オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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出立と試練

/Platinum Dragonlord …vol.03

 

 

 

 

 

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 黒髪に悪魔の角を宿す美貌の女は、純白のドレスを(ひるがえ)しつつ、心の底から愛し尽くす存在の、朝の支度に追われていた。

 

「いよいよ、でございますね」

 

 そう言って微笑む王妃の一人──最王妃たる女淫魔は、今日の当番メイドと共に、愛する主人の身支度(みじたく)を着々と整えていく。

 深淵よりも尚深い夜闇の空から糸を紡いだような漆黒の姿もよいが、アビ・ア・ラ・フランセーズのような豪奢で純白の姿も良く映える……否、ありとあらゆる色彩すらも屈服させ得る男丈夫は、一糸纏うことない姿──骨の総身をさらけ出すスタイルであろうとも、アルベドたちシモベらにとっては、それだけで絶頂ものの耽美(たんび)を醸し出す至宝の集約に他ならない。

 故に、この作業──愛する主人を着飾らせていただく栄誉は、アインズ当番という大命を仰せつかったメイドの絶対的な特権にして、数少ない自己実現の場とも言える。

 なので、アルベドは王妃と言えど、多くを口には出さない。

 今日の当番を務める一般メイドが用意した、よく手入れされ磨かれた究極の装飾を、殿方の不快にならない手裁きで、コーディネイトの手助けをしていくのみ。

 アルベドは、というか、他の妃たちも同様に、ほぼ日替わりで身支度の世話を整える役目を仰せつかっている。

 シモベであれば誰もが羨むほどの距離で、愛する御方にお仕えできる事実を、アルベドは腰の翼をはためかせながら、今日の当番メイドと共に、至福の時を噛み締める。

 

「連中が、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)なる勢力の首魁が、アーグランド領域にて、ツアーと会談する予定……ご命令の通り、アーグランド内のシモベ(NPC)たちは撤収し、残っているのはアインズ様ご謹製のアンデッドたち、魔導国の一般警邏兵のみとなっております」

 

 その支度の合間にも、アルベドは己に与えられた任務──「敵対組織」と化した100年後のプレイヤーたちの動静や、ナザリック側の対応について、逐一報告を述べておく。

 

「ナザリック外での政務……魔導国の国事行為関連については、引き続きアインズ様に変身したパンドラズ・アクターが代行を。“餌役”である彼に奇襲急襲をかけようという敵らしき存在はまったく確認されておりませんが、万が一に備え、パンドラズ・アクターの後方支援部隊は拡充済みです」

「ああ……」

「拠点のあるスレイン平野の監視の目は、例のごとくあれら(・・・)の一体が務めており、スレイン平野は現状、静穏そのものです。一応、姉さん──監視局局長たるニグレドの方も、クピドなる天使に気づかれたやもしれないアレ以降は、特に監視を探知された気配はないとのことなので、ご安心を」

「うん……」

「コキュートスは予定通り、子息であるカイナ、アンテノラ、トロメア、ジュデッカの四兄弟に、魔導国陸軍の四個軍に対する統制権を移譲。何かしらの不測の事態には、即座に対応可能な体制を整えております」

「……うん」

「それと、大元帥シャルティアの掌握統括する信仰系魔法軍と、マーレの率いる魔力系魔法軍、アウラが監督する強化騎兵聯隊について…………?」

 

 アルベドは主人の様子を(いぶか)しむ。

 そして、気づく。

 

「ああ……そうだな……」

 

 主人の口調は気もそぞろという具合で、心ここにあらずというありさまだ。

 アルベドは一秒の思考を要し、そして周囲の者たちに、命令を下す。

 

「ごめんなさい、インクリメント。皆と共に、少しだけ席を外してくれる?」

 

 アルベドは最王妃としての権限を行使し、この場にいるメイドと隠形中の護衛数体を一時的に引き払った。誰も抗弁することなく従ったのは、アルベドの強権力ではなく、主人の状態は、彼女たちにも理解できるレベルでおかしかったのだ。なので、王妃殿下に仔細を任せる以外の処方がないという判断に従ったまで。

 アインズの私室──支度の為の衣裳部屋で、アルベドは二人っきりとなる。

 

(昔の私なら、確実に押し倒しているところだろうけど……)

 

 アルベドは鋼の意志力で不動の姿勢を貫いた。

 夫に甲斐甲斐しく世話をする貞淑な妻は、愛する主人の言葉を待つ。ひたすらに、待つ。

 そして、アインズは目の前で行われたアルベドの行為──気遣いを、(あやま)つことなく理解していた。

 

「──すまんな。不安にさせただろうか?」

「とんでもございません」

 

 本音を言えば、不安にさせられたのは事実だ。

 この御方は、何かにつけて守護者統括だった女悪魔を不安がらせることが多かった。

 だが、それら事実すらも愛おしむように、アルベドはアインズの心情を看破していく。

 

「何か御不安なことでも?」

「ああ、いや。そんなことは、ない、ぞ?」

 

 これは嘘だ。しかし、そう指摘することは無駄だと心得ている。

 

「であれば。私が何か、御不快にさせるような働きを?」

「ありえんよ。おまえは100年もの間、いつだって私の為に、よく働いてくれている」

「……」

 

 本当に優しい。

 誰よりも何よりも尊く、そして狂おしいほど愛おしい。

 この不肖の身を妃の地位に──御身の傍に隣に侍ることを許してくれる男の優しさに、アルベドは身体の中心から、魂の奥底から、歓喜に濡れる。守護者統括としての地位を返上した女悪魔に対し、かわりに魔導国「大宰相」の役目を与えてくれるほどの優しさに──だが、感情の海に溺れて自失しているわけにはいかない。

 

「ただ、今日は──」

 

 短く告げられた言の葉の意味を、アルベドは深淵の水底から汲み取っていく。

 今日は、アインズが気にかけていた、あの者たちの、運命が決する時──

 

「アインズ様」

 

 故に、アルベドはあらためて、自分の位置を、立場を、想いを、克明にしておく。

 

 

「私は、あなた様を愛しております」

 

 

 愛する男が、ハッと息を呑んだ。

 アルベドは彼の胸元に手を添えて、そこに存在しない心臓の鼓動を感じ取るように、女の麗貌を寄せてみる。

 しかし……それ以上は望まない。

 これ以上は、いけない。

 肉欲に溺れるのは控えなければ。

 けれど、彼への愛だけは、確実に表明しておかねばならない。

 最王妃は、誇り高く告げる。

 

「あなた様がどのような存在(・・・・・・・)であろうとも、私は、あなたを愛しています。愛し続けます。愛させていただきます──ですから、どうか」

 

 アルベドは最早、アインズ・ウール・ゴウンを──モモンガを──“鈴木(スズキ)(サトル)”のすべてを、

 ──愛している。

 

 たとえ、この世界のすべてが彼の敵になろうとも。自分だけは、彼を愛し続けると、そう告げる。幾度も誓い続ける。これはこの100年で何十度も繰り返されてきた遣り取りであり、その一回目の時は……思い出すのも憚られる。

 だからこそ。

 自分がいるから、“不安”になどならないでほしいと、最王妃・アルベドは宣言する。

 

「どうか……もっと我儘を言ってください……あなた様の望むことを、私に教えて欲しいのです。無知で愚かな私に、あなたの望みを果たさせていただきたい……あなたのすべてを、お守りさせていただきたいのです」

 

 アルベドは、わかっていた。

 彼が、アインズが求め望むことを。

 100年後に現れたプレイヤー……あの連中のことを、今でもなお『惜しい』と悩み抜いている、事実を。

 

「ダメだな、俺は(・・)

 

 そう自らを評する夫の自嘲を、アルベドは黒い髪を振って否定した。

 

「100年たっても……いや、100年たったから、なのか。

 せっかく用意した計画も、ツアーとの契約──約束も、これで全部台無しになるのかと思うと……ああ、クソ」

 

 頭を掻いて頭蓋を揺さぶる主人は、不安や不快、不満というよりも、ごく浅い感情の振れ幅に翻弄されていた。そのような無様を見せることに躊躇がないのは、アルベドとの絆の深さを示している。

 もっとやり方は他にないのか、なかったのか。

 他の方法ならば彼等を──100年後のプレイヤーたちと、歩み寄れたのではないのか。否か。

 そう、魔導王たる者の口から言の葉を紡がせる感情の正体。

 

 後悔と未練。

 

 アルベドたちには及ぶべくもない話だが、アインズは、自分たちの“敵”と表明した──宣戦布告したはずの存在にすら、慈悲深い程の心情を(いだ)き続けている。

 それほどまでに、あなた様はお優しい……お優しすぎて、本当に、……愛おしい。

 いっそ奴らに嫉妬すらしてしまいそうなほど、アルベドの心中は穏やかな様から離れかける。しかし、自制せねば。

 主人は言葉を続ける。

 

「覚悟していたはずなのだが……いざとなると、自分の心ひとつ、まともに御することも難しい」

 

 アインズは正直に、内心にわだかまる感情を妻の一人であるアルベドに吐露していく。

 ツアーから、信頼に足る異世界の同盟者から、教えられて知っていた、100年周期に現れるユグドラシルからの転移者たち。

 アインズは彼等を利用するために(より正確には『協力したい』ために)、これまでずっと準備を整えてきた。

 素晴らしい魔導国をカワウソ達に教え、敵対することなく、穏便に丁重に事を進めようと、何もかもを手配していた。

 だが、何もかもが、どこかでおかしくなった。狂っていった。

 カワウソが派遣した調査隊の規模を見誤った──その調査隊は戦闘メイド二名と交戦し、状況を混沌化させた──そのため、カワウソを早急に魔導国内に組み込むことで、衝突の事実を何とか修正しようと、マルコに交渉を頼んだ──そうして、カワウソは、堕天使固有の笑みで、堂々と告げた。

 (いわ)く「アインズ・ウール・ゴウンの“敵”」と。

 ありえない弄言であった。

 しかし、それは事実だった。

 第八階層への“復讐”などという、狂気の企てに(とりつ)かれた堕天使の、宣誓であった。

 

「彼等は“敵”だと、わかっているのだがな……」

 

 アインズが「彼等」と呼ぶ勢力のことに心を砕いているのがわかって、アルベドは己の内にわだかまる熱を感じ取る。しかし、優しい彼であればこそ、己の敵にすら慈悲をかけるというのも、ありえる話なのだ。それ自体に不満も憤懣もない。

 アインズがそれほどまでに、カワウソ達に固執する理由──

 連中は、未だナザリック地下大墳墓に対して、決定的な損害を与えてはいない。

 戦闘を行った戦闘メイド(プレアデス)たちは傷ひとつなく凱旋を果たし、彼等との戦闘で勝ち得た情報は、万金を積んでも支払えない価値を持つ。

 連中の構成因子……外に出されたNPCたちは全員がLv.100である可能性。

 堕天使プレイヤー……奴が繰り出した、上位アンデッドを即滅させた、謎の能力。

 100年周期で異世界に現れる転移者たちの共通項……世界級(ワールド)アイテムという存在。

 

 自らを称して「アインズ・ウール・ゴウンの“敵”」と、そのように名乗った連中の首魁。

 だとしても。

 否。

 だからこそ。

 アインズは、最後に一つだけ、確かめておきたいことがあったのだ。

 

「アルベド。……もう一度だけ、俺の我儘(わがまま)を聞いてもらえるだろうか?」

 

 カワウソたちに対して、モモンとして接触を図るという我儘を通したアインズは、心の底から申し訳なさそうな調子で言い募る。

 女悪魔は、そんな愛しい男の望むことを、慈母のような微笑みで受け入れ、愛する主人の両手を握り、そのすべてを包み込む。

 

「ですが。私の方からも、ひとつ──我儘(わがまま)を聞いていただきたいのです」

 

 言って、悪戯っぽく笑う女悪魔は、シモベにはあるまじき我儘を押し通す。

 しかし今や、アルベドは魔導王の妃……彼の妻……真実、“彼の家族”の、ひとり。

 対するアインズは、微笑みを骨の顔に浮かべ、妻の願いを、家族の提案を聞き入れる。

 

 アルベドの女神を彷彿とさせる深愛に後押しされ、アインズは意気揚々と、とある場所へと赴く準備を始める。

 

 

 

 

 

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 屋敷二階での朝食を終え、数日前と同じく一階の円卓の間に足を運ぶ。

 そこで長卓を囲み直立不動の姿勢を取っていたNPCたちが、一斉に膝を折った。

 臣下の礼による歓迎を、苦笑いと共に受け取ったカワウソは、自分のギルド長専用の席に着こうとする前に、気づく。

 動像獣(アニマル・ゴーレム)のシシやコマたちは拠点入口の防衛と、周辺警戒の任務で不在なのはわかっているが、もっともいるべき存在が、ひとり欠けている。

 

「全員、揃っては……いないな?」

 

 ほぼ全員の肩が微動する。

 ギルド長の右隣。そこにいつも佇むはずの黄金に輝く女天使が、不在。

 

「ミカは、どうした? 会議には出席する筈じゃあ?」

 

 準備中とは聞いていたが、一応この会議には参加するという話を聞いていた。ミカの意見を重宝するカワウソは、彼女の不在で生じるデメリットを危惧せざるを得ない。

 

「えと、その……」

 

 珍しいことに、しどろもどろという感じで視線を動かすガブ。他のLv.100NPCたちも目をそらすか、我関せずと言わんばかりに沈黙を守った。

 

「ええと、ミカはその」

「遅くなりました」

 

 カワウソの背後で扉を開き現れた声は、間違いなく、聞き馴染んだ熾天使の美声。

 だが、振り返ってみて、少し、驚かされる。

 

「……ミカ?」

「──何か?」

 

 清水よりも透き通って聴こえるはずの声音は、だが、遮蔽物越しのくぐもった感じが強い。

 それもそのはず。

 ミカは今、いつもは外気にさらけ出している女の美貌と黄金の髪を、完全防御武装の(ヘルム)で覆い尽くしているのだ。熾天使の壮麗な天使の輪だけは、変わることなく女騎士の頭上で輝き続けている。これは、転移して二日後の、沈黙の森で追われていた現地人のヴェルを救援する際に身に着けていたものと同じ。面覆い(バイザー)の奥に隠された女の表情は読み取れず、また、どうしてここで──別に戦闘でもない状態で兜を被っているのか、(はなは)だ疑問であった。

 そんな主人の声なき疑問に、ミカは即応する。

 

「これから、敵地といえる魔導国の土地を──アーグランド領域とやらへと侵攻するのです。完全武装で臨むのは、必然の措置だと判断できますが?」

「ん……ああ……なるほど」

 

 とりあえず納得を得たカワウソだったが、他のNPCたち……特にガブなどは、かなり動揺していた。小声でミカと何か言い合いをしているようだが、ガブはミカの二言三言で、即座に引き下がっていく。

 

「だが、“侵攻”というのは違うと思うぞ? 俺たちは一応、招待に応じて、竜王とやらに“会いに行く”だけだからな」

 

 無論、連中がそこで何か仕掛けてくる可能性も、十分以上にありえることだが。

 

「──それぐらい解っております」

 

 すねるような女の口調が、存外に明るく聞こえて安堵した。

 だが、実験の件を謝るタイミングを掴めずに、カワウソはとりあえず場の流れに身をゆだねるしかない。

 

「じゃあ。これで全員だな」

 

 あらためて席に着く。

 12人のNPCも、その後に続いて椅子に腰かけた。

 カワウソは全員を見渡して、すでに決まっていた事柄を簡潔に確認する。

 

「これから、アーグランド領域……ツアインドルクス=ヴァイシオンの招待に向かうメンバーは、予定通りだ」

 

 円卓の間に集合した天使の澱のNPCたちは、ギルド長のプレイヤー・カワウソ……黒い鎧に身を包む男の口上に、耳を傾ける。

 

「向こうの指定した人数4人と、拠点防衛用戦力のバランスを考えれば、これ以外の構成はない」

 

 と、思う。

 カワウソは、招待を受けた自分の護衛役に選んだNPCに呼びかける。

 

「ミカ」

 

 カワウソの護衛として申し分ない戦闘能力を保持するNPCの隊長。

 

「ガブ」

 

 ある程度の幻術などに対応可能かつ前衛職を与えた銀髪褐色の聖女。

 

「ラファ」

 

 ツアーと唯一面識を持ち、今回の会合を取り付けた功労者たる牧人。

 

「以上、三名を俺の護衛役につける。……異論はないな?」

 

 数日前に決定していたメンバー構成であるが、一応の確認も込みで、カワウソはNPCたちに意見を求める。

 そして、彼等は満面の笑みと頷きで、如何なる反論も持ち出さない。

 

 兜と鎧を纏うミカは、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)最高の“盾”。体力と防御力ステータスに傑出した存在であり、『防御役(タンク)』として必要な職種を多数保有しつつ、非常に強力かつレアな種族や職業レベルをカワウソの手によって施された、第一のNPCである。正の接触(ポジティブ・タッチ)や希望のオーラⅤなどの回復系スキルも充実しており、護衛として連れて行くのであれば、彼女ほど頼りになる存在は、他にいないだろう。

 

 いっそ煽情的な修道服を着こなすガブは、一応“女英雄(ヒロイン)”や“聖母(ホーリー・マザー)”の職を有することで『物理火力役』に相応しいステータスを保持しているが、同じ役目の近接戦闘職・戦いの申し子たるナタに比べれば、明らかに劣っている。精神系魔法詠唱者の“幻術師(イリュージョニスト)”“精神干渉者(マインド・インターヴィーナ)”などを収得・兼用している関係上、ナタほどに物理攻撃値は高くない計算だ(それでも、天使の澱の中では二番手につける格闘戦闘力を有しているのである)。

 

 ラファは旅の牧人(ハーダー)の姿だが、信仰系職業“大司教(アーチビショップ)”“枢機卿(カーディナル)”などを修めることで、『回復役(ヒーラー)』としての地位を確固たるものにしつつ、あらゆる戦闘をそつなくこなせる、典型的な神官戦士タイプ。が、それ故にラファは他のNPCのような突出したステータスというものはなく、よく言えば「平均的」、悪く言えば「地味」な塩梅(あんばい)に落ち着いていた。それでも、Lv.100のステータスは現地の有象無象と戦うとなれば、かなりの戦闘力を発揮可能。他者への「魔力譲渡」を行える神官の強みも合わさって、非常に有用な存在たり得る。

 

「──この城砦で、何か不測の事態が起こった際には、すぐに連絡を」

 

 その役目を遂行できる翼の巫女、天使(エンジェル)翼人(バードマン)のレベルを複合された褐色の乙女、マアトがしきりに頷きを返す。

 

「カワウソ様ー」全身鎧の機械巨兵が、確認の声をあげる。「万が一にー、こちらから連絡が出来ない……たとえばー、敵によって連絡が遮断された際にはー?」

「その時はウォフ、おまえの裁量に任せる」

 

 意見具申してきた巨兵に、すべてを一任する。場合によっては、拠点第一階層内に眠っている戦略級攻城ゴーレム“デエダラ”の本格投入も認可しておいた。隊長(ミカ)隊長補佐(ガブ)がカワウソの護衛につく以上、この配置になるしかない。

 城の防衛任務は、防衛隊「副長」の役を与えられた守護天使(ガーディアン・エンジェル)にして機械巨兵(マシンジャイアント)のウォフが務める。召喚師(サモナー)の職業を有するウォフの天使召喚能力と、その首にさげられた六つの宝玉に封じられた最上級天使六体は、なかなかに強力だ。軍団長(レガトゥス)征服者(コンクェスター)の職業は軍団を率いることに向いている。さらに、同系統の指揮官系職業を修めるイスラにも手伝ってもらう手筈だ。

 間延びした声は「かしこまりましたー」と言って、遺漏なく任務に励むことを誓ってくれた。

 

拙者(せっしゃ)らの周辺警戒については通常通りでよろしいのでしたな?」

「そうだ、タイシャ。なるべく、いつも通りを心掛けてくれ」

 

『句点を含まない早口』と設定した調子で問いかける男に、カワウソは応じる。

 斥候(スカウト)先兵(ヴァンガード)として優秀な警戒能力と敵感知スキルを誇る黒髪の僧兵──座天使(スローンズ)雷精霊(サンダー・エレメンタル)の種族をLv.10ずつ与えた男は、通常形態の今では信じられないだろうが、変身すると『魔法火力役』として最高値に位置するウリの次に強力な魔法攻撃ステータスの高さを誇る。

 魔導国──アインズ・ウール・ゴウンがこちらを監視下に置いているとは考えづらいが、連中の戦力を考えればそれぐらい出来て当然だろう。こちらが貴重な戦力を割いて、ツアインドルクス=ヴァイシオン……白金の竜王とやらに会いに行く隙を突いてくる可能性は、極めて高い筈。

 故に、カワウソは誤認がないように、共有情報を再認させる。

 

「今回の目的は、あくまで……あくまで、竜王とやらの招待に応じること。連中を撃滅することは主な目的ではない」

 

 無論、悪辣かつ周到極まる罠の可能性は十二分に存在する。

 だからこそ、カワウソは魔導国の研究や、この世界での実験の空き時間を可能な限り利用して、白金の竜王と面識を得ていたラファから、彼の情報を──主に戦闘能力や人格面などを中心に──聴取し、その対応策の構築を続けた。

 招待に応じ赴くための戦力は必要最低限……確実に必要そうなNPCだけを引き連れていくことをカワウソは決めていた。向こうから提示された人数に合わせつつ。

 有事の際には逃げ出せばいいし、逃げるとなれば大所帯で移動するのは避けるべきだろう。カワウソは自分を守る護衛の数もそれなりに用意した。盾として優秀極まるミカに、幻術対策は万全のガブ、そつなく戦闘をこなせる神官のラファもいるのだから、まず大丈夫なはず。

 何より、カワウソ達の留守を狙って、魔導国が強襲急襲をかけてくる可能性が大なのだ。拠点防衛用に必要な戦力は、城砦から離すべきではないと容易に思考できる。そのために、物理攻撃最強のナタ、魔法攻撃最強のウリ、他にも強力な軍勢を召喚使役できる者などは、確実に拠点防衛に残しておくべき備え。カワウソは速度特化の堕天使である上に、転移魔法を神器級(ゴッズ)の剣で行使可能。現在、動かす手段のなさそうな拠点──バカでかい標的となりうる不動の城を守らせる方にこそ、戦力を傾注すべきだろう。ゲームだと動かすことは不可能だったが、この現実のような異世界だと何とかできるかもしれないものの、そんな手段があるとは現状だと考えついていない。

 それら諸々の確認を終えたカワウソは、円卓の間の仕掛け時計を眺める。

 

「時間まで、まだあるか……」

 

 指定された時間まで、十数分の猶予がある。

 ふと、卓を囲み着席しているNPCたち……この拠点を防衛するため、カワウソが一からすべて創り上げた者たちを、眺める。

 

「……皆、最後に、あらためて聞いておく」

 

 カワウソは懸念していたことが、最後の最後に、ひとつだけある。

 言っていいものかどうか、聞いてしまってよいことかどうか、本気の本気でわからない事柄だが、それでも確かめておきたいことが、ひとつだけ。

 全員の視線が主人の顔に注がれる。

 

「……今なら。まだ、おまえたちは、おまえたち“だけ”は、生き残れるかもしれない」

 

 どういうことだろうと首を傾げるNPCたち。

 わかっていないはずはないだろうが……カワウソは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国に対する、次善の策についても考えを巡らせていた。

 ミカは言っていた。

 降伏はありえない、と。

 カワウソもその意見には同感だが──それは、カワウソの敵対意識や戦闘意欲の他に、『相手がカワウソを、首謀者たるギルド長を許すはずがないから』という客観的な評価がこめられている。

 つまり、“カワウソだけ”は、どうあがいても生き残る道筋はない。

 であれば、……自分だけが死ねば、すべてうまくいくのではあるまいか?

 

「俺の首を、愚かにも宣戦布告したギルド長の“命”を差し出しさえすれば、おまえたちNPCは助かるかもしれ」

 

 バン!!

 

 という音が、広い空間によく響く。

 堕天使は思わず口を(つぐ)むしかない。

 叩きつけられた手甲の掌が、それ以上、カワウソの提案を聞き入れまいと、長卓を叩き打っていた。

 兜に隠された表情は窺い知れないが、女天使の眼光が、圧力となって感じられるような気さえする。

 

「──ミカ」

 

 隊長補佐(ガブ)が諫めるように、隊長(ミカ)の鎧の肩当を掴み押さえた。

 主人の主張する内容を理解し、絶句しかけたNPCたちを代表する位置にあるミカだからこそ、堕天使の暴言──自棄(やけ)っぱちな言動を拒絶できたようだ。

 ガブはミカを押さえつつ、彼女なりの誠意を言葉に変える。

 

「カワウソ様。差し出がましいことを申し上げさせていただきますが、あなた様を断罪し、おめおめと生き永らえるつもりなど、我々、天使の澱のシモベたちには──」

 

 ありえない。

 そう親身に、真摯に告げる聖女の言葉に、ラファが、ウリが、イズラが、イスラが、ウォフが、タイシャが、ナタが、マアトが、アプサラスが、クピドの全員が、はっきりと頷き、口々に戦意と笑気を口にしていく。

 だが、カワウソは首を大きく横に振る。

 

「だが。おまえたちは、俺の復讐……バカな試みで創り出された……あの第八階層“荒野”を突破するための、ひとつの可能性として生み出しただけ。俺が『アインズ・ウール・ゴウンの敵』と設定した──設定されただけの存在。だが、俺のやろうとしていることが、実際にうまくいく保証なんて、どれだけ探しても存在しない。失敗する可能性は十分以上。……だったら、せめておまえたちの方こそ、俺のことを棄てて、逃げ出した方がいいんじゃないのか?」

 

 今さらなことだが。

 カワウソは数日前、ミカに言われた“逃亡の可否”について、本気で思いを馳せていた。自分一人で。このギルドと拠点を──ミカや、ガブたちを捨てて、彼女たちにすべての後処理を放棄して。復讐も何もかも諦めて。仲間たちとの約束も誓いも忘れ去って。どこにあるのか知らない、安住の地を探す旅に出て……………………だが、どうあがいても、どれだけ考えても、カワウソの道のりは、あのナザリック地下大墳墓に、難攻不落と称されてしかるべきギルド拠点に向かいたいと、そう乞い願ってやまないのだ。

 

 あの悪夢で、自分を笑う自分を殺してまで、カワウソが望み続ける通りに。

 

 それに、自分はマルコに──ナザリック地下大墳墓からの使者たるメイドに、確実に告げている。

「アインズ・ウール・ゴウンの敵になる」と。

 そんな無知蒙昧、愚劣愚昧を極めたプレイヤーを、この異世界を統治する王が、国が、アインズ・ウール・ゴウンが、許してくれるものだろうか?

 答えは、(ノー)だ。

 

「連中……アインズ・ウール・ゴウンは、異形種のギルド。同じ異形種であるおまえたちなら、受け入れてもらえる余地はあるかもしれない。……だが、俺はダメだろ? おまえたちの(あるじ)であり、おまえたちを連中の『敵』として創り上げ、あまつさえ魔導国に敵対する姿勢を明言した俺は、この国を勝手に調べ、騒ぎを起こしたことに対し、確実に責任を問われる。──問われなければならない」

 

 部下の責任を取るのは上司の、トップに位置するギルド長の務め。

 そうあろうと努める。

 努める以外に、天使の澱のNPCたちに報いることができそうにないと、カワウソは本気で思いつめていた。

 しかし、

 

「カワウソ様」

 

 女熾天使の黒く染まったような声に見下ろされる。

 ガブの手を振り払い、立ち上がったミカの瞳が、面覆い(バイザー)越しに堕天使のそれをとらえていると、判る。

 

「あなたが数日前、私に御自身を討たせようとしたのは……そんなくだらないことが理由だったのでは、ありやがりませんよね──?」

 

 憤怒の炎に炙られた音色。

 だが、カワウソはきっぱりと否定しておく。

 

「いいや、違うな。あの時は、そこまで考えていなかった」

 

 ダメすぎる主人で、本当に申し訳なく思う。

 馬鹿な自分では、復讐や戦闘にのみ傾注し続ける堕天使の脳髄では、そんな先のことまで考えていなかった。

 だが、ミカが自分に反抗し、明確に否定してくれたことで、ある意味において視野が広がった。

 唯々諾々と、バカな堕天使に従う……従ってくれようとする忠節の徒・NPCたち。

 ミカは、その中で唯一の例外となってくれる存在。

 だからこそ、カワウソは自分の言動が正しいか正しくないかの、その客観的な意見や思考を確保できるというもの。

 

「おまえのおかげで……、おまえたちを生かすことを真剣に、俺なりに考えてみたんだが」

 

 カワウソを逃がすために、自分達の敵(アインズ・ウール・ゴウン)と戦うと明言してくれたミカが、(ひる)んだように言いよどむ。

 そんな女の震える肩は、怒りを噴火させ爆散させる直前の、火山の初期微動のようにも見えた。

 

「全員────本当に、それでいいのか?」

 

 最後に決議を求める。

『カワウソの復讐を、アインズ・ウール・ゴウンとの戦いを、支持するのか、否か』

 否であれば、天使の澱は、NPCたちを救命する嘆願を、これから会い見える白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に申告するのも辞さない。

 だが、NPCたちはわずかの逡巡もなく、カワウソの復讐を──アインズ・ウール・ゴウンとの戦いを、快諾する。そう克明に、鮮明に、一点の曇りもない宣誓と共に、賛同してくれる。振り返ると、そこに佇む扉番のメイドまでもが、大きく挙手の姿勢を構築していた。

 堕天使の濁った眼に、熱いものが込みあがりかける。

 

(わかってはいたけどな……)

 

 そして、

 

「……ミカも、それでいいのか?」

 

 最後に、カワウソは彼女の方を見つめる。

 立ち尽くしていたミカは、少しばかり兜の頭を振って、不機嫌そうに腰を椅子に落とした。

 

「止まっていただけないと、既にわかっておりますから……」

 

 数日前の実験未遂で、ミカは言っていた。

 

『ここまでやって、止まっていただけない以上、私はもう、何も言えませんし、言いません』

 

 あの時の女天使の表情を、カワウソは罪悪感と共に想い起こす。

 

『あなたが、そんなにも連中と戦って死にたいというのであれば、

 戦って……戦って……存分に戦ってから、死んでください』

 

 本当に、自分は愚かしい。

 だが、もはや、カワウソの道は確定している。

 これ以外の道はない。

 ──ありえない。

 

「悪いな、ミカ」

 

 短く零した謝罪と微笑の言葉に、ミカは何も反応を示さない。

 もっと、ちゃんと謝っておきたいところなのだが、顔の見えない相手の表情が気になって、うまく言葉にできない。

 

「カワウソ様。そろそろ刻限かと」

 

 ちょうどその時、ラファが椅子から立ち上がる。

 招待主から提示されていた時刻に近づきつつあった。

 

「じゃあ、全員指示通りに」

 

 ギルド長の出立を見送るべく立ち上がったNPCたち。

 カワウソはマアトが魔法で映し出してくれたポイント──白金の竜王から送られてきた指定場所に、〈転移門(ゲート)〉を開く。発動した感じ、何らかの転移阻害や妨害魔法の気配はない。

 

「では、まず我々が先行いたします。()(しゅ)よ」

「頼むぞ、ラファ、ガブ」

 

 頷く恋人たちは、それぞれの得物……旅人の樹杖と、近接戦闘者のグローブを身に帯びる。

 敵の罠であれば即座に引き返す・迎撃できるだけの備えがある二人が、門の向こう側へ。

 そして程なくして、ラファから〈伝言(メッセージ)〉が届いた。「周辺の安全を確認した」と。

 

「ウォフ、皆……くれぐれも、ここを頼むぞ」

「お任せくださいー、カワウソ様ー」

 

 NPCたち9人が口々に檄を飛ばした。

 その明るい声に背中を押されながら、堕天使は深呼吸をひとつだけ。

 

「いくぞ、ミカ」

「……了解」

 

 兜越しに承知の声をこぼすミカを連れて、カワウソは門に足を踏み入れる。

 

「お、──おおお?」

 

 現れた目の前の光景に圧倒された。

 ギルド拠点の景色から、外の異世界の大自然が、カワウソたち一行を迎え入れたのだ。

 

「ツアー殿、ツアインドルクス=ヴァイシオンから頂いた情報通りです」

 

 先行していたラファとガブが、合流。

伝言(メッセージ)〉の通り、敵の気配は一切ない。

 どころか、人の気配さえないのは、ここが尋常な人の往来を考えた土地でないことを証明している。イメージとして近いのは、飛竜騎兵の領地で観た、飛竜の発着場だろうか。ただし、あれよりもずっと巨大な生物が飛び立つのにふさわしい空間──大きな洞窟が、山腹の奥の方へずっと続いている。

 カワウソ達が指定されたポイントというのは、断崖の半ばにある窪みのような場所。朝の陽の光を燦々と浴びる岩壁には、巨大生物の爪痕のような凹凸が、無数に穿たれているのがわかった。

 あれはきっと、竜の爪がつけたものなのかもしれない。

 

「ここが……」

 

 アーグランド領域。

 別名を、信託統治領とも言うらしい。

 ずっと下の、数百メートル下の眼下に見えるのは、峻厳な尾根が緑の稜線を彼方まで描く、広大な大地。

 山麓には森と共存する人々の意気が根付いており、彼等は人も竜も等しく平和な日常を過ごしていると遠目にもわかる。魔法都市や飛竜騎兵の領地などでも見た、人と亜人と異形が共存する光景は、この土地ではあまりにも当たり前な光景──魔導国が台頭する“以前”から続いていた光景だと、いつだったか観光案内(パンフレット)の紹介文で読んだことが。

 旧名は、アーグランド評議国。数人の竜王たちによって統治されていたのだと。

 しかし、カワウソは自分の興味を鎮め、その光景とは逆の方向に意識を向ける。

 招待状に付随していた地図の通りに、カワウソ達は、進む。進まねばならない。

 断崖の窪みに穿たれた洞穴……竜が通るのにも使っていそうな巨大な通り道を、カワウソは四人で進む。

 洞穴は自然にできたものであるのか、あるいは巨竜が通りやすい感じで整備されているのか、実に通りにくい。巨岩や段差が多く、〈飛行〉の魔法でも使わなければ一直線には進めそうにない。だが、一応は警戒をし続けねばならない状況なので、魔法の使用は控えなければ。

 そうして地図の通り、油断なく洞穴を進んでいくと、巨大な門扉──宮殿の入り口が見えてきた。

 扉を見上げると、そこにアーグランドの、竜王の印璽が施されているのが見て取れる。

 左右を篝火(かがりび)に照らされる門の光景は、RPGの難解なダンジョンの入り口をいやでも想起された。

 

「門番は、いないのか?」

 

 これも地図の情報通りであるが、これだけ巨大な……巨竜が通るのにまったく支障のない、高さ数十メートルはする岩造りの扉は、この世界の人間では押して開けるのも不可能な重厚さである。

 さて、どうやって開けるべきか。呼び鈴なんてものもなさそうだし──扉を開錠、開閉するアイテムでも使うべきか?

 そう悩む間もなく──ガコン──と、扉が重い(かんぬき)を外す音を奏で、動く。

 そして、まるで見えない巨人の手によって開閉されるかの如き重低音を響かせながら、門扉が観音開きに口を開けていく。カワウソ達が通るのに支障ない程度に開いた扉が、ひときわ重い音を立てて、止まる。

 

「カワウソ様」

「用心しろよ」

 

 言われずとも警戒心を深めるミカたち三人が、一斉に頷いた。〈敵感知(センス・エネミー)〉の指輪を起動させつつ、魔法のトラップが発動してこないか、十分に調べる。攻撃のトラップは、なし。

 開いた門の奥は、漆黒の闇に濡れて見通しが効かない。闇視(ダークヴィジョン)の特性を帯びる天使種族ですら中を見通せないということは、ここには何らかの魔法──〈暗黒(ダークネス)〉の状態異常エフェクトでも機能しているのだろうか。

 ラファが先行を務め、カワウソがその後に続き、堕天使の死角となる背後左右をミカとガブが守りながら、奥に進む。

 洞窟の通りにくい高低差が嘘のように、真っ平に整備された石畳の上を、コツコツ、コツコツ、と四人分の足音だけが響き渡った。

 同時に、自分の心臓がやけに大きく響くのがわかる。

 闇を見透かすのに好適なランプでも使用しようかと思うほどの、重い静寂。

 ──誰も、いないのか。

 そう呟きかけた瞬間、背後の扉が音を立てて閉門していく。

 戻るべきか否か迷う間もなく、扉は先の動きからは想像もできない速度で、勢いよくカワウソ達を閉じ込めた。外れていたはずの閂が、再びかけられる音色が大きく轟く。

 やはり罠か、それともそういう仕様なのか、いまいち判断を付けかねた、

 その時、

 

 

『ようこそ。ユグドラシルプレイヤー・カワウソ。そして、その従者諸君』

 

 

 交響楽のごとく清澄に響く歓待の言葉と共に、重苦しい闇をパァッと照らす灯がともる。

 その空間は、まるで宮殿。

 白銀の巨大な一枚岩をくりぬいて築き上げたような、巨大建造物の、絢爛を極めた玄関ホール。

 

「ツアー殿か?」

 

 牧人の天使が声の主の名を呼ぶ先から、何者かがやってくる。

 ホールの奥には、竜が二列に並んで通れるほどの幅をもった階段が続き、──その巨大階段から、鎧姿の人物が、一段一段を、カツリカツリと踏み締め、降りてくる。

 案内人を務めた天使の男が警戒から足元の翼を広げ、ミカとガブもそれぞれの翼を伸ばした。

 

 ラファが冒険都市の大会で出会ったという、白銀の鎧。

 竜の形を意匠された、兜や肩の装飾が雄々しい竜鱗鎧(スケイルメイル)

 唯一の一等冒険者チーム“黒白”の片割れ──純白の竜騎士。

 

 周囲を浮遊し旋回する武装は、ひとつとして同じ業物(わざもの)は存在せず、剣、刀、槍、斧などが合計で四本。ナタの装備する浮遊分裂刃や、六つの増設武装群と似た感じだが、何か底知れないモノを想起されてしかるべき圧力を、堕天使の肌身が感じ取っていた。

 こいつは、強い。

 相手の力量を看破するアイテムを取り出し起動させるまでもなく、カワウソはそう結論できた。

 

 

『早速で悪いけれど……いろいろと、試させてもらうよ?』

 

 

 試す、と言われた堕天使たち。

「何を?」と疑念する間もない。

敵感知(センス・エネミー)〉の指輪が、圧倒的な敵意を知らせてくれる。

 

 竜騎士が片腕を振りかぶった先で旋回する武装が、

 

 

 

 

『さぁ──戦おうじゃないか』

 

 

 

 

 カワウソたちめがけて殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ツアーの鎧や武器は、Web版と、劇場版総集編初出の、アニメ・オーバーロードⅡ第一話で披露されたものをなるべく参考にしています。

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