オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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天使の澱 50話目

 アインズ様と“魔王妃”の関係については、前作
『魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~』をご参照ください。


逢瀬

/OVERLORD & Fallen Angel …vol.09

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「うん……うん……では、そのように頼む」

 

全体伝言(マス・メッセージ)〉の魔法をアインズは解除する。

 アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、そしてユウゴにナザリック内で行える魔導国の政務や公務を任せ、ツアーとの協議でも双方の意向を確認し終えたアインズは、伴回りとして選んだ戦闘メイド(プレアデス)の六名……ユリ、ルプスレギナ、ナーベラル、シズ、ソリュシャン、エントマと共に、己の住まいたる第九階層から、かなり珍しい場所に転移すべく準備を整える。

 

「では、いくぞ」

 

 戦闘メイドたちが粛々と頷く。

 アインズの〈上位転移〉によって、一瞬のうちに景色が移り変わる。

 

 何もない“荒野”だが、ここは紛れもなくナザリック地下大墳墓の、その最深部に、近い。

 

 この階層に到来する有象無象を、敵味方の区別なく襲撃する者たち──“あれら”を制御する権限を持つアインズは、何食わぬ顔で荒野を──第八階層内に存在する“ある場所”を、目指す。第八階層のあの場所は、アインズの装備するギルドの指輪を使っても、ダイレクトに転移することは出来ないのだ。

 

「ルベドは……近くにはいないな」

 

 周囲を警戒するメイドたちと共に頷きつつ、荒野上空にいる“あれら”をギルド長の最高権限で掌握──無差別攻撃を控えさせる。

 砂塵の吹き荒ぶ野を進むうちに、ふと、景色が揺らめく。

 次の瞬間、春の草香るそよ風が心地よい、桜の花吹雪がひらひらと舞う光景の只中にいた。

 アインズたちが訪れた先は、第八階層“荒野”──その中に存在する、絶対不可侵の領域。

 名を、桜花聖域、という。

 

「お待ちしておりました、アインズ様」

 

 迎え入れるべく、青々と茂る芝生の上でウカノミタマやオオトシたち部下と共に跪く戦闘メイド(プレイアデス)のリーダー──赤と白の巫女装束を着込む人間の乙女──末妹、オーレオール・オメガの歓待を、アインズ達は受け入れる。

 そうして、ここに安置されたギルド武器と、その傍近くにあるベッド……年中花を咲かせ続ける桜の巨大樹の根本に設置させた……その上に横たわり、降り落ちる花弁すら自分から避けていく“守り”に覆われた乙女の姿に、目を細める。

 

「うむ。ご苦労だった、おまえたち……少し、さがっていろ」

 

 NPCたちは主人の望み願うものをすべて受け入れるように、その場から後ずさっていった。

 アインズは、彼女たちを伴回りに選んだ最大の理由を口にしておく。

 

「せっかく七姉妹(プレイアデス)が揃ったのだ。暫しの間、皆でゆっくりするといい」

「あ……ありがとうございます、アインズ様!」

 

 委細を把握したユリの感謝が辺りに響いた。

 主人の命により、戦闘メイド六人とオーレオールは、久方ぶりの姉妹の再会を楽しむことに。

 アインズは前へと進む。

 そして、この地で眠る彼女の傍近くに、──寝台の脇に腰掛ける。

 

 大地そのものの色を輝かせる髪を長く伸ばし、桜色の艶を帯びる唇を浅く開いて寝息をたてて──だが、アインズが最も見たいと願う空と海の色に淡く輝く瞳は、柔らかな瞼の奥深くに秘められて久しい時が流れている。

 

 この地を守護する巫女と同じ職業レベルを一部獲得し……それ故に、ここに安置させることが多くなった妃……妻の一人は、100年近く前と同じ若い顔立ちに、王妃としての品を宿した寝顔で、眠り続けている。

 伴回り役の戦闘メイド(プレアデス)、そしてオーレオールたち全員をさがらせて、王と妃は数週間ぶりの再会を、二人きりで過ごす。

 

「大丈夫か、ニニャ?」

 

 呼びかけるが、目を覚まさない。

 覚ますはずがない──というか、覚めてしまってはいけない(・・・・)のだ。

 純白のネグリジェ姿で、ただ、慎ましい胸の膨らみが上下する動きだけが、彼女が生きている証たり得た。

 

「……大丈夫か?」

 

 ベッドサイドに腰掛け、柔らかな……巫女(オーレオール)たちの手でよく手入れされている髪に、一房だけ、触れる。

 宝石や財物を扱うよりも丁寧な仕草で、アインズは自分の女の名を、呼ぶ。

 

 

 ── 私の方は大丈夫です、アインズ様 ──

 

 

 朧げに聞こえた声は、間違いなく、彼女の声だ。

 だが、見下ろす乙女の顔色や表情は微動だにしていない。

 幻聴や幻術の類ではなく、ニニャは眠りながら、アインズとの意思疎通を可能にしている。

 

「おはよう、ニニャ」

 

 ── おはようございます、アインズ様 ──

 

 目覚めの挨拶を交わしはするが、ニニャの寝顔は、いっこうに瞼を押し開けることはなく、その唇も動くことはない。

 

「調子はどうだ」

 

 ── 相変わらずです、けど ──

 

「けど?」

 

 ── 最近ここで、夢の中で不思議なことがあって ──

 

 

 

 魔王妃・ニニャ。

 その昔。このナザリック地下大墳墓で復活した『術師(スペルキャスター)』の少女。

 アインズが、この異世界に渡り来て、モモンという冒険者の姿で共に旅をした、人間。

 大陸を平定し、世界を征服した後、とあるメイドの懐妊騒動の末に復活を果たし、アインズたちの教練によって類まれなレベルアップを成し遂げた才能の持ち主であり、何かと気苦労が絶えない魔導王の、良き理解者ともなってくれた。

 その果てに。アインズが正妃を迎え入れる際に、アルベドたちと共に“現地人代表”として選抜を受けた……(アインズ)の我儘を、二つ返事で受け入れてくれた……愛すべき存在。

 

 

 そんな彼女は、今、この第八階層で……常に眠りについている。

 

「女の人?」

 

 ── ええ。最近になって、夢で不思議な恰好の女の人と会うことが多くて ──

 

「ふむ……それはどんな姿なのだ?」

 

 ニニャの話を一言一句すべて聞き漏らさないようアインズは身構える。

 だが、『夢の中の世界』のことは門外漢もいいところなので、これといった助言ができるわけでもない。ニニャの方も、特に問題には感じていないようなので、少しばかり留意しておくだけでいいだろう。

 とりあえず一通り互いの情報交換を終えたニニャは、アインズ達の直近の問題……100年後に現れた脅威について言及してくる。

 

 ── お話は、オーレオールさんから聞いてます ──

 

「うん。どこまで聞いている?」

 

 ニニャは眠っている表情を微動すらせず、穏やかな寝息だけをたて続けながら、アインズと意思の疎通……会話めいた遣り取りを可能にしている。まるで、ニニャの意識だけが、アインズの聴覚・脳内へと直接語りかけているかのよう。

 これは、声に出して行う発話が必須の〈伝言(メッセージ)〉とは当然ながら違う。系統としては他者と意思を接続する〈念話結合(テレパシック・ボンド)〉の魔法に近いが、実際はニニャがアインズ達から教えられた魔法を応用し再開発した、ニニャのオリジナルのものだ。

 今のニニャは、『夢の中の世界』でのみ、魔法を行使している状態にある。

 

 ── 堕天使の、ユグドラシルプレイヤーの、カワウソさん? でしたっけ? ──

 

 その人(?)とも仲良くできたらよかったのにと、ニニャは朗らかに笑ってくれる。

 魔導王は、あたたかい魔王妃の手を握りつつ、虚空を仰ぐ。

 

「ああ……そうだな」

 

 彼女の言葉は、まさしくアインズが当初求めていた願い、そのものだった。

 しかし、それはもはや叶わない望みだろう。

 彼が“アインズ・ウール・ゴウンの敵”である以上、仲良くなどできるわけもない。

 アインズ・ウール・ゴウンは、仲間たち41人と創り上げた、かけがえのない名前……その名を(いただ)くアインズ達と“敵対”するのであれば、それはアインズの存在そのものを脅かすもの。そして、このナザリックを、統一された魔導国を、平和を築いた大陸世界そのものを揺るがすことに他ならない。

 一応、カワウソはツアーの招待……“対話”に応じるらしいが、それもきっと、アインズ達に対して有利な戦況を構築するために必要な工程として選択したこと。アインズ達と協力し協調するといったことは、ありえない。

 

 ── 今から、なんとかなりませんか? ──

 

「それは……」

 

 無理だろうな。

 彼にも、何か事情があるのだろう。

 アインズ・ウール・ゴウンは、ユグドラシルにおいて悪名を轟かせたギルド。

 どこで恨みを買ったのかわからない……否……話によれば、カワウソはアインズ達が今いるこの第八階層への『挑戦』──復讐を続けてきたという。

 後にも先にも、第八階層へと侵入できた手勢というのは、例の『1500人の討伐隊』のみだ。

 

(あれらやルベドへの、復讐……か)

 

 そんな大言壮語を吐き連ねた、堕天使のプレイヤーの姿。

 あれが、あの宣告が、虚言や虚飾である可能性は、限りなく0に近い。

 それでも、彼が望まぬ戦いを、自らに課しているというのであれば……

 

(ツアーとの交渉、対話次第によっては、彼の本心や真意を掴めるはず)

 

 そのために、ツアーと緊密に連絡を取りつつ、カワウソ達の訪問を待ち構えている状況にある。

 ……それでも。

 彼が本心からナザリック地下大墳墓に、この第八階層に挑むとあれば、その時は──

 

(確実に殺せる)

 

 このナザリック地下大墳墓で。

 あるいは、その表層を取り巻く、100年前からほとんど手を加えていない異世界の平原で。

 

 下手に魔導国内の都市や外地領域を攻撃されるよりはマシだろう。

 臣民への被害は確実に0となる上、こちらへの損害は極軽微にすむ勘定となる。

 それとなく城塞都市・エモットを素通りさせて、ナザリック地下大墳墓の表層──エモットの城塞に囲われた異世界の平原で待ち構える方がいい、はず。

 

(ユウゴたちと共に、100年かけて生み出した中位アンデッドの大兵団で、連中の体力と魔力を摩耗させ、そこを俺と守護者たちで叩けば)

 

 完全に、連中を、カワウソ達を殲滅できる。

 というか、こちらへの被害を極小にするためには、これ以外の選択肢は、ない。

 アルベドやデミウルゴスなどは、どこかの都市にアインズ(に化けたパンドラズ・アクター)を駐留させ、そこに襲撃をかけにきたカワウソ達を、魔導国軍の精鋭部隊やナザリックのシモベたちで包囲殲滅する気満々だったが、それは国軍や都市住民への被害……臣民の避難や戦闘による二次被害、都市建造物の破壊や都市機能への長期的な悪影響を考えると、魔導王として、アインズは難色を示すしかなかった。

 ならばいっそのこと、臣民たちが誰もいない“ここ”で、連中を待ち構える方がいいと、アインズには判断できた。平原を吹き飛ばそうとも、マーレの魔法で再生は容易。臣民たちを無闇に危険にさらすよりは気兼ねなく戦え、尚且つ、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが確実にいると敵に判るフィールドは、ここぐらいだろう。

 無論、守護者たちは一斉に異を唱えた。

 わざわざ連中を、ナザリックの懐近くに迎え入れることに危険を感じる声があがった。それならば、まだスレイン平野へ──敵拠点へナザリックのシモベ達による強行軍を送り出した方がマシではないかと。

 

 しかし、アインズは譲らなかった。

 

(たとえ表層周囲の平原を突破されようと、このナザリック地下大墳墓を走破できるわけもない)

 

 相手の戦力は、Lv.100が十数体……カワウソを含めても13か、14人しかいない計算だ。

 20人にも満たない戦力で、中位アンデッド兵団を踏破できても、そこまで至る戦闘の後に続くナザリック地下大墳墓を、第一・第二・第三・第四・第五・第六・第七……この第八階層の“荒野”を攻略するなど、夢のまた夢。

 

(唯一気がかりなのは、カワウソが、天使の澱(エンジェル・グラウンズ)が保持しているやもしれない世界級(ワールド)アイテムの(たぐい)か)

 

 アインズが強行軍を送らない最大の理由。

 連中の拠点に、何かしらそういったモノが蔵されている可能性もある以上、アインズは慎重を期する他ない。安易に安直に敵拠点内へシモベ達や守護者を送る方こそが、アインズには危険すぎる試みだと思われてならなかった。無論、シモベや守護者たちは「行け」と命じれば、たとえ火の中水の中という意気のまま、危険な攻城戦や潜入工作を敢行するだろう。

 しかし、それは危険に満ちすぎている。故に、アインズには絶対に許諾できない。

 ナザリック地下大墳墓の絶対的な防衛力の象徴たる世界級(ワールド)アイテム──転移による侵入や情報系魔法への完全防御──“諸王の玉座” などがあるように、敵の拠点にもそれに類する防衛能力があるとしたら? 送り出したシモベや守護者を掃滅し逆襲できる手段が発動したら?

 だからこそ。

 連中をギルド拠点という未知数の多い穴倉から引きずり出して、そこを狩り取っていけばよい。わざわざ(カワウソ)に有利な戦場……彼の拠点(ホーム)で戦わせてやる必要もないだろう。ナザリック全軍を送り込んで、余計な被害や出費を重ねるよりはマシなはず。あるいは、カワウソ以外にも到来しているユグドラシルの存在……第三者が強襲をかけたりする可能性も否めない。カワウソが愚かにもアインズたちと敵対するのを利用する勢力が出現した際、アインズ達はナザリックの中に籠っていた方がはるかに安全だろうから。そうした後。カワウソや彼のNPCたちを拘束・封印……あるいは、抹殺……し、すべてを万事やり遂げた後で、残された敵拠点の調査と回収を遂行していった方が良いのではあるまいか。

 彼等がどのような世界級(ワールド)アイテムで武装していようと、世界級(ワールド)アイテムで武装したアインズや守護者たちへの影響は最小限に納まるはず。世界級(ワールド)アイテム保有者は、世界級(ワールド)アイテムからの影響を(一部例外はあるが)防御可能である以上、そこまで恐れる必要はない。幸いというべきか、この世界を征服したことで、この異世界に流れ着いていた世界級(ワールド)アイテムの一部を、アインズ達は新たに確保することにまで成功している。遠い過去、シャルティアを洗脳し、アンデッドの精神を支配した“傾城傾国(けいせいけいこく)”などがそれだ。

 彼我の戦力比・実力差を考えれば、勝敗は覆しようがない。

 

 ── アインズ様? ──

 

「ああ、すまない。少し、考え込んでしまってな」

 

 世界級(ワールド)アイテムの件については、ツアーにもカワウソへ探りを入れるように請願済みだ。彼の交渉術が遺憾なく発揮されることを願わずにはいられない。

 順当に、そして冷静に、“敵”を撃滅し一掃するための作戦を思考してしまうアンデッドは、好ましい女の声色で我に返る。

 

「寿命問題などの未だに残る課題の解決もそうだが。我々以外の──“世界”に匹敵する脅威が現れた際に、これを排除しようとするのであれば、カワウソのようなユグドラシルの存在と、ニニャの言う通り仲良く協力した方がいい……とは、思うのだがな」

 

 アインズが執拗(しつよう)なまでに、ユグドラシルプレイヤーとの協調を考え固執している理由のひとつが、それだ。

 カワウソが引き連れるNPCが強力であればあるほど、彼等と協力し共闘できれば、それに越したことはないはずだったのだ。

 それも、今となっては望みようのない話か。

 夫や他の正妃仲間たちから聞かされて“ユグドラシル”を知っているニニャは、あることを思い出す。

 

 ── あの、例の“天変地異を操る(ドラゴン)”のことも ──

 

 ユグドラシルの人と一緒に、解決できたらよかったのに。

 

「ああ……そうだな」

 

 でも、それは難しいところですよねと、事情を聞いて知ったニニャですら判断できた。

 伊達(だて)にアインズ・ウール・ゴウンの正妃──魔王妃と名乗っているわけではない。

 

 ── そういえば。あの竜を調べるって“約束”。結局、逆になっちゃいましたよね? ──

 

 懐かしさで苦笑するように響く、ニニャの声音。

 

「ああ。そうだったな」

 

 アインズも愉快さから生じる苦笑を零す。

 かつて、大昔に、エ・ランテル近郊に存在したとされる、眉唾な伝承。

 だが、エ・ランテルを戦争に勝利して手中にし、その後、大陸世界すらも征服したアインズは、その伝承……過去にあった出来事……風聞や俗説ではない歴史上の事実すらも、ツアーという協力者の力も借りて、調べ上げることができていた。

 なので、ニニャが調べるまでもなく、アインズの方である程度の調査は終わってしまっていたのだ。

 しかし。

 そんなことなど露ほども知らずに、魔導国の学園や図書館で資料を集め、かつてカルネ村へ同道した途上で交わした……『天変地異を操る竜の名前を調べる』という約束を果たそうと奔走してくれた少女の姿は、今でも目に焼き付いて離れない。それだけ苦労して調べあげたのに、アインズはすでに調査が終わっていたことを知らされた時には、とてもいじけてしまって──そんなニニャの膨れっ面を前に、本気で「どうしよう」と戸惑ったことも、懐かしい。

 

 ── あの時。ホントーに落ち込みました ──

 

「悪かったよ」

 

 からかうように告げてくれるニニャの声がくすぐったい。

 だから、アインズも気兼ねなく謝罪の言葉を紡いでしまう。

 出来ることなら……

 ……あの頃のように。ニニャを自由に外で暮らさせてやりたいところ。新しい魔法を研究開発させたり、新しいアイテムの創造や生産に協力してもらったり……だが、それは今は不可能である。

 

「あの竜……あれの名前を、ほぼ独力で調べることができたのは、おまえくらいだよ」

 

 ── でも、私は魔導国が再編してくれた資料がありましたし ──

 

「だとしても。私がツアーから聞いて知ったのとは、プロセスがまったく違うからな」

 

 ── えと……ツアー? ──

 

「ツアインドルクス=ヴァイシオン。アーグランドの竜帝。“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”」

 

 ニニャの思い出したような声がぼんやりと響く。

 王妃の指に装備される、ひとつの指輪を生みだした竜王のことを、思い出す。

 

 ── あー、はは。すいません、ずっと眠っているせいか、少し記憶が ──

 

 曖昧になっている。

 アインズは一瞬で「気にするな」と告げておく。精神が安定化されはするが、少なからず沸き起こる罪悪感は拭いきれない。

 

「おまえをそんな状態に……眠り続けさせているのは、私のちからが及ばぬからに他ならない」

 

 ── そんなこと ──

 

「俺は、おまえに対して、つらい思いばかりをさせている気がするな……すまない」

 

 眠り姫は身じろぎもせず、王妃に相応しい断固たる口調で、一言。

 

 ── 私が、決めたことです ──

 

 他でもない自分自身が、決めたのだと。

 その一言だけで、アインズの存在しない心臓は、安堵の心地で軽やかに弾む。

 アインズが責任を感じることはないのだと……明快に告げてくれる。

 ただそれだけで、こんなにも救われてしまう。

 

 

 

 

 90年以上前。

 ツアレがセバス(NPC)の子を懐妊したことから端を発した──あの時の蘇生実験によって復活を果たしたニニャは、アインズやナーベラル達からの教授によって、彼女自身の才覚と努力の賜物もあって、類まれな速さで魔法詠唱者としての力量を身に着けていった。

 そんな彼女と友好関係を深め、様々なナザリック式の魔法教練を施し、いろいろな騒動や日常を過ごしながら、ニニャの在り方──彼女自身の仲間たちへの信頼の深さ──アインズと同じように、“かつての仲間たち”に救われたという共通の意思を理解していくにつれ、アインズは彼女のことを、心の底から「想う」ようにすら、なっていった。

 アンデッドに成り果てた自分が、ただの人間の娘に心惹かれた。

 共に時を過ごし、共に生きていたいと──そう願うまでに、なった。

 ニニャは、そんなアインズの我儘に応えてくれた。

 ナザリックの婚姻制度を導入し、守護者四人を“正妃”として迎え入れ、その事実を公表した際に、ニニャに向かって告白をした。世界ですら差し出してみせるなどと、世界を征服した魔導王が。

 

『世界なんていりません』

 

 彼女はアインズの申し出を快諾し、五人目の王妃──“魔王妃”としての位に就くことを誓ってくれた。

 

『あなたさえいてくれれば、わたしは、もう、何もいりません』

 

 頬を包み込む掌と降り注いだ接吻の熱を、忘れたことは一度もない。

 やがて、アインズとニニャの間には、ひとりの娘が生まれ、その子は今「冒険者」として、ひとつの重要な任務と、あの娘本人の『とある目的』のために、諸方を旅し続けている。

 

 

 

 

 そうして、今。

 

 ── 私の方は大丈夫です。それよりも、あの()の方が心配ですよ、私は ──

 

「あの()はあの()で、元気にやっている。先日まで開催されていた冒険者祭。あの娘たち、当代の“漆黒の剣”は、総合トーナメント部門でまた二位になったからな」

 

 これで第一世代……復活したニニャたちの頃から通算して、三十回目の準優勝だ。優勝が“黒白”の黒い英雄か白い騎士であることを考えると、実際は優勝といっても過言にはならない。いい教師やスポンサーに恵まれているとはいえ、彼女たち自身の努力と才能がなければ、とても成し遂げることは難しい大偉業。それが、冒険者たちの祭典で催されるトーナメント大会・冒険者武闘会なのだ。

 

 ── いやぁ、そっちじゃなくて、ですね ──

 

 ニニャの懸念は別にあった。

 

 ── 「いざ」という時とはいえ、その、あの()が目指している ──

 

「ん? ……ああ!」アインズは思い出したように微笑む。「気にしなくていい。あれも、俺たちの娘も、十分に大人なのだ。彼女が決めた以上は、その意思を尊重するとも」

 

 ニニャは声のみで笑いかけてくれる。そうですね──とはにかむ様子が、目の前の寝顔と重なって見えるようだ。

 ずっと話していたい。

 話し込んでしまえればいいのに。

 そう思えば思うほど、別れの時間は早く訪れる。

 

 ── ああ、すいません。そろそろ、……魔法が、きれ、そう ──

 

「無理はしなくていい。また、ゆっくり休め」

 

 ── そうさせていただきます、ね ──

 

「大丈夫。そのうち、良い報告を持ってくる……おまえを再び覚醒させるための(しら)せを」

 

 ── がんばらなくていいですよ? ──

 

「何を言う。おまえのためだから」

 

 ── だ、だから、そういう……ああ、もう、ずるいなぁ ──

 

「ずるいか?」

 

 ── ずるいです てば ──

 

「うん。そうだな。……もう少しだけ、待っていてくれ。ニニャ」

 

 ── じゃあ、まって ます 、アイ  さま、モモン さ ……サト  ──

 

 魔法がぶつ切りのラジオのように鮮明さを失う。

 アインズは無理にニニャとの繋がりを維持しようとはしない。魔法効果の終わりは、いつもこんな調子だ。

 

「おやすみ、ニニャ」

 

 ──  おやすみなさい、あなた  ──

 

 ニニャとのつながりが、完全に途切れる。

 彼女の声の残響だけが、存在しない脳の中にしみこんでいく。

 柔らかな頬を撫で、アインズは頭蓋骨の口で、愛する乙女に接吻を落とす。

 眠り姫は、その愛しい瞳を開いてくれない。

 わかってはいるが、目は覚まさない。

 

「必ず──必ず、目覚めさせる」

 

 必ず。

 そう、あらためるまでもなく、誓う。

 この世界の全てをかけて──この世界に渡り来る“すべて”を、見極め、見定め、学び、そして、知り尽くしてやるのだ。

 かつての仲間たちに自慢できる、平和な世界を完成させれば。

 ──そうすれば、きっと、救える。

 この世界で手に入れた、かけがえのない想い。

 その数少ない対象……ナザリック地下大墳墓や愛する王妃たちやシモベたちへと向けるべき感情を受け取ってくれた彼女。愛弟子にして相談相手。魔導王に寄り添い支えとなってくれた、魔法の才能に満ち溢れる以上の魅力を備える、一人の女性。

 魔王妃の寝台から離れ、桜の舞う青空を仰ぐ。

 

「アインズ様」

 

 ニニャとの逢瀬を終えたと判断した巫女(オーレーオール)が、恭しく声をかけてくれる。

 

「……くれぐれも、ニニャを頼む」

 

 巫女は当然と言わんばかりに頷く。

 アインズはニニャの額を優しく撫でたのを最後に、名残惜しい時間に別れを告げる。

 次につながることができるのは、何日後か、何週間後か、何ヶ月後か、わからない。

 オーレオールたちに桜花聖域とギルド武器、ニニャの守護を任せ、伴回りをしてくれた戦闘メイドらと共に第九階層へと転移で戻ったアインズは、ユリを教育部署の仕事に戻し、ルプスレギナを人狼部隊に帰還させ、ナーベラルをパンドラズ・アクターの補佐に回すなど、彼女たちに各々ナザリック内での仕事へと帰した後、ひとり自室に籠る。部屋に待機していたアインズ当番も、少しだけ席を外させるように扉番を命じる。

 柔らかなソファに腰かけ、先ほどまで会話(念話という方が近いだろうが)していた妃の一人の容体を、思う。

 

「前の会話から、28日……か」

 

 アインズが見初め、惚れて、「大事にしたい」「共にありたい」と願った末に、結ばれてくれた、人間の少女。

 ニニャはこの世界でも類まれな才能を有し、不断の努力によって魔導王の隣にふさわしい力を身につけようと奮闘した。

 おかげで、ニニャは「不老」となった。

 だが、それは、果たして幸福なことだったのだろうか……アインズは考えることが多い。

 死より復活を果たし、せっかく再会した姉や、初代“漆黒の剣”の仲間たちの蘇生も万事ぬかりなく完遂できた。ペテル、ルクルット、ダインたち……彼等もまたニニャと同様に復活を遂げ、魔導国内でそれなりの地位を手にした。魔導王アインズの肝いりの冒険者チームとして。エ・ランテルの事件で終わったはずの彼等の旅路に、新たな冒険の一ページが刻まれることになった。

 ニニャほどではないにしろ、彼等もまた新たな時代・魔導国の冒険者教育に順応し、当時まだ未踏破かつ未開拓の地域の冒険に繰り出したのも懐かしい。彼等と共に、モモン姿のアインズや、魔王妃として十分な成長を遂げたニニャ、念のための護衛として同行したナーベラルなどと共に、あの“聖天の竜王(ヘヴンリー・ドラゴンロード)”の背を馳せたこともある。大陸を制覇したアインズが収集し終えていた、四大暗黒剣を、四人に下賜するために。

 

 楽しかった。

 真実、アインズは楽しくてたまらなかった。

 

 かつての仲間たちほどではなかったが、ニニャと彼女の仲間たちが幸福に生きている場面は、アンデッドの空っぽな胸の内に、素晴らしい快感の火をともしてくれた。

 ……ずっと続くと思われた。

 こんな日常が続けばいいと、そう願ってやまなかった。

 

 

 

 しかし、彼等は、──人間だ。

 

 

 

 いかにアインズ・ウール・ゴウンとはいえ、人の「寿命」までは、どうしようもなかった。

 アインズが、この異世界に転移してより、既に100年。

 あの当時を知る“人間”など、既にほとんど死に絶えて当然の時間経過だ。

 それは、魔導国の現地人……エンリやンフィーレア夫妻、ネム・エモット……そして、現地人のメイド長として長く君臨したニニャの姉・ツアレニーニャにしても同様。

 50年ほど前。

 ツアレは寿命を迎え、愛する家族やアインズたちが見守る中で、息を引き取った。

 老いた母の死に対し、マルコは泣いて懇願した。「アンデッドやモンスターに転生すれば、お母さんは生きられるのに!」そう訴えかける愛娘の背中をさするツアレの表情は、常に穏やかだった。

 

 

 

 「私は、十分に生きました」

 

 

 

 夢のような時間だった、と。ツアレは老いた微笑みを深め、言った。

 娼館からゴミのごとく放り出され、死に絶えるしかなかった運命の中で、奇跡のような巡りあわせで出会った、救いの手を差し伸べてくれた、優しい老執事。そんな彼と共に生き、愛を育み、ナザリックに仕え…………そして。夫と共に、赤子のように泣きじゃくるマルコを包み込んだ、母の最期の抱擁。

 

 アインズは、ツアレを強引に異形種へと変えることを良しとはしなかった。

 彼女の死体を再利用……アンデッドにするなどの行為も控えた。

 ツアレの成した功績は、確実に貴重かつ尋常でない領域にある。

 人間の乙女と異形の執事……交わるはずのない種族同士で恋に落ち、愛を誓い、二人の間には悪魔の協力によって、あり得ざる奇跡の子を勝ち得たのだ。

 

 この異世界で、およそ初となる混血種(ハーフ)の生誕。産んだ子に備わっていた生まれもっての異能(タレント)。それを発現する法則の解明の一端ともなり、やがてナザリック地下大墳墓内における戦力強化──NPC同士による交配によって、アインズ・ウール・ゴウンの備えは盤石以上の体制が築かれていった。

 これらはすべて、ツアレという存在がいたからこそのもの。

 混血種たちのレベル成長は著しく、また、どういうわけかアインズへの忠誠心も軒並み高水準を維持した。もともとNPCの忠誠心が高い環境の中で養育され、親たるNPCたちが尊崇する対象を敬慕するという理屈か、あるいは親から継いだ遺伝子レベルにまで至高の御方への忠義が植え付けられているのか…………はたまた、アインズの個人的な人格や人柄が好かれているのかは、アインズ本人には判然としていない。

 

 アインズは、ツアレの“(なが)(いとま)()い”を許した。

 その代わりに、……ひとつの「命令」を添えて。

 

 ツアレニーニャ・チャンは、(マルコ)の涙まみれの笑みと、(セバス)の誠実な瞳に見送られながら、その生涯を終えた。

 

 ゴミでしかなかった少女が、魔導国の“国葬”にふされ、その死を臣民たち数億人が悼んだ。

 

 それが50年ほど前。

 

 いかに魔導国の魔法が発達し、文明や学問、医療や政治、統治や制度を拡充させても、「寿命の問題」は厳然として横たわっている。

 ニニャのような例外──驚異的なレベルアップによって、「不老」の職業レベルを獲得できるものなど、ごく限られている。ツアーのかつての仲間の一人であるリグリット……十三英雄の一人、リグリット・ベルスー・カウラウや、アインズにすべてを差し出したフールーダ・パラダインのように、現地人たる存在でもある程度は寿命をイジることが出来ても、完全な「不老」「不死」には程遠い。あの「事件」でリグリットは力尽き果て、フールーダに至っては……すでに完全なアンデッドに成り果てている。

 

 そう。

 

 やがて初代“漆黒の剣”は──ニニャ以外の三人は──人間の宿命のまま、老いを重ねていった。

 彼等は後進に道を譲る以前から、冒険の末に結ばれていた現地の女性たちと所帯を持ち、子を産み、孫に囲まれ、冒険者家業から引退し、たくさんの弟子や生徒に教え、そして、今生の別れを迎えた。

 ベッドから起き上がることもできなくなった老冒険者たちを、アインズはニニャと共に、見送った。

 かつてのツアレ同様に、アインズは彼等を、“人間”のまま送った。

 三人は口々に蘇生させてくれた恩義を口にし、アインズたち魔導国の前途が幸せなものであるように祈りながら、“漆黒の剣”は今度こそ潰え去った。

 

 だが、彼等の子や孫が、新しい“漆黒の剣”として旅立ってくれた。

 今でも。そして、おそらくこれからも。

 

 そうして、ニニャは。

 彼女はオーレオール・オメガとの修行により、彼女と同じ職を得ることで、老化だけはしなくなった。

 しかし、「不死」とは言えなかった。

 単純な話……レベルが、足りなかったのだ。

 ニニャには寿命がある。定められた命の総量が、砂時計のようにこぼれおちている。

 それは止めようのない事実であり、どうしようもない摂理であった。

 老化はしないニニャの肉体を、まるで不治の病が侵入し侵犯するように、“寿命”という(おり)が降り積もっていった。

 その影響を回避するための唯一の手段が、あの桜花聖域での「眠り姫」だ。

 こういう時、アインズは己の切り札──“エクリプス”の特殊技術(スキル)を想起せずにはいられない。

 

(“あらゆる生あるものの目指すところは死である”……だが)

 

 それにアインズ自らが逆行しようというのは、些か奇妙な話では、ある。

 今、彼女が眠っているのは、自らの肉体を仮死状態に近い──精神だけは夢の中で生き、魔法によって時折ながら他の者とつながることができる状態を維持することで、人間としての寿命死を迎えずに、ニニャは生存し続けていくことができる。

 

(ツアーが語っていた情報……あれを参考にできて助かったが……)

 

 アインズは、ツアレやエンリ、ンフィーレアやネム、ペテルたち漆黒の剣の時と同様に、ニニャを寿命のない異形種に……悪魔・人狼・天使・魔法生物……それこそ、自分(アインズ)自身と同じ“アンデッド”などには、しなかった。

 したくなかった。

 不死のアンデッドになりさえすれば──死霊(レイス)動死体(ゾンビ)吸血鬼(ヴァンパイア)首なし騎士(デュラハン)でも何でもいいから、彼女を人間の脆い肉体から解放してしまえば、それで寿命の問題は解決するかもしれない。実際、何人かの個体で実験に成功しており、今もこのナザリックに仕える尖兵の一人として忠誠を尽くすものも、いなくはない。「アインズ・ウール・ゴウンに“すべて”を差し出させた者たち」は、その筆頭格とも言えた。

 

 だが、ツアーやイビルアイから聞いている──アンデッドへ変化した際に生じる弊害──精神の変容、心が歪み捩れるという可能性。

 

 イビルアイ……キーノのような例外もいるにはいるらしいが、それは彼女の──生前の生まれもっての異能(タレント)の恩恵を受けたものだと認識できる。実際として現地人の“異形種化”実験において、ほとんどの個体でそういった“不具合”が相次いで発生している以上、この手法を積極的に取り入れることは躊躇(ためら)われた。アインズ自身ですら、アンデッドへ変化したことによる精神の変調──人間を殺し嬲ることへの忌避感や危機意識が低い状態が基本になっている以上、その可能性は──ニニャの“心”が歪むような可能性は、どうあっても受容できるはずがなかった。

 無論、ニニャは弱い存在ではない。

 現地の人間としては破格の、始原の魔法(ワイルド・マジック)の担い手であるツアー謹製の指輪で、上限を超えるレベルまで獲得している────だが、Lv.100には、あまりにも程遠い。

 ……異形に歪んだニニャまでをも愛せば良いという考えも出来るだろうが──それは果たして、アインズの愛した『術師』と同一であるのか、否か。

 現地人としてはなかなかの性能(レベル)を保有するまでに成長を遂げたが……それでも、彼女の“心”が、今ある“ありさま”が、何もかもすべて変質し変貌し改悪を余儀なくされることになったらと思うと、どうしても、アインズは首を縦に振れないのだ。

 ニニャを人間のまま──彼女そのままの姿で、共に在りたいと、アインズは思い焦がれた。

 だが、

 

(これも、俺の我儘だよな)

 

 大切にしたいと思いながら、

 大事にしたいと願いながら、

 ニニャにとって最も過酷な道を進ませている気が、存在しない心臓の内に沸々と湧いてくる。

 

「つらいか?」と(たず)ねれば、「大丈夫です」としか言わない──その影で、姉や仲間たちとの別れに苦悩した姿を、夫たるアンデッドは、知っている。

 いくら謝っても謝り切れない。……否。たとえ謝っても「謝る必要がないのに謝ったらダメですよ」とたしなめられる始末だった。

 

(まだまだ駄目だな……俺は)

 

 知っていて、何もできない。

 ニニャの優しさに救われている。

 あるいは、彼女に安らかな「死」を与える事こそが……などと思い煩う自分が忌々しい。

 頭を強く振って、空っぽの頭蓋の奥に湧き出る馬鹿な思考を追い払う。

 

「まだだ。まだ、時間はある」

 

 声に出すことで、決意に確固たる形を与えてみせる。

 ほかならぬニニャに教えられた。

 出来ないことを後悔しても意味はない。

 身体を重ね、心を織りあわせ、愛を育んだ彼女のために、何ができるのか考え続ける。

 アルベドやシャルティアたちも、そんなアインズの想いを承知して、誰もが協力を惜しむことはない。

 ニニャの寿命を、人の命の定量を、解決するために研究を続け、そんなアインズの補助や補佐となって、仲間たちに見せても恥ずかしくない魔導国の運営を担ってくれる王妃や守護者たち……ナザリックの皆が、仲間たちが残してくれた者たちがいてくれるからこそ、今もアインズはここにいられると言ってよい。

 愛する存在のために。

 だから、アインズは無謀な挑戦を続けている。解決の糸口は、きっとどこかにあるはず──

 

(だからこそ。彼──カワウソと、そのNPCたちを取り込みたいところだったのだが……)

 

 あの若返りの検体(サンプル)──デミウルゴスが研究途中のアレを確保できる要因たりえたプレイヤーたちと協力できれば、アインズ達の利となることは確実だったことだろう。

 人を「人」のまま、永遠に幸福を享受することができれば……それでこそ、かつてこの異世界に流れ着いたプレイヤーたちの轍を踏むこともあるまい。

 ──こういう時、ふと、思う。

 

「人を愛した、アンデッド……か」

 

 ツアーから聞いていた、“過去”に存在したという、一人のプレイヤーの、情報。

 寿命のまま死んでいく仲間たち“五人”を看取り、その子や孫らから尊崇され礼拝され、

 

 結果として、

 

 最後の最後まで存在し続けてしまった、

 神の一柱として生き残るしかなかった、

 

 六大神──“死の神(スルシャーナ)”。

 

 一人の男の、孤独の末路。

 邪神とまで呼ばれ、静かな暴走に奔った、アンデッド。

 

「彼も、……こんな気持ちだったのかな」

 

 知りようのない過去のプレイヤーのことを思いつつ、アインズはひとり考えに耽る。

 

 

 過去とは違う今──この時に転移し、アインズと“敵対”したプレイヤーの末を、思う。

 

 

 カワウソとツアーの邂逅は、数日中に始まる予定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アインズ様とニニャの関係については、『天使の澱』の前作
『魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~』をご参照ください。

 また、

 世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”や第八階層・桜花聖域、
 六大神などの設定は、原作では未確定な情報──独自解釈を含みますので、あしからず。

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