オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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平原の戦い -1

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.03

 

 

 

 

 

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「ニグレド様から関係各所へ連絡よ。──いよいよ連中が来たわ」

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層の守護を主任務とする戦闘メイド(プレアデス)たちが、緊張に強張る表情と身体を自覚する。

 長姉ユリ・アルファが、棘付きの籠手に包まれた両の手を強く握りそうになり、掌中の端末が壊れないよう力を抜く。

 

「──現在、エモットの城に入ったところのようね」

「あは♪ ついに来やがったっすね~!」

「結局、パンドラズ・アクター様の方へは来ないで終わってしまったわ」

「…………あいつら、そこまで無鉄砲な連中じゃないみたい」

「シズの言う通り。あの天使連中は、──まったく、油断ならない勢力よ」

「確かにぃ」

 

 ナザリック地下大墳墓のほぼ全兵力を傾けて警戒を続けてきた、100年後に魔導国に現れしユグドラシルの存在たち。

 うち何人かと実際に邂逅を果たし、戦闘まで行い帰参を果たしたシズとソリュシャンを筆頭に、連中への危惧と敵意を醸成してきた戦闘メイドたちは、戦闘前のティータイムを存分に(たの)しんでいた。

 

「全員、言うまでもないことだけれど、気を引き締めてかかることね。今回の戦いは、アインズ様がその御名前に──アインズ・ウール・ゴウンという名に誓って、御方のすべてを懸けて戦う“敵”……これまでの有象無象とは、文字通り格が違うのだから」

 

 ユリに言われるまでもなく、姉妹たちは常に全力で、あの連中と渡り合うつもりでいる。

 ──わけても。連中と直接“交戦”した二人のメイドの戦意は、他の姉妹の追随を許さぬほどに苛烈(かれつ)さを極めていた。

 ツアーが聞き出した敵の確定戦力は、少数精鋭。

 Lv.100NPCばかりが12体に加え、ユグドラシルプレイヤーが1人。

 ひとまず、ユリは余裕たっぷりな妹に質問をぶつける。

 

「──ルプー、いえ、ルプスレギナ。()の方は?」

「ウチの旦那(クスト)ならスレイン平野にある敵の拠点(アジト)を秘密裏に絶賛包囲中っすよ? あそこを抑えるために派遣された四個軍の後詰(ごづめ)、信仰系魔法軍の司令官すからね♪」

「そう。頼りにしてるわ。──ナーベラル。パンドラズ・アクター様は?」

「問題ありません、姉様。宝物殿は、『御方々の指輪』無しでは侵入すら不可能ですから、我々が心配する必要など皆無と言えるでしょう」

「それもそうね。──恐怖公は、どう。エントマ?」

「大丈夫だよぉ、ユリ姉ぇ。恐怖公は無敵だからぁ。あ、でもぉ、“黒棺(ブラックカプセル)”が溢れちゃわないかが、心配といえば心配かなぁ?」

 

 皆、口々に防衛戦の要所に配置された殿方たちを信頼しきった声で応じる。

 

「オーちゃん……オーレオールの方も、『問題ありません』と連絡を受けているし、あの子の方も安心ね」

 

 ちなみに、ユリの大事な殿方については第十階層の最古図書館(アッシュール・バニパル)に詰めているため、こちらも案じるには及ばない。

 

「そっちの準備はどう、シズ?」

「…………問題ない、ユリ姉。ガルガンチュアの整備状況は“完全”」

 

 あとは起動コードを打ち込めば、ナザリック地下大墳墓の表層に転移し、迎撃任務に就くことが可能。

 ギルド拠点には攻城用兵器として戦略級ゴーレムがいるもの。

 あの敵NPC、シズたちが戦った「ナタ」とかいう花の動像(フラワー・ゴーレム)が語っていた「デイダラ」だか「デエダラ」とやらが出てきても、ひとひねりで潰すことも出来るはず。さすがにギルド拠点の攻城兵器同士からなる戦闘は戦闘メイドたちにはどうなるか見当もつかないが、ナザリック地下大墳墓の誇る第四階層守護者・ガルガンチュアに対し、外の連中が太刀打ちできるはずもない。

 場合によっては、敵の拠点からこちらの平原に転移してきた戦略級ゴーレムの相手をする上で、第四階層守護者の準備は万事抜かりなく整えられるのは当然の措置であった。

 

「三吉様の調子はどう、ソリュシャン?」

「安心して、ユリ姉様。三吉様には、私の生成した毒をはじめ、アインズ様からも十分な備えが渡されているから」

 

 蒼玉の粘体(サファイア・スライム)である彼をはじめ、ナザリック地下大墳墓を鎮護するNPCたちも並々ならぬ戦気に満ち溢れ、今すぐにでも激発しかねない、導火線に火が付いた爆薬じみた様相を呈している。しかも、天使たちへの対策を可能な限り整えた精鋭たちが、旧来の警備体制を刷新した形で……配置の入れ替えやアイテム類の貸与を存分に受けて、ナザリックの各階層に散らばっている。

 

 長く、あまりにも長く絶えて久しかった、ナザリック地下大墳墓の攻略を目指す“敵”の出現。

 その事実に対し、敵の愚かしさを嘲弄する者が数多く噴出すると共に、生来の役割に回帰できる事実に発奮するシモベたちがいるというのは、あまりにも、そぐわない。──はっきり言えば、あまりにも不謹慎極まる思いを、誰もが(いだ)いてならなかった。

 御方々の居城たるナザリックは神聖不可侵。その地を守護する任を与えられたものたちにとっては、侵入する愚昧が存在しないというのは喜ばしい事実に相違ない。だが、それは必然、自分たちシモベの役目を存分に果たし得ないという、如何(いかん)ともしがたい二律背反を産み落とす結果にほかならなかった。

 ナザリック地下大墳墓が異世界に転移した直後の100年前。

 第五階層守護者コキュートスが、ナザリックの守護という大任を帯びながらも、外へ調査任務に赴く同輩たちを少しばかり羨みすらしたのと同じように、ナザリックを護るシモベたちは侵入してくる敵がいなければ、その存在意義をまっとうすることができないのだ。

 その事実を憂えたアインズ・ウール・ゴウンその人の慈悲によって、数多くのシモベ達が外の異世界での仕事を新たに与えられたりして、この100年という時を過ごし続け……そして、今日。

 

「今。堕天使と護衛の天使二体が、エモット城を通過──平原に至るようね」

 

 連絡を逐一受け取るユリの告げる内容に、戦闘メイドたちは目を細める。

 ルプスレギナは嗜虐的な笑みを牙と共に剥き出し、ナーベラルは冷厳な無表情で紅茶を飲み干し、シズは気がはやって魔銃を取り出し装填をすませ、ソリュシャンは粘体の顔面を敵意と憎悪を満タンにして歪め、エントマはお茶菓子の最後の肉を骨ごとバリボリ噛み砕く。

 ──本当ならば、この場には彼女たちが愛する殿方との間に産んだ娘たちも列席し、共にナザリックを守護するという大任を戴くはずだったのだが、昨日の時点でマルコを除く全員が、王太子殿下たちと同様に、城塞都市エモットの一番街へ避難……カワウソたち以外に現れるやも知れない“敵”を警戒する任務に就くことになっていた。彼女たちに与えられた役目も、可能性は極低いとはいえ、絶対にありえないという話ではない。

 御方が巧みに隠した本心……親心をシモベたち全員が理解しつつも、その寛恕(かんじょ)の度が過ぎる事実に目頭を熱くさせられたものだ。

 ちなみに、唯一の例外として残留を許されたマルコは、決戦を前にした実の父・セバスと共に、ナザリック内に建立された母親(ツアレ)の墓を訪れている最中である。

 

 そうして、ナザリック地下大墳墓内に住まう全シモベが、アインズ・ウール・ゴウン御方からの〈全体伝言(マス・メッセージ)〉を受け取る。

 ……彼女らが待ち焦がれていた命令をいただく。

 

 

 

『──総員、戦闘配置』

 

 

 

 戦闘メイドは立ち上がり、承知の声を奏でた。

 御方への忠節の姿を示すように、その場で片膝をつくのを忘れない。

 残し置くティーセットの片づけを、同胞のLv.1一般メイドに託して、彼女たちは戦地に向かう。

 身に宿る戦闘への意気を鎮めるのに苦心しながら、戦闘メイドたちは各々の武装に身を包み、御方を護る任務に就くべく、御方が此度の戦いを「観戦する」席と選んだ最奥の地────第十階層・玉座の間へと向かう。

 

 

 

 

 

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 一方。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の拠点。

 ヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)にて。

 

「外の様子はどう? マアト?」

 

 銀髪褐色の聖女が、黒髪褐色の巫女に問う。

 

「い、いいえ、ガブさん。そ、それらしい敵は、全然、い、いません」

 

 拠点の第三階層・城館(パレス)の“大広間”にて、天使の澱のNPCたちは待機している。

 全員が、ナザリック地下大墳墓の表層に広がるらしい平原へ、自分たちの主人が到着する時を、一心に待ちわびる。

 

「ああああっ!! もおおおお!! ドキドキしてきましたああああああああああああ!!」

「ちょっとは落ち着きなさいな、ナタ♪」

「だが、気持ちはわかります。ねぇ、イスラ?」

「────イズラの言う通り」

「ようやく、我々天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の念願が、()(しゅ)の悲願が、ついに成就すると思うと……」

「確かにー。私の心臓(モーター)もー、すごく調子がいいー。ごはんもおいしかったしー」

「ウォフの電力(ごはん)を担う拙者もすこぶる調子が良いからな」

「異世界の王侯たるアインズ・ウール・ゴウン! 果たして、我等の力が、術が、能が、どれだけカワウソ様のお役に立てるものか! これより皆で確かめようではありませんかッ!」

 

 居ても立ってもいられずその場で準備運動を高速で行うナタ。少年を(たしな)めつつも巨大な鉄槌をブンブン振り回すアプサラス。泰然と腕を組みながら長弓を肩にかけるイズラ。兄の隣で主武装の角笛を軽く奏でるイスラ。片膝をついて生真面目に主人たちの作戦成功を祈り続けるラファ。己の調子のよさをアピールするように巨大な胸を張りだすウォフ。黒い僧衣を翻し雷霆の独鈷を固く握るタイシャ。炎を撒き散らす杖を掲げ高らかに歌い(のたま)うウリ。

 

「もう……あなたたち、遠足に行くわけじゃないのよ?」

 

 ガブは呆れ顔を浮かべるが、皆と同じように戦意の高揚を感じざるを得ない自分を理解している。

 だからこそ、冷静でいなくては。

 

「浮足立っていたら、カワウソ様の前で変な失態を犯しかねないわよ?」

「わかっておりますとも!!」

「二度と失態は犯しません」

 

 調査に向かった先で魔導国──否、ナザリック地下大墳墓のNPCと交戦するという失態をしでかしたナタとイズラが宣言する。

 だが、あの状況では開戦するのはやむをえない判断であったと、ガブを含む全員が認識していた。カワウソの命令内容には特に言及のなかった敵の“NPC”への対処として、調査に赴いた二人の判断と行動は、あれ以外の対処法など存在し得なかった。

 

 ガブは三時間前の、拠点から出撃する主人と交わした、最後の作戦会議を想起する。

 

『じゃあ。最後の作戦会議だ』

 

 そう告げて、カワウソが確認のために唱えた作戦概要は、至ってシンプルだ。

 まず、通行証を持ったカワウソと護衛二名が、転移魔法で魔法都市に赴き、そこから北上して城塞都市に侵入。次に、敵の罠などを警戒しつつ、都市中心部へ進撃。そして、都市中心部……ナザリック地下大墳墓を擁するという平原で、拠点に残していたLv.100NPCたちを転移で引き込み、進攻を果たす。

 

 以上が、ナザリックに攻め入るまでの前段階作戦。

 

 卓を囲むNPCたちは真剣に主人の作戦に聞き入り、特に奏上すべきこともないと判断を下した。

 ……この作戦の問題点を挙げるならば、『ツアーから与えられた通行証の効果の是非』であるが、城塞都市に存在するセキュリティの分厚さを考えると、無策に突っ込むよりはマシであるはずという結論を得ている。許可もなく都市に侵入・攻撃の意図を見せた相手を迎撃し誅殺する(トラップ)が、城塞都市には数え切れぬ規模で張り巡らされているというのは、ツアーの証言だ。迂闊(うかつ)に都市に近づいて、貴重な戦力を(うしな)うリスクを考えると、ぶっつけ本番で試すほかない。

 これが敵の罠であることも、すべて覚悟の上での進軍である。

 それこそ、アインズ・ウール・ゴウンが天使の澱の戦力を巧みに分断し、各個撃破に乗り出す可能性は大いにあり得る。

 というか、しない理由は薄い筈。

 

 ガブは、というか天使の澱のNPCのほとんどは、

そうなってくれたら(・・・・・・・・・)」と思わずにはいられない。

 

 何故なら、カワウソが授与され装備している世界級(ワールド)アイテムの“効能”を思えば、そういう状況に、戦力を分散されての各個撃破という状況に追い落とされたとしても、戦局をひっくり返すことは十分に可能なはずだから。あるいは、向こうが自らを絶対強者であるなどと驕ってくれれば、むしろ「こちらが連中を各個撃破する」なんてことも可能なはず。アインズ・ウール・ゴウンに対し、手痛い反撃を与えることができるはず。

 だが、ガブたちの主人の目的は、あくまで「第八階層“荒野”の攻略」に終始している。それ以外は余分な行為に過ぎない。

 カワウソ本人は、そこまで自分の世界級(ワールド)アイテムの力を過信していなかったが、ガブたちにしてみれば、そこまで謙遜する理由などないと思われる。いくら「絶対的な弱点がある」としても、彼の世界級(ワールド)アイテムの能力は、まさに“無敵”なのだ。

 

 そうして、次々とカワウソは、ナザリック地下大墳墓を攻略する作戦を(そら)んじてくれた。

 

 前段階──“城塞都市”を通行する作戦。

 中段階──都市が護る“平原”を突破する作戦。

 後段階──ナザリック地下大墳墓・第八階層“荒野”を攻略する作戦。

 

 そうして、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のNPCたちは、確実にカワウソの作戦を理解していく。中段階作戦の、その「次」の作戦を始め、あらゆる不測の事態に際しての注意事項や変更プランも練っている。ミカやイスラ、ウォフなどの指揮官系統職が導き出した最適解の山を、カワウソは淀みなく口にしていった。

 

『これが、ナザリック地下大墳墓・第八階層“荒野”再攻略作戦の概略だ』

 

 薄い刃の上を裸足で翔けるような作戦だが、それでも、やってみる価値は十分にある。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の全員が、カワウソを送り出すことに迷いがなかった。

 自分たちNPCのほとんどが、今回の戦いで“死ぬ”ことになる作戦を、全員が受諾することに躊躇(ちゅうちょ)も迷いもあり得なかった。

 そのためだけに、自分たちは創造(つく)られたのだから。

 ただ、唯一の例外と言えば──

 

「……ミカは大丈夫かしら」

「ミ、ミカさん、ですか?」

 

 拠点周辺を監視し続けるマアトが首を傾げる。

 ガブは頷きながら、過日の親友を思い起こす。

 

 カワウソという創造主を『嫌っている。』……「嫌わねばならない」……そんな“定め”を設けられ、先日は明らかに“命令”までされた親友(とも)の心境を思うと、ガブは何も言えない。

 

 ミカとクピドという、ギルド屈指の戦力たる二人に護られる至高にして唯一の創造主の行く末を、ガブは祈るしかない。

 

「むこうが、カワウソ様たちが、うまくやってくれるといいけれど……」

 

 現状。

 城塞都市へ侵入中のカワウソたちから、緊急要請はない。

 天使の澱のヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)周辺に、敵は見えない。

 白金の竜王(ツアー)の協力のもと、アインズ・ウール・ゴウンの対応が後手に回っているうちに、連中の懐深くに潜り込むことができれば──カワウソに勝機は巡ってくるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、敵はアインズ・ウール・ゴウン。

 魔導王が用意した四個軍は、魔導王が周到に用意した認識阻害魔法の恩恵によって、敵勢力による覗き見をほぼ完全に遮断することを可能にしていた。

 ヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)は、確実に包囲下におかれつつある。

 そこを護る主戦力──Lv.100の絶対的強者たちが、主命によって拠点を留守にし離れる時を、準備万端に待ち焦がれている。

 

 

 

 

 

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 エモット城は、かなり変わった構造をしている。

 城というよりも、大きな“筒”を思わせる建造物で、さもなければ王の“冠”と言ったところだろうか。それも巨大な。

 筒構造の上に立ち並ぶ尖塔の数は40基あり、その数はアインズ・ウール・ゴウンその人が最も大切にしてきた友人たちを思う意味を含んでいる。尖塔の頂に位置する魔導国の旗が(ひるがえ)るそこに、かつての仲間たちの紋章を象ったそれがある一定の角度から光などの環境状況によって微かに視認できるように印章されていることは、魔導国内でも周知されていない秘密である。これは、彼等との絆を忘れていないというアインズの意思表明であると共に、「さすがに仲間たちのマークを彼等の許可なく周知させるのは、ちょっと」という配慮がなされた妥協策である。

 都市の構造がドーナツやバームクーヘン状になっているのは、その中心部に空いた土地──ナザリック地下大墳墓が転移した場所である「平原」が、魔導国建国以降「絶対不可侵」と定められているから。エモット城はその平原をグルリと取り囲む最後の関門のようなものと言える。

 

 そんな重要な関門を、今、ひとりの敵が、護衛と共に悠々と進む。

 

『──通行許可』

 

 入り口に並んでいたエルダーリッチたちが、何の逡巡もなく道を譲り、いかにも重く分厚い扉を開け放つ。

 城内はまさにRPGでよく見る王の城だ。

 何枝にも分岐した燭台で飾られる壁や、壺や剣盾、絵画などの調度品は、何らかの魔法の気配を感じさせる。あるいは、あれらもモンスターの擬装だったりするのだろうか。廊下を巡回する骸骨(スケルトン)死霊(レイス)死の騎士(デス・ナイト)死の騎兵(デス・キャバリエ)、清掃用の粘体(スライム)などが、自分たちに与えられた役目の通りに行動している。

 そのような場所を、魔導国の一般臣民の衣服を身に帯びた男や女が通り過ぎるのは、いかにも奇異な光景でしかない。

 だが、そんな中を悠然と歩むことを可能にする“通行証”が、彼の手元にある。

 それを見せつけるだけで、城内の警備を担当する中位アンデッドたちは、カワウソ達を素通りし、閉ざされた平原へと至る門扉を開放してくれる。開け放たれた観音開きの扉は、一行を迎え入れた後はまた重い(かんぬき)をかけたような施錠音を奏で、カワウソ達を送り出すだけ。

 振り返るたびカワウソは思い知らされる。

 これは、後戻りができない道のりであることを。

 汗ばむ掌を拭わなければ、手中のアイテムが濡れそうなほどの緊張と恐怖を強いられる。

 

「カワウソ様?」

 

 立ち止まる主人を(いぶか)しむ女天使に、カワウソは微笑(わら)って応える。

 もともと、後戻りなど期待できない旅なのだ。

 暗澹(あんたん)たる思いを置き去り捨て去るような強い足音で、堕天使は進み続ける。

 そして、五つ目の障害──格子戸と硝子扉が、その口を開く。

 

『平原へと至る全自動魔法昇降機です。下へ降ります方は、行先階ボタンを押してください』

 

 人気声優の甘い声色に似た音声案内に従い、カワウソ達は昇降機に乗り込む。二つあるボタンの内の、下へ向かうボタンを押すと、ほどなくして格子戸と硝子扉が閉ざされた。昇降機は最初ゆっくりと、徐々に速度を上げて下へと降りていく。

 これで、平原へと至れる。

 人やモンスターの気配が完全にない昇降機の中、数十人は降ろせそうな広いガラス筐体の中で、堕天使は安堵の息を吐き落とした。

 

「いよいよだなぁ。御主人よぉ?」

 

 もはや偽装する意味はない。

 ここまで神経を研ぎ澄ませてきたクピドが、周囲から振り撒かれる敵意に過敏に反応できる兵士(ソルジャー)が、からかうような語調で声音をこぼす以上、この昇降機には敵はいない。そう確信してよい。

 

「まったくよぉ。

 この俺様を、こんな赤子(ガキ)扱いして生きていられるのは、御主人だけだからなぁ?」

「ああ。悪い。いやな役を任せて」

 

 クピドは『見た目通りの赤ん坊・子供扱いされるのが許せない』という設定のNPCであるが、創造主として『御主人』と呼ぶ堕天使の命令や指示には嫌な顔一つしない。

 

「気にすることぁねぇ」

 

 くつくつと含み笑う赤子の苦笑を受け取りつつ、カワウソは手中にある通行証をボックスにしまう。

 ツアーから受け取った通行証の説明通り、安全に、完全に、ここまで無傷でこれた。

 ──だが。

 

「はぁ──」

 

 心臓がひっきりなしに動き回って、正直しんどい。

 リアルでもゲームでも、ここまで緊張したことは他にないのではないかというくらいに、全身の血肉が氷塊に変じたかのごとく軋み、震えあがっていくのを感じる。

 

「……カワウソ様?」

「だいじょうぶ──大丈夫だから」

 

 手を伸ばしかけるミカに、カワウソは笑い返す。

 おそらく。

 堕天使の特性である“状態異常(バッドステータス)脆弱Ⅴ”の効能だろう。

 自分の内側から溢れるもの──強い恐れや惨めな怯懦(きょうだ)に、堕天使の心は今にも膝が折れて砕けそうなほど、キマっていた。

 

「ああ。クソッ──いよいよ、かぁ……」

 

 かすれた声がこぼれる。

 恐怖や恐慌、混乱や狂気(──否、「狂気」は“元々”か)。

 それら状態異常を覚えるのも無理はない。

 

「おい、ミカ隊長ぉ……これは“まさか”とは思うがぁ?」

「おそらく……平原にいるアンデッドの軍勢とやらに、“そういう力の持ち主”が大勢いるのでしょう……(いや)

 

 あるいは──

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王……死の支配者(オーバーロード)、モモンガ……か?」

 

 可能性は十分“以上”。

 ナザリック地下大墳墓の最高支配者がいる場所に、カワウソたち……ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)は攻め込むのだ。

 そんな化け物共の巣窟に、堕天使のプレイヤーが、たったこれっぽっちの戦力で挑むなど、わかってはいるが正気の沙汰ではない。

 震える心臓をなだめるように、硝子の冷たい(はこ)に汗ばむ額をこする。

 魔法の明かりに照らされた昇降機内が、次の瞬間、外の光を燦然(さんぜん)と取り込み始めた。

 

「お……おおお……」

 

 見えた光景は、まさに平原。

 新緑の野が彼方(かなた)まで続きそうな──実際には、エモット城に囲われた土地で、例えるなら火山のカルデラみたいな場所だが──雄大かつ壮観な光景。

 ──そうして、見えた。

 

「あれが……平原にいる、アンデッド軍」

 

 昇降機から見渡せる翠緑の眺望を、黒々と染めるのは、不死の戦列。

 朝の輝きを浴びながらも壮烈な闇色に鋳固(いかた)められたかのような。まるで閲兵式のごとく整然とした隊伍を組みしアンデッドの群れ。望遠鏡などのアイテムを使うまでもなく、その軍団が中位アンデッドなどで構築された軍団であることは、手にとるように分かった。しかも、そのどれもが通常のPOPモンスターとは違う……見る者に威を見せつける高雅なアイテムなどで完全武装されている。死の騎士の朽ちたマントは魔導国の紋章を掲げる最高級のマントに換装。身に帯びる剣や盾、鎧も、誰かの手によって磨かれ、朝光を受けて輝くほど整備されているのが遠目にもよくわかる。

 ただの骸骨(スケルトン)にしか見えない連中も、魔法の装備を纏ったナザリック地下大墳墓の有名な警備兵……ナザリック・オールド・ガーダーやエルダー・ガーダー、マスター・ガーダーのそれであった。

 

「は、はは──」

 

 まさに、魔軍(まぐん)

 侵攻する郎党を(はば)み、(ことごと)くを滅ぼすために用意された、不死の軍団だ。

 ひとしきりアンデッド軍を見回したカワウソは、呆れるのを通り越して愉快さすら覚える。恍惚に口元が緩み、欲望に臓物が燃え盛る。自分が挑む敵が、実際として目の前に顕現された姿に、ある種の感動めいたものを(いだ)く始末だ。

 百や千ではきかない──「数十万」を超える敵と戦うなど、ユグドラシルでも滅多に起こらないイベント。

 それが今。

 今、自分の、目の前に──ある。

 

「どう、されたのです?」

 

 ミカが主人の不調を疑い、回復させるべく“正の接触(ポジティブ・タッチ)”を使う。

 熾天使の癒しは、堕天使の肩から注がれる。

 それでも、カワウソの胸に満ちるものは取り払えない。

 

「どうされたも何もない……ああ、本当に……俺はあんなモノに挑むのか……」

 

 考えただけで“(たの)しい”。

 笑えてきてしまって“たまらない”。

 求めて欲したモノが、己の目の前に、ある。

 狂ったように──事実、狂っていた堕天使は、(わら)う。

 その表情は、赤く罅割れた狂笑は、堕天使という異形種の本性といえる。

 カワウソは嗤う。

 嗤い、笑い、微笑(わら)い続ける。

 

「ああ。やっと……やっと……はは……いいね。いいね、いいね……くはッ!」

 

 これまで警戒の緊張に(よく)し、恐怖に崩れかけそうだった堕天使の身に活力が戻る。

 どうしようもないほどの笑気──あるいは“正気”のまま、カワウソは困惑する二人に下知を飛ばす。

 

「二人共、“偽装を解け”」

 

 言われ命じられた瞬間、二人は身に纏う布きれ(ローブ)を脱ぎ払い、早着替えの機能を発動──元の完全装備に立ち戻る。

 ミカは女騎士の装いに剣を()く。

 クピドは銃火器の鋼鉄を帯びる。

 

「クピド」

 

 ミカの腕から解放され、グラサンをかけた赤子の天使に、同じくローブの早着替えを使って神器級(ゴッズ)装備に身を固めた堕天使が、命じる。

 

「“門”を開け……皆をここへ!」

「応ともぉ!」

 

 喜び吼えるような赤子の天使が、最上級の転移魔法を発動。

 事前に危惧していたような転移阻害の気配は……一切ない。

 黒い〈転移門(ゲート)〉が昇降機内に(そび)え、拠点で時を待っていたカワウソの配下たるNPCたちを招来させる。

〈転移門〉より姿を現す、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のLv.100NPCたち。

 

 銀髪の聖女、ガブ。

 銀髪の牧人、ラファ。

 焔の魔術師、ウリ。

 黒い暗殺者、イズラ。

 白い回復師、イスラ。

 機械の巨兵、ウォフ。

 雷霆の武僧、タイシャ。

 花の少年兵、ナタ。

 翼腕の巫女、マアト。

 碧の踊り子、アプサラス。

 

「お待ちしておりました、カワウソ様」

「御無事で何より」

 

 ガブとラファが言葉を紡ぐ。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の総兵力といってよい12人が、ここに集結を果たした。

 

「うん」

 

 ツアーの“通行証”の効果は、未だ有効。

 そして、この通行証が持つモノの“連れ”は、何の問題もなく入城可能にさせる。転移してきたNPCたちも主人たるカワウソと肩を並べ、そこに居並ぶ“敵軍”を前にする。

 

「おお! あれが! あれこそが! 我が劫熱と焦熱の矛先にさらされる者たち!」

「我等の“敵”……アインズ・ウール・ゴウンの大兵団」

「────すごい数」

「よーし、頑張るぞー!」

「拙者の初戦闘の舞台としては上々な相手」

「やはり、やはりやはり!! 素晴らしい敵でありますな!! アインズ・ウール・ゴウン!!」

「うう……こ、こわい……」

「怯えることはないわ、マアト♪ 最高の眺めじゃない♪」

 

 憎悪するような、詠嘆するような、歓待するようなNPCたちの様々な音色が、堕天使の耳に心よく響く。

 

「マアト、〈鷹の目(ホークアイ)〉を使え──ナザリック地下大墳墓の位置を測定するんだ」

「か、か、かしこまりました!」

 

 言って、黒髪褐色の乙女は怯えながらも、主の指示には忠実に従い、その眼をこらす。

 彼女の翼人(バードマン)の特性と、視力向上魔法で、アンデッドの軍団が護る拠点を、捕捉。

 

「み、見えました! じょ情報通り! ナザリック地下大墳墓の表層を、目視で、か、確認!」

 

 距離は数キロ先。NPCたちが感嘆の声をあげる。

 ツアーの情報はどこまでも正しく、そして誠実であった。

 カワウソは己の胸の内で、白金の竜王への感謝を告げておく。

 たとえこれが……連中の罠であったとしても、カワウソは感謝せざるを得ない。

 

「作戦は言った通りだっ!」

 

 ギルド長の決然とした宣告に、全員が……ミカを含むNPCたちが、一斉に居住まいをただす。

 

「全員。体力(HP)魔力(MP)特殊技術(スキル)回数を消耗するような真似は避けるように。敵軍の戦列中央を突破し、全員で、──“全員で”! ナザリック地下大墳墓の表層にたどり着くことだけを考えろ!」

 

 承知の唱和が轟然と響く。

 そして、魔法の昇降機が、一番下の階……緑なす平原への扉を開く。

 

 ……ようやく。

 ──ようやく。

 

 カワウソ達はスタート地点に、足を踏み入れた。

 …………いいや。

 まだだ(・・・)

 

(──あそこへ行くまで、まだスタートとは言えない)

 

 日の光の暖かさと、そよ風の涼しさを頬に感じながら、天使の澱は平原の野に降り立つ。

 

「ウォフは作戦指示通り、“戦車”を召喚! イスラは“聖獣”たちを!」

 

 承知の声と共に、二人の周囲に聖なる輝煌が(ほとばし)る。

 ウォフの天使召喚によって何もない空間から炎が舞い踊り、イスラが創り上げられる中で最高の聖獣……一角獣(ユニコーン)天馬(ペガサス)鳳凰(ほうおう)などが出現し始める。これら神聖なモンスターは、言うまでもなくアンデッドなどの負の存在に対する特効能力を持っていた。

 

「ウリ、マアト、アプサラスの三人は“戦車の座天使(スローンズ・チャリオット)”に!」

 

 他の拠点NPCに比べ速度に難がある三人を、ウォフの召喚した戦車(チャリオット)……「神の座を運ぶ天使」=「座天使(スローンズ)」の、焔を吹いて回る車輪……御座の形状のモンスターに載せる。他にも複数の高位天使が召喚師(サモナー)たるウォフの手から召喚され、Lv.100NPCの防御役に徹するのだ。

 

「戦闘での細かい指示は、指揮官──ミカ、イスラ、ウォフの指示を仰げ! いいな!!」

 

 鮮烈なまでに轟く、NPCたちの奏声。

 カワウソはボックスに収めていた弁当箱(料理人(コック)Lv.10をおさめるイスラ作)を開き、その中にあるおにぎり(アイテム)を頬張る。白米に海苔だけというシンプルな見た目だが、さすがにLv.10の料理人が握るものになるとステータスの増幅値はなかなかのものになる。絶妙な塩加減と、パリッとした海苔にふわふわな米の噛み応えがたまらない。ついで、薬剤師(ファーマシスト)の職を持つラファ謹製のポーション瓶の蓋を開け、中の液体を一気に煽って喉を潤す。これらも堕天使の貧弱な肉体に、さらなる強化(バフ)作用を施してくれるもの。

 唇の端を手の甲で拭い払う。

 

「……」

 

 戦闘準備を着々と整えていく天使の澱を前にして──目前のアンデッド軍は、動かない。

 まるで、こちらから仕掛けるのを待っているかのよう。

 そういうシステムなのか、むこうの作戦なのか、……判断はつかない。

 いずれにせよ、カワウソたちにはここで手をこまねいている余裕も時間もなかった。強化(バフ)は無限に続くものではない。戦闘の最中に効果時間が切れた時、再び強化する時間を捻出(ねんしゅつ)するのにも苦労する筈。

 カワウソは、ボックスの課金アイテムを取り出す。

 それは、硝子(ガラス)で出来た、小さな砂時計。

 堕天使は戦々恐々を極める内実を吹き飛ばすように、ひときわ大きな声で叫ぶ。

 

「超位魔法────!」

 

 巨大なドーム状の魔法陣が、平原に展開される。

 蒼白い光が周囲に輝きを振り撒き、半透明の文字や記号の羅列が空間を支配する。まったく同一形状に留まることのないそれらは、ユグドラシルの中でも極めて特異な、第十位階魔法を超えた力を演出するためのもの。すでに、この世界でこれらの魔法が使えることも実験調査して判明している。

 

「…………」

 

 やはり、アンデッド軍は動かない。

 超位魔法の発動準備を目の前にして、それを潰そうと……発動する前に発動者を殺してしまおうという行為が、一切確認できない。転移魔法を使用しての突貫攻撃や、広範囲を薙ぎ払う殲滅魔法。超長距離からの狙撃などの攻撃手段が、カワウソの身に降りかかる気配はない。無論、それらの攻撃から主人を護るように、天使の澱のNPCたちは配置されていた。

 

 アンデッドの軍勢……連中にそういった知識がないのか。

 あるいは、連中の作成者……アインズ・ウール・ゴウンの策謀や戦略か。

 

 いずれにしても、敵からの迎撃や反撃にさらされる前に、魔法を確実に起動させた方がいい。敵がいつまでも待ってくれる保障など何処にもなかった。

 カワウソは何の躊躇もなく、手中にある砂時計を、課金アイテムのそれを割り砕く。零れる硝子と砂が、アイテム使用者の展開する超位魔法の光にとけて──そして、魔法が即座に発動する。

 

 

「超位魔法〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉!」

 

 

 すると、カワウソたち天使の澱の陣容に、光り輝く天梯(てんてい)が無数に降り注ぐ。

 光は指輪のような形状を辺り一面に数え切れぬほど降臨させ、幾百の指輪はやがて、純白の光を発する騎士の装い……白銀の武装を帯びた、見目麗しい(いくさ)乙女(おとめ)の集団に転じる。

 

 カワウソという超位魔法発動者──召喚主の勢力に参陣した乙女の数は、500。

 

 そのどれもが、この異世界では英雄を超えるレベルに位置するだろう存在。

 聖剣と鎧兜、白翼を帯びる聖歩兵、100。

 騎士槍(ランス)と盾、騎馬を従える聖騎兵、100。

 長弓と矢筒、小剣を携えた聖弓兵、100。

 聖杖や法典、戦旗を掲げた聖術兵、100。

 他にも種々様々な兵科に分類される女天使たちは、まさに物語に登場する戦乙女(ワルキューレ)の姿だ。

 

 超位魔法〈天軍降臨(パンテオン)〉に似たこの魔法は、分類として「天使」に属する戦乙女たちの召喚モンスター・500体を同時に招来させるもの。強力な最上位の熾天使(セラフィム)ほどの強さは期待できないが、雑魚アンデッドを蹂躙するのにはうってつけの軍勢……“指輪の戦乙女たち”を召喚する。

 それでも、敵がその百倍以上の兵数では、どう考えても心許(こころもと)ない。

 さらに、これら召喚の魔法は、一定時間の経過で消滅を余儀なくされるもの。

 そして、超位魔法はシステム上、『連射がきかない』魔法である為、超位魔法の冷却時間(リキャストタイム)中は、なんとかこの軍勢で持ちこたえるしかないわけだ。場合によっては第十位階魔法などを使用して、別の召喚魔法を行使する必要もあるだろう。

 無論、状況は未だにこちらが圧倒的に不利。

 ナザリック地下大墳墓に到着するまでに、天使の澱のNPCが一人でも欠ければ、カワウソの作戦は成り立たない。

 

「カワウソ様、例の件を」

「ああ」

 

 隣に立つミカに促され、カワウソは一人の天使を振り返る。

 

「イズラ」

「──ハッ!」

 

 死の天使たる暗殺者は、手にした純白の長弓に矢をつがえ終えていた。

 カワウソは、ミカやイスラに相談されていた通り、彼に命じる。

 

「敵軍への“一番手”の名誉を与える──生産都市(アベリオン)で敗北した雪辱を果たすといい」

 

 無様にも、死の支配者(オーバーロード)部隊に敗れ、主人(カワウソ)の手を煩わせたNPC・イズラ。

 彼にそう告げただけで、NPCたちが歓声をあげて同胞を見やった。

 創造主から命じられた死の天使は、身に余る感動に震えつつ、確かな答礼を行う。

 

「あ──ありがとうございます!」

 

 その場で(ひざまず)きそうなほどの熱い感謝を受け取りつつ、カワウソは最後の指示を全員に通達。

 

「全員、強化の魔法と特殊技術(スキル)を解放!」

 

 承知の烈声に続いて、魔法やスキルを発動する声が連なる。

 

「〈全体無限防盾(マス・インフィニティシールド)〉」「〈全体祈祷(マス・プレイヤー)〉」「〈全体(マス・)悪よりの防御(プロテクション・フロム・イビル)〉」「“炎属性攻撃力大強化”」「“暗殺者の歩法”」「────“全体召喚獣強化”」「“全体召喚天使強化”ー」「〈疾風迅雷(スィフトネス)〉」「“全体敢闘精神”!!」「さ、“砂漠の風”」「〈鍛冶師の祝福(ブレス・オブ・スミス)〉♪」「“神風特攻(ディバインウィンド)”ォ」

 

 ミカ、イスラ、ウォフなどの指揮官職保有者たちが、天使の澱の陣容に──召喚された戦乙女たち全軍も含めて施行する。また、各NPCたちも、自分で自分の行えるだけの強化を魔法なり特殊技術(スキル)なりアイテムの効能なりで発動し、戦闘準備を完了させる。

 カワウソも聖騎士の特殊技術(スキル)で自己の身体機能を強化。

 そして、神器級(ゴッズ)アイテムの能力も解放。

 

「……」

 

 カワウソは最後に、アイテムボックスにあるものを、最前列の位置に置いているガラクタのようなそれを、確かめるように撫でる。

 

 このアイテムに託された魔法を、仲間たちとの誓いを、カワウソは脳の奥で、胸の内で、心の底で復唱する。

 

 ──もう一度、皆と一緒に、そこ(・・)へ戻って冒険したい──

 ……きっとまた、そこ(・・)へ戻って、冒険を、続けるって……

 

 

(……、……俺は……行く)

 

 

 あそこへ。

 皆が行った場所へ。

 ナザリック地下大墳墓──

 第八階層──“荒野”へ。

 

 カワウソはボックスから手を離す。

 アンデッドの軍団は──やはり、動かない。

 ただのハリボテやこけおどしであるはずもない不死のモンスターの軍勢に対し、堕天使は手中の聖剣を天へと差し向けるように振りかざす。剣尖が陽光を受けて眩しく煌く。

 激発寸前の火薬のごとき自軍に、統制され管制された天使の軍勢に、ギルド長・カワウソは深い呼吸の後に、こういう時の儀礼として、ミカたちに教えられた通りの号令を、命令を、発する。

 

 

 

「  ── 突撃ッ!!!!   」

 

 

 

 聖剣が振り下ろされた。

 片手剣を両手に握り、猛獣のごとく吼えて疾走する堕天使に併走して、六翼を広げたミカが、四翼を伸ばすガブが、天使の澱のNPCと召喚モンスターの群れが、アンデッドの戦列に向けて飛び出す。天使たちの咆哮と蛮声が、堕天使の凶気に汚染されたように連鎖する。主人(カワウソ)の名を叫んで後に続き、創造主(カワウソ)の目指す目標へ向けて(はし)る疾風怒濤と化す。

 

 アンデッド軍が、ついに、動き出す。

 

 タワーシールドを持つ、最前列だけで幾百もいる死の騎士(デス・ナイト)が、後続の同類と共に整然と盾を並べて、侵攻者の軍を阻む壁を機械的に築く。その手並み足並みは乱れることはない。ただの人間の軍勢であれば壊乱し惑乱し焦乱する天使たちの士気と突撃態勢を前にして、アンデッドたちは恐れ(ひる)むことはない。マスゲームのように整然とした動作は、一見なんの隙もない防御手段の行使に他ならなかった。

 カワウソは、握る純白の剣に光を纏わせる。

 

「イズラ!!」

 

 事前に命じられていた死の天使が、黒い翼で空を駆ける姿勢のまま弓矢を放つ。先陣を切って奔るカワウソの横を抜け、速射連射(クイックショット)Ⅱによって放たれる神聖属性の矢が複数本。それらは確実に死の騎士たちの盾の隙間を抜けて、連中の急所を貫き穿つ。

 一番手の栄誉を受けた死の天使の働きにより、アンデッドの隊列に乱れが。

 堕天使はその直前地点にまで跳び、慣れた特殊技術(スキル)を、解放。

 

「“光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅴ”!!」

 

 神器級(ゴッズ)の聖剣を最上段から振り下ろす。

 前方数十メートルの敵に連続範囲攻撃を繰り出す聖騎士の攻撃特殊技術(スキル)

 真っ白い光が空間を満たし、イズラが開いた突破口を悉く蹂躙──死の騎士の群れは、神聖属性の連続ダメージによって、特殊能力でHPが1ポイント分だけ残った瞬間に、滅び尽きる。

 だが、思うほどの効能・威力を発揮していないと気づいた。

 やはり、このフィールドは連中(ナザリック)に有利な環境であるようだ。

 当然のこと。

 ここはナザリック地下大墳墓を護る場所である。

 堕天使は左手でボックスを開き、そこから新たな武装──先端部が黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)で製造された殴打武器──伝説級(レジェンド)アイテム・黒き明けの明星(シュヴァルツ・モルゲンスタイン)を掴みだす。無数の棘が突き出る漆黒の星球が極太の鎖に繋がれたそれは、見た目は悪魔や暗黒騎士風の凶器に見えるが、立派な神聖属性を帯びる「対アンデッド用装備」のひとつである。

 堕天使は両手に武器を構え、敵陣深くめがけてひたすら駆ける。

 ──世界級(ワールド)アイテムの赤黒い輪を、頭上に重く輝かせながら。

 

「総員、我に続けぇ!!」

 

 忘我に陥る叫声が戦場に(こだま)する。

 Lv.100NPCの攻撃が、召喚された戦乙女の一糸乱れぬ行軍と進撃が、アンデッドの軍勢を狩り取り始める。

 目標は、ナザリック地下大墳墓。

 その途上に存在するものを鏖殺(おうさつ)するかのごとく、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)驀進(ばくしん)する。

 

 

 

 

 

  ──ナザリック地下大墳墓へ向けて、“平原の戦い”が今、幕をあけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦車の座天使(スローンズ・チャリオット)などは、原作には登場していない天使モンスターです。
また超位魔法〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉は、書籍10巻P83で名前だけ登場した召喚魔法です。その詳細な効果などは不明ですので、本作のそれは独自設定になっております。
こういったオリジナル要素がふんだんに盛り込まれた二次創作小説ですので、あしからず。

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