オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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※この物語は、二次創作です。
 オリジナルの種族・職業・スキルなどが登場します。


復讐者

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.06

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 時を僅かに(さかのぼ)る。

 

 ギルド長の号令と共に、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)は突撃を開始。

 平原を黒々と染める戦列──ナザリックへと至る第一の防衛線を食い破りにかかる。

 中位アンデッドの大兵団の中心に、堕天使の率いるLv.100NPCと戦乙女(ワルキューレ)たちが突っ込んでいく。

 死の騎士(デス・ナイト)骸骨(スケルトン)の槍兵が、応戦するように突貫。

 堕天使の振るう神聖属性スキル“光輝の刃”が、負の存在たる連中を粉々に斬り砕いていった。

 

「カワウソ様を御守りせよ!」

 

 ミカの号令と共に、再び技後硬直を余儀なくされる堕天使に殺到する雑兵共を、ガブとウォフが殴り砕いて吹き飛ばす。

 彼女らの援護に構わず、カワウソは全く速度を抑えない。

 敵軍に空いた間隙を突くべく、疾走の姿勢を強固に保つ。

 一秒でも早く前進し、一秒でも多く距離を詰める。

 そのためには、前進あるのみ。

 

「よし」

 

 奔るカワウソは掌中の武器──白い刀身の全域に光輝が灯るのを確かめる。

 再び、周囲拡散型の攻撃“光輝の刃(シャイン・エッジ)Ⅴ”を繰り出す。

 だが、やはりカワウソが知っている通常のそれよりも、神聖属性の光は射程距離・効果範囲を減じられていると分かる。

 この平原は、ナザリック地下大墳墓を護る「戦域(フィールド)」だ。

 ならば、彼等にとって当然有利なエフェクトやアイテムが機能していても、まったく必然の措置でしかない。それ自体はすぐに納得を得られる。

 問題は、その状況への、的確な対応だ。

 ありとあらゆる「善」「悪」の属性値を無視させるなどの大魔法は、魔力消費が激しい。時間経過による自然回復魔力量で(まかな)える分を大幅に超えていた。それほどの魔法をこんな初期で使うのは得策でないことくらい、想像に難くない。

 だとすると有効な手段は。

 

「ガブ、ラファ、ウォフ、ナタ、タイシャ、前へ! 全員、殴打武器主体で戦え!」

 

 カワウソの号令に、殴打武器装備可能なNPCが武器を換装し、併用。戦乙女の歩兵らも、備え付けの鎚矛(メイス)をもう片方の手に取り出し、骸骨などの頭蓋を神聖属性つきの殴打攻撃で浄化。

 アンデッドのほとんどは、殴打攻撃への脆弱性を示すモンスター。例外は死霊(レイス)亡霊(ゴースト)などの非実体系統であるが、それらはとりあえず第一防衛線には存在を確認されていない。

 無論、連中もその程度の備えを用意してきているかもだが、すべての脆弱性を克服するというのは、ゲームの仕様上不可能なこと。

 それでも。Lv.100NPCは圧倒的なステータスの値で破砕してしまえる。死の騎士は、戦乙女の繰り出す殴打に数度ほど耐え抜いた。彼女たちのレベルもそれなりと考えるならば、死の騎士の特殊能力を考慮しても、たった二撃で決着はつくはず。あの、魔導国の紋章──ギルドサイン入りのマントなどに、殴打属性耐性を仕込んでいるという感じだろうか。

 カワウソは矢継ぎ早に指示を送る。

 

「ウリ! 炎属性魔法!」

 

 命じた瞬間、ウリは即座に魔法を詠唱する。

 

「我が裁きと劫滅の焔に伏して祈れ。〈聖炎の鎚撃(フレイム・ストライク)〉!」

 

『不必要な詠唱文を継ぎ足す』という設定どおりに魔法を杖から放出した、大天使(アークエンジェル)魔術師(メイジ)

 振り下ろされた杖の先から、天上の裁判官が振るうがごとき炎鎚が生じ、振るわれる杖と共に戦場を薙ぎ払う。

 戦車の座天使に乗車する彼が、突撃前に発動していた特殊技術(スキル)“炎属性攻撃力大強化”によって、たった一発分の魔法で魔法最強化(マキシマイズマジック)なみの範囲を焼却することになった魔法は、ウリの有する特性や装備によって、さらに広範囲を大火力で焼き払う手段に昇華されうる。

 おまけに、彼の足として機能する火を噴く戦車の形をした座天使の補助もあるので、抵抗突破も容易ときた。

 

「魔法攻撃は、どうやら有効……だが」

 

 しかし、それだとこちらの計画的には、痛手だ。

 まだナザリック内に踏み込んですらいないのに、魔力を消耗するような事態は避けねばならない。あるいはそれを狙って、意図的に魔法攻撃への防御対策を削ったか。

 ウリには、後衛部隊──“砂漠の風”を“砂漠の強風”に昇段させた巫女(マアト)と、補助の精霊を生み出せる踊り子(アプサラス)の護衛に専念させる。魔法の発動は自衛のためのものを、自然回復量で補える程度の消耗に抑えるように指定。

 その時、脳内に声が響く。

 

『こちらクピドだぁ!』

 

伝言(メッセージ)〉機能を有するアイテム──インカムを生やしたサングラスで目を覆う赤子の天使から、〈伝言(メッセージ)〉による交信が届く。

 

『御主人よぉ! ナタの火尖鎗(かせんそう)や、俺様の火炎放射器で一帯を焼き払うのは、どうだぁ?』

 

 後衛のさらに後ろ──殿軍(しんがり)を務めるクピドからの意見具申に、カワウソは首を横に振る。

 

「いいや。それらは使用回数が決まっている装備だ。こんな序盤で使うのは得策じゃあない」

 

 さらに言えば、それらを使ったとしても、せいぜいが十数体から百体のアンデッドを灰にする程度。これほどの暴威・数十万の軍を前にしてそれでは、あまりにも燃費が悪すぎる。第一、それらは対個人戦闘で威力を増幅する使い方を前提とした武装なため、ナタとクピドには広範囲を大量に、何よりも低コストで殲滅できる武装で戦わせた方が望ましい。

 

「作戦は予定通り。ナタは如意神珍鉄(にょいしんちんてつ)の巨大化で、クピドはミニガンの掃射で、アンデッドの軍団を吹き飛ばせ」

 

 如意神珍鉄の、振り回すことによる巨大化は、単純に効果範囲と威力を増幅させる基本機能。おまけに杖は殴打属性の武装である為、対アンデッドへの性能はピカイチときている。火尖鎗(かせんそう)を使うよりも広範囲を掃討できるのも強みだ。

 火炎放射器は、一回の使用で消費する魔法の“燃料タンク”が割と高額かつ素材もそれなりに貴重であるため、あまり大量にはストックできていない。なので、比較的安価で拠点内生産可能な“弾薬”の方が、まだコストは抑えられる計算となる。

『了解だぁ』の一言で、クピドとの繋がりは途切れる。

 カワウソは前進しながらも、こちらに突撃してくる死の騎士三体を左手の星球で舞い踊るように粉砕しつつ、右手に剣を持ったまま、上空を進む天使を呼ぶ。

 

「〈伝言(メッセージ)〉──ミカ」

『はい』

「進軍方向は、変わりないな?」

 

 なにぶん、敵の数が膨大すぎる。

 敵を破砕しながら蹂躙しながら進んではいるが、ふと、方向はこちらでいいのだろうかという疑念が付きまとう。カワウソたちは目印になるようなものが見えているわけではない。カワウソの装備する指輪の中には、目的地・目標物への進行方向を指し示す魔法のそれがあるが、この平原では使えないようだ。探索役として優秀なマアトは、現在後衛に下がっている上、“砂漠の風”系統スキル発動中、彼女は魔法が使えないので、いちいち確認させることもままならない。

 なので観測手役は、NPCのなかでもズバ抜けた実力を誇る隊長──指揮官系統職も有している、上空を飛び続けるミカに頼むしかない。そんなミカを打ち落とそうと矢雨や魔法が打ちかけられるが、彼女の回避や防御で、その六枚羽根には傷ひとつ通らないのに加え、空からの“光輝の刃Ⅳ”や〈聖なる極撃(ホーリースマイト)〉で逆襲されるだけの結果しか生じていない。

 ミカは声のみで冷然と告げる。

 

『そのまま直進してください。方向修正時は、こ ち ら か ら、適時連絡をしやがりますので。……カワウソ様は目の前の敵に集中しやがってください』

「ああ。頼んだ。──それと、そろそろ“断罪”を使ってもらう。これ以上、敵の包囲が増したら、行軍どころの話じゃないからな」

『──了解』

 

 ミカとの連絡を断ち切る。

 カワウソは襲い掛かる敵軍を相手に神聖属性攻撃やスキルで打ち払い、その都度襲われる技後硬直のスキを、他のLv.100NPCとの絶妙な連携で、どうにかこうにか繋いでもらいながら、なんとか進撃を続けてきた。が──さすがに、相手の量が過剰に過ぎた。

 回避行動で前転や宙返りを繰り返すと、どちらが進むべき方角なのか、簡単に見失ってしまうほどの、大群にして大軍の只中にある。どこを見ても同じアンデッドの葬列が雁首ならべてカワウソ達に猛進してくる光景では無理もない。まるで無限に押し寄せてくる黒波を懸命に蹴とばして押し留めようとする作業にも思えて、地味にキツい。何よりNPCたちは乱戦によって、多少ながらダメージヒットを被りつつある。彼等の性能なら今すぐどうなるわけでもないだろうが、ナザリックから立ち上っているらしい黒いオーラが、ここいるアンデッドの攻撃に強化(バフ)を施し、天使の肉体へ負荷(デバフ)をかけ続けているという戦況──

 この状況を打開するには、ひといきにこの軍団を掃除する手段に訴えるしか、ない。

 カワウソはすでに〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉で超位魔法一発を発動しており、リキャストタイム終了まで次の超位魔法は打てない。魔力や回数制限付きスキルは温存せねばならないため──この状況をどうにかできる手は限られてくる。

 NPCたちの中で、対アンデッドに長じている女熾天使──ミカの特殊技術(スキル)

 地を掘る骸骨(アンダーテイカー・スケルトン)の妨害や、死の弓兵(デス・アーチャー)などの加勢が加わったのを見計らい、カワウソは吼える。

 

「──とまれ!」

 

 堕天使の号令を理解した途端、NPCたち全員がその場で足を止める。召喚モンスターも召喚主の意志に従って行動。

 敵が罠へと一体でも多く入り込むタイミングで、“熾天の断罪”が文字通りの「光速」で、戦野を白く染め上げた。

 カワウソの目前で振り下ろされたフランベルジュがボロクズのように(ほつ)れ、よくできた砂像が水を浴びて崩れるよりも速く、その暗黒の形状を閃光の中で崩壊させていく。

 

「すすめ!」

 

 無人となった平原の緑野を突き進む。

 勢い込んで殺到する天使の澱は、熾天使のスキルであけられた穴を埋めようと、猛進。そこへ、敵のアンデッド軍がほぼ全方位から雪崩(なだ)れ込んでくる様相を呈していた。

 カワウソは効きにくいとわかっていても、聖騎士の攻撃スキルを聖剣に通す。

 

 聖騎士(ホーリーナイト)の基本的な攻撃スキル“光輝の刃(シャイン・エッジ)”……悪属性への威力増幅効果を有する聖なる攻撃は、基本回数としては「無限」に発動できる特殊技術(スキル)である。が、その直後には一秒程度の肉体停止時間と、最大九秒程度の次発装填……つまり、同じスキルを放つまでに必要な冷却時間を必須とする“弱点”が存在している(プラスして、善・中立属性にはそこまで有効な攻撃手段たり得ないので、基本的にはアンデッドや悪魔への特効攻撃にしか使えない)。その冷却時間は“Ⅰ”であれば握る武装を輝かせる程度で発動可能。最大である“Ⅴ”になると、まばゆいばかりの光輝を発するようになるという、実にゲームらしい仕様で判別できる。

 さらに言うと。人間種など普通に状態異常へ罹患する存在は、使えば使うほど「疲労」を蓄積していくため、疲労対策も講じておくのは常識。ちなみに、カワウソは耳……装備部位としては顔面に装備している“維持する耳飾り(イヤリング・オブ・サステナンス)”で、ある程度は疲労を抑えることが可能になっている。

 

 この攻撃スキル以上の代物は、軒並み一日の上限回数が設定されている。この平原で使いきってしまっては意味がない。ミカの使う“熾天の断罪”についても同様であるが、彼女が“断罪”をここで使い切っても問題ないとカワウソは判断している。そのように判断して当然な“理由”を、ミカは与えられているのだ。

 今のこれは、カワウソ達にとっては前哨戦に過ぎない。余力を残してナザリックにたどり着けなければ、おそらくどうしようもなくなるだろう。

 

(この世界級(ワールド)アイテム──)

 

 カワウソは頭上に装備されている──装備せざるを得ない、呪われた赤黒い円環を意識してしまう。

 これを使えば、この前哨戦をクリアすることは簡単だろう。

 ──だが、まだだ。

 まだ使っていいタイミングとは言えない。

 状況がどれほどに不利だとわかっていても、カワウソは簡単にこれを使う気が起きなかった。

 しかし、この異世界でなら。

 

「おっと」

 

 かつてユグドラシルでこれを使ったときのことを思い出す内に、敵への迎撃が(おろそ)かになりかける。

 輝く光の攻撃の中を、効果時間中にもかかわらず猛進してきた者──与えられた装備類で完全完璧に神聖属性を無効化してきた隊長騎らしき騎士が、特攻。そんなアンデッドを、カワウソは黒い足甲の回し蹴りで砕いて踏み越える。トドメは後続していた戦乙女の騎兵列が轢殺するのに任せた。

 

 カワウソの予想に反して、天使の澱の快進撃が続く。

 予期していた“最悪の布陣”──最大Lv.90台になる上位アンデッドの大群や、墳墓の拠点内にいるはずの高レベルモンスターが、一騎一体も姿を現さない。

 大陸にて君臨する「六大君主」──階層守護者であるLv.100NPCとも、会敵していない。

 何故だ?

 力の温存か?

 それとも別の切り札が?

 もしくは、魔導王や守護者たちは出払っている?

 深く考えても答えは得られない。カワウソたちは、ただ進むしかないのだ。

 前へ。前へ。ただひたすらに──前へ。

 あの第八階層を目指し、前進あるのみ。

 

 その間にも、ミカ、イスラ、ウォフたち指揮官職NPCの的確な指示がとぶ。

 

戦乙女(ワルキューレ)騎兵隊、突撃。弓兵隊、援護射撃」

「────タイシャ、ナタ、突出しすぎ。皆と足並みをそろえて」

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)三体同時召喚ー。〈聖なる極撃(ホーリースマイト)〉を放てー」

戦乙女(ワルキューレ)聖術団、〈聖なる光線(ホーリーレイ)〉一斉射」

「────一角獣(ユニコーン)鳳凰(ほうおう)。ガブとラファの盾を」

「うーんー。強化してもやっぱり三発までしか打てないかー。三体ともー、おつかれー」

 

 ウォフによって作成された、王笏を握る威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が、通常召喚時間よりも早い消滅を余儀なくされていた。

 三体が繰り出す三本の光の柱じみた魔法が三発ほど戦場に降り注いだが、何せ主天使(ドミニオン)程度の火力と耐久力では、このフィールドで運用し続けるのは難しい。一日の天使作成スキル回数を浪費するだけに終わる。ただでさえ過剰な絶望のオーラに支配されているらしい(堕天使はオーラを視認できない)環境下では、生半可なモンスターでは弱体化を免れない。そこへ敵の魔法使い(エルダーリッチ)弓兵(アーチャー)による集中射撃を受ければ、どんなに良くても数発の魔法を撃つのが限界となっている。いかにウォフの職種・召喚師(サモナー)が誇る強化を施しても、それに勝る規模での弱体化と雑兵の手数には、辟易(へきえき)するしかない。

 指揮官たるNPCたちは嘆息を吐き漏らした。

 

「チッ。次から次へと」

「────まだまだ、先は長いよ」

「もっと前へ率先して出た方がいいかなー?」

 

 戦乙女らの獅子奮迅の猛攻と犠牲によって、天使の澱は一定の陣を布くことができている。

 四方から襲い掛かる敵を掃滅する手段を無数に持つLv.100NPCであるが、そのほとんどは回数制限付きや、魔力の消費を大前提としたものばかり。基本的に、雑兵たちの足を止めさせ、カワウソの前進を援護できているのは、彼が召喚した戦乙女らの騎行によるところもある。

 数を頼みとしている戦乙女たちは、カワウソやミカ、イスラやウォフの保有する指揮官系“自軍強化”スキルや、クピドの「格納庫」より無数に貸し与えられる配給品類の効能によって、戦乙女部隊500騎すべてが、かなり大幅な増強効果を施されている。下位や中位アンデッドの群れに後れを取ることは、ほぼない。

 ないのだが──

 

「本当に、……多すぎる」

 

 カワウソがぼやくのも無理はない。

 概算して万単位にも及ぶアンデッドの群れが、天使隊と戦乙女の軍勢を飲み込む津波のように押し寄せてきている。500対「数十万」──その差は歴然としすぎている。

 カワウソたちは攻撃を繰り出し、適時において防御し、魔法や特殊技術で広範囲に犇めくアンデッドの暗黒に染まる怒濤の暴力に風穴を開け続ける。

 ミカの光輝く剣で掃滅され、

 ガブの鉄拳で吹き飛ばされ、

 ラファの樹杖で浄め滅ぼされ、

 ウリの範囲爆撃で焼き払われ、

 イズラの鋼線で胴体や首を断たれ、

 イスラの聖獣で貫き殺され吞み込まれ、

 ウォフの槌矛で突貫した集団は打ち返され、

 タイシャの雷撃で木っ端のごとく黒焦げにされ、

 ナタの剣の群れで貫かれ薙ぎ払われ蹂躙にさらされ、

 マアトの砂塵で前後不覚に陥る瞬間に砂塵へと変換され、

 アプサラスの鍛冶錬鉄用大鎚で下にある地盤ごと砕き折られ、

 クピドの握った銃火器の砲火で破壊され暴虐され撃滅され殲滅され、

 

 ──しかし、それでも、アンデッドは次から次へと攻め寄せる。

 

「キリがない」

 

 走っては攻撃し、また走りながら呟くカワウソに、傍らで世界樹の槌矛(メイス・オブ・ユグドラシル)を振るう天使が頷く。

 

「こちらの消耗は、僅かもありませんがー?」

 

 旧ギルドの副長が握っていた武器を携えながら告げるウォフに対し、カワウソは首を振る。

 

「これじゃあ、本気で……日が暮れちまうな」

 

 行軍速度は目に見えて減退の一途を辿っている。

 これは仕方ない。連中は四方八方、全周囲全空域──さらには地下空間から、何も恐れることなく突貫してくるのだ。召喚モンスターである戦乙女たちも死や消滅への恐怖など存在しない様子なのは一緒だが、何しろ数の差が圧倒的すぎる。いくらこちらが強さ(レベル)で優位に立とうとも、繰り出される攻撃のすべてを払い除けることは不可能。間断なく攻め寄せるアンデッドの群れは脅威そのものだ。たとえば毎秒、僅か10ダメージ分の攻撃しか通らないと仮定しても、それが100や1000や10000ほど積み重なれば、余裕で体力の底が見えるというもの。事実、戦乙女(ワルキューレ)たちは確実に落伍者が生じていた。

 

 なるべくなら、魔力(MP)を消耗する魔法や、一日の上限回数がある特殊技術(スキル)は使いたくない。

 だが、しかし、これでは(らち)が明かない。

 

「“幻影の拳(ファントム・フィスト)”!」

「〈上位(グレーター)善の波動(ホーリーオーラ)〉」

「我が太陽の涙と、暁の野花に接吻せよ。〈大爆撃(グレーター・エクスプロード)〉!」

「“足吊り”、“手吊り”、“首吊り”」

「────〈全体(マス)軽傷治癒(ライトヒーリング)〉」

「“破軍の征服者(コンクエスター・オブ・デストロイ)”ー」

「“雷精霊召喚”」

「はは!! “剣の舞”!!」

「さ……“砂漠の烈風”」

「効果限界時間ね──もう一度、〈鍛冶師の祝福(ブレス・オブ・スミス)〉♪」

「ちぃ。弾切れかぁ。“二番格納庫”開放ぉ」

 

 戦局は、逼迫(ひっぱく)するという程度ではない。

 だが、この次に待ち受けるものを考えると、焦りが堕天使の額を濡らし始める。

 

「ミカ。作戦を次の展開に──とりあえず、今の包囲を突破する」

『了解』

 

 軍総司令官(コンスタブル)の職を有する熾天使は頷き、アンデッド共を掃滅するべく躍進。

 六翼で蒼穹を翔ける女天使は、射程と威力の落ちた聖騎士のスキル“光輝の刃”ではなく、“熾天の断罪”を撃ち尽くす。

 あの広範囲に及ぶ特殊技術(スキル)は、天使種族のそれであり、彼女は“とある種族”の特性によって、天使種族スキルを強化した状態で展開・使用することを可能にしている。いかにここがアンデッドたちに有利なフィールドだろうとお構いなしに、もともとの効果範囲を焼き払うことは造作もなく行えるのだ。

 そうして、解放された行軍路をカワウソ達は勇躍。

 左右から攻め寄せる残敵をナタとタイシャが広範囲を薙ぎ払うアイテム──“如意神珍鉄”と“インドラの独鈷(どっこ)”を展開して寄せ付けず、打ちもらしは他のNPCや戦乙女たちに狩り尽くされる。

 

「よし」

 

 カワウソは安堵感から武器を握る力を緩める。

 緊張しっぱなしだった心臓の鼓動を、わずかながらに鎮めた。

 敵の追撃は途絶え、アンデッドたちは見る間に天使の軍勢から離脱していく。

 だが、それは恐怖からの逃散ではない。あくまで軍事展開上での一時的な後退──崩壊した戦線と部隊を再編するために必要な軍事行動の一環に過ぎないと、天空からカワウソの傍に降り立った熾天使・ミカが教えてくれる。

 

「急がれた方がいいでしょう。連中が編成を終えれば、確実に我等を背後から包囲する軍団となります」

「ああ」

 

 カワウソ達の見据える先には、二つ目の防衛線が見て取れる。

 漆黒の葬列は、重騎兵とも言うべきアンデッドを主体とした陣容である。

 黒い一角獣に跨る死の騎兵(デス・キャバリエ)の他に、魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗する死の騎士(デス・ナイト)首無し馬(デュラハンホース)を乗りこなす死の弓兵(デス・アーチャー)。他にも騎兵の補助として配置された骸骨(スケルトン)たちが槍と剣を携えていた。地上だけではなく、伝染病として「病気(ディシーズ)」の状態異常を振り撒く蠢く疫病(リグル・ペスティレンス)や、三つの影の混じり合う姿を見たものに「恐怖(フィアー)」をもたらす上位死霊(ハイレイス)などが群れをなし、空中を濃霧のように漂っていた。おそらく、先ほどの地を掘る骸骨(アンダーテイカー・スケルトン)と同様、地下にも何か潜んでいるとみて間違いない。さて、何が出てくるのやら。

 

「ミカ、陣立てを」

「布陣完了しております」

 

 驚いて振り返れば、作戦通りの行軍隊形をとったNPCたちが微笑んでいた。

 一秒でも時間が惜しい状態で、ミカたちは入念に整えておいた作戦工程通りに事を運んでくれる。

 カワウソは笑みをこぼすしかない。

 

「ありがとな。じゃあ、ここは“俺一人”でやる」

「…………くれぐれも用心してください。我々も、可能な限りの支援を行いますが」

 

 多くを言わせることなく、カワウソは一人きり、前へと進む。

 一分一秒も時間が惜しい──せっかくミカたちNPCが作ってくれた時間的猶予を、おしゃべりに興じて潰すのは不誠実に思えた。

 ミカが追いすがるように声をかける気配がしたが、それも六翼の羽ばたきに変わる。

 

「さて」

 

 手頃な位置で歩みを止めたカワウソは、深呼吸をひとつ。

 震える気道に肺を満たす酸素が殺到する。吸って吐いてを三回ほど繰り返す。最後の一回だけ、強く大きく行う。体の底にある燃料が燃え滾るような熱量を生む。

 心の中で「よし」と頷く。

 瞬間、右手の聖剣と左手の星球を強く握り、──また、突撃。

 堕天使の黒く輝く足甲が、魔獣よりも早い疾走を可能にしてくれる。

 見る間に迫ってくる漆黒の騎兵集団が、応じるように突っ込んできた。

 カワウソは──ほくそ笑む。

 射かけられる弩や、何処からか降り注ぐ火球と雷撃と氷柱の雨をかいくぐり、前進。

 

「“復讐者(アベンジャー)”スキル──」

 

 向こうから寄せて来てくれる分、こちらは発動条件を整える時間を短縮できる上、敵はあろうことか騎兵スタイル。つまり、ひとつところに、二体の敵が重なっているということ。

 これを利用しない手はない。

 

 

「“OVER(オーバー) LIMIT(リミット)”」

 

 

 特殊技術(スキル)を発動した堕天使の赤黒い円環の上に、イズラ救命の時に実験していた特殊技術(スキル)兆候(エフェクト)──ローマ数字の『(10)』──が、火のように、血のように、赤く紅く、灯る。

 

 

 

 

 

 カワウソの保有する──異世界に転移した後は消えたように見える──ギルド崩壊経験者が戴く『敗者の烙印』というもの。

 その烙印を持つプレイヤーが、『とある条件』を満たすことで取得する職業(クラス)──“復讐者(アベンジャー)”。

 

 ……『敗者の烙印』由来の特殊クラス──“復讐者(アベンジャー)”の取得条件。

 

 一、ギルド崩壊の証『敗者の烙印』を押されていること。

 二、種族レベルを一定数、新たに獲得すること。

  (例:人間→異形種、悪魔→上位悪魔、熾天使→堕天使など)

 三、その状態で、“『敗者の烙印』を押されることになった土地(エリア)や施設”に、規定回数以上戦闘へ赴く=「復讐へ何度もいく」こと(カワウソの場合、グレンデラ沼地・ナザリック地下大墳墓への挑戦が該当)。

 

 ──つまり、この復讐者のレベルという代物は、ゲームではありえないような行為・ゲーム内での「復讐行為」というロールプレイを達成したプレイヤーに授与されるものであるということ。

 れっきとした敗北者の証を押されながらゲームを続け、復讐の意志を遂行するために必要な転生・レベルアップを行い、あまつさえ、幾度も同じ土地や施設──カワウソが挑んだ、難攻不落をもって鳴るギルド拠点に戦いを挑み続けるというプレイスタイルは、ほとんどのプレイヤーには理解しがたい蛮行でしかない。そんなことに貴重な時間と労力とアイテムなどを消費するくらいであれば、不名誉でウザったい『敗者の烙印』を消去し、仲間や友人たちと他のイベントやクエストに挑んだりした方が、まだ健全的かつ遊興的な行動だと判断できて当然である。

 なので。この復讐者のプレイスタイルは、ユグドラシルの歴史上、ひとりのプレイヤーしか続けることができなかった奇行に他ならない。『敗者の烙印』を押されるプレイヤーは数多くいても、その状態で人間から面倒の多い異形種に転生したり、ひとつの“敵”に向かって驀進し続けるような行為が、特殊な職業レベル獲得に必要だと、いったい誰に予測できるものであろうか。そんな野蛮なプレイスタイルを遂行することよりも、尚多くの未知が眠るゲーム世界へ探求の手を伸ばすことを優先して然るべきと、誰だって簡単に理解できる。敵対者への報復など、せいぜい一度か二度ほど挑む程度。実力差がある敵に何十回も挑み続けるような執念を燃やしてまでゲームにのめり込むなど、余裕で狂人の域に達しているといえる。

 

 だからこそ。

 カワウソは、あのユグドラシルで、おそらくただ一人の“復讐者”と成り果てた。

 復讐者のみが信仰することを許される神「復讐の女神(ネメシス)」への隷属を可能にした。

 

 そして、復讐者の職業(クラス)スキルの数は、最大レベル15に至るまでに、ただ四つのみ。

 カワウソは、この内の二つを取得している。

 その二つの内の、ひとつ。

 Lv.5で取得した、復讐者の第二特殊技術(スキル)を──発動。

 

 その特殊技術(スキル)の名は“OVER(オーバー) LIMIT(リミット)”。

 

 瞬間、カワウソの頭上の空間に、ローマ数字のⅩ──10カウントを示すエフェクトが現れた。

 

 

 

 

 

『オオオァァァアアアアアアア──!』

「──くはッ!!」

 

 堕天使は(わら)う。

 最前を(はし)り咆哮を奏でる騎手に跳びかかる復讐者(カワウソ)は、両手にある神聖属性武器──聖剣と星球で、アンデッドを一体一体、斬り殺して砕き滅ぼす。死の騎士(デス・ナイト)の頭蓋を黒色金剛石(ブラックダイヤモンド)の星球を浴びせて兜ごと弾き潰し、ついで魂喰らい(ソウルイーター)の騎首を神器級(ゴッズ)装備の刃でギロチンのごとく両断してみせる。

 HP1を残す頭のない騎士を、続けざまに星球の二撃目でブッ飛ばした。

 

 すると、Ⅹ……10カウントが(09)(08)と、徐々に減っていく。

 

 頭上のカウントは、スキル発動に必要な条件──「犠牲(いけにえ)の数」に他ならない。

 

 続く死の騎兵(デス・キャバリエ)突撃(チャージ)を黒い足甲で騎馬ごと蹴り砕いて、馬の首に武装が当たることを気にせずに矢を装填し射撃可能なスタイルをあらわす死の弓兵(デス・アーチャー)首無し馬(デュラハンホース)の弓騎兵を打擲し割断していく。

 

 (07)(06)(05)──

 

 雑魚アンデッドを、魔法や特殊技術(スキル)によらない、カワウソの直接攻撃で屠り続ける。

 物理攻撃が通用しない非実体の相手は、回避一択。ゲームで馴染んだ戦闘を思い出すたびに、笑い続けるカワウソの五体は十分な戦闘行動を可能にしていた。背後や上空に控えるミカたちNPCのバックアップ──遠距離支援射撃や強化の魔法によって、天使の澱のギルド長は、完全に護られている。

 

 (04)(03)(02)──

 

 そうして、最後のカウント──(01)──が、骸骨の槍兵を貫き抉り殺すと同時に、消滅……

 

 

 

 

 

 瞬間──世界が、鮮血の赤に、染まる。

 

 カワウソという復讐者の周囲にいた五十体のアンデッドモンスターの軍勢が、彼等にはありえないはずの生命の色──“血しぶき”をあげて、一斉に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

 そうして──

 

「次」

 

 呟く堕天使の頭上に、再び“OVER LIMIT”の──「Ⅹ」の一文字が浮かび上がる。

 

 復讐者は止まらない。

 復讐者は一路、ナザリック地下大墳墓──第八階層“荒野”を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 以前、第五章の「敵対 -4」のあとがきでもお伝えしましたが、

 本作『天使の澱』はWeb版「設定」で語られる“敗者の烙印が無ければなれないクラス”が登場しております。それに伴い、“烙印の形は「×印」”“獲得にはさらに特殊条件”“獲得するクラスの名は「復讐者(アベンジャー)」”“職業由来の種族レベル”などを独自設定・独自解釈として組み込んでおります。

 これらの設定は、原作とは著しく異なる可能性がございますので、あしからず。




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