オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

93 / 103
戦いの果て

/War …vol.13

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 堕天使の男は駆け続ける。

 両手にアンデッド特効の武装を帯びて。

 死の支配者(オーバーロード)は戦い続ける。

 黄金の杖と天使特効の魔法を駆使して。

 

「“熾天の断罪”!」

 

 ほぼゼロ距離から起動された熾天使のスキル──“堕天の壊翼”発動中にのみ許された、アンデッドを浄め滅ぼすことを得意とする神聖属性スキルは、だが、全身を神器級(ゴッズ)アイテムに守られ、防御魔法を幾重にも重ねたアインズを打倒できない。

 

「ふん!」

 

 アインズは余裕綽々と言わんばかりに、〈魔法の矢〉を発動してくれる。無属性対策が抜けている堕天使にとっては、致命ともなりかねない魔法。魔法詠唱者の基礎中の基礎であるが、それだけに、アインズ・ウール・ゴウンの繰り出す十の魔弾は尋常でない勢いで、堕天使の四肢を打擲(ちょうちゃく)しにかかる。

 

「チッ!」

 

 カワウソは聖剣の刃で、火を纏う刺突戦鎚で、足甲の蹴り足で、魔法の矢を的確に払い除けていく。ミカの女神の能力に強化補助された今、その精度は格段に向上している。

 そして、堕天使は迷うことなく、突撃。

 

 カワウソたちは急がねばならない。

 アインズが使った超位魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉のリキャストタイムで、彼らは超位魔法を打つことができない。勝負は、そのリキャストタイム終了までにかかっている。もしも、それまでに攻め切ることが出来なければ、第十位階を軽く超える大破壊が、カワウソたちの頭上に降り注ぐのは確定的。同時にカワウソの超位魔法のリキャストタイムも同じタイミングで終了するので、それで相殺してしまえばいいと思うが、一勢力が打てる超位魔法は一日の上限回数が設けられている。

 つまり、すでに〈指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)〉〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉〈天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)〉──合計三回分を使用しているカワウソでは、ジリ貧もいいところなのだ。

 様子見も時間稼ぎも、不要である以上に、状況を悪化させるだけの愚策でしかない。

 なので、圧倒的に有利なアインズこそが、そういう時間稼ぎの策術に訴える方が良いはず──なのに。

 

「ふふ……!」

 

 アインズは微笑みさえ浮かべながら、カワウソの突撃に対し、素直に応戦してくれる。

 遠距離から魔法を打ち込み、安全な位置で敵の体力と速度を削ぐ──でもなく、アインズ・ウール・ゴウンは愚直とも言うべき姿勢で、カワウソと正面から一合を交わす。

 無論、そうするだけの意図はある。

 

解放(リリース)

 

 天使のごとく翼を広げ現れたのは、90発にもなる〈魔法の矢〉の群れ。

 足止めから復活したシャルティアが命がけで稼いでくれた魔法の再詠唱時間。それによって、アインズは着実にカワウソを打倒する準備を整えていた。解放された〈魔法の矢〉が、超至近距離で放出された大量に過ぎる弾雨が、堕天使の五体を盛大に殴打していく。女神の加護を突破するには至れないが、少しずつ、カワウソの体力を削減していくのを実感できる。ミカがカワウソに施している体力微回復の性能を上回る規模で攻撃するには、アインズもまた「近接戦の速攻戦」を挑む方が確実であり、そうするだけの実力を、すでにアインズはたゆまぬ努力によって、経験値獲得によるレベルアップではなく、知識や認識──(なま)の経験として身に着けている。

 この100年。飲食も睡眠も不要な身体を最大限利用し、(きた)るプレイヤーとの一戦を想定して、かつてのモモンガとは打って変わった近接戦闘の術を練り蓄えることは、必要不可欠なこと。自らの力を絶対と信じることなく、順当に確実に軍拡を続ける中で、アインズ・ウール・ゴウン自身もまた、魔法詠唱者一辺倒の戦い方だけにこだわる理由はどこにもなかったのだ。本物のギルド武器ほどではないが、アインズの手中にある黄金の杖は、そういった戦闘状況を想定して、鍛冶長に鍛造させた至宝の一本。それを杖術のごとく軽々と振り回し、堕天使の振るう凶器と打ち交わせるのは、アルベドやシャルティアたちナザリックの守護者たちの手ほどきがあればこそ。

 すべては、このナザリックを──仲間たちと築き上げた場所を、護るために。

 

「ゲ、は──!」

 

 堕天使の苦鳴がこぼれる。

 内臓破裂および多臓器不全も危ぶまれる集中弾を至近で喰らったが、カワウソは後退しない。

 

「がぁぁぁッ!」

 

 吐血しつつ突撃──身を独楽(コマ)のごとく回し、回転の勢いのまま刺突戦鎚(ウォーピック)を豪快に振るう。杖で防御したアンデッドの体勢を崩す、その瞬間。

 大上段から振り下ろされた聖剣──純白の刀身から迸る“光輝の刃Ⅴ”の斬光が、アインズの鎖骨あたりを強襲する。

 

「ぐぅぅ、うぉおおおおおッ!」

 

 神聖属性への防御が砕けかけるほどの暴圧。

 アインズは即座に、ボックスから〈氷嵐(アイスストーム)〉の魔法を蓄積したスティレットを取り出し、カワウソの剥き出しの右上腕を貫いた。

 しかし、冷気属性対策を万全整えた堕天使には、氷雪の嵐は効果がない。

 

「チィッ──なら!」

 

 発動した〈骸骨の壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉に押し上げられるカワウソ。

 骸骨の防御壁にもみくちゃにされる堕天使を、〈魔法の矢〉が追撃。カワウソが骨の壁と魔法の矢を斬り伏せ薙ぎ払うところに、アインズは転移魔法で頭上と背後を取る。

 

「フン!」

 

 双蛇の絡み合うかのような杖の先端を、カワウソは防御しきれない。

 魔法詠唱者に顔面をブッ飛ばされ昏倒しかける堕天使を、アインズの魔法の矢が襲撃していく。

 が──

 

「ッッ、(デコイ)!」

 

 砂や灰のごとく、あっけなく砕けた堕天使の身体は、スキル“欺瞞の因子”による変わり身。聖剣の転移を使用したカワウソに、逆に頭上と背後をとられたアインズ。

 

「はぁぁぁあああああッ!」

 

 カワウソの振るい握る“火天の刺突戦鎚(ウォーピック・オブ・アグニ)”が、アインズの左上腕骨を焼き、骨の欠片が散るほどの(ひび)を入れる。

 

「こッのォおおおおおッ!」

 

 アインズの繰り出す魔法蓄積のスティレットが、カワウソの左肩を抉り、魔法の矢を流し込んで、爆ぜる。

 

 

 

「があああああああああぁぁぁぁぁッ!!」

「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 

 二人は戦い続ける。

 互いの命を賭けて。

 死力を尽くして──

 

 

 

 その最中(さなか)

 彼らの頭上で、煌々と世界を照らす女天使──女神が、その威を発揮しようとしていた。

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 ミカとアルベドの攻防は、終局を迎えつつあった。

 

 

「それこそが……

 NPC(ノンプレイヤーキャラクター)!!!」

 

 

 無垢に過ぎる至言。

 純粋に過ぎる宣誓。

 酷烈に過ぎる礼賛。

 

 対峙し、侮蔑と嘲弄を吐き続けた女悪魔ですら、ミカの事情を察するにはあまりある状況。

 それでも。

 ミカの言動の端々から、アルベドは最高位の知恵者として、最悪の可能性を思考し──その、あまりにも酷薄な“設定”を前に、恐怖した。

 その『恐怖』こそが、当惑するアルベドの命運を決した。

 

「カワウソ様に戴いた我が命……使い、果たす!」

 

 背中から伸びる天使の翼。

 六枚ではない。それは、もはや千単位──万単位の、純白。

 舞い散る羽毛ひとつひとつが神聖な光をともし、地下にある玉座の間に太陽のごとき輝きを想起させる。

 女の頭上に浮かぶ金色の円環も、その輝度を増すばかり。

 

「“無垢なる者(イノセンス)”最大スキル!!」

 

 轟々と光の密度が増し、正眼に構えた剣に極大の輝煌が(ほとばし)る。

 世界のすべてを無垢なる光に包み込み、敵するものすべてに膨大な力の奔流を叩き込むであろう、一撃。

 女神と熾天使の力によって相乗された、ミカの最大攻撃手段。

 そのデメリットは計り知れないが、もはや出し惜しみなど、不要。

 熾天使にして女神である、ミカの振るうことが可能な、最高にして最大の、閃光──

 

 

「 ── “真剣(トゥルース)” ── !!!!」

 

 

 (まこと)(つるぎ)

 そう号された、無垢なる者(イノセンス)のみに許された、神聖な力の、一振りの一閃。

 激烈に過ぎる光が空間を満たし尽くした瞬間──アルベドの防御……鎧が、神器級(ゴッズ)アイテム“ヘルメス・トリスメギストス”が、砕けた。

 

「ば……」

 

 馬鹿な。

 そう問い質しかけるアルベド。

 これは、至高の四十一人が一人“大錬金術師”タブラ・スマラグディナが与えた最上級の装備物。理論上、超位魔法の一撃すら三度まで耐えきれる特殊能力──絶対的な防衛装置としての機能を有する神器級(ゴッズ)アイテム、その最後の一枚が、たった一撃で砕かれた。

 だが、今の一撃は、世界そのものを烈光の輝刃に染め上げる能力は、それだけの威力を込められていたのだと理解する。これは、他の守護者たち──アルベド以外のNPC──さらには、至高の御方と信仰して止まぬアインズ・ウール・ゴウン……モモンガ……鈴木悟では、確実かつ完全に、命の危険すらありえた、絶対的な攻撃能力の顕現に他ならない。

 おかげで、アルベドは普段の純白のドレス──あの女天使の攻撃力の前では紙同然の装備──を再び晒すことになるが、神器級(ゴッズ)の鎧の効果に守りぬかれた女悪魔の体力は、ほぼ無傷。

 それに対して、

 

「ッッッ!? ──クッソォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 美麗な相貌を焦燥に歪め、天使にあるまじき毒気の混淆した叫喚を吐き散らす女騎士は、自分の最大攻撃スキルすらも防御し果せた女悪魔の無事を認め、悲嘆の限りを尽くした。

 アルベドは静かに納得の表情を顕す。

 

「……最大スキル、というだけはあるわね。

 タブラ・スマラグディナ様より頂戴した最高位の防御を、あなた一人で“二枚”も砕くとは」

 

 一枚目は、カワウソの超位魔法──〈天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)〉を受けて。二枚目は、女神(ミカ)の発動した魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)の〈神炎(ウリエル)〉〈神薬(ラファエル)〉〈神英(ガブリエル)〉──そして、〈神と似たるもの(ミカエル)〉の連鎖魔法攻撃にて。最後の三枚目は、今まさに発動した光輝の極剣──“無垢なる者(イノセンス)”の最大攻撃スキル──“真剣(トゥルース)”の、袈裟斬りによる一撃によって。

 

 この“真剣(トゥルース)”の特殊技術(スキル)は、発動者のカルマ値と、ダメージを負う対象の、両者のカルマ値の“差分”によって威力が決する。ミカのカルマ値は「500」の極善に対し、アルベドのカルマ値は「―500」の極悪……つまり、カルマ数値の差が合計「1000」の開きがある今回の戦況において、ミカの放った攻撃スキル“真剣”の威力は、事実上最大級の規模にまで増幅されていた。おまけに、この特殊技術(スキル)は“黙示録の獣殺し(キラー・オブ・ザ・ビースト)”と同じく、悪魔や魔獣、竜種などへの特効効果も付属している。その威力はたった一発ながら、超位魔法クラスの対個人への破壊ダメージをもたらしうる……少しでも防御が間に合わない=無防備な状態で受けた時=鎧に攻撃ダメージをすべて移すスキル「以外」を使用していたら、与えられることになっただろうダメージ量は、たとえアルベドという防御役(タンク)であっても、一撃死は免れない極限の攻撃手段となる………………はずだった。

 

 だが、アルベドの誇る神器級(ゴッズ)の鎧、ヘルメス・トリスメギストスは、超位魔法級と評すべき攻撃──ありとあらゆる大攻撃に対し、三層構造からなる鎧を、タンク系の防御スキルと併用することで、装備者であるアルベドを“三度”、無傷で守護し果せるという破格の性能を示すように創られた超一級品である。

 

 アルベドがミカに対して懐いた『恐怖』……

 だが、それこそが、アルベドの思考を完膚なきまでに冷静にさせた。冷徹を極めさせた。

 

 まったく相手を(あなど)(かろ)んじることなく、もはや明確に危険過ぎる敵の一撃に耐えるべく、防御役(タンク)スキルと鎧の特殊能力を完璧に機能させえた。

 ミカという名の、敵NPCの統括者たる女天使は、最終的に、アルベドの創造主が残した最硬の装備を、ただ一人の力で“二枚”も打ち砕いた。

 女神(ゴッデス)の種族はダテではない。

 その事実を、アルベドは冷厳に、粛々とした口調で受け入れる。そして、事実を突きつけ返す。

 

「けれど──もう、終わりよ」

 

 アルベドの装備が教える、ミカの体力(HP)。天使の体力が、一挙に警戒域の色へ下降する事実を示した。

 無論、ミカの誇る最大攻撃“真剣(トゥルース)”の発動には、条件が存在する。

 発動の際には、単一目標となる敵が真正面の攻撃範囲(レンジ)にいること(距離は関係なく、真正面にいる敵だけが攻撃対象となる)。スキル発動前の準備時間・三秒間は、発動者(ミカ)が完全静止の無防備状態に移行すること。その準備時間中に、敵からの妨害攻撃が加えられないことで、ようやく発動可能となること。

 

 そして最後に、発動した後は「使用発動する対象(ミカ)の残存体力(HP)の、五分の四……実に80%を消耗する」こと。

 

 この玉座の間での戦いで摩耗したミカの体力は、確実にアルベドのそれを下回っていた。

 だというのに、ここで残存体力の八割を捧げて発動するスキルが、──不発。

 アルベドの神器級(ゴッズ)の全身鎧・最高の防御性能を破砕し尽したという大戦果はあるが、それでも、敵のタンクがほぼ無傷で君臨しているのに対し、ミカの体力ゲージは警戒域(イエローゲージ)を下回るのは、痛切の極み。熾天使は、自分のスキルで体力を回復することはできず、おまけに魔力(MP)はさきの“女神の魔法”のコンボによって消耗し尽した。時間経過による魔力回復を待つことなど、アルベドという悪魔が許すはずもなし。

 

「クソ!」

「無駄よ」

 

 ミカがこれまで温存しておいた(というより、せざるを得なかった)上級のポーションを取り出した瞬間に、治癒薬が斧刃の軌跡──完全破壊の攻撃によって一掃・破砕される。その余波だけで、天使の左手の薬指と小指が削ぎ落ち、血と光の粒子を零しながら落ちていく。ミカが少しでも治癒薬の使用を強行していたら、確実に手首から先が落ちていただろう速攻の斬撃だ。落ちたミカの指先は、玉座の床に触れるかどうかというところで、完全に光子の塊となって消滅。ミカの予測した通り──ほんのワンアクション、たった一秒の無駄な動きも、アルベドは決して見逃してくれない。女天使は剣を握る手で、二指の傷口を塞ぐなどの体勢は見せない。そんな余裕など、この悪魔の前であるわけがない。

 どちらが優勢に立っているのかは、もはや火を見るよりも明らかだ。

 日蝕のごとく、太陽の威光が陰りを帯びる。

 

「クソ、クソッ、クソッッ──クソッッッ!」

 

 痛みなど苦ではない。

 だが、それにも勝る屈辱の事実が、ミカの唇から毒のある息吹を吐かせ続ける。

 そう……完全に、ミカの作戦失敗であった。

 

 ──アルベドの舌戦に応じなければ。

 ──相手が主人を愛しているNPCでなければ。

 ──そんな敵の姿に嫉妬し、逆上し、戦いを焦らなければ。

 

 あるいは、……そう……何かが違ったのかもしれない。

 

 だが、そうはならなかった。

 ただそれだけのこと────たった、それだけのこと。

 

「いくわよ。覚悟しなさい」

「チィッ!!」

 

 僅かも怖じることなく、アルベドはLv.100同士の本格戦闘では裸同然とも言えるドレス姿で、漆黒の戦斧を構える。対するミカは応じるかのごとく、罅割れ壊れかけの光剣を両手で握り直し、六翼を羽搏(はばた)かせて──突撃。

 再び拮抗する両者の戦闘。

 防御においては、アルベドが不利。

 体力と魔力では、ミカが圧倒的不利。

 加えて、二人の心理的な有利不利については────語るまでもない。

 

 

 その時だ。

 

 

「ミカ!」

 

 

 女天使を呼んで叫ぶ、堕天使(カワウソ)の声が。

 

 

 

 

 ×

 

 

 

 

 堕天使の魔力も既にカラに等しく、時間経過で回復できても、第五位階程度が一発撃てればいい方だろう。純粋な魔法詠唱者ではないカワウソの魔力容量も、そこまで多いわけがない。

 対して、アインズの魔力は未だに余力あるのが現状だ。魔法詠唱者でありながらも、近接戦に対する心得や能力を獲得していたことで、ここまでの温存が可能だったのだ。己を強化する魔法は最低限に抑えつつ、確実に堕天使を打倒する無属性魔法を主体に戦闘を組み上げている。

 

 二人共に、死に物狂いで戦い続けた。

 それは見る者によっては餓鬼(ガキ)同士の喧嘩じみて見えたかもしれない。“上の上”のプレイヤー同士であれば、もっと華麗かつ流然とした芸事のごとき演舞にもなっただろう。

 だが、そんなことは当事者同士には関係ない。

 そして、二人の心に満ちる意気も。

 

「ふは、フハハハ!」

 

 アインズは笑う。

 ナザリック地下大墳墓を攻略せんと欲する敵に対し、ギルドを、アインズ・ウール・ゴウンのすべてを守るべく、先頭に立って戦い続ける己を自覚して。

 自らを砕き切ろうとする敵──堕天使の一撃を払い、落とし、逆襲し、逆転し、さらにそこから逆襲され逆転される、闘争(たたかい)の連続。

 それが心地よい。アンデッドの空っぽの胸の奥に、満ち足りたものが感じられてならない。

 対するカワウソは──

 

「…………くはッ!」

 

 堕天使もまた、黒い貌に狂笑を浮かべ、子どものように笑っている。

 自分たちの間には、もう、何もない。

 この戦いを通して、二人はようやく、互いのことを真に理解しつつあった。

 

 それでも、否、だからこそ、二人は戦いをやめることはない。

 

 やめることなどできはしない。

 

 アインズは、仲間たちの残してくれた場所(もの)を護るために。

 カワウソは、仲間たちの残してくれた約束(もの)を守るために。

 

 互いが互いに大切に思うもの──仲間を第一に考えるという点において、彼らは完全に一致していた。

 

 故に、二人はどちらとも、それを“譲る”ことなど、ありえない。

 

 アインズにとっての大事な仲間たち。

 あのユグドラシルで出会えた無二の友人たち──ナザリック地下大墳墓──その拠点NPCたち──ここを維持するために、ギルド長として、皆がいつでも戻ってこられる居場所を作るために、この異世界で、アインズ・ウール・ゴウンは不変の伝説を築き上げた。

 そこまでして、アインズが仲間たちを待ち続けた理由。

 

(楽しかったんだ、本当に──楽しかったんだ)

 

 月額利用料金無料のゲームで、給料の三分の一を課金していた。趣味が他にない金の使い道が、仲間たちと共に冒険し、遊ぶこと以外に使いようがなかった。そして、仲間たちとの日々は、これ以上ないほど楽しかった。現実世界に両親はなく、友達も恋人もいない寂しい社会人にとって、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの仲間(メンバー)たちとの思い出は──皆で創り上げたナザリック地下大墳墓は、何物にも代えがたい(たから)であった。

 だから、アインズは──モモンガは──鈴木悟は、待ち続けた。

 あの最終日。

 ギルド長として、ナザリックへの挑戦を受け入れるために。

 ギルド長として、アインズの仲間たちを歓迎するために。

 そうして──“今”──アインズは、戦っている。

 戦うことができる。

 このギルドのために。

 仲間たちの残した宝物を、守るために。

 これ以上の奇蹟が、果たして他にあるものだろうか。

 

 

 

 一方で。

 

 カワウソにとっての大切な仲間たち。

 両親が死に、社会の歯車に組み込まれ、茫漠として何の色彩もなかった世界の中で、ギルドの仲間たちとの日々だけは、常に眩しく、輝いて見えた。

 

(楽しかったんだ、本当に……楽しかったんだ)

 

 カワウソという歯車を、

 人間扱いしてくれた、

 人間にしてくれた、

 仲間たち皆との、

 

 約束

 誓い

 

 ──もう一度、皆と一緒に、そこ(・・)へ戻って冒険したい──

 

 それを成し遂げることで、きっと、カワウソは──若山(わかやま)宗嗣(そうし)は、前に進むことができるはず。

 たとえ異世界に転移し、今や異形の堕天使になり果ててしまったとしても、カワウソは諦めない。

 その心臓が、脳髄が、魂と心が望む限りを尽くすことで、カワウソの生き続けた意味を達成する。

 

 

 

 二人ともに思った。

 

 二人ともに、ここにいない誰かに、心の内で語りかけた。

 

(俺は……俺たちは……)

 

 ──“ここにいる”。

 

 ──“ここにいる”から。

 

 ──だから…………だから。

 

 

 

 ふと、何十合目かの遣り取りを終えた二人の頭上で、ありえないほどに燦然と輝くスキルが解放された。

 さすがに、お互い攻撃の手を止め、同時に頭上を仰ぐ。

 そして、その結末を見た。

 

「……ミカの“真剣(トゥルース)”まで防御しきるNPCなんて、どんな性能だよ」

「ふふふ。さすがは、タブラさんだな。アルベドとあの鎧は、我がナザリックにおいても最高の盾。アルベドは私が最も信頼する部下の一人であり、今や我が正妃の一人に列する存在──」

 

 二人が見据える先。

 ミカが非業の叫喚を奏で、アルベドは誇らしげに黒く微笑む。

 防御役(タンク)にとって重要な鎧を破砕されこそしたが、アルベドの余裕ぶりは顕著に過ぎた。それに対するミカの余裕のなさは、反比例するように下降線を描く。体力などのステータス的な有利不利ではなく、精神的な両者の違いは、ここで克明に実力の差を顕示していくようだ。

 

「さて、──どうする?」

 

 決まりきっていることを、アインズはわざわざ口にしていく。

 

「まだ、この状況で、()たちと戦うつもりか?」

「当然」

 

 一拍一秒もない、堕天使の返答。

 悩む必要など絶無──そして、振り返るべき道など、もはや無い。

 アインズとカワウソの状況は、どう控えめに見ても、アインズの方に軍配が上がっている。

 カワウソは、ミカの女神のスキルによる超強力な補助能力に助けられているとはいえ、アインズの優秀な武装や魔法の力は侮れない。死の支配者(オーバーロード)の全身が、神器級(ゴッズ)アイテムで覆われているのだから当然か。体力的にも魔力的にも、カワウソの方が残量は少ない。アインズの魔法や武装によって、黒い男の体躯は至る所に戦傷を負い、微回復効果では追い付かないレベルの流血が、堕天使の体のあちこちに刻まれている状況。

 ミカの状況も(かんば)しくはない。“真剣”を使っても打倒できないほどの強敵に、彼女がどこまで戦闘を膠着させられるのか

 この状況を打開するための手段を、カワウソは瞬時に理解する。

 ──もはや、“作戦は一つしかない”。

 

「なるほど、例のスキルでも使いたいのかな?」

 

 アインズはカワウソの戦いを見てきた。

 堕天使の発動していた、世にも珍しい必殺スキル。

 強力無比な、アインズの創った上位アンデッドを、瞬きの内に滅ぼす力。

 もっとも。その発動条件を、アインズたちが満たす理由など、どこにもない。

 

「しかし残念ながら、我々が雑魚のモンスターを召喚して、君にわざわざスキルを発動させてやるほど」

「優しくはない……よなぁ?」

 

 カワウソは唇を吊り上げ、赤い繊月の笑みでクスクスと声をもらす。

 戦闘で、ところどころ歪んだり崩れかけたりしている“火天の刺突戦鎚(ウォーピック・オブ・アグニ)”を、左手から放り落とす。

 

「そう。確かに。アンタらが、俺の“OVER(オーバー) KILL(キル)”のスキルを使わせる理由は、これっぽっちもないな」

「……?」

 

 復讐者(アベンジャー)のスキル。『敗者の烙印』を押され続けたカワウソにのみ、与えられた力。

 それを使うために、カワウソは深く呼吸した後、彼女の名を、叫ぶ。

 

 

「ミカ!」

 

 

 呼ばれた女天使は、カワウソと目を合わせた。

 

 

「“アレ”を!」

 

 

 言われ、命じられたことを即座に理解し、彼女は慣れた様子で特殊技術(スキル)を発動。

 

「下位天使(エンジェル)作成──」

 

 だが、ミカの発動した特殊技術(スキル)の意図が、アインズは勿論、アルベドですら判然としない。

 

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)!」

 

 虚空より招来された、炎の残光を舞い落とす天使が、たった、二体。

 それらはカワウソへ向かい、飛翔。

 瞬間、アルベドは眉を顰める。

 ──何故、こんな雑魚を?

 アインズとの戦いで追い込まれた堕天使、その援護に駆けつけるとしても、あまりにもお粗末な戦力である。あんな壁役にも不十分な天使を、たった二体だけ召喚させた、女天使の、その(あるじ)の真意を思考する。

 何らかの策略によるもの。でなければ、女天使があの短い遣り取りで、躊躇なく特殊技術(スキル)を発動するわけもない。しかし、ここで何故、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を? 壁を作ろうとするならば、せめて中級天使や上級天使の方がよいはず。あんな下級の天使では、アルベドなら刹那もかけずに断殺できる。アインズもまた然り。

 なのに、あの二体は堕天使にとって必要な……………………必、要?

 

「まさか!」

 

 気づき戦慄した時には、神速を駆る堕天使が、壊れた翼を羽搏(はばた)かせ、ミカの作成した天使の一体──その中心に、いつの間にか左手に換装した黒剣“魔獄門の剣(ソード・オブ・デモンズゲート)”を突き入れ、殺し(・・)ていた。神聖属性の装備では攻撃どころか回復させるところであるが、堕天使が装備可能な魔剣の効能──負に属する性能は、下級も下級の天使に対し、確実な殺傷威力を発揮できる。

 

 その堕天使の頭上には、既に特殊技術(スキル)エフェクトのカウント数字が、(02)

 

 そして、

 

 左手の魔剣を振り上げた瞬間、

 せっかくミカに召喚させたはずの、

 自軍勢力である下級天使が──両断。

 と同時に──

 堕天使(カワウソ)の頭上を飾るエフェクトの(02)が、

 (01)に、

 減る。

 

 

「ッ! 貴様らあああアアアアアアア────ッ!!」

 

 

 アルベドは理解(わか)った。

 理解した瞬間、悪魔の全身が総毛立つ。

 ゲームではない──この異世界では、“同士討ち(フレンドリィ・ファイア)可能”という事実。

 アルベドは堕天使の壊れた翼を、超越的な速度を削ぎ落そうと試みた。

 だが、血みどろになりながらも戦う女天使が──ミカの剣を振るう腕が邪魔で、堕天使を(ほふ)れない。殺せない。止められない。

 

 白黒の剣を握るカワウソが、残る“もうひとつ(・・・・・)犠牲(いけにえ)”に向けて左の魔剣を構え、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。