オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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平原の戦い -2

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.04

 

 

 

 

 

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 君子危うきに何とやら。

 そんな(ことわざ)など知らぬ風に、自ら危難の道を歩み、危険の中へ飛び込む“敵”の勇姿を、視認。

 

「ついに来たか」

 

 玉座に泰然と背中を預けるアンデッド──アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、空間に浮かんだ水晶板に映し出されるものを観賞していた。

 ツアーの通行証を手に、城塞都市・エモットの黒門をくぐった堕天使と、その護衛らしい天使が二体──こうして見ると“乳飲み子を抱いた魔導国の夫婦(カップル)”にしか見えないが、彼等の正体はすべて露見済みである。

 この映像はニグレドの監視能力……ではなく、実をいうとツアーの通行証に付随する機能の一つだ。

 現状において、ニグレドは敵拠点の超長距離監視と、アインズたちが見ている映像を第五階層で共有し、その情報をナザリック内のシモベたちに供給する任務に専念させている。

 カワウソたちを唯一この堅牢な都に招くことを可能にするアイテムであるが、その実、彼等の行動を完全に把握するための装置として、彼等の手に渡した向きもある。おかげで、彼等の侵入経路……「魔法都市(カッツェ)城塞都市(エモット)」までの旅路は、すべてアインズ・ウール・ゴウンたちの把握するところとなっていた(連中の拠点内での行動は、さすがに把握できない。通行証はあくまでツアーの能力が届く範囲に限定されている)。あの通行証は〈上位道具鑑定〉などの魔法でも、そういった効能があることを見破れないよう入念に隠蔽・準備されたものであり、アインズ達の備えが確実に彼等100年後のユグドラシルの存在を追い込むために行使されている。

 連中の首領──ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の長たる堕天使のユグドラシルプレイヤー、カワウソの都市訪問が確認される以前から、アインズ・ウール・ゴウンをはじめナザリック地下大墳墓の誇る階層守護者たちは、第十階層の玉座の間に集結していた。

 しかし、ナザリックのシモベたちを戦闘配置に置く段階ではない。

 皆が普段通りの生活をしつつ、リラックスして、連中と存分に交戦する時(侵入できるとは露ほども思っていないが、絶対とは言えない)を迎えるように配慮したアインズは、その中で例外として玉座の間に事前待機させておいた守護者たちに確認する。

 

「デミウルゴス、魔導国の政務の方は問題ないな?」

「無論でございます。本日の政務公務はすべて、エモット城に避難されたユウゴ殿下や姫殿下たちが代行する手筈となっております」

「うむ。ユウゴたちであれば、問題なくこなしてくれるな……コキュートス。スレイン平野の包囲網は?」

「万事抜カリナク進行シテオリマス。アインズ様ガ御用意シテクレタ魔法軍モ加ワリ、指揮官ノ方モ万全ノ布陣。イカナル不足ノ事態ニモ対処可能デス──ドウカ、ゴ安心ヲ」

「ああ。だが、四個軍の最高司令官たるおまえの息子たち四人は、最後方に控えさせておいてもらうぞ。彼等に何かあっては、父たるおまえに申し訳ない」

「ソンナ! 勿体(モッタイ)ナイコトデス!」

 

 主人の当然極まる決定に、だが、コキュートスは望外の幸せを戴いたような声音で、魂の芯が熱せられたがごとく身を震わせる。

 

「現地人にも、優秀なものは探せばいるからな。異形種は基本、不老不死。優秀な人間や亜人も、アンデッド化することでナザリックへの忠誠心は高水準を維持。──スレイン平野の包囲は、彼等に任せておけば、良し」

 

 これで、カワウソたちの拠点を制圧する段取りは整ったといえる。すでに、スレイン平野近郊地帯は、蟻の子一匹逃さない規模で魔導国軍が進駐しており、連中に気づかれぬよう隠密行動を徹底させている。現状、カワウソのNPCたちが気づいたような気配はなく、四個軍を奇襲・迎撃するものもない。

 連中の拠点にどれほどのギミックやトラップが存在するのかは不明だが、この戦いが終わり、敵対者(カワウソ)手駒(NPC)達を残らず戦闘不能にした後、確実に安全を確認する意味でも連中の拠点をアインズ達全員で攻略してしまえばいい。ダンジョン型の冒険者育成施設などを100年前から建造し、研究してきた実績を試すのも悪くないだろう。

 アインズと守護者たちの連携は、すでにかつての仲間たちと同等の規模にまで昇華されている。敵のLv.100NPCが尽きてしまえば、あとはどうとでもなるはず。場合によっては、敵ギルド長(カワウソ)か、敵NPCをひとりぐらい生け捕りにして案内させるというのも、考慮に値する。宝物殿に新たに蔵された世界級(ワールド)アイテム“傾城傾国”の完全支配能力を発揮する良い機会だ。そうして、この世界に転移したギルド拠点を完全に制圧し掌握すれば、敵ギルド拠点内の財は、勿論アインズ・ウール・ゴウンの手中にすべて納まる。そして、“この世界におけるギルド拠点”を使って、様々な実験や戦力増強に使い潰すこともできるはず。

 

「と、いかんな」

 

 油断は禁物。

 捕らぬ狸の皮算用をしかける己を、アインズは自戒する。

 

「シャルティア、アウラ。表層のアンデッド軍の整備は?」

「完璧でありんすえ、アインズ様!」

「大丈夫です! アンデッドたち自身は勿論ですが、一般メイドの皆も手伝って、一体残らず綺麗にしてあげましたから!」

 

 この100年で他者を扱うことにも慣れた王妃二人は、昨夜の内に終わった整備を、さらに完全な規模で整え終えていた。まだまだ育ち盛りのアウラは十分な睡眠をいただき、シャルティアはアンデッド故に睡眠は不要であるが、それでも沐浴などの休憩を挟んだうえで、アンデッド軍の整備を完了させていた。

 

「すまんな。このような雑事に、おまえたちの手を(わずら)わせて」

「ふふ。そんなことありんせん。私どもの労など、御身の重責や国務に比べれば、どれだけ易いものか」

「そーそー。遠慮しないでいいんですよ? 誰あろうアインズ様のお願いなんですから!」

 

 むしろアインズたちのアンデッドを少しでも強化できお手伝いができて光栄なくらいだと、とても嬉しそうにはにかんでくれる。

 

「──ありがとう、二人共」

 

 ただの死の騎士(デス・ナイト)も、アイテムなどを整えてやればかなり見栄えの良い雑兵に変わる。

 玉座の右のひじ掛けに集まる二人の頭を、アインズは慣れた手つきで優しく撫でる。

 

「マーレ。今回は不要だったかもしれないが、ナザリック内部の整備状況は?」

「だ、大丈夫、です、アインズ様! セバスさん、たち、も、ずっと手伝ってくれましたし、あの、その」

 

 同じく王妃に列せられる美青年の手腕も問題ない。先ほどの二人と同様に、跪く青年の頭を撫でて「よくやった」と褒める。セバスはここにはいない──決戦前の墓参りに、娘共々アインズが行かせておいたのだ──が、戦闘準備が下達されれば、戦闘メイドの皆と共に、この玉座に集合する予定である。礼を言うのは、その時でいいだろう。

 

「首尾は上々だな」

 

 アインズは現在のナザリック地下大墳墓の防衛状況を完全に把握している。

 天使共がどうにかアンデッド軍を突破したとしても、表層の墳墓にはアインズの作成した上位アンデッドが複数体控えている上、第一~第七階層のシモベたちの配置分布も天使たちへ効果的なもので固めている。天使共が繰り出すだろう各種神聖攻撃への防護も、アイテムや装備品などで整えた。突破することなど、夢のまた夢。何かしら不測の事態でも起きない限りは、ナザリックの防衛体制がやぶれるはずがない。

 その中でも「最大最上級」の防御装置は、アインズたちが集った空間“玉座の間”に安置されているもの。

 見上げた水晶の玉座は、()()えと(きらめ)きを放っている。

 

「“諸王の玉座”──この世界級(ワールド)アイテムが誇る防御性能は、ユグドラシルでも打ち破る事は不可能だったもの」

 

 何も心配することはない。

 遥かな昔、仲間たちと共に勝ち取った栄光の象徴──ナザリック地下大墳墓という高レベルダンジョンを、わずかな手勢で初見クリアしてみせたアインズ・ウール・ゴウンに授与されたそれを、仰ぎ見る。

 この玉座に座すべきもの──このダンジョンを完全完璧な形で攻略したモモンガたち……かつて、この高レベルダンジョンを護っていたレイドボスたちから『自分たちを打ち負かし、支配するにふさわしき攻略者たちへの“敬意”』のごとく、モモンガたちギルド:アインズ・ウール・ゴウンへと贈呈されたいきさつがある。

 その世界級(ワールド)アイテムの防御力によって、ナザリックは他のギルドとは比べようもない高度な転移阻害をはじめ、情報系魔法への完全防御などの様々な恩恵を与えられた拠点ダンジョンだ。

 あの1500人を退けた、第八階層の“あれら”にしても、この「玉座」のおかげで使うことができるものであることは、知るものは少ない。

 

「アインズ様、奴等がエモット城の、最後の昇降機に乗り込みました」

「……うん……」

 

 共に映像を閲覧する女悪魔──玉座の左側に佇む王妃・アルベドが朗々凛冽(ろうろうりんれつ)な音色で告げる事実に、アインズはナザリック内の全シモベ達に〈全体伝言(マス・メッセージ)〉を飛ばす。

 わずかに懐いた逡巡──敵となった者たちへの憐れみを、己の頭蓋から放り出した。

 

「──総員、戦闘配置」

 

 たった一声によって、すべてのシモベが主人からの命令伝達を、受諾。

 これで連中を、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)を歓迎する準備……連中を使った“実験”の用意は、すべて整った。

 

 カワウソの護衛が少ない段階=都市間を馬車で移動中などの段階で、アインズが連中に手を出さなかった理由は、いくつかある。

 ひとつは今言ったように、ユグドラシルプレイヤーとの戦闘の“実験”を行いたいがため。二つ目は彼の保有する世界級(ワールド)アイテムやダンジョン拠点の能力が未だに不明瞭で、こちらから無闇に手を出すのは危険であり、三つ目はそういった脅威をカワウソが無駄撃ちして、その性能を推し量る上で、低コストな軍と絶対有利なフィールドで戦った方が良いという当たり前な判断から。そして、連中から攻撃を仕掛けさせることで、「アインズ・ウール・ゴウンは、あくまで『自衛・防衛のため』に、天使連中と事を構えることになった」という事実を得ることが四つ目だ(もしも他のユグドラシルプレイヤーなどが転移していた場合、こういった大義名分があった方が確実に良いのである)。

 

「さて」

 

 映像の中の堕天使が命じ、護衛二人──ミカとクピドという天使が、完全武装状態を(あらわ)にする。敵ながら見事な黄金の鎧に身を包む女騎士と、幼く(いとけな)い体躯には不釣り合いである漆黒の銃火器とサングラスで武装した赤ん坊が、主人たる堕天使の隣に降り立つ。

 そして、赤子の天使(キューピッド)の振るう短い腕の先から、転移の魔法が解放された。

 

「始まったな」

 

 その様子を玉座の間で平静に視聴観戦する魔導王は、愉快と苦吟(くぎん)を半々にしたような声で、堕天使の配下たるNPCたちが勢ぞろいする時を待つ。

 銀髪褐色の聖女は修道女(シスター)の黒い貫頭衣と純白の装身具を煽情的にアレンジしつつ、うすぼんやりと光を浮かべたグローブで両の掌を覆っている。聖女と同じ銀髪の牧人(ハーダー)は古代の羊飼いのごとき衣服に、樹杖と小さな荷袋を携えた姿。左背中に二枚の羽根を宿す赤髪の男は片眼鏡(モノクル)をかけ、火炎を先端に宿した杖を握っていて、いかにも魔法系統の職を得ているとわかる。

 ソリュシャンと交戦した暗殺者の死の天使(エンジェル・オブ・デス)は、神聖な羽のごとき白布で全身を隠す同胞の手を取りながら降り立つ。全身鎧で人の倍はある巨躯を覆う機械の翼をもった天使が続き、黒髪の男が黒い僧衣の裾を翻して並び立つ。そして、シズと交戦した花の動像(フラワー・ゴーレム)の少年兵が幾多もの剣装を帯びて現れ、両腕が翼の黒髪褐色の乙女と、翡翠のごとく美しい髪色の踊り子を通したのを最後に、転移の門はその役目を終えた。

 この異世界へと転移した直後に、外へ調査のために出てきたことがあるNPCの内、全12体が勢ぞろいしていた。

 

「カワウソが言っていた数的に言って、あれが、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の最大にして唯一の戦力」

 

 12体のLv.100NPCは、主人(カワウソ)の号令に承知の声を重ね合わせた。

 その意気込みは映像越しにも大量の熱量を感じさせ、アインズの膝元に仕え(ひざまず)守護者(NPC)たちのそれと重なる。

 確実に、あれらは敵拠点のNPC──創造してくれたプレイヤーへの敬愛と尊信を無条件で(いだ)く存在とみて間違いない。

 

「あの、アインズ様」

「どうした、シャルティア?」

「差し出がましいことをお聞きいたしんすが……本当によろしかったのでありんすか? ナザリックを直衛する守護兵(ガーダー)部隊を、ほとんど下げたままで?」

「心配ない、シャルティア。あれらはすべて、私やパンドラズ・アクターが生産し、支配している雑魚アンデッド。ほとんどはこの世界で生じただけの有象無象に過ぎない」

 

 それ故に、ナザリックの拠点維持費などはまったく目減りすることはない、かなりの低消費(コスト)で迎撃を行うことが可能である。戦場に並べているガーダーたちは、あくまで敵を威伏できればいいだけの看板──この大地がすべてナザリックの支配下にあることを喧伝するための、ただの予備部隊に過ぎなかった。その証拠に、彼らのほとんどは魔導国の紋章旗を掲げる儀仗兵役に徹しているものが多い。

 

 今回の戦いにおいて参陣したアンデッド軍は、アインズ・ウール・ゴウンとパンドラズ・アクター、両名が100年かけて生み出したものの他に、ナザリックの消費を行わず派兵可能な戦力も投入されている。

 旧・カッツェ平野の砦。

 人狼により封じられていた沈黙都市。

 かつてイビルアイが“吸血姫化”の不可抗力で死滅させた廃都。

 他にも大陸において、これらに代表されるようなアンデッドの自然発生ポイントを、アインズは己の支配地域として有効利用し、アインズの一日で生み出すアンデッド以上の兵力を獲得するのに実験・活用し続けてきた。

 ナザリック地下大墳墓を防衛する平原部隊は、中位と下位、地上・地中・空中部隊を合計して、概算で100万規模。

 八方に展開配置されたそれらは、アインズの能力で強化されたそれもふんだんにつぎ込まれているため、ただの野良に比べても格段に高性能なものが揃っていた。

 ──惜しむらくは、八方に展開されている都合上、すべての部隊を防衛作戦に導入するには、あまりにも数が多すぎることが弱点らしい弱点と言えた。大軍を指揮するアンデッドも潤沢な数を揃えているが、それでも軍勢の移動と再編にかかる手間暇は一瞬で片付くものではない。陣を変更するのにも軍団規模は途方もない時間を消費する。転移の魔法でも使えば別だが、あまりにも多くの人員移動・軍団編成規模の魔法を起動するとなると、たとえ階層守護者(シャルティア)の魔力でも無理が生じるので、まず諦めた方が無難と言える。なので、いくら総員が足並みを完璧にそろえられるアンデッドであろうとも、移動する分のタイムラグは必須。そのため、今回カワウソ達の迎撃にあたることになるのは、多くて50万を動員することができるかどうかという具合だ。

 そして何より、この段階においても、天使の澱以上の強者・第三者が漁夫の利を得ようと都市を突破し、カワウソ達とは別方向から侵攻してくる可能性も否定できない。その迎撃にあたるだけの部隊は待機させ続けるのが妥当という判断であった。

 

「心配はいらない。ナザリックの表層、直上の墳墓に詰めている死の支配者(オーバーロード)などの上位アンデッド陣もある……なんだったら、十分に消耗させた後で連中を墳墓内におびき寄せ、“ひとあて”してしまうのもいいだろう」

 

 守護者たちは理解と納得の首肯を落とす。

 そうさせるだけの戦力が用意され、天使共への対策も準備万端。何も恐れる必要がなかった。

 共闘関係を結んだツアーの協力のおかげで、アインズが永続性を与え生み出すことができた──上位アンデッドの群。

 その中で、アインズが創造した死の支配者(オーバーロード)たちから発せられる“絶望のオーラ”が、確実に天使共の行く手を阻み、侵攻の足を引っ張る障壁として、平原をドス黒く覆っている。オーラの影響によって地表の植物を枯らし死滅させていないのは、これらはマーレというナザリック最高の森司祭(ドルイド)が生み育んだモノであり、また死の支配者(オーバーロード)たちもオーラの出力や範囲を絞るなど調整調節が行えるため、壮大な新緑の園を瑕疵(かし)なく存在させることができるからだ。ただの人間や生物では存在するだけで「発狂」、最悪「即死」することもあり得そうな平原の戦場に、堕天使と天使たちが、進攻せんと歩を刻んだ。

 気づいていないはずがないだろうに。

 絶望のオーラが十分に起動しているエリアで、天使の澱の熾天使・ミカなどが常時展開している“希望のオーラ”は、ほぼ使い物にならない。おまけに、神聖属性や炎属性などのアンデッド特効に分類される各種攻撃の威力を著しく減衰させるアイテム──そして、アンデッドの能力を逆に向上させるアイテムなどが平原全域で機能を発揮していた。

 つまり、天使対策は──もはや“万全以上”。

 そんな環境下(フィールド)をカワウソたちが侵攻し進行せざるを得ないという事実に、アインズは敵とはいえ、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)に対し、放り捨てたはずの憐れを再び脳内に感じてしまうほどであった。100年後の今なお存在する、人間・鈴木(すずき)(さとる)の残滓の影響だろうか。

 

「あの、アインズ様?」

「どうした、マーレ?」

「お、王太子殿下──ユ、ユウゴ様や、他の姫様たちを避難させたのは、あの、本当に、よろしかったのでしょうか?」

「勿論だ」

 

 アインズは今回の戦いにおいて、自分たちの子どもらは極力参陣させない意向を示した。

 唯一の例外は、彼ら堕天使と天使たちに直接接触したマルコのみと定めて。

 

「説得するのは大変だったが、我が子たちに相手をさせるには、いろいろとあれだからな……」

 

 アインズはかつて、自分たちの子どもが、ナザリックの一戦力として“有効利用”できればと、NPCたちに婚姻の推奨と、それに伴う愛の結実たる「子」らの創造と懐妊を許した。

 しかし、今は。

 かつてのような打算的かつ計略的な意図は、どこにも残されていなかった。

 

「これは、今回の戦いは、あの子たちの負うべき戦いではない」

 

 アインズは、我が子らを、皆が産み育む異形なる命、そのすべてを、等しく大事に想った。

 親として。

 父として。

 子らの安寧と平穏を何よりも願い、叶えようと欲するまでになった。

 無論、ナザリック地下大墳墓に、そしてアインズ・ウール・ゴウンの威信に傷をつけない範疇(はんちゅう)で。

 そんなアインズの親心を、ナザリックの子供らはよく理解し、感得し、そんな絶対支配者の優しさに、あろうことか「報いたい」と言うようになるまで成長した。

 アルベドたち守護者は「そこまでを見越して、子らの養育に励んでくれていたとは」という感じに受け取っていたが、勿論アインズにそんな意図があったわけがない。

 

「アンデッドとしては、かなり特異な発想かもしれんが──」

 

 しかし、それこそがアインズの本意であり本心だった。

 

 今でも──よく──覚えている。

 

 アルベドの胸に抱かれ戯れる王太子の微笑を。

 シャルティアの手を繋いで離さない姫の姿を。

 ニニャの子守歌で寝入る二人目の姫の寝顔を。

 

 そうして、ナザリックのNPCたちが生み育んだ子どもたち。

 

 小さな我が子たちの成長と、それに伴う労苦など吹き飛ぶほどに眩しい、──未来の可能性。

 

「っと、戦闘準備に入ったな」

 

 子どもらのかつての生長の記憶を幻視する間にも、平原に降り立った“敵”は侵攻の意志を堅固に保つかの如く、様々な手段で自軍強化に努める。座天使(スローンズ)などの天使や一角獣(ユニコーン)などの聖獣の召喚作成。作戦とやらを指揮する個体(NPC)を確認。強化(バフ)アイテムなどの服用と起動。

 そして、

 

「やはり、な」

 

 平原に満ちた、──蒼白い光。

 使うはずと思っていた。使わない理由がないと。

 それはユグドラシルプレイヤーにとって、常識とも言える現象事象。

 堕天使の手には、アインズも良く使った課金アイテムの砂時計が。

 

《超位魔法〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉!》

 

 平原に降り注ぐ天梯。

 魔法によって召喚された、総数500騎にも及ぶ戦乙女たち。

 純白の翼を一対帯びた歩兵が、一斉に細い長剣を鞘から抜き払う。騎兵の右手に構える槍は清廉に輝き、左手に持つ盾は幅広い。戦乙女らの身に着ける軽装鎧は、純白にも見えるほどの銀一色に煌き、暁の空の下で赫赫(かくかく)と燃え焦がれているようだ。

 

「すばらしい“敵軍”だな」

 

 だが、どんなに美しい隊伍を築こうと、所詮は500騎。

 揶揄(やゆ)するような苦笑を浮かべるのも無理からぬ──あれは小勢。

 平原の野を埋め尽くす数十万の軍団に対して、数的不利を覆すことは出来ない。

 彼女たちは召喚主であるカワウソに臣従するように、天使の澱のNPCたちの麾下(きか)に加えられたが、おそらくLv.100NPCの体力魔力の温存のための雑兵として、あの超位魔法は機能する算段だ。

 しかし、一人の闇妖精(ダークエルフ)が疑問から首を傾げる。

 

「アイツ、あの堕天使の奴、どうして広範囲を殲滅する超位魔法を唱えないんだろう?」

 

 アインズよりも先に答えたのは、最王妃アルベドであった。

 

「単純に『習得していない』可能性もあるでしょうけど……おそらくね、アウラ。連中は同士討ちする可能性を危惧しているのよ。広範囲殲滅の攻撃は、アンデッド軍の中心に落としたほうが効果的だけれど、それには堕天使が軍列にギリギリまで接近しなければならない。そして、そこまで近づくまでに、確実に敵のNPCたちは堕天使を護衛すべく前に出るでしょう。けれど混戦乱戦に陥った状態で殲滅攻撃を放てば、自分の配下たるNPCが巻き添えを食うこともあり得る。確かに、代表的な超位魔法だと〈失墜する天空(フォールン・ダウン)〉などの高威力の魔法は空間制圧には向いているし、単純な威力攻撃も高い。でも、あれほどに強壮な“軍”を前にして、連射の利かない超位魔法一発で済むはずもないわ。そして、奴等の主人は魔力消費を抑えよと命令を下している。……その点、軍を召喚する魔法ならば──わかるでしょう?」

「あ、そっか。軍には軍でぶつかった方がいいってことか……」

「そういうこと。第六階層で魔獣の軍団を率いるアウラは、第十位階の殲滅魔法をあの1500人の侵攻時に何発も喰らった覚えがあるでしょうけど、それは敵軍も十分な余力があるからこそ出来る戦法よ。召喚魔法はタイムリミットがあるけれど、逆に言うとそのリミットまで行使可能な暴力の具現化とも言える。一発しか当てられない魔法などよりも、はるかに軍を相手にするのに向いている……あの堕天使、完全に追い詰められているくせに、短絡的にモノを考えているわけではない──本気で、平原を突破するつもりのようね」

「そんなこと可能なの、アルベド?」

 

 優雅に首を振る王妃に、同じ王妃たる闇妖精の少女はアインズにも視線を向ける。それに追随するように、守護者たちも至高の主を見つめてしまう。

 対して、アインズは柔らかく微笑む。

 

「連中がどのような世界級(ワールド)アイテムを持っているかによっては戦局を逆転することもあるだろうが、現状は“ありえない”と見るべきだろう」

 

 アウラだけでなく、守護者たち皆が同意するように頷く。

 あとは、彼が特殊な魔法や特殊技術(スキル)を発動する可能性もある。

 それこそ、あの生産都市で死の支配者(オーバーロード)部隊を平らげ、不死のモンスター50体を、ほんの一瞬で鮮血に染めあげた、あの能力……アインズですら見たことも聞いたこともない特殊技術(スキル)を行使するはず。

 それをこの目でもう一度確認するためにも、アインズはカワウソに、この戦場を用意してやったのだ。

 

「あのアンデッドを抹殺する特殊技術(スキル)……場合によっては、奪うか学ぶか……いや」

 

 所詮、連中はアインズ・ウール・ゴウンの“敵”。

 今日この日、その命は尽きて朽ち果てるが「相応(ふさわ)しいモノ」だ。

 カワウソというユグドラシルプレイヤー……ある意味において、アインズと同じゲーム(ユグドラシル)を愛好していた男への“慈悲”など、死の支配者(オーバーロード)は完全に持ち合わせていない。

 何故なら、アンデッドだから。

 

「遅くなりまして誠に申し訳ありません。アインズ様、そして皆様」

 

 その時、玉座の間に現れたのは戦闘メイド(プレアデス)を率いる執事長・セバス。

 謹直な老人と見目麗しい乙女たち六人。その列に加わることを許されたメイドが、一人。

 母譲り(ツアレ)の面貌に、父譲り(セバス)の髪色を宿す混血種の乙女、マルコ・チャン。

 

「いいや。ちょうど良いタイミングだ、おまえたち。今まさに天使共の侵攻が始まるところだ」

 

 アインズはマーレと共にナザリックの整備に励んでくれた執事やメイドたちへ感謝を贈るのを忘れない。贈られたセバスたちは謹直な答礼を返し、アインズ達が見つめるものを共に眺める。

 映像内のカワウソは、さらに天使の一体……イズラに一番手を命じるなどの差配を整え続ける。

 そして、カワウソに命じられたNPCたちが自軍や自身を強化する魔法とスキル、アイテムを行使する。

 召喚魔法で呼び寄せたモンスターは、一定時間の経過時間によって消滅する。無駄にしてよい時間など欠片もないが、発動する前後で適切な強化を受けられるか受け損ねるかが顕著に現れるため、召喚してから強化するというのは正しい。一定の職種だと召喚する前から強化を施すことも可能だが、それでも後から魔法やスキルで強化を施すのは有効なので、モンスターを召喚した後での強化(バフ)時間は必須と言える。

 

「そろそろ頃合いだな……パンドラズ・アクター」

『お呼びでしょうか、父上!』

 

 この100年でそれなりに慣れた呼ばれ方を送るのは、宝物殿に詰めるアインズ直製の拠点NPC。

 戦闘メイドの何人かが、黒髪の乙女(ナーベラル)(はや)すように視線を送る。

 

「平原の映像はそちらにもいっているな? では、予定通り、第一の防衛線(ライン)は任せる」

『お任せを、父上ッ!』

 

 あー、うん、頼む。

 相変わらず〈伝言(メッセージ)〉越しでも妙なテンションの高さについていけてないアインズだが、あいつはアルベドやデミウルゴス並みの智者という設定だ。アインズに化けることで創り上げたアンデッド軍は、父たるアインズのそれには及ばないが、それでも使えないというほどではない。

 映像の中の堕天使が、ボックスに手を突っ込んで、何かを悼んでいるような、懐かしんでいるような、曖昧な表情を浮かべて、そして何を取り出すでもなく、手を離す。

 その意味不明な行動と物憂げな表情に、一瞬だけ、「もしや彼が思いとどまったのだろうか」と期待した──しかし、それはありえない。

 アインズはとっくに理解している。

 彼はアインズ・ウール・ゴウンの“敵”。

 第八階層“荒野”への「復讐」を標榜する、ナザリックにとっての害悪に他ならない。

 

 カワウソは、戦意を明確に(あらわ)した。

 

 純白の聖剣──天国の門が鍔に意匠された剣を天に捧げて、

 振り下ろす。

 

 

 

《  ── 突撃ッ!!!!   》

 

 

 

 暴声が弾けた。

 堕天使が黒く輝く足甲で駆け、天使たちが各々の翼で空と大地を舞う。

 炎を吹く車輪に乗ったNPCと、戦乙女の天使モンスターの戦列が前進。

 アインズは失意と諦念をもたらした敵に対し、小さく嘆息を吐いた。

 そして。

 骸骨の己には存在しない鼻を鳴らす。

 膨大な敵意の黒一色に染まった声音で、告げる。

 

「……パンドラズ・アクター」

『承りました!』

 

 これまた存在しないアインズの脳内に、宝物殿の領域守護者が紡ぐ快活な了承が、響く。

 宝物殿に詰めているパンドラズ・アクターが、アインズの姿に化けることで、ようやく己の生み出したアンデッド軍を駆動させる。連中の攻撃行動を完全に確認してから、「こちらは仕方なく迎撃した」という体裁だ。作成者からの指示に絶対服従するアンデッドたちは予定通り、カワウソたち天使の澱を阻む壁を築き始める。古代スパルタ兵もかくやという密集陣形(ファランクス)を。

 堕天使の大音声(だいおんじょう)と共に、天使の軍勢が草原を()(はし)る。

 翼を広げて空を駆け、手にとった武装の威力をそれぞれ発揮。

 敵のLv.100NPCが放つ弓矢の一番手を受けた隊列に、乱れが。

 そこを斬砕するように、聖騎士の攻撃特殊技術(スキル)が一帯を閃光の白で覆い尽くす。光の内に捕らえられた死の騎士が、無残にも浄化され消滅を余儀なくされる。その間、二秒か三秒ほどの出来事。

 

 だが、アンデッド軍は恐れることはない。恐れなどするはずがない。

 

 堕天使の攻撃で空いた空間を埋める規模で後続が突貫し、敵軍の侵攻を阻む堰を築く。カワウソが一秒ほど歩みを止める内に、数体のアンデッドが強襲をかけるのに十分な量が殺到。無論、そのままやらせてくれるほど、敵の天使たちは馬鹿ではない。

 

「──いかに回数制限のないタイプの、──基本的な攻撃特殊技術(スキル)であろうとも、……攻撃した直後の技後硬直(リキャストタイム)は、いかんともし難いだろう?」

 

 アインズもまた、己の敵と戦うべく、入念な準備を重ねていた。

 聖騎士や神官などの信仰系職業への対策。最上位天使(セラフィム)モンスターへの対策。アンデッド軍の強化。

 そして、

 この平原の戦いで、ユグドラシルプレイヤー・カワウソと、天使の澱の実力を量り尽くす腹積もりでいる。

 蛮声と烈声が響和し、暴音と轟音が鳴動する。

 鯨波の音色はまさに清白な大波のごとく、不死者の防壁じみた隊伍を呑みこみ、神聖属性の輝きや、火焔と雷霆の疾走が、黒いアンデッドモンスターの群を轢殺(れきさつ)していく。

 

「ふふ。連中、なかなかやるじゃないか」

 

 あのフィールドで、天使の得意攻撃などを封じつつ、アンデッドの兵たちに有利な効能を発する平原の戦いにあって、天使の澱は驀進(ばくしん)する。

 だが、アインズ・ウール・ゴウンの、ナザリックの、魔導国の備えは、あまりにも多い。

 連中が二秒か三秒で合計100の死の騎士(デス・ナイト)を屠ろうとも、それをあと1000回、2000回も続けることが可能なものかどうか。

 たとえ可能だったとしても、果たしてその時、連中にどれほどの余力が残されるものか。

 アインズ達が生み出した軍に対し、Lv.100の手勢がどれだけ戦ってくれるのか。

 この“実験”が、どのような結果をもたらすのか。

 

「さぁ……どうする……どうなる?」

 

 水晶の玉座に悠々と背骨を預け、骨の指を泰然と組む。

 アインズ・ウール・ゴウンは、敵を称えるがごとく微笑する。

 

 平原の戦いは、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意※

『特典小説・プロローグ下』で、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンが入手した
世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”の詳細な情報については、
「未確定」です。

原作では、書籍三巻P307より「拠点を世界級(ワールド)アイテムの効果から防衛する」という記述、及び、書籍四巻P371より「ナザリックを守る世界級(ワールド)アイテムの効果の一つは、情報系魔法などへの対策」と記述されていますが、それが=“諸王の玉座”であると明言されたわけではありません。また転移阻害の機能についても、それが世界級(ワールド)アイテム由来のものであると記述されているわけではございません。
ですが、この二次創作ではそういう機能が、「拠点を外部からのあらゆる攻撃・転移・監視などから防衛する機能」そして「その防衛能力は、世界級(ワールド)アイテムでも突破不可能な強力な能力」があるなど、複数の機能がある(「世界級(ワールド)アイテムの効果の“一つ”は」という記述から察するに、複数の機能がある)ものと設定して、進行させていただいております。
ご了承ください。

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