オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
最後の戦いが始まる。
至高
/War …vol.01
ナザリックの最奥、その玉座の間のさらに奥に位置する“諸王の玉座”周辺の段上。
玉座の間の防衛システムのひとつである不可視の防御シールドによって、侵入者たちはここで繰り広げられる最後の戦いにおいて、万が一にも、ナザリックの防衛中枢を担う
この防御シールドの弱点は、プレイヤーを──つまりギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバーを直接守護する機能にはなりえない。何しろこのシールドの中に、メンバー全員で閉じこもれば、勝ちもしないが敗けもしない状況を構築することはできるだろう。だが、そんな状況を構築しても、ユグドラシルの運営が用意したゲームシステムに著しく抵触する。このシールドはあくまで「拠点そのもの」を護る
無論、悪のギルドを標榜し続けたアインズ・ウール・ゴウンのメンバーも、最後の玉座の間の戦いで、防御装置に隠れてやり過ごすような無様をさらすわけがない。
悪の親玉として、RPGの魔王よろしく、この第十階層にたどり着いた勇者一行を迎え撃ち、最後の決戦にメンバー全員で挑むという筋書きこそが、最もアインズ・ウール・ゴウンらしい結末であると、誰もが納得していたから。
そして、100年後の、今。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国、スレイン平野という禁断の地に降り立ったギルド:天使の澱。
そのギルドの拠点NPC──ミカという名の
天使の澱の防衛部隊たるモノらに護られる堕天使のユグドラシルプレイヤー、
ついに絶対不可侵の領域であった第九、および第十階層に到達した──ひとりの男。
アインズ・ウール・ゴウンの“敵”──
名は、カワウソ。
アインズ、アルベド、シャルティアの三名との決戦に挑むプレイヤーへの、守護者たちが懐く印象は最悪に近い。主人の強命……「手を出したら許さない」という意図がはっきりとわかるチーム戦の布告に、シモベでしかない者達には、否も応もなかった。
「あるいは」と誰もが思った。
あのユグドラシルプレイヤーは、アインズなみの智者なのではあるまいか、と。
あのカワウソとやらは、アインズがこのように発言すると読んで、あのような狂態を演じ、見事、至高の御方を
無論、そんなことはありえない。
カワウソの意志と言葉は本物であった。
そんな彼に感銘を受けたアインズの……モモンガの我儘な願いも、本物であった。
しかし、守護者たちには信じられなかった。
ナザリック地下大墳墓を、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを創造せし、至高の御方々、そのまとめ役にして、最後までこの地に留まられた慈悲深き彼と伍する“外の存在”など、ありえるはずがない。アインズを謀るなどということは誰にも不可能であり、その思考・計略・軍才は、守護者たち全員の及ぶべくもない至高の階梯に位置している。そんな史上最強の
実際として、ユグドラシル時代にアインズ──モモンガはナザリック外の世界で殺されることもあったと聞く。主人の言に嘘があるはずがない。それはつまり、外にいる敵が、アインズの智謀と魔力を凌ぐという実証に他ならないはず。
故に、守護者たちのみならず、ナザリックに属する全シモベが警戒を余儀なくされた、100年後の世界に現れたユグドラシルの存在。アインズが直接、モモンという偽装身分を使ってでも“会ってみたい”と願ったプレイヤーには、そうするだけの価値が……力量が……可能性があることを、誰もが理解し尽した。
そうして。
あの飛竜騎兵の領地で。
堕天使プレイヤー……カワウソは、監視要員として派遣されたナザリックの娘……マルコ・チャンに放言した。
『自分は、アインズ・ウール・ゴウンの“敵”になる』などと。
これにより、アルベドやデミウルゴスという、ナザリック地下大墳墓の最高智者たちが用意した、ありとあらゆる懐柔計画や融和政策(──という名の、100年後のプレイヤーに対する「鬼謀」と「悪策」……純粋なユグドラシルの存在への“作戦”と“実験”)は、すべて水泡に帰していた。
何もかもが守護者たちの、同時に、アインズの思惑をかけ離れていた。
かけ離れすぎていた。
アルベドとデミウルゴスは、100年後のアインズ・ウール・ゴウンの賢世と平和(アインズの主たる兵力である“アンデッド”の基本能力を社会基盤とし、魔導王やナザリックに完全依存させながら、大いなる発展を遂げた)──超大国を見せられながら、『敵になる』と標榜するカワウソの愚かさの極みに、とんでもない番狂わせを喰らっていた。連中を魔導国内部に呑み込み、情報集積を終えた後、“
具体的には。
だが、そうはならなかった。
天使の澱のカワウソは、あろうことか、魔導国には“属さず”、あまつさえ──
「アインズ・ウール・ゴウンの“敵”」に、成り果ててみせたのだ。
……自らの意志で。
ありえないと思われた。
いかなる事情心情があろうとも、異世界転移という破格の苦境に追い込まれながら、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の庇護を──傘下入りを受け入れず、言うに事欠いて、ありとあらゆる道義と順序を無視して、至高の御身たるアインズの……“敵”になることを望む存在など、通常ならば、まずありえない。
これが他のプレイヤーであったなら、マルコの話に喜んで飛びつき、魔導国の庇護の傘の下に参画。そして、甘い蜜に釣られた羽虫が、食虫植物の罠に水没するがごとく、アルベドとデミウルゴスの企図する通りの行為行動に陥って、そうして、気がついた時には何もかもが手遅れになっていたことだろう。
それくらいのことを、極悪のカルマを与えられた悪魔たちが計画し遂行しない理由はない。他ならぬ“アインズのため”、ひいては“ナザリック地下大墳墓のため”に、外の存在への、ユグドラシルの“プレイヤー”への実験は必要不可欠。そして、アンデッドになり果てているアインズ──モモンガ……鈴木悟にとって、「ナザリック地下大墳墓」以上の優先事など、ない。魔導王アインズが、アルベドやデミウルゴス達の企図に気がついたとしても、それがひとえに自分のため、ひいてはナザリック地下大墳墓の利益につながると
そして、この玉座の間にて。
守護者たち全員が度肝を抜かれていた。
「アインズ、様?」
拠点NPC──ギルドの防衛を担う付属品扱いとして、シールドに護られている守護者各位は、堕天使の
「「「「「 アインズ様ッ!!?? 」」」」」
アルベドとシャルティアと同様に、守護者たち全員もまた、主人の異変に……敵からのありえない攻撃に、瞠目。
驚愕と悲嘆と激昂と憤怒と暴意が、地獄の釜の底で一緒くたに煮られたような感情の
「主人からの命令に反する」という重罪を働こうとも、御身の救援に駆け飛ぼうとする意志を、“諸王の玉座”のシールドが阻んでくれた。これがなかったら、アウラたちは主人からの絶対命令を反故にする愚物に成り下がっていたやもしれない。
そして、全員が聞いた。
「ふ……ふふ。
くっ……ふふ、ふふはははは、はっはっははっははははははハハハハっ!」
轟く豪笑を。
凄まじい歓喜の音色を。
アインズ・ウール・ゴウン、その人の口腔から迸る──戦気を。
「これこそが戦い……これこそが、PVP!」
黄金の杖を強く突き、骨の左手を握り込む
「ああ。ありがとう。──感謝する!
感謝するぞ、
敵に対して嘘偽りのない賛辞を贈る魔導王、アインズ。
「さぁ、始めようか」
アウラやマーレ、コキュートスやデミウルゴスやセバスたち全員が、息を呑む。
圧倒的強者として君臨する王の姿……至高の主……この地に最後まで残られた慈悲深き御方が魅せた──本気の本気。
誰もが確信した。
この戦いの果ての、絶対的な結末を。
アインズ・ウール・ゴウンの勝利を。
魔導王の布告に怖じることなく、愚劣の極みに至りし堕天使……アインズ・ウール・ゴウンの“敵”が、応じる。
その様子を見ていたアウラとマーレの表情は、曇り空が晴れ渡るように輝きを増した。
「ちょっとびっくりしたけど、やっぱりアインズ様は凄いね!」
「う、うんお姉ちゃん。か、カッコいいよね!」
無邪気に微笑みを交わす
「冷気ニ耐性ヲ持ツワタシニ、コレホドノ“震エ”ヲモタラストハ」
「私の方は逆に……とんでもない熱量で、悪魔のこの身が焦がれそうな思いだよ」
「やはり、アインズ様の御力は、我々のそれよりも遥かな高みにあるものでございますな」
敵の情報──手練手管は、不透明な部分も多いが、それにも勝るほどの絶対者の“絶望のオーラ”が、ビリビリと大気を震撼させていた。まるで玉座の間が、否、世界そのものが、アインズ・ウール・ゴウンその人の威圧に屈し、泣き叫んで許しを請うかのよう。敵のNPCの一人……
守護者たちは納得の笑みで首肯を落とす。
アインズ、アルベド、シャルティアのチーム編成は、ほぼ完璧と言える。装備類の事前準備、天使共への対策手段、チームの三名が共有し了解した作戦概要……どれもが天使の澱にとって致命となりうるものばかり。
無論、ナザリック……アインズ・ウール・ゴウン陣営にも不安要素は、ある。
ひとつ。敵の戦力はいまだに不明瞭な部分があること。カワウソがここまで連れてきた二体の天使。女騎士と赤ん坊。特に、ミカとかいう、カワウソがこの世界で四六時中護衛に就けている女天使。あいつの能力は
ふたつ。カワウソの保持するレアもの“
「できれば、いかに危険であろうと、連中のレベル構成などを完璧に把握しておきたかったところ」
デミウルゴスは苦い声を零す。
それこそ。
今からでもナザリック最高の情報系魔法詠唱者であるニグレドを、いかなる反撃や対策──死の危険も辞さずに、敵対者共のレベル構成を読み取らせることをシモベ全員で具申していたし、当のアルベドの姉自身も、それを強く主張していた。しかし、ナザリックのシモベに対する絶対の安寧と無事を望むアインズは、結局そのような強硬策を採択させてくれず、結果的に、この段階に至っても、連中がどのようなレベルを構築しているのかは不明。
そして、今回の戦いは“三対三”。
戦闘に臨むアインズ、アルベド、シャルティア以外に、連中への害悪を成そうとする魔法やスキルはすべて、アインズが定めたチーム戦のルールに抵触する行為。それが可能だったのであれば、玉座の間で戦いを観戦することを許された守護者たちや、ナザリックの他のLv.100NPCから、アインズ達を支援する魔法やスキルを発動することで、確実に天使の澱を打破・壊滅させることが可能。なのに、誰もアインズ達を強化する手段には訴えかけていなかった。これが、ナザリック側にとっての不安要素の、みっつ目。
さらに四つ目は、カワウソという名の堕天使は、自らの口で放言していた──「おまえを知っている」と。事実、奴の堕天使という種族や聖騎士という職種は、モモンガにとっては天敵ともいえる相性の悪さを顕現している。堕天使は神聖属性に長じているくせに、アインズの得意とする戦法や属性には、完全な対策を講じているという状況が、その認識を加速させる。
状況は、さしものアルベドやデミウルゴス達の想定を超えていた。
あるいは、アインズの予想よりも、はるかに。
だが。
それでも。
「──だとしても、アインズ様が決めたことだもの」
魔導王の王妃のひとりとして紡ぐアウラの言葉に、マーレや、他の守護者全員が頷く。
全員が信じた。
アインズ・ウール・ゴウンの──絶対的勝利を。
こうして、戦端は開かれた。
開かれてしまったのだ。
そして、主人が次に見せた行動……完全に本気の本気を示す
──アインズの背後に、あの、十二秒を告げる時計盤が、現れた。
・
カワウソはアインズから見えないオーラが立ち上ったような重圧に竦みかけながら、聖剣を構える手の力を強固に保つ。
オートカウンターで一撃を与えた以上、アインズは「時間系統魔法は無意味だ」と覚ったはず。そして、天使種族は死霊系魔法への耐性を有する。彼の得意分野について、カワウソは軒並み対策を整えているわけだ。
それを十全に理解した時、モモンガの、アインズの打つ手は、何か。
次の瞬間。
アインズが、ひとつのスキルを、発動。
「
カワウソは、いきなりのことに
「〈
アインズの強力無比な即死魔法の叫び声。だが、嘆きの妖精たちが奏でる絶叫が鼓膜を
あの
カチリ、カチリ、と刻まれる音色が、「十二秒」を数えようとしている。
「アレを止めろ!」
そう命じはするが、まず不可能だとわかった。命じられた瞬間、ミカがカワウソと同様に〈
カワウソは自分の左腕を、自動蘇生をもたらすアイテムを、固く握る。
時計の針が再び最頂天を指す位置に
発動されたのは、アインズの……プレイヤー・モモンガの切り札。
──死。
周囲に存在する有象無象を死に至らしめる、絶対死。
たとえ、どんなに無効化能力や耐性や対策を有していても、それらをすべて貫通して、「十二秒」の間に発動された即死魔法を敵に叩き込む究極の即死技。
そして、
「やはり対策済みか」
アインズは軽く頷いてみせる。
カワウソの左腕にあった自動蘇生アイテムが、効果が発動したかのように、崩壊。
また、ミカとクピドに与え、装備させておいた同様の効能を示す
対モモンガ戦を想定していたカワウソの備えは、アインズが速攻で発動した切り札から、完全に守り通してくれていた。
「やはり知られていたようだな。俺の切り札たるスキルへの対策について」
当然と言えば当然。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの長たるモモンガの情報を、カワウソはもはや己の常識として認知していた。
ただ、
カワウソとしては、こんな序盤の序盤に使われるのは、意想外の出来事であったが。
「
カワウソが、アインズ・ウール・ゴウン──否、“モモンガへの対策”に十分以上の準備を重ねているという認識を得る。
「ならば」とアインズは宣する。
「俺は今──“アインズ・ウール・ゴウン”として、君たちと存分に戦うとしよう」
モモンガの──否、アインズの瞳が煌きを増した。
カワウソは油断なくミカに命じる。
「ミカ!
下知を受けた女天使が、前方に構えた光剣の先に玉のような光を集束させる。
「上位
光は玉座の間を白く染め上げ、その光だけで不浄なものを祓い清めるような圧を展開。
「──
光玉がひときわ大きな輝きを爆発的に広げ、世界を刹那の間、純白のベールで覆った。
そして、
「……ほう?」
感嘆するように頷くアインズが見上げ、アルベドとシャルティアが警戒を深めた姿。
最上級天使たる“
そして、それらの最頂点に位置する熾天使──
六枚の羽根を広げた女騎士が召喚した、それは紛れもない、ひとつの異形。
ミカという拠点NPCは、一日の発動可能数四体を“神聖儀式習熟”のスキル効果で強化し、上位エンジェル創造を二回分消費することで、最大90レベル弱の天使を作り出せる。
ナザリック最奥の空間を埋め尽くすかのような純白の降臨。
幾千もの輝く羽毛を散らす巨翼を三対生やしたモンスターは、トパーズ色の瞳を見開き、金属のごとく煌く裸の天使……見る者によっては男女の区別もつかない清美な裸体をさらした、炎の剣を握る美丈夫……は、ただの付属品。その下半身に接続された、星のごとき巨大な輝煌を溢れさせる直径10メートル規模の球体──神に最も近しい存在として君臨する、太陽と見紛うほど赤い宝玉こそが、ユグドラシルにおいて最高位の天使種族モンスターの象徴だ。その巨体や美麗さから、天使と言うよりもレイドボスと言われた方がしっくりくる。
この姿こそが、アインズが、モモンガが最も警戒して当然の熾天使……その至高の天上に座する神聖存在の極致たるにふさわしい炎熱と破壊力を、広大な玉座の間を所狭しと覆い尽くしている。外の存在では、太陽が地上に現出したがごとき熱量に一瞬で焼灼されかねないが、ナザリック地下大墳墓の最奥に位置する玉座の間が、アインズの“エクリプス”による絶対死すら撥ね退ける防御力が、その程度の事象に焦げ融け朽ちることは、あり得ない。
魔導王は余裕の表情で含み笑う。
「ふふ。素晴らしいな。それでこそ、俺たちが全力で戦う価値がある」
アインズにとっては、カワウソが熾天使のNPCを率いていた時点で、これだけの相手をすることは確実視されていた。
炎熱への強力な耐性を有するデミウルゴスならばいざしらず、アンデッド種族であるアインズやシャルティアにとっては、醸し出される炎熱のオーラで吹き飛ばされそうな威を発揮。
その証拠に、
「くぅ、ううう!」
鎧甲冑の下にある皮膚が焦げつくような異臭と共に、吸血鬼の戦乙女の動きが明確に
「シャルティア! ──ハッ!」
同胞の窮地を護るがごとく、アルベドが盾のように迫りくる熱気を、戦斧の一振り二振りで薙ぎ払うが、それも暖簾に腕押しと言った有り様である。
「アルベド、シャルティアを頼むぞ」
「ハッ」
アンデッドでありながら、炎属性の空気を涼しい貌で受け流す魔導王に対し、承知の声を奏でたのは、漆黒の鎧に身を包む女悪魔。
そして、彼女たち前衛を置いて。
────〈飛行〉したアインズが、“前へ”と、躍動。
「なに!」
「バカな!?」
「はあぁ?!」
カワウソのみならず、ミカとクピドが驚愕を露わにした。
こともあろうか、
あまりの事態に、カワウソさえもが、アインズの手に込められる魔力を、黙して凝視するしかなかった。
「〈
アインズの掌で生成された黒い球体に、カワウソは慄然となりながら叫ぶ。
「“あれ”に、近づくな!」
ミカとクピドは主人の意を理解して、即座に停止後退することができたが、すでに召喚され、攻撃態勢に移行している
黒い球体は、発動者の掌中にありながら宙を疾駆し、まるで魔法の武器であるかのように詠唱者の身振りに併せて振るわれる。
熾天使の振るう、巨大化した赤炎の刀剣と鍔迫り合うかのように。
「ふん」
アインズが熾天使からの攻撃に、最も接近した瞬間、黒い魔法の暴圧が威力を発揮。
漆黒の大真珠は、我が意を得たりという風に、敵対する位置の召喚天使へ殺到。黒球はまるで自らの意志を持つかのように、至高天の熾天使が振るう炎剣に食らいついた。ついで、目にも止まらぬ速度で──地を這う蟲を超速で早送りにしたような速度で、ありえない食事風景を披露した。
ボボボボボ、と空間ごと削ぎ落されるような、破壊音。
あれは、あの天使を炎の剣ごと貪り尽くす黒い球体は、単体に限定した圧倒的ダメージ──究極破壊を与える絶対的な攻撃魔法。故に、その射程距離は比較的短い――アインズの掌からわずかに浮き上がる範囲――という不利はあるが、その単純な破壊力は、第十位階魔法の中でも高い威力を誇る〈
その証拠に、黒球が
それでも、まだ攻撃を繰り出そうともがく様相を、熾天使は見せつける。
漆黒の球体に食い散らされた天使は、魔導王の続けざまに唱える次の魔法にも、無力。
さらに、本気の追い撃ちをかけるアインズが、新たな魔法を発動。
「〈
先ほどの球体と同じ邪悪な闇一色に塗れた刃……次元の裂け目のごとき長剣が、アインズの掌中から発生。
瞬間、敵を分解して消滅させる黒い剣が天使を頭上から薙ぎ払い、光に満ち溢れる神聖属性の
これらの攻撃は極善属性に傾注している熾天使などへの特効を有している反面、極悪属性のアンデッドなどには、いまいちなダメージしか与えられない。故に先の魔法と同様、かつてのシャルティア洗脳時において、アインズはこれらを使うよりもマシな、同程度の威力を持つ〈
ミカの創造した究極の天使──
時間にしてわずか数秒の交錯は、アインズ・ウール・ゴウンの完勝と言えた。
「……チッ」
「むこうもやるなぁ」
ミカとクピドがそれぞれ反応する。
対する魔導王は、
「ふぅ。危ないところだったな」
などと言いつつ、まったく危なげない様子で、アインズはアルベドたちの傍に降り立ちローブの裾をただしてみせる。
「お見事です、アインズ様」
「まさに、最強の御方に相応しい戦いでありんすえ」
アインズの防御に全神経を集中させていた王妃らに称賛される魔導王は、むしろ王妃たちの存在をこそ褒めそやした。
「いいや。おまえたちが私の防御に集中していたおかげだとも」
でなければ、さすがにアインズも全力で攻撃に打って出ることは難しかっただろうと、冷厳に告げる王の姿。
カワウソは完全に意表を突かれていた。
……というか。
魔法詠唱者が、純粋な後衛職が、誰よりも前に出てくるなんて思わなかったのだが。
カワウソの知る限りにおいて、モモンガはそこまで接近戦に明るいプレイヤーではない。にもかかわらず、アインズ・ウール・ゴウンは慣れた様子で熾天使との近接戦闘を採択し、実行して見せた。
これはどういうことだろう。
モモンガはゲーム時代、実力を隠していた可能性は? ──否。そんなことをする理由がどこにある。
「次はこちらの番だな」
考えている時間すら惜しい。
アインズ達は次なる構成の準備に入る。
ミカの熾天使召喚に倣うかの如く発動されるスキルや魔法。
「さぁ、来なさい――“騎獣召喚”トップ・オブ・ザ・ワールド!」
アルベドを
「〈
シャルティアの左右両手に顎を撫でられる双頭の魔狼が低く
「〈
アインズの背後に何よりも巨大に過ぎる三つ首の暴君が六つの眼を
カワウソは号令を発した。
「“散開”しろ!」
指示通りに動くミカとクピドは、カワウソを護る距離から遠ざかっていく。
「馬鹿め! 貴様一人で何ができると!」
狼に蹂躙命令を下すように指先を伸ばす吸血鬼には構わず、カワウソは大地──石畳の床に手を這わせる。
「〈
瞬間、玉座の間を激震が襲った。
堕天使の手より発動された三重の大地震は、ナザリックの誇る第十階層にはいかなる
アインズたちの召喚されたモンスターたちの動きが、すべて、
この大地震によって、地上を這うあらゆるモンスターの動きは「行動不能」に陥るのだ。
例外は、アルベドが騎手となっていた双角の黒い獣だけ。主人の反射運動にも近い「ハイヤァッ!」の号令の意図を解し、跳び上がって回避できていた。
それ以外の二匹の獣……オルトロスとケルベロスは、カワウソの魔法が起こした激震によって、完全に身動きがとれなくなる。
「やれ、クピド!」
即座に吼える
震動が続く数秒の間に、彼は低空を浮遊しつつ、己のなすべき攻撃を叩きこみにかかった。
「
その小さすぎる掌中で見事に装填を終えた
「ファイア」
召喚モンスターを問答無用で消滅させる魔法の弾丸が、魔法の光と轟爆に包まれ、過つことなく、アインズの召喚した
「ふん」
己の召喚獣を消された事実に対し、鼻を鳴らしつつも静かに感心するアインズ。
対して。
「キッサマァ!」
義憤に駆られたシャルティアが吼えて、槍を構える。
そうした一連の動作よりも先に、赤子の天使は次弾装填を終えていた。
貫通力および破壊力に特化したクピドの愛銃、対物ライフルがモデルの
クピドの愛銃……かつての
「コノ、クソ雑魚天使ガアアアあああああッ!」
赤い瞳を血走らせたシャルティアが突撃を断行。しかし、赤ん坊のいる空間に肉薄しようとした途中──
光る霧のようなものを見た。
瞬間、
「
シャルティアは弾かれたように顔をのけ反らせた。アンデッドの右腕を、かすかに焼いたような臭気が香る。先ほど見た極薄の霧のようなもの。それが航跡のように、空間の中を漂っていると理解した。
「我が御主人の発動しておいた〈
嗤うクピドは武器換装を終えていた。
これまた赤ん坊の肢体では操作どころか携行不能なはずの超重量──全長90センチ、本体重量だけで18キロ、稼働させるバッテリーや大量のベルトマガジンと合わせれば、通常人類がひとりで持ち運んで運用することは不可能な、ガトリング式電動機関銃──通称、ミニガン。
その黒く鈍く光る六連砲身が火を噴いた。
シャルティアの眼前で旋回する砲身が、秒間100発という制圧射撃を遂行。空間を引き裂く爆音の連鎖は止まることなく、真祖の赤い鎧の上に襲来してくる。
「ぎ、ぎぃ……なめるなぁッ!」
吸血鬼は果敢に応戦する。炎属性の弾丸を一発残らず、スポイトランスの槍身で弾き防いだ。
が、さすがにこの至近距離で、全弾回避は不可能。
「チィ!!」
クピドの冷酷かつ冷淡な射撃は間断なく降り注ぐ。彼がその身に巻くベルトマガジンのみならず、
シャルティアは炎属性への耐性が低いアンデッド。一瞬でも防御が途切れれば、かなり危うい状況が続く。
「オラオラァ! こんなものかよぉ!」
「ぐ──コノォ!」
憎悪に煮えたぎるシャルティアの思考に、氷のごとく滑り込んだ声音が響く。
「“
「調子にのるなァ!」
ほんの一歩、宙を蹴って殺到する漆黒の重装甲騎兵。
振り上げた漆黒の斧刃が、クピドの握り構える砲身を引き裂く、その前に。
「“
アルベドの発動したものと完全同一のスキルが発動。
瞬間、女悪魔の眼前には、うるさく吠える銃器を振り回す赤ん坊ではなく、黄金の鎧兜に身を包んだ女天使──ミカの姿が。
黒斧と光剣は鍔迫り合い、互いの息が嗅ぎ分けられるような至近の位置で、漆黒と黄金の女騎士たちは兜越しの頭を突き合わせている。
ミカがこのスキルを使うのは、飛竜騎兵の領地で、殺されかけたヘズナの族長に対してであったが、今は完全に、天使の澱の仲間に対して、その能力を発揮している。
「──
「あら、そう? それは光栄だわ。じゃあ、……さっさと、死んで!」
再激突する斧と剣……アルベドとミカ。
その遥か後方に位置交換で飛ばされたシャルティアとクピドもまた、互いの主人を護るべく激闘を繰り広げる。
双方のNPCが交戦する中、
「なるほど」
にらみ合い、対峙するだけの、アインズとカワウソ。
「〈
この魔法は、発動した魔法詠唱者の移動した空間に、ほとんど不可視と言ってよい、文字通り「光る航跡」=神聖属性の、堕天使の辿った道に薄く伸びた“霧”が張り巡らされることで、その光に触れたモンスターやプレイヤーの動きを阻害。相手のレベルが低位の場合などによっては、わずかながら追加ダメージを与える魔法である(これも神聖属性故に、悪属性の存在にしか通じないが)。
先ほど、アインズの
「なかなかの策士じゃないか。それに。我が守護者の中でも最強と呼び声の高いシャルティアと、最硬と謳われるアルベドと、ほぼ互角の戦闘を繰り広げるとは……君の
「……」
カワウソは会話するべきか否か迷う。
実力的に言って、カワウソの方が圧倒的に不利。いくら策を講じても、それにも勝るアインズたちの力量と知略を肌身に感じる。こんな状況でおしゃべりに興じられるほど、カワウソの肝は豪胆ではない。
逆に、豪の者を地で行くかのようなアインズ・ウール・ゴウンは、悠々と両手を広げる。
まるで愛しい仲間を抱くかのごとく。
「さぁ、かかってこい。“俺”を失望させるなよ?」
それはまるで、RPGではおなじみの、魔王の宣告であった。
超然と微笑む
アンデッドモンスターの中で特に、スケルトン系統に効果的な殴打武器である
右手にあるのは、
アンデッドを
深く、深く、息を整える。
「────、ッ」
魔王を打破する勇者の役など似合いっこない、黒い堕天使の怪悪かつ汚濁にまみれた面貌で、真正面から、睨み据える。
そして駆け出す。
「〈
爆発的に増幅する堕天使の速度ステータス。
両手には、神聖属性の輝き──モモンガには致命の武装が、二つ。
何もかもを置いてきぼりにする勢いで、カワウソはアインズ・ウール・ゴウンとの戦いに、挑む。
※注意※
この作品に登場する独自魔法などは、D&Dや、その派生作品などを参考にしております。
尚、