オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病
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降臨

/Go to the Underground large grave of Nazarick …vol.07

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 アインズは眼球のない眼窩、その奥にある火の瞳を瞠目させる。

 それほどの光景が、そうさせるに足りる驚愕が、彼の存在しない脳髄に刻まれたのだ。

 

「あれは、生産都市地下で、ソリュシャンたちが撮影してくれていた、あの特殊技術(スキル)で、ほぼ確定的だな」

 

 驚くべきことだが。

 不死身のはずのアンデッドたちが、朽ちかけながら動く死者たちが、血など全く通っていないモンスターの群れが、瞬きの内に鮮血を吹き出し(・・・・・・・)、細切れに斬り刻まれた。数にして一度に50のアンデッドが死んだ(・・・)

 即死耐性を備えているはずの(・・・・・・・・・・・・・)不死体であるアンデッドが(・・・・・・・・・・・・)、“即死”。

 堕天使の周囲一帯の領域にあった者すべてが、動力源を失った機械のように壊れ、滅んだ。

 堕天使は起こった現象に躊躇し逡巡することもなく、前進。

 遅れて天使たちが草原に散る鮮血と死骸を踏み超え、勇躍。

 

「生産都市の映像でも見たが、何らかの……範囲攻撃系の特殊技術(スキル)、か? ツアーが言っていた世界級(ワールド)アイテム──頭上の円環の効果……ではないな。あの円環には、特に変化がないからな……」

 

 世界級(ワールド)アイテムの発動ではないということか。

 というか、あの鮮血は、いったい?

 吸血鬼の“鮮血の貯蔵庫(ブラッド・プール)”などとは勝手が違う。

 特殊技術(スキル)のエフェクトにしても、少々派手すぎる。

 生産都市地下に残された大量のそれを採取・研究した限り、何らかの“血”であることは確実だが、何の血なのかは未だに不明である。

 あんな現象がゲームで、ユグドラシルで確認された情報は、アインズの知る限り……つまり、ナザリック地下大墳墓の情報量をもってしても、「骸骨系や非実体系アンデッドを、流血させながら殺すスキル」など、ありえない。

 

「アインズ様」

 

 危惧の色を双眸の黄金に宿す最王妃が、意見具申の許可を求める。

 

「どうした、アルベド」

「はい。あの堕天使は危険です。我々の想定以上に」

「うむ。だが」

「即死耐性を種族特性によって獲得している御身のアンデッドを、一撃のスキルで抹殺し尽くす力など」

「──この“俺”(アインズ・ウール・ゴウン)ですら、即死されるかもしれないと?」

 

 アルベドの警戒は当然極まる。

 なので、妻たる最王妃は臆することなく、そんな可能性を確実に完全に消滅させるだろう戦力投入を申し立てる。

 

「第八階層の“あれら”をあげて、即時、あの堕天使を殺戮すべきかと」

 

 見渡せば、他の王妃や守護者、戦闘メイド(プレアデス)にしても、アインズが展開した第二防衛線の重騎兵団を掃滅した堕天使への憤懣と憎悪“以上”に、アンデッドを一撃死した(カワウソ)への警戒心と苛虐心を懐いていた。

 アインズ以外の誰もが思っているようだ。

 ──もはや、アレが生きているだけでも不快極まる。

 アインズの製造したアンデッドを殺し屠る不遜なプレイヤーの息の根を、可能であれば自らの手で……そういう覚悟がピリピリと玉座の間の空気を張り詰めさせていた。

 

「案ずるな、おまえたち」アインズ・ウール・ゴウンは悠々と、玉座に腰かけたまま、微笑む。「この“私”、アインズ・ウール・ゴウンに敗北はない」

 

 常日頃から皆へ言い聞かせている、矜持に満ち満ちた言の葉。

 ユグドラシルの、1500人全滅という“伝説”のみならず、100年の長きに渡って、勝利者として、支配者として、絶対者として、この名は大陸世界に轟き続けてきた“実績”を誇っている。

 アインズは歌うように言い聞かせる。

 

「まぁ。確かに警戒に値する即死スキルであるようだが、所詮は50体のモンスターを殲滅させただけ。あの大軍に対して、そこまでの実行力は──」

 

 言いかけた言葉を、アインズは呑みこんだ。

 カワウソの発動してみせた特殊技術(スキル)は、あれだけの範囲に効果を及ぼした以上、冷却時間(リキャストタイム)も相応に要求されるものと推測。あれが、アインズの誇る切り札、エクリプスの職業のごとき特殊なレベルによるものであったりすれば、それ相応の弱点は存在しているもの。ユグドラシルではそういったバランス調整は必須と言えた。なので、しばらくは警戒する必要はないと思えた。後陣に下がらせていた天使隊は、同士討ちの巻き添えを恐れたが故の布陣だったようだ。再び、天使隊に護られながら前進するのを、アンデッド軍で消耗させ続ければよいだけ──そう思考していた。

 だが、新たな重騎兵団へ飛び込む堕天使の姿に、アインズは絶句する。

 

「……そんな、まさか──」

 

 走るカワウソの赤黒い円環の上。そこには先ほどと同じ「(10)」の徴候(しるし)が、浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 復讐者の第二特殊技術(スキル)──“OVER LIMIT”。

 このスキルの再使用にかかるまでの時間は、確かに設定されていたが、それはたった“一秒”程度。

 しかも、カワウソは技後硬直すらない。

 躍進を続ける堕天使は、鮮血をこぼし横たわるアンデッドの残骸を踏み超え、新たな騎兵を狩り始める。

 

「はッ!」

 

 笑いながら敵を殺すたびに、頭上のカウントが犠牲(いけにえ)の数を満たしていく。

 (10)(09)に、(09)(08)に……そのカウント数を減らしていった。

 無論、アインズ・ウール・ゴウンとナザリックの強化を受けるアンデッドたちも、ただやられるだけではない。跳びかかってくる堕天使の急所めがけて武器を差し向け、馬蹄の一撃にかけてみせようと果敢に挑み続けるが、いかに脆弱な堕天使であろうとも、Lv.100プレイヤーの速度は、中位アンデッドのそれを超過して余りある次元。偶発的にヒットダメージを与えようにも、彼等では堕天使の影すら踏むことができない。

 偶然にも、カワウソの鎧の端にヒットしかけた攻撃があっても、後続の陣から援護射撃と防御や強化を飛ばし続けるLv.100NPCたちがいる。ミカの手より生じ、味方を防御する光の盾をもたらす「防御役(タンク)」の特殊技術(スキル)──ナタの展開する“浮遊分裂刃”Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳの刃列がアンデッドの剣を槍を斧を鏃を弾いて切断──ガブの身体強化が──ラファの悪属性防御が──ウリの火球が──イズラの鋼線が──イスラの小型召喚獣が──ウリの自軍強化が──タイシャの速度向上魔法が──マアトの砂塵が──アプサラスの召喚精霊が──クピドの狙撃銃から放たれる魔法弾が──主人たる堕天使の周囲を守護すべく、殺到。主人の肉体に降りかかる脅威……全周から襲来する不死者の魔剣や黒鉄の鏃、範囲攻撃の魔法など、何もかもをすべて無に帰していく。無論、主人が殺す分のアンデッドを完全に残して。

 カワウソは敵陣深くに突撃しながらも、自分の生み出したNPCたちによって守護され続けていた。そんな堕天使の守護者たちを、カワウソの召喚していた戦乙女たちが護るように行軍。

 

 そうして、

 

「ラストッ!!」

 

 短く吼えた堕天使の戴く真紅のエフェクトが、(01)を刻み、消える。

 頭頂を斬撃と殴打に連撃され殺された死の騎士(デス・ナイト)──その騎馬、その周囲にいたアンデッドすべてが、即滅。

 溢れかえる血の真紅。

 大量に零れるのは屠殺場のごとき鮮血の音色。

 まるで見えない凶手に、不可知の刃に、吹き荒ぶ剣の嵐に、その身を撫でられ抉り斬られたがごとき、死の炸裂。

 骸骨は勿論、腐肉や霊体に通うはずのない生の色が、平原の野を真っ赤に染める。

 その惨劇の光景は、おおよそ先ほどの惨殺の事象と同じように見える。

 だが、実際は、先ほどよりも“より多くの数”が、今の一撃で死に絶えていた。

 

 堕天使はまたも鮮血の屠殺場を踏み超える。

 その頭上に、この地で三度目となる「(10)」のエフェクトを浮かび上がらせて。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 アインズの予想に反して、堕天使のスキルには冷却時間などは存在しないように見える。

 

「──ふむ」

 

 その事実を前にして、「何故だ」「ありえん」「チートかよ」と罵詈雑言を吐き散らすほど、アンデッドという種族は感情的にはならない(いや、それも場合によるが)。

 起こる現象をすべて事実として認め、冷徹に、冷酷に、敵の能力を正確に検証していくのみ。

 

「40……45……50」

 

 アインズは、まったく冷静に、カワウソが発現し顕現せしめた戦果──二度目のスキルで殺し尽くした雑兵の数を、数える。

 

「51──52…………59──60」

 

 嫌な予感が、存在しない臓腑を重くする。気の弱い人物なら失神してもいい大量の流血など気にもならないが、とてつもなく不吉な、“ある仮説”をアインズは頭蓋骨の内に構築していかねばならない。

 それでも。

 アインズは映像の中の光景を冷徹に見据え、その現象の実態を、正確に、完璧に、そして瞬間的に把握していく。

 

「70……80……90……──100だと?」

 

 計算に誤りがないか確認すべく、二人の守護者を呼ぶ。

 

「アルベド」

「私の数えた堕天使が殺害せしめた兵数は、同じく100体になります」

「デミウルゴス」

「同じく。御身のアンデッド100体が殺されたものと、計上できます」

 

 見れば、シャルティアやコキュートスたちも、頷きを返していた。

 先ほどの一撃よりも多い“倍の数”が殺されたことを確認していた。

 数え間違いや錯覚幻術の類では、ない。

 

「アンデッドを大量に即死させる能力……か?」

 

 あるいは、即死耐性や即死無効化を突破する能力と見るべきか。

 そうして予想を組み立てていく内にも、堕天使は重騎兵たちを屠殺し──

 

「──また増えた」

 

 10カウントが消滅し、0となった瞬間に、その周囲にいた不死の魔軍は、流血の末の戦死を遂げた。

 

「三度目の発動で、150体を殺戮」

「まさか、あの特殊技術(スキル)は──」

 

 アルベドとデミウルゴスが、苦い虫を歯の上に感じながらも、それがまったく噛み切れないような表情で、語気を荒げていく。

 アインズは、ナザリックの智者たる大宰相と大参謀が打ち立てた仮説に頷くしかない。それはまさに、アインズ自身も構築しつつある仮定そのものであった。

 カワウソは四回目の「Ⅹ」のカウントを、順調に減らしていく。

 そして今度は、200体のアンデッドの重騎兵団構成体が──即死。

 

 続けざまに、堕天使の頭上には、五つ目の「Ⅹ」が。

 カワウソは、己の周囲に存在する全てを鏖殺(おうさつ)していく。

 

「対集団戦用の……対軍スキルだとでも言うのか? ……ふ、ふふふ!」

 

 アインズが何故(なにゆえ)か微笑む先で、堕天使の周囲にいた大量の騎兵──250体のアンデッドが、ついえた。

 (おびただ)しい鮮血が、平原の野に血の雨となって注がれ、堕天使はそれらを一顧だにせず、猛進。

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「次!」

 

 六回目のスキルを発動する。

 漆黒の鎧“欲望(ディザイア)”をはじめ、自分の身体や装備に降りかかる鮮血の雨を、カワウソは一切頓着することなく突き進む。“第二天(ラキア)”の足甲が発揮する速度で振り落ちる血粉(けっぷん)を背後に残し、堕天使は血に飢えた猛禽のごとくアンデッドのモンスターへ襲いかかり、手中の装備で、蹴り足の速さで、不死者の戦列を殺し尽くす。

 

 10体の敵を犠牲(いけにえ)に捧げた堕天使(カワウソ)

 今度は、300体の敵が断末魔をあげ、糸の切れた人形のごとく倒れ伏す。

 足元の草原を、赤く紅く染め上げて。

 

 復讐者(アベンジャー)特殊技術(スキル)“OVER LIMIT”は、直訳すれば「過限界」──つまり、限界(リミット)超過(オーバー)していくことを意味する。

 通常では考えられないほどの量の敵を打ち倒す、限界突破の、「復讐の女神・ネメシス」の助力を獲得せし復讐者(アベンジャー)が遂行可能な、まさに「一撃必殺」のスキル。殺戮を(ほしいまま)に続けていく復讐者の戦いは、使えば使うほどに、限界を乗り越えていく性質を発揮。最初の発動で50体を殺害。次の発動でもとの50に追加(プラス)して50・合計100体を。さらに次の発動で、100体にまた50体をプラスして、合計150体を。またその次の発動によって50体が…………そうやって、このスキルは延々と殺傷数を倍化──「限界を乗り越えていく」ことで、圧倒的な大軍を打倒し果せる能力を発現できる。一律、【10体】の犠牲(いけにえ)を刈り取るだけで、カワウソは理論上、最終的には千単位万単位──何もかもうまくいけば“億単位”の敵を撃滅することも可能になるのである。

 

 無論、弱点がないわけでは、ない。

 

 現実的に考えれば、一度で一万の敵を屠る頃には、犠牲数は通算2000体目を数える。億の敵を殺せる時にはその万倍……2000万の敵を狩っていることになる。それほどの敵を殺す内に、何らかの対策は立てられて然るべきな上、根本的な話、万を超える敵を倒すほどの長期戦となれば、堕天使(カワウソ)の気力体力が尽きることは確実と言える。

 

 さらなる弱点は、この特殊技術(スキル)は連続使用を大前提とした特殊技術(スキル)であること(冷却時間(リキャストタイム)がほぼないのは、連続で使うことを前提としているが故の措置といえる)。

 最初の一回目の発動後、カワウソが別の攻撃スキル──“光輝の刃(シャイン・エッジ)”などを発動した場合、殺戮対象数はもとの一段階目へのリセット=殺害スコア50体に戻ることを余儀なくされるため、割と使い勝手が悪い。発動条件となる大量の敵の死──犠牲(いけにえ)というのも、ユグドラシルの主要な狩場……Lv.100のプレイヤーにとって有用なフィールド・高レベルモンスターが(たむろ)している場所では、発動は諦める他ない。カワウソの比較的弱い直接攻撃力では、よくて雑魚モンスターを手玉にとることができる程度。Lv.70~90のモンスターの集団、数十体前後に出くわす事態に陥れば、それらを狩って犠牲カウントを稼ごうと戦っているうちに逆襲され、やられるような事態に陥りかねないからだ。

 

 復讐者Lv.10で取得できる“OVER(オーバー) THROW(スロー)”の特殊技術(スキル)になると、犠牲(いけにえ)に必要な敵の数が爆発的に増加し、一度の発動で【200体】もの敵を屠る必要が生じる。最大Lv.15だとそれはもう途方もない量になるため、カワウソはそれらを「もっていても無意味なレベル」と判断し、わざわざ最大限にまで上げた復讐者のレベルを一瞬で「リビルド決定」と決意をさせたほどである。

 

 正直な話。

 カワウソはこの特殊技術(スキル)のことを好ましく思っていない。

 いかに復讐の女神の力を──つまり、『即死耐性・無効化を突破貫通可能な能力』と併用させれば、あらゆる種類種族の軍集団すら討滅可能とは言え、それを実行するまでにかかる手間が多すぎる。一日の制限回数なく行使可能……「無限」に使えるとは言っても、カワウソが一撃二撃で狩れる雑魚モンスターがいるフィールドは、せいぜい初心者から中級者前半の土地であり──そんな場所で得られる金貨や素材などのアイテムドロップは、Lv.100プレイヤーには何の利益にもなりえないというゲームの仕様などの事情もあった。

 何より、カワウソが目指したナザリック地下大墳墓が存在する毒の沼地地帯は、高レベルモンスターの巣窟である。敵を殺した数に応じて発動する能力など、通用する道理がなかったのだ。

 

 おまけに。

 この異世界では同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が“解禁されている”。

 つまり、この特殊技術(スキル)は現在、“味方が巻き添えになるリスク”が非常に高かった。なのでカワウソは、ほとんど単独・単騎で、敵の集団に飛び込まねばならない──この現在の陣立てを組む以外に、復讐者の広域拡散型のスキルを発動することができないのだ。

 カワウソが試した限り、“OVER LIMIT”の殺傷範囲は、ターゲティング不可能……カワウソを中心とした全対象を、敵味方の区別なく殺し尽くす特殊技術(スキル)と化している。

 いかにカワウソの拠点NPCとは言え、復讐者のスキル発動中に近くに居ては、この殺戮の被害を免れることができない。Lv.100NPCが一体死ぬだけで、カワウソの計画……第八階層攻略の企図は成就不能となる。ミカたちが後方にさがるしかないのは、まったく当然の処置であったわけだ。

 それだけの即死能力が、このスキルには確実に備わっている。

 しかし。

 だからこそ。

 この特殊技術(スキル)はアンデッドなどの不死者──即死攻撃への耐久能力や無効化を有する集団への即死手段になりえた。

 カワウソという復讐者(アベンジャー)が献上した(いけにえ)の死。奉じられたそれを受け取った復讐の女神──ネメシスが、自らの信仰者にして使い魔(サーバント)──カワウソの取得している特殊種族“復讐の女神の徒(ネメシス・アドラステイア)”へと下賜する贈り物が、復讐者(カワウソ)の周囲に存在する、復讐者(カワウソ)の復讐劇を邪魔する一切衆生を殺戮する……血の惨劇となって顕現されていく。

 

 カワウソの特殊技術(スキル)を直で被った者が目にする、女神の降臨。

 殺戮されるアンデッドたちは、死の直前、神域に住まう女神の威容を一瞬の内に目の奥に焼き付け、そうして、無残な死を遂げていく。

 

 人間も亜人も異形も関係ない。

 血の通わぬ不死者(アンデッド)であろうと、例外なく復讐の血刃にかけられ、絶対的な“死”を与えられる。

 

 最高神(ゼウス)すらも恐れ、神々を罰し破壊する権能を有した存在──女神(ネメシス)の裁定からは、何者であろうとも逃れること(あた)わず。

 

「次ッ!」

 

 肩で息をしかけるカワウソの周囲には、60体の犠牲(いけにえ)と、6回目の発動によって通算1050体の血にまみれた亡骸が転がっている。

 嗤う堕天使の頭上には、新たな「Ⅹ」のエフェクト。

 70体目となる(にえ)が、堕天使の武装で切り刻まれ砕き潰れる。

 350体のアンデッドが即死……これで合計、1400体目。

 

「次だ!」

 

 現れる八回目のカウント。

 復讐者たる堕天使は、邪魔する者を排除し続ける。

 己の行く手を阻むすべてを(みなごろし)にしようと、嗤って、笑って、──前へ。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「──これで、十回目」

 

 絶え間なく降臨するのは、真紅の惨劇。

 余裕で頬杖を突くアインズは、映像の中で自分の生み出した50の10倍──500体のアンデッドが血まみれになって倒れ伏す光景を眺めた。これで、通算2750……発動に必要らしい10体分が10回分で100……合計2850体が、カワウソひとりの手によって殺された勘定となる。

 

 500体殺し。

 

 それは、第一防衛線でミカが一度に浄化し尽したアンデッドの撃破スコアと同等。

 しかも、カワウソはまだまだ、スキルを段階的に向上させることができるらしい。11回目となる10カウントの後には計算予測通り、550体のアンデッドが殲滅されたと、ナザリックが誇る智者二人の瞬発的な計算と測定で把握される。

 アインズは火の瞳を細め見る。

 

「なかなか、おもしろい」

 

 守護者たちが空恐ろしくも思いながら──同時に、勇猛果敢、深慮遠謀、大望大略に耽る様が、守護者らには真実(まこと)に雄々しく見えてしようがないほどの──名実ともに備わった王者の貫禄と共に、アインズ・ウール・ゴウンは、告げる。

 

「非常に興味深い特殊技術(スキル)だ……アンデッドの即死耐性を突破可能、か」

 

 あるいは、あらゆる即死対策や無効化なども貫通できるのかもしれない。であれば、あのスキルで、生産都市にて死の支配者(オーバーロード)が即殺されたのも納得がいく。

 この能力は、どこかしらアインズが誇る切り札たる特殊技術(スキル)と似ている。

 あれとの決定的な違いは、カワウソのそれは「段階的に、大量かつ広範囲を即死できるようになり、犠牲(いけにえ)さえ払えば何度でも使用可能」であるところと比べ、アインズのそれは「一度で大量広範囲を即死させるが、長時間の冷却時間が絶対に必須」といったところか。

 

「彼も何かしらのロールプレイに傾倒していた? ……うん……気になるな……」

 

 嘘偽りのない感情と心象をこぼすほど、アインズはカワウソの示した能力に、篤い興味を懐いてならなかった。

 あの特殊技術(スキル)を、たとえば我が子らの誰かに学ばせることは出来ないものか……それが出来たとしたら、ナザリックはさらなる戦力増強を期待できるというもの。特に、即死耐性や即死無効化を貫通しているように見えるところが肝だ。連続使用による段階的な発動条件は面倒だろうが、カワウソが発揮している殲滅能力はいろいろと魅力的にアインズの眼には映っていた。見ただけではアインズに詳細はわからないが、彼に、カワウソ本人に直接()けば──

 

「いや。ありえん」

 

 己の描いた予想図を一笑に付す。

 彼は“アインズ・ウール・ゴウンの敵”。

 奴らの「死」は確定した未来である以上、このような算段は無意味なこと。

 それに、王太子(ユウゴ)たちのレベルは90台に差し掛かっている。あの力を学ぼうとしても、必要な前提職や取得条件を満たせない確率の方が、断然に高いはず。

 ……それでも。

 

「アインズ様。急ぎ、あの堕天使を誅戮(ちゅうりく)し、天使共を殲滅する御許可を」

 

 アインズは、玉座の間にひれ伏す者たちを見る。

 黙考し続ける主人に業を煮やしたアルベドをはじめ、守護者たちが不遜な堕天使への反撃を奏上するのは当然の反応。すでに、奴の特殊技術(スキル)は“危険極まる”と判定されてしかるべき結果を発揮し続けており、最悪の可能性──アインズというナザリック地下大墳墓の最高支配者すら殺傷しかねないという事態に、ここにいる全員の脳内で警鐘の音圧がガンガン響き渡っていると、その鬼気迫る表情の色で把握できる。

 

「そう急ぐな、おまえたち」

 

 魔導王たるものとして、アインズは余裕をもって対処する。

 この程度のことで慌てふためくほど、危機的状況とは言い難いのも大きい。

 

「あれは、この私ですら未知の即死能力だ。死の支配者(オーバーロード)たる私ですら知らない、即死スキル……もっと詳細を把握しておきたい」

 

 アインズの主張には、油断や慢心の気配は一片も生じない。

 それこそ。

 彼以外のプレイヤーが、あれと同じ能力を持って、アインズの前に現れる時が来るかもしれない(『敗者の烙印』由来の特殊技術(スキル)であることを知らないアインズにとって、そう危惧を懐くことは当然の思考回路であった)。

 カワウソ以外のプレイヤーがこの異世界に渡り来た時に、カワウソと同じような能力を有していた場合、その詳細を知っているのといないのとでは、かかる手間はだいぶ違う。敵は未だに小勢であり、カワウソ達は圧倒的不利と劣勢を強いられているフィールドで、アリジゴクの巣に落ちた(あり)のごとき抵抗を続けるのみ。敵を(なぶ)る趣味はアインズには存在しないが、敵の特殊技術(スキル)を学べるだけ学び、知れることは知っておいて損はないだろうという現実的な認識が、カワウソの異様な特殊技術(スキル)を凝視させ、かかる危難への対策を講じるべく、観察を続けるのは至極必然的な戦略に他ならない。アルベドらが奏上するような直接的な排除手段──第八階層の“あれら”の参戦や、守護者たちによる迎撃に当たらせるような段階とは言い難く、あるいは、何か不測の事態に陥って、アルベドたち守護者を反攻に向かわせたばかりに、みすみす殺されるような事態になるかもしれないと思うと、首を縦に振るのは不可能である。せめて、あのスキルを『止める方法』を知るまでは。

 なかなかレアっぽい能力を観賞したいという純粋な知識欲も手伝って、カワウソへの強硬な攻撃姿勢をとらせようとするほどの気概は、アインズに湧くことはなかった。

 

(あるいは、これも鈴木悟の残滓の影響かな?)

 

 人間であるアインズ……モモンガ……鈴木悟はこの期に及んで、まだ同じユグドラシルプレイヤーを憐れみ、彼を助命したいと、心のどこかで願っているのか。

 だが──ありえない。

 彼は、奴は、自ら称するところの、“アインズ・ウール・ゴウンの敵”──“第八階層への復讐”を標榜する、愚か者。

 アインズが何よりも大事に思う、仲間たちと築き上げたナザリック地下大墳墓に害をなす存在に他ならないのだから。

 ……そんなナザリックへの想いもまた、鈴木悟の残滓の影響だろうと考えると、如何ともし難い。

 

「まずは、そうだな……」

 

 とりあえずアインズは、墳墓の表層に待機している上位アンデッドのうち一体に、指令を下す。

 数十秒後。

 作戦指示を受け取ったアンデッドが、堕天使と会敵を果たす。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 復讐者のスキル使用回数は、十五回に達した。

 一度の発動で平原へ沈むアンデッドの数は750となり、そのいずれもが、死体を残して血だまりの中に倒れ伏したまま。ただの召喚作成された存在では、こうはいかない。マアトたちが研究して発見した──現地の死体から生じたアンデッドモンスターの類ならではの現象、ということか。

 いずれにせよ。雑魚ばかりの戦場では、カワウソの復讐者(アベンジャー)スキルにとっては、都合のいい犠牲にしかなり得ない。

 あのグレンデラ沼地にいた高レベルモンスターに比べれば、中位アンデッドの騎兵集団など、いくらでも狩り尽くせる雑兵に他ならない。

 だが。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が切れ始めるのを実感する。いくらミカたちNPCに護られながら前進し、周囲のアンデッドを殺戮するのに好都合な戦況であろうとも、堕天使の肉体は、肉体を持つが故の「疲労」を蓄積していくもの。耳飾り(イヤリング)維持の魔法(サステナンス)でなんとか抑制することは出来るが、それでも、完全にとは言えない。カワウソはそこまで優秀かつ恵まれたプレイヤーとは言い難かった。このアイテムのランクを考えれば、湧きおこる状態異常を完全に抑制することは不可能。適時休息を挟めば何も問題ない程度の代物なのだが、こんな戦場のど真ん中で、悠長に足を止めて休める道理などない。何より、これは肉体の疲労というより、精神の疲労という方が、近い。

 汗のしたたる黒い鎧を──瘴気をくゆらせ続ける鎧を見る。

 カワウソの神器級(ゴッズ)の鎧“欲望(ディザイア)”は「状態異常(バッドステータス)を呑みこみ、装備者の基礎能力値(ステータス)に変換する」機能がある。だが、この状態異常というのは外部から、つまり他人からもたらされる攻撃──魔法や特殊技術(スキル)などによるものを前提としている。カワウソが自分で自分に状態異常をかけるような事態というのは、今のような状況は、極力回避せねばならない。“欲望”は与えられた状態異常を受容し、ステータスに変換するが、単純に消滅・無効化させるわけではないのだ。己の身から沸き起こり続けるような異常は、一律恒常的な身体機能強化を施してくれるが、異常を受容した瞬間に同じ異常がもたらされるのでは、普通に状態異常に罹患しているのと変わりないわけだ。

 

「──ふぅ」

 

 この特殊技術(スキル)発動中に、はじめて足を止める。

 聖剣を平原に差し込んで杖とし、その場で倒れ伏したい衝動に抗ってみせる。

 左手に握る黒色の星球が汗で滑り落ちそうになるのをグッと掴んでこらえた。

 耐え難い疲労。

 気を抜くと心が折れて、汗に濡れる瞼を閉じてしまいそうな、重い眠気にも似た感覚。ゲームでユーザー自身は感じるはずのない、だが、異世界に転移したことで現実化した堕天使の肉体は、通常人類よりもそういった状態異常を受容しやすい弱点を有する。

 

「クソが」

 

 霞みかける視界の先で敵の騎兵が密集し、突撃態勢を構築しつつある。

 右手でボックスを探り、状態異常回復用のポーションを使おうとした──その時。

 

「ぁ……あれ?」

 

 治癒の輝きが、自分の身体を満たしていくことに気づく。

 

「おやめになりますか?」

 

 清らかな声に振り返れば、ミカがカワウソの背中に手を這わせていた。女の“正の接触(ポジティブ・タッチ)”が、堕天使の疲労を和らげ、背中越しに心臓やそこから巡る血流を温め癒してくれる。

 そこに降臨していた光──カワウソの創った最初のNPCは、いつもの冷徹な眼で、主人を睨み据えていた。

 

「ミカ……おまえ──俺の復讐者スキル発動中は」

「そんな体たらくをさらして、ブツクサ言わないでほしいであります」

 

 近づくのは危険だからさがっていろ、と言明し厳命しておいたはずなのに。

 そんなことなど関係ない様子で、熾天使の女騎士は回復スキルを行使し続ける。

 酷く憔悴(しょうすい)している堕天使の無様を笑うことなく、ミカは無表情のままに言い募る。

 

「回復程度であれば、私のスキルで魔力消費なしに行えます──そんなことまでお忘れに?」

「……いいや」

 

 正直、思っていたよりも一人で集団を切り倒し砕き殺す作業は重労働であった。

 相手がまごうことなき“敵”──しかも、あのナザリック地下大墳墓の軍集団という状況が、堕天使の脳髄に、間断のない緊張状態をもたらし続ける。「ここで失敗すれば、何もかもおしまいだ」という思いが、ただでさえ脆弱な堕天使の五体を切り刻むような強迫観念となって、熱いはずの血潮を氷点下のごとく凍えたものに変えていく。指先の関節や筋肉が恐怖と絶望に軋み、臓物の中にヘドロが詰め込まれたような違和を抱いて、骨髄の奥底がからっぽになったような空白感を味わいながら、カワウソは剣を、武器を、振るい続けるしかなかった。

 ヘラヘラと笑っていられるのも、ただ、状況のどうしようもなさに辟易しているが故の、ごまかしに過ぎない。

 

「それで──おやめになりますか?」

 

「何を」──そう問うまでもない。

 この馬鹿げた復讐行を、愚にもつかぬ蒙昧(もうまい)な戦いを、やめた方がいいと──ミカはそう進言していた。

 勝ちの目など存在しなかった。カワウソ達は“勝つため”にではなく、ただ“戦うため”だけに、あのナザリックへ──第八階層の荒野へ向かって、行軍を続けているだけ。ミカがとめるのも無理からぬ、ただの自殺行為じみた暴走が、カワウソの現在の状況だといえる。

 それらをすべて理解し、認識し、承知した上で、カワウソは聖剣の柄を握りしめる。

 どんなに敵が強大で膨大で絶大であろうと、カワウソの行く先はひとつしか、ない。

 ミカの問いに応じるように聖剣を右に抜き払いながら、星球を軽く六回転させて下段に構え直す。

 その様子に納得を得た熾天使は、主人を回復させた左の手を、はなす。

 

「次の敵が来ます」

 

 告げてくれる声にカワウソは頷いた。ミカの翼は後方へとさがっていく。

 感謝を告げるかのごとく、まっすぐ頷くようにして、堕天使は再び特殊技術(スキル)を起動する。

 突撃してきたアンデッドの騎兵団を、堕天使の頭上に浮かぶ「Ⅹ」の文字が歓迎する。

 そうして、16回……17回……20回目の“OVER LIMIT”発動により、一度で1000体のモンスターが血だまりに沈んだ直後、

 

 それは現れた。

 

「……あれ、は」

 

 21回目の特殊技術(スキル)発動中、装備した神器級(ゴッズ)装備の首飾り“第五天(マティ)”が、輝きを強める。

 魔眼のごとき装飾品が感じ取った魔の気配は、中位アンデッドのそれを超過して余りある、敵の襲来。

 平原上空を黒い濃霧のごとく漂っていたものたちが、道を譲るかのように空けた、天の一点。

 それは、闇よりも深い黒影の集合。あまりにも巨大な白刃を宿す処刑鎌(デスサイズ)両手(もろて)に携えし──上位アンデッド。

 

 

 

 

 

具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)!」

 

 

 

 

 

 名の通り、具現した死の神が、堕天使の前に降臨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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