狂女戦記   作:ホワイトブリム

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クレマンティーヌ
#001


 act 1 

 

 クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティアという女は今まさに最期の時を迎えようとしていた。

 絶対の自信を持っていた肉体が無残に圧迫されて身動きが取れなくなるという事態に陥っている。

 自分の選択は何処で間違えたのか。

 いや、間違えてはいない。ただ、想定の範疇(はんちゅう)を超えていただけだ。

 この世には自分の知らない事がまだまだたくさんある、という事を知った。

 生きてきた範囲に居るモンスターは(すべか)らく討伐してきた漆黒聖典という秘密部隊において、かつてない凶悪無比なモンスターが存在するとは。

 化け物は自分の部隊の隊長漆黒聖典』や番外席次絶死絶命』という半森妖精(ハーフエルフ)人外(じんがい)くらいだと思っていた。

 いや、あれは半森妖精(ハーフエルフ)ではなかった。

 

 半神森聖霊(ハーフケルヌンノス)と言ったか。

 

 命の灯火が消える間際だというのに自分は生に(すが)っている。

 生きていたいと。多くの命を奪ってきたのに、だ。

 殴っても、叩いても、噛み付いてもビクともしない。

 これほど硬い身体を持つモンスターが存在しえるのは想定外ではあるけれど、偽装であれば仕方がない。

 狡猾(こうかつ)なモンスターほど強敵なのは世の常識だ。

 だが、勿体(もったい)ない。

 これほどの相手ならばもっと色んな技の実験台となってくれただろうに。

 それが何も通用しないまま終わっていくのだから。

 

「……ケヘッ」

 

 言葉もまともに出て来なくなった。

 それもまた仕方がない。

 そう。

 仕方がない。

 世の中には対等な戦闘など試合形式くらいだ。

 本物の戦いは常に殺し合い。対等などというものはない。

 だからこれは真っ当な戦闘なのだ。

 敗北者は死ぬ。

 無残に惨めったらしく糞尿を垂れ流して男女問わずに。

 そして、クレマンティーヌは多くの挑戦者と同じように物言わぬ肉塊と化して死んだ。

 

          

 

 悪事を重ねた人間は地獄の奥底で永遠の責め苦を味わうとスレイン法国の教義で教わった。

 そして、今の自分はそこへ向かう途中なのだろう。

 通常、死者は蘇生魔法を受けるまで静かな時を過ごすと言われている。

 

「全く嘆かわしい!」

 

 静寂を破るような異質で大きな声。

 老人のような少ししわがれた声に聞こえた。

 

「貴様は人間的に狂いすぎている!」

 

 それは誉め言葉だろうか。あと、うるさいよ。耳は悪い方ではないんだけどな。

 

「誉めてはおらん! 呆れているのだ!」

 

 ごめんなさい。

 私も最初は蝶よ花よと愛でられたものだよ。

 過酷な訓練に聞きたくない教義と狂信的な愛国教育にはつくづくうんざりしててね。

 

「その割りに全く信仰心というものが無いではないか!」

 

 当たり前じゃん。

 あんな国を愛する理由が何所にある。

 知らない神様に願ったって幸せにはなれなかった。

 

六大神だったか? そんなはぐれ神よりも唯一神を祈れ、馬鹿者が!

 

 六大神以外の神様なんて知らないもん。

 唯一神に祈ると何がもらえるのさ。

 

「信仰心の無い者にやれるものなどあるわけがない! たわけが!」

 

 あっそ。じゃあ二度と祈らない。

 神でも殺すし、むしろ死ね。

 あと、私はどうせ死んでるし。どうしようもないけどさ。

 

「口だけは一人前だな。ところで……、貴様は十戒(じっかい)というものを知らんのか?」

 

 知らない。

 たぶん、そんな言葉は初耳だね。どういう意味なのかな。

 

唯一神は私だけ、とかだ」

 

 ふ~ん。

 

「汝殺すべからず。……それを(ことごと)く見事に破り、好き放題に殺しおって。神を過労死させるつもりか!

 

 良かったじゃん。死ねて。

 神でも死ねばいい。

 

「貴様の前任者も口が達者で好き放題に殺しを楽しんでおったが……。そうだな。貴様も信仰心とやらに目覚めが良かろう」

 

 信仰する神にも拠るけれど。

 邪神はもう間に合ってるんで。淫靡(いんび)な神様がいいな。

 性行為自由教とか。

 

「意味も無く(しゅ)を増やしては仕事が増えるだけだ」

 

 まあ、そうなんだけどね。一年中の性行為は飽きるだろうね。一年連続でやったら穴が広がったままになって使い物にならなくなるか。

 

「貴様も神への信仰に目覚めて生きる喜びを知るがいい!」

 

 もういいよ。

 

「なに?」

 

 私は確かに人間を多く殺してきたけれど。これでも自分の実力に自信があった。

 最後の相手には全く通じなかった。だから負けて殺された。

 それでも神とやらが再度の蘇生をしてくれるのならば私はもっと強くなってみたいな。

 あと、知ってるかな。

 

「なんだ?」

 

 人間には限界があるんだよ。

 

「当然知っている」

 

 武技(ぶぎ)魔法にも制限があって自分で何を選べばいいのか分からない。

 強いって事も実は分からない。

 それはそれで楽しいんだろうけれど。

 でも、物足りないんだよね。

 多くの技術があれば、と思う時がある。

 

「つまりもっと多くの技術を使えるようにしろと?」

 

 神すら(ほふ)る御技を体得したい。

 当然、人間だから『集中力』を消費してしまうし、自分の限界を知ってしまうと股間をいじるくらいしかやってられなくなる。

 あっ、自慰(じい)示威(じい)をかけただけだから気にしないで。

 

「神への信仰心が増えるのであれば考えてやらんでもない」

 

 つまり言う事は聞いたけれどやるとは言っていない、という言い訳かな。

 

「神はそこまでケチではないぞ。欲しい力はくれてやろう。まず貴様にやってもらいたい事があるのだがな」

 

 聞くだけタダだから聞いてあげる。

 えっと、神様って呼べばいいのかな。

 

「あの馬鹿者は私を『存在X』と呼ぶがな。唯一神の御名は人間如きに教えられるものではない」

 

 スレイン法国では『スルシャーナ』っていう神様の名前とかが伝わっているよ。人間如きに名前を教えてくれたありがたい神様なんだけれど。

 

「ふむ。ここは我等の敵対する()()()の名でも……、いや駄目だな。敵を利する事になる。全く、厄介な存在よ、()()()()()()め!

 

 へー。敵が居るのー。

 

「貴様には関係の無い事だが。あれは幾多の世界を破壊し、消し去るものだ。我等の世界すら半壊させていきおった。とんでもない……、おほん。話しが脱線したな。破壊神は貴様らの味方にはならん。あれには専用の敵(アーダル……なんとか)でしか対応出来んから厄介なのだが……」

 

 ふーん。

 

「貴様をこれから争いの絶えない世界に送るわけだが……。下準備が必要だろう」

 

 名前は適当でいいのかな。

 

「貴様が求める力とやらを十全に与える事は出来ない。だが、きっかけは与えられるがな」

 

 つまり自分で鍛錬を積めってやつだね。いいよ、いいよ。手放しで貰おうとは思っていないさ。で、珍奇な名前になってもいいのかな。

 

「……ここまで素直な人類ならば私も楽が出来たのだがな。敬虔な働きによっては更なる特典も考慮しよう。それで貴様は神の殉教者となるか?」

 

 えー。神様の為に死ぬのは嫌だな。

 それって用無しになったら自殺しろって事じゃん。

 有意義な人生の最後は自分で決めたい。ここが死に時だっていうのは選ぶ権利があると思うんだよね。今まさに死んでるけど。

 

「神の名を(たた)えよ」

 

 讃えようにも名前知らないから。

 

「教えたところで発音できるとは思えんがな」

 

 そういえば、聞いていいかな。

 

「なんだ?」

 

 大方の予想では蘇生されそうだけど、生き返って死ぬを繰り返す刑罰なのかな。

 

「そこまで面倒は見ん。貴様の働きによっては御使いに招聘(しょうへい)してやってもよい」

 

 私だって安らかな眠りを欲するよ。

 これも罰なら甘んじて受けよう。そうするだけの覚悟が無い者に力は与えられない。だからこそ私は戦い続けた。

 あと、神様。ちゃんと名前教えてよ。どう呼べばいいのか分からないじゃん。

 

「父か『デウス』と呼ぶといい。これくらいなら呼びやすかろう」

 

 なんかヤダ。

 親には良い想い出が無いから。

 

我侭(わがまま)な人間だ。だが、試す価値は……。我が御名を讃えよ。貴様にも()同様の聖遺物を与える。ただし、それは実力で勝ち得よ」

 

 了解、デウス様。

 

「……神に感謝する簡単な事も今の人間共はまともに出来んとは嘆かわしい事だ……。やはり信仰心の厚い国の者は違うな。新たな転生先は過酷だが神の偉大さを知れ。さすれば死して後の安寧を約束しよう」

 

 神様が嘘吐きならぶっ殺すからね。

 じゃあ、よろしくお願いします。

 

「口だけは一人前だな。肉体的な鍛錬とやらが済み次第やってもらいたい事がある」

 

 成功率にも拠るけれど失敗したら永劫の拷問が待っていたりするのかな。

 

「転生を望むか、魂を浄化して草木の足しにする。成功の(あかつき)には神の御元だ。野蛮な拷問などしない」

 

 転生ばかりでも拷問だと思うけれど。

 失敗してもあまり怒られないなら頑張るよ。

 

「多少、信仰心のある者は従順で好ましいな。全くっ! ああ、また脱線したな。では、(みことのり)を与える。転生先に居る馬鹿者……。ターニャ・フォン・デグレチャフを速やかに()し、ここに連れてこい。あとは貴様の自由だ。以降は信仰心の積み上げに貢献せよ」

 

 大命を拝します。

 身命を賭して任務を遂行いたします。

 

          

 

 神に祈りを捧げる。確かにそれは簡単な事だ。

 それよりも神様とやらが直々に声をかけてくれるのは存外、悪い気はしなかった。

 永遠の説教かと覚悟していたが。

 程なく意識が無くなり、次に気がついた時は世界が変わっていた。

 どれくらいかと聞かれても困るけれど、きっと言葉では言い表せないくらいだ。

 暗くて生臭い空間から外に引きずり出される様子がなぜか手に取るようにわかる、感じ。

 自分で言葉を発したり動く事は出来ないようだ。

 初めての大気に驚き、初めて出た言葉は至極単純。

 

「……んぎゃあ」

 

 今にも死にそうな赤子の泣き声そのもの。

 意識のある転生にしては酷すぎやしないだろうか。これで人を殺せっていうのは無理だ。

 まあ、鍛錬を積んで下準備を整えてからって事だったし、気長なに頑張ってみるよ。

 知らない女の腹から抜き出される様子が分かるというのは気持ち悪いものだ。少し無知であればいいなって思わないでもない。

 身動きが取れない状態で無駄に時間が過ぎていく頃、私はどうやら捨てられたらしい。

 いきなり死ぬのは勘弁してほしいんですけど、神様。これでは祈る以前の問題だと思います。

 これで信仰心が増えるとは宗教国家のスレイン法国でも無理な話しだ。

 寒い。とにかく、寒い。

 周りを把握出来ない状況でも耳は多少は機能している。

 しばらくは言葉の練習くらいしか出来そうにない。

 気がつけば一年、二年と過ぎた。

 現在居るのは何処かの建物。孤児院や修道院と呼ばれる今にも朽ちて倒壊しそうな雰囲気があり、捨て子や難民を多く匿って育てている。

 子供が多ければ食料も早く無くなる。資金源は寄付金のみ。

 食事は粗末なものだが食材が不足しているので仕方が無い。だから餓死者も(たま)に出る。

 小さな子供が餓死するとどうなるのか。当然、解体して生き残った子供の(かて)となる。

 幼子(おさなご)にとって肉が元々は何であったかなど理解できたものは年長者くらいだ。

 しばらくすると病気が蔓延(まんえん)して一気に人数が減る。

 生き残っているのは肉を食べなかった子供たちだ。そして、それを適度に繰り返して修道院とやらは新たな子供と寄付金を集めている。

 過酷な世界とは言い得て(みょう)だ。

 仲間意識は低く、尚且つ誰かが死んだとて大人も子供も気にしない。ただ、修道女(シスター)達は悲しみに暮れる。

 正確には()()()()()()をしているだけだが。

 ある程度、手足が動くようになった私は決して肉だけは食べなかった。最初こそは食べた気がするけれど、量にも拠るし。

 それくらいの拷問(ごうもん)()()()()で知っているから。

 知識は貴重な財産だ。

 そんな状態にもかかわらず子供たちはとても(したた)かだ。

 修道女(シスター)の目を盗んではケンカに窃盗、果ては何所で覚えてきたのか性行為(いそ)しむ始末。

 この国は冬場はとても冷えるので互いに身体を寄せ合って暖を取る事がある。その過程でよからぬことを自然と覚えていくのだろう。動物の本能のままに。

 助け合って寒さを(しの)ぐ美談は夢物語だ。

 私も襲われそうになったので去勢(きょせい)した後、シチューの具として調理して食べさせてやった。

 何も知らない子供からすればウインナーゆで卵にしか見えない。無知であるゆえ()()()()()()()()()()羨ましいと言っていた。

 当然、罰があるはずだが運がいいのか悪いのか。小さな女の子(三歳児)に残酷な事など出来る筈がない、と都合の良い言い訳を修道女(シスター)は自分に言い聞かせて()()()()()()をした。

 孤児院に出来る事は何もない。だから、罰があっても殴打くらいだ。

 修道院の現状を考えれば子供一人に罰を与える労力は無駄以外の何者でもない。あと、去勢した子供は数日後に失血死だったか、流行り病にかかり子供たちの夕食となってしまったようだが。

 本当にこの世界は素敵に狂っていて好きになりそうだ。

 食事の合間に私がすることは鍛錬のみ。ただひたすらに。

 そういえば集められた子供の中に殺すべき対象である『ターニャ』なる女の子が居たが同姓同名だろうか。

 確かに『ターニャ・デグレチャフ』という名前なのだが今殺せばいいのか。それとも後で始末するのか。

 準備を終えてからという事だから後なんだろうけれど。

 そういえば名前しか聞いてないからどうすればいいんだろう。

 間違って殺して怒られるのは嫌だな。

 分からなくなったら鍛錬だ。

 


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