狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#018

 act 18 

 

 午後に近接戦闘に入り、簡単なナイフ術や体術での戦闘訓練をする。

 頭脳では後れを取っていたエステルも戦闘では逆の立場だった。

 標準演算宝珠を使ったデグレチャフの攻撃はエステルに殆どと言っていい程にカスリもしなかった。

 

「反応速度の差か……」

「経験の差だと思うよ」

 

 使用している演算宝珠に差は無い。

 単純に技術経験によるものと思われる。

 

「近接戦は強くても遠距離ではこちらが上か……。精度にあまり差は無いと思うが……」

「二人で(まと)を外すと面白いよね」

「……誘導式を使えばいいのだが、素では失敗もしよう」

 

 誘導式とて万能ではなく、素早い標的に対して逃げ切られてしまう事がある。それは持続時間が短いからかもしれない。

 鈍重な相手なら確実に当てられるのは分かっている。

 術式は万能ではなく、個人差がある。

 

「十秒とか一定距離で効果が消失するとか」

「防御術式も限界はある。全てに万能であれば戦争に負けたりはしない」

 

 小銃の弾丸は簡単に弾くが口径の大きい砲弾だと吹き飛ばされる可能性がある。

 エステルの魔導刃でデグレチャフの防御術式は簡単に切り裂かれた。

 一定の強さを()ってすれば防御術式は突破されるという証明だ。

 

「一度破られた防御術式を再度貼りなおす時に隙が出来る。そこを狙われればひとたまりもない。個人戦闘よりは集団戦闘の方が安全度は高まる」

「私個人としては単独の方がやり易いんだけどな」

「それを判断するのは上層部だ。組織に属している者が個人で勝手に判断していては秩序が崩壊する」

 

 戦乱が続く帝国内の方が退屈しなくて済みそうだし、他国に亡命するメリットはエステルにはまだ無かった。

 命令で敵と戦う事自体は嫌いではない。利用価値がある内は使()()()()もいいと思っている。

 今の暮らしはそんなに悪くは無い。

 

 手放したくないほどに。

 

 周りが戦場である限り敵には事欠かない。

 これほど好条件の世界はお目にかかったことが無い。

 目的を果たせば用済みとして処分されるかもしれないけれど。

 都合のいい小間使いの末路はどの世界でも同じものの筈だし、幸せを享受出来ると熱望するのも自由だ。

 過去の(わだかま)りにいつまでもこだわる性格ではないけれど、この日常はとても(とうと)く感じられる。

 前回の戦闘で人も殺せたし。

 しばらくは組織の(いぬ)として生活する事も(やぶさ)かではない。

 秘密部隊(六色聖典)に居た時より安全度が高いし、それ程(つら)くもない。

 戦乱渦巻くどんよりとした世界の空気はとても()()()()()

 

          

 

 残り二日となり開発スタッフの動きが慌しくなってきた。

 予算の凍結に伴ない、出来る実験も限られているのだから誰もが真剣な表情だった。

 最後に派手な花火でも打ち上げるのか。それとも奇跡が起きるのか。

 エステルにしても聖遺物とやらを受け取れないのは面白くない。くれると言ったのに何も無いのは騙されているとしか思えない。

 新型演算宝珠の事だろうけれど、あの欠陥品をどう動かせば成功になるのか。

 扱いの分からないものに頼りたくはないが、出来る限りの努力はしてみよう。

 早朝鍛錬を終えてデグレチャフとの会食。

 子供二人だけの朝ごはんにしか見えない風景だが、会話内容は帝国の未来や戦術などの専門的なものばかり。

 知識は財産だ。討論は不毛でも頭を働かせないと次へ進めない、と彼女(デグレチャフ)は言った。

 実験に成功しようが失敗しようが次は本国に向かい、新たな道を歩む。

 討論というより一方的に教わる側になっていた。

 お返しとして接近戦闘を叩き込む。

 休息の後、(まと)を用意してもらい鍛錬の続きを始める。

 演算宝珠如何(いか)に優れていようと使いこなせなければ意味が無い。

 

〈剛撃〉

 

 一般的な武技(ぶぎ)で力いっぱい叩きつけるだけ。ただし、普通に叩きつけるより強力になっている。

 単なる必殺技名では無い。

 一部の武技(ぶぎ)には前提条件があり、いきなり強力な技を覚えたりは出来ない。

 強力であればあるほど消費する集中力は多くなる。

 小柄ながらエステルが扱える数は膨大だが、まだまだ本人は納得していない。

 

「使い慣れた武器が欲しい。いまいち調子が出ないや」

 

 素足で硬い金属を蹴れば素直に痛い。

 素手で殴っても痛い。

 基本武装はどうしても欲しい。だが、兵士の装備にエステルの要望するものは無い。

 世界の違いは難儀するが慣れるしかない。ここは前まで居た世界ではないのだから。

 


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