター)と同様、“三連撃”からなる聖剣のメッタ斬りを受けて、時間王は致命箇所の頭部──頭蓋にまで重篤なダメージを負った。

 振り下ろされた神聖武器の軌跡は、時間王の左側頭部から左眼窩を砕き潰し、ついで右肩甲骨と左大腿骨あたりを、浄化。人が傷を負い血を流す代わりに、肉のない骸骨(スケルトン)系アンデッドは骨が砕け不浄なエネルギーが零れ落ちていく。

 カワウソは慣れたように事実を受け入れる。

 ユグドラシルと同じ戦闘システムが生きているという、新たな立証を得ながら。

 

『ナ──何故ダ!?』

 

 対して、堕天使に引き裂かれた方は、事実を受け入れがたい。

 愕然と傷口──特に致命的な(クリティカル)ダメージを被った左眼窩を骨の掌で塞ぎ覆う時間王は、非業の絶叫を奏で、堕天使を──はるかに格下であるはずの存在に、魔法を飛ばそうと足掻く。

 

『ワレ──我、は──死の支配者(オーバーロード・)の時間王(クロノスマスター)ッ! 御方に生み出されし、我が、──このような失態を演じるなど!!』

 

 認めない。

 認められない。

 その意気のまま不浄な魔力を片手に集約する時間王。

 純粋な無属性魔法攻撃〈無闇(トゥルー・ダーク)〉を、カワウソは慎重に回避する。

 さすがに時間魔法系統が無意味だと悟ったようだ。

 が、神器級(ゴッズ)の足甲のおかげで、速度に特化された堕天使のステータスは、手負いの魔法詠唱者(マジックキャスター)が無策に放つ攻撃で捉えられる次元には存在しない。

 確実なトドメを。

 そのために、カワウソは己が身に着ける六つの神器級(ゴッズ)アイテムの内、最後のひとつを呼んで発動する。

 

 

「──第五天(マティ)」と。

 

 

 装備者の意志を受けたそれは、魔眼のごとき宝玉を宿す首飾り(ネックレス)

 漆黒の掌を意匠された神器級(ゴッズ)の鎧“欲望(ディザイア)”の内側で、それは黒く鮮やかに輝き始める。

 ──堕天使の漆黒の足甲“第二天(ラキア)”と共に。

『させるか!』と()えて、己の麾下(きか)アンデッドたちに時間王(クロノスマスター)を庇護する防御陣形を張らせた将軍(ジェネラル)であったが、それらの盾すらもカワウソの装備は呑みこみ、……一掃。

 

 神聖な白と堕天の黒。

 二つの力が融け合う奔流が、雑魚アンデッドのすべてを(ちり)に帰す。

 直後。

 深紅の外衣を(ひるがえ)し、黒い鎧と足甲を身に(まと)う堕天使の超速が、光のごとく空間を駆け抜け──

 

 

 

『ぁあああああああああああアアア!!??』

 

 

 

 断末魔が弾け、時間王(クロノスマスター)が死んだ。

 神聖属性の剣尖に眉間を貫かれて──

 アインズに作られた上位アンデッドの一体が浄化され、確実に果てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日更新

ミカの〈嵐の大釘(ストームボルツ)〉、カワウソの〈復讐の風(ウィンズ・オブ・ヴェンジャンス)〉は、“D&D”が元ネタです。

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