オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
/The war to breaks through the 8th basement “The wilderness” …vol.03
×
「……なるほどな」
アインズは第八階層にまんまと転移し果せた侵入者、ギルド:
ナザリック地下大墳墓が誇る拠点防衛戦に特化した
その力の恩恵によって、第八階層のあれら……ダンジョン時代の「ナザリック地下墳墓」、“大墳墓”になる前のダンジョンを守護していたボスモンスターの係累として、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの支配下に組み込まれた存在たち……ギルドのシステム的には拠点ポイントとは別個の傭兵……第八階層守護者・ヴィクティムの住居として機能する、世にも珍しい“住居型”モンスター……荒野の
通称“
天空に浮かぶ発光体の攻撃力は甚大かつ超絶の威を誇り、通常プレイヤーに耐え抜ける道理は、ない。
ただ1個だけでも強力な力を誇る10個の
なにしろ
そのように、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバーたちが、諸王の玉座によって与えられた“地下墳墓”時代のボスモンスターのデータを改造し改良し改悪し尽した──まさに“最大戦力”と呼ぶべき兵器群こそが、第八階層の“あれら”の正体なのである。
……だが。
「まさか。この“諸王の玉座”に似た効能の──“無敵”状態を与える
アインズですら知り得ぬ情報。
しかし、珍しいことではない。
有名どころで言えば、「運営にお願いできる」系統の
運営が用意した壊れ性能の
故に。
ナザリック地下大墳墓が誇る「ギルド防衛」に長じた
不思議ではないが、アインズはたまらず鼻を鳴らす。
「はッ……だとしても、“まさか”……だよな」
それほどのピンポイントに──まるでナザリックを、あの第八階層の“あれら”と伍する為だけに用意されたような
「あんな脆弱な……Lv.100の天使NPC一体程度で、
信じがたい光景が水晶の大画面に投影されている。
アインズの仲間たちが見ていたら、誰もが驚嘆してあまりある事象に違いなかった。
見える光景は、まるで星々から降り注ぐ絨毯爆撃じみた各種各属性の大攻撃力を、“たった一体のNPC”で迎撃し、防御しているようなありさまである。
まるで、天使の澱のNPCが、
なのに。
ギルド:
彼等の創造主であるところのプレイヤー・
(実に興味深い
この戦いが終わったら、
敵にまんまと侵入されたことを加味しても、こういった事態もありえるという教訓を得られただけでも、今回の戦闘はなかなかの収穫であったと考えておく。
次の100年後に現れるだろうプレイヤーなどへの対応も、いろいろと変えていく必要があるか。
「失礼ながら、アインズ様」
「うん。どうした、アルベド?」
あれこれと思慮を深めるアインズに対し、危惧の色を麗美な面貌に宿しっぱなしの女悪魔が、実直な意見具申を述べる。
「
そして、
片膝をつく守護者たちと共に、自分たちに貸し与えられた
「階層守護者各位と、
コキュートスが鈎爪の間に握る“幾億の刃”、アウラが腰に携える“
確かに、これだけのもので武装したアルベドたちであれば、いかに
「駄目だ。それは許さん。一人として、今戦場となっている第八階層には、挙げない」
「そんな!?」
どんなに愛しい王妃からの意見であろうとも、事ここに至っては、アインズは慎重にならざるをえない。さらに、アインズは単純な感情論ではなく、実際的な戦術知識として、アルベドの提案を即時棄却する。
「確かに
この世界の謎をそれなりに究明しつつあるアインズであったが、
さらに言えば、不安要素もある。
「何よりも危惧すべきは、彼の──カワウソの未知なる
かつてのこと。
また、「二十」のひとつに数えられる“
このように、
それでも、アインズは確信していた。
ナザリック地下大墳墓が誇る、拠点防衛の用途に特化された“諸王の玉座”は、かつて侵攻してきていた1500人……その中にいた
「おまえたちが心配するには及ばない──私には、カワウソの
「それは
シャルティアが驚愕と共に面をあげた。
「無論だとも」そう頷いてアインズは、第八階層内部に、偽りの
「わかるだろう? あれは、カワウソの発動した
最初、墳墓の表層で発動した際に発生した巨大円環の数は、“九つ”だった。だが、それは一定の時間経過と共に数を減らし、赤黒い円環は外周部の
実に判りやすい。
「あれを見るに。いかに
だからこそ、
カワウソの
そのリスク・弱点のひとつは、「発動限界……時間制限がかけられていること」か。
アインズにしてみれば、ああいった演出はゲーム的には珍しくもなんともないエフェクトであるが、そんな知識など欠片もなさそうなNPCにとっては、
この段階で、アインズとほとんど同じ解答に至れているのは、ナザリック最高位の智者たる三人……アルベド、デミウルゴス、宝物殿に詰めているパンドラズ・アクターに加え、外で映像を共有する我が子・ユウゴくらいしかいない。
「くくくく──すべてアインズ様の御明察通りであるとすれば。
あの愚かしい天使共、……連中に残された時間というのは」
デミウルゴスが喜悦に歪みかける表情を、非常時ということで峻厳な
「うん……もって、あと五分といったところか」
アルベドやシャルティアたちの表情が
つまり──それで、天使の澱の大活劇は、終わる。
こちらはほとんど何もせず、ただ五分間を耐え忍ぶだけで、後事はすべて
無論、あれらの運用には、ナザリック側もそれなりのリスク──“弱点”があるし、正当な攻略方法も存在する。
知るものが知れば攻略することも不可能ではない。かなり危険極まる“弱点”であるが、現状では不安に思うほどのことはない。
「カワウソは、いまも変わらず“鏡”を目指し続けている」
かつて1500人が犯した“
──あれでは
仲間たちが創り上げ、アインズの課金で強化されまくった第八階層“荒野”。その『正当な攻略法』には、今現在のカワウソの行動は、まったくもって“遠すぎる”。
その光景が、カワウソの
アインズは、気づいたのだ。
あの赤黒い障壁は、ミカとクピド……彼の護衛、“自分の軍勢”にしか、適用されていない。
「無理もない。あれでは、慎重にならざるを得ないだろう」
アインズは嘘偽りなく憐れを懐く。
強硬的に荒野を突破しようと思えば、
第八階層“荒野”の中央に現出したギルド拠点に関して、
だからと言って、あの敵拠点に強襲ないしは潜入を試みることは、アインズたちには難しい。
今現在、荒野の中央で繰り広げられる大攻勢……白き雷の嵐を、強酸の滝雨を、大爆発の渦を、風圧の万撃を、大鉱石の砲を、無数の流星を、大寒波の光を……そんな暴虐の只中に、自分たちナザリックの手の者を向かわせることは、ありえない。第八階層の中心に転移したヨルムンガンド
第八階層に侵入したものを、敵味方問わずに迎撃・殲滅するように創られたものたちは、
唯一の例外は、ギルド長として管理コードを掌握しているアインズのみであるが、現時点でアインズが敵の
そして。第八階層の“桜花聖域”にいるヴィクティムやオーレオールは、あの聖域から外に出すことはできないし、その配下たるウカノミタマたちも出撃させない。今は、あそこ“こそ”が、このナザリックにおいて絶対に攻め寄せられてはならない場所になっている。
何故なら。荒野の中で唯一、桜の大樹が常に咲き誇る聖域は、このナザリック地下大墳墓の絶対守護対象──ギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウールゴウンの現・安置場所であり、さらにはアインズの大切な魔王妃・ニニャの寝所であり、もっと言えば、荒野の
そう。
つまり、ユグドラシル時代において、第八階層“荒野”の正当な攻略方法のひとつは、
そういう風に順当な手順を踏むことで、まさにゲームのダンジョン攻略じみた紆余曲折を経て、ナザリック地下大墳墓の、最後の階層へと通じる第九階層への侵入が可能になる──という流れだったのだ。あの1500人の討伐隊──かつて第八階層に乗り込んだ連中は、そういった手順など知り得ず、荒野の先にドンと鎮座していた
いくら外野が「チートだ」「インチキだ」「バグじゃないか」と叫んだところで、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン、およびナザリック地下大墳墓は、運営の用意した規約に抵触することなく、自分たちにできることを確実に成し遂げていっただけ。だからこそ、運営がパンクするほどに押し寄せられたギルド凍結の嘆願や内部調査請求を、運営はキッパリとはねのけたわけだ。
「まぁ……至極真っ当な方法があるからには、その『裏をつく方法』もあるというのは……うん?」
あれ?
これは誰の言葉だっただろうか?
メンバーの誰か──タブラさん、だったか? それとも他の誰かが言ったことか? あれ??
必死に赤錆びた過去の映像を再生しようにも、あまりにも長い年月を過ごした存在しない脳髄は、鮮明な記憶情報を提供してくれない。記憶のフィルムが空回りして、まるで荒野に吹く砂塵のようなノイズが、懐かしい友らとの思い出たちを遠ざけていく。
アインズはその事実に、「仲間たちとの思い出を失うのでは?」という危惧を懐きかけ、その事実に真実恐怖しかけるが、すぐにそういった強い感情は抑制される……“アンデッドだから”。
「……いずれにせよ。カワウソ達が、あの第八階層を超えることは、
魔導王は、
……“天使”が、ヴィクティムと同種族のNPCが、第八階層に侵入したという事実は何となく気がかりであるが、悪く考えたところで
……………………だが、もしも。
もしも彼が、カワウソが────
「ありえんか」
脳裏に閃く疑義を、アインズはかすかに頭を振って否定する。
気が付けるプレイヤーがいるとは思えない。
いたとしても、
第八階層の
「──さて、どうなるかな?」
冷静に冷徹に、冷酷に冷厳に、アインズ・ウール・ゴウンは荒野を眺める。
堕天使は、カワウソは、いまだに第九階層の鏡には遠い位置にある。
七体の
荒野を
天上の輪の
×
世界同士が激突しているような、暴圧と轟音の
「はぁ……ハァ……、かはッ──」
堕天使は、カワウソは、疲労に耐えかねて足を止めていた。
表層の平原から、この第八階層侵入まで、ずっと戦い通しで来ている。
「カワウソ様。……私の
「──ダメ、だ」
背後を護るミカ……その六枚の翼で、カワウソの側面から叩き込まれる攻撃は払い落とされる位置にいる女天使に、カワウソは厳しい声を落とした。
「まだ──連中の──伏撃が、ある、かも」
ですがと言って抗弁しかけるミカ。
カワウソの疲労度は、すでに最悪に近い。だが、この第八階層では、スキルや魔法──攻撃性のあるものを起動する存在に対して、あの頭上の星や赤い少女のような超急襲を受ける可能性を思うと……ただの回復スキルすら、自分たちの命運を縮める結果になりかねない。あの連中がヘイト値などを計測しているのだとすれば、回復スキルは最悪なヘイト対象にカウントされるはず。
現在、カワウソ達がいるのは、第九階層へと続く鏡──荒野の丘から、1キロ以上離れた地点。
背後をミカに、前方をクピドの二人に守らせながら、なんとかここまでこれたが。
「か、ぁ……はッ……」
たった1キロが、遠い。
ひっきりなしに痛む、肺腑と心臓。
極度の緊張と、これまでの戦闘の影響からか、両足の筋肉が痺れたように
ここへ来て、堕天使の精神的疲労が極限にまで達しようとしているらしい。
額どころか顔面全体から吹き出る滝のような汗は、同じく汗に濡れた両腕でこすっても、なんの爽快感も得られない。たまりかねたミカが、自分のボックスにおさめているタオル類を取り出して、堕天使の浅黒い肌を、意外にも丁寧に拭ってくれる。おかげで、少しだけ清涼な心持を取り戻す。
「御主人、ポーションをぉ」
立ち止まり、周辺に照準器付自動小銃を差し向け警戒し続ける
「──、ふぅ……ふぁ……くそ──」
それでも。
堕天使の
精神的な疲労は、肉体の疲労とは別物。脚の痙攣はおさまったが、もうしばらくは荒野の大地に座り込む時間を必要とした。残り時間は五分を切っている。急がなければならないのに、堕天使は立ち上がりきれない。無理に立とうとすると足がもつれ、ミカの支えを必要とする始末だった。
(第八階層の──、この塵風──、フィールドエフェクトが、俺の疲労を誘っているのか?)
否。
そんな情報はない。
かつての討伐隊は、そんな症状に襲われたものはいなかったはず。フィールドエフェクトで体力を奪われる・魔力を無駄に消耗する・各種状態異常への罹患を余儀なくされるというのは、ゲームではあたりまえな事象であり、このナザリック地下大墳墓内に限っても、様々なフィールドが、それぞれの階層に合わせた自然現象として、攻略に乗り出したプレイヤーの行く手を阻んだもの。
だからこそ、そういったわかりやすい自然現象は、確実にプレイヤーの自覚認知が可能なもの──にも関わらず、この荒野には驚くほど“何もない”。
夜のように暗い
それ以外は何もない。
第一階層から第七階層まで、あれほど多彩かつ多様な自然の造形を再現し尽した地下ダンジョンの中で、この荒野だけは、本当に、何もない。デコボコの赤茶けた大地は無味乾燥としており、草木はおろか、他のいかなる生命の存在を感じさせないほど、
(なんだか──スレイン平野、みたいだな──)
あそこと、この第八階層の近似性に何の因果があるのかは知らない……が、とにかく今は、他の重大事に心を砕く。
「あれらと──皆の、様子、は?」
問われたミカとクピドは、戦場の中心で──荒野の宙をいく星々や赤く濡れ輝く少女からの攻撃に耐え、自らの能力や武装を誇示しながら敢闘する
「皆、よく戦っております」
「御主人の“無敵化”のおかげで、とりあえず脱落者はいないぜぇ──いまのところは、なぁ」
ミカは熾天使の同族感知で。クピドは視力向上効果を持つ双眼鏡で。
仲間たちの戦いぶりを観戦できている。
「よし──すこし、一分だけ、……休む」
時間はないが、精神──気力は限界寸前だった。
命令を受諾したミカは時を正確に数えつつ、クピドと共に周辺警戒を継続。
カワウソは岩壁に背を預け、打たれれば砕けそうなほど鼓動を繰り返す心臓を抑えながら、戦場に響く暴虐の騒音に耳を傾ける。白い稲妻、黒雨の幕、赤い爆裂、斬撃の風と巨岩の礫、流星の群と蒼い閃光──色とりどりの破壊の暴力。
岩場の影に隠れつつ、他の伏兵──“あれら”の残り二体や胚子の赤子、あるいは他に第八階層にいるかもしれないNPC──などを警戒。来たる時に備えて、心を落ち着かせることに努力せねば。
もう少し。
もう少しなのだ。
もう少しで、カワウソの望み──
誰もが諦め、
そんなものに、カワウソは挑み続けた。
ギルドを失い、拠点を失い、チームを、仲間を、友達を失い、
それでも、もはやカワウソは、目指さずには────いられなかった。
目を瞑るだけで、脳内に残響する汚辱の過去が、ありありと瞼の裏に浮かぶ。
「無駄だ」「無理だよ」「無茶苦茶な」「──ゲームにマジになってどうする?」「そんなことをして何の意味が」「──無駄だよ、カワウソさん」「諦めの悪い。無理に決まってる」「あんなの。もう二度と見たくない」「実際に見てない人にはわかんないか」「あほらし……一人でやってなよ」「どうしてそんなことを?」「何にもならないじゃないか」「もうちょっと利口になれ」「リスク計算もできないのか?」「馬鹿げてる」「やっても何にもならない」「できるわけない」「できっこない」「やめた方がいい」「あそこには、もう近づきたくもない」「はぁ? ナザリック再攻略? ムリムリ!」「噂には聞いたけど──本当に本気だったんだwww」「やべ超ウケるwww!」「ここまでくると滑稽を通り越して素晴らしいな」「いや……なんのために?」「なに? 復讐?」「バカか?」「え、本気?」「ちょ、マジ無理なんですけど」「生理的にないわ~」「人間としてどうかと思います」「頭のネジが飛んでる?」「悪いこと言わないからやめとけ」「『敗者の烙印』──言葉通りの敗北者だな」「ゴメン、ドン引き」「こんなクソださい烙印を頭に浮かべるなんて、恥ずかしくないわけ?」「自分のギルドも護れなかった腰抜け野郎」「ギルド武器破壊されるとか、どんなマヌケだ?」「病院いけよ」「ああ、病院にいけないほどの貧乏人か」「いや医者に診せてもどうにもならないレベルじゃん?」「もう引退しとけば?」「ゲームのことじゃん」「たかがゲームで、そこまで?」「ゲームで復讐とか」「うわぁ、こうはなりたくない」「狂ってるよ、アンタ……」「とりあえず、クソ気持ち悪い」「レアアイテム落っことして死ね」「ちょうど異形種狩りのポイントが欲しかったんだよ」「駆除開始♪」「あ、待て逃げんな!」「ポイントゲッツ!」「とっととやめちまえ」「ウザいんだよ、異形種が」「ま、せいぜい、ガンバレ~」「諦めた方が無難だぞ、キ・チ・ガ・イ」「あッはははははハハハハハッ!!」「……もう、忘れた方が、あなたのためだと思う──」
────────クソが。
「忘れろ」だと。
「諦めろ」だと。
そんなことができれば、とっくの昔に忘れているし、諦めてる。
でも、カワウソには──もうこれ以外、なにもなかった。
これ以上も以下もない。
ほんとうに、“これ”以外──なにも、望むことがないのだ。
家族は既に亡く、リアルに友達も恋人もいない。自分の住処は、六畳程度のワンルーム。汚染された大気。ガスマスクがなければ簡単に死ねるほど破壊された環境。そんな中で社会の──会社の歯車として消耗されるだけの、機械的な存在。無機的な半生。つらいノルマをこなし、死人じみた同僚たちと
けれど。
仲間たちと築き上げた
仲間たちと創り上げた
ギルドが崩壊した時を、屋敷の内装が融けだし、NPCたちが崩れ尽きていく──あの瞬間を、カワウソは鮮明に覚えている。
仲間たちは一人残らずカワウソの前から消え失せ、残ったものは……仲間たちの遺産……かつて創り上げた
忘れることは出来ないし、諦めることは当然出来ない。
だって、もう、“これ”しか、残っていないから。
何もない人生の中で、初めての友達だった。
心の底から笑い合えた仲間だった。
そんな皆が残したもの。
カワウソの根源。
自分のすべて。
それはすべて過去のもの。
こんなことに、なんの意味も価値もないことはわかっている。
かつての仲間たちが戻ってくるわけでもないし、皆が褒めてくれるわけもなし。
復讐など、無意味で無価値だと
こんな戦いの果てに、意味も意義も価値も、栄誉も救済も名分も何もあったものではない。
何もない。
何も。なにも。ナニモ……
何もカワウソには残っていない……
わかっている。
全部わかってる。
わかっていても────────どうしようもない。
「……俺は、“約束”を守る。皆と交わした、かつての“誓い”を──果たす」
震える拳を、祈るように組み合わせる。
戦いの恐怖と緊張で歯の根が鳴りかけるのを、グっと喰い縛って耐え抜く。
──約束。
──誓い。
それだけが、カワウソの絶対動因にして、今まで惨めに生き足掻いてきた存在理由。
と同時に。
「無理だ」「無茶だ」「忘れろ」「諦めろ」と言ったすべてを見返してやる────とんでもなく格好悪い“当てつけ”──意地汚いにも程がある、無様な“未練と執着”────理解なんてされなくて当然の、これはカワウソの“我儘”に過ぎない。
それらを頼りに、カワウソは今日まで……『すべて』を用意してきた。
腰のベルトに挟んだ、剣の残骸を撫でてみる。
この武器を……壊される前のそれを造り上げる時に、誓った。
そのためには、この“荒野”を────攻略する。
第八階層にいる“あれら”や“少女”への「復讐」を、果たす。
本当に、我が事ながら呆れるほどの気持ち悪さだ。
狂っている・病んでいると評されて当然の、狂態。
誰にも理解されず、共感も納得も助力も得られず。
たったひとり、この難解な拠点に挑み続けてきた。
それでも。
だとしても。
「俺は……
ここまで
おまえたち全員が、口をそろえて「できない」と「無理だ」と「諦めろ」と言ったことを、俺はいま、やってのけている。
自分を見捨てたかつての仲間たちや、悉く馬鹿にして嘲虐したプレイヤーたちを、カワウソは心の
唇が愉快そうに震え、笑っていられる状況でない事実を噛み締めるべく、引き結ぶ。
それでも、言葉をもらすのを止められない。
震える両の掌で口許を覆う。
「ッ、俺の──やってきたことは──無駄でも──無理でも──無茶でも、なんでも、……ない」
夢を見るような呟き。
祈るかのごとき囁き。
俺はできた。
俺だけが、できたんだ。
まっとうな方法でないことは承知しているが──自分だけは──自分だけが!
「──はぁ、……はぁ、はぁ……………………よし」
気息を整え、荒かった呼吸を正常にしていく。
自分がいる場所──あの悪夢の住人達と、かつて仲間たちをあっけなく敗北させた化け物どもと、真っ向から対立し対決し対戦しているという──どうしようもないほどの現実。
あの大攻勢をカワウソが受けたら、ひとたまりもない。
ただの余波だけで、堕天使は拙く死に果てるだろう、殺戮の暴撃。
それを、天使の澱のNPCたちは、懸命に──文字通り“懸命”に、食い止めている。
「頼むぞ……みんな」
星の大攻勢を受け止める
カワウソは乞い願う。
『もう一度、皆と一緒に、そこへ戻って冒険したい』──その約束と誓いを、自分は遂げる。
そうだ。
そうだとも。
カワウソは戻ってきた。
カワウソだけは、戻ってこれた。
皆と共に戻って続けるはずだった、冒険の地に。
ギルド武器が砕かれた此処に……ナザリック地下大墳墓・第八階層の“荒野”に。
そのために、
ただそのためだけに、
カワウソは…………ギルド:天使の澱のすべてを────“
堕天使を護る二人の天使に頷きながら、カワウソは天上に広がる円環を見やる。
ギルド防衛に失敗し、あえなくギルド武器を破壊された証たる『敗者の烙印』──そんな不名誉を戴き続けた者へ与えられた
さきほどしばしの休息時間と定めた「一分」が、経過。
巨大な赤黒い円環のひとつが割れ砕ける。
残りの円環は……三つ。