オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
本作は、原作キャラの戦闘能力について不明瞭な部分もあるため、各キャラに原作では登場していない独自の魔法やスキルなどを使用させております。念のため。
/War …vol.05
・
カワウソは駆け続けた。
追いすがる猟犬じみた魔法の矢を打ち払い逃げ果せ、
「シッ!」
魔法に撃たれ意識が昏倒する端から、鎧の効果でステータスが微増されていく感覚を得る。攻撃・防御・素早さ・魔法攻撃・魔法防御など、体力と魔力以外のどれかが確実に、ランダムでカワウソの状態異常をプラスの効果に変換していく。それがカワウソの自作できた唯一の
「チィッ!」
回避を続けるカワウソの
天国と地獄の門を意匠された転移魔法の剣“
「“
堕天使の脚全体を覆う漆黒の足甲が黒く輝きながら鋭く捩じれ、鎧の下にある邪眼のごとき首飾りも
生産都市で行った実験──
「────」
一瞬。
アインズの視界から、堕天使が消え失せる。
カワウソの星球が、アインズの頭蓋を背後から叩き砕こうとした、その時。
「〈
アインズの全周囲半径5メートル圏内を、冷気属性の最上位魔法が包み込んだ。
これまで使ってこなかった、天使種族に対して特効を有する冷気の繭。その効果範囲にとらわれた堕天使は、ほんの1秒、硬直を余儀なくされ──
ピシリ
という音を立てて、あっけなく解放される。生物や非生物、空気や空間を含む、ありとあらゆるものが凍結し、大ダメージと共に氷の凍結地獄を受けなければならない魔法であったが、冷気属性への対策は万全であった。さすがに、堕天使が何の対策も取らずに冷気属性攻撃へ身をさらせば、あっという間に体力が底をつくもの。何より、このナザリックの第五階層守護者・コキュートスなどは、こういった冷気属性の保持者としてあまりにも有名。彼はカワウソたち天使種族にとっての天敵。当初の作戦計画上、“氷河”に君臨する彼も打倒することを視野に入れて、天使の澱は装備やアイテムを整えていた。
「無駄だ」
そういって攻勢を再度かけるカワウソに対し、アインズの骨の横顔はニヤリと微笑む。
「それはどうかな?」
アインズの握る黄金の杖とは別の得物が、もう片方の手に握られている。カワウソが硬直を余儀なくされた一瞬で得た、換装のための猶予。その武器は彼が、モモンガが握るには似合わない……とても凡百で凡庸で平凡な、ただのスティレットにしか見えない。
魔法詠唱者にしてはまったく無駄のない動きで、アインズは鋭利な短剣を突き立ててくる。
ありえないと思われた。アインズの職種は
その一瞬の疑念が、カワウソの防御の手を鈍らせた。白い聖剣ではなく、黒い星球で打ち払うことに。鎖に繋がれた殴打武器の方がリーチは確実に長く、アインズの骨の掌を砕くのにもちょうど良いはず。
だが。
「起動」
アインズの突き立てた攻撃が、星球と柄を繋ぐ鎖の輪を、正確に完璧に貫いたと同時に、
「なにッ!?」
カワウソは驚いた。酸系統の攻撃魔法が、スティレットの先端から零れだした。
濁音と共に噴出した強酸──〈
カワウソは、このマジックアイテムを知らないし、何よりアインズが──モモンガがこのような戦闘方法を得意とするなどの情報を知らない。
さらに、アインズは謎のスティレットをさらに数本取り出してきた。魔法によって宙に自動で浮くそれらを警戒して、カワウソは後退せざるを得ない。
「どうした? かかってこないのか?」
「……」
ハッタリや脅しにしては、アインズの手並みは堂に
それに先ほどの短剣の捌き方は、ただの魔法詠唱者のプレイヤーが行使できる領域とは思えない。
彼がユグドラシルで手を抜いていた────以外の可能性があるとすれば?
「ずいぶんと、……鍛え上げたみたいじゃないか?」
「ほお? わかるのか?」
アタリ。
レベル的な戦闘力の向上ではなく、純粋な近接戦闘に対する順応……「慣れ」という名の経験を積み上げるのに、100年という時間は十分すぎる。過量とさえ言えた。
「先ほども言ったが。今の私は“アインズ・ウール・ゴウン”──ただの“モモンガ”だと思って戦うのは、あまりにも愚かしいことだと思うが、どうかな?」
カワウソは静かに舌を巻く。
〈魔法の矢〉の操作性といい、回避運動や武器の扱いといい、ユグドラシルの“モモンガ”しか知らないカワウソにとっては、今の彼“アインズ・ウール・ゴウン”は、未知の強敵以外の何でもない。
「クソが」
堕天使の左手に残されていた星球の柄を、壊れ融けた
代わりにボックスから取り出したのは、骸骨に効果的な殴打武器──全長2メートル超え、先端の鉄鎚は直径40センチの円柱状で、柄との接合部にスタンダードな十字をあしらった──予備武装の“
落ち着いて深呼吸を繰り返す。
アインズが強敵だろうことは判り切っていたこと。
今更、その程度のことを痛感して、精神を乱している場合ではない。
カワウソは速攻を体現するかのように疾走を再開した──その直後。
『よこせ』
聞き覚えのある声が。
自分のそれであって自分ではない声が。
『よこせ──』
耳の中に、脳の内に、心の奥深くに、荒々しく
『ヨコセ──よこせ、寄越せ、寄越せ、寄越せ、寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ!』
寄越せ寄越せと繰り返し紡がれる呪詛の声。
疑念に陥るまでもない──この身体本来の持ち主が主張する声の怒濤に、カワウソは戦いながら耳を傾け続けている。
声は明快かつ克明に、カワウソの意識を剥ぎ取るような強意のまま、
『俺の身体を──俺様のモノを──俺様の全部を、今すぐ俺様に! 寄越しやがれッ!』
先ほども味わったのと、似た感覚。
自分の内側に、自分以外の何かがいて、そいつがカワウソという意識に覆いかぶさってくるのだ。
だが、声を聴かされる方は、必死の抵抗を試みる。
(いやだ)
カワウソは戦いを続ける脚を、止めない。
その間にも、脳内で
(それはできない)
『……ふざけるなよ、カワウソ──いいや……
何かのタガが外れたかのようだ。狂笑し、嘲笑し、罵倒と侮蔑の言葉を吐き連ねる意識は、間違いなく、連日の悪夢で、今朝の夢の中で顔を突き合わせていた、堕天使としてのカワウソに他ならない。
『この
「ぐぅ、ううぅ!」
頭を強く振って理性を保つ。浅黒い肌の上を脂汗が伝っていく。
声は鼓膜を衝き砕かん勢いで、カワウソの脳液を震わせ続ける。
『おまえにはもう何もありはしない! 勝利や栄光どころか、後生大事にしていた“仲間たち”とやらすら、今のオマエには在りはしないんだからな!』
カワウソは頷くしかない。
さんざん思い知らされてきた。
自分は、カワウソは、──ひとりぼっち。
かつての仲間たちに見捨てられ見限られて、なのに、どういうわけだが、今こうして何の意義もありはしないだろう復讐戦に、バカみたいに身を焦がすだけ。我が事ながら、本当に理解し難い。
アインズの繰り出す怒涛のごとき〈魔法の矢〉をかいくぐり払い落しながら、脳内でもうひとりの自分と、異形種としての存在たるカワウソと、支配権を奪い合う。
『わかったら! とっとと消え失せやがれ! 俺のものを全部、俺様に返してな!』
たまらず、声が漏れ出ていく。
「だめだ。それは、駄目だ!」
『テメェなんぞに拒否権はねぇ! 今すぐ俺の身体を寄越せ!
あんな骸骨ごとき、人間の中身のままの
アヒャヒャヒャと下卑た声が頭蓋の内で乱響していた。
『わぁかってんだろう? テメェみたいな死にたがりの敗けたがりのザコごときが、このまま戦い続けたところで、何もできずに負けて殺されるだけだろうガ!!』
脳と全身を繋ぐ回路が、身内にいる何者かの手によって、物理的に切断されかけているような……斬首も同然の感覚に
カワウソが……否、
だが。
「それでも、駄目だ!」
強く、
人としての自分を、精神の大地に打ち込む
「俺はまだ──!」
魔法攻撃を左目に喰らう。仰け反る体躯。明滅し急転する視界。零れ落ちる赤色の塊。
「ぎ、ぁ────まだ、“まだァ”!」
閉じた左目を見開いた。
傷は完全に“ふさがっている”。
鎧の効果で微増し強化されていた防御ステータスのおかげ──というだけではない。
この場にいる天使の澱のNPC、中でも自軍勢力の強化や回復において、超級の能力を与えておいた女熾天使──ミカの存在が、カワウソの能力を底上げし、体力を毎秒のごとく微回復させ始め、適時的確に回復の魔法を施してくれる。
(まだ、諦めない……)
カワウソは、堕天使たる異形の精神に、頭の中で語り掛ける。
(俺は、皆を、
脳裏に浮かぶのは、かつての仲間たち──ではない。
あの第八階層攻略戦で置き捨ててきた、
(マアトも、アプサラスも、ウリも、イズラも、イスラも、ラファも、ガブも、ウォフやタイシャやナタも──皆!)
宙に浮かぶ
ルベドと名乗る少女を押し留めるための“時間稼ぎ”用として。
ギルド長たるカワウソの、
そうまでして、そうまでさせて、やっとたどり着いた、ナザリック地下大墳墓の最奥──この、第十階層。
彼ら“
アインズ・ウール・ゴウンとの、最後の、戦い。
NPCたちの声が、笑顔が、忠誠心が、カワウソの心を満たしてくれた。たとえ、彼らの見せる忠義や敬愛が、ギルド長たる存在に対して──“作られた”だけのものであろうとも、関係ない。全員が、この一戦、この一瞬のためだけに、すべてを捧げ……死んでいった。Lv.100NPCで残っている二人──クピドと──ミカも──今、懸命にアインズの守護者たちを
彼らの犠牲を、こんな形で、こんな所で、こんな時に放棄して……たまるものか。
(この戦いが終わるまで、俺は、まだ消えるわけには──死ぬわけにはいかない!)
堕天使の意識や感情にしてみれば、カワウソのような異分子など、今すぐ頭の中から追い出して殺し尽くしたい対象でしかないのだろう。だが、それでも──カワウソは望まずにはいられない。
(我儘に過ぎることはわかってる──こんな無意味なことに挑む俺が、どれだけ滑稽で憐れなのかも──仲間たちは誰も残らず、この世界で新たに得た仲間を……NPCたちを全員、犠牲にするような俺が、「正しいわけがない」ことぐらい──でも、それでも、ッ)
『……勝ちたいか?』
堕天使の問いかけ。
『勝ちたいのか?』
カワウソは、
(手を貸してくれ、堕天使)
悪夢の中で顔を合わせていた狂貌が、暴力的な笑みを、嗜虐心の集積物じみた喜悦を、面に表す。
『いいとも』
繊月のように鋭い笑顔から零れる、ドス黒い賞賛の声。
『いぃぃぃぃぃとも! 契約成立ッ! 俺様のようなクソ弱い堕天使に縋り、助力を乞うとは! とんッでもない
カワウソは、堕天使の抵抗が緩みきるのを、ほとんど実感する。
『可哀そうなオマエに、この俺様が力を貸してやるぁ! その代わりに──おまえは俺様の望みを果たせ! 俺との契約を忘れるな! そうして、せいぜい惨めに生き足掻いて死ねッ!
──
救いようのない契約を結んだカワウソは、脳内に響く堕天使の哄笑を、月明かりのように冷え冷えとした心持ちで聞き取り終える。
『それと忠告だ。あの“女”には、気をつけておいた方がいいぜ──』
笑声が止んだ。
同時に、ほとんど反射的に、無意識的に、堕天使の固有スキルを発動。
この戦況を回転させるであろう、堕天使Lv.11で取得できる
カワウソが、ナザリック攻略のために“堕天使となった”理由のひとつ。
「“神意の失墜”」
・
シャルティアとクピドの魔法が交差する。
「〈
「〈
天使の肉体を内部から引き裂き、吸血鬼の肢体を焼きつくす魔法。だが、お互いに受けた損傷を省みることなく、戦闘を継続していく。嗤う唇の端から鮮血を零すクピド。アンデッドの肌には致命的な神聖属性の炎に炙られたシャルティア──だが、
「“血の武装”を防御に全部回しやがったかよぉ!?」
応じない吸血鬼の乙女は、さらに魔法を詠唱し続ける。
「〈
「かッ!」
負属性の奔流が、赤子の天使を包み潰す。クピドはさらに大量の血を吐き零すが、委細構わず
シャルティアは鮮血のような鎧に、さらに鮮血からなる異様な武装を身に纏っている。面覆いは幾重にも巻かれた茨のよう。肩当や肘当、腰布や具足に至るまで純血の薔薇を思わせる棘が、幾本も毒々しい血流を滴らせている。吸血鬼の“血の武装”──その防御形態ともいうべき追加装甲である。
「……〈
だが、この状態でも神聖属性の炎攻撃は、完全に無効化はできない。せいぜい耐久力が上がっただけであり、炎や弾丸の直撃を受けた箇所は血が蒸発して役割を終えている。
(回復魔法を使うか。奴の挙動や体力の減耗からして、炎属性はなかなかに有効のはず。なら……!)
クピドは隊長の方を窺う。
「“
「“シールド・オブ・サンピラー”!」
女悪魔の
右籠手を失った腕を突き出し、大量の閃光に空間が輝きで満ちる防御スキルで耐え抜くミカ。
「隊長! 『位置を』!」
クピドの声に呼応するように、ミカはタンク職のスキルを発動。
「“
両者の位置が一瞬で交換される。
アルベドの前にクピドが。シャルティアの前にミカが。
「ちッ! コノ!」
「〈
「させるか!」
今度はアルベドの“
シャルティアに打ち込まれる女天使の魔法が何であれ、奴の抑えはアルベドの役割──奴らがこのタイミングで位置を交換した意味を思えば、熾天使の相手を吸血鬼にさせ続けるのは危険に過ぎた。
再び両者の相手が元の相手に──場所だけは完全に入れ替わった時。
「火炎放射器・最大出力!!」
「ぐ──ああああぁぁぁ!?」
クピドの所有していた、アンデッドや吸血鬼への特効兵器が火を噴いた。
盛大に濡れ潤む業火に嘗め尽くされる戦乙女に、炎属性はかなりこたえた様子。
「シャルティア?!」
「──
天使たちの作戦が見事にハマった。吸血鬼と女悪魔──それぞれが灼熱地獄と極光の三連撃を味わうことに。
しかし──
「オイオイぃ。ったく、これだけやってもぉ」
「…………全然、やりきれそうに、ない、とは」
位置交換を使っての攪乱攻撃であったが、防御を固めたシャルティアとアルベドは、そこまで危機的な体力減少を、美麗な女の面に表さない。
「──はン。無駄なことでありんす」
「いかに同レベルといえど、我らナザリックと、貴様たちのごとき下等ギルドが、対等な勝負を展開できるなどと思われるのは、屈辱だわ」
圧倒的な力の差を見せつけるがごとく君臨する女傑たち。両陣営の身に帯びる装備のランクの差は勿論、100年もの間、異世界にてギルド長たるモモンガを、魔導王を支え守り抜いた矜持が、大樹のごとく悠々と
「チッッッ」
「なめんじゃねぇぞ、お嬢ちゃん達ぃ!」
舌を打つミカが光剣と光盾を構え、クピドは燃料の尽きた火炎放射器を投げ捨てて、銃火器二丁を掴みだす。
四者が再びの激突のために対峙した、直後。
堕天使の
その
「何?」
「これは? アルベド!」
ナザリックにおいて最も荘厳な空間に、異様なスキルの発動が確認された。
それは、アインズが魔法で戦い続けていた雑魚──杖や短剣で相手取り続けた敵首魁を中心に起こっている。
「堕天使の、“神意の失墜”!」
アルベドは即答の後、即応した。
彼女が見据えた先──アインズが対峙する堕天使の容貌が、さらに別の異様さに変質している。
堕天使Lv.11で獲得される
このスキルは、読んで字のごとく、“神意”が“失墜”することを意味する。
そも神意とは何か。それは、神の意志であり、神の
それは、悪の肯定。または、無秩序の容認。
このスキルを使用した者が成し遂げること……それが善行であろうと悪行だろうと、神意を否定し失墜させた存在への絶対的な全肯定が、この
「ふん」
アインズは鼻を鳴らし後退。強襲を警戒するように防御魔法──〈
彼の目の前に対峙していた堕天使の顔が、スキル発動によって、またしても変貌を遂げていた。
『ごぉぉぉおおおおおおおおオオオオオオオオ────ッ!!』
口腔から迸るはずの声。だが、今のカワウソに、口と呼べる顔面構造は、ない。
咆哮する獣が如き堕天使の、その顔面部に穿たれた、真っ黒い純暗の、……円。
恐慌し狂乱した際に見せたような、両眼を穿たれたが如き漆黒の
醜悪怪異の極みに達した、異形の相貌──
これこそが、堕天使Lv.11が取得できる“神意の失墜”発動における肉体エフェクト。
神の意志を否定し、神の御心を拒絶した堕天使が、神から与えられた姿であることすら“許されなくなった”……神の御意志からも見捨てられ、失墜してしまったが故の、変容。
すべてを飲み込み欲すること──欲心に憑かれたバケモノが至る、最悪の形態。
Lv.13のスキル“欺瞞の因子”やLv.15のスキル“堕天の壊翼”は、神から与えられた仕打ちに逆上し、神の地位を我が物としようと求め、さらなる力を蓄えた堕天使が至る力の発現──というのが、ユグドラシルにおける堕天使という種族・モンスターの設定であった。
そして、このスキルの効果が、あっという間に、玉座の広大な空間を満たす。
──見れば、堕天使の率いていたNPCたちの、その足許に、黒い円環が輝いている。
「シャルティア! 今のアイツらは!」
「わかっているでありんす!」
「負属性は使うな!」
短く注意喚起するアインズたちが迎撃の態勢を整えていく。
天使種族──中でも堕天使の種族に関する勉強は、奴らが転移してきてから、アインズ監修のもとで、守護者たち全員で行い続けてきたこと。
故に。あのエフェクト……あの
「アインズ様をお守りしんす!」
「ええ! シャルティア、予定通り!」
「──“
天使共より遠く離れ、アインズを直衛する位置を確保。そして、シャルティアの有するスキルの中でも最高峰の切り札によって、純白に染まる“もう一人のシャルティア”が、戦列に加わる。
堕天使のLv.100プレイヤーを相手にするうえで、最も警戒すべき種族スキルのひとつ。
堕天使・Lv.1~Lv.9で取得する“清濁併呑Ⅰ~Ⅴ”の効果は、純粋な天使種族ではボーナスダメージとなる呪詛・闇・負属性への高い耐性を獲得し、呪詛、闇、ありとあらゆるカルマ値に依拠した攻撃や魔法、エリアなどでのペナルティやダメージをほぼ無効にする能力を発揮するもの。
そして、“清濁併吞”の効果は堕天使本人だけが対象となるわけだが、さらにLv.11で獲得される“神意の失墜”は、その『効果範囲拡大版』ともいうべき能力を持つ。
神の意志によって墜とされた堕天使が、神の意志を否定し拒絶し、その意を完膚なきまでに失墜させ、己と同じ場所にまで追い墜とそうとする、力。
それをこの戦域に……世界そのものに……フィールド全体に及ぼす権能が、堕天使の種族レベル11で与えられる。
このフィールドスキル“神意の失墜”は、自軍勢に、堕天使の“清濁併吞”の効果……負属性や悪に対する絶対的な耐性を与えるもの。
つまり、天使の澱のNPCたち──強力な神聖属性攻撃を有するミカやクピドに至るまでもが、負属性などの特効が通用しなくなることを意味する。
これは、なかなかに脅威的な事態である。
連中の魔法やスキルはこちらに有効打を与えうるのに、こちらの得意な、連中への特効攻撃は、ほぼ無効化されるということ。
ちなみに。このスキルを発現させれば、ナザリックの第一~第三階層“墳墓”のマイナスエフェクトに、天使の軍勢たるギルド:
この異世界に転移し、拠点NPCが自分の意志で動き、拠点外で活動できるようになったからこそ立案できたナザリック前半の攻略作戦は、結局、採択されることなく終わってしまったのは惜しむべきか喜ぶべきか。
何はともあれ、堕天使のスキルの加護を受け、黒い円環に乗るかのように飛行する二人の天使が、それぞれ魔法を飛ばす。
「〈
「〈
「ちっ!」
「クソ共がァ!」
アインズに降りかかる脅威……神聖属性による絨毯爆撃を、二人はステータスやスキルを駆使して、辛くもしのぐ。
だが、かと言って反撃に転じようとしても、二人の得意とする負属性は、この状況では特効能力を喪失している。おまけに、カワウソの超速度が二人の脇をすり抜けていこうとするのを止めるのに力を尽くし、神経を労さねばならない。空間を自在に駆け走る堕天使の脚力は、まさに瞬速。アルベドとシャルティアという前衛でなければ、確実に見逃してしまう速度を誇る。100年の研鑽を積んだアインズであれば、一撃二撃でどうなるはずもないのだろうが、あの狂乱したような面貌をさらす愚物が主人に攻撃を成すのを座して見るなど、耐え難い屈辱だ。
「ミカ! クピド!
しかし、意外なことに、堕天使は──カワウソは正気の声をもって二人に命令を下した。狂気の汚濁にまみれた気配が一片も感じられない主命。漆黒の真円に穿たれた面貌は、あるいは先の狂態以上の兇変であるが、カワウソはどういうことか正常な思考でいられる模様。それが判った女天使と赤ん坊は、一切の躊躇なく突撃姿勢を構築する。
驚き慄くアルベドとシャルティアに、命じられた敵NPCが聖剣の転移魔法で肉薄。
カワウソが握る聖剣の力によって、二人はすぐさま近接戦闘に移行したのだ。
そして、
「「 しまった! 」」
カワウソが二人の視界の端で、天井を疾駆しながらアインズのいる最後方に進撃。近接戦闘状態で、カワウソを追撃する攻撃や魔法を放つことは難しい。おまけに奴は堕天使Lv.13の“欺瞞の因子”という
その状況で、アインズは冷徹の極致にある。
LV.13の回避スキル“欺瞞の因子”で発生する分身体を含め、突撃してくる敵に対し、有効な戦術を展開。
「〈
玉座の床より突如として出現した、膨大過ぎて千や二千を超えているだろう骨の槍。その効果範囲拡大。白亜の槍の乱立はアインズを中心とした広範囲──堕天使が走る天井どころか壁からも、縦横無尽を地で行くプレイヤーの脚を止める障壁を築く。骨の槍はもはや怪生物の口腔の様を呈しながら、堕天使の黒相と回避スキルを全周囲全包囲から飲み込み、彼が新たに発動した防御の魔法〈
「ほう。狂乱はしていないようだな?
……堕天使の力を使えば使うほど、異形化が進行するわけではないのか?」
堕天使には聞こえていないだろう独り言を紡ぎつつ、アインズはカワウソの戦闘方針の差配ぶりを心の内から賞した。
そして──いずれにせよ、アインズの時間稼ぎは成功。こちらとあちらの間には、十分な距離が空いたまま。
「超位魔法」
アインズの周囲を、彼がこの日はじめて唱える魔法の閃光が輝かせた。
蒼白い魔法陣は、位階魔法の最頂点に位置するものを示していた。
アインズの企図は、ただ一点。
堕天使のフィールドスキルは面倒。何より、カワウソの引き連れてきた護衛どもを勢いづかせ、アルベドとシャルティアを苦戦させるのに覿面かつ絶大な効果をもたらしている。“神意の失墜”の効果を確実に、かつ恒久的に打ち払うのに都合のいい超位魔法を選択。
同時に、アインズは課金アイテムを、ボックスから手早く取り出した砂時計を掌中に握り……砕く。
「超位魔法!! ──〈
堕天使のフィールドスキルが、玉座の間を僅かの間だけ満たしていた敵に利する力が、アインズの超位魔法によって、消滅。熾天使と赤子の天使を守っていたエフェクト、黒い円環が消え失せた。
これで、ミカやクピドの能力──神聖属性やプラスの能力に、一方的に蹂躙される可能性は消えた。
その事実に安堵しかけた、
刹那、
「超位魔法!」
千を超えた骨の槍の園の果て。
堕天使のユグドラシルプレイヤーの周囲が、アインズと同じ蒼白い魔法陣が輝いた。
「なッ! ──ふん。そうか。はじめから、こちらが超位魔法を詠唱するタイミングを狙っていたか!」
すでに、彼が墳墓の表層で唱えていた〈
気がついた時には、カワウソの手中で、課金アイテムが割れ砕ける音が。
「超位魔法!! ──〈
黒貌の名残を半分残すカワウソの、振り上げた掌。
その遥か上方──高く広い玉座の間の天井付近に浮遊する、壮麗と光雅を極めた一振りの王剣が、形を成していた。
「落ちろぉぉぉおおおおおおおおおおお!」
超位魔法の詠唱者が振り下ろした掌と共に、王権の象徴にして、王の座る座の天上に吊るされた、刃渡り10メートルはあるだろう剣が、ゴッ──と落下していく。次第に風切り音を立てて、豪快な音色を奏で吠えさせながら、巨大にすぎる王の剣が、目指す目標へと落ちていく。
カワウソが見定めた標的は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王その人。
そして、その“下”──
「ふむ。なるほど。私が回避したら、このナザリックの、玉座の間は……」
破壊される。
それが〈
それは、アインズにとっては、まったく見過ごせないこと。
故に、アインズは躊躇なく、彼女を呼ぶ。
「アルベド」
愛する彼に呼ばれた王妃は、即座に応えた。
「
タンク職のスキルによって、
そして、跳ぶ。
降り落ちる天の剣、その軌跡へ。
「“ヘルメス・トリスメギストス”!」
「な……何っ!??」
カワウソは愕然と目を見開くしかない。
そう。彼の目の前で、ありえないことが起こった。
ガリガリガリガリガリと空間を圧搾し斬砕し破壊し尽くすがごとき大ダメージの刀身を、NPCの鎧が確実に捉え、あろうことか、アインズとギルド拠点そのものへのダメージを完全に防ぎ、無力化している。
そうして、遂に、
「んんんんんんんんんぬぁッ!」
女の豪声と共に、鎧の腹胴を貫けなかった〈天上の剣〉が空間へと弾き飛ばされ、そのまま崩れ去る。
アルベドという女悪魔の防御スキルによって、なんとも信じがたいことに、極大ダメージを誇るはずの超位魔法が、まったくの無駄に終わってしまったのであった。
カワウソは「ありえない」と思った。
あんな芸当、カワウソがミカに与えた
女悪魔は耀然と微笑み、魔導王も瞭然とアルベドの“盾”の
「さすがだ。我が最王妃・アルベド」
「ありがとうございます、アインズ様……ですが、今あの堕天使が攻撃せんとしたのは!」
「うん。“だが”気にするな。私でも、似たような戦況に陥れば、似たような戦法を取るだろうからな」
ナザリックそのものへの破壊行為を企てたも同然なカワウソであったが、それは、アインズへと確実に超位魔法の大規模ダメージを集積させようとしたが故の戦略によって。
それは誉められこそすれ、理不尽に激昂してよいはずがない。憤怒に震えるアルベドを
「さぁて……次は、どうするんだ?」
これで、カワウソの一日に発動可能な超位魔法は、残り一発だけ。
対してアインズ・ウール・ゴウンは、まだ三発分の余力が、ある。
カワウソの顔面が、“神意の失墜”が消えたことで元のそれに完全に戻った表情が、悔しさか愉しさかわからない色と形に、歪む。
その時だ。
「どけぇええええええぇ! 御主人──────ッ!」
間髪入れずに轟く赤子の重低音。
カワウソの後方に残してきた天使……シャルティアと一戦交えつつ、超位魔法の大威力の余波で吹き飛ばされないよう硬直していたNPCたちの一人が、吼える。
咄嗟に、聖剣の転移を使って、後方へと後退。
「
まさに横槍を入れてくる赤子の傭兵であるが、彼が呼び寄せた三十人の軍勢が一斉に構えた武装は、なかなかに凶悪であった。
「“
物理攻撃・殴打系の武装の中でもとりわけ巨大かつ膨大な威力を発揮するそれは、通常は巨人か、でなければ人間などが大人数の徒党を組んで──同時に所持することで初めて使用可能になる、攻城兵器。ミカの指揮官系スキルによる強化を受け取った戦友たちは、シャルティアを無視し、その矛先を完全に
「突っ込めェ!」と号令を下すクピドを乗せて、破城鎚の一団は進軍していく。
さながら、堅固な城門と番兵を打ち砕くべく走る、攻城部隊のごとく。
「させるかよッ!」
ミカとの鍔迫り合いをシャルティアは切り札たる戦乙女“
「死にさらせぇッ! “不浄障壁盾”!」
シャルティアが一日で二回しか発動できない切り札の一つ。
盾の一撃で、重金属の塊たる破城鎚が折れ砕けてしまう。さらに〈
中途で折れた極太の円柱のごとき破城鎚を見下ろすシャルティアは、気づく。
「クソ! あの
クピドが姿をくらませた。おそらくシャルティアの攻撃の直前に転移で逃げ出していたのだ。
敵の矮躯を四方八方見渡して探す真祖は、ふと、上を見上げた。
天井のシャンデリアの宝石の影に隠れた──小さな翼。
「そこかァッ!」
スポイトランスを構え、空を駆る吸血鬼よりも早く、クピドが“格納庫”を開ける。
「“第七格納庫”──解放!」
瞬間、その武装はクピドの手に現れた。
「これが、俺の、トッテオキッ!」
空間から取り出されたのは、ありえないほどに、巨大な、戦略兵器。
「
広大な玉座の間の天井にまで届きそうな、先の破城鎚など眼ではない、ほぼ塔ほどの巨大さを誇る、兵器。
クピドの所有する“格納庫”ひとつを使い潰さねばならないほどの重量を誇る武器を両腕にひっさげ、赤子の天使は吸血鬼の戦姫を強襲する。
「くぅ、う˝ぁ──ううう、くぅ!」
突撃した勢いのまま、スポイトランスの尖端で弾頭部分を受け止める。
腕が千切れんばかりの巨重に全身の筋肉が悲鳴をあげかけるが、アンデッドであるシャルティアには僅かな痛痒程度。
しかし。
「ふ、ざ、け、ん、なぁあああああ!!」
問題は。これが、ミサイルという大量破壊兵器が、ユグドラシルでは大規模な炎属性攻撃を可能とするアイテムであること。
それをこの玉座の間で発動させるわけにはいかない。
自分の肉体が焼かれることよりも、この場にいる御方の身へ敵の炎が降り注ぐような事態を、王妃たる吸血鬼は断固拒絶する。
「全部、粉微塵に、粉砕してやるぁああああああああああ!!」
シャルティアはスポイトランスで弾頭を切り裂くのと同時に、己の職業であるカースドナイトのアイテム破壊スキルを最大限に発揮。起爆されるよりも早く穂先が鋼板を抉り斬り、呪われた騎士の槍が、吸血鬼の爪と牙が、戦略兵器の機械装置類を腐敗させ崩壊させる。
「おらぁああああああアアアアアアアア!」
叫喚と共に、ミサイルの構造を破砕しながら登破するシャルティアは、赤子の天使が握るミサイル中部に到達し、
「──な」
刺激臭をこぼす液体がランスを濡らした。
それは、シズなどの機械生命類を駆動させる
「はい、おつかれさん」
赤子の天使が開けた燃料の供給口から零れる、黄金の液体。
そこへ、クピドは“火のついたライター”を、放り落とす。
「クソっ」と毒づく瞬間、──大量高純度の燃料が、爆ぜた。
ミサイル本来の起爆規模には及ばないが、それでも激甚に過ぎる爆炎が、玉座の間の天井を焦がさん勢いで吹き荒れる。
下にいるアインズ達への直撃は期待できないが、敵のLv.100NPC──真祖の吸血鬼を仕留めるのに十分な熱量の大奔流。純粋な天使にとって、爆炎など涼風も同然。クピドは粛々と吸血鬼の炭化した姿を探そうとした、その時。
「残念だったなぁあああああああああああアアアアアアアアアアア!!」
吹き荒れる炎の底より飛行してきたシャルティアは、ほぼ無傷。
「な、なにぃ?!」
血の武装や鎧の一部を焼き融かし尽くし
回復したわけではない。そんな時間的猶予など、この数秒であるわけがない。
血色の戦乙女は簡単に過ぎるタネをあかした。
「炎属性への対策を──“していない”と勘違いしていたかぁッ!!」
「ちぃ──馬鹿な?!」
つまり、あの苦鳴は、炎を浴びた際の反応は、ただの演技に過ぎなかった。敵をだまし、本当に有効な攻撃手段──神聖属性をむやみに行使されないための布石。これはかつて、アインズがシャルティアとの戦いで実践した方法そのものであるが、それを天使の澱が知るはずない。
今度は赤子の天使が「
事実を瞬きの内に理解するクピド。そして、新たな小火器を空間から取り出す時間だけが、圧倒的に足りなかった。
「
シャルティアの突き出した手の先で、赤子の天使が純血の箱の内に囚われる──そして。
「“
筐体の中が純血の暴刃に、斬撃と刺突の暴虐に、染まる。
「な、ぎ、ががあああがぁぁぁあおおおあああぁおおおおおおああああぁ!?」
取り出しかけた武装ごと斬り砕かれる、クピドの絶叫。
真紅の筐体からこぼれた、低く重い断末魔。
カルマ値が善傾向の敵を封じ込め、対象の善カルマ値分の連続ダメージを与える、一日一回きりの、シャルティアのオリジナル
「クピド!」
アインズたちを速度で翻弄していたカワウソが、悲鳴にも近い声をあげた。
堕天使の創った赤子の天使──そのカルマ値は、250。
善カルマ値の持ち主には、耐えきれる連続ダメージではない。たとえ、耐えられたとしても、この
紅い棺桶が消え去り、そのうちにあったものを、250回分の剣山地獄を喰らった敵を、玉座の床に落とす。
ドチャリという音が愉快に響き、香ばしい血の香りが、シャルティアの鼻腔を心地よく突き抜けてくれる。
「──……──……、ヒャハッ!」
即座に振り返ったシャルティアは、怨敵である堕天使を赤い瞳の奥にとらえる。
己の誇る
それは光り輝く、神聖属性の穂先。
「死にさらせぇぇぇ、堕天使ヤロウがああああああああああっ!!」
清浄投擲槍・魔法追尾式。
確実に堕天使の臓腑を抉り、動きを縫い留める威力を誇る輝光の槍刃が、空間を
回避しようと身構えるカワウソ。だが、この槍は避けようと思って避けられるものではない。
魔力を込めた槍身は、確実に相手の肉体を貫きでもしないと、消え果てることはない。
「とったッ!!」
快哉をあげるシャルティア。
堕天使が逃げ惑う姿を幻視し、肉体を抉られる時の悲鳴に耳を傾けようとした。
そんな真祖の白い耳に、甲高い発砲音が一発、盛大に水を差す。
「な?」
振り返る間もなく、シャルティアの放った“
その弾頭の効果は、“
堕天使を貫く筈だった光槍は、目標に届く前に弾かれ、消滅してしまう。
シャルティアは憎悪に表情を歪め、振り向いた。
「は、ハハ……さ、ぜ、る……がよ˝ぉ。う˝は、はははぁ」
砕けたグラサンの奥で、投擲槍を撃ち落とした金色の眼が勝ち誇る。
憎き天使の腕には、戦車砲の
「ああああああああああ、うざったああああああいいいいいいいいいっ!」
限界だった。
シャルティアの意識が噴火した。
吸血鬼の瞬発力で床に伏す赤子へ肉薄。盾のごとく構えた砲身ごと蹴り上げた。
「……グ、ばハっ!!」
血を吐いて、ボールのように宙をまっすぐ突っ切り、床面を転げ壁に激突したクピド。
瀕死の重体で武装を取り落とし、エビのように痙攣するだけの天使に、シャルティアは確実な引導を渡す。
何かする前に
「〈
突き出された手から魔法を発動。ほぼ零距離から放たれる負の奔流。天使には効き目の薄いはずの信仰系魔法の中で、特別に有効的な、負属性の攻撃魔法を浴びせたのだ。
しかし、シャルティアの怨念は尽きない。
吹き飛ぶだけの天使を、さらに追撃する。
「〈
もう一撃。
「〈
さらに一撃。
「〈
さらなる一撃。
「〈
都合、五度にわたる膨大な負のエネルギーは、天使の矮小な総身を蹂躙し、玉座の間の中央にまで吹き飛ばす。
シャルティアは大きく溜飲を下げる。これで自分のMPはほぼ尽きてしまったが、致し方ない。貴重な魔力を消費して、〈
クピドという
己に与えられていたオリジナルスキルですら耐えきった、クソ硬かった天使の死体に、今度こそ背を向ける。
「アインズ様!」
今こそ加勢を、──と宣しようとして、シャルティアは自身の異変に気付く。
「……これ、は……なに?」
前進しようとしたシャルティアの片足が――――両の脚が、動かない。
振り返る。
天使の死体を見やる。
床に転がった天使を見る。
シャルティアに縋りつき止める者の気配はどこにもない。
奴は、死んでいる。
確実に。着実に。
絶対絶対絶対に。
──ふと気づく。
……NPCの、
……天使の、
……死体?
「ま、まさかっ!」
天使の死体が淡い光を放つ。
その光は床面を蛇のように這い回り、
それは、第八階層で無残にも潰されていった
「あ、足止め、スキル!?」