オーバーロード 天使の澱 ~100年後の魔導国~   作:空想病

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最終章 Epilogue
終戦 -1 ~蘇生~


/War is over …vol.01

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 天使たちが狩り尽くされ、醜い堕天使の頭が床に落ち、首から大量の色をこぼす……その死体を、守護者たちは沈黙と共に遠く眺める。

 

 守護者たちの見つめる玉座の間には、しばし静寂が舞い降りた。

 

 神聖不可侵を誇るナザリックに侵入を果たした暗愚共を、見事に討ち果たせたことに満足を覚えている、これは確かだ。超絶なる魔導王にして、至高の四十一人のまとめ役であられるアインズ・ウール・ゴウンに、ダメージと呼べるダメージを負わせ続けた大罪人共がようやく死に(おお)せて清々(せいせい)した、これも事実だ。卑しく汚らわしい堕天使の死体が、ナザリックで最も尊い玉座の床を(けが)していることに激昂し、義憤していた──これも真実だ。

 しかし、守護者たちは、何も言わない。

 

 無言で堕天使の死体を見下ろす(アインズ)が、守護者たちを、アルベドを振り返らず、深い沈黙を保っている。

 

 片膝をつくアインズはしげしげと、自分と同じユグドラシルからやってきた存在を────その“死”を、検分検証する。

 死体の片手を持ちあげ、あるわけもないが手首の脈のないことを確かめる。死にたての身体は、まだ暖かい。横に転がる頭部を見ると、半開きの眼に気づく。死者への礼儀として、骨の指で慣れたように瞼を伏せさせた。そうすると、溢れ落ちた雫と血に濡れた表情は、どこか安らかな印象すら覚えるものに変わる。胴とわかれた頭上には、あの赤黒い世界級(ワールド)アイテムが。臓物色の輪っかは、主人の死など知らぬように回り続けているのを確認。試しに触れてみようとするが、アインズにはそれを掴むことができない。盗賊対策の類ではない。まるで、その円環は実存を持たぬかのようで──確か、「呪いじみたアイテム」と言っていた──戦闘前、彼から聞いた話は本当だったのだ。

 

「ふむ……」

 

 アインズは頷く。

 堕天使は、肉体を持つ天使。

 他の天使たちが光の粒子と化して散るのとは、当然違う。死体が残ることは道理だ。

 

「やはり、プレイヤーの死体も、ちゃんと残るんだな……」

 

 理知的で透徹とした声が、玉座の間に響いた。

 死体に対する忌避感や、自分が命を(あや)めたことに対する罪悪感は、欠片も口にのぼらない。この世界において、アインズは死を振り撒く不死者──アンデッドに変貌した上、魔導王として人を死に追いやる事態というものは経験済みだった。つまり、慣れていた。

 100年前、とある姉妹を殺そうとした騎士を殺した。

 冒険者として、不愉快な悪党どもに直接手を下した。

 そして、魔導国建国後は、為政者として、世界屈指の魔法詠唱者として、戦場にて魔法を行使し、敵を蹂躙したことは、一度や二度……というか、十や百ではきかない。

 それでも。自分と同じプレイヤーであれば、違う思いを懐くかもと懸念していたが、やはり何とも思わない──アンデッドだから。

 

 彼が魔導国に潜入し、ナザリック地下大墳墓へと侵攻し、アインズ・ウール・ゴウンと戦った、愚かな“敵”であるのが影響しているから……とは、断じて思えない。

 

 むしろ、アインズは、カワウソのこれまでの戦闘に、行動に、思想に、この拠点の最奥の地までやってきてくれた歴然とした事実に、ある種の感動にも似た感覚を覚えていた。

 存在しない脳裏を過ぎる、カワウソの、言葉。

 

 

   ふざけるな!

   あそこは! 皆で創り上げた世界樹の栗鼠たち(ナイツ・オブ・ラタトスク)だったんだぞ!

   なんで! あんな! 簡単に! ……簡単、にっ!!

   ()てることが出来るっ!!!!

 

 

   おまえに挑まなくちゃ! もう、一歩も前に進めない!

   おまえと戦わなくちゃ……皆との誓いを、果たせない!

 

 

   ッ、俺だけは!!

   あの日の誓いを嘘にはしない!!

   ……嘘にして、たまるものかッ……!!!

 

 

 ただ『戦え』という、あまりにも酷烈に過ぎる、宣戦布告。

 ただ仲間との誓いを、約束を果たしたいという、我儘な主張。

 アインズ・ウール・ゴウンは、それを真っ向から受諾した。

 

 そうしなければならないと、そう確信できたのだ。

 

 そして、彼は戦いの最中、問い質した。

 

『あんたは、仲間を信じて、アインズ・ウール・ゴウンの名を、アインズ・ウール・ゴウンという存在を、この世界に轟かせたんだろ?』

 

 ああ。

 そうだ。

 そうだとも。

 アインズ・ウール・ゴウンの敵でありながら、アインズのすべてを理解し尽した──理解してくれた──たった一人のプレイヤー。

 後にも先にも、彼のような存在は現れないかもしれない。

 あと100年、200年──1000年の後に至るまで、カワウソのような敵と出会えるものだろうか……“否”。

 断じて否。

 いったい、誰が理解できるものだろうか。

 アインズの仲間たち以外の誰が理解できるものか──そう。あるいは仲間たちであろうとも……

 だが、カワウソは理解した──完全に理解してくれたのだ。

 

 仲間たちから見捨てられ、なのに仲間たちを追い求めてならなかったという、孤独な男の姿。

 それは、アインズにも──モモンガにも──鈴木悟にも、起こり得たこと。

 アインズが、ナザリック地下大墳墓を喪っていたら。

 アインズが、仲間たちから裏切られていたとしたら。

 

 だから、なのか。

 

「──うん」

 

 アインズは動かない堕天使を見下ろす作業を止め、アイテムボックスに手を伸ばした。

 そして、あるひとつのアイテムを、空間から取り出す。

 それを見たアルベドは、叫ばずにはいられない。

 

「ア、アインズ様ッ!! 一体、何を!?」

「──さがれ、アルベド」

 

 守護者たち全員が驚愕と動揺に身構えるのを、振り返ったアインズは一言で鎮めていく。

 

「おまえたちも鎮まれ。これから私のすることに、余計な口出しや茶々入れは無用だと知れ」

 

 アインズの決定は、絶対。

 ──“それでも”。

 主人の手に握られるアイテムの効能を思えば、誰しもが疑念と困惑と驚嘆を覚えて然るべきだろう。

 あのアルベドやデミウルゴスまでもが、アインズの行動を、その真意を、推し量ることは不可能に近かった。シャルティアやコキュートス、アウラとマーレ、セバスにしても、愕然と主を見つめるしかない。

 

「……本当は、状態異常(バッドステータス)治癒付の上級治癒薬(メジャー・ヒーリング・ポーション)の方が、安上がりと言えば安上がりだったんだが……」

 

 ぽつりとこぼすアインズであったが、それでは“彼”が納得しなかっただろう。

 少なくともアインズが“この男”の立場だったら、そうとしか思えない。

 神聖で柔らかな光が、アインズの握る純白の短杖(ワンド)から零れている。

 ──それに、これはちょうどよい『実験』にもなる。

 

「だが、このままやってはマズいよな──」

 

 堕天使の“状態異常(バッドステータス)脆弱Ⅴ”が最大の問題か。

 それに、蘇生拒否の可能性もあるし。

 さて、どうするか。

 

「うん……そうだな。

 急ぎ、前室に控えているペストーニャとルプスレギナ、あと一応マルコを呼べ」

 

 火急の命令を下し終えたアインズは、取り出したアイテムを、床に転がる死体に向け、何の逡巡もなく起動する。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 長い悪夢を見ていた。

 我ながら、薄っぺらい人生だった。

 ゲームなんぞに金をつぎ込み、結局、自分には、何も残っていなかった。

 身も心もボロボロになるほど、楽しかった過去を懐古し続け、狂っていると嘲られ、馬鹿げていると呆れられ、それでも──自分は、皆と遊んだゲームを、やめられなかった。まるで薬物中毒のごとく、ハマり込んだ。

 

 だって、皆と一緒にいる時間は楽しかった。

 皆といられたから、自分は心の底から笑うことができた。

 皆がいてくれたから、あんなにも楽しいことが世の中にあるのだと知った。

 皆と出会うことがなければ、じぶんにはなんのいみもかちもないまま、誰にも何にもなることなく、無機質な人生を終えていただろうと思うと──

 

 けれど、それすら誰も、自分の仲間たちでさえ、認めてはくれなかった。

 

 ナカマなんてくだらない──

 現実を見ないでどうする──

 たかがゲームじゃないか──

 諦めろ諦めろあきらめろ……

 

 もう何を信じればいいのか、わからなかった。

 自分が信じていたすべてが、まちがっていた。

 それを思い知らされても、何もできなかった。

 

 でも、それでも、守りたかった。

 自分が信じたものを──誓いを──約束を──仲間たちとの思い出を。

 だから、カワウソは戦い続けた。

 自分が信じてきたものを──誓いを──約束を──果たしたいという一心で

 

 どうしても戦いたかった。

 どうしても挑みたかった。

 どうしても勝ちたかった。

 どうしても、どうしても──

 誰にも理解されなくていい。

 誰に賛同されなくてもいい。

 誰からもせせら笑われて構わない。

 罵倒され、拒絶され、否定され続けても、カワウソは抗い続けた。

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを倒したい。

 ナザリック地下大墳墓の、第八階層を攻略したい。

 そんな失笑もののバカげた夢のために、夢の実現を形にしたいがために、自分の拠点NPCへ攻略手段に使えるだろうと考察した能力を付属し、そうやって、たった一人で、ユグドラシルを続けてきた。

 

 間違っていてもいい。

 侮蔑されても仕方がない。

 狂っていようとも構わない。

 皆から嘲られ罵られ、お笑い(ぐさ)になろうとも──

 

 ただ、カワウソは、夢を、希望(ユメ)を、見ていたかった。

 

 

 

 

 けれど、そんな悪夢も、ようやく終わった。

 

 

 

 

 優しく心地よい、全身を包み込んで守ってくれるような、幸福な水底。

 何の色もない(おり)の中──

 ずっとここに居たい。そう思わせられるほどに、カワウソは何者でもなくなっていた。

 ここはどこなのだろうか。そんなことを想い巡らせる余地など、自分には存在しなくなっていた。

 それを邪魔するような気配を振り払う。

 また、あの悪夢を繰り返すなど、ごめんだ。

 ここにいること以上に、大切なものはないと、そう直感できる。

 

 ただ、自分は、何か、とても大事なことを、忘れている。

 その懸念が、それだけが、自分という存在にこびりついて離れてくれない。

 

 何を思い出す必要があるのだろう? 何を思い煩う必要があるのだろう?

 何もかもが意味をなさないような、この場所で、自分は何を想い巡らせることがあるのだろう?

 

 肉体も精神も呼吸も体温も反射も神経も感覚も感情も感性も感動も何もない、無そのもの。そんな時間や空間すらも茫漠とした地平線の彼方で、刹那的で久遠的で永劫的で瞬間的な、固定された虚の只中で、────ふと、誰かの声を、感じた。

 

 その声が誰だったのか、すぐに思い出す。

 

 血と涙に濡れた天使の微笑み──何よりも美しい女神の表情(かんばせ)──守り切った主人の頬に差し伸べられた、優しい掌。

 

 瞬間、飛行の魔法とは比べようもない浮遊感と共に、意識が急上昇した。

 カワウソは跳んだ。自分を守って散った天使の、あの女の声のする方へ。

 

 

 

 ──生きてください──

 

 ──生きて……生きて──

 

 

 

 あまりにも慈悲深い幻想(ユメ)だと、自分で自分を嘲笑(あざわら)う。

 見上げたそこにいる女神の姿に、頬を何かが伝いだす。

 

 差し伸べられた掌の温度を味わうことに、迷いはなかった。

 あいつが、あの優しい天使が、微笑みと共に手を伸ばしてくれる。

 誰よりも自分を想ってくれる存在が、たったひとつの祈りを紡ぎ続ける。

 

 ただそれだけで充分。

 もう──充分なのだ。

 

 

 

 

 彼女の、天使にして女神の微笑みに、差し出し繋いだ手を、引き上げられる。

 

 

 

 

「っ、……!」

 

 呼吸。拍動。繰り返される瞬き。

 全身の骨肉に血が巡り始める感覚が、嫌になるほど鮮明だった。

 

「は、……ぅ、あ˝ぁ?」

 

 瞬間、途方もないほどの重圧を感じ、感情の波濤にさらされる。

 自分の内側から零れる恐怖感などが実像を得て、視野に暗い影を落とすかのように錯覚する、が。

 

「ミ──ぁ、あっ……?」

「アインズ様、彼が目を」

「うむ。ではペストーニャ、手筈通りに回復を」

 

 聞き知った声が交わされる。それが誰のものだったのか判然としない。

 

「な、……あ?」

 

 黒く染まりかけた思考では、起こる現象どころか、自分という存在の実存性すら曖昧になっている。自分という意思を持つ者が何処にいて、自分とはどんなものだったのか、確かめる時間を必要とした。

 腕を目の前にあげる。

 太陽に焼かれ過ぎたような浅黒い肌が見て取れる……堕天使の、身体。

 これが、自分の腕だと実感するのと合わせて、何者かの神聖な力が、体表面に魔法の明かりを灯し出す。

 瞬間、陰鬱な影を落としていた精神に、冷静さが付与されていくのがわかる。

 何らかの精神系魔法──あるいは回復系魔法効果の影響か。

 そう。

 ここは異世界。

 魔法が生きている世界。

 ゲームの法則が根付く異様な大陸。

 アンデッドなどの異形が存在する、魔導国。

 典雅壮麗、絢爛豪華、難攻不落を誇る、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの、居城。

 

 そう。

 

 ──ナザリック地下大墳墓、第十階層、玉座の間。

 

「どうだ、ペストーニャ?」

「はい。しかしこのペースでは、私の回復魔法と魔力量だと──おそらく30分が限界かと」

「そうか、わかった……。それにしても、やはり、プレイヤーも蘇生条件は同じというところか」

 

 カワウソは完全に目を覚ました。

 見上げた先で、「貴重な情報を得られた」と頷く骸骨……魔法詠唱者が思案に耽っている。

 

「っ、な、に……?」

「ふむ。どうかな? この世界で蘇生を果たした気分は?」

「な、──アン、タ」

 

 カワウソは、アインズが握っているものを確認して愕然となった。

 象牙製で、黄金が先端にかぶせられた、握り手にルーンを彫り込んでいる神聖な雰囲気のワンド。

 

 蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)

 

 ユグドラシルプレイヤーにとっては、必須中の必須と言える蘇生アイテムである。

 以前、カワウソが魔導国の一人の臣民──飛竜騎兵の乙女に使ったものと、同じ。

 それを視認しただけで、カワウソはすべてを理解した。

 

「な……んで……?」

「うん?」

 

 カワウソは、もう一度深く呼吸し、さらにもう二度、呼吸する。

 

「何故……俺を、蘇らせ、た? 俺は、おまえの……おまえを」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの敵。

 アインズ・ウール・ゴウンを殺そうとした者。

 そんな堕天使を、馬鹿なプレイヤーを、何故、彼は、……蘇生させた?

 

「“そんなことは判っている”。それよりも、質問に答えてほしい。

 ──蘇生を果たして、何か気づいたことは?」

 

 カワウソは混乱し困惑しながらも、自分の断ち切られたはずの首元を手で探りつつ、とりあえず感じたままの異変を、自分の内側に意識を向けると同時に、鮮明化される事実を口にしていく。

 

「……レベルが、落ちている?」

「ふむ。──それは、どうやって気づいた?」

「いや……何となくだが、自分の中から、何かが欠け落ちたような……何と言えばいいのかわからないが、言いようのない、──喪失、感? 今まで使えた特殊技術(スキル)が、いくつか欠けていると判るような、そんな実感が……確かに、ある」

「ふむ。――他には?」

「…………、…………ああ、悪い。それ以上は、今は何も」

「頭が情報を整理できていない、といったところか。まぁ、現地人の蘇生実験ならそれなりにやって来たから、そんな感じなのだろうなとは思っていた」

 

 淡々とした口調に、カワウソは薄ら寒いほどの恐怖を懐かずにはいられない。

 殺して、蘇らせる。

 それを実験と呼んで憚ることないプレイヤーの思考が、カワウソには痛いほど理解できた。

 というか、……もうずいぶん昔な気もするが、カワウソも飛竜騎兵の女狂戦士に、同じような措置を働いたことがあるのだ。

 彼もまた、カワウソと同様に、この世界における未知をなくすべく努力を惜しまなかったことの証明がなされた。

 混乱しつつも理解し納得する堕天使は、問い質したくてたまらない。

 

「……悪いが今度は、俺の質問に、答えてくれ」

 

 アルベドなど、守護者たちから抗議の声があがるのを、他ならぬアインズが制した。

 

「何故、俺を、蘇生したんだ?」

 

 回復されながらも疲労感と脱力感を拭いきれない中で、カワウソは強く返答を求めた。

 アインズが何の意味も理由もなく、ただの実験程度で、敵対者を蘇らせるはずがないと確信して。

 もしや、レベルダウン現象を繰り返していき、消失(ロスト)するまで実験するのでは? ……そう思う矢先、彼が自分の部下であるメイド長──ペストーニャで回復の魔法とスキルを使用させる意図がわからない。

 カワウソのレベルが落ちた事実など、高位の情報系魔法で、相手の状況(ステータス)を透視看破すればよいはず。実験材料とするならば、そっちの方が危険は少ないと思考するだろう。

 なのに何故、わざわざ回復させながら、カワウソに蘇生の感想を聞きたがるのか、理解が及ばなかった。

 アインズは、頬を指で掻いて、自然とした口調を取り繕おうとしつつ、言い放つ。

 

「うん──実は、ひとつ、提案を、したいのだ」

「…………提、案?」

 

 白い骨の掌が、堕天使の眼前に、ゆっくりと差し出される。

 

「私の、その、『盟友』に、ならないか?」

 

 差し出された掌は、いつだったか、正体を明かしたメイド(マルコ)のそれと(ダブ)って見えた。

 

「ぇ────、はぁ?」

 

 カワウソの精神は、回復されながらも混乱の極みにのぼった。

 彼の言っていることが、あまりにも、そぐわない気がした。

 

「それ……“傘下”の──『……配下になれ』の、間違いじゃ?」

「ああ、いや。私は、君に、もはや従属など求めはしないさ」

 

 傘下ではなく、臣民でもなく、奴隷ですらない。

 この世界に生きる“同士”を得たような、晴れやかな口調と表情(骸骨なのに何故かカワウソにも分かる)で、死の支配者は、アインズ・ウール・ゴウンは、先の戦いに思いを致す。

 

「先ほどの戦闘──実に素晴らしい戦いだった。

 この100年、この世界に転移してからというもの、これほどに胸が躍る全力の戦闘を経験したことは、私にはなかった」

 

 アインズは思わずという風に語り続ける。そのどれもが、カワウソの理解を超えていた。

 

「洗脳されたシャルティア戦では、戦闘を楽しむという余裕などありえなかった。王都でのヤルダバオト戦では、モモン状態だったが為に、私の全力全開とは言い難い。ガゼフ・ストロノーフとの戦いでは、それなりに感情を動かされはしたが、決着はほんの一瞬だった……」

 

 その後にも。幾多もの戦闘を、戦場を、戦争をアインズ・ウール・ゴウンは経験してきたのだが、これほど全力全開の状態で、尚且つ心躍るほどの高揚感を伴って戦ったことは、久しく無かった。ツアーと共闘した、あの「事件」においても、これほどに胸がすくような戦いは送れなかったと、アインズは語る。

 

「率直に言おう。我が“魔導国”と、君の“ギルド:天使の澱(エンジェル・グラウンズ)”とで、『盟約』を交わしたい。あのエリュエンティウやアーグランドの竜王たちと結ぶものと同じ、『世界の盟約』を」

 

 ギルド間の連合同盟ではなく、魔導国が盟を結ぶ──それはつまり、ツアー率いるアーグランド領域の、浮遊都市の都市守護者らへの“約定”と、ほぼ同じ。

 

「なので。君が望むのであれば、それなりの地位と領土を約束するが、どうかな?」

 

 あまりにも破格に過ぎる好待遇。

 アインズ・ウール・ゴウンの敵として、アインズ・ウール・ゴウンその人に危害を──不遜極まる愚行を働いた者に対し、彼はまったく晴れやかな声音で、カワウソ達の存在を受け入れるという。

 だが、堕天使は首を縦に振れない。

 その理由はひとつだけだった。

 

「ギルドと盟約っていっても、俺のNPC──ギルドの拠点は、もう」

 

 ミカたちは全員一人残らず死に、第八階層に転移した拠点にしても、無事ではないだろうという、当然の予測。こんなありさまで、いったい何がギルドだと言えるのか。

 だが、アインズは朗らかに告げる。

 

「安心しろ。君の拠点は、無事だ」

 

 カワウソは心底から驚愕し、魔導王の微笑を見上げた。

 

「え……な、なんで?」

「うん。

 というか、君の拠点が世界級(ワールド)アイテム使用中に発動した“流れ星の指輪(シューティング・スター)”──〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・アスター)〉で転移した、あの第八階層は、特別でな……あれら(・・・)が稼働している状況だと、我々でも階層内をおいそれとは活動できない。そして、君のギルド拠点を、あれら生命樹(セフィロト)は、システム上、敵性存在と認識できていないし、ルベドも興味を示していない」

「…………ほんとう、に?」

 

 たまらず(たず)ね返したのは、カワウソが一縷(いちる)希望(のぞみ)を成し遂げられると思われたから。

 もしも、あそこが無事であるならば……まだ、“間に合う”。

 彼女たちを、取り戻せるはず。

 

「さぁ──どうかな?」

 

 交換条件を受け入れるか否かという、軽い声。

 カワウソは、今さらここで罠を張る必要性などを考慮する──より先に、頭を振っていた。

 

「……そんなもの、いらない」

 

 地位も領土も、何もかも不要と告げる。

 守護者たちが警戒し身構えるが、アインズが手を振って制した。

 カワウソは、まだ言い終わっていなかった。

 そうアインズには判ったのだ。

 

「──ただ──」

 

 望みを、願いをひとつ、言っていいのであれば。

 

「あいつらを――俺の、NPCたちを――復活させたい。それに、──協力、……してほしい」

 

 血を吐かんばかりの嘆願だった。

 背後に控えるアルベドたちが、一斉に侮蔑と嘲笑の声を上げようとするのを、主人が振り返っただけで鎮め、諫めていく。

 

「いいとも。(うけたまわ)ろう」

 

 アインズは、誰もが驚くほど快く頷いた。

 

「ただし、そのためにはこちらの条件・約束をいくつか呑んでもらうことになるが、構わないな?」

 

 カワウソは即座に頷き返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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