オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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放浪者

/Great AINZ OOAL GOWN Magic Kingdom …vol.02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラベンダという飛竜(ワイバーン)は、確かに重傷を負っていた。

 魔導国の誇る空軍──聞いた感じ、上位アンデッドである“蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)”と思われる──部隊が一度追撃に加わった折に、かなりのダメージを(こうむ)っていた。ヴェルが語るところによると、そいつらは括りつけていた死の騎士(デス・ナイト)たちを地上に降下させて、そこで帰還したという。

 装備されていた(くら)(あぶみ)、鎧の留め金部分が飛散し、竜の硬い鱗も血飛沫と共に舞い散らせた。そうして手痛い一撃を加えられた結果、ヴェルとラベンダは一日に“二度目”となる墜落を経験してしまい、墜落の衝撃によって飛竜の命ともいえる翼が折れ破ける傷を負うに至ったのである。

 騎手であるヴェルが無事に済んだのは、ラベンダに守られていたところが大きい。

 故にこそ、助けられたヴェルは、背中と翼に傷を負い行動不能に陥ったラベンダを残し隠れさせ、地上部隊の追撃を一身にうけおったのだ。

 

「クアー」

 

 そんな危機的状況にあったとは思えないくらい間延びした声をあげる飛竜を、救った人物がいる。

 

「はいはい。もう大丈夫ですよ?」

 

 飛竜の傷ひとつなくなった翼を撫でる、白金の髪の乙女だ。

 彼女が、ラベンダの傷を癒したのである。

 マルコ・チャンは、彼女自らの言うところを信じれば、旅の修道僧……もとい修道女なのだという。

 野山や荒地を流離(さすら)い、その地に住まう村落や孤民を訪れ、疲れている者、傷ついている者、病に苦しむ者を自由に治癒することを目的とする、ただの“放浪者”なのだと。男装については、女だてらに放浪の旅を続けている関係で……ということではないらしい。

 理由を聞くと「宗教上の理由で」としか答えてもらえなかったので、とりあえずカワウソは納得するしかない。宗教の話はあまり深く首を突っ込むのは(はばか)られるほど、現実世界でも微妙な問題なのだから。

 

「あなた方も、旅の方なのでしょうか?」

「まぁ……そんなところだ」

 

 問われたカワウソは、剣をしまいつつもひとまず頷いてみせた。

 敵意を見せない相手に武器をちらつかせ続けるのは良くないと判断し、ミカにも剣を鞘に戻させる。

 自分達とは関係ないヴェルについては少し迷ったが、「この先の森で“偶然”遭遇した」だけの“行きずり”でしかないと言い含めておくことに。

 マルコの鋭い視線がカワウソとミカ……二人の鎧姿と頭上の輪っかを注視するが、また愛嬌のある微笑みを浮かべてくる。

 

「なるほど。わかりました」

「今度はこっちが質問していいか?」

「ええ。もちろん」

「あんたは……何故、ここに?」

 

 男装の麗人・マルコは、自分がこの場──墜落した飛竜の傍にいる理由を、簡潔に述べていく。

 

「この近くの街道を通っていたら、この()の苦しそうな声が聞こえてきたので」

「クァ!」

 

 重傷を負っていたという騎乗者であるヴェルの発言が信じられないくらい、そこにいる飛竜は健在であった。少女と再会できたことで、声にはさらに明るさ気軽さが乗っているとわかるほど、竜の吠える様は安穏(あんのん)としている。主人……というよりも「相棒」であるヴェルは、ほとんど半泣きになりつつも、ラベンダの顔を掴んで、額と額をこすりつけあわせて「よかった!」と呟き続けている。その様は、少女の愛情の深さを存分に物語っていて、カワウソは何とも言えない。

 

「……それで、今ここで治癒を行っていた、と」

 

 カワウソは呆れたように納得した。彼女の旅の目的を聞けば、なるほど森で重傷を負っていた獣に治療を施し、救いの手を差し伸べるというのはあり得る話ではないだろうか。

 不可視化の装備というのは、より上位の「不可知化」とは違い、着用者の鼓動や発声を消す効果はない。相応の魔法や特殊技術(スキル)で容易に看破することは可能であり、察知能力に秀でた高レベルの戦士職でも、気づく者はあっさり気付くことは可能だ。反面、低レベルな存在から隠れるのには十分な性能でもあるので、雑魚モンスターと遭遇(エンカウント)したくないプレイヤーには重宝された魔法である。

 

 ……つまり、目の前にいるマルコ・チャンという乙女は、雑魚アンデッドとは比べようもない、それなりの強さを誇っているということ、か。

 

 見た印象としては、少なくともヴェルの二倍くらいのレベルは保持していてもおかしくない感じである。身に着ける装備の衣服も、黒地の内に細かく施された白銀の刺繍が鮮やかだ。刺繍は自己主張の激しいものではなく、あくまで黒い聖衣を引き立てる役目程度にしか目に飛び込んでこず、わずかに朝の光を受けて宝石のように艶めくばかり。粗製乱造品ではいかないような(たくみ)の手の存在を、その聖衣から感じずにはいられなかった。

 少なくともユグドラシルにおいては、こめられるデータ量に応じて装備品の強弱がはっきり分かれ、そのデータ量というのは当然のごとく、見た目(グラフィック)にも影響を及ぼすものであることが多い。子供の落書きと芸術家の手による点描画を比べれば、どちらがより多くの労力を込められて創り上げられたのかは、歴然としているのと同じである。

 だからこそ、気にかかる。

 

「マルコも、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の民、なんだな?」

 

 問われた乙女は嬉しげにも見える笑顔で「もちろん」と応じる。

 

「この統一大陸において、魔導王陛下が誇る魔導国が建国されてより、まもなく100年の節目に立ちます。この地に住まう、あまねくすべては、偉大にして至高なるアインズ・ウール・ゴウン様の所有物なのです」

 

 まるで福音を紡ぐ聖者のように、マルコは笑みを輝かせた。

 

「……それが、何か?」

 

 そんな修道女の言葉が、思いの外、堕天使の中心を(さむ)からしめる。

 この大地のすべてが、この世界の何もかもが、あの『アインズ・ウール・ゴウン』の所有物。

 告げられた事実を前にして、カワウソは心の底から恐怖を(いだ)いた。

 自らを誰かの所有物と言わしめる乙女の笑みは、本当に、眩しい。

 眩しすぎて、だから、恐ろしい。

 どうして、カワウソはこんな世界にやってきたのか。

 どうして、自分はこんな世界に、────どうして。

 

「カワウソ様」

 

 絶え間ない不安と懊悩と混沌の渦に飛び込みかける精神を、誰かの手によって掴み戻される。

 ミカの冷たい眼光が、振り返った主の視線を受け止めていた。

 カワウソは、とりあえず唇を開いて、告げるしかない。

 

「……大、丈夫、だ」

 

 主人の声は弱々しく震えていたが、ミカは納得したように視線を落としてくれる。

 

「…………」

 

 カワウソは、彼女(ミカ)の手の感覚が肩から離れるのを、黙って見つめてしまう。

 

「あ、あの」

 

 そんな二人のやりとりなど知らぬ様子で、一人の少女があらたまって、白黒の修道女に声をかける。

 

「本当に、ありがとうございます。マルコさん」

 

 半泣きだった目元を(ぬぐ)って、ヴェルが相棒(ラベンダ)の命の恩人に頭を下げる。飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)にとって、相棒の飛竜(ワイバーン)は家族も同然。幼少期より苦楽を共にしてきていたという飛竜の危機的状況を、目の前の女性がいち早く救ってくれたというのだから、礼を言うのは当然ですらある。自分を直接救ってくれたカワウソたちと同量の感謝を紡ぐことは、むしろ必然と言えるだろう。

 

「感謝されるほどのことでは」

 

 白金の髪の乙女は、ヴェルの感謝を柔らかく受け流す。

 代わりに、マルコは飛竜(ワイバーン)が着用していたマントを、元の持ち主に返した。どう考えても少女の体躯を覆う程度の面積しかない装備であるが、魔法のアイテムというのは装備者の体躯次第でサイズ変更は容易である。これはユグドラシルでもそうだった。

 ただ…………人間種の装備品を、騎乗モンスターの飛竜に装備させるというのは、実在したかどうか判然としない。

 多分だが、ありえないことだったはずだ。

 飛竜は一応、モンスターの一種。装備することが可能な装備というのも、騎乗系統専門のもの数点に限られていたはず。手綱(たづな)(くら)を人間が普通装備しないのと同じように、飛竜というモンスターは人間のもつ剣や盾を装備できない。マントなのだから被って隠れる程度は出来てもよさそうなものだが、そういうシステムだったはずなのだ。

 受け取ったマントを肩に羽織って、ヴェルはひとつの懸念を言葉にする。

 

「ラベンダは、もう大丈夫なんですよね?」

 

 飛竜であるラベンダは、マルコの回復手段──気功というらしい──によりほぼ全快にまで治癒されたようだが、問われた修道女が言うには、あまり無理はさせない方がいいという。

 

「じゃあ、長くは飛べませんか」

「ええ。私の気功は、あくまで一時しのぎ。ちゃんとした神官か、治癒薬を使った方が得策でしょう」

 

 その声を聞いたカワウソは、一瞬だが、自分の保有するアイテムを、次に背後に控える女天使を意識する。

 ミカの保持する熾天使(セラフィム)特殊技術(スキル)を使えば治療は容易だろうし、カワウソの保持している治癒薬(ポーション)を使う手もある。

 

 だが、使わない方がいいと判断した。

 

 確かにミカの保有する治癒手段──常時発動(パッシブ)特殊技術(スキル)正の接触(ポジティブ・タッチ)”や“希望のオーラⅤ”などは、使用回数に関してはユグドラシルのゲームシステム上、ほぼ無制限だった。

 発動者である自己を含まない任意の特定対象との「接触時間」分の回復(ヒーリング)効果をもたらす“正の接触(ポジティブ・タッチ)”や、一定の効果範囲に存在する任意の対象や全員(これまた発動者本人は一切含まない)に回復や蘇生の恩恵を授ける“希望のオーラ”系統Ⅰ~Ⅴの特殊技術(スキル)であれば、この世界の傷病者を癒すのに覿面(てきめん)な効力を発揮するやも知れない。ちなみに、この回復効果というのは、一定の種族──存在が”負”に傾くアンデッドモンスターへは”浄化”……特効攻撃と化すため、回復ではなくボーナスダメージを与えることは、あまりにも有名な話だ。

 だが、この異世界でも変わらず無制限に使用できる保証はないし、これから先、未知の敵や事故にあって、いざという時に「使用回数を超えました」なんて事態に陥ったら、たまったものじゃない。同じ理由で、カワウソが無数に保有するアイテムも、使用は控えておいた方がいいだろう。拠点で生産することも一応可能だが、それも材料と金貨が尽きたら、打ち止めだ。もしもこれらアイテムが、この大陸で入手不可な代物であるのなら、やはり危機的状況で枯渇させたくはない。

 ちなみに、カワウソは聖騎士などの信仰系職業を取得している関係上、神官などの扱う治癒魔法や復活魔法も習得してしかるべき──というか、信仰系魔法詠唱者では最高位の職を「二つ」も取得済みだが、残念ながら「堕天使」という種族は、治癒や復活の力を振るえない設定もとい特性まであるため、扱うことは出来ない。カワウソが扱う信仰系魔法は、ほぼすべて直接戦闘や強化補助に用いるものばかりという具合に限定されている。熾天使の治癒回復特殊技術(スキル)も、堕天使は使用不可能であるわけだ。

 

 そして、何より……カワウソは、アインズ・ウール・ゴウン──魔導国の民だという彼女らに対し、複雑な心境を抱いていたことも、関係がないとは言いきれなかった。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 その単語を(いただ)く存在──国家、政府、君主……魔導王という存在──を、信奉し隷従(れいじゅう)する立場にある国民。

 これは一体、どういう冗談なのだ?

 やはりここはユグドラシルで、ユグドラシルはサービス終了からたった二日で、アインズ・ウール・ゴウンのものになりましたとでも言うのか? ユグドラシル末期ということで、上位ランキングから陥落していた存在が? 一人を除き、主要メンバーのINがまるで確認されていなかった、ユグドラシル末期のギルドにありがちな最期を迎えていた彼らが?

 この世界がユグドラシルでないという推測と、この世界はユグドラシルなのではという疑念が、真正面からぶつかり合う。

 だが、ゲームでは実現不可能な五感などの現実感や、現状におけるダイブ技術を超越した現象、NPCたちの挙動の自然さ精巧さなどを考えれば、まだ異世界転移の方が可能性としては大きいと判断すべきだろう。ここがゲームだとするならば、ヴェル・セークやマルコ・チャンも、異様なまでに人間然としすぎている。彼女らが生きた表情を見せ、己の判断で行動している以上、純粋な異世界人という認識の方が、収まりがよいはずなのだ。

 では、……どうしてユグドラシルの十大ギルドに名を連ねた、伝説のアインズ・ウール・ゴウンが、ここに?

 ユグドラシルでないというのなら、何故ユグドラシルの法則が通用する?

 そもそも何故ユグドラシルのギルドが、この世界に?

 建国から100年近い歴史とは、一体どういうことだ?

 わけがわからない。

 考えすぎて眩暈(めまい)がしてしまう。

 

「カワウソ様?」

「何でもない」

 

 かすかに主の様子を懸念してくるミカに、カワウソは首を振ってみせた。

 思考の渦は、カワウソの精神を容易に疲弊させる。自分の内側より生じるバッドステータスは、外部からの影響によってのみ反応するだけのユグドラシル装備では対処不可能な状況だと、これまでの経緯で知悉(ちしつ)している。それこそ、サービス終了直後の転移初日に、ミカたちの挙動に恐慌してしまったように。

 とにかく、無駄に状態異常に陥る可能性は低くせねば。

 

「飛竜に乗れないなら、どうする? 誰か、近くの街や都市から救援を呼ぶのか? それとも、やっぱり〈伝言(メッセージ)〉でも飛ばすのか?」

「それもいいですが、あいにくここは、スレイン平野の近くです。この“沈黙の森”周辺は空白地帯ですので、一般用の〈伝言(メッセージ)〉の受信範囲には含まれません」

 

 沈黙の森?

 空白地帯?

 カワウソが疑問符を浮かべる様に頷き、マルコは朗々とした調べで説明してみせる。

 

「旅の方。……たしか、カワウソ様、でしたか? アインズ様の築いた魔導国において、あのスレイン平野は禁忌の地。かつて、至高の御方の大切な守護者様に大罪を働きし者共の土地であるため、〈伝言(メッセージ)〉の送受信を司るアンデッド、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の通信管理官も派遣されておりません」

 

 禁忌とか大罪とかの単語が気にかかる中、カワウソは〈伝言(メッセージ)〉の情報について、とりあえず聞き返す。

 

「アンデッド、の……通信、管理官?」

「魔導王陛下の創造されたアンデッドたちによる、〈伝言(メッセージ)〉供給網を担う存在です。ただの人間の魔法詠唱者(マジックキャスター)であれば、背信や裏切りによって虚偽情報を流布(るふ)されることもある〈伝言(メッセージ)〉ですが、アインズ様に忠実なアンデッドであれば、そのような心配は無用となりますから」

 

 聞いていく内に、この世界──というか魔導国では、アンデッドは単純な「兵隊」であると同時に、現実世界でいうところの「機械」の役割を(にな)っていることが解った。

伝言(メッセージ)〉を使えるアンデッドを通信道具や公衆電話の代替(またはそのもの)という具合に取り扱っているのだと。聞いた限りだと、大陸全土で総数万単位の〈伝言(メッセージ)〉専用アンデッドがそこここに常駐し、場合によって大陸の東端から西端までを結ぶこともできるとか。

 ただし、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、そこまで(・・・・)強いレベルではないので、数を揃え、それらを大陸中に派遣することで〈伝言(メッセージ)〉を送受信する大陸の通信網を確立しているのだと。

 まるで通信端末の電波塔(アンテナ)じゃないか。

 おまけに個人端末のように、〈伝言(メッセージ)〉や〈画面(モニター)〉に特化改良された小動物の(レッサー)骸骨(スケルトン)も併用しているというのだから、まさにそうなのだろう。

 

 だが、カワウソは疑問を覚える。

 

 大量のアンデッドを作成、使役しているらしいが、ユグドラシルでは百を超える召喚モンスターや傭兵NPCを完全に統率することは不可能な技術だった。万単位なんて途方もない。それは大量召喚の超位魔法か、世界級(ワールド)アイテムで引き起こした場合くらいでしかありえないはず。否、カワウソが知らないだけで、そういう魔法や技術もあったのかもしれないが、Wiki情報だとプレイヤー一人で操作できるNPCは、せいぜいが二、三体程度だ。一日で作成や召喚が可能な数は、二桁に届くことも珍しくないが、はっきり言って、NPCの完全操作は余程の猛者(もさ)でなければ、十全に行使することは不可能だ。

 考えてみれば当然である。

 プレイヤーは戦闘において、自分のキャラクターを操作するのに必死で手一杯という状況が普通なのに、自分が操作すべき対象が一つ二つ、三つ四つと重なっては、脳がパンクしてしまう。二桁を同時操作するなど、まさに超人の領域だ。NPCの行動を最適化するコマンドプログラムを組めば話は違うのかもしれないが、それでも、縦横無尽にフィールドを駆る敵プレイヤーに追随できるはずもない。ユグドラシルで召喚や作成されたNPCというのは、ただの壁役か、さもなければ魔法や特殊技術の生贄にする存在――もしくは、一時的な大量投入によって敵陣営を蹂躙させるだけの、ただの事象でしかない。そのはずだった。

 だが、この世界においてアインズ・ウール・ゴウンは、アンデッドモンスターを万単位で量産し、それらをすべて完全支配下に置いているという。

 しかも、時間制限などは無視して。

 おまけにどういう技法でかは完全に理解を超えるが、それらを警邏や行政や通信装置……場合によっては、農作業や開墾に従事する屯田兵や、単純工作や鉱山掘削などの労働力として派遣しているとのこと。

 

 ……どうやって?

 

 無論、ユグドラシルの単純なアンデッドモンスターに、そんな自由度は存在しなかった。そういった職人系とかの作業は、それ専門に特化した種族や、職業(クラス)スキルなどによってのみ行える仕様だった、はず。骸骨(スケルトン)農夫(ファーマー)とか、死の騎士(デス・ナイト)警邏(ポリスマン)なんて、聞いたことがない。行政官とか工場作業員など、論外だ。

 

 どのようなカラクリによって、そんなことが可能なのか。

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの保有する世界級(ワールド)アイテムの力?

 さもなければ、この世界独自の法則や魔法という線も、十分にありえるのだろうか?

 

「あの」

 

 疑問に拘泥(こうでい)しそうになる青年の耳を、少女の声音がかすかに引っ張る。

 

「でしたら。ラベンダはとりあえず歩かせて、近くの都市に、向かいませんか?」

 

 飛竜を完全に回復させるためには、専用のアイテムを購入するか、さもなければ神官のいる「治療院」の手を借りるしかない以上、ヴェルの提案は理に適っていた。

 

「歩かせて……って、大丈夫なのか?」

飛竜(ワイバーン)は空を飛ぶことに最適化したモンスターですが、一応、竜の脚力もあるので問題ないのでは?」

 

 マルコが訳知り顔で、(みどり)の竜の顎を撫でると、“彼女”は機嫌よさそうに喉を鳴らした。催促するかのように、ラベンダは鼻先を微笑むマルコの頬にこすりつける。命の恩人に対しての信愛……以上の(えにし)でもあるかの如く、マルコとラベンダは打ち解けてしまっていた。その様子は、「主人」ではなく「相棒」のはずのヴェルが不可思議に思うほどですらある。

 飛竜は同族以外、己の騎手となる相棒以外には、滅多に心を開かないはずなのに。

 

「では、行きましょう。この()も、大丈夫と言っていますし」

「クルー」

 

 かわいらしく吠える飛竜は、相棒の少女を救ったカワウソへ向け、アピールするように翼を広げた。

 

「そうだ、な…………とりあえず行ってみるか」

「──カワウソ様」

 

 あまりにも軽薄な相槌(あいづち)に見えたのか、カワウソの背後でミカが僅かに抗議する。

 小さく潜めた会話は当然、他の二人と一匹には聞こえない位置で行われた。

 

「その──よろしいのでありますか?」

「……ここで唐突に別れても、怪しまれるだけだ。それに、こいつらについていけば、“都市”とやらの情報が手に入る」

 

 ここで彼女らと別れた後、戦力を整えて、秘密裏に、都市とやらに偵察に向かえば、いかにも安全そうでは、ある。

 しかし、その内実や環境を外から眺めるだけでいるのと、マルコたちという案内人を伴って詳細を語ってもらうのとでは、得られる情報量というのは段違いなはず。少なくとも、カワウソは都市の人間に強制的に魔法などを使って聞き出すなんてことはしたくない。アインズ・ウール・ゴウンの国民だからという理由だけで、乱暴してやるつもりはさらさらないのだ。……こちらから善意を振り撒くのもアレだが。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の、都市。

 

 都市というからには、そこには大量の人がいるはずだ。

 ヴェルとマルコの話を聞く限り、死人だけで構築された「死都」ということはないのだろう。たぶん。

 この世界の生活水準がどのようなものか、どれほどの魔法や文明が根付いた場所なのか──アインズ・ウール・ゴウンが統治する国がどんなものであるのか──カワウソは知りたかった。

 否、知らねばならない。

 この大陸で、この世界で、なんとか生きていくためにも。

 ミカは観念して顎を引く。彼女なりの了解という合図だった。

 

「あの、ごめんなさい。誰か、(くら)つけるのを、手伝ってくれません?」

 

 飛竜の装備……持たせていた荷物入れから、予備の革帯を取り出したヴェルが鞍を竜の背に(くく)りつけようとしている。森を抜けるにはラベンダの巨体は不向きだ。一度は空を飛ばねばならず、空を飛ぶ以上、装具を壊したままでは荷が飛散するのは必至。

 マルコが承知の声を奏でるのに続いて、カワウソも作業に加わるべく足を向けた。

 ゲームでは装備品など、アイコンのワンクリックや画面のスライドで済むのに、現実だとそうもいかない。この世界で装備を身に着けるのは、魔法でも使わない限り、本当に面倒なのだ。カワウソもそれは自室や風呂場で散々経験している。

 カワウソはヴェルの隣で左側、反対側である右側にミカとマルコとが並んで、皮製のバックルや留め金を装着させていく。

 ──だから、反対側でひそかに交わされた遣り取りを、カワウソは知らない。

 

「随分と、お詳しいのでありますね?」

 

 ミカの、鋼を思わせる語気が、マルコの耳に注がれる。

 疑念を抱かれたと判る声音を浴びながら、白金の乙女は気軽に応じる。

 

「この程度の知識は、魔導国の“一等臣民”などであれば、必須ですので」

 

 柔らかい微笑み。

 ミカはとりあえず視線を伏せて、作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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