オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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白金の竜王と堕天使 -3

/Platinum Dragonlord …vol.07

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜は純粋な調査欲と蒐集(しゅうしゅう)欲に溢れ、未見未知の器物や遺物、財宝を集め保存することに楽しみを見出す種族。

 そして、時に物語に登場する賢者として、愚かしき者たちを教え諭し、その叡智を借りたいと願う者たちを導く存在。

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)──ツアインドルクス=ヴァイシオンもまた、一人の男の核心に迫る。

 

 

 

「君は、復讐をなした後は──どうする(・・・・)?」

 

 

 

 (たず)ねる声は不純物を一切含まない。

 問い質す言葉の内容は、吟味(ぎんみ)するほどの時を必要としない簡潔明瞭なものであり、──それ故に、質された方にとっては会心の一撃に匹敵した。

 堕天使のプレイヤー・カワウソが、数秒以上も呆然と自失の時を過ごす……過ごさざるを得ない、問いかけ。

 

「…………あ、と…………後────?」

 

 紡ぐ声は弱々しく、常の調子を保持することは不可能。

 

「あ……後って?」

 

 あたりまえのことだった。

 あたりまえのことを、カワウソはまったく考慮していなかった。

 

 万が一、億が一、兆が一の確率で、アインズ・ウール・ゴウンに打ち勝った“後”。

 長年の願望を叶え、復讐を果たし終えた、…………“その後”。

 

 そうなったら、どうなるのか。

 アインズ・ウール・ゴウンの治める国は? そこに住まう人々は?

 カワウソが、天使の澱が、何もかもをやり遂げることができたとして……その後のことは、どうするのか。

 考える必要などなかった。

 考える余裕などなかった。

 だって、勝てるわけがないから。

 あのナザリック地下大墳墓に勝てる要素など、カワウソにはほとんどありえなかったから。

 ……。

 けれど。

 もしも。

 アインズ・ウール・ゴウンと戦い、何もかもがうまくいったなら──……どうなる?

 

「君は、この魔導国のすべてを滅ぼすのかい? それとも、魔導国に代わる国を望むのかい?」

 

 告げる竜の声は重みを感じさせることはない、軽快な調べ。

 だが、カワウソは問い質された内容の重量によって、今までにない程の圧力を、胸の奥に、両の肩に、頭の内に感じざるを得なくなる。

 

「お、俺、は──」

 

 喉がへばりつく。

 言葉が見つからない。

 何を言えばいいのか、判らない。

 そんなことなど、これっぽっちも考えやしなかった。

 考えることができない自分に、気づく────気づかされる。

 手で口元を抑えなければ、そこから自分の臓物がブチ撒かれるような吐気と畏怖…………絶望を覚える。

 膝がガクガクと震え、今さらに過ぎる己の馬鹿さ加減に倒れ伏しそうになった。

 

「お、れ、……俺に、は、──何、も、ない」

 

 夢も。

 未来も。

 

 何も──ない。

 

 こうなりたいという欲求がない。

 なってやるという決意がない。

 ならねばという志向がない。

 己のなすべき義務がない。

 

 ましてや、復讐をなした“後”のことなど──

 

 ない。

 ない。

 ナイ。

 ナイ。

 無い。

 亡い。

 何一つとして。

 いくら探しても、いくら求めても、そんなモノは、カワウソの中には何処にもない。

 

 自分の中心に、酷く(いびつ)(うろ)が空いたように底冷えしていく。

 押さえた胸の奥で響く鼓動が、数秒以上も止まったように感じた。

 そんな堕天使の狂態を竜は笑うことなく、静かに諭す。

 

「この程度の問いに答えられない君に、果たして彼を、アインズ・ウール・ゴウンを倒せるのかい?」

「あ…………ああ?」

 

 賢知に富みし竜の王に対し、カワウソは何も言えない。言い返せない。言ってやる気力がわかない。

 

「復讐は、正当な戦いの理由だ。それを咎めるつもりはない。が、ただ“敗けるだけの戦い”に挑むというのは、僕にとっては喜ばしいことではない。アインズ・ウール・ゴウンと戦う上で、僕は君に協力する……であれば、君には是が非でも頑張ってもらわないと」

 

 協力する意味がない。

 彼の言うことはわかる。

 わかるのに、カワウソは、言葉が、出ない。

 反論も、抗弁も、何も、できない。

 だって、自分には、カワウソには、

 ──何も──

 

 

「そこまでにしていただく──ツアインドルクス」

 

 

 玲瓏な女の声が、堕天使の傍らに降り立つ。

 

「カワウソ様が望むことは、アインズ・ウール・ゴウン……否……あのナザリック地下大墳墓・第八階層“荒野”の再攻略のみ(・・)

 

 それ以外は余分でしかない。

 冷厳に響く熾天使の声音は鋭く、主人の意識を回復させる何かが込められていた。

 

「君は?」

「カワウソ様に創造されし、第一のシモベ(NPC)、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)防衛部隊隊長──名を、ミカ」

 

 お見知りおく必要はありやがりませんと高言する女天使の不遜さに、ツアーはまったく意に介した様子もなく頷き微笑む。

 

「なるほど。一番に創造されたNPCか。うん。随分と強そうな天使だけれど──君は、本当に、それでいいと思っているのかい?」

「愚問を」

 

 ミカは兜ごしに竜の王を睨みつけている。

 そう判るほどに、彼女の声は光のごとくまっすぐに過ぎた。

 

「アナタがごとき部外者に、カワウソ様の苦悩が、葛藤が、あのユグドラシルでの日々で(つちか)われたモノの重みが、解るものと?」

「わからないさ」

 

 ツアーはあっけなく言ってのける。

 

「わからないからこそ、君たちのことを客観的に評価することも出来る」

「客観的評価など“クソ喰らえ”であります」

 

 ミカは少しも()じることなく、巨大な竜の賢知をたたえる瞳と対峙する。

 

「『カワウソ様が望む』こと。『創造主が望まれる』こと。

 それ以上の行動原因など、我等ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のシモベたちには無用なもの。主人が決定したことに対して、部外者である貴公が、客観的にとやかく言っても、何の意味もない────それとも、ツアインドルクス=ヴァイシオンは、カワウソ様を救命できる手段を持ち得ると? 魔導王とやらに助命嘆願でもして、それをかの王に厳守させるだけの発言権を保有しているとでも? あるいは、魔導国・六大君主などと呼ばれる連中のNPCたちを黙らせるだけの力があると確約できるので?」

「ふむ……まぁ、それはそうだけれどね」

 

 ツアーは彼本人が語る限り、魔導国側に対してそこまでの強行権を有し得ない。

 彼は信託統治者として、この領域の一定の自治権を握っているが、反面、魔導国の政治中枢に過干渉を断行できる権限は、ない。

 

「ならば、貴公」

「もう、いい。ミカ」

 

 カワウソは無駄な言い合いを控えるように、彼女の言葉を遮った。

「ですが」と言って論争を続けようとするミカを、堕天使は肩を叩いてとどめてやる。

 不機嫌に鼻を鳴らす熾天使は、しかし、カワウソという主人の意を読み違えることはなかった。

 

「俺たちは、ここへ言い争いに来たわけじゃない」

 

 そう。

 すでに目的の半分──ツアーから天使の澱に対しての協力は、半ば受諾済み。彼の心証を害し、せっかくの関係を悪化させるような事態は避けるべきだ。……竜は相も変わらず、優し気で賢者然とした居住まいのまま、カワウソたちのことを眺め待ってくれている。

 

「俺はツアーと手を組む。そして、ツアーは俺に協力する……ということでいいんだな?」

「もちろん。ただし、こちらから提示する条件も、君には呑んでもらうが、構わないね?」

 

 当然の等価交換だ。

 契約は対等な条件で交わすことが望ましい。

 あとは、ツアーが納得できるだけの“力”を示し教えてやることで、彼との密約は確立される。

 

「──俺の拠点にいる有効な戦力は、Lv.100NPCが12体」

 

 嘘偽りのない戦力を開示していく堕天使は、続けざまにナザリックへと到達するまでの基本戦術──平原とやらに常駐するらしい軍勢への対抗戦略を論じていく。

 興味深げに頷く竜は相槌を打ちながら、カワウソの保有する戦力・戦術・戦略を、余すことなく理解していく。

 だが、カワウソも自分の全情報を与えるほどのバカではない。

『敗者の烙印』由来の、復讐者(アベンジャー)などの稀少レベルや特殊技術(スキル)の存在に加え、自分の頭上で赤黒く輝き回る世界級(ワールド)アイテムのことは、完全に伏せておいた。竜のアイテムに対する審美眼だと、このアイテムの輪っかがどれほどのものに見えているのか気になるところであるが、カワウソはその情報を隠し続ける。

 

(これが、世界級(ワールド)アイテムが、うまく発動してくれたなら──)

 

 そして最後に、おそらくツアーが、アインズ・ウール・ゴウンを打倒したいと放言する竜の王が望む約束を盛り込みにかかる。

 

「仮に。もし仮に、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)が、アインズ・ウール・ゴウンを打倒し果せた時には……」

 

 勝率は(はなは)だ低いままだが、これを言えば納得できるだろう、宣誓。

 

「──アンタに全部任せる」

 

 丸投げもいいところだった。

 しかし、白金の竜王と名高き頭脳なら、この国を、大陸全土を運用することも、簡単だろうと。

 

「そう、か……微妙に、答えになってない気もするけれど……」

 

 喉を短く鳴らす竜王は、笑みの内側に何か“別の色”を隠しながら、微笑む。

 

「まぁ、受け合っておこう」

 

 思うに。

 ツアーはカワウソに、今の約束を紡がせるために、このような強硬手段を選択したのではあるまいか。

 でなければ、カワウソをここまで招き入れる理由など限りなく薄い──はず。

 アインズ・ウール・ゴウンと共に、この大陸世界に覇を唱えた“白金の竜王”。

 一説によると、100年ほど前に起きた「世界の危機」的な事件を、魔導王と共に解決へ導いたとかいう、眉唾な都市伝説じみた話を、観光案内(パンフレット)で見た記憶がある。魔導国建国時と前後する情報であるため、そういう伝説を打ち立てることで、アインズ・ウール・ゴウンの神格化をはかっているのかもしれないと、ミカは推測を述べていた。

 ファンタジーの生きる異世界だと、「世界の危機」とか、実際にありそうなことではあるが。

 ユグドラシルですら、そういう話には事欠かなかったくらいだ。

 

「それで。ツアーは、俺にどのように協力してくれると?」

「うん。君の要望に応えられる範囲の援助となると、できることは限られてくる……けど」

 

 ツアーたちアーグランドの領域から反抗軍の手勢をカワウソに貸し与えるということは、ありえない。そんなものをカワウソが制御できるとは思えないし、そういう軍団を指揮するNPCに任せるにしても、不安要素が多すぎる。

 となれば、ツアーの国内での地位を生かして、カワウソたちをナザリック地下大墳墓に直接到達させることができれば──そう述べた先で、ツアーは至極残念そうに首を振って見せる。

 

「私の一存で、ナザリック地下大墳墓の内部に通すことは出来ない……ただ」

 

 ツアーはどこからか、一冊の手帳サイズのアイテムを取り出して、魔法で浮遊させたそれを、カワウソの手に託す。

 

「これを君に授けよう」

 

 堕天使のプレイヤーに授けられたそれは、この世界独自の言語の中に、魔導国の印璽と、この宮殿の玄関に入る直前にも見た印璽が、それぞれ刷り込まれている、ある種の通行証明──パスポートに近いアイテムのようだった。

 

「そこにある白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)(しるし)……私の通行証を持っていけば、とりあえずナザリックを取り囲む城塞都市・エモットの通過は、完全に可能だ。この100年、いかなる侵犯者も立ち入ること(あた)わない鉄壁金城、『絶対防衛』の称号を頂く要害──それを、このアイテムは完全にスルー出来る」

「……本当か?」

「ああ。城塞都市に侵入した後は、都市が守る中心部・平原へと至る道を行くといい。竜王の通行証であれば、平原までは難なく到達できる」

 

 無論、カワウソ達がただの通行人でいることが大前提。

 エモットの内部で騒ぎを起こしたりすれば、都市駐屯用の上位アンデッド・蒼褪めた騎兵(ペイルライダー)などとの戦闘は(まぬが)れないだろうという。

 しかし、ただの通行人としてなら、ナザリック地下大墳墓を守護する防衛都市への侵入が容易となり得るだけで、カワウソには願ってもない一品と言えた。

 

「ただし。その後は、君たち次第だ。

 城塞都市は、巨大な壁のような、君らの世界で言うところの“どーなつ”という揚げ菓子に似た構造の都だよ。円の中心に穿たれた穴の部分には、100年前から手つかずの平原──ナザリック地下大墳墓を有する草原が数キロほど広がり、そこにアインズ・ウール・ゴウンが100年をかけて生み出し続けたアンデッドの兵団が待ち構えている。さすがの僕でも、それをどうにかできる権限はないからね」

 

 都市の簡略な内部構造と軍勢情報を教えられ、カワウソは総毛立つほどの歓喜と畏怖を覚える。

 

「感謝する、ツアインドルクス」

 

 無意識に腰を折って、礼節を示す堕天使。

 そんな主人に倣うかのように、ガブとラファ……ミカまでもが、軽い会釈を送った。

 

「もう一度だけ、確かめておくけれど……本当にやるのかい? 私の軍も借りず、ただ城塞都市を通行する手段だけで、本当に、あのナザリック地下大墳墓へ挑むと?」

 

 正気の沙汰ではない。ツアーですら、自分が提示した戦力増補の申し出を固辞する堕天使の戦意を、戦気を、戦術と戦略を疑うのに十分なほどの実力差だ。

 しかし、だからこそ、あえて──

 

「無論」

 

 そう口にするカワウソ。

 

「俺は、“かつてのギルドの仲間たち”との誓いを、約束を果たす──この戦いを、あのナザリック地下大墳墓の第八階層の攻略をやり遂げることで……俺の望みは、約束は、すべて、叶う」

 

 それ以外の何も残っていない男の笑顔。

 堕天使の醜怪な風貌が、怖気を誘うほどの喜悦に歪む。

 愚かしくも勇ましいプレイヤーの紡ぐ言の葉の中に、白金の竜王は彼の根源を見る。

 

「──『仲間が大事』なのは、誰もが一緒のようだね」

「ああ…………んぇ?」

 

 ツアーの言ったことに含まれるものを、カワウソは掴み損ねる。

 竜王はそんな堕天使の疑問符よりも先んじて、最後の約束を取り付けておく。

 

「これを、通行証を渡す上で、僕の要求……目的をひとつ受け入れておいてほしい」

 

 それが最後の条件だと明言される。

 カワウソは思い出す。

 つい先ほどまで交わした、ツアーとの会話の中にあったもの。

 

「僕の、かつての友人──十三英雄と称えられた──“仲間たち”のことだ」

 

 カワウソは聞いた。

 今から300年前。ツアーと共に旅した者たちのことを。

 彼が、心から大切に想う……仲間たちのことを。

 

 

 

「僕の個人的な目的。それは────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜王との会談を終えたカワウソは、ツアーこと、ツアインドルクス=ヴァイシオン──白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と、手を組んだ。

 かの竜王よりもたらされた情報とアイテム──城塞都市への侵入と通過を容易とする通行証(パス)を入手できたことは、確実にカワウソたちの利益となるもの。連れてきたNPCたちを伴い、宮殿を後にするカワウソは、この現実が確固たるものであることを確かめるように、重い息を吐く。

 

「カワウソ様」

「大丈夫だ、ミカ」

 

 戦闘痕が残る玄関ホールを抜けて、アーグランドの宮殿を守る扉がカワウソ達の帰途を示すように開門していく。またも案内役を務めるツアーの鎧に手を振られながら、カワウソたち一行は、アーグランドの宮殿を後にする。

 NPCたちも気づいているように、カワウソもまた、最悪な可能性を想定できている。

 

 ──これで何もかもがうまくいくと保証されたわけではない。

 

 ──これより後、向かった先に待ち受ける都市が、軍が、敵が、カワウソ達を殲滅すべく、準備を万端整えていたとしても。

 

 ──たとえ、これが“罠であったとしても”。

 

 

 

 

 カワウソは、決して諦めない。

 諦めることだけは、できない。

 

 

 

 

 

 何故なら、カワウソが戦う理由も、「彼等」と同じなのだから──

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カワウソたち、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)との邂逅と会談──秘密の約定を交わし終えたツアーは、彼等が立ち去って行った──完全にアーグランドの領域を離れたことを、竜の並外れた知覚力・ドラゴンセンスを駆使することで完全に把握してから、この場にいる“もう一人”を、呼ぶ。

 

 

「もういいよ、アインズ」

 

 

 聖堂の物影に潜んでいた──この世界で開発された〈認識阻害〉の魔法を行使する装身具に身を包んだ、100年来の友を呼ぶ。

 

「……うまくいった、かな?」

「さて。──どうだろうね?」

 

 (ひそ)めた男の声に、竜は軽く喉を鳴らす。

 ツアーが振り返った先にいた男の姿は、この魔導国では知らぬ者はおらず、また、カワウソとミカもつい先日に出会っていた“ナナイロコウを戴く一等冒険者・モモン”のそれだ。

 

 しかし、その正体はもはや言うに及ばない。

 

 今の彼──アインズは、例の果実による、いわゆる「受肉化」という状態・人間の男の形状でいる。そこにアンデッドの気配を断ち切る指輪を身に着け、さらには〈認識阻害〉の魔法の恩恵によって、ここにいる彼を、カワウソやミカたち一行が知覚する手段は存在しなかったわけだ。

 アインズが、飛竜騎兵の領地を離れるカワウソたち一行に、マルコが契約を持ち掛けた際にも、この「かくれんぼ」は有効に働いた。

 

 つまり、先ほどのツアーとカワウソの共謀──会談の内容は、ここにいる彼、魔導王アインズに筒抜けであったわけだ。

 カワウソが(たず)ねたように、この場所──アーグランドの宮殿は、始原の魔法(ワイルド・マジック)による防諜が働いているのは、まぎれもない事実。……だが、ツアーは“この場で聞き耳を立てている第三者の存在”については、何ひとつとして言及しておかなかった。カワウソは始原の魔法(ワイルド・マジック)というものを実演してみせた、ツアーが行使する魔法の威力を疑う理由が薄かった。そのうえで、カワウソは用意していた覗き見と盗み聞きの魔法への警戒のためのアイテムも装備していたがために、彼の言を否定しえなかった────だが、まさか。この場に直接、自分の敵が聞き耳を立てていたなどと思えるはずがなかったのである。

 

「すまなかったな、ツアー。面倒に巻き込んでしまって」

「なんの」

 

 竜王は気安く友に応じる。

 

「君に驚かされるのも、この100年で随分と慣れているからね」

 

 あの「事件」以降、ツアーは魔導王アインズと共闘し協力し、良好な同盟関係を結びながら、時には悩めるアインズの相談役じみたことを何度も繰り返すほど、気さくな関係を維持してきた。アインズから提供される素材などを駆使して、始原の魔法(ワイルド・マジック)製の──とある魔法詠唱者(マジックキャスター)のレベルを底上げする指輪まで、快く提供しているほどに。

 ありていに言えば、今の二人は、良き友人同士であるのだ。

 

 

 

 

 

 ツアーは、確かに、ユグドラシルプレイヤーについて思うところはある。

 

 それは、“八欲王”と呼ばれるもの達。

 それぞれが世界すべてに匹敵する超常の力の持ち主たち。

 

 まず。

 彼等が出現したのと前後して、六大神の生き残りにして盟約者──“スルシャーナ”というプレイヤーが、死んだ。

 スルシャーナ討滅の下手人と思われた彼等は、法国に憎悪され、竜王たちからの厳しい追及にも、多くは語らなかった。

 八欲王は世界に対して「敵対」する姿勢で挑み、ツアーの父や兄姉たちを殺し、親族や他の竜王を滅ぼした。始原の魔法(ワイルド・マジック)を歪める原因を作ったものたちを、幼かったツアーは憎からず思ったこともあった。はっきり言えば、一時ながら復讐の(とりこ)ともなった。

 だが。

 それよりも何よりも、幼き自分の未熟を呪い、皆を見送ることしか許されず、竜王が彼等との戦争に敗北を喫した時に、生き残った中で唯一の竜帝の嫡子たる自分にアーグランドの事後処理を任され……若気の至りで単身挑みかかって返り討ちにされ、王達に“情けをかけられた”。その事実に対し、年若い竜の王子は、度し難い程の憤怒に焦がれ、涙した。

 そして。

 復讐の爪牙を研ぐと亡き竜帝と兄姉に誓い、八欲王の穏健派に保護され、共に過ごし、……後に、八欲王の一部が、亜人や異形の存在へと転化した事実に耐え切れなくなったものたちが“世界の敵”と化して、穏健派の王達と共にそれを打ち倒すことに協力し、……残ったものは、浮遊都市エリュエンティウだけとなった。物語だと、「互いに持つものを求め争った」とされる彼等だが、それは後世の脚色・作り話に過ぎない。……否。──見方によっては、それは真実でもあるが。

 後に。

 浮遊都市の後継管理を任されることになった“白金の竜王”ツアーの前で、最後の王が“寿命”で死に絶える事実に、己のちっぽけな戦意と敵意が、燃え焦がれそうなほどの復仇の思いが完全に尽きていくのを感じて、

 ──ただ、(むな)しかった。

 

 ツアーからすべてを奪った者がプレイヤーであれば、

 ツアーを救った者もまた、プレイヤーであったのだ。

 

 

 

 

 

 それから後、ツアーは六大神や八欲王が転移してきた「ユグドラシル」の情報収集と、その遺物の探索、流れ着いてくるプレイヤーや関係者たちの調査……可能であれば、保護と協力に動き続けた。

 

 だが、そのすべてを把握することは、竜王(ツアー)の知覚力をもってしても困難を極めた。

 100年周期で訪れるらしい彼等は、大陸各所の全土に散っており、その法則性を見出すことも不可能であった。そうして、彼等は場合によっては、転移した直後……自分の身に降りかかった「異世界転移」という異常現象に恐慌し狂乱して、運悪く災厄や敵に襲われて死に絶えたりすることもあるからだ。個体によっては、自分で自分の命を終わらせるものもいるくらいに、彼等の心は(もろ)かった。

 そして、転移してくるものの中には、ツアーの親友となった“リーダー”のように、誰よりも弱い……Lv.1の状態で、この世界に転移させられる者もいる。話によれば、「最終日だから調子に乗って、はしゃぎすぎた」とか、なんとか。

 

 圧倒的に弱いものは、運が悪ければ早死にする。

 圧倒的に強いものは、己の力を過信して無茶をしでかす。

 

 結果として、ユグドラシルからの転移者……世界級(ワールド)アイテム保有者などは、親の庇護から外れた竜の(ひな)よりも()く早く、この世界の脅威にさらされ死に絶えるものが、圧倒的に多いようだった。

 

 そして、100年前。

 ツアーはアインズ・ウール・ゴウンと同盟を結び、世界をひとつの旗のもとで統一する事業に手を貸した。

 アーグランド評議国は、魔導国と盟約でもって結ばれ、双方良好な関係を維持し、後に魔導国内部の信託統治領へと相成った。

 世界を平和に統治し、その全土を掌握することで、今後におけるユグドラシルからの渡来者たちを、効率的に発見保護できる環境を整えるのに、アインズたちの存在は最適と言えたから。

 ツアーでは成し得ない──成し得ることは許されない“世界征服”こそが、彼等不幸な転移被害者たちを救命する特効手段たり得るから。

 ……無論、この世界にとって「ただ擾乱(じょうらん)を引き起こすだけの敵」を排撃し廃滅する手段にも、なる。

 

 

 

 

 

 そうして、100年後の今。

 

「演技には昔から慣れている」

 

 堕天使たちを相手に、見事アインズ・ウール・ゴウンに抗する“同士”にして“カワウソの協力者”の役を演じたツアー。

 

「だてに鎧姿で、人間のふりをして、十三英雄をやっていたわけではないとも」

 

 そのおかげで、リグリットなどからはよく小言を言われていた。かつて、自分の正体を明かした際──空っぽの鎧の中を見せた時は、本当に申し訳ないことをしたが、ツアーが己の領地の中に留まりながら諸国を見て回るには、鎧姿で諸国をめぐる以外によい方法は存在しなかったのだ。

 でなければ、世界は白金の竜王が巡礼するたびに、無用な混乱に襲われたはず。

 竜の姿のままでは、人間の街や村に現れただけで、超級の災厄扱いされるのがオチだから。

 そして、六大神との盟を守り、八欲王の最後の一人からギルド武器を委託された、最強にして真なる竜王。

 それほどの存在が動くだけでも、かなりのリスクが生じるのだ。

 遠隔操作によって動く竜の鎧は、ツアーにとっての目と耳として、十全な役割を果たしてくれた。

 そうして、ツアーはリグリットたちと出会い、当時の世界に渡り来たリーダーたちと、出会えた。

 

 彼等はツアーにとって、嘘偽りのない友となった。

 

 その当時の記憶をありありと思い出せる竜の王は、かつての戦いで見た光景を想起し、アインズに忠告を添える。

 

「あの、カワウソ君の隣にいた熾天使くん……確か、ミカと呼ばれていたね。

 彼女の放つ輝かしいオーラ。かつてリーダーたちが召喚してくれたあれを思わせるよ」

「ふむ。熾天使(セラフィム)の“希望のオーラ”だな」

 

 男は頷く。

 アインズの、最上位アンデッドの天敵となりうる、天使種族。

 熾天使などが有する“希望のオーラ”というものは、自軍勢力に対しての加護や常時回復効果を約束する稀少な力であり、アンデッドなどの負の存在に対しては、強力な武器ともなる。これへの対策として、最上位アンデッドの“絶望のオーラ”などで相殺するか、専用のアイテムで防御するかの二択しかない。

 今のアインズは受肉中……知覚力に優れた存在にとっては、ただの“人間”と同質な上、認識阻害の魔法の装備なども合わさることで、完全に彼女たちからアンデッドとしての気配を遮断できている。そのため、熾天使の輝かしいオーラを浴びても体力が減耗する心配は一切ない。

 もっとも、この受肉化状態のアインズは、通常よりも制約が多く、人間としての弱点も顕在化するため、本気の戦闘になった際にはあまり使えない。一等冒険者としてのパフォーマンス……言い方は悪いが、“お遊び”程度の戦闘力しか発揮し得ない以上、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)との本格戦闘では使えそうにない。今の彼の護衛は、同様に〈認識阻害〉の装備に身を包む者たち、闇妖精の青年“月王妃(マーレ)”と、アインズの優秀な“親衛隊隊長”を務めるユウゴ王太子が、魔導王の背後に侍ることで務めている。

 無論、優秀な護衛がいて、ツアーも場合によっては参戦可能と言っても、魔導王自らが訪問しての覗き見は、危険極まる行為である。

 が、アインズは今回の“我儘”を、明け方早朝に、最も信頼する王妃の一人である最王妃(アルベド)に相談して……無理を通して、危険だが絶対に必要と思われる、カワウソの最終意思確認を──彼の復讐の気持ちを再認すべく、ここまで足を運んできたという顛末(てんまつ)である。

 ツアーは確認の意味を込めて、アインズに(たず)ねる。

 

「君からの要請だったとはいえ──本当によかったのかい?

 彼等、天使の澱(エンジェル・グラウンズ)を、『ナザリックを囲む平原に通して』?」

 

「構わないさ」アインズは人間の相に、はっきりとした微笑みを浮かべる。「それが、現状において最も被害を最小限に食い止められる、唯一の方法だ」

 

 ツアーも同意するように顎を引いた。

 

 彼を、堕天使のプレイヤーと天使NPCの一行を、魔導国への被害を出させずに掃滅するのに有用な手段。

 それは、あえて城塞都市の内側に彼等を招き寄せ、ナザリック地下大墳墓をまっすぐに目指させることで、それ以外の都市や周辺地域へのいらぬ騒乱を防ぐために、アインズはツアーに、今回の茶番劇をうつように要請しておいた。

 最初こそカワウソたちの保護と説得を試みたいとツアーは考えていたが、実際に魔導国側への被害──POPモンスターやアインズが作成した上位アンデッドの死の支配者(オーバーロード)部隊が掃討され、尚且つ、アインズ側が差し向けた使者、マルコ・チャンとの交渉折衝の計画も失敗に終わっている事実がある以上、強行するわけにもいかなかった。

 

 何しろ、カワウソが殺した、アインズが生み出し永続性を付与された上位アンデッド。

 その貴重な触媒となる素材は、ここにいるツアーによって提供された、他に手に入りようがない“レアもの”だ。

 カワウソは、それほどの素材を使用して生み出されたことを「知らぬ」とはいえ殺し尽くし、アインズ謹製の死の支配者(オーバーロード)部隊、その亡骸を己の拠点に持ち帰ってしまっている事実がある以上、ツアーにとっても喜ばしい状況とは言えない。

 

 そんな竜王に対し、アインズは謝罪に謝罪を重ねてくれていたが、これは仕方がないと諦めはついている。

 ……あの亡骸は、後々回収できれば、それでよい。

 

「カワウソ君──彼は、悪いプレイヤーではなさそうだが……再交渉の余地は?」

 

 自分で言及しておいてあれだが、そんなものは一片も存在していなかった。

 アインズも無念そうに首を横に振る。

 それほどまでに、堕天使の男の望みは“まっすぐ”で、とても明らかに過ぎた。

 

 たとえ、負けるとわかっていても。

 カワウソは、どうあっても止まることはない。

 たとえ自分が、死ぬとわかっていても。

 彼のような復讐の鬼は、止まることを知らないのだ。

 

 ツアーには解る。

 だからこそ、何も言えない。

 

 そして、厄介なことがもう一つ。

 異形種や亜人種のプレイヤーは、人とは違う肉体に精神を引っ張られ、通常の人間にはありえないような判断を下すことがままある。転移当初はそこまででもないが、時間経過や種族スキルを乱用することなどによって、その兆候が顕著になっていく。異形種の存在は人間種とは違い、「不老不死」を誇る強大な種族だが、それ故に、“もともとは異世界の人間”でしかないプレイヤーに制御できる事例は限られてくる。

 ある日、突如あたえられた異形種としての感覚や感情の振れ幅に翻弄され、あるものは精神を病み、あるものは人外の心に染まり果て、あるものは絶望の淵に立たされ──自殺しようとするものも現れる始末。

 ツアーは、そんなプレイヤーたちを知っている。

 八欲王と呼ばれた彼等の中で、“世界の敵”と化した者たちを知っている。

 ──“世界の敵”になるしかなかった者たちのことを、よく──知っている。

 

 そんなものたちを、憎み、恨み、怒り、嘆き、復讐を誓っていた、幼き日のツアー

 すべては目まぐるしい日々の中で、時間と共に、復讐の想念はすり減らされていった。

 

 しかしカワウソに、彼にそれを強いることは、もはや不可能だろう。

 ツアーたちが指し示す先へ導かなければ、彼は魔導国のどこかを襲撃する暴挙に出たやもしれない。

 

 そして、ここにいるアインズも、それら事実を自分自身で正しく認識できている。

 認識できていて、彼は平然と、日々を変わりなく過ごしている。

 そのように己に対して(つと)めているのだ。

 アインズは告げる。

 

「堕天使は、ユグドラシルにおいては『己の欲望に忠実なモンスター』だ。彼が自分の望み欲するものを定めている以上、「自分の求めるもの」「ギルドの仲間たちのため」に動く以上、俺やツアーでは、どうのしようもない」

「仲間のため……ああ、それは本当に、どうしようもない」

 

 ツアーは納得を得るように嘆息を漏らす。

 アインズもまた得心したように肩を竦めた。

 

 それこそ、アインズの種族であるアンデッドが発動する“精神鎮静化”の現象でもなければ、冷静な思考をすることも難しいだろう。自分が醜悪な化け物に成り果てたという事実と直面して、それをどうすることもできないと知った時の絶望は、とてもではないが余人には推し量ることは不可能なものだ。

 とくに、もとの世界──“リアル”という現実が、そのプレイヤーにとってかけがえのないものであればあるほど、この異世界への転移現象は、受容可能な現実にはなり得ない。何に代えても帰ろうと欲し、何を犠牲にしてでも、元の世界に残したものを取り戻そうと、そう乞い願って当然なのだ。

 妻、夫、子供、家族、恋人──それら愛する者と唐突に引き裂かれ、帰る手段も何もないなんて事象を、受け入れられる「人間」など、ありえない。

 

「カワウソ君は、特にそのあたりは言及していなかったから、そういう関係は無縁だったのだろうけど」

 

 (カワウソ)はツアーに対して、この異世界転移の事情を知ろうとはしたが、一度も「帰りたい」「帰してくれ」「帰る方法はないのか」と、お決まりの文句を一言も言ってはこなかった。

 カワウソという堕天使は、そんなあたりまえな感情すら失うほどに歪んだ種族なのか……あるいは、彼はアインズと同じく、リアルとやらでは天涯孤独の身の上だったのか、そのいずれかだろう。

 そんな彼、堕天使が望むことは、竜王が感心するほどに一貫していた。

 

『アインズ・ウール・ゴウンと戦う』

『第八階層“荒野”に挑む』

 

 そう高らかに放言した、愚直なまでの戦意の結晶。

 いっそ危うい程に復讐の理念に(とりつ)かれた、化外の精神力。

 何が彼の心をそのように衝き動かしているのかは、あまりにも瞭然としていた。

 しかし、だからこそ、ここにいるアインズは、自分の敵となることを望み欲する存在に、もはや容赦はしない。

 

「彼等は、これまでの有象無象、どこにでも湧く塵芥(ちりあくた)とは違う……この俺“アインズ・ウール・ゴウン”の、最大限の敵意と敬意でもって掃滅する相手として、ナザリック地下大墳墓の全力でもって、滅ぼす」

 

 可能であれば。

 ツアーは可能であれば、カワウソを説き伏せ、アインズ達との敵対姿勢を緩めるように助言し、白金の竜王の権限で、彼等を庇護下におくことも考慮していた。その可能性に対して、アインズも一定の理解を示してくれていたが──結果はごらんの通り。

 自らの敵の姿を再認識したアインズは、護衛としてついてきた者たちを振り返り、今後の方針を確固たるものとする。

 

「油断はしないことだ、アインズ」

 

 ツアーは叡智と賢知に満ちる瞳で、カワウソというプレイヤーの、その心髄を見抜いていた。

 

「カワウソ君は、確実に世界級(ワールド)アイテムの保有者だ」

 

 竜王は見定めていた。

 彼が装備していた中で、アインズが普段使いしている神器級(ゴッズ)装備と同格のものは、僅か六つ。玄関ホールにて転移の門を開こうとしていた、白黒の双剣。身に纏う黒曜石のごとき輝きに満ちた足甲と首飾り。血の色に濡れた外衣(マント)と、それに包み隠されていた“黒い掌”のごとき漆黒の鎧。

 

 

 

 そして、それらよりも一際強大な威を示し続けた、赤黒い、頭上の円環。

 

 

 

 真の竜王(ツアー)だからこそ、その正体と価値を見抜くことが可能な至宝の一品──世界級(ワールド)アイテム。

 見た目だけでは詳細な情報──威力・効果・範囲・長所・弱点などは判断できないが、その存在感はまさしく、世界ひとつに匹敵するほどのもの。

 それほどの(たから)を平然と頭上に回し続けている堕天使は、おそらく、自分がどれほどのものを戴いているのか、まったく把握できていない。まさに、プレイヤーの一典型例である。

 世界すらも、改竄し、改悪し、改良し、改変し、改造の限りを尽くせる、「世界」の力。

 父や兄姉、親族たちが悉く敗れた──たった一人を殺すのに、十人がかりで挑み殺されて、ようやく一殺が可能だった、世界最強と謳われる竜ですらも蹂躙し得る、破格の能力。

 自分を自分で制御できるだけの素質や精神がなければ、世界に住まうものにとっての害毒にしかならない──“世界の敵”として、望まぬ戦いと争いを蔓延(まんえん)させるしかなくなった、可哀(かわい)そうな転移者たち。

 そして、今回。

 この世界に流れ着いたプレイヤー……彼の世界級(ワールド)アイテムは、その性能を未だに発揮されていない。

 そして、異形の堕天使と化した、元人間の彼の精神は、確実に破綻へと向かっている。

 たった十数人で、あのナザリック地下大墳墓へ挑むなど──とてもではないが、正気であるとは判断しにくい。そして、カワウソが世界級(ワールド)アイテム保有者であるがゆえに、ツアーでも、彼を問答無用でどうにかできるだけの能力を発揮し得ない。

 カワウソが暴走し、頭上のアイテムを起動させる事態になれば、間違いなく、ナザリック地下大墳墓と、アインズの協力は不可欠。場合によっては、ツアーが保護管理下に置く浮遊都市と、その地の最重要アイテムたるギルド武器も必要になるやも。

 

 彼を衝き動かすものが何であるのかを、ツアーは理解し、故に、その歩みを否定することは出来ない。

 何故なら、ツアーもカワウソと“同じもの”を想って、戦い続けてきたのだから。

 そして、アインズ・ウール・ゴウン……モモンガも、また同様。

 

「アインズ。いいや、モモンガ。今、君にいなくなられるのは、正直、困る」

「わかっている、ツアー……我々の計画、否、“あの約束”は、必ず果たす。あと100年、200年、500年かかろうとも」

「──ああ、頼むよ」

 

 そうして、アインズはツアーとの密会を終え、己の拠点へと開かせた転移魔法の門で、優秀な護衛と共に帰還を果たす。カワウソはこの宮殿で扱えなかった転移の魔法だが、彼と個人的な友誼を結んでいるツアーは、アインズたちの転移は行えるように便宜を図っている。

 ツアーは一人となって、聖堂の中にうずくまり、いつもの場所で巨大な体を休む形に整える。

 そうして、カワウソとの会話を思い返す。

 さきほど、堕天使のプレイヤーに明かした、ツアインドルクス=ヴァイシオンの、個人的な目的。

 

 

 ツアーが求めてやまない、願い。

 自分ひとりではなし得ぬ、望み。

 

 

 かつての“仲間たち”──

 200……300年たっても忘れ得ぬ“友ら”──

 あの日、世界の為に死んだ、十三英雄の、リーダーたち──

 

 

 あの“二人”を、救う。

 

 

 そのためならば、ツアーはいくらでも待つ。待ち続けることができる。

 己の手を悪逆に貶めることも辞さない。誰を、何を、犠牲にしてでも。

 それで、彼等が救えるのならば、いくらでも汚れ役を引き受けられる。

 

 

 ただ──

 

 

「カワウソ君……彼と、彼のギルドが協力してくれれば…………いいや」

 

 

 たらればを言っても意味がない。

 彼はアインズの敵となった。

 それで、この話は終わり。

 

 ……だが、もしも……

 

 彼とアインズ・ウール・ゴウンが、ツアーと力を合わせられた時──

 

 

「意外と、……いい関係が結べると、思うのだが、ね……」

 

 

 ツアーは、カワウソ達の行く末を思う。

 彼に協力すると言いながら、その実、彼を破滅の道から救うことができない自分の無様さを嘆きながら、竜は微睡(まどろみ)の底へおちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




未だに謎が多い白金の竜王・ツアー。

彼と八欲王、六大神、十三英雄のリーダーたちとの関係は、
Webや書籍の情報をもとにした空想です。
原作とは著しく違うかもしれません。ご了承ください。

現在判明している情報だと、

・ツアーは六大神と取引をしたことがある(作者Twitter)
・真なる竜王は法国と世界盟約を結んでいる(Web版・舞踏会-4)以下抜粋『世界を汚す猛毒に対する同盟。スレイン法国がかたくなに守る最強の契約』
・ツアーは八欲王と戦ったことがある(Web版・諸国-5/作者Twitter)
・ツアーは十三英雄のリーダーの死について「リグリットだってショックを受けただろう?」と言っているので、ツアーもショックを受けている(書籍7巻P281)
・ツアーはユグドラシルの特別なアイテムの情報を集めていたが、リグリットに協力を依頼している(書籍7巻P281)以下抜粋『今までは私がやっていたことなんだけど、君にも協力してほしい』

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