オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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観戦者

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.05

 

 

 

 

 

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 アーグランド領域。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の宮殿──天界山・セレスティアにて。

 

「……はじまった」

 

 白い大樹のごとく荘厳な竜。鋭い牙が列をなす口腔の奥から、彼は嘆息を吐き落とした。

 その言葉の意味を理解し、ツアーの傍に立つ騎士──カナリアが生真面目な頷きを返してくれる。

 

 ツアーがカワウソという、アインズ達の敵に渡した通行証──それから送付される情報を、彼は己の脳内で知覚できる。堕天使と護衛たるNPCが二体、魔法都市・カッツェに転移して、そこから、ツアーが教えたとおりのやり方で、一行は平和的に城塞都市・エモットの門をくぐりぬけ、そして、平原の戦いへと至った。

 これで一応、ツアーの役目は完全に果たされたことに。

 カワウソの協力者としても。アインズの友人としても。

 だが。

 

「……」

 

 ツアーは己の住居たる宮殿の聖堂で、カワウソの展開した魔法を眺める。

 ──“超位魔法”という、この世界には存在していなかったはずの、究極の事象。

 それ自体は驚くには値しない。ツアーもかつて、これと同じ位階の魔法を何度か見たことがある。

 六大神が、八欲王が、そしてツアーの仲間たる“リーダー”の仲間が、この魔法を使っていたし、アインズとの共闘戦線でも、それは同じ。

 あの世界級(ワールド)アイテム……八欲王の最後の王が所有していた“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”……正統な所有者以外は触れること(あた)わず、また「所有者が変わるごとに、中に記載された魔法の情報も一から刷新される」機能を持ったそれには、アインズがこの世界に到来して以降、超位魔法の記述欄が増えていった。

 八欲王の最後の一人から、ギルド武器と共にそれを継承したツアーは、十三英雄のプレイヤーにそれを託し──そして結局、今ではエリュエンティウの浮遊城内最奥……元の安置場所に蔵されるに至っている。

 

世界級(ワールド)アイテム……」

 

 真なる竜王というべきツアーの知覚力・鑑定眼だからこそ、その脅威的な性能を誇るアイテムの存在を看破することは容易。

 

「カワウソくん、彼の世界級(ワールド)アイテム……あの赤黒い円環は──」

 

 世界一個に匹敵するそれは、まだ起動すらしていない。

 この戦いは、まさに「決死」とも言うべき戦場である。

 にも関わらず、彼は拠点NPC12体と、各種召喚モンスター……超位魔法で召喚せしめた戦乙女の軍団のみを頼りに、平原のアンデッド軍へと、突撃。

 数百年の長い年月をかけて戦術戦略の理を獲得している竜王にしてみても、彼の戦闘方針はこれ以上ないほどの最適解──というか、これ以外の小細工を弄することが不可能なほど「不利」──という戦況にある。

 だが、そんな状況下で世界級(ワールド)アイテムを発動しないというのは、どういうわけか。

 

「単純に、今は使えない……発動条件要項を満たしていない? それとも、発動するタイミングを見計らっているのか?」

 

 いずれにせよ。彼が今以上に不利な局面に陥れば、発動することは確実だろう。

 それほどの影響力を発揮して当然な能力を発揮するのが、世界級(ワールド)アイテムの最大にして絶対の特徴。あのアインズが所有する世界級(ワールド)アイテムにしても、十三英雄のリーダーが所有していたアレも。

 

 ツアーは推測する。

 ナザリックの内部で起動させるつもりか?

 だが、アインズの拠点にはナザリックを守護する世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”がある。

 その情報はアインズ(いわ)く、「当時の上位ギルドぐらいしか推測できていないはず」と証言している。情報が秘匿される「げーむ」だったというユグドラシルにおいて、アインズのかつての仲間たちは、ある程度の情報をリークして、上位ギルドの攻略参加を思いとどまらせるために、それなりの情報を“あえて流した”とか。そして、その情報というのは、あくまでも当時の上位ギルドの間で完全に秘されたという。

 故にカワウソは、それら情報は知らないはず。

 少なくともアインズ……モモンガが遊んでいた当時の情報で、世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”にまつわる情報は、その入手難度の高さ「高レベルダンジョンの初見クリア」などの入手条件から、広く検証可能なものではなかった。当然、それほどのアイテムに護られるナザリック地下大墳墓の防御力についても同様。

 ユグドラシル末期から終焉期においても、ナザリック地下大墳墓を本気で再攻略しようという気運は生まれず、アインズが確認した限り、ネット上でナザリックの情報が売り買いされることも絶えて久しいだけの年月が流れ、何より、「げーむ」に対するユーザーたちの熱が冷え切っていたのが要因だろう、と彼は語っていた。

 だから、ナザリック地下大墳墓は“伝説のまま”に、サービス終了を迎えたのだ──と。

 そう告げるときの彼の寂しそうな語りが、竜王の耳に残響している。

 

「……どうするんだい、カワウソくん?」

 

 アインズと同じユグドラシルのプレイヤー……でありながら敵対することになってしまった、異形の顔を凶暴な笑みで歪ませる男を、見る。

 にっちもさっちもいかなくなれば、通行証を取り出し、備え付けの〈伝言(メッセージ)〉機能を使って、ツアーに降伏を嘆願することは、まだ可能。

 その時点で、彼の至上目的は達成不能に陥るだろうが、命あっての物種とも言う。その程度の判断ができないなんてことはありえないはず。ツアーとの共謀関係がバレるのを懸念してくれているとしても、ならば最初からこんな望みなど一片もない戦いに赴くはずがないだろう。

 だとすれば、答えは単純。

 彼はいまだに、諦めてなどいないということ。

 

「たった500騎程度を招来しても、ジリ貧だと思うが──」

 

 見える光景は、漆黒の絨毯の端に、白い墨液が垂れたような様相を呈している。

 浸透する純白の一滴は、大地の底へ伸びる植物の根のごとし。

 不死者の陣を踏み越え蹴散らしていく天使の戦列。

 

 

 ──それでも、アンデッド軍の有利は絶対的であった。

 

 

 文字通り、四方八方が敵だらけ。

 死の騎士(デス・ナイト)だけでも万単位の軍列は、確実に天使たちの軍を包囲しつつある。

 今は良く抵抗できているが、ナザリックに近づけば近づくほど、アンデッド軍の規模と総量は膨大になる。深く潜り込めば、黒い魔軍の戦団に取り囲まれるのは必定の運び。

 

 ツアーは、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の行く末を、ただ見守るしかない。

 

 

 

 

 

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 天使の軍勢があげる鯨波の声は、城塞都市・エモットの住人には一切感知できない。

 エモット城の内部と、その奥で起こる出来事の一切は、完全な防音設備と防御魔法の恩恵によって、都市の臣民たちの耳にはまったく届くことはない。無論、盗聴盗撮することなど、論外だ。この戦いを記録してよいものは、エモット城の平原外周部に配置された記録係の撮影班のみが許されている状況にある。

 エモット城は、許可された存在以外が突入しようとすれば、漏れなく城内に駐留しているアンデッドの警備兵たちに存在を探知され、城内の各種トラップ機能の餌食(えじき)になることが確定している。

 今回の平原の戦いは、おそらく魔導国の歴史に残ることはない。

 ただ、当事者たちだけの記憶に秘されるものとなることだろう。

 

「どうですか、ユウゴお兄様?」

「うん……彼等は平原で戦いを始めたようだよ……ウィルディア」

 

 言って、母譲りの黒髪が美しい青年は、銀の髪に紅の瞳をいただく異母妹(いもうと)を振り仰ぐ。

 

 母たる少女然とした吸血鬼(ヴァンパイア)の面影を、成人の女のそれにすればきっとこのようになるだろうという美貌は、愛する兄の双眸を受け止め、(とろ)けるような微笑を浮かべている。後頭部で一房にまとめて結われた白銀の髪は、朝の光を浴びて宝石のごとき煌きを放つ。笑みを刻む花唇(かしん)から覗く皓牙(こうが)は母の種族の特徴であり、その全身に纏うドレスの彩は、父の種族のそれを彷彿とさせる見事な白を基調としていた。都雅(とが)の極みたる美女の麗容の中で、とくに人外じみた特徴をあげるとするならば──その両手だ。

 きわめて細い指先は、実は肉を一切帯びていない……父とまったく同じ、骨の異形。その骨の掌を手袋などで隠すでもなく、ただそのありさまを褒めたたえるがごとく、楚々とした指輪や腕輪の宝飾などで飾りつけ、父より受け継いだ造形の艶と美を、これでもかと言わんばかりに磨き上げている。

 

 骸骨と吸血鬼が融和した混血種(ハーフ)

 名は、ウィルディア・ブラッドフォールン。

 

 母──シャルティア・ブラッドフォールンの息女として、アンデッドモンスター・真祖(トゥルー・ヴァンパイア)(はら)より生を受けた、魔導王アインズの第一王女──姫殿下。

 男女を問わず魅了せしめる吸血鬼の甘美な色気。姫の纏う蠱惑の空気にあてられただけで性的絶頂を催すことになるだろう、至福の笑み。そんな表情を面に浮かべる異母妹に対し、同じ種類の「淫魔の美笑」をたたえる青年は、父と同じ肋骨の奥に秘された心臓を、わずかにも高鳴らせることはない。

 それをわかっていても、異母妹たる姫は瞳の紅玉と妖火を愛欲と情欲にたっぷり潤ませながら、異母兄たる王子に問いかける──

 

「本当によろしかったの、お兄様? 父上やマルコ姉様たちだけで、あの天使共の相手を?」

 

 ──背後から戯れるように抱きつき、椅子に座る異母兄(ユウゴ)の衣服──胸襟が大きく開かれた純白の普段着の下へ指を滑り込ませ、彼の心臓を護る、美しく麗しい胸骨の中心を撫でながら。

 ユウゴは柔らかく骨の指をつまんでみせた。

 

「こーら。駄目だよ、ウィル。時と場所を考えないと」

「もう。お兄様ったら。お父様に似て、相変わらずつれないのですね?」

「今は状況が状況だからね──“遊ぶ”のは、事が全て終わった後にしないと、父上たちに叱られるよ?」

「はーい」

 

 言われずともわかっています。そう微笑んで、アインズ・ウール・ゴウンの姫は珠のように美しい表情(かんばせ)のまま、兄から身を離す。室内にある最高級の椅子に歩み寄り、優雅な所作で腰を下ろすと、純白のロングスカートに包まれた長い足を組む。スリットから覗く太腿は肉感的だが、ピンヒールの足下は両手と同じ骨の異形を露にしていた。

 姫も十分に心得ている。

 父から与えられた「仕事」を疎かにしては、父や母に申し訳が立たない。

 王女は、父からの贈り物たる己の骨の指を愛おしそうに見つめ、慈しむように撫でる。

 兄への気持ち以上に心服し、尊敬し、聖愛すらしている、実の父(アインズ)と同じ形に、姫はまるで恋する乙女のように接吻を落とすのが癖であった。

 そんな妹のいつもの様子に微笑みつつ、ユウゴは自分の役割に努める。妹の先の問いに応える。

 

「僕らが不安がっても意味がない──父上たちであれば、きっと大丈夫だからね」

 

 仕事熱心な王子は手元の端末をいじり、父から送られてくる中継動画(ライブムービー)を室内の巨大な水晶板にスライド操作で投影。

 

「おおお!」

 

 室内で共に行動する同胞、大人形態に変身した二重の影(ドッペルゲンガー)・エルピスなどの「新星」戦闘メイドたち……ユリやルプスレギナたちの娘や、コキュートスの娘たち・ルチとフェル、デミウルゴスの娘・火蓮(カレン)死の騎士(デス・ナイト)を父に持つ娘たち混血種……ユウゴを隊長と仰ぐ『魔導王親衛隊』に属する、ナザリックの子どもらが歓声をあげる。

 

「あれが、我らが至高の君、アインズ・ウール・ゴウン様の“敵対者”」

「あは♪ 敵の数ッ、チョー少な! どう考えてもヤバイっしょ、これ!」

「しかも、おじい様──アインズ様たちと同じレベルのものは、プレイヤー(カワウソ)含めて13人だけ」

「…………連中、実はバカ? かも…………」

「それにしても、戦力差の概算もできないなんてことはないと思うけれど」

「とすると、何か『手』があると見て間違いないのかしら?」

「そう考えるのが自然でしょうね、カツァリダ。それに、連中はLv.100NPCが12人」

「ウチ一体は、ニグレド様の監視に気づきかけた上、ガルガンチュア様に軽微な損傷を与えた動像(ゴーレム)もいる」

「そして、ザフィリの御両親……ソリュシャン様と三吉様を死の天使(イズラ)から救命した死の支配者(オーバーロード)部隊──アインズ様の御直製を“抹殺”し尽した、あの堕天使……」

 

 全員が警戒と危惧を相貌に浮かべて当然の、ユグドラシルから渡り来た敵の姿。

 侵攻する天使の敵勢が、アンデッドの軍列を蹂躙すべく、鏃状の突撃隊形を形成していた。

 そんな秘戦を「鑑賞」することを許され──なれど「干渉」することを一切禁じられた者たちが、エモット城の上層階に詰めていた。親愛の限りを尽くす父母から、そして何よりも(とうと)(たっと)い御方・魔を導く王・アインズより、「完全避難」を命じられ──あるかどうかわからない他の敵を警戒し迎撃する任務に就くべく、エモット城の「北端部分」に位置するダンスホールじみた貴賓室で、その映像を視聴することを特別に許された事実を噛み締める。

 つまりこの場所は「南」──敵対者、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の侵攻地点──から「最も離れた区画」に位置する。アインズがそのような位置に子どもたちを据えた理由については、勿論ながら全員が了解できている。

 ユウゴは混血種の同胞をまとめる立場・『魔導王親衛隊』の隊長職を拝命する者以上に……ナザリック地下大墳墓に残留した父母や同胞たるNPCたち──そして最も愛する女性にして、将来を誓い合ったメイド(マルコ)の安否を気遣う男以上に…………魔導国という“大樹”を、この世界で唯一の絶対的統治を担う“大器”を、父たちから一時的に任されるという大命を帯びた王子(もの)として、その戦いの趨勢を、静かに見守り続ける。

 

「迎撃は予定通り、まずは“兄上”が作った中位アンデッド軍が投入されているね」

 

 魔導国・第一王太子──ユウゴの言う、兄。

 それは、アインズに直接創られた上位(グレーター)二重の影(ドッペルゲンガー)の拠点NPCに他ならない。

 パンドラズ・アクターは、ここにいるユウゴやウィルディアたちの、形式上の“兄”という立場にありながら、彼という存在についてはナザリック地下大墳墓に属するシモベたちにしか知悉されておらず、魔導国臣民で宝物殿の領域守護者である彼のことを知るものは、ごくごく限られた者のみとなっている。

 

 

 

 ユウゴたちは幼少期より、何かと父の政務や国務の代行を請け負う“兄”のことを、不思議に思っていた。

「どうして彼が魔導国の王太子の御位(みくらい)に就けないのか」

 父たちに比肩する叡智と力量を誇り、その変身能力と演技弁舌の妙によって、兄であるパンドラズ・アクター以外に、父たるアインズ・ウール・ゴウンの“代行”など不可能。聞いた話によると、アインズがこの世界に渡り来てすぐに構築した偽装身分(アンダーカバー)「漆黒の英雄・モモン」の代行すら完璧にこなしてみせたと。

 それほどの存在に自然と触れ合い、兄たる彼の聡明さと財政面における辣腕(らつわん)を見てきた弟妹(ていまい)たるユウゴたちは、自分たちの父が直接創造した彼という存在を、本気の本気で敬愛すらしている。

 にもかかわらず、アインズがパンドラズ・アクターを「自分の息子(のようなもの多分)」と公言していながら、彼は本来の姿──二重の影(ドッペルゲンガー)生来の形状──で、魔導国の公衆の面前に立ったことは、一度たりともなかった。

 それがあまりにも解せない。

 特にユウゴ──父アインズの後継としての期待を一身に浴びて生まれた王太子は、その重責を己の宿命(さだめ)として完全に受容し、今やナザリック内外問わず、魔導王陛下の嫡子たる者としての責務に生きるにふさわしい、能力と才覚と慈愛に溢れた英傑ぶりを発揮している。そんなユウゴだからこそ、敬愛する兄を思って「兄上(パンドラズ・アクター)こそが、父上の後継たる王太子の座に相応しいのではないでしょうか」と、幼年期に何度か訴えたことまであるのだが、その発言は父をさんざん悩ませるだけに終わり、結局パンドラズ・アクター本人や“義理の姉”たるナーベラル・ガンマからの説得や事情説明などを受けて、この件は深く追求することはなくなった。

 

 

 

 そんな“兄”の展開する軍勢を目にし、王子たちは率直な尊敬の眼差しで、告げる。

 

「やはり、我らが兄上の軍計は素晴らしいな。中位アンデッドだけの部隊で、召喚された格上の戦乙女たちに拮抗しつつある」

 

 無論。この平原にくまなく設置された、アンデッドにとって有利な戦況を生み出す各種アイテムが起動している状況も大いに関係していたが、それでも、父たるアインズのそれよりも些少劣化している軍団で、敵の召喚モンスターの部隊に敢闘し、善戦できている。

 

 ユウゴやウィルディアも、父たち同様にそれなりのアンデッド生産能力……“中位アンデッド作成”などの特殊技術(スキル)は保有しているが、混血種であるが故なのか、純粋な死の支配者(オーバーロード)と、その精巧な変身ではないがために、アインズの子どもたる混血種たちは、そこまで強力なアンデッドを創造できていない。それでも、魔導国の一般的な国政行事……都市駐屯用や警邏兵程度であれば十分な強さの者を日々生産できている。所用の為──父アインズからの密命遂行の為、ここにはいないユウゴとウィルディアの異母妹──魔王妃ニニャ殿下の息女も、それは同様であった。

 何故なら、ユウゴたちもまだまだ「成長途上」にあるからだ。

 ナザリック地下大墳墓の誇るパワーレベリングによって、他の混血種たちに比べて、Lv.100の存在同士の子であるユウゴとウィルディアは、父アインズたちと同じ段階にたどり着きつつある。

 だが、各種種族レベルや職業レベルに最大15という上限がある一方で、この異世界ではひょんなことから、まったく未知の職業レベルを獲得する事例も確認されている。

 この世界でのレベル数値獲得の実験も行ってきたアインズ達であったが、下手なレベリングを行うと微妙な職種を微妙な数値だけ獲得するなどのムラが生じることが判明しており、そのような事態を避けるためにも、ユウゴたちのレベリングは100年もの間にわたり、慎重の上に慎重を期して続けられてきたのだ。死亡以外でのレベルダウン方法が確立されていないため、我が子らを殺してまでリビルドさせるような真似を、優しいアインズは完全に拒絶していたのも大いに影響している。ユウゴ達混血種(ハーフ)の忠誠心は、(アインズ)に命じられれば自害することも(いと)わないという、親たるNPCの理念と通じる境地にまで達してはいたが、それでも、アインズは我が子たちを自殺させるような行動を「絶対厳禁」と定めている。

 

 それほどの愛情を注がれ育まれてきた王太子たちは、平原で行われる戦闘の光景を眺め、素直な感想を交換し始める。

 

「……けれど、お兄様。連中がLv.100であるならば、いかにお父様や大兄様たちの力で、アンデッド軍が強化されていると言っても、決定的な力量差は覆しようがないですわよね?」

 

 確かに。ユウゴは頷くしかない。

 中位アンデッドで強力な戦乙女の天使に拮抗出来ていても、その白い軍列に護られた敵の首魁の攻撃をとどめることができなければ、大局的にはナザリック側が不利と見える。

 だが。

 ユウゴは知っている。

 

「そこも、父上たちは織り込み済みなようだよ」

 

 レベルの差が開き過ぎている場合、数を頼みとした防衛戦には限界がある。

 それこそ、今回の天使たちと同じことをナザリックの階層守護者たちも「やれ」と命じられれば、中位アンデッドの軍団程度であれば、走破することは難しくはない。さすがに万単位のアンデッドを打ち破るのは苦労するだろうが、不可能ということはなかった。数量による暴力を、質実による暴力で打ち払えるのが、Lv.100という最頂点の力なのである。

 つまり、これは防衛戦の形をしてはいるが、その実態は、違う。

 

「この督戦(とくせん)で、敵である彼等の手の内を完全に『つまびらかにする』こと。そのためだけに、父上たちの召喚された中位アンデッド軍と、ナザリックの外で生み出された雑兵たちが導入されるのは、戦局的に見れば意義はある」

 

 アインズ・ウール・ゴウン……父(いわ)く、これは“実験”のひとつなのだ。

 ユウゴ達は寝物語や歴史の授業などで聞かされてきた。

 ナザリック地下大墳墓の始まり──至高の四十一人──ユグドラシルで起こった出来事──1500人による大規模侵攻──お隠れになった御方々──唯一、この地に残ってくれた、最後の創造主──そして、この異世界への転移現象。

 そうして、アインズ・ウール・ゴウンは、100年かけて営々と準備を続けてきた。

 その100年で生み出され続けた中位アンデッド軍──この平原を護る彼らが、Lv.100の存在に対してどれほどの戦功を“あげるのかあげられないのか”の「実地調査」という意義が、今回の戦いには含まれていた。

 

 敵は、僅か十数人のLv.100の存在たち。

 圧倒的にこちらの優勢下で事が進められると確信できる小勢。

 

 これを使わない手はない。

 父は本気で100年後に現れたプレイヤーなる存在を憐れみ、彼等と協力関係を結べるように便宜を図ったが──結果は、“敵対”という形に落着。天使という、アンデッドにとって相克関係に位置する勢力でもあったために、そういった属性相性の有利不利が、どれだけの大軍に通用するのかを調べる上でも、今回の実験には好適な敵軍たりえる。

 そして何より、

 

「連中がどれほどの戦力を──スキルを──世界級(ワールド)アイテムを所有しているのか」

 

 それを調べる上で、一日の上限数まで自由に生産可能な、補充がいくらでも利く類の軍を動員することは、ユウゴたち──アインズの子供らの判断からしても最適解に違いなかった。

 敵が圧倒的に不利だからこそ、敵は自らの性能を惜しげもなく披露してくれるはず……

 否、披露せざるを得ない。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)──首魁たる堕天使の名は、カワウソ。

 中継映像の中で、アンデッド軍から繰り出される斬撃や弓撃を疾駆によって(かわ)し、色とりどりの攻撃魔法の下を跋扈(ばっこ)して、アンデッドの雑兵を神聖武器で滅ぼしていく存在を眺めながら、弾け潰され始める敵軍の無様を見据え続けるユウゴたち。

 

 あの、カワウソが一度だけ使った特殊技術(スキル)

 

 堕天使が生産都市地下で発動してみせた、死の支配者(オーバーロード)部隊を最後に掃滅し一撃死させた能力。

 智謀において魔導国内の頂点に君臨する母や兄、大参謀たる悪魔は勿論、親愛なる父──アインズですら「まったく知らない」という、未知の特殊技術(スキル)

 

「状況は、あの時とほぼ同じ」

 

 おまけに、今回のこれは軍団規模。

 相手はたった三桁の勢力で挑戦するのがやっとであるのに、ナザリックの備えは万単位。文字通り桁が違った。

 いかに相性や彼我の実力差があろうとも、あれほどの数に蹂躙されては──おまけに、連中の得意分野たる神聖属性などを減衰される環境下(フィールド)では、十分な戦果を発揮し得ない。

 

「ん──地を掘る骸骨(アンダーテイカー・スケルトン)の陣地に入った」

 

 これでまた、天使軍の行軍速度は鈍化を余儀なくされる。

 地中に潜伏していた下位アンデッドの掌が大地より咲く草花のごとく沸き起こり、疾走する堕天使や戦乙女の足元に絡みつかんと、まるで地雷兵器の爆炎のごとく抱擁し、固縛していく。比較的性能の低い下位のアンデッドでは、あれだけの力を秘める天使モンスターに触れるだけでも浄化作用で死滅するものであるが、アンデッドに有利な平原の中(フィールド)で、しかも彼等にも十分な神聖属性対策を指輪などの装身具で施されている。おかげで、十分な妨害工作要員として機能していた。

 

「あそこは、死の弓兵(デス・アーチャー)部隊の射程距離圏内……これで終わりかしら?」

 

 十分な距離にまで進軍してきて敵勢を、正確に射殺(いころ)す弓兵たちが、漆黒の弩弓(バリスタ)を天へと注ぎ撃つ。大量の矢雨は弧を描き、黒い雨のごとく蒼穹を覆い、曇天よりも尚暗い影を大地に落とした。

 おまけに、死の騎士たちの突撃も加われば、天使軍に逃げ場などない。アンデッドたちに同士討ちを(いと)う必要性は絶無である。味方の放った黒鉄の鏃に身を穿(うが)たれようと、不死の存在は敵を掃討する意気を消失することなく特攻可能。まさに、最良にして最優の兵卒たちだ。

 白い軍列が、不死の黒い大津波に呑み込まれる……まさにその時。

 

 ──世界が閃光の白に染まった──

 

「あれは?」

「神聖属性のスキルだね」

 

 ユウゴは即座に理解し指摘する。

 光が閃く中心に、六枚の純白の翼を広げた女騎士──熾天使の姿を正確に捉える。

 

「確か彼女、ミカという名前だったね」

 

 兄が女の名前を呟いただけで不機嫌そうに眉を(しか)める異母妹に構わず、ユウゴはその光景を金色の火の瞳で見据え続ける。

 光が巨大な円球(ボール)状に展開されたことで、そのうちにあった黒い大軍は、瞬く間に光の中で(ほど)け、尽きていった。

 ユウゴは微かに嘆息する。期待していた、堕天使の仕業ではなかったのだ。

 彼の傍に仕え続けるがごとく飛行する女熾天使が、広範囲・全周囲──上空は勿論、地の底にまで広がる烈光を降り注がせただけ。

 死の騎士(デス・ナイト)死の弓兵(デス・アーチャー)は無論のこと、動死体(ゾンビ)地を掘る骸骨(アンダーテイカー・スケルトン)なども、肉片ひとつ残さずに浄化され尽した。

 

熾天使(セラフィム)のスキル……確か……“熾天の断罪”か」

 

 飛竜騎兵の領地──セーク族の聖域たる飛竜洞(ひりゅうどう)にて、カワウソが竜の群れを相手に振るってみせた神聖属性の攻撃スキル。それとほぼ同じ範囲にいるアンデッドたちが、神聖な光耀に触れた瞬間、嘘のように塵へと帰ったのだ。

 いかに「HP1で耐える」特殊能力を持つ死の騎士(デス・ナイト)であろうとも、あのスキルは連続攻撃に分類される神聖属性。しかも、熾天使という最上位天使が繰り出した攻撃である以上、中位アンデッドの手勢では拮抗することすら不可能なダメージ計算となる。死の騎士以外のアンデッドに至っては、耐え抜ける道理すらない。

 そしてそれを、アンデッドを指揮するユウゴたちの兄──宝物殿の領域守護者は心得ている。

 聖なる輝きが陣地をまばゆく照らした瞬間に、軍はその効果範囲から逃れ回避する行動に専念。無駄にやられる兵数を必要最低限に留めることに成功できるのは、指揮する創造者の卓越した判断力の業である。

 

 それでも、至近で光を浴びたアンデッドたち──概算して500体ほどが(つい)えた。

 

 平原にポッカリと空いた陣地に向けて、堕天使と白い軍団は疾走を続ける。

 あまりにも愚直。

 あまりにも短絡。

 そう評して当然の突撃行為が、彼等の唯一の戦術であるかのごとく。

 カワウソたちの単純な作戦を侮蔑し嘲弄する魔導王親衛隊の構成員たち──幼馴染たる混血種の乙女らとは対照的に、ユウゴは深い沈黙を保ち、一言。

 

「……おかしい」

 

 彼だけは、その戦場の光景に違和感を覚えていた。

 

「お兄様?」

 

 ウィルディアが怪訝(けげん)そうに(たず)ねる。

 

「なにか、気になることでも?」

「ああ──何故、ミカという熾天使(セラフィム)は──あの堕天使と、カワウソというプレイヤーと、“同じ範囲を浄化できた”?」

「それは、……あの女天使とやらが、熾天使(セラフィム)だからでは? カワウソとやらが使ったのと同じ“熾天の断罪”、それを使っただけでは?」

 

 あの女天使が常に放出している“希望のオーラ”、その“Ⅴ”というのは、熾天使の特徴たりえた。彼女は飛竜騎兵の領地でオーラによる蘇生を行使した場面も確認されており、確定情報としてナザリック内で周知徹底されていた。

 妹の当然の推測に兄は頷きながらも、それとは別の部分で引っ掛かりを覚えていた。

 率直に告げる。

 

「ここはアンデッドに有利な条件が揃えられた平原だよ。

 大気に満ちる“絶望のオーラ”。天使の攻撃を(さまた)げる各種アイテム。

 特に、神聖属性の攻撃などは著しく機能を減衰される条件がそろっている──なのに、何故、同じ範囲を、あれほどの威力で、あのスキルで焼き払うことができる?」

 

 王子の見定めた全周囲展開式のスキルは、ユウゴたちが動画データで閲覧した件の堕天使の戦闘光景とまったく遜色ない範囲に威力効果を発揮している。いや、ひょっとすると、それ以上かもしれない。

 だが、それでは計算が合わない。

 

「カワウソは熾天使のLv.5を犠牲(コスト)にして、堕天使Lv.15に到達した存在と、父上はご推測なさっていた……」

 

 その推測は事実であった。

 天使種族のレベルをプレイヤーが獲得する上で、上級天使に昇格するために必要な条件──既存の下級天使のレベルを消費することで、上位種への転生を可能にするシステム。分かりやすい例だと、天使(エンジェル)Lv.15を消費することで大天使(アークエンジェル)Lv.1を獲得。または、智天使(ケルビム)Lv.5を消費することで熾天使(セラフィム)Lv.1へと、段階的に「昇格」していくのが、天使種族プレイヤーの成長法則だ(拠点NPCとは違うシステムである)。

 そうして最頂点の熾天使Lv.5の他に、種族レベル用アイテムや様々な獲得条件をクリアすることで、天使長(エンジェルロード)天使将(エンジェルオフィサー)救世主(セイヴァー)救済者(メシア)菩薩(ボサツ)などを追加入手可能。

 そうして、入手できたそれらすべての天使種族レベルを(けが)して(おとし)めて「降格」した姿が、カワウソの取得した“堕天使”となる。

 堕天使最大Lv.15で入手可能なスキル“堕天の壊翼”を行使することで、一日に一度・時間制限付きで、それら元々の種族レベル分のスキルやステータスをカワウソが行使可能になることは、これまでの戦闘調査研究で判明している事実。カワウソが堕天使の最大スキルを現状において使わないのは、“温存”のためだと予想はつく。その他の配下に、不利な戦況でアンデッドの群れなす攻撃を打ち払わさせるのは、それ以外の処方がないためだとも。

 しかし、

 

「何故、あのフィールドで、創造主であろう堕天使なみの攻撃力を、あの熾天使は発揮できる?」

 

 彼女(ミカ)の武装の効果か。

 あるいは課金アイテムか。

 いや、ひょっとすると…………

 

「あの女天使……」

 

 王太子ユウゴは、顔の前で手指を伸ばしたまま組み合わせる。

 母の黄金と、父の火の輝煌をともす瞳を(すが)め、思い出す。

 彼等と、父の創った死の支配者(オーバーロード)部隊との、生産都市(アベリオン)地下での戦闘映像。

 賢者(ワイズマン)が殺された直後、無印の死の支配者(オーバーロード)が、同胞の将軍(ジェネラル)に、こう唱えていた。

 

  ──『あの女熾天使……アレは、強い』

  ──『あの女……ただの天使種族ではないぞ!』

 

 父が生み出した死の支配者(オーバーロード)──彼の紡いだ、あの時の言葉の本質を掴みかける。

 

「まさかとは思うが──」

 

 父たちから聞かされ教えられ、自らも図書館などで総覧できるユグドラシルの研究と見識を積み続けたユウゴは、沸き起こる予感に総毛立つ己を感じる。

 ありえない。

 ありえることではない。

 だが、それ以外の解答は得られそうに、ない。

 至急、連中のレベル構成を看破するように父へ上奏する……には、危険が多い。そういった情報系魔法へのカウンターが飛んでくる可能性を否定できないと、これまでさんざん警戒し続けてきた。

 それに、父アインズたちが、王子(ユウゴ)が思いついた程度のことを看破できないはずがないし、やはり別の解答──ミカの武装が極めて優秀な線も捨てがたい。

 

「うん……ただ……熾天使(セラフィム)“以上”の種族となると、それしか……」

 

 沈思する王太子の耳に、神聖な光輝が繰り出される音色が届く。

 ぱっと顔をあげる。

 天使軍を蹂躙せんと、再び、三度(みたび)──死の騎士(デス・ナイト)などの中位アンデッドが剣を交わし、行軍を妨害する下位アンデッドの戦団が戦乙女(ワルキューレ)の四肢に纏わり食らいつく。動きを止められた騎兵が突き出された槍衾に騎馬ごと貫かれ、数体がかりで羽交い絞めにされた歩兵が騎士の握るフランベルジュ数本に貫かれ、血の代わりに光を吐きこぼしながら、アンデッドを屠殺する乙女らは徐々に、そして確実に、その数を減らされていく。他にも召喚されていた天使や聖獣も、ギルド長やLv.100NPCを護る盾のごとく使われ、そうして消滅していく運命をたどる。

 そういった攻撃の魔手を、うるさい羽虫を焼き尽くすがごとく、あの女天使・ミカは掃滅していく。神聖属性攻撃は、同じ神聖属性や善なる存在を傷つけられない。天を舞う熾天使が繰り出す閃光が、確実にアンデッドたちだけを打ち据える特効能力を発揮していった。

 

 無論、彼女の他にも点在するLv.100NPCによって、十数体~百体規模のアンデッドが浄化され破砕され無へと帰るが、アンデッド軍の戦列の規模は、その程度の攻撃では刈り尽くせないほどに圧倒的。

 

 シスターの振るう鉄拳が死の騎士数十体を空間ごと圧壊させ、羊飼いの握る杖から神聖な輝きがこぼれる。黒翼の繰り出す鏃が骸骨の頭を十体ほど貫通し、白翼の吹き鳴らす角笛から生じる演奏が動死体(ゾンビ)の腐肉を塵へと帰す。機械の巨兵が振るう槌矛(メイス)でアンデッドの戦列は小石のごとく吹き飛び、武僧が投げた独鈷が雷樹のごとき軌跡を描いて軍団を焼灼。元気な少年兵が振るうビルのごとき巨杖が振り回され薙ぎ払われるだけで、まるで嵐の後のごとき暴虐を発揮していた。戦車の座天使に乗せられた魔術師が振るう杖から漏れる聖炎がエルダーリッチの魔法を打ち払い、翼の腕で祈り続ける少女の周囲で渇いた砂塵が渦を巻き始める。翠の髪の踊り子は戦車台の上で大鎚(ハンマー)と共に舞い踊りながら、自分たちを守護する精霊たちを召喚。そして、それら天使軍の行軍後を追撃し包囲しようと奔走するアンデッドの残兵たちを、小さな翼で巧みに飛行する赤子の天使が、その両腕に抱える黒々とした銃火器……六連砲身が旋回しながら大量の魔法弾薬を消耗し、砲火の閃光と轟音で一体残らず撃ち殺す殿軍(しんがり)役を務める。

 そして、それら全員を駆使し、確実にナザリックへと進軍を続ける堕天使・カワウソ。

 

 ──それでも。

 アンデッドは恐れることなく、敵の行く手を阻む盾を広げ、磨かれた剣と槍と斧と矢と杖を差し向ける。

 僚友の骨が砕け、戦友の腐肉が弾け飛び、己自身を浄め朽ちさせる光の奔流を浴びても、彼等はけっして恐れて後退などしない。

 アンデッドだから。

 

 大挙して押し寄せる黒い怒濤を、主人に命じられたミカが、白い光のスキルによって滅ぼし尽くす。

 

「これで四発目……次に発動すれば、“熾天の断罪”の一日の発動上限数に達しますわ」

 

 妹の言う通り、すでに熾天使のスキル上限数分を撃ち終わりかけている。

 その最後の一回を使えば、あとは蹂躙を待つだけのはず。

 

「あ、使った」

 

 数分も経たず、呆気なく使われてしまって、思わず拍子抜けすらしてしまう。

 まったく出し惜しむでもなく、熾天使の解き放つ光芒──攻撃スキルが戦場を白に染め上げる。集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)がしゃ髑髏(ジャイアント・スケルトン)まで投入されては、やむなしといったところか。

 ユウゴは揶揄(やゆ)することなく、敵NPCの力量を事実として認識する。

 

「さすがは熾天使──父上たちが、最も警戒すべき種族のひとつということか」

 

 そうして、今ようやく、第一の防衛ラインを突破されたことになる。

 これで、パンドラズ・アクターの率いる第一防衛線のアンデッド軍、その展開布陣された者の半数以上が掃討された。大量のアンデッドたちは敵の繰り出す広範囲に渡るスキルや物理攻撃の連撃によって、まるで暴風雨か地殻変動にあてられたがごとき様相を呈している。彼ら中位モンスターは、集団でこそ意味がある。陣立てが損耗し空隙(くうげき)の生じた状態では、あの天使共を押し留める効力など発揮し得ない。第一防衛線の全部隊が体勢を立て直すには、それなりの時を消費せねばならない損壊ぶりであった……が、この程度は想定内の出来事。

 ──しかし、この時ふと、誰もが予想だにしない、想定外なことが起こった。

 

「まさか、本気で中央突破──を?」

 

 成し遂げるとは思っていなかった妹が、言葉を途切れさせるのも当然。

 

 第一のラインを突破されはしたが、まだ次の防衛線が残っている。

 熾天使の広範囲に及ぶスキルとLv.100の力量差によって、ようやくほんの一枚の戦線を乗り越えることができただけ。

 続く第二防衛ラインが待ち構えている上、第一で中央から分断された戦団が再編を終えてしまえば、そのまま連中に対する包囲陣は完成してしまうだろう。機動力のある騎兵による包囲戦術を使うまでもなく。

 怪しいのは、行軍の塊の中で比較的安全圏に控え、戦車の上に載せられながら進軍に随伴している三体だろうか。とくに、魔法詠唱者(マジックキャスター)の職種であれば、アインズやマーレのように広範囲を殲滅する魔法を行使することもありえる。魔力を出し惜しみしなければ、だが。

 

「他の天使たちに、彼女なみの広範囲殲滅スキルがあれば話は別だろうけ──ど……?」

 

 ユウゴは異母妹と同様、映像内の光景に困惑する。

 

「……あれ……は、どういうことだ?」

 

 王子の疑問する声は、おそらくこの光景を見る者──天使の澱以外の全員が懐いた言葉であった。

 天使の軍団が、整然と居並ぶ第二ラインのアンデッドたちの列を前にして、その編成を組み換えつつある。

 後方に控え、戦車に乗った仲間を護るがごとく密集し、側面と後方から襲い来るものを打ち払うように戦乙女(ワルキューレ)の残兵……およそ300~400の天使モンスターを布陣。

 ダムのごとく巨大な防壁には一点の蟻穴(ぎけつ)も穿てない行軍隊形。

 そして、その隊伍の内に、彼等の守るべき堕天使は、────組み込まれていない。

 

「ば、馬鹿な!」

「何を考えている?」

 

 カワウソは、襲い掛かり来る第二防衛線のアンデッド軍──死の騎士(デス・ナイト)死の騎兵(デス・キャバリエ)死の弓兵(デス・アーチャー)、騎馬のごとき魂喰らい(ソウルイーター)首無し馬(デュラハンホース)、空中に漂う蠢く疫病(リグル・ペスティレンス)上位死霊(ハイ・レイス)などの群れを目の前にして──

 

 ほぼ一人で突っ立っている。

 

 無論、その上空と背後には、ミカをはじめ彼のNPCたちが援護を飛ばせるように武器を構えているが、その距離は先ほど連携を続けていた乱戦時に比べ、明らかに離れすぎている。およそ二十メートルの空間が開かれていた。天使たちの能力であれば防御や強化などの魔法・スキルを飛ばすのには間に合う範囲だろうが、ここでそのように陣立てを組む意味とは。

 ありえない陣形である。

 総大将自らが先陣を、しかも単独で行くつもりか。軍事学の常識など、それら一切を無視している。ウィルディアをはじめ、親衛隊の皆も、愕然と堕天使たちの騎行ならぬ“奇行”に目を(みは)り、絶句するしかない。

 

「自決でもする気か…………いいや、違う」

 

 これは違うと速断する。

 ユウゴは、死の重騎兵団とも呼ぶべきものら──平原の園の先にある地を守護する横列に向かって、堕天使(カワウソ)が前へと進む姿を、見る。

 白い聖剣と黒い星球を両手に握り、たった一騎で──突撃。

 そんな主人に追いすがるがごとく、ミカたちも進軍を再開。

 堕天使の身に降り注ぐ天使たちの防御魔法や身体強化の力。

 

 

 

 その時だ。

 

 

 

 堕天使の頭上に、あの忌々しい『(10)』の文字が──

 死の支配者(オーバーロード)部隊を(ほふ)った──謎のスキルの前兆が現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




死の弓兵(デス・アーチャー)などは、原作には登場していない、独自設定のアンデッドモンスターです。
また、
今回の話で【無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)世界級(ワールド)アイテム】と記述されておりますが、原作書籍五巻P112で「世界一つに匹敵する価値がある」とイビルアイに語られているだけで、確定情報ではありません。また、その性能についても伝聞にすぎず不明瞭なものですので、拙作のそれはあくまで独自設定と独自解釈であるということを、ご留意ください。

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