オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~ 作:空想病
/War …vol.14
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『敗者の烙印』保有者──
一日の発動上限数がない代わりに、その発動には、“
この必殺の
犠牲さえ支払えば、“OVER KILL”の力で、相手の残存体力などを無視し、「一撃死」のオーバーキルが発動できる。
それは理論上、雑魚モンスターを一定数さえブチ殺せば、どのような強敵も殺戮できるということ。カワウソはやったことはないが、ワールドチャンピオンやワールドガーディアンといった最上位プレイヤーでも、うまくやれば一発で殺し尽くせるだろう破格の能力であるのだ。
しかし、この
ユグドラシルのゲームでは、
だが、この異世界において、“同士討ちは有効”であり、カワウソは今回の決戦を前に、自分の拠点内で、決戦前夜の屋敷の外で、……
昨晩のこと。
ヨルムンガンド
はじめてミカと共に、夜の桟橋へ赴き……ミカに実験への協力を頼んだ。
その実験こそが、
そこで、ミカの召喚した天使モンスターを犠牲にカウントできるという事実を、あらかじめ確かめていた。
この世界で、この
そして。
この決戦の場において。
三対三のチーム戦の最中、召喚モンスターの類も攻撃手段として“有効”と規定されたことは、カワウソの
だからこそシャルティアもアインズも、むやみやたらと十体以上の雑魚──比較的弱い小型の眷属や壁モンスターの召喚を行わなかった。召喚していたものは、どれもが堕天使の単純攻撃では殺しにくいものを選択。今回の敵に対し、ただ闇雲な数による暴力は、カワウソの必殺能力と、文字通り致命的なほどに相性が悪すぎるのだ。
アインズたちは、カワウソが地表で行った必殺スキルによる蹂躙劇を警戒し、発動に必要なだけの雑魚を
しかし。
ミカという熾天使のおかげで、カワウソは地表の平原では一度しか使用していない──
復讐者Lv.5で取得するスキルとは、また別の力。
復讐者Lv.1……獲得してすぐに扱える必殺スキルの名は──
発動条件の“
必殺スキル発動による「殺傷可能員数」は、わずか“一人”──
だが、
それで十分。
それで殺せる。
それで、アインズ・ウール・ゴウンを、殺す。
殺す。
殺す。
殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
その思考だけが、異形種たる堕天使の内に充溢していく。
同じユグドラシルプレイヤー……人間を殺すことへの罪障感は、極限まで薄まっている。
種族“
『敗者の烙印』……ギルド崩壊経験者の証を押され続けながら、ゲームを続けた者のみに許された、復讐を、確実な復仇を遂行するためだけの、
その結実が、この一瞬で果たされる。
雑魚天使一体を貫き滅ぼした瞬間、頭上のカウントが
堕天使たちの企図に気づいた女悪魔が、憎悪の咆哮を叫び奏でる。
できれば戦闘で、アインズの取り巻きすべてを蹴散らしておきたかったが致し方ない。
カワウソは、ミカに任せたそちらに目もくれず、返す刃で残る一体の雑魚天使を狙う。
これまでの戦闘で強化されまくった、堕天使の超速攻。
二体同時召喚故に、距離は僅かに離れているが、仕方ない。そして、問題ない。アインズの攻撃魔法で殺されるよりも早く、堕天使の速度で先に殺せる距離と位置関係。
カワウソの速度は神速を超えている。唯一対応可能だろう
カワウソを邪魔することはできない。
アインズ・ウール・ゴウンを護る者は、今は──いない。
よって。カワウソは一瞬の間、未来を予期し、その内容を確信することができた。
「これで──」
勝てる。
勝てる。
勝つ。
勝つ。
勝。
勝つんだ!
「──終わりだ!」
ほんの一秒の歓声の通り、これが最後の一撃となる。
全身全霊を込め、片翼で空を叩き、両手を広げる雑魚天使に、突撃。
カウントが
左手の魔剣が、ミカの召喚した
直前、
「〈
唐突に唱えられた魔法を耳にし、理解した瞬間、
カワウソは、
切り伏せるはずだった──スキルの犠牲とするはずだった下級天使を、
遥か後方に、
置き去りにして。
「 な ?」
カワウソは声を漏らした。
「くっ、ぐぅぅッ!」
アインズの苦鳴が、堕天使の耳元に零れ落ちていた。
だが。
苦悶にのたうつも、その痛みには既に慣れてしまったように耐えるアンデッドは、────この程度の攻撃では、
アインズ・ウール・ゴウンの体力は、防備は、防御の魔法は、堕天使の攻撃力で、右手の聖剣の一振り程度で、揺らぐことはない。
だからこそ。
殺し尽すための
こうなった。
痺れたように、目の前で起こった出来事を、カワウソは呆然と見つめ……数瞬も遅れて瞠目し、堕天使の表情を蒼褪めさせる。
瞬間、頭上を仰いだ。
瞠目するカワウソを、アインズが高らかに嗤う。
「ふふ。残念、だったな?」
「 ──ッ、アっ?!」
失敗した。
失敗した──
失敗した失敗した──失敗した!
声にならぬ声で、カワウソはアインズの理解速度と行動判断に、心の奥底から畏怖を抱く。
己を切り裂いた堕天使などには目もくれず、敵に絶望を知らしめるために、
誰かの悲痛な声が「やめて!」と叫ぶ。
カワウソはその女の声を、どこか遠くで聞いた。
アインズの掌が、問答無用に、ミカに召喚され強化されている雑魚天使……
〈
かくして、カワウソの
「あ、ああ、ああああ──!」
悲嘆のままに叫んだミカが、再び下級の天使を作成しようとするのを、嗤うアルベドが肉薄し、間髪入れずに妨害。作成した端から、雑魚天使は戦斧に砕かれ、片手の握力で捩じ伏せられ叩き潰される。女天使の一日の作成上限数を目減りさせていくだけに終わった。そして、女天使を蹂躙せんと欲し、高らかに笑うドレス姿の女悪魔……その追撃を、ミカは迎撃せねばならない。
召喚に必要なタイミングすら失ってしまう。
何とか隙を見て、アインズの魔法やアルベドの猛攻に耐えられるだけの天使を作成しても、それは
すべては、彼らの……アインズ・ウール・ゴウンの判断力と理解力が
──そもそもにおいて。
〈時間停止〉の魔法発動と同時に、別の
だから、アインズ・ウール・ゴウンは、あえて〈時間停止〉の魔法を発動した。
たとえ、己の身体が引き裂かれようとも、必殺スキルに比べれば抗しようがあるから。
時間魔法を発動することによって、カワウソの必殺スキルは完膚なきまでに、封じられてしまった。
たった二つ。
たった二つの事実が、カワウソの最後の逆転の一手を、完封し尽くしたのだ。
惜しむらくは、カワウソの誇る
さらに、この必殺スキルは、他に類を見ない強力な力故に、他の
堕天使は一応、下級天使を作成召喚可能であるが、堕ちた天使に、あまり大量かつ複数同時に召喚する芸当は不可能。そして、この“必殺スキル”のカウント中、カワウソは他の攻撃スキルや召喚スキルを行えない。つまり、どうやってもカワウソ自身が犠牲となる天使を召喚することは不可能なのだ。雑魚を一体ずつ生み出す端から、
どこまでも敵を殺すことに特化した
『
敵を完全に殺すこと、それ以外の
それが、復讐者が奉じる
それこそが──復讐者の誓約にして、制約だったのだ。
戦いとは、戦いに至るまでの全行程によって成り立ち、戦いに備え、準備することまでも含めたすべてを「戦い」と呼ぶ。
つまり、これは、この結末は、奇跡でもチートでもなんでもない。
必然の勝敗に過ぎなかった。
「く、……ぁ!」
すべてを呪い恨み蔑む
巨大な闇が、虚無の色が、堕天使の意識と心象を瞬く間に染め上げるようにさえ認識した。
白い右手の聖剣を振るう意思すらも、骸骨姿の魔法詠唱者の声が、容易に掻き消し潰し殺す。
それでも尚、カワウソは逃げることだけはしなかった。
諦めるよりも先に、何か他の手を考えようとする──が、思考は空転する速度を増していくだけ。
「これで──」
轟く声で、アインズ・ウール・ゴウンは魔法を、堕天使に照準。
「──終わりだ」
彼の得意とする死霊系・即死魔法への対策を重点的に施された、堕天使の聖騎士を殺すための、魔法。
カワウソに対して申し分ない威力を誇ると実証済みの、純粋無垢な、至近距離から放たれる、破壊の一撃。
「〈
カワウソは、
畏怖と混沌に硬直する堕天使は、防御も、回避も、攻撃も、その場から一歩をさがることさえ、何ひとつとして──できない。
アインズは、
敵に対する最大限の礼儀として、未だ残っている魔力量を出し惜しみせず、かすかに懐いた逡巡と躊躇を、刹那の内に拭い落す。
「……
死をもたらす空間切断。
破壊破断の閃光が、目の前で棒立ちも同然な恰好でいたプレイヤーに叩き込まれようとして──
「な、なにッ!?」
「…………ぇ?」
アインズとカワウソ――双方共に不意を突かれ、眼を剝いた。
二人同時に、信じられないものを、
見た。
吹き出す真紅の鮮血。
放たれた第十位階の空間切断は、二人の間に割って入った存在……熾天使にして女神……NPCのミカによって、思いもよらない結末を招いた。
堕天使を断ち殺す筈の魔法を、
堕天使の配下である女天使が、
乙女らしい細い背中で、
三対六枚の純白の翼で、
破壊のすべてを、
受け止めていた。
〇
いつからだろう。
いったい、
いつから私は、
あの方に対して、
至高なる創造主に対して、
こんな不遜な思いを懐くようになったのだろう。
こんなにも儚い夢を見るようになったのだろう。
何よりも暖かで柔らかで、切なくて苦しくて愛おしい、それは空想。
『ミカ……』
「あ──」
あの声を、あの顔を、あの方を、刹那の夢に見る。
彼が差し出してくる手に、夢の中で両手を伸ばす。
『ミカ……』
「あ、あああ──カワウソ様……」
願えるのなら。
彼の
彼の傍に、
彼の隣に、
ずっと居たい、
ずっと在りたい、
ずっと寄り添いたい、
ずっと……ずっと──
ああ。
でも。
それは絶対に──“許されない”こと。
けっして、“彼が許すはずのない”こと。
私は、ただの拠点NPC、彼のシモベ、創造主の被造物。
彼を──『カワウソを嫌っている。』と、そう「かくあれ」と、定められた存在。
「────ぅ、っ、ぅううう……ッ」
そんなモノが、
──彼と
──共に
──いきたい
──生きていたい
なんて……
そんな、莫迦な、馬鹿げた……
ミカは刹那の思考を切り捨てる。意識を今に向ける。
「ッ!?」
飛び込む斧刃。
硬い金属の音奏。
またも罅割れていく剣。
飛び散り落ちる火花の煌き。
「ツゥッ!」
両腕をもっていかんばかりの一合を、衝撃を、ミカは血まみれの両手に握る剣で防ぎきる。
「さぁ! おまえの主を! 守ってみせろォ!」
獣然と轟く哄笑。
連続で閃く戦斧。
それを打ち砕き、主人のもとへ馳せ参じることが、ミカには出来ない。
熾天使であるのに、女神の力を与えられたのに、ミカにはそれができそうにない。
「チィッ!」
強すぎる。
強すぎたのだ、この女悪魔は。否────アインズ・ウール・ゴウンたちは。
「もう終わりよ! キサマラは!!」
「……ッ!」
そうだ。
そうだとも。
そんなこと、最初から、すべて、わかっていた。
こんなことになるより、ずっと前から、全部わかっていて、こうなった。
だから──
だから、私は止めた。
わざわざ地獄へ向かって進軍するなど正気の沙汰かと問い質し、聞き入れてくれない彼を、己の全身全霊を賭して諫めようとした。
でも、彼は諦めなかった。
諦めては、くれなかった。
絶対に、曲がらなかった。
曲がるはずがなかったのだ。
どんなに不利な状況だろうと。
どんなに不条理な物語であろうと。
どんなに不幸な結論が待ち受けていようと。
私たちの創造主……カワウソは、諦めることだけは、しなかったのだ。
全部、わかっている。
わかっていて、私たちは………………私は──────
それでも、
「…………ぃ、や」
「────はァ?」
鍔迫り合い、互いの吐息さえ嗅ぎ分けられる至近距離で、女悪魔が眉を
しかし。
ミカは、もはや目の前の敵など眼中にない──そんなことなど、どうでもいい。
もはや、カワウソの「必殺」を誇る“OVER KILL”は発動できない。
戦局を一変し得る特異な力。カワウソだけの特別な力。
それほどのスキルを、平原での戦いを見て知っているらしい敵が、わざわざ雑魚モンスターを召喚してくれるわけがない。ならばと、ミカが召喚する下級天使を、カワウソが犠牲として殺戮する作戦だった。だが、それよりも先に、敵の攻撃が完全に、カワウソのスキル発動に必要な天使たちの命を刈り取っていく。こうなることを恐れて、ミカはアルベドという敵を早々に確実に打破打倒し、無力化することで、彼のシモベたる女天使は、カワウソの求める
でも、これでは、もう、本当に…………無理だ。
「いや……いやぁ……」
「?」
当惑するアルベドのことなど、もはやミカの意中には存在しない。
ミカの脳と心を埋め尽くす、最悪の可能性。
だが、ミカはそれを拒絶する。
拒絶し続ける。
数秒後に訪れる破滅を──ひとりの男の死を──かけがえのない愛の、喪失を。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
いや!
いや!!
いや!!!
「いやァ!!!」
あの人が──
カワウソが──
私の
彼が!!
……死ぬところなど!!
「絶対に!! 見たくない!!!!」
「ッ、な……?」
女天使の挙げた涙声に、女悪魔は刹那の間のみ、怯む。
そのわずか、一刹那の間で、ミカは己の運命を決めた。
光剣を
何をするつもりだと警戒する敵のことなど、考える余裕すらなかった。
馬鹿の極みだと、嗤いたくば嗤うがいい。
事実、ミカ自身も嗤われて当然と判断している。
これは、大いなる自殺行為。
彼の命令への、紛れもない背信行動となるだろう。
それでも。
どうしても。
どうあっても。
どうなったとしても。
それだけは──彼が、創造主が、カワウソが、「死ぬ」という事実だけは、
死んでも、見たくない!
ミカは、己の我儘を自覚しながらも、自分が護るべき者だけを一心に思い、そして、泣き叫ぶ。
「
前衛タンク職の、味方を守る位置に己を置く……確実な「盾」となる能力を、発動。
ミカの体力は、完全に
アインズ・ウール・ゴウンの〈現断〉の刃が、
「……カ、……あ」
目の前で驚愕に目を剥く主人が無事であることを認めつつ、ミカは一歩を踏み出そうとして、自分の脚がないこと──胴から下が千切れ落ちたことに、気づく。左腕もおまけとして斬り落とされていたが、それに気づく余裕はなかった。
そのまま、破壊の衝撃で吹き飛ばされる拍子で、主人の腕の中に飛び込めたのは、まったくの偶然に過ぎない。