オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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“荒野” -3

/The war to breaks through the 8th basement “The wilderness” …vol.03

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

「……なるほどな」

 

 アインズは第八階層にまんまと転移し果せた侵入者、ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のNPCたちの挙動から、アルベドやデミウルゴスとほぼ同じ──否、それ以上の結論を懐くに至る。

 

 ナザリック地下大墳墓が誇る拠点防衛戦に特化した世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”。

 その力の恩恵によって、第八階層のあれら……ダンジョン時代の「ナザリック地下墳墓」、“大墳墓”になる前のダンジョンを守護していたボスモンスターの係累として、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの支配下に組み込まれた存在たち……ギルドのシステム的には拠点ポイントとは別個の傭兵……第八階層守護者・ヴィクティムの住居として機能する、世にも珍しい“住居型”モンスター……荒野の(そら)に浮かぶ星々。

 

 通称“生命樹(セフィロト)”。

 

 天空に浮かぶ発光体の攻撃力は甚大かつ超絶の威を誇り、通常プレイヤーに耐え抜ける道理は、ない。

 ただ1個だけでも強力な力を誇る10個の(スフィア)。外装は太陽系の惑星をモチーフとした生命樹は、その象徴図通り22の小経(パス)で互いに繋がり合うことで、互いの性能を相乗強化させるシステムを構築。中でも、三つの「柱」──『峻厳の柱』『慈悲の柱』『均衡の柱』──と、三つの「三角形」──『至高』『倫理』『星幽』──の陣形で繰り出される多層広域殲滅攻撃の雨霰は、あの討伐隊・Lv.100プレイヤー1000人規模を、瞬きの内に壊乱させるほどの暴力を発揮し、その光景は超位魔法の大乱舞・ワールドエネミーの来襲かと見做(みな)されるほどの殲滅能力を有している。

 なにしろ世界級(ワールド)アイテム──世界ひとつに相当するアイテムの強化を受けた、かつてこの拠点を守護していたボスモンスターの成れの果て(・・・・・)たる星々(あれら)たちは、同ランクの存在……つまり、世界級(ワールド)アイテム保持者や、ワールドチャンピオン・ワールドディザスター・ワールドガーディアンなどでなければ、抵抗することすら難しいもの。

 そのように、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバーたちが、諸王の玉座によって与えられた“地下墳墓”時代のボスモンスターのデータを改造し改良し改悪し尽した──まさに“最大戦力”と呼ぶべき兵器群こそが、第八階層の“あれら”の正体なのである。

 ……だが。

 

「まさか。この“諸王の玉座”に似た効能の──“無敵”状態を与える世界級(ワールド)アイテムがあるとはな」

 

 アインズですら知り得ぬ情報。

 しかし、珍しいことではない。

 有名どころで言えば、「運営にお願いできる」系統の世界級(ワールド)アイテムに、超稀少鉱石──七色鉱──セレスティアル・ウラニウムの大量確保によって獲得可能な“熱素石(カロリックストーン)”と、あの「二十」のひとつである“永劫の蛇の指輪(ウロボロス)”があるように、世界級(ワールド)アイテムのランク内でも、上位互換や下位互換、似た効能や系統の近しいアイテムというものは、あって当然といえる。

 運営が用意した壊れ性能の世界級(ワールド)アイテムであろうとも、その性能は特化型の神器級(ゴッズ)アイテムに劣ることもあるなど、必ずしも万能とはなりえない。そういうゲームバランスが、ユグドラシルには生きていた。

 故に。

 ナザリック地下大墳墓が誇る「ギルド防衛」に長じた世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”に近しい効力──下位互換か、もしくは上位互換──あるいは明確な“弱点”となる世界級(ワールド)アイテムが存在していても、何も不思議ではない。

 不思議ではないが、アインズはたまらず鼻を鳴らす。

 

「はッ……だとしても、“まさか”……だよな」

 

 それほどのピンポイントに──まるでナザリックを、あの第八階層の“あれら”と伍する為だけに用意されたような世界級(ワールド)アイテムがあるなど……ましてや、それだけのアイテムを、100年後に現れたプレイヤーが、ナザリック地下大墳墓の第八階層“荒野”にいるあれらへの「復讐」を標榜する“敵”が確保していたなどと──さしものアインズ・ウール・ゴウン魔導王であろうとも、予想の範疇外を余裕で飛び越える事態である。

 

「あんな脆弱な……Lv.100の天使NPC一体程度で、生命樹(セフィロト)の攻撃を受けきれるとは」

 

 信じがたい光景が水晶の大画面に投影されている。

 アインズの仲間たちが見ていたら、誰もが驚嘆してあまりある事象に違いなかった。

 見える光景は、まるで星々から降り注ぐ絨毯爆撃じみた各種各属性の大攻撃力を、“たった一体のNPC”で迎撃し、防御しているようなありさまである。

 まるで、天使の澱のNPCが、生命樹(セフィロト)たちと同格の存在になり果せたような状況と言えた。

 

 

 木星(ケセド)の白い雷樹の群れを、黒髪褐色の天使が砂の竜巻や砂の津波で阻み──

 金星(ネツァク)の強酸性を示す驟雨を、翡翠の髪の踊り子が大地をめくりあげて防ぎ──

 太陽(ティファレト)の回避不能の大熱波を、赤髪の魔術師が同属性の広範囲魔法で迎え撃ち──

 (イエソド)の風圧の斬撃からなる嵐を、銀髪褐色の聖女が幻の拳の連突連撃で払い除け──

 水星(ホド)の大強化された鉱石の砲弾を、銀髪の羊飼いが樹杖からこぼす光で焼き尽くし──

 土星(ビナー)の環から飛来する大量の流星群を、黒い暗殺者が手指より伸ばす鋼糸で断ち切り──

 海王星(ケテル)の空間を凍てつかせる巨大光線を、白い回復師が奏でる巨大喇叭で相撃ちとする──

 

 

 生命樹(セフィロト)が繰り出す攻撃ひとつひとつが、世界級(ワールド)アイテムによって増強された超過ステータス──特に、物理火力・魔法火力などの攻撃性能において、容易(たやす)く他を圧倒できる規模を誇る数値に昇華強化されていることを考えれば、迎撃や防御など、理論上は不可能である。

 なのに。

 ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)のNPCは、健在。

 彼等の創造主であるところのプレイヤー・堕天使(カワウソ)が発動したモノ──未知なる世界級(ワールド)アイテムの影響を受けて。

 

(実に興味深い世界級(ワールド)アイテムじゃないか)

 

 この戦いが終わったら、堕天使(カワウソ)から奪略してでも研究実験したいところであるが、特殊な種族や職業レベル──あるいは何かしらの特別な発動条件などを満たす必要があるだろうし、あまり期待はしないでおくべきか。

 敵にまんまと侵入されたことを加味しても、こういった事態もありえるという教訓を得られただけでも、今回の戦闘はなかなかの収穫であったと考えておく。

 次の100年後に現れるだろうプレイヤーなどへの対応も、いろいろと変えていく必要があるか。

 

「失礼ながら、アインズ様」

「うん。どうした、アルベド?」

 

 あれこれと思慮を深めるアインズに対し、危惧の色を麗美な面貌に宿しっぱなしの女悪魔が、実直な意見具申を述べる。

 

(おそ)れながら申し上げます。あの、天使の澱なる勢力は、第八階層のあれら“生命樹(セフィロト)”と拮抗できる能力を発揮しております。一刻も早く、迅速かつ確実な討滅の手に出るべきです」

 

 そして、

 片膝をつく守護者たちと共に、自分たちに貸し与えられた世界級(ワールド)アイテムを掲げ、告げる。

 

「階層守護者各位と、()守護者統括である(わたくし)を、第八階層に挙げての迎撃任務に『出征せよ』と、お命じ下さい」

 

 コキュートスが鈎爪の間に握る“幾億の刃”、アウラが腰に携える“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”、マーレの両腕を覆う“強欲と無欲”、デミウルゴスの手中にある“ヒュギエイアの(さかずき)”──そして、アルベドとシャルティアにも、世界級(ワールド)アイテムという破格の装備物が与えられて久しい。

 確かに、これだけのもので武装したアルベドたちであれば、いかに世界級(ワールド)アイテムの効果を発揮しつづける堕天使の勢力を迎撃し、壊滅させることは可能だろう。世界級(ワールド)アイテムを保持する者は、世界級(ワールド)アイテムの効果を防御し、対抗可能というシステムがある……だが。

 

「駄目だ。それは許さん。一人として、今戦場となっている第八階層には、挙げない」

「そんな!?」

 

 どんなに愛しい王妃からの意見であろうとも、事ここに至っては、アインズは慎重にならざるをえない。さらに、アインズは単純な感情論ではなく、実際的な戦術知識として、アルベドの提案を即時棄却する。

 

「確かに世界級(ワールド)アイテムを保有する今のおまえたちは、世界でも類を見ないほどの戦力・戦術・戦略を展開できる力を握っている。何しろ世界級(ワールド)アイテム──ツアー(いわ)く、『世界ひとつに匹敵するモノ』なのだからな……だが」

 

 世界級(ワールド)アイテムは万能にあらず。

 この世界の謎をそれなりに究明しつつあるアインズであったが、世界級(ワールド)アイテムの示す能力には未開未見なところが数多い。

 さらに言えば、不安要素もある。

 

「何よりも危惧すべきは、彼の──カワウソの未知なる世界級(ワールド)アイテムの能力が、我々の有する世界級(ワールド)アイテムを上回る可能性だ」

 

 かつてのこと。

 世界級(ワールド)アイテムの“永劫の蛇の指輪(ウロボロス)”によって、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、ひとつのワールドから締め出される事態を受けたが、世界級(ワールド)アイテムを個人で保有していたメンバーについては、その締め出しを受けなかった。

 また、「二十」のひとつに数えられる“五行相克(ごぎょうそうこく)”……それによる世界改変の現象が発動した際、運営から世界級(ワールド)アイテムを保有するプレイヤーへメッセージが送られ、詫びアイテムを渡されながら説明を受け入れた。「世界の改変が適用されないはずの世界級(ワールド)アイテム保有ユーザーのデータを、そのままにしておくことはシステム的に不可能」という謝罪文を。

 このように、世界級(ワールド)アイテムにも例外的な事象が起こり得ることは、十分にありえること。

 それでも、アインズは確信していた。

 ナザリック地下大墳墓が誇る、拠点防衛の用途に特化された“諸王の玉座”は、かつて侵攻してきていた1500人……その中にいた世界級(ワールド)アイテム保有者を刈り取り、まんまと連中から新たな世界級(ワールド)アイテムを奪取するという大金星を挙げた実績を誇る。

 生命樹(セフィロト)は、こと第八階層で運営する限りにおいて、まさに“無敵”なのだ。

 

「おまえたちが心配するには及ばない──私には、カワウソの世界級(ワールド)アイテムの“弱点”が見えつつあるしな」

「それは(まこと)にありんしょうか?!」

 

 シャルティアが驚愕と共に面をあげた。

 

「無論だとも」そう頷いてアインズは、第八階層内部に、偽りの(そら)にくっきりと刻まれる赤黒い円環の“数”を、全員に数えさせる。

 

「わかるだろう? あれは、カワウソの発動した世界級(ワールド)アイテムを象徴するものであり、同時に、彼の世界級(ワールド)アイテムの……おそらく“効果時間”なり“耐用回数”なりを示すエフェクトだ」

 

 最初、墳墓の表層で発動した際に発生した巨大円環の数は、“九つ”だった。だが、それは一定の時間経過と共に数を減らし、赤黒い円環は外周部の(リング)から砕け始め……“八”、“七”、“六”……そして今では“五”にまで、順当に減少し続けている。

 実に判りやすい。

 

「あれを見るに。いかに世界級(ワールド)アイテムといえども、無限に発動していられるタイプのものでは、ない──ということだな」

 

 だからこそ、生命樹(セフィロト)の誇る超絶的な全体攻撃や広範囲殲滅の一撃を、ただの拠点NPC一体一体が、確実に無力化することができるのだろう。

 カワウソの世界級(ワールド)アイテムの効果は、自軍勢力に属するものを“無敵”にするものと、とりあえず仮定。

 そのリスク・弱点のひとつは、「発動限界……時間制限がかけられていること」か。

 アインズにしてみれば、ああいった演出はゲーム的には珍しくもなんともないエフェクトであるが、そんな知識など欠片もなさそうなNPCにとっては、驚懼(きょうく)するほどの理解力に思えたらしく、守護者たちや戦闘メイドらはしきりに首を頷かせ、主人の叡智の深さに感嘆したがごとく瞳を煌かせていた。

 この段階で、アインズとほとんど同じ解答に至れているのは、ナザリック最高位の智者たる三人……アルベド、デミウルゴス、宝物殿に詰めているパンドラズ・アクターに加え、外で映像を共有する我が子・ユウゴくらいしかいない。

 

「くくくく──すべてアインズ様の御明察通りであるとすれば。

 あの愚かしい天使共、……連中に残された時間というのは」

 

 デミウルゴスが喜悦に歪みかける表情を、非常時ということで峻厳な(いただき)のごとき冷たさ鋭さを宿しながら、己の頭脳を超越し尽くす至高の主に、明確に(たず)ねる。

 

「うん……もって、あと五分といったところか」

 

 アルベドやシャルティアたちの表情が(やわ)らぐ。

 つまり──それで、天使の澱の大活劇は、終わる。

 こちらはほとんど何もせず、ただ五分間を耐え忍ぶだけで、後事はすべて生命樹(セフィロト)たちとルベドがやってくれるだろう。

 世界級(ワールド)アイテム“諸王の玉座”の統制下にある生命樹(セフィロト)には、効果発動時間などの縛りはない。

 無論、あれらの運用には、ナザリック側もそれなりのリスク──“弱点”があるし、正当な攻略方法も存在する。

 知るものが知れば攻略することも不可能ではない。かなり危険極まる“弱点”であるが、現状では不安に思うほどのことはない。

 

「カワウソは、いまも変わらず“鏡”を目指し続けている」

 

 かつて1500人が犯した“(あやま)ち”と、ほとんど同じ道だ。

 ──あれではダメだ(・・・)

 仲間たちが創り上げ、アインズの課金で強化されまくった第八階層“荒野”。その『正当な攻略法』には、今現在のカワウソの行動は、まったくもって“遠すぎる”。

 生命樹(セフィロト)たちやルベドに与えられた特性を見抜き、自分や最低限の護衛役に、強化などの特殊技術(スキル)や魔法を「発動させない」という判断は適切であるが、堕天使の遅い足では、あの距離を進み続けるのは困難。彼を護っている二体のNPC──ミカとクピドは、そこまでの速さを発揮するものではない上、カワウソを超長距離から狙う敵がいないかと、慎重に彼の警護を厚くせねばならない。

 

 その光景が、カワウソの世界級(ワールド)アイテムの“さらなる弱点”を露呈していた。

 アインズは、気づいたのだ。

 あの赤黒い障壁は、ミカとクピド……彼の護衛、“自分の軍勢”にしか、適用されていない。

 

「無理もない。あれでは、慎重にならざるを得ないだろう」

 

 アインズは嘘偽りなく憐れを懐く。

 強硬的に荒野を突破しようと思えば、生命樹(セフィロト)やルベドの優先破壊対象に据えられることは確実だ。太陽系の惑星を(かたど)りし星々と、まるで彗星の如き戦いぶりを発揮する赤い少女の任務は、第九階層へと至る鏡の防衛──そこへ近づかんとする“ありとあらゆるモノ”を殲滅することを基本原理として存在している。

 第八階層“荒野”の中央に現出したギルド拠点に関して、生命樹(セフィロト)やルベドが手を出さないのは、優先的に破壊しようという気が起きないというよりも、本来、ギルド拠点内にありえない「モノ」であるが故に、破壊対象だと見做すことができないという方が近いか。

 だからと言って、あの敵拠点に強襲ないしは潜入を試みることは、アインズたちには難しい。

 今現在、荒野の中央で繰り広げられる大攻勢……白き雷の嵐を、強酸の滝雨を、大爆発の渦を、風圧の万撃を、大鉱石の砲を、無数の流星を、大寒波の光を……そんな暴虐の只中に、自分たちナザリックの手の者を向かわせることは、ありえない。第八階層の中心に転移したヨルムンガンド脱殻(ぬけがら)址地(あとち)城砦(じょうさい)の調査や潜入・破壊工作に向かわせることは、まず不可能だ。

 第八階層に侵入したものを、敵味方問わずに迎撃・殲滅するように創られたものたちは、同士討ち(フレンドリィ・ファイア)可能になったこの異世界においては、冗談抜きで危険極まりない存在に昇格されている。いかに世界級(ワールド)アイテムを装備したアルベドたちでも、無事に済むような公算は得られないほどの脅威。

 唯一の例外は、ギルド長として管理コードを掌握しているアインズのみであるが、現時点でアインズが敵の世界級(ワールド)アイテムが起動している戦地に向かう理由など、普通に考えれば当然ありえない。

 そして。第八階層の“桜花聖域”にいるヴィクティムやオーレオールは、あの聖域から外に出すことはできないし、その配下たるウカノミタマたちも出撃させない。今は、あそこ“こそ”が、このナザリックにおいて絶対に攻め寄せられてはならない場所になっている。

 

 何故なら。荒野の中で唯一、桜の大樹が常に咲き誇る聖域は、このナザリック地下大墳墓の絶対守護対象──ギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウールゴウンの現・安置場所であり、さらにはアインズの大切な魔王妃・ニニャの寝所であり、もっと言えば、荒野の(そら)をいく生命樹(セフィロト)たちの“弱点”──「ダアト」が、厳重に保管・守護されている場所なのだ。

 

 そう。

 

 つまり、ユグドラシル時代において、第八階層“荒野”の正当な攻略方法のひとつは、生命樹(セフィロト)の大攻勢をかけられる「前」に、巧妙に隠匿された“桜花聖域”を何とか発見し、そこに収められた生命樹(セフィロト)の“弱点”を──それを守護する桜花聖域の領域守護者、七姉妹(プレイアデス)のリーダー、オーレオール・オメガを、攻略。さらにはルベドの脅威をなんとか受けそらしながら、第八階層守護者・ヴィクティムを「無視」しつつ、荒野の先に見えていた転移の鏡をくぐり抜けることで、はじめて第八階層の攻略が成立する。

 そういう風に順当な手順を踏むことで、まさにゲームのダンジョン攻略じみた紆余曲折を経て、ナザリック地下大墳墓の、最後の階層へと通じる第九階層への侵入が可能になる──という流れだったのだ。あの1500人の討伐隊──かつて第八階層に乗り込んだ連中は、そういった手順など知り得ず、荒野の先にドンと鎮座していた転移鏡(ゲート)に、まるで誘蛾灯に群がる夜虫の如く殺到し──そうして、生命樹(セフィロト)とルベドに殲滅され、モモンガが起動した世界級(ワールド)アイテムによる最後の「死」を迎えたわけだ。

 いくら外野が「チートだ」「インチキだ」「バグじゃないか」と叫んだところで、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン、およびナザリック地下大墳墓は、運営の用意した規約に抵触することなく、自分たちにできることを確実に成し遂げていっただけ。だからこそ、運営がパンクするほどに押し寄せられたギルド凍結の嘆願や内部調査請求を、運営はキッパリとはねのけたわけだ。

 (いわ)く、『あれはチートではない』と。

 

「まぁ……至極真っ当な方法があるからには、その『裏をつく方法』もあるというのは……うん?」

 

 あれ?

 これは誰の言葉だっただろうか?

 メンバーの誰か──タブラさん、だったか? それとも他の誰かが言ったことか? あれ??

 必死に赤錆びた過去の映像を再生しようにも、あまりにも長い年月を過ごした存在しない脳髄は、鮮明な記憶情報を提供してくれない。記憶のフィルムが空回りして、まるで荒野に吹く砂塵のようなノイズが、懐かしい友らとの思い出たちを遠ざけていく。

 アインズはその事実に、「仲間たちとの思い出を失うのでは?」という危惧を懐きかけ、その事実に真実恐怖しかけるが、すぐにそういった強い感情は抑制される……“アンデッドだから”。

 

「……いずれにせよ。カワウソ達が、あの第八階層を超えることは、不可能(できない)

 

 魔導王は、死の支配者(オーバーロード)は確信を込めて頷く。

 ……“天使”が、ヴィクティムと同種族のNPCが、第八階層に侵入したという事実は何となく気がかりであるが、悪く考えたところで(らち)が明かない。

 ……………………だが、もしも。

 もしも彼が、カワウソが────気がついていたとしたら(・・・・・・・・・・・)

 

「ありえんか」

 

 脳裏に閃く疑義を、アインズはかすかに頭を振って否定する。

 気が付けるプレイヤーがいるとは思えない。

 いたとしても、あの手(・・・)を拠点NPCに用意する筈がない。

 第八階層の生命樹(あれら)──そして、第八階層守護者・ヴィクティムの──

 

「──さて、どうなるかな?」

 

 冷静に冷徹に、冷酷に冷厳に、アインズ・ウール・ゴウンは荒野を眺める。

 堕天使は、カワウソは、いまだに第九階層の鏡には遠い位置にある。

 七体の生命樹(セフィロト)に対する、七体の天使たち。

 荒野を(めぐ)るルベド一体に対する、三体のNPCたち。

 世界級(ワールド)アイテム同士のぶつかり合いとも評すべき戦場の様相は、まさに、最後の戦いと形容してもおかしくないほどの規模で展開され続ける。

 天上の輪の罅割(ひびわ)れ砕ける音が、存外に清らかな調べで荒野に響く。

 

 (そら)を覆う赤黒い円環の数は、残り四つ。

 

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 

 世界同士が激突しているような、暴圧と轟音の(ひし)めく、戦域の片隅で。

 

「はぁ……ハァ……、かはッ──」

 

 堕天使は、カワウソは、疲労に耐えかねて足を止めていた。

 表層の平原から、この第八階層侵入まで、ずっと戦い通しで来ている。

 

「カワウソ様。……私の正の接触(ポジティブ・タッチ)で回復された方が」

「──ダメ、だ」

 

 背後を護るミカ……その六枚の翼で、カワウソの側面から叩き込まれる攻撃は払い落とされる位置にいる女天使に、カワウソは厳しい声を落とした。

 

「まだ──連中の──伏撃が、ある、かも」

 

 ですがと言って抗弁しかけるミカ。

 カワウソの疲労度は、すでに最悪に近い。だが、この第八階層では、スキルや魔法──攻撃性のあるものを起動する存在に対して、あの頭上の星や赤い少女のような超急襲を受ける可能性を思うと……ただの回復スキルすら、自分たちの命運を縮める結果になりかねない。あの連中がヘイト値などを計測しているのだとすれば、回復スキルは最悪なヘイト対象にカウントされるはず。

 現在、カワウソ達がいるのは、第九階層へと続く鏡──荒野の丘から、1キロ以上離れた地点。

 背後をミカに、前方をクピドの二人に守らせながら、なんとかここまでこれたが。

 

「か、ぁ……はッ……」

 

 たった1キロが、遠い。

 ひっきりなしに痛む、肺腑と心臓。

 極度の緊張と、これまでの戦闘の影響からか、両足の筋肉が痺れたように痙攣(けいれん)を始める。

 ここへ来て、堕天使の精神的疲労が極限にまで達しようとしているらしい。

 額どころか顔面全体から吹き出る滝のような汗は、同じく汗に濡れた両腕でこすっても、なんの爽快感も得られない。たまりかねたミカが、自分のボックスにおさめているタオル類を取り出して、堕天使の浅黒い肌を、意外にも丁寧に拭ってくれる。おかげで、少しだけ清涼な心持を取り戻す。

 

「御主人、ポーションをぉ」

 

 立ち止まり、周辺に照準器付自動小銃を差し向け警戒し続ける赤子の天使(キューピッド)に促され、赤い治癒薬……全状態異常(バッドステータス)回復特化のそれを口に含んだ。喉を潤す溶液が胃の腑に落ちる。荒野の空気でカラカラに干上がっていたものが潤っていく快感に、しばし息をつく。

 

「──、ふぅ……ふぁ……くそ──」

 

 それでも。

 堕天使の疲労(ひろう)困憊(こんばい)は続いている。

 精神的な疲労は、肉体の疲労とは別物。脚の痙攣はおさまったが、もうしばらくは荒野の大地に座り込む時間を必要とした。残り時間は五分を切っている。急がなければならないのに、堕天使は立ち上がりきれない。無理に立とうとすると足がもつれ、ミカの支えを必要とする始末だった。

 

(第八階層の──、この塵風──、フィールドエフェクトが、俺の疲労を誘っているのか?)

 

 否。

 そんな情報はない。

 かつての討伐隊は、そんな症状に襲われたものはいなかったはず。フィールドエフェクトで体力を奪われる・魔力を無駄に消耗する・各種状態異常への罹患を余儀なくされるというのは、ゲームではあたりまえな事象であり、このナザリック地下大墳墓内に限っても、様々なフィールドが、それぞれの階層に合わせた自然現象として、攻略に乗り出したプレイヤーの行く手を阻んだもの。

 だからこそ、そういったわかりやすい自然現象は、確実にプレイヤーの自覚認知が可能なもの──にも関わらず、この荒野には驚くほど“何もない”。

 夜のように暗い(そら)と、巨大に過ぎる星々の威容──加えて、あの赤い少女と、枯れた樹のようなもの背中に生やす、胚子の天使だけ。

 それ以外は何もない。

 第一階層から第七階層まで、あれほど多彩かつ多様な自然の造形を再現し尽した地下ダンジョンの中で、この荒野だけは、本当に、何もない。デコボコの赤茶けた大地は無味乾燥としており、草木はおろか、他のいかなる生命の存在を感じさせないほど、無謬(むびゅう)に過ぎた。

 

(なんだか──スレイン平野、みたいだな──)

 

 あそこと、この第八階層の近似性に何の因果があるのかは知らない……が、とにかく今は、他の重大事に心を砕く。

 

「あれらと──皆の、様子、は?」

 

 問われたミカとクピドは、戦場の中心で──荒野の宙をいく星々や赤く濡れ輝く少女からの攻撃に耐え、自らの能力や武装を誇示しながら敢闘する同胞(NPC)たちを、遠く離れたここで、見る。

 

「皆、よく戦っております」

「御主人の“無敵化”のおかげで、とりあえず脱落者はいないぜぇ──いまのところは、なぁ」

 

 ミカは熾天使の同族感知で。クピドは視力向上効果を持つ双眼鏡で。

 仲間たちの戦いぶりを観戦できている。

 

「よし──すこし、一分だけ、……休む」

 

 時間はないが、精神──気力は限界寸前だった。

 命令を受諾したミカは時を正確に数えつつ、クピドと共に周辺警戒を継続。

 カワウソは岩壁に背を預け、打たれれば砕けそうなほど鼓動を繰り返す心臓を抑えながら、戦場に響く暴虐の騒音に耳を傾ける。白い稲妻、黒雨の幕、赤い爆裂、斬撃の風と巨岩の礫、流星の群と蒼い閃光──色とりどりの破壊の暴力。

 岩場の影に隠れつつ、他の伏兵──“あれら”の残り二体や胚子の赤子、あるいは他に第八階層にいるかもしれないNPC──などを警戒。来たる時に備えて、心を落ち着かせることに努力せねば。

 

 もう少し。

 もう少しなのだ。

 もう少しで、カワウソの望み──(こころ)みは、達成される。

 

 誰もが諦め、(さじ)を投げた。ナザリック地下大墳墓──第八階層は“難攻不落”。1500人という、史上空前のプレイヤー集団による討伐隊を、完膚なきまでに退(しりぞ)けた。たった41人で、それだけのことを成し遂げた悪のギルド。運営にパンクするほどの抗議文が送られ、そして、それら一切を一蹴して、運営が『チートじゃない』と太鼓判を押すほどの逆転劇を成し遂げた──「伝説」にまでなった存在。

 

 そんなものに、カワウソは挑み続けた。

 ギルドを失い、拠点を失い、チームを、仲間を、友達を失い、

 それでも、もはやカワウソは、目指さずには────いられなかった。

 

 目を瞑るだけで、脳内に残響する汚辱の過去が、ありありと瞼の裏に浮かぶ。

 

「無駄だ」「無理だよ」「無茶苦茶な」「──ゲームにマジになってどうする?」「そんなことをして何の意味が」「──無駄だよ、カワウソさん」「諦めの悪い。無理に決まってる」「あんなの。もう二度と見たくない」「実際に見てない人にはわかんないか」「あほらし……一人でやってなよ」「どうしてそんなことを?」「何にもならないじゃないか」「もうちょっと利口になれ」「リスク計算もできないのか?」「馬鹿げてる」「やっても何にもならない」「できるわけない」「できっこない」「やめた方がいい」「あそこには、もう近づきたくもない」「はぁ? ナザリック再攻略? ムリムリ!」「噂には聞いたけど──本当に本気だったんだwww」「やべ超ウケるwww!」「ここまでくると滑稽を通り越して素晴らしいな」「いや……なんのために?」「なに? 復讐?」「バカか?」「え、本気?」「ちょ、マジ無理なんですけど」「生理的にないわ~」「人間としてどうかと思います」「頭のネジが飛んでる?」「悪いこと言わないからやめとけ」「『敗者の烙印』──言葉通りの敗北者だな」「ゴメン、ドン引き」「こんなクソださい烙印を頭に浮かべるなんて、恥ずかしくないわけ?」「自分のギルドも護れなかった腰抜け野郎」「ギルド武器破壊されるとか、どんなマヌケだ?」「病院いけよ」「ああ、病院にいけないほどの貧乏人か」「いや医者に診せてもどうにもならないレベルじゃん?」「もう引退しとけば?」「ゲームのことじゃん」「たかがゲームで、そこまで?」「ゲームで復讐とか」「うわぁ、こうはなりたくない」「狂ってるよ、アンタ……」「とりあえず、クソ気持ち悪い」「レアアイテム落っことして死ね」「ちょうど異形種狩りのポイントが欲しかったんだよ」「駆除開始♪」「あ、待て逃げんな!」「ポイントゲッツ!」「とっととやめちまえ」「ウザいんだよ、異形種が」「ま、せいぜい、ガンバレ~」「諦めた方が無難だぞ、キ・チ・ガ・イ」「あッはははははハハハハハッ!!」「……もう、忘れた方が、あなたのためだと思う──」

 

 

 

 ────────クソが。

 

 

 

「忘れろ」だと。

「諦めろ」だと。

 

 そんなことができれば、とっくの昔に忘れているし、諦めてる。

 でも、カワウソには──もうこれ以外、なにもなかった。

 これ以上も以下もない。

 ほんとうに、“これ”以外──なにも、望むことがないのだ。

 家族は既に亡く、リアルに友達も恋人もいない。自分の住処は、六畳程度のワンルーム。汚染された大気。ガスマスクがなければ簡単に死ねるほど破壊された環境。そんな中で社会の──会社の歯車として消耗されるだけの、機械的な存在。無機的な半生。つらいノルマをこなし、死人じみた同僚たちと不死人(アンデッド)のように働き続け、唐突に誰それが過労死した穴を埋めつつ、営業のために黒い濃霧のなかを外回りして、毎度の如くサービス残業に勤しむ日々。食事は栄養食を一日二回。外食どころか、間食も一服もない。風呂はスチームバス。そんな生活の中で、唯一の娯楽は……ユグドラシル……あのゲームだけ。ゲームの中には、それこそ無限にも思えるほどの娯楽が揃っていたのだ。そこで初めて出会えた、無二の仲間……旧ギルド:世界樹の栗鼠たち(ナイツ・オブ・ラタトスク)……カワウソの、かつての友ら。暖かな思い出。柔らかい時間。永遠に続くと思えた、優しい世界。

 

 けれど。

 

 仲間たちと築き上げた場所(ギルド)は、すべて電子の世界に(かえ)った。

 仲間たちと創り上げた存在(NPC)も、すべて同じ末路をたどった。

 ギルドが崩壊した時を、屋敷の内装が融けだし、NPCたちが崩れ尽きていく──あの瞬間を、カワウソは鮮明に覚えている。

 仲間たちは一人残らずカワウソの前から消え失せ、残ったものは……仲間たちの遺産……かつて創り上げた武器(もの)の“残骸”と、ひとつの“約束”──ギルドの“誓い”だけとなった。

 

 忘れることは出来ないし、諦めることは当然出来ない。

 だって、もう、“これ”しか、残っていないから。

 何もない人生の中で、初めての友達だった。

 心の底から笑い合えた仲間だった。

 そんな皆が残したもの。

 カワウソの根源。

 自分のすべて。

 

 嗚呼(ああ)でも(・・)

 

 それはすべて過去のもの。

 こんなことに、なんの意味も価値もないことはわかっている。

 かつての仲間たちが戻ってくるわけでもないし、皆が褒めてくれるわけもなし。

 復讐など、無意味で無価値だと他人(ひと)は言う。──けれど。カワウソには、そんな一切がどうでもいい。カワウソが望むことは、もはやこれだけ……もう、これしか、残っていない。

 こんな戦いの果てに、意味も意義も価値も、栄誉も救済も名分も何もあったものではない。

 何もない。

 何も。なにも。ナニモ……

 何もカワウソには残っていない……

 

 わかっている。

 全部わかってる。

 わかっていても────────どうしようもない。

 

「……俺は、“約束”を守る。皆と交わした、かつての“誓い”を──果たす」

 

 震える拳を、祈るように組み合わせる。

 戦いの恐怖と緊張で歯の根が鳴りかけるのを、グっと喰い縛って耐え抜く。

 ──約束。

 ──誓い。

 それだけが、カワウソの絶対動因にして、今まで惨めに生き足掻いてきた存在理由。

 と同時に。

「無理だ」「無茶だ」「忘れろ」「諦めろ」と言ったすべてを見返してやる────とんでもなく格好悪い“当てつけ”──意地汚いにも程がある、無様な“未練と執着”────理解なんてされなくて当然の、これはカワウソの“我儘”に過ぎない。

 

 それらを頼りに、カワウソは今日まで……『すべて』を用意してきた。

 

 腰のベルトに挟んだ、剣の残骸を撫でてみる。

 この武器を……壊される前のそれを造り上げる時に、誓った。

 

 そのためには、この“荒野”を────攻略する。

 第八階層にいる“あれら”や“少女”への「復讐」を、果たす。

 

 本当に、我が事ながら呆れるほどの気持ち悪さだ。

 狂っている・病んでいると評されて当然の、狂態。

 誰にも理解されず、共感も納得も助力も得られず。

 たったひとり、この難解な拠点に挑み続けてきた。

 

 それでも。

 だとしても。

 

「俺は……ここまで(・・・・)来たぞ(・・・)

 

 ここまで()れたんだ。

 おまえたち全員が、口をそろえて「できない」と「無理だ」と「諦めろ」と言ったことを、俺はいま、やってのけている。

 自分を見捨てたかつての仲間たちや、悉く馬鹿にして嘲虐したプレイヤーたちを、カワウソは心の(うち)で笑ってやる。嘲笑(あざわら)ってしまう。

 唇が愉快そうに震え、笑っていられる状況でない事実を噛み締めるべく、引き結ぶ。

 それでも、言葉をもらすのを止められない。

 震える両の掌で口許を覆う。

 

「ッ、俺の──やってきたことは──無駄でも──無理でも──無茶でも、なんでも、……ない」

 

 夢を見るような呟き。

 祈るかのごとき囁き。

 俺はできた。

 俺だけが、できたんだ。

 まっとうな方法でないことは承知しているが──自分だけは──自分だけが!

 

「──はぁ、……はぁ、はぁ……………………よし」

 

 気息を整え、荒かった呼吸を正常にしていく。

 自分がいる場所──あの悪夢の住人達と、かつて仲間たちをあっけなく敗北させた化け物どもと、真っ向から対立し対決し対戦しているという──どうしようもないほどの現実。

 あの大攻勢をカワウソが受けたら、ひとたまりもない。

 ただの余波だけで、堕天使は拙く死に果てるだろう、殺戮の暴撃。

 それを、天使の澱のNPCたちは、懸命に──文字通り“懸命”に、食い止めている。

 

「頼むぞ……みんな」

 

 星の大攻勢を受け止める配下(シモベ)たちへ。赤い少女へ戦いを挑んだ仲間(シモベ)たちへ。

 カワウソは乞い願う。

 

『もう一度、皆と一緒に、そこへ戻って冒険したい』──その約束と誓いを、自分は遂げる。

 

 そうだ。

 そうだとも。

 カワウソは戻ってきた。

 カワウソだけは、戻ってこれた。

 皆と共に戻って続けるはずだった、冒険の地に。

 ギルド武器が砕かれた此処に……ナザリック地下大墳墓・第八階層の“荒野”に。

 

 そのために、

 ただそのためだけに、

 カワウソは…………ギルド:天使の澱のすべてを────“使う(・・)”。

 

 堕天使を護る二人の天使に頷きながら、カワウソは天上に広がる円環を見やる。

 ギルド防衛に失敗し、あえなくギルド武器を破壊された証たる『敗者の烙印』──そんな不名誉を戴き続けた者へ与えられた世界級(ワールド)アイテムの現象を、黒い眼球で数えた。

 さきほどしばしの休息時間と定めた「一分」が、経過。

 巨大な赤黒い円環のひとつが割れ砕ける。

 

 残りの円環は……三つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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