オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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“荒野” -2

/The war to breaks through the 8th basement “The wilderness” …vol.02

 

 

 

 

 

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 平原を越えるための作戦を辛くもやり遂げ、カワウソは世界級(ワールド)アイテムによって自軍のNPCたちへの超強化を施し、超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉に願いながら、これまでずっとボックスの最前列に安置しておいた“剣”を、起動。

 

 赤黒い輝きに包まれたミカたちに護られながら、蒼白い閃光を放つ魔法を解放して、懇願。

 

『我等、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のすべてを、ナザリック地下大墳墓・第八階層“荒野”に転移させよ』

 

 その願いは叶えられた。

 壊れた“剣”は、その機能を──とあるひとつの魔法を、遺漏(いろう)なく発揮。

 

 かつて、ゲームでは不可能だったことが、この異世界では“可能”となった。

 カワウソの頭上に戴いていた円環──世界級(ワールド)アイテムの起動にしても、今回はじめてナザリック地下大墳墓で使用することができた。

 使用条件を満たすことができたのだ。

 

「は、はは──」

 

 笑う堕天使は頭上を仰ぐ。

 かつての仲間たちとの“誓い”を──あの時の“約束”を、完全に果たすために。

 

 

 

 そのためだけに、カワウソは戦い続けた。

 

 

 

『敗者の烙印』という不名誉なものを掲げ続け、「落伍者」「軟弱者」「ギルド崩壊経験者」と(そし)られ(あざけ)られながら、難攻不落と謳われ畏怖されたギルド拠点・ナザリック地下大墳墓を目指し続けた。

 ニヴルヘイムの拠点から世界を超え、異形種に有利な世界・ヘルヘイムへと定期的に渡り、モンスターの巣窟を、氷の針のごとき草原を、グレンデラの毒の沼地を、幾度となく走破しようと試みた。熾天使の状態ではナザリック地下大墳墓が誇る第一・第二・第三階層への勝算が薄く、堕天使となることでナザリック攻略の優位性を保とうとしたが、今度は逆にその周辺地域……特に、毒の沼地のモンスターとフィールドエフェクトを突破することが難しくなった。

 それほどの困苦の果てに、堕天使の姿でナザリックへの侵入を果たそうとしても……単純に強力なモンスターが……金貨をケチって出撃に来たアインズ・ウール・ゴウンのギルメンが、(ことごと)く阻んだ。カワウソのようなソロプレイヤーなど、一方的に蹂躙可能──空間爆撃や遠距離狙撃──圧倒的な力で一撃死される程度の小勢に過ぎない。運よく野良モンスターの群れや警戒網をすり抜け、ギルメンたちのいない時間帯を見つけて滑り込み、中央の霊廟から堕天使の能力を駆使して、ナザリック内の警備システムやNPCにひっかからないルートを入念に確認しながら、どうにかこうにか潜入できても──結局は堕天使の脆弱性(もろさ)によって、力負けを喫するしかなかった。

 

 そんなカワウソは、モモンガと会ったことは一度もない。

 社会人であるカワウソには仕事があるし、食事も睡眠も必要──そして、社会人ギルドの長たる彼等にも、ゲームにIN(イン)できない時間があるはず。そのゲーム中だって、ずっとナザリックに籠ることもない。狩りやイベントなどで拠点を留守にすることもあるだろう。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのIN(イン)が確認されなくなった後も、カワウソは『敗者の烙印』を押された状態で、どうにかナザリックの第八階層に侵入潜入する道はないかと、足掻き続けた。墳墓内のある領域で、転移トラップか、巨大蜘蛛の巣に巣食った蟲モンスターを倒したおかげか、あるいはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの気まぐれか何かなのかは判然としないが、ひといきに下の階層へ飛ぶような現象を(こうむ)ったことがあるプレイヤーがいたと聞いた。その情報の有効性や真偽は不明であるが、カワウソはそれに賭けるしかなかった。

 だがカワウソは、デストラップで死に、大量のモンスターに喰われ死に、真祖の吸血鬼が握る神器級(ゴッズ)装備に背後から貫かれて死に──やがて、金貨やレベルが足りなくなった都合で、しばらくの間は狩りとレベル上げに勤しんで、そうやって十分な状態に戻ってからナザリックの再攻略に向かって…………そうして、さんざん死に続けた。

 その都度(つど)ごとに、カワウソは自分のレベルをイジれるだけイジり、自拠点にいる鍛冶NPCなどを有効利用して装備を強化しながら、課金ガチャをブン回してアイテムを揃えて──時々思い出したように自分や拠点NPCの外装(ビジュアル)などにも手を加えたり、解散ギルドの払い下げ品を購入したりなど、息抜きをはさみながら………………負け続けた。

 何度も。

 何十度も。

 そうやって、数えることすら出来ないほどに戦い続けた、あくる日の朝。

 カワウソは自分のプレゼントボックスに、ログインボーナスや詫びの品などを運営から受け取れるそこへ、届けられたものがあることに気がついた。

 

 それこそが、『敗者の烙印』を押されながら、飽くることなく一個の敵を目指し戦い、“復讐”を続けたプレイヤーに授与される奇特な称号──「復讐者(アベンジャー)」のレベルデータであった。

 

 ──やがて、『敗者の烙印』由来の種族・職業レベルを獲得し、一個の世界級(ワールド)アイテムを授与されることになった“その後”も、カワウソは第八階層“荒野”を目指し続けた。

 

 ネット上に流れる1500人討伐の膨大なデータ記録(ログ)──その中でも第八階層に関連するものには、すべて目を通した。ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの再討伐隊を結集しようとゲームの広場やスレに宣伝広告を打ってみた(結果は“お察し”だが)。接触可能な限りの討伐隊構成員=第八階層に侵入したプレイヤーから手がかりを得ようと奔走した(ただし、当時のあのチートぶりに、運営への抗議目的でゲームを引退する者はそれなりに多かったし、カワウソがいた旧ギルドの雇い主たち・八ギルド連合の一角も、しれっと解散してユグドラシルから足を洗っていたくらいだ)。あのギルド:アインズ・ウール・ゴウンに、ほぼ唯一残留していたプレイヤー・モモンガの情報を集めた。

 

 そんな日々の中で、カワウソは自分のギルド、その拠点NPCたちに、ひとつの役割を与えた。

 カワウソが考察できる限りにおいて最善最適解の、第八階層“荒野”を攻略するためだけの、──ただのシミュレーターとしての役目を。

 ヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の防衛部隊たる“天使たち”に。

 

「────、くひッ」

 

 そうして……今。

 

「くは、はははッ」

 

 渇いた笑みは、血を吐かんばかりの凶暴性を(あらわ)すように、歪み果てる。

 カワウソは頭上を眺める。

 無窮にも思えるほど深い(そら)の色。

 その中に浮かぶのは、巨大な──あまりにも巨大な、星の球体。

 通常ではありえない距離に──地表と近すぎるような位置に浮遊する、宇宙(そら)の巨球。

 

「ッ、──やっと、……ヤット、だ」

 

 あれこそが、求め欲した仇敵。

 カワウソが復讐を誓うべき、真の存在。

 旧ギルドの崩壊を助長してくれやがったモノ。

 真実、堕天使から仲間たちを奪いとることになった元凶。

 何度も何度も、何十度も何百度も検証を続けた、第八階層の蹂躙劇。

 1000人規模のプレイヤーを虐殺せしめた……絶対的な死をもたらす星の異形。

 

「クは、ハハッ、アははははッ!」

 

 ……ああ。

 あれら(・・・)だ。

 あれら(・・・)が……

 あれら(・・・)が──彼女(リーダー)を──皆を──俺の、仲間を!

 

「カワウソ様」

 

 熾天使の呼びかけにバッと振り返る。

 そこにいるのは、世界級(ワールド)アイテムの影響で、赤黒い光を宿す、カワウソの配下。

 怨敵を前にした堕天使の狂笑と黒い眼球に(ひる)んだかのごとく後ずさる女騎士──兜の面覆い(バイザー)をあげたミカは、毅然とした態度で顎を引く。

 

「指示を、いただいても?」

「──ああ。すまん」

 

 カワウソは笑みを掌で押さえつけながら抑制する。笑い狂っている時間などない。

 いかにミカといえども、彼女はただのNPC。カワウソが脳内で築き上げた作戦や、自分たちの役割は完全に理解し尽しているが、主人の命令に従うことがこの第八階層攻略戦において、何よりも優先される。

 何しろカワウソ以上に、この“荒野”を研究した存在は、他にいないのだから。

 

「作戦には……さして変更はない。予定よりもだいぶ違うが、これは嬉しい誤算だ」

「──わかっていて、超位魔法を起動したのでは?」

 

 そんなわけない。

 カワウソは順当に第一階層から攻め込み、噂に聞くナザリック内の転移トラップを使って下の階層に行こうと企んでいたが、墳墓の表層であれだけの上位アンデッドに囲まれては、どう考えても順当な攻略方法など望みようがない。

 だから、カワウソは“賭けた”。

 流れ星の指輪(シューティングスター)という、超々レアな課金ガチャアイテムに縋りついた。

 ユグドラシルでは不可能だったことが、この異世界でならば──という、一種の賭けに過ぎなかった。

 そして、カワウソはどうやら、その賭けのひとつに勝ったと言える。

 ──あるいは、カワウソが展開中の世界級(ワールド)アイテムも影響しているのかもしれないが、今はそんなことを気にする暇すらない。

 

「というか、本当に……“転移できるとは”──な」

 

 賭けといえば他にもあった。

 カワウソは手中に握っていた「壊れた剣」を、腰のベルト部分に差し入れる。

 これは、もとになった剣が壊された場所(・・・・・・)である“荒野(ここ)”へと、所有者であるカワウソとその手勢を導くためのアイテムに過ぎないため、手に持っていても邪魔なだけだ。攻撃にも防御にも使えず、すぐに取り出せる位置に、道具(アイテム)巻物(スクロール)などを挟み込んでおける場所に保持しておく必要は、ほぼないと言える。

 それでも。これを──かつて皆と創り上げたモノの『残骸』を、いつものようにボックスの中に収めておくことは躊躇(ためら)われた。

 魔法理論的な弊害の可能性もそうだが、何よりも重要なことは、これこそが旧ギルドの仲間たち皆との絆の、最後の残り滓に他ならなかったから。

 

「ありがとうございます、リーダー……エリ・シェバさん」

 

 この剣を創ってくれて。

 この剣があったからこそ──カワウソは“あれら”と、戦える。

 万感の思いをこめて、カワウソは柄と鍔しか残っていないような、思い出のクズ鉄を撫でる。

 もう二度と会うこともない彼女たちへの──最後の感謝を口の中に含む。

 

「カワウソ様──我々のギルド拠点……ヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)は、どのように?」

 

 振り返るミカと視線の先を同じにした。

 超位魔法で『ギルドのすべて』と願ったおかげ(あるいは、せい)か、カワウソたちの背後には、見慣れた城砦の威容がデカデカと(そび)えている。

 全世界を覆う蛇(ヨルムンガンド)が成長の際に脱皮し、そうして残された脱殻(ぬけがら)址地(あとち)──透明な蛇の鱗で覆われた円筒の中に建立(こんりゅう)されたというゲーム設定の拠点ダンジョン。

 こればかりは、カワウソにも予想外過ぎた。

 

「マアト、メイド長──サムたちに現状報告を。命令内容は変わらず“待機一択”だ」

「え、えと、よ、よろしいの、ですか?」

 

 Lv.1の拠点管理用のメイドや、番兵もとい自爆装置として残した動像獣(アニマルゴーレム)を連れ出す理由は皆無だった。「自軍勢力に効果を及ぼす」世界級(ワールド)アイテムの効能は、あるいはメイドやゴーレムたちにも機能している可能性もあるが、やはり拠点を完全に(カラ)にするのはリスクが高いと思う。

 やがて、マアトが拠点最奥“祭壇の間”に控える十人のメイドたちの生存確認と、門の内側で侵入者を『自爆攻撃』で焼き払う気満々のシシやコマたちの無事を報せる。

 続けて、剣装に身を包む少年が、まっすぐ手を伸ばして具申してきた。

 

師父(スーフ)!! どうせであれば、この第八階層攻略に、我が戦友たる戦略級攻城ゴーレム“デエダラ”を出撃させてみては!!?」

 

 ナタが第一階層“迷宮(メイズ)”で共に過ごす、種族系統関係は共通の存在。

 万が一に備えて、スレイン平野を魔導国の軍などに包囲殲滅の布陣を展開された際の最後の伏兵にして反撃手段と定め残してきておいた戦力のひとつが加わるのは、確かに最上の作戦案に聞こえる。

 だが、カワウソは首を横に振った。

 

「いいや、ナタ。この転移すら奇跡みたいな偶然でしかないかもしれない。それに、攻城ゴーレムはギルド拠点を攻めるための装置であって、拠点の内部に侵攻する機能は──ない」

 

 はず。

 この異世界でどういう仕様になっているのかは不明瞭だが、無理に出撃させて、ギルド資金を目減りさせるような結果にならないとも限らない。場合によっては墳墓の表層──アンデッドの跋扈する平原に戻る形で、デエダラが転移する可能性もあるので、やはり無駄な試みと思われる。何しろ戦略級攻城ゴーレムは、起動し使用しようとすれば、ほぼ全自動で拠点外へと転移するものだから。

 

「デエダラの出撃は、拠点最奥のコンソールで操作できるメイド長(サム)たちに一任。この拠点に侵攻してくる敵が確認された際にのみ、──つまり、シシやコマたちの“警報装置”が作動した時にだけ、出撃を試みさせろ」

 

 頷くナタと、メイドたちと魔法で繋がっていたマアト。

 カワウソは大きく息を吸い込む──埃っぽい荒野の空気は、堕天使の喉と肺には合わなかった。思わず咳き込みかける。

 

「ッ、──第八階層攻略の作戦概要は変わらない」

 

 12人のNPC全員が、事前の作戦会議で言われていた通りの役割に服す。

 前段階と中段階を乗り越えた、最後の後段作戦。

 

「全員、蘇生アイテムは?」

「すでに」

 

 応じるミカに合わせて、ガブやラファたちNPC全員が、誇らしげに頷くのを見る。

 屋敷を出るときに、カワウソから配給された課金アイテムのあまりを有している状態だ。これで、天使の澱は全員、モモンガと対峙することになっても、例の謎のスキル──絶対的な即死現象に対抗できる、はず。

 

 これがおそらく、カワウソたちの最後の戦いになるのだろう。

 ついに相見(あいまみ)えた第八階層の星々(あれら)が、────────動き始める。

 

「予定通り。ミカ、ナタ、クピドは俺の直衛(ちょくえい)につけ。他の九人は、順次あれら(・・・)の相手を!」

 

 轟く堕天使の命令。

 了解と頷く女天使(ミカ)に続き、承知の声をそれぞれ奏でるNPCたち。

 

「各員前進!」

 

 もはや背後に聳える自分達の拠点を一顧だにせず、カワウソたちは荒野を進む。

 両手を振って荒れ野を駆け、前方2キロ先に浮かんでいる転移の鏡を、目指す。

 カワウソの周囲を完全に囲みながら、前進していく天使の澱のNPCたち。

 そして──

 早速、宙に浮かぶ星のひとつが猛威を振るう。

 位置的に最も近くにいたのだろう星が吐き出したのは──白い、あまりにも(しろ)い雷。

 

「マアト!」

 

 カワウソの声と共に、白雷の軌跡の先端にいたサポート特化の少女が攻撃を受ける。

 竜雷(ドラゴン・ライトニング)よりも巨大かつジグザグと複雑な光跡を描く超速攻。

 一様に世界級(ワールド)アイテムの影響によって守られていることを示す……赤黒い障壁に全身を明滅させる黒髪褐色の少女は、大嵐の閃光もかくやという大熱量と超速度攻撃にさらされて──

 

「だい、大丈夫、です!」

 

 へっぴり腰で頷きながら、盾のように展開した両腕の白い翼で、白い暴力の塊を防ぎ落としていた。

 カワウソの世界級(ワールド)アイテムのおかげで、その防御性能──ステータス数値は、ありえない規模に増強されている。だからこそ、墳墓の表層で、カワウソのNPCたちは上位アンデッドの攻囲に対し、一人として脱落することなく、ナザリックの守護者や上位アンデッド共の猛攻を凌ぎ尽くしたのだ。

 マアトはその場に倒れ伏しそうなほど震える脚で、涙声をこぼしながら……しっかりと、自分の務めを果たす。

 

「わた、わたし、私は、ここで、あ、あ、あれの、相手を、します!

 か、カ、カワウソ様や皆は、ど、どうぞ、オ、お、お先へッ!」

 

 額に大量の汗を流す少女の攻撃力は、平原の戦いから展開し続けていた“砂漠の風”系統……現在は“砂漠の(あらし)”にまで昇格されたそれによって、大幅な強化が施されている。この特殊技術(スキル)は彼女の職業レベルのひとつ精霊術師(エレメンタリスト)(アース)の魔法性能を増強しつつ、凶悪な性能を誇るモンスターでも、吹き荒ぶ砂塵の竜巻で包み込まれて砂塵へと帰る=致死ダメージを与えるもの。──ただし、これは一番最初の“風”から、「時間経過」と共にスキルを段階的に強化していくスキルであり、それ以外の攻撃能力発動はもっぱら不能になるという弱点がある。

 マアトの仲間達──天使の澱のNPCの口々から、激励と称賛が飛び交う。

 

「良く、(しの)ぎました」

「すごいじゃない!」

「お見事です、マアト」

「さすがは、我等が同胞!」

 

 他にもマアトの敢闘を讃歌するNPCの声。カワウソは頷いた。

 自分の世界級(ワールド)アイテムが、あれら(・・・)と“拮抗できる”……その事実を目に焼き付ける。

 そうして──(うつむ)く。

 

「すまない」

 

 わかっていたことだ。

 サポートに特化され尽した──故に、実際の戦闘力はほとんどない──カワウソが、そのように創り上げてしまった巫女は、ここで置いていく(・・・・・)

 その事実を──作戦を──NPCたちをこのように使う以外の方法を思いつけなかった自分の愚かしさを、カワウソは噛み締める。

 情けなくてたまらない。

 情けなくてしようがない。

 情けなさすぎて謝りきれない。

 だが──

 

「謝らないでください!」

 

 普段のマアトには似合わないような大音声(だいおんじょう)に、カワウソは驚いて顔をあげる。

 伏せかけた目に映るのは、自分が主人に対して無礼を働いたことを自覚して焦る、黒髪褐色の少女。

 

「ぅわ、ももも、もももも──もうし、申し訳、ごご、ございません!」

「──いいや」

 

 その通りだ。

 何度も(あやま)ってきた。

 何度となく(あやま)ってきた。

 そのたびに、カワウソは皆に(あやま)っていた。

 だが、マアトたちは、NPCたちはいつだって、(わか)ってくれた。

 わかっていて……ここまで……こんな戦場にまで、ついてきてくれたのだ。

 カワウソは気づく。

 ──許しなんていらない。

 ──謝ったところで、何にもならない。

 ただ。それでも。

 

「ここを────『頼む』」

「はっ、はい! が、がが、がんばり、ます!!」

 

 精一杯の虚勢を張って、目の前に注がれ降り落ち続ける白雷の群れを、展開した砂嵐による壁で阻み続けるマアト。

 黒髪褐色の巫女が浮かべる柔らかな微笑み……頷く横顔に、カワウソは喉が詰まりかけた。

 ──息が、しにくい。

 荒野の地に酸素が少ないということでは、ない。

 肺が、臓物が、胸の中心が、芯から凍え崩れるような痛みを(かか)える。

 当初予定しておいた通りの用途に、マアトたちを「使い潰す」事実を、堕天使は泥のように重い空気と共に呑み込む。

 呑み込まなければならない。

 そのための……天使の澱のNPCたち……“あれら”を止めるモノ。

 そのように、カワウソは皆を創った。

 だから。

 

「お急ぎを」

 

 ミカに呼ばれ、意識を前に向ける。向けなくてはならない。

 

「……わかってる」

 

 カワウソの──復讐者の世界級(ワールド)アイテムが起動発動しているうちに、何とか次の階層へと転移する鏡に近づかなければならない。

 あの宙に浮かぶ星々は、間違いなく、マアトの発動していた特殊技術(スキル)“砂漠の嵐”を感知している。

 だから、真っ先にマアトが狙われた。

 かつての動画映像で、ここへ来た討伐隊が(こうむ)ったのと同じ現象……敵の攻撃や何らかの動きを、あれらは的確に感知しているらしいのだ。そうして叩き込まれる攻撃は、ありえないレベルの攻撃力・超速度で迫り来る脅威。Lv.100プレイヤーであろうとも、誰もまともに相対できないほどの暴力装置としての有り様を見せつけてくれた。

 あれらのひとつに対し、荒野の砂塵を意のままにする巫女が翼を広げて、(そら)の星のひとつを相手取る──あんなにも戦いが嫌いで不得意な、カワウソへの忠義だけで面倒な任務をこなし続けてくれた少女を……

 カワウソは今、置き去りにした。

 

「……………………くそ」

 

 なんて、ひどい。

 そう、自覚できる。

 自覚可能な罪悪感の重圧に、全身が押しつぶされそうになりながらも、カワウソはNPCを引き連れ、駆け足のまま前進。

 

「次は私ね♪」

 

 ほどなくして攻撃の雨が……雲一つない宙から降り注ぐ水滴が、荒野の園をサァッと染め上げる。大量の雨滴からなる爽やかな音色が耳朶(じだ)を撫でた。

 頭上にあるのは、やはり巨大な星。

 瞬間、強烈かつ尋常でない臭気……空気を焼く臭いが、荒野を行く天使の澱の前方空間を満たした。

 その雨は強い酸性らしく、これだとカワウソの──堕天使の(はだ)に致命的なダメージをもたらしかねない。

 それを十分にふまえて、数多くの鍛冶(スミス)職を兼任する踊り子(ダンサー)──翡翠色(エメラルド)の長い髪を(しと)やかに揺らす歌い手(シンガー)が、両腕に握る大鎚(ハンマー)を振り上げ、大地を豪快に、叩く。

 

「フンッ!!」

 

 瞬間、ハンマーの打撃部分から生じる、大量の金属鉱石。まるで傘のごとく天を覆う防御を展開。能天使(エクスシア)精霊(エレメンタル)種族を併存させるアプサラスは、常のような歌うがごとき調べで、カワウソを導いた。

 

「さぁ♪ どうぞお先に♪ あの星については、私が相手をいたします♪」

「うん……頼んだぞ、アプサラス」

「仰せのままに♪」

 

 彼女の創造主は方向を転換することなく、鏡を目指す。

 多彩かつ多量の精霊を召喚できる精霊女王(エレメンタルクイーン)の力を駆使し、星に特攻をかける小精霊たちを尖兵として、アプサラスは大槌を使って、強酸雨への防御姿勢を維持し続ける。

 カワウソは罪悪感で胸を塞ぎかける感覚にまたしても溺れかけるが、ミカの先を促す声を聞くと、そういった状態はすべて改善されていく。──何故か。

 そんな疑問を(いだ)く間に、灼熱の波濤が荒野を舐める。

 

「なんの!」

 

 その炎属性の全体攻撃を、片眼鏡(モノクル)をかけた赤髪の魔術師が唱えた炎属性防御魔法が塞ぎ止める。

 かつてLv.100プレイヤーを呑みこみ焼き尽くした大熱量の奔流であるが、カワウソの世界級(ワールド)アイテムの性能で強化されたNPCを破壊することは不可能。

 左肩に二枚の翼を広げる魔法詠唱者は、焔を零す杖を掲げ、気安く告げる。

 

「足の遅すぎる配下(シモベ)は、カワウソ様の行軍には不要……お次は、我こそが務めを果たす番」

「ウリ」

 

 すでに、平原の戦いで“戦車”となる天使召喚を使い果たした。この状況で召喚師(ウォフ)生命創造者(イスラ)を頼るわけにはいかず、カワウソの直衛たるミカのスキルや魔力は温存しておかねばならない。

 太陽の如く赫奕(かくやく)たる光量を放出し続ける、ひときわ巨大な星を、ウリという名の大天使(アークエンジェル)は睨み据える。

 

大事(だいじ)有りませぬ。我等は一人残らず、“務め”を果たし終えます。どうか、御身の武運長久を!」

「ああ──いってくる」

 

 またしても、仲間を置き去りにする堕天使。

 燃える星を相手にする同胞を謳いながら、カワウソの周囲を囲んで、驀進(ばくしん)を続ける天使の澱。

 

 ここまで来て、カワウソは迷う。

 

「本当に、これでいいのか」という想いと、「いいや、これでいいはずだ」という考えが、胸の奥で──頭の中で──魂の深底で、(せめ)ぎ合う。

 そして、ただ純粋な決意だけが、堕天使の足を進ませる。

 宙を覆う世界級(ワールド)アイテム──円環の能力が生きている内に、前へ……前へ。

 八個あった円環が、“七個”に、減る。

 急がねばならない。

 発動可能時間は、刻一刻と減り続けている。

 そうして、数十歩以上を、息を切らせながら走り抜けた時。

 

「──次から次へと」

 

 また別の星がカワウソの頭上に降臨。

 真っ白い月のような見た目と、水色の輝きに潤む星……同時に、二つ。

 四個目の星。月のような白星から繰り出される風圧の斬撃が荒野に降り注ぐが、天使の澱は、無傷。

 その下にある赤茶けた大地も、あれほどの斬撃攻撃を浴びて、何の爪痕も残らない。

 動画だと、あの一撃でプレイヤー複数人が一撃で死んでいた。

 

(……第八階層の“荒野”……フィールド自体の防御性能も格が違うってことか?)

 

 考察を重ね深めるうちに、もうひとつの──五個目の星が輝きを増した。

 他の星々へと注がれる、強化の気配。水色の大強化の後に降り注がれるのは、巨大鉱石の砲弾。

 

「次は私と」

「自分が相手をします、()(しゅ)よ」

 

 二つの星に対して立ち向かうのは、二人の天使。

 修道女の白黒を基調とした衣服を煽情的に着崩した聖女と、(いにしえ)の羊飼いのごとく牧歌的な衣服に身を包む牧人。

 聖女は腰から純白の四翼を広げ、牧人はサンダルの羽根飾りを天使の翼に変えている。

 

「ガブ──ラファ──任せた」

 

 ここまで来て、躊躇する時間すら惜しい。

 

「ええ。いってらっしゃいませ」

「この最後の時まで、あなたと共に戦えたことを誇りに思います」

 

 微笑む銀髪の智天使(ケルビム)主天使(ドミニオン)を置き捨てて、カワウソたちは鏡を目指し続ける。

 罪悪感が重くのしかかる。

 そして、その途上に、六個目と七個目の星が立ちはだかる。

 

 無数の巨大な流星を飛ばしてくる、巨大な(リング)を自分の周囲に浮かべた茶色の星。

 それと共に現れたのは、海の如く深い色合いを灯した星から放たれる、冷気属性レーザー。

 

「では。あの二つについては」

「────私たちが、“お務め”を」

 

 黒い外套に身を包む暗殺者(アサシン)と、白い面布で顔を隠す回復師(ヒーラー)が、前へ。

 かなり派手な流星攻撃や極太レーザーを受けても、赤黒い障壁が、二人のすべてを護り包む。

 

「イズラ……イスラ……」

 

 すまないと言いかける声を噛み砕く。

 こうなるとわかっていた。わかっていて、カワウソは彼等を連れてきた。

 なのに。ここまで来て謝罪などしても意味はない。浅はかな自己満足に浸る自分が許せない。

 最初にマアトが喝破してくれたおかげで、それを強く自覚できる。

 

「────どうか気に病まれないでください、マスター。私たちにとって、これほどの栄誉はありえません」

「私のような、無様(ぶざま)にも敵に敗北した者にも、これほど素晴らしい死に場所を与えていただき、感謝の念に()えません」

 

 そう言って、兄妹は流星の豪雨と冷気の閃光を阻む壁となる。

 それは一発だけでも広範囲を薙ぎ払い、凍結の状態異常を与えうる暴威の顕現。

 天使の澱のNPCが、それほどの暴力に対抗できているのは、カワウソの──“無敵”と言ってよい世界級(ワールド)アイテムの効能によるもの。

 では、

 その効能が尽きた後は……

 

「礼を言うべきは俺の方だ──ありがとう、皆」

 

 血を吐くような声と共に、カワウソは前進を続ける。護衛のミカたちを引き連れて。

 星々(あれら)は、動画で研究検証した限りにおいて、一度攻撃した相手が生き残っていた場合、しつこく追撃を重ねることに専念する傾向にある。今も尚スキルで、魔法で、武器武装の効能を発露して、あれらの前に立ちはだかり続けるNPCたちを撃滅しない限り、あれらはカワウソとその周囲を囲むミカたちを襲撃できない。

 かつて、その特性を偶然にも利用して、カワウソの仲間たちは一目散に鏡を目指した。目指すことができていた。

 

 しかし、今回の攻略戦において、あの動画とは違う現象も、ある。

 

「……なんで、“七つ”しか出てこない」

 

 堕天使の遅い足で走りながら、疑問符を浮かべる。

 かつての攻略戦において、あの宙に浮く球体は“九つ”あった。

 だが、今は“七つ”しか確認できない。

 伏撃を狙っているのか? あるいはどこか別の場所に? 完全に稼働させるには何かしらの条件が?

 様々に浮かぶ脳内の疑義を振り払うように頭を振った。

 時間は少ない。

 カワウソの周囲を囲むNPCは、ミカ、ウォフ、タイシャ、ナタ、クピドの……五人。

 残り効果時間は、円環の数からみて……たったの六分程度。

 次の階層へと至る鏡は、まだ遠い。

 

 と、その時。

 

「ぬゥ!!」

「なッ?!」

「警戒!?」

 

 NPCたちが停滞を選ぶ。

 ナタ、クピド、ミカの順で、敵の襲来を検知。

 世界級(ワールド)アイテムを展開している発動者を攻撃させないために防御の壁を厚くするべく、NPCたちの円陣が堕天使を覆い尽くす。

 

 ザリッ──という、足音。

 

 荒野の先に、(そら)ではない大地に──何かの──影……赤い、紅い、(あか)い、人影が。

 カワウソの心臓が止まりかける。

 

「……あ、……あれは」

 

 つい先ほど墳墓の表層で見た、白い女悪魔──それを少女にしたらこんな具合だろうというビジュアルは、血に濡れ染まったような真紅一色のドレスを身に着け、赤を基調とした装身具や手袋、紅玉のごとき光沢の眩しいピンヒールなどで着飾っている。

 そんなモノが唐突に、カワウソたちの行軍路に立ちはだかった。

 人の形をしているくせに、その少女は一切の生気を……正気を感じさせない無機質な眼で、暁色の瞳で、天使の澱を眺め見る。

 かつて、討伐隊の誰もが(てき)しえなかった──赤い暴風のごとき少女は、その優美な唇を一切動かすことなく、(そら)んじる。

 

 

 

 

 

《 ──戦闘状況を把握。Rubedo(ルベド)は、“殲滅”を開始します 》

 

 

 

 

 

「絶対にー!」

「させるか!」

 

 真っ先に吼えた二人の天使が戦場を馳せる。

 巨兵の全身鎧から伸びた機械の翼と、瞬速を誇る黒雷の僧衣が、赤茶色の大地を突っ切る。

 

「カワウソ様とみんなは、先に行ってー!」

「アレは作戦通り自分たちがくいとめます!」

 

 わかったと頷いて、カワウソは鏡への一直線ルートから外れるコースをたどる。

 この第八階層において唯一の、人の形状をした敵の姿。

 その戦闘方法は動画で考察できた限り、ウォフとタイシャのコンビネーションで対応可能……二人はそのようにして創られた存在。少なくとも、世界級(ワールド)アイテムの“無敵”状態で倒されることはないはず。最初はウォフひとりに“赤い少女”を任せつつ侵攻するつもりであったが、タイシャという前衛と哨戒をこなせる魔法火力役(アタッカー)がいれば、生存率は飛躍的に上昇するはず。

 轟く豪音を背にしながら、カワウソは前へ進む。ひたすらに鏡を目指す。

 堕天使を護る壁は薄くなるが、ミカとナタとクピド……このギルドにおいて最強格の三名であれば、大抵のことには対処可能。

 

 最高の防御役(タンク)……ミカには熾天使(セラフィム)以上のレア種族が。

 最強の物火役(アタッカー)……ナタには近接職に超特化させたレベル構成が。

 最悪のその他役(ワイルド)……クピドには転移・空間職業に長じるが故の“格納庫”が。

 

 当初の予定だと、ウォフがあの赤い少女への迎撃任務を単独で受け持ち、クピドとタイシャで、残る二つの星の相手をしつつ、カワウソとミカとナタとの三人チームで、第九階層へと乗り込むつもりであったが、クピドも連れてこれる事態というのは思わぬ誤算である。

 が、しばらく荒野を迂回していると、

 

「どうした?」

 

 一人のNPC──ナタが、その足を止める。

 敵襲を疑うカワウソであったが、予想される(そら)の“星”からの襲撃はなく、動画で存在を確認していた“胚子の天使”も、何故か邂逅を果たしていない(カワウソの作戦だと、あの足止めスキル保有者は絶対に相手にしない・無視すると決めていた)。

 足を止めた少年は、蒼髪の後頭部をカワウソに見せるだけで、しばらく応じなかった。

 そして、快活な一声が轟く。

 

「申し訳ありません、師父(スーフ)!!

 自分はウォフとタイシャの加勢に、あの“少女(あかいの)”を止める役に向かいます!!」

「な……え?」

 

 カワウソは首をひねった。

 振り返る少年の表情にあるのは、死地へと赴く戦士の色。

 

「自分の、『戦士の直感』が、告げております!!

 アレの相手は、ウォフとタイシャだけでは、非常に困難なものであると!!」

「な……ナタ?! どこへ行くッ!?」

 

 創造主(カワウソ)が止めるのも構わず、ナタはウォフとタイシャが舞う戦地へと、逆走。

 

「必ず!! 必ず後で追いつきます!! 自分が戻るまで、どうか御三方とも、ご無事で!!!」

「あの子! なにを勝手なことを!」

 

 そう言って少年兵の背中を追い止めようと六翼を広げるNPCの長──熾天使を、火器と爆薬で武装した赤子の天使(キューピッド)が制止した。

 短く小さい手が、女隊長の黄金の鎧──その肩当(ポールドロン)を押し留める。

 

「行かせてやれぇ──隊長ぉ」

「クピド? なにを言って?」

 

 怪訝(けげん)そうに疑念する女天使に、グラサンの奥の瞳は臆することなく述懐する。

 

「……実際に目の前にしてなぁ。──俺様の『勘』もビンビン言っているぜぇ。

 アレはぁ……あの赤い(やつ)はぁ……“危険だ(ヤバイ)”ってなぁ」

 

 クピドは声を絞り出し、小さな掌を掲げて教える。

 いつも飄然として悠々とした赤子の天使には似合わない……それは、震え。

 怯懦(きょうだ)に打たれた熟練の兵士は、未知なる脅威を前にして、適確な戦況分析と戦術知識として、ナタが助勢に向かった事実を肯定する。

 

「クピド……あれが、あの少女が何者なのか、わかるか?」

「わからねぇ……わからねえがぁ……ヤバイってことだけは、理解できるぅ」

 

 カワウソは静かな納得と共に、彼等の判断を信じた。

 

「──わかった。……鏡へは俺たちだけで向かう。クピドは周辺警戒を。ミカは瞬間防御に徹してくれ」

 

 短い作戦内容の修正に、二人は頷いた。

 ()しくも、拠点から城塞都市(エモット)侵入に向かった時と同じ三人編成になりながら、カワウソたちは次の第九階層を目指す。

 荒野を駆ける上で、強化スキルや補助の魔法を起動することは出来ない。敵はそういった挙動を見せた侵入者を探知し、「優先的に潰す」ように大攻撃の大攻勢を加えてくる。それが、カワウソが研究できた限りにおける、あの大虐殺──この第八階層で1000人規模が殺された蹂躙劇の、一連の流れであった。

 故に。なるべくそういった挙動をとらないように、ミカとクピド……カワウソと共に次の階層を目指すNPCには、作戦会議で事前に命じておいたのだ。

 

「しかし。カワウソ様の作戦でナタは」

 

 抗弁しかけるミカに、カワウソは頷くことでそれ以上の議論を封じる。

 

「ナタなら、大丈夫なはずだ」

 

 必ず追いつくと言ったのだ。

 あの少年は、ギルド最強の“矛”。

 彼の言葉を信じるに足りるだけの力が、ナタには存在する。

 敵を食い止めるのには過分な能力と装備を与えた、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)の第一階層と第四階層の護り手となる花の動像(フラワーゴーレム)。カワウソの見立てでは、身内贔屓を抜きに考えても、上の上プレイヤーに匹敵する戦闘力の持ち主。復活スキルは消耗しているが、それでも“光合成”という常時体力回復や、魔法吸収などの強力かつ希少なスキルは健在という事実。

 ……ただ、不安がないということは、ない。

 もしも、あの赤い少女が、カワウソ達の常識を遥かに超える存在であったりしたら──三体のLv.100NPCをものともしない戦闘能力を有していたとしたら──

 

「急ぐぞ!」

 

 荒野の大地に響く、戦闘の暴音。

 世界そのものが震撼し破砕されているかのような、衝撃に次ぐ衝撃。

 カワウソは第九階層を目指す。

 この第八階層を攻略すること=第九階層に至ることのみが、カワウソの至上目的。

 息を切らし、恐怖と罪悪にすくみながら前進するしかない堕天使は、偽りの(そら)を仰ぐ。

 頭上の円環──天を、世界を覆い尽くす赤黒い輪っか(リング)の数は……

 

 残り、五つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 マアト         ──VS── 木星(ケセド)
 アプサラス       ──VS── 金星(ネツァク)
 ウリ          ──VS── 太陽(ティファレト)
 ガブ          ──VS── (イエソド)
 ラファ         ──VS── 水星(ホド)
 イズラ         ──VS── 土星(ビナー)
 イスラ         ──VS── 海王星(ケテル)
 ウォフ/タイシャ/ナタ ──VS── Rubedo(ルベド)
 ミカ/クピド      ……カワウソの護衛として、第九階層を目指す。

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