オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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天使の澱・後半戦。
※注意※
この物語は二次創作です。
独自設定や独自解釈が登場します。ご注意ください。


第六章 白金の竜王
過去と現在


/Platinum Dragonlord …vol.01

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを討伐せよ!」

 

 国内で爆発的な人気を博したDMMO-RPGの世界で、そう声高に叫ばれた時期があった。

 八つのギルドからなる連合が立ち上がり、その謳い文句に踊らされた小規模ギルドや傭兵たち……PCやNPCの混淆した討伐隊が編成されたのは、ユグドラシルの黄金期にして、アインズ・ウール・ゴウンの絶頂期と言えた。

 

 当時、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、すでにユグドラシルのゲーム内で、不動不朽の“悪”の存在としての地位と風聞を確立しており、数多くのプレイヤーの反感を買っていた。PKやPKKを頻繁に行う異形種プレイヤーのギルドは、ユグドラシルで蔓延していた異形種狩り……人間種のアバターを選択したプレイヤーたちのゲームスタイルに、真っ向から戦い挑む姿勢を見せたのだ。

 異形種狩りは、ユグドラシル運営が実装したレア職業の転職(クラスチェンジ)に必要不可欠なPKポイントを獲得する唯一の手段。さらに、異形種プレイヤーをPKしても、人間種のプレイヤーにペナルティなどは一切なかった為、人間種が圧倒的大勢を占めるユグドラシルプレイヤーにとっては、異形種の姿を選択したプレイヤーを狩ることは「運営からのお墨付き」を受けたプレイスタイルに相違ない判断であった。

 にもかかわらず。

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、異形種狩り(PK)を行うプレイヤーを、PKKしまくった。

 極悪ギルドのPKKに邪魔されたプレイヤーは、こぞってアインズ・ウール・ゴウンを“悪”だと論じた。それに対し、アインズ・ウール・ゴウン側はその気勢を真っ向から受け止め、逆に、自らを「“悪”のギルド」と標榜する始末であった。

 そんなアインズ・ウール・ゴウンに──異形種PKを是とする同調圧力を嫌ったプレイヤーやギルドから、それなりに賛同する声も多かった。が、ほぼ同時期に、国内でのユグドラシル人気が過熱し始め、有益な情報を乗せた有料サイトが出現し、未知の多いゲーム情報をより多く貪欲に求めるスパイギルド──“燃え上がる三眼”など──が暗躍するようになったことで、アインズ・ウール・ゴウンは勢力の拡大に伴う内部流通者の発生を危惧し、41人以上のメンバー募集にはストップがかかった。同時に、彼等アインズ・ウール・ゴウンに協力を申し出る小規模ギルドの傘下入りの請願も、丁重に固辞し続けるしかなかったのだ。

 

 そうして、稀少鉱石の鉱山独占や、ナザリック内の年齢規制必至なホラートラップ(『真実の部屋』の水死体(アレ)や、『黒棺(ブラックカプセル)』の根源的恐怖(アレ))などのマイナス情報……さらには、世界級(ワールド)アイテム“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”強奪事件(奪われた方にこそ過失があったが、とりあえず強奪である)を契機に、「アインズ・ウール・ゴウン討伐」の機運は一挙に高まっていった。

 

 八つの中規模ギルドが、ランキング上位のギルドをはじめ方々(ほうぼう)に働きかけ、討伐隊の連合は徐々に膨れ上がり、最終的には1500人というサーバー始まって以来の大軍が組織されるまでとなった。もともとアインズ・ウール・ゴウンに本気で恨みを持っていた八ギルドの他は、報酬につられ雇われただけのソロプレイヤーや、あるいは庇護協力下においていた下位の小規模ギルドなどで構成された。必死にコールを続けていた上位ギルドの参戦が“一切”“まったく”望めなかったのは奇妙でこそあったが、1500人というDMMO-RPGの歴史上類を見ない大規模侵攻の舞台が整ったことで、討伐隊は敵拠点に侵攻する前から、自分たちの勝利を確信していた。

 

「これほどの大軍なら、勝って当然だろう」と。

 

 1500人(VS)41人。

 子供でも分かる計算だった。

 下馬評は「討伐隊の勝ち」という内容で大勢を占め、ネット上では誰もがギルド:アインズ・ウール・ゴウンの消滅とナザリック地下大墳墓の失陥を確実視していた。

 誰もがアインズ・ウール・ゴウンの貯め込んだ財を、世界級(ワールド)アイテムの配分と分け前を皮算用すらしていた。

 異形種のPKKギルドは、ユグドラシルから跡形もなく消え去るだろうと、そう思われていた。

 

 だが、結果は歴史の語る通り。

 1500人は、あの第八階層“荒野”で行われた蹂躙劇……大逆転と呼ぶのも憚られるほど異様な戦闘の末に、第一から第七階層までを走破したはずのプレイヤーたちは、

 

 殲滅された。

 

 ありえない光景だった。

 討伐隊の中には、小規模ギルドが(雇い主から強要され)持参したギルド武器が並び、それらは確実に神器級(ゴッズ)アイテム相当の能力を保持していた。神器級(ゴッズ)アイテムすら満足に作るのも難しいユグドラシルにおいて、かなりのデータ量を込めることが許されるギルド武器は、最高位の装備品たりえる(もちろん、そのための素材集めなどは必要不可欠であるが、通常の神器級(ゴッズ)アイテムよりは安くあがるわけだ)。あのアインズ・ウール・ゴウン打倒のためには、ギルド武器は何としても必要な力の結集であり、神器級(ゴッズ)の槍で武装した真祖の吸血鬼(シャルティア)をはじめ、優秀な各階層守護者たちを掃滅する威を発揮し続けた。

 

 だが、それすらも“あれら”と“少女”は打ち砕き、破壊し尽した。

 ギルド武器が破壊されたギルドは、軒並みギルド崩壊の末に離散し、プレイヤーによっては一度もゲームにログインすることなく、ユグドラシルに復帰することはなかったという。その時期は×印──『敗者の烙印』を押されたプレイヤーが大量に発生したが、彼等の多くは新アカウントを取得するかゲームに飽きてやめていくかして、姿を消した。

 ギルドを再結成してまで、ユグドラシルに残留する判断を下すギルドは、現れなかった。

 

 そして、疑問だけが残った。

 

 相手がユグドラシルの全ギルドの中で“十大ギルド”と称されるトップレベルだろうと、あの第八階層“荒野”にて、数の暴力に抗えるはずがないと思っていた彼等の頭上に降り注いだのは、“あれら”と“少女”が繰り広げた──虐殺。

 

 荒野の空を漂う“あれら”が繰り出す、絨毯爆撃じみた殲滅攻撃。

 荒野の大地を歩く“少女”が発揮した、流星のごとき怒濤の暴撃。

 

 第八階層に至るまでに、広大かつ多様な七つの階層を攻略するうちに、1500人は魔力(MP)特殊技術(スキル)を、ほぼ確実に消耗していた。

 討伐隊はわけもわからないまま、“あれら”と“少女”の蹂躙にその身をさらし、一人また一人と、確実に蹂躙攻撃の直撃や余波を受けて、あっさりと死んでいった。敵の正体を探ろうにも、そのための動作を見せたプレイヤーから、ヘイト値の関係からか速攻で狩り取られ脱落していった。蘇生の魔法を発動するだけの猶予もない。彼等はとにかく、荒野の丘の上に見えている転移の鏡を目指し、次の第九階層へと急ぐしかなかった。

 その途上で現れた奇怪な天使を狩り取った瞬間──新たに出現したモンスターを迎撃するための一手にすぎなかった様子見の攻撃程度で、胚子じみた異形が倒され、死体をさらした、……その時。

 発動したのは、強力すぎる“足止め”スキル。

 それによって、残っていた討伐隊は、一歩も前に進めなくなった。

 彼等は一切の攻撃が繰り出せなくなり、何の抵抗も許されない状態に固定された。

 

 そんな無様(ぶざま)を見物するかの如く、転移の鏡を通って姿を見せた、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの構成員(メンバー)たち。

 

 彼等の筆頭に立った最上位アンデッド“死の支配者(オーバーロード)”のプレイヤー・モモンガ。

 

 彼が、その身に宿した赤い宝玉を取り出し掲げ、世界級(ワールド)アイテムの能力を発揮した時、

 

 1500人の討伐隊……その敗北が決した。

 

 

 

 ──“あれら”による「死」が、荒野に降り注ぐ。

 ──世界すべてが死の暗黒に覆われ、“あれら”の……

 

 

 

 この動画映像は、討伐隊側の記録として(あるいは生中継イベントとして)撮影されていたもの。

 動画を視聴したプレイヤーたちは、第八階層での蹂躙劇を「チートだ!」「インチキだろ!」「バグじゃないのか!?」と、こぞって声をあげた。彼等の知るユグドラシルの常識だと、あれほどの暴力を発動できるはずがなかった。運営に対してギルド凍結の嘆願と徹底調査を求めるメールがパンクするほどに送り付けられたのは、後に伝説として語り継がれているほどだ。

 

 

 

 しかし、当時の彼等、一般ユーザーは決定的に見落としていた。

 

 ユグドラシルには、運営の用意した「壊れ性能」の存在──世界級(ワールド)アイテムが200も存在していること。

 そして、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、その世界級(ワールド)アイテムを多数所有する存在であったこと。

 たった一個所有するだけでも、そのプレイヤーの知名度が上がるほどのモノを“複数”所有できていたこと。

 

 さらに、第八階層の“あれら”は、モモンガの所有する世界級(ワールド)アイテムとの「相乗作用(シナジー)」効果によって、他に例を見ない「変貌」を遂げたこと。

 

 

 

 

 

 

 つまり、それは

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「やはり、見当たりませんね?」

 

 最上位悪魔たる第七階層の守護者、魔導国において“六大君主”として諸方を統治し、“大参謀”という新たな役職を賜った彼は、この100年で随分と馴染んでしまった場所──己の階層以外で足繁く通うようになったナザリックの最奥に位置する場所で、ひとつの情報データを収めた書物を閲覧していた。

 眼鏡の奥に映る文字は、現地の言葉ではない。日本語だ。

 これは、この空間を造り上げた尊き御方々が、ナザリックの外より持ち帰り集めた知識の集合。敬愛し信奉の念を懐き続ける創造主たちの残した財産のひとつ──

 

 第七階層守護者・デミウルゴスがいるのは、ナザリック地下大墳墓・第十階層に位置する叡智の空間──最古図書館(アッシュール・バニパル)

 

 彼は、この地を治める最高支配者、アインズ・ウール・ゴウンの許しを戴き、この図書館内にあった空きスペースの一室に、自分用の研究室を構えるようになっていた。彼が100年前より実験し続けてきた、未知なる異世界の情報を蓄積し検分し実験の限りを尽くした資料がうずたかく積みあがっており、その情報の貴重性は計り知れない。

 この異世界に存在していた生まれもっての異能(タレント)なる能力の発生メカニズムや、その系統分布。現地人が開発したという、ユグドラシルには存在しなかった魔法大系“生活魔法”などの総覧。さらには、アインズ・ウール・ゴウンが転移する以前に存在していたプレイヤーなどの情報も、ツアーなどの協力者・同盟者の合力(ごうりき)によって、十分な情報量を獲得して久しい。

 すべては、この世界を征服し尽した──その途上で邪魔になった有象無象を排しつつ、巧みに強力な現地勢力を懐柔し篭絡した(と、デミウルゴスは認識している)魔導王の手腕──尊愛するアインズ・ウール・ゴウンの戦略の妙があればこそ、成し遂げられたものだ。

 

 そして、100年の後に出現した、新たなユグドラシルの存在。

 常時監視の目を置いていたスレイン平野に転移してきた、天使ギルド。

 アインズが特別に取り計らい、魔導国への受け入れを本気で考慮していた、外の存在──

 

 だが、連中は、あの堕天使は宣告した。

 自らを『アインズ・ウール・ゴウンの“敵”』などと。

 

 思い返すだけで、炎熱に耐性を有するデミウルゴスの(はらわた)が煮え繰り返るような劫熱(ごうねつ)が沸き起こる。

 しかし、悪魔の脳髄は冷静に、連中の情報を収集する作業を続けていた。

 

「そちらの方は、どうです?」

 

 振り向いた先にある顔ぶれは、この図書館の司書である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)死の支配者(オーバーロード)。さらに、第七階層より連れてきた魔将などのシモベ。そして、

 

「いいえ、御父様」

 

 デミウルゴスを父と呼ぶ乙女は、手元にあるユグドラシルの情報──“攻略サイト”の有益な情報をまとめた、御方の手記のひとつに目を通していた。

 悪魔は、己の娘をあらためて見据える。

 大地の底から湧き出る溶岩流を思わせる煌き──炎を吹いて燃え盛る粘体(スライム)を、その頭髪に宿す乙女の美丈夫。身に纏うタイトなライダースーツのごとき私服は、常時高熱の粘体を全身から放散する特性を帯びた彼女のため、特別にナザリックの最高支配者たる御身が仕立ててくれた一品であり、ぴっちりとした暖色系の生地は、乙女の豊満な彩を煽情的に(つや)めかせて(はばか)らない。突き出す双丘は形の良い大果のさまがはっきりとわかり、腰から太腿へと至る曲線の蠱惑ぶりは、男というものをまだ知らない──彼女の純潔を捧げるべきは、ひとりだけなのである──というのが信じられないほど、妖艶に過ぎる火の色で輝いている。

 デミウルゴスが守護する第七階層“溶岩”──その階層内でも強力な配下として信頼に足る領域守護者「奈落の粘体(アビサル・スライム)」である同胞・紅蓮(ぐれん)を母体として──粘体に女の形状と体質を形作らせて、悪魔の因子を注ぎ込み生み出させた、この世で「四番目」に愛すべき、炎獄の造物主の娘。

 

 御方より戴いた名は、火蓮(カレン)という。

 

 ちなみに、現在におけるデミウルゴスの中の順位付けだと、「一番目」はアインズとウルベルトが同率一位に君臨し、「二番目」は他の至高の41人、「三番目」はナザリック地下大墳墓において御方々に創られた同胞・シモベたち(紅蓮もここに含まれる)という具合である。

 デミウルゴスが成した子供たちの中で、もっとも優秀にして強大な能力を獲得した悪魔と粘体の混血児(ハーフ)は、同胞(シモベ)たちの次に愛されるにたる壮麗な女の顔立ちを曇らせながら、優雅な所作で、御方の残された書籍に対する敬意を露にしながら、本を閉じる。

 

天使の澱(エンジェル・グラウンズ)なるギルドの情報は勿論、プレイヤー・カワウソという文言すら、私どもには確認できません」

 

 火蓮は悄然と、己が役立たずに終わることを怖じるような、宝石のごとき瞳で謝辞を零す。

 しかし、デミウルゴスは自分と同じ肌色の娘に対し、気楽に頷いてみせた。

 

「そこまで思いつめた顔をするものではありませんよ?」

 

 これは、御方の危難になるやも知れない勢力(ギルド)への備えとして必要な準備作業であったが、実のところ、この数日で目ぼしい成果がないことは確認済みだ。司書長や、その妻をはじめ、この図書館に属するすべてのシモベが総覧し検索の限りを尽くしても、この図書館には、ナザリック地下大墳墓の要する最大にして最高の叡智の集合地には、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に直接関係する情報は、まったく何もないことは確認できている。

 唯一、連中の拠点であろうヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)などの情報も、ユグドラシルの攻略サイトの情報の中で、『ギルド拠点になるダンジョン図鑑』から、推定されるレベル数値に合致しつつ、転移の鏡を通して出入りするという“安っぽい構造”の、初期の地下潜伏型という符合点から導き出された解答であった。

 連中の戦力は1350ポイント分のNPCと、プレイヤー・カワウソが一人だけ。

 ナザリック地下大墳墓と比較するのも愚かしい低レベルな相手であるが、しかし、だからこそ、油断は禁物である。

 あるいは何かしら、間接的にでもギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に関する何がしかの情報を獲得できないかと、ここ数日の間中、図書館の静謐にして清廉な空気は、シモベたちの探索と検証の熱気で煮え立っているような、そんな盛況ぶりを博している。

 

 ユグドラシルの本というのは「傭兵モンスター召喚」「マジックアイテム」「イベントアイテム」「武器防具類の外装データ」「小説や日記」などに大別され、このナザリック地下大墳墓の図書館に蔵されている書籍は、傭兵モンスター召喚用のものが圧倒的大多数を占める。だが、あまりにも多すぎる召喚用の書籍は、このギルドの全財産を蕩尽(とうじん)しても、十分の一の量も呼び出せないだろう膨大な数。100年の蓄財を経た今でも、これだけの量の書籍に封じられたモンスターを呼び出すことは難しい程の量が、今も尚ここに存在し続けていた。

 では何故、至高の御方々は、これほど大量の蔵書を蒐集(しゅうしゅう)したというのか。呼び出しようのない戦力を無数無尽(むすうむじん)に囲う理由とは何か。

 答えは単純。

 ここに残された重要な本を、『ユグドラシルにおいて何よりも貴重な“情報”を、容易に敵の手にわたらせないため』に、「隠す」のが主な目的なのだ。「木の葉を隠すなら森の中」という言葉の通り。これほど大量の蔵書の中から、アインズ・ウール・ゴウンが獲得した攻略情報などの類をピンポイントで発見するのは容易ではない。……一応、図書館を創ったメンバーの『悪乗り』も理由の一端ではあるが、その事実を知るものは限られている。

 そして、デミウルゴスたちは今、その重要な本をもとに、情報を一から検証し直している最中にある。

 

「アインズ様が仰っていたように、この図書館の情報は、あくまで参考程度に留めておくべきもの。連中が、あのユグドラシルにおいてどれほどのことをなした存在であるのかは、実際に対峙してから調べ尽せばよいだけです」

 

 そう言いつつも、デミウルゴスは万が一の可能性も塗りつぶすような勢いで、自分達にできる最善にして最大限の情報収集に、時を多く費やし続けている。

 御方は語っていた。

 実のところ、ここの書籍や各種情報媒体というのは、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちが集めた代物であり……つまるところ、メンバーたちが離れていった、デミウルゴスたちの認識上「お隠れになって」以降は、ほとんど内容に変化がなかった物で溢れかえっていた。ユグドラシルの情報をすべて全自動で収集するという機能など、そこまで高性能な効果を期待できる場所ではない。“百科事典(エンサイクロペディア)”のようなモンスターの姿を自動で記録してくれるアイテムもなくはないが、それすらも自分でモンスターと邂逅(エンカウント)し、詳細な情報「特殊能力や弱点」などを検証し集積し筆記しなければ、ただのモンスターのアルバム写真集にしかならない。

 運営が連絡し与える情報は、必要最低限なものに留まっていた。でなければ、ユグドラシルにおいて「未知」の世界があんなにも溢れかえることはなかったはず。

 

 アインズはユグドラシル時代において、仲間たちが離れていった後、ナザリックの管理維持に必要な稼ぎを外で行うことに終始するようになり、ユグドラシル末期における詳細なデータは、そこまで徹底管理できていなかった。

 それこそ、日常的にネットで流れる情報には雑多に目を通すが、それをいちいち図書館に持ち運んで記録として保存するほど、社会人である彼は暇ではなかったし、ギルドの存在意義そのものが「仲間たちと楽しく過ごす場所を維持する」という程度であって、ユグドラシルの未知を「探求し研究する」というほどではなかった。アインズの情報量は、仲間たちが集め残してくれた当時のままである部分が多く、何か自分でも気づかないうちに、新たな情報や知らない追加パッチを当てられている可能性を、転移当初は何かにつけて危惧していた。

 

「御父様の方は、何をご覧に?」

「これですよ」

 

 悪魔の手の内にある本の装丁・表紙に記載されたタイトルは、『ギルドランキング』──その情報。

 これは、公式のデータを月ごとや週ごとに編纂編集し、図書館の蔵書としてまとめた、ひとつの情報媒体であった。

 ユグドラシルには、最盛期だと1000を超えるギルドが乱立しており、終焉を迎えた末期でも800弱のギルドが名を連ねていたと、悪魔はアインズの口から聞いている。

 

「敵が世界級(ワールド)アイテムを有しているのであれば、このランキングとやらに載っていてもよさそうなものですが──」

 

 ランキングに載るためのポイントは、常に変動するもの。

 構成員のレベル平均、世界発見ポイント(未発見未探索のダンジョンやフィールドを攻略するなどして加算)、ワールドアイテム保有数、資産ポイント、本拠地ポイント、PKの際のポイント移動、ギルド戦時のポイントなどなど、無数にある項目の集計値をもとにして、運営が公式にランク付けを行う。噂の域を出ないが、このポイントには「課金額」なども集計されている……などという風説もあった。しかし、真相は明らかになっていない。

 

 デミウルゴスが特に着目したのは、100年後に現れたギルドが、『世界級(ワールド)アイテムを保有しているか否か』──それを調べ上げるのに、ランキング情報というのは有用な情報源たり得た。

 世界級(ワールド)アイテムはひとつ保有することが判明しただけでも、かなりの知名度を築くことができ、複数個を所持するギルドは、ほぼ確実にランキング上位に食い込める位置に常駐できる。

 保有する世界級(ワールド)アイテムの詳細(名称や威力効果)については判らないにしても、カワウソと呼ばれるプレイヤーが“ギルド長”を名乗っていること、また、世界級(ワールド)アイテムを獲得し保有したギルドであるならば、このランキングに、その情報が記載されている可能性は高いはず。デミウルゴスが最も危惧すべきアイテムの保有者であるという確証を得るためには、この書を開くのは確実に必要な確認作業であった。

 

 だが、宝石の眼球で総覧し、閲覧し尽した限り、ギルドランキングの書籍には、「天使の澱」なる団体はどこにも記述がなかった。

 

 勿論、その原因は、眼鏡をかけた悪魔の視力が蒙昧で──というわけが、ない。

 本に編纂されたランキング情報は、本の編集者たるメンバーが在籍していた当時で停止しており、それ以降の記録……カワウソがギルド:天使の澱を立ち上げ、あまつさえ、馬鹿げた「復讐」プレイにもとづいた『敗者の烙印』保有者専用の世界級(ワールド)アイテムを獲得した時の情報──ユグドラシル末期におけるランキングが、ここに書き加えられることはなかったがため。

 

 このナザリックに残った唯一のプレイヤーたるアインズ……モモンガが、ギルド維持のために行ったことは、運営資金獲得のための狩りだけ。膨大に過ぎるユグドラシルの情報を編集し管理する暇など、社会人の日々忙殺される生活の中には欠片も残っていなかった。モモンガがどうしても必要と思えたゲームの新情報程度しか、新たに図書館へ蔵されることはなく、そうして、ゲームはあのサービス終了の時を迎えている。

 この図書館で蔵書と情報を入念に管理していたメンバーが離れた頃からの記録は、ほとんどない。

 とすると、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)は、このデータ以降の時期に、世界級(ワールド)アイテムを獲得したと見做(みな)すべきか。

 ……あるいは、

 

「連中は、何の世界級(ワールド)アイテムも保有していない可能性も、一応、ありえますが」

 

 ツアーが語る、世界級(ワールド)アイテム保有者の異世界転移。

 デミウルゴスは詳細をアインズ経由で知らされ理解しているが、所詮、ツアーはナザリック地下大墳墓“以外”の存在。

 ナザリックの絶対的信奉者たるデミウルゴスにとって、竜王の有する情報の確度については、半信半疑というのが実情であった。実際に、デミウルゴスたちは他の世界級(ワールド)アイテムがこの異世界に流れ着いている事実──“傾城傾国”など──を回収し、知ってはいるが、ナザリック地下大墳墓以降にも、それが続くという保証には……なり得ない。

 

「ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)とやらが、はじめて世界級(ワールド)アイテムを有しない、初の勢力であるとすれば」

 

 このような拮抗状態を維持する意味も価値もありはしない。

 即刻、連中の居城へと進軍し、貴重なユグドラシルの存在を鹵獲(ろかく)して、研究のサンプルにしてしまえばよい。プレイヤーの“蘇生実験”や“素材化”など、デミウルゴスの脳内にはダース単位で連中の使用方法は決定している。

 すでに、天使ギルドの首魁は、魔導王アインズが生み出した上位アンデッド四体を屠殺(とさつ)し、亡骸(なきがら)を持ち去るという愚を犯した。断罪のための証拠は、十分以上に整っているのだ。

 しかし、

 

「ですが。アインズ様の御許可がなければ、今の私たちは動けません」

 

 火蓮の言う通り。

 アインズは「時が来るまで」……少なくとも、ツアーがプレイヤーであるカワウソと対面を果たす“その後”まで、ナザリック側から仕掛けることを全面的に禁止していた。

 アインズの計略は、時にデミウルゴスの一手先、十手先……百手先にまで至ることもあるほどの大略ぶりだ。それを思えば、主人が絶対命令として告げた内容について、大参謀を拝命したデミウルゴスが、とやかく言う必要などありえないはず。

 だが、それでも、悪魔は炎獄の造物主たる己の内側に灯る熱量に、()れていた。

 咄嗟に胸の奥に潜む熱源を掻きむしりたくなるほどに。

 

「……連中を最初に発見した際に、潜入調査を遂行できていたら」

 

 そう夢想せずにはいられない。

 それが出来ていれば、もっと安易に、事は進んだやも知れない。

 

 100年後のアインズ・ウール・ゴウン魔導国に、新たに現れたユグドラシルの存在。

 アインズの計画に“使用できるか否か”の査定期間として、主君は彼等への過剰な接触は避け、魔導国の水先案内人として、ナザリックの混血種の代表たる新星・戦闘メイド、マルコの派遣を決断。期せずして飛竜騎兵の領地で蠢動していた諸々を解決し、デミウルゴスは“若返り”という寿命問題に対するサンプルを秘密裏に回収することまで成功していたが、それでも尚、許されざる大罪を、不遜を、あのギルドの長とかいう堕天使は、犯した。

 

 (いわ)く、「アインズ・ウール・ゴウンの“敵”」と。

 

 口惜しい。

 度し難い程の愚物が。

 いっそ自分と自分の配下のシモベ達だけで、あの拠点に強行偵察を試みたいところ。そうすれば、連中の保有している戦力や戦略がはっきりするはず。奴が保有しているだろう世界級(ワールド)アイテムの効能や威力を知れれば、間違いなく今回の大局は、アインズ・ウール・ゴウンの勝利に傾くのだ。

 

 ──たとえそれで、自分や自分の配下たちが、連中に(しい)され、死に絶えることになっていたとしても。

 

「御父様?」

「と。いけませんね」

 

 娘の声に我に返る。己の浅はかな思考を、デミウルゴスはすぐさま脳の外へと破棄した。

 主人であるアインズの命令は、「待機」と、「検証」だ。勝手な行動は慎まねばならない。

 何より、優しい主君は、自分たちナザリックの存在を、我が子も同然に愛おしみ、その命に、いかなる危険が忍び寄るのも良しとしない。御方のお役に立つために、ナザリックのシモベ達は外での任務に励むことを特別に許されていたが、100年後にユグドラシルの存在が転移してきたことで、その体制は一定の制限が設けられてしまった。しかしながら、至高の四十一人に創られた存在たちは、自分たちを何に変えても護ろうと欲する主人の愛情を、何よりも誰よりも理解できている。

 だからこそ。

 アインズ・ウール・ゴウンの害悪となりうるすべてを、デミウルゴスたちは一切、許容できない。

 たとえ自分が死ぬような事態になっても、現状のナザリックであれば、復活の資金は潤沢に揃っている。アインズの100年の蓄財は伊達ではない。

 

「もしも。あの天使共の拠点に乗り込むおつもりでしたら、是非とも、私も同道を」

「ありがとう、火蓮。ですが、それはありえないことです」

 

 デミウルゴスは、御方に対する忠節の徒として立派に育った娘を、誇るかのように微笑む。

 覗き込んでくる悪魔と同じ肌色の乙女は、手前みそになるだろうが、実に美しい。母体となった粘体が優秀であったがために、レベルこそ100には届かないが、その戦闘力はロマン構成(ビルド)であるデミウルゴスのそれをわずかに上回る。相性の関係で父たる悪魔が負けることこそないが、冷気への耐性と特効に秀でているため、あのコキュートスに──稽古中で装備が不十分だった時とはいえ──土を付けかけたこともあるほどに、火蓮は強い。母親と同様、彼女は周囲に展開した自己のフィールド内では無敵に近い攻撃性能を発揮できる。乙女が生成する溶岩流の渦……“炎獄空間”は、同属性でなければ生存が危ぶまれるほどの暴威となりうる。

 だが、天使というのは、炎属性への強い耐性を示す種族。である以上、デミウルゴスとその配下たち……そして火蓮に、連中を強襲せよという出撃命令など下るわけがないのだ。その役目は、天使の「天敵」となり得る友、“大将軍”コキュートスと、彼の優秀な息子たちで遂行される方が、まだ可能性としてあり得る。天使はコキュートスたちの強力な冷気属性であれば、ほぼ間違いなく討滅可能なのだ。

 ふと、デミウルゴスは手指を伸ばす。

 なみの人間では触れた瞬間に腕が全身が炎上するだろう高熱の頬を、親愛の情をこめて、そっと撫でる。

 

「それよりも、よいのですか? 今日は殿下と過ごす日だったはずでは?」

「マルコ姉様(ねえさま)にお譲りしました。姉様は一週間、ずっとナザリックを離れておいででしたし、指輪が封じていた“あの日”でもありますので」

 

 ああ、とデミウルゴスは理解を得る。

 竜人と人間の混血種であるが故か、マルコは奇妙な特質が顕著に現れることが、時たまだが、ある。

 不定期に現れる“あの日”になると、彼女はナザリック内を出歩くことは難しい「形態」となり、与えられた自室に籠るしかない……それを、マルコは恥と思っていた節もあったが、その日は決まって愛する殿方との逢瀬を深められるので、かつてほど嫌な顔をすることはなくなった。

 一応、アインズたちの研究によって対策は講じられており、不定期性を抑える特殊な装備品で身を固めているが、ずっと長くアレを抑え込んでおくと、反動であの状態が長引くことが多くなると判明している。そうすると、彼女はナザリック内での仕事に長く就けなくなるというジレンマが。それを思えば、定期的に指輪の封印は解除しておいた方が賢明と言える。

 

「優しいですね、火蓮(カレン)は」

 

 娘は褒められたのが素直に嬉しかったように、軽やかな笑みを口元に宿す。

 デミウルゴスは100年前、自分の気まぐれで行った世界級(ワールド)アイテムの実験……セバスとツアレの蜜月による懐妊騒動の原因を作り、それによって、ナザリック地下大墳墓で様々な混血種……「“子”をつくれる」事実が、判明。その折に、デミウルゴスは自分の正妻の座に、もっとも強力な母体になりうる同胞を選抜し、──この、最も優秀な娘を、授かった。

 これもひとえに、アインズ・ウール・ゴウン御方の御厚情と配慮、……許しがなければ、ありえなかった。

 すべては、アインズがいてくれたからこそ、成し遂げられた事柄。

 そのことに対し、悪魔は感動を禁じ得ない。

 

「それよりも、御父様。そうすると、あの天使ギルドは、今後どのように処置を?」

 

 デミウルゴスは微笑んだまま、愛する娘からの質問に答える。

 

「アインズ様との協議の結果、とりあえず、ツアーが今一度だけ接触を図ってくれる手筈ですよ」

「……大丈夫なのですか? ツアー殿が、もしも、万が一に、アインズ様を裏切ることは?」

 

 当然の懸念であったが、デミウルゴスは首を横に振る。

 

「ありえませんよ。アインズ様とツアーとの協力関係は、この100年でほぼ完全な地盤を築いておいでだ」

 

 そう。

 アインズはツアーとの友誼を結びつつ、着実な計画と準備を続けてきた。

 

「かつて。100年前にアインズ様が整えた、ツアーとの交渉材料については、──私ごときではまず用意しようがなかったものですからね」

 

 それを思えば、ツアーがアインズとの契約を、あの計画を、反故にする理由は薄い。

 

 彼と……白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と「事件」を通じて友好関係を結べたのは、間違いなくアインズその人の存在があればこそ。

 デミウルゴスたちNPCの思考では、現地の連中と足並みをそろえるだけで身震いがするほどの汚辱に匹敵するが、主人の命令となれば、話はまったく別である。

 これまた口惜しいことだが、ツアインドルクス=ヴァイシオンが有していた力と魔法、そして数百年の“知識”は、デミウルゴスたちのそれを、ある分野において超えていた。

 

 ユグドラシルと異世界の間を渡り来る驚異と脅威の数々。

 100年周期に生じる、時を刻む振り子のごとき揺り返し。

「十三英雄」「八欲王」「六大神」……他にも存在する、様々な渡来物。

 

 これら特異に過ぎる異世界についての諸情報を、ツアーは確実に蓄えていたのだ。

 

 アインズがいなければ、竜王と交渉し折衝役を務めてくれた主人がいなければ、デミウルゴスたちはツアーたちをナザリックに対する“危険因子”として、「徹底排除する」以外の処方を取れなかったはず。強力な個体の多いアーグランド評議国の竜王たちは、ナザリック単独では対処が難しい(不可能ではないだろうが、それなりの被害は覚悟すべき)猛威と計算できるが、アインズがいることで、そのような事態は未然に回避できている。

 それどころか。彼等竜王は、すべてアインズの協力者の地位に下り、一定の自治と権能を与え、とある「契約」をもちかけたことで、この異世界における重要情報──過去の歴史などの“知識”を供与する立場を確立。デミウルゴスが己の内で立案していた世界征服の計画概要は、確実に短縮され洗練されることに相なったわけだ。

 それほどの辣腕(らつわん)を振るった主人の雄図大略に対し、デミウルゴスは魂の芯を、悪魔の耐性など関係なく熱くさせられてしまう。

 端倪(たんげい)すべからざる御方々……そのまとめ役であられるアインズへの忠誠心は、悪魔の存在基盤そのものと化していることは、いまさら言うに及ぶまい。

 

「カワウソへの対処については、今のところ……(ツアー)に賭けるしかありませんね」

 

 焦りは禁物。油断こそが大敵。

 ツアーがタイミングよく招待に成功していたことは、ナザリックにとっての吉兆か、あるいは──

 

 連中と白金の竜王が邂逅を果たす時刻まで、あと数時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 白金の竜は、夢を見る。

 

 200年……否、もう300年前のことだ。

 

 

 

 

 

『すまない、皆』

 

 自分の正体が、“白銀”と称される純白の竜騎士の正体が、中身が空洞の、がらんどうの鎧であると明かされた際、仲間たちは誰もが驚愕と驚嘆の視線を浴びせてくれた。

 

 そして、真の自分を──「白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)」──竜帝である父の後継として、アーグランド評議国に君臨する竜王の一人──巨大な竜の威容を、仲間たちの前にはじめて顕現した時、リーダーは勿論、闇妖精との混血で四本の魔剣を帯びる自称・暗黒騎士、四本の聖剣に選ばれた法国の魔法剣姫、ビーストマンの崇拝を一身に浴びた大神官の小猫、当時の森妖精(エルフ)王族の長、魔法工の名を戴くドワーフの王、人間じみた外見が醜悪と罵られ排斥の憂き目を見たゴブリンの王子、三つ首の多頭水蛇(ヒュドラ)に騎乗するオーガの劣等種たる女魔戦士、牛頭人(ミノタウロス)の英雄として迎え入れられたプレイヤー“口だけの賢者”、最優の剣士ジュウゾウ、彼と少女に信仰されるサクヤ……他にも様々な人間と亜人と異形がいて、誰もが腰を抜かすほどに震え上がった。“国堕とし”などという称号を戴くことになった吸血姫の童女など、リーダーの仲間の腰に縋りついて、その影に隠れるほど怯えさせてしまった。唯一、平然とそこに佇み、常と同じ余裕な姿勢でいられたのは、影のごとく佇む暗殺者“イジャニーヤ”の開祖と、「暗黒邪道師」と呼ばれる黒髪の女──リグリットの師匠、二人だけ。

 

 ツアインドルクス=ヴァイシオン。

 

 竜帝の末子故に、八欲王との戦争で敗戦した後、事後処理の調停役にしかつけなかった……自分以外の、強大な力を誇った親兄弟・親族や竜王──“始原の魔法(ワイルドマジック)の担い手”たちが全滅したことで、ツアー以外にアーグランドの広大な国領を統治できるものはいなかった。

 

 200──300年前の当時。

 諸事情によって、鎧姿で人間に扮し、諸国を漫遊していた折。

 ひょんなことからツアーは、リーダーたち一行……後の世に“十三英雄”という御伽噺として語られた者たちと共に旅をした。

 

 楽しかった。

 心の底から楽しかった。

 プレイヤーであるリーダーたちと共に語り合い、笑い合った。十三英雄の皆で、当時の世界中に蔓延(まんえん)した事件を、異変を、危機を、ユグドラシルから渡り来る擾乱(じょうらん)の嵐を収めた。

 

 それら冒険の果てに、ツアーは皆に、“白銀”の正体を、自分の鎧の内を、その内実を暴露した。

 するしかなかった。

 

『──騙してたのか?』

 

 風巨人(エアジャイアント)の戦士長ですら、自分と同格以上の異形が顕現した事実を前に尻込みしていた状況で──ただ、一人。

 死者使い……死霊系魔法(ネクロマンシー)を修めながらも剣客として名高い乙女が、一歩を前に踏み出した。

 自分たちを、自分を、たばかっていたのか──そう問いかける女に、ツアーは頷くしかない。

 

『……リグリット』

 

 すまないというべきか。

 当世一の“死者使い”、リグリット・ベルスー・カウラウ。

 彼女が、ツアーと交わそうと願ったことは、最初から望むべくもない「夢」であった。

 聡明かつ賢知に富む死者使いの乙女は──白一色に染まる前だった──生命力の猛々(たけだけ)しさと瑞々(みずみず)しさを語る髪色を、憤慨にか怨嗟にか失意にか震わせながら、硬い刃のように鋭い眼で、竜の、男の細い光彩を凝視する。

 ツアーは、そんな乙女を前に、何も言えなかった。

 言えなくなってしまった。

 

 とりあえず、決戦を前にして──それ故に、ツアーは有事の際には自分の本当の力を行使するべく、その前準備として、仲間たちに自分の正体を教えておくしかなかったのだ。しかし──変な空気のまま戦いに臨むべきでないと判断したリーダーたちのとりなしによって、その場は収まった。

 

『すまない、リグリット』

 

 そう遅まきながら告げた後、彼女は張り詰めた弦のような危うい眼差しで、そこに佇む巨竜を──空っぽの鎧を見比べた。

 

 濡れているような声で、驕慢にも仲間たちを騙し続けていた竜王を、リグリットは許した。

 許した乙女は、今まで通り……“友”として……親交を結び続けた。

 

 暗黒邪道師……彼女の師から、死を遠ざける力を術を学んだリグリット。竜王と乙女の絆は、200年の後にまで──彼女が死ぬその時まで──穏やかに続いた。

 顔を突き合わせれば、必ず小言をチクチク言ってくれたのも懐かしい。

 やがて、あの「事件」……アインズ達と共に、スレイン平野を……100年前に、スレイン法国を封じざるを得なかった、あの世界の危機において──

 

 あの時に、ツアーはリグリットと、今生の別れを果たした。

 リグリット・ベルスー・カウラウは、永遠の眠りに就いた。

 

 しかし、そのこと自体に、悲嘆や後悔などという感情は、ない。

 リグリットは最後まで、ツアーの良き“友”であった。あり続けてくれた。

 

 だが。

 もしも。

 もしかしたら。

 

 あの戦いで、十三英雄・最後の戦いで、リーダーたちを救えていたら──

 当時、“神竜”を、何とか出来る方法が他にあったなら──

 あのような「事件」は起きることなく、──

 

 ……いいや。

 

 我ながら、無意味なことを考えてしまっている。

 リグリットは満足の内に息絶え、ツアーもそれを受け入れ、永の別れを告げた。

 世界最大の危機は過ぎ去り、大陸はアインズ・ウール・ゴウンの旗のもとに、ツアーたち竜王たちですら叶わなかった、大陸の完全統合が、なされた。

 

 誰もが平和に暮らし、

 誰もが生を謳歌する。

 

 無論、何もかもがうまくいっているとは言い難い。取りこぼした命はそこここに存在し、無道を働くもの、法に悖るもの、魔導王のアインズでもどうすることもできない犠牲者というものは、厳然と存在し続けている。それを魔導王の怠慢・彼の罪と断じることは不可能だ。ツアーもアインズと同様に、統治する者としての責務を全うしてきた。犠牲なくして何事かをなすことは出来ない。竜にも、アンデッドにも。神と呼ばれた者たちですら、そうなのだ。

 

 そう。

 

 そうして諦めるしかなかった“犠牲”こそが、ツアーの……十三英雄の、限界だった。

 

 あのつらく苦しい戦いで、ツアーはかけがえのない友らを、リーダーたちを、……(うしな)った。

 

 その後の顛末については、物語に語られる通りである。

 

 だが。

 叶うなら。

 願うことができるならば。

 

 せめて、

 彼等を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツアー様…………ツアー様?」

 

 呼ぶ少女の声に応えるように、白金の竜王・ツアーは微睡(まどろみ)の思考から覚める。

 白い髪の少女に、ほんの一瞬だが、かつて見慣れた女の面影が重なって見えた。

 

「──ああ。なんだい?」

 

 現在、自分の鎧の中身におさまってくれる竜騎士の娘は、呆れ半分に肩を竦める。

 

「寝ぼけているのですか?

 本日は、例の“ゆぐどらしるぷれいやー”とかいう人達と会う日取りですよ? しっかりしてください?」

 

 ああ。そうだった。

 もう数日が経過したのだ。

 長く生きていると、日々というものが過ぎ去るのが異様に早く感じる。数百年を生き続ける竜ともなれば、数日など、ほんの数度の瞬きの間に等しい。一年という時の流れは、宮殿の奥で孤独にじっとしていたら、あっという間に過ぎ去ってしまう時間の単位だ。

 

 だが、彼等と、仲間たちと日々を過ごしていた200年……300年前は、違った。

 

 一日一日が、黄金の財宝のように輝き、彼等の笑顔が、言葉が、やりとりのすべてが、どこまでも竜王の心を満たした。

 後に、冒険者として諸国を漫遊するようになったリグリットとの対話も、そうだ。

 勿論、この目の前にいる娘、当代における竜騎士の少女との生活もまた、そうだ。

 少女の母や、祖母や、その家族も。

 

 竜王の中には、家族というコミュニティは必要と考えるものもいる。

 あの世界最大の生命と評すべき“聖天の竜王(ヘヴンリー・ドラゴンロード)”は、自分の背や鱗に住まう民のすべてを家族と認知しているし。人間や亜人や他の種族──場合によっては非生命体と交配する変態じみた能力を例外的に有する“七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”などは、今も冒険都市・オーリウクルスの領域守護者として君臨する旧竜王国の元女王──ひ孫のドラウディロンの世話になっている。

 無論、たった一人で生き続ける竜も、いるにはいる。

 しかし、真なる孤独に耐えることができるものは、そう多くない。

 個人主義の筆頭格と言えた竜王“常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)”は、地下の巨大洞窟に長く孤独に引き籠っていたが、アインズ・ウール・ゴウンとの接触以降──七日七晩の死闘の果てに──ナザリックの守護者の一人・シャルティアと“喧嘩友達”として親交を結んでいるように(本人は否定しているが)。

 

 ツアーは伸びをするように首を巡らし、ほとんどの攻撃を無力化する硬い銀鱗を波打たせる。

 光彩や牙は爬虫類のそれを思わせるが、身のこなしや眠っている姿は猫のようとも言われる。

 大きく広げた翼は巨大な影を大地に落とし、長く雄々しい尻尾は一薙ぎで鉄の山を砕くほど。

 あらゆる叡智と秩序、歴史と伝説、神話や叙事詩、過去と未来に通暁しているなどと評される竜王は、過去へと向けていた眼差しを、直近の未来に、現在(イマ)のここに据えた。

 今日この時、この場に来るように、ある者たちに招待状を送付している。

 100年の揺り返し。

 ユグドラシルからの客人(まろうど)

 ──ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)と名乗るモノたちへ。

 

「確か、プレイヤーの名前は、カワウソ、と言ったかな」

 

 ラファというNPCから聞き出した──冒険都市の祭ではファラと名乗っていた天使が、心の底から信頼し信奉し、臣従の限りを尽くす存在。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの後、100年後のこの世界に流れ着いた者たちを迎え入れるべく、ツアーは台座に飾られた空っぽの鎧を、起動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※Web版:設定から抜粋

十三英雄:
御伽噺で語られる英雄。200年前の人? 構成メンバーは死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ、暗黒邪道師、魔法剣士、大神官、聖魔術師、魔法工(ドワーフ)、祖たるエルフの王族?、エアジャイアントの戦士長、暗黒騎士、白銀……etcetc。

※書籍三巻P231から抜粋

トネリコの枝を振り回して、幾多の竜を退治したゴブリン王、天空を駆け続けた有翼の英雄、三つ首竜(トライヘッド・ドラゴン)に騎乗した魔戦士、忠実なる十二の騎士と共に水晶の城を支配した姫君、などを。

※ドラマCD『封印の魔樹』
ピニスンが出会った七人組
「若い人間が3人。大きな人が1人。老人が1人。翼の生えた人1人。ドワーフが1人」

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