狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#016

 act 16 

 

 筋力トレーニングをデグレチャフに見つめられながら(おこな)うのは少し恥ずかしい。

 どうやら敵情視察しているようだ。というのはエステルにも分かるけれど。

 いくら(がく)彼女(デグレチャフ)より劣るとしても戦場の感覚は負けていない。

 豊満な胸があれば揺れでも見せてやるところだ。今は揺れを起こすほどの肉が無い。

 以前の身体には少なくとも多少なりともクッションとして存在していた。

 まるで切除されたような悲しさだ。

 慢性的な栄養失調のせいか、顔色が悪い。死人のような蒼白な色。

 柔軟性があるのが唯一の強みだろうか。

 成長期の子供にもっと栄養を、とデウス様に祈る毎日だ。

 

「……一緒にやる?」

「結構だ」

 

 即答で断られてしまった。

 見学より体験すればいいのに、と思わないでもない。

 新たな身体を得た筈なのだが、脆弱性は否めない。

 生まれながらに肉体的な欠陥があったのであれば仕方がない、と言えなくはない。

 短命でも構わない。少しは長生きしたいと思うけれど、運命というのは常に理不尽なものだ。

 午後からは魔法の訓練に入る。

 演算宝珠は多彩な運用が可能である。というのは理解した。

 標準宝珠でも対人戦闘が出来ないわけではない。

 ナイフを魔導刃として使用する事が出来るし、石に爆裂式を仕込めば簡単な手榴弾程度の威力は出せる。ただ、火薬が入っているわけではないので殺傷力は期待できない。

 防殻術式は普通の銃弾ならば防げるが砲兵並みとなると相応の魔力を消費する。

 失った魔力の回復は休息しか無い。

 

「偽装術式。魔力感知に妨害術式……。本当に多彩だけど使いこなせなければ意味が無い」

 

 多彩というか多彩過ぎるほどだ。

 ()()()の魔法も膨大ではあるけれど、等しく行使する技術は()()()()()()の方が上かもしれない。少なくとも基本的な部分では、という条件は付くと思うけれど。

 遠望術式。けっこう集中しなければならないが哨戒任務では役に立つ。

 近接戦を得意とする自分には遠距離攻撃が主体の戦場で上手く立ち回れる自信が無いけれど、慣れるしかない。

 

一角獣の槍(ユニコーン・ランス)

 

 エステルの額から円錐状の真っ直ぐな角が生えた。

 第二位階の魔法で生えた角を標的に発射するものだ。ただ、位階が低いので威力に期待は出来ない。

 ポンと額から抜けて真っ直ぐに飛び、飛距離が足りずに地面に落下して銀色の炎を発した後で消えていく。

 

「………。こんな魔法だったっけ?」

 

 低い位階魔法は割りと地味なのは仕方が無いか、と諦める。

 魔力系に比べれば全体的に派手さに欠けるのは否めない。

 基本的に攻撃魔法は対象が居ないと効果がいまいち分からない。かといって研究員を立たせるわけにもいかない。

 動かない(まと)より生きた人間に試したい。

 

早足(クイック・マーチ)

 

 信仰系では第一位階にある魔法を唱えて軽く駆け出す。

 武技(ぶぎ)を使わないので集中力に影響しないのが強みだ。

 素早さを二割ほど上げ、近距離に居る仲間にも影響を与える範囲魔法だった。だが、今は誰も居ないので少し虚しい。

 

音響爆破(サウンド・バースト)

 

 近距離に居る人間種ならば効果が見込める第二位階の音波攻撃。

 早い話しが大きな音で聴覚を消失させ朦朧状態にする事が出来る。元から聴覚を持たない相手にはダメージしか与えられないけれど。

 

太陽撃(サン・ボルト)

 

 同じく第二位階の魔法だが、盲目状態を引き起こす光線を発射する。光線で相手にダメージを与える事も出来る。

 アンデッドに有効的だが、この世界には居ない気がする。

 少なくとも牽制には使える。

 新しい魔法は使用者に不安を与える。何処まで通用するのか未知であるから。

 

音響の槍(サウンド・ランス)

 

 第四位階にある音波の槍で攻撃する単純なものだが武器が無い時には重宝する。

 

死者召喚(サモン・アンデッド)

 

 高い位階魔法で呼び出せるか、気になったので唱えてみた。

 今回呼び出すのはとても馴染みのあるものだが、果たして。

 不敵に微笑するエステルの目の前に巨大な骨の集合体『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』が地面から這い出てきた。

 様々な骨が組み合わさったアンデッドモンスターで20フィート(6メートル)は超えているように見える。

 (まく)のない翼を背に生やしているが空は一応、飛べるらしい。

 四足歩行のモンスターで召喚主であるエステルの命令どおりに移動を開始する。

 

「この世界に呼び出せるとすれば他にも色々と出せるかもしれないなー」

 

 一定時間しか現界(げんかい)出来ないはずだが、それでも効果が確認出来ただけで満足した。

 他にも色々と呼び出してみた。

 

          

 

 規定の時間になり、全てのモンスターが消えた後、魔力回復の為の瞑想に入る。

 失った魔力は充分な休息を取れば回復するけれど、演算宝珠と併用すると魔力の減りが早まるから非効率的ではないか、という事に思い至る。

 戦士らしく近接戦闘がやりたいけれど、それにはまず使い慣れた武器が必要だ。教育課程では遠距離射撃ばかりだったが。

 反撃による損耗率とか色々と関わってくるようだが、保身重視の戦闘は未だに慣れない。

 安全に敵を倒す上では至極真っ当な戦略なのはエステルも理解出来る。

 無謀な行動は(つつし)まなければならない。それが集団行動の原則だ。

 命令に従って行動する兵士というのは面白くない。

 とはいえ、怒られたくはない。他の国とて戦闘形態に差があるとは思えないので脱国(だっこく)するメリットは感じられない。

 

「少尉、寝ているのかね?」

 

 瞑想と雑念の(かたまり)(とら)われていたら聞きなれた声が聞こえてきた。

 目蓋を開けずとも相手が開発主任『アーデルハイト・フォン・シューゲル』であることは理解出来た。

 独特の大きな威圧感のある声はそうそう忘れられない。

 

「瞑想というものです」

「そうかね。私には寝ているようにしか見えないが……。デグレチャフ少尉といい、君といい……。新型を使いこなせないとは……」

 

 使いこなせるような代物とエステルには思えないのだが、それでも使いこなせなければいけないというのは難儀する。

 そもそも成功とはどういう状態の事を言うのか。

 一般的な演算宝珠は特に問題なく、当たり前のように使えていたのだが、新型は同じように使おうとすると爆発する。あと異常に魔力を吸い取られてしまうらしい。

 気がついたら枯渇しているので自分が思っている以上に吸い取っている、としか思えない。

 

「汗まみれの身体を洗って私の部屋に来たまえ。今後の事を話そうじゃないか」

 

 失敗続きで叱られるのだろうか、と思った。

 少し気が重いが来いと言われれば特段の理由が無い限り従うのが兵士の務め。

 魔力を使う実験はしばらく無いので了承する。

 エレニウム工廠の中は多くの研究者が新兵器などの開発研究に邁進していた。ほぼ兵士は居ない。

 彼らの宿舎には食堂もあれば個人の部屋もあり、医務室も完備されている。それでも食事の質は良くない。

 そもそも帝国の食糧事情はとても逼迫(ひっぱく)している。

 領土と軍事は充分にあるのに。

 飢えが人を闘争へと駆り立てるのか。

 シャワーを浴びながら自分が居る国について考えてみた。

 湯船に浸かるような贅沢なものはなく、機能的なものしかない。

 元々女性の兵士の数が少ないので基本的に男女兼用だ。それはトイレも一緒。

 子供用の服は特別に取り寄せてもらったが十歳程度の兵士はどこも想定されていない。だからいちいち取り寄せる必要がある。

 エステルが知る限り、自分達のような低年齢の少年兵はデグレチャフと自分の二人だけのはずだ。

 大きな身体の兵士にもまれて自分はよく一年以上も過ごせたものだと改めて驚いた。

 

          

 

 新しい服に着替えて開発主任の部屋に向かうエステル。

 華奢な身体に合わせた制服も随分と着慣れてきた。制帽もやや大きいが顔が埋まる事は無かった。

 制服や軍服など着た事が無かったが窮屈な点を除けば別段、嫌な気はしない。

 身軽な軽装も良いけれど、普段着としては悪くない。

 難点は戦闘に向いていないところだ。

 開発主任の部屋の扉をノックする。

 

「クレマンティーヌ・エステル魔導少尉であります」

 

 こういう挨拶をするのが一般的と教えられたがまだ少し慣れない。

 秘密裏に部屋に入れ、と言われた場合はどうすればいいのか。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 背筋を伸ばして姿勢よく歩く。

 軍隊教育というものは個人の自由を束縛するもののようで堅苦しい。

 歩き方。敬礼の仕方。上官に対する口の聞き方。事細かに決まりごとがあって覚えるのが大変だ。

 以前の自分ならば無視するのだろう。好き勝手にやりたい放題。

 だが、ここは新たな世界だ。知らない事の宝庫。

 人殺しだけが自分の娯楽という事はない。

 未知への探求も好きな方だ。戦士としての技量の向上も熱望するほどに。

 今少し世界の(ことわり)に従っているだけだ。

 

「かけたまえ」

「はっ」

 

 開発主任の部屋には膨大な資料と様々な機械類が転がっていた。

 個室のようで助手の姿は無い。

 こんな部屋で開発していて爆発とかしないものなのかと疑問に思うほど色んな物が目に付いた。

 失敗作の演算宝珠もあるようだが、兵士達の装備の試作品製作が彼の仕事なのだろう。

 魔法文化に慣れ親しんだエステルにとって何もかもが目新しい。

 

「度重なる実験の失敗……。理論は正しい筈なのだ。それに魔力の枯渇により爆発した事例はない。つまり君たち側の問題という事になる」

「申し訳ありません」

 

 返事ははっきりと。組織での挨拶は常に元気よくすべし、とデグレチャフから教わった。

 いちいちうるせーな、殺すぞ。と言ってはいけない。

 肩や胸についている徽章(きしょう)類は色や金属でなら見分けられそうなのだが、類似品ともなると勝手が違ってくる。

 星が一つ、三つの違いなんて分からない。

 中尉と中佐の違いが分からないように。

 中隊で大隊長と呼ばれたり。未だに軍隊組織というものが理解出来ない事がある。

 

「エステル魔導少尉は限界高度までは飛べるようだが……。複数の術式起動に難があるようだね」

 

 これまでの実験結果の書類を見ながらシューゲルは言った。

 恫喝じみた声ではあるけれど地声のようだ。だが、小さな子供からすれば言葉一つで泣きそうになるほどだ。

 ここ最近の爆発事故や結果が出せない事で泣きそうになるのだが、それは身体が幼いせいか。

 精神と肉体がまだ一致していない気がする。

 

「そうであってもデグレチャフ魔導少尉と並んで結果はある程度出せている。もう少しなのだ。かといって双発に双発……。四機を四機。更に指数関数的に増やすなどというわけにもいくまい。それを可能とするだけの予算は現時点では捻出できないのも事実」

 

 度重なる実験失敗だけでもかなりの予算が費やされている。

 次の実験が最後とも通告されているのだから愚痴も言いたくなる。

 だが、それでも成功を見たい。

 神に(すが)ってでも。

 無神論者であるシューゲルとて見えざる手に縋りたくなる事は多々ある。それでも無神論者でいたのは実力で成功に導いてきただけの結果を示したからだ。

 

「単刀直入に聞くが……。少尉はどこまで吹き飛んでも再生出来るのかね? もちろん頭が無くなれば無理だろうが……。腕一本何分ほどで戻せるとか」

「計測したことはありませんが……。おそらく五分から十分ほどだと思います」

 

 いくら高位の治癒魔法とて即座に再生できるほど万能ではないはずだ。もちろん、自分の知りうる限りにおいて。

 大儀式を伴なう高位の『大治癒(ヒール)』は大抵の再生と病気などを癒す。だが、この魔法は第六位階だ。今の自分に出来るのか確認はしていない。

 

「双発実験には耐えうるのだな。しかし、少尉。痛みを軽減する術式に抵抗があるというのは痛いな。その体型と年齢では痛みに抵抗があるだろうに」

「痛みがある方が生きていると実感できますので、かえって邪魔だと判断いたします」

「……立派な心構えだ」

 

 確かに酷いケガを負っているにもかかわらず逃げ出さないのは普通の幼児には出来ない事だ。あのデグレチャフですら慎重に防御術式も併用して対処しているというのに。

 それでも二人は爆発にめげずに頑張ってくれたのは評価すべきだ、と思わないでもない。

 新型宝珠を現時点で扱えそうな素体は今のところデグレチャフとエステルだけだ。

 

「通常は脳内麻薬を分泌する術式があるはずなのだが……。少尉にとっては妨げとなるようだね」

「何故か慣れなくて」

 

 痛みに耐えられず死を願うのが一般的だが、エステルの場合は魔力さえあれば復帰できる可能性がある。だが、身体を潰された状態や脱出不能に陥った場合は逆に絶望に落ちる可能性もある。

 その時は脳内麻薬など無意味だろうけれど。

 

「度重なる重傷にあっても実験継続に邁進する少尉に何か報いなければな。お菓子は無いが、希望があれば出来る限り叶えよう」

 

 少なくともデグレチャフより大人しく、従順である事が理由ではある。

 素直な実験体は好感が持てる。治癒魔法という希少能力により無茶な実験が続けられるのだから勿体ない。

 高性能な演算宝珠に留まらない画期的な発明を作り上げる喜びが目の前に転がっているのだから。

 

「接近戦用の武器などはどうかね?」

 

 事前に兵士の詳細が記された書類には目を通している。

 戦歴はまだ少ないが戦闘データは逐一送られていた。

 

「支給品の近接武器では心許ないのですが……。大剣とか武器の製造は(おこな)っていないのでしょうか?」

「基本武装の銃剣類がせいぜいだが……。中世の武器は既に骨董品扱いだ。そんなものは飛び道具にさして効果があるとは思えんな」

「……こっとうひん」

 

 エステルにとっては骨董品こそが信頼の置ける武器である。だが、この世界では無力な武器と化しているというのは悲しい事だ。

 確かに言い分は理解出来る。

 飛び道具相手には無力だ。

 この世界では弓兵(アーチャー)射手(シューター)などが活躍できるようだから。

 

「飛び交う銃弾を()(くぐ)り、接敵するのは無謀だと思うのだが……」

 

 暗殺部隊なら通用するかもしれない、とシューゲルは思った。

 現在の部隊は観測任務や砲兵の仕事が多い。

 要人暗殺は今のエステルでは勤まらない、気がする。階級的に、という意味でも。

 いくら銀翼突撃章保持者でもなれる役職だとは思えない。

 

「少尉が望む武器はクレイモアかね?」

「いえ。刺突に特化した『スティレット』という武器です」

 

 鎧や鎖帷子(くさりかたびら)をまとう兵士にダメージを与える事に特化している。

 大きさは1フィート(30センチメートル)ほどで十字架に似た形をしている。

 両刃のショートソードに見えるが先端以外に刃はなく、小型なので持ち運びやすい。

 

「耳慣れない武器だな。後で調べておこう」

「理想としては弾を(はじ)く頑丈なものがいいです」

 

 詳しい詳細は書面に書くように言いつけて、今後の予定を尋ねる必要がある、とシューゲルは思い至る。

 おそらく次の実験が最後となるかもしれない。

 膨大な開発費用が(かさ)演算宝珠の結果を提出しなければならない。失敗ばかりを報告していては今後の実験にも影響が出る。

 


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