狂女戦記 作:ホワイトブリム
鍛錬を終えてシャワー室に入るとすでに先客が居た。
小さな身体に濡れた金髪。白い肌。
華奢な体型は今のエステルと
それ程激しい戦闘は経験していないようだから背中は比較的、綺麗だった。
発育不全の不健康児童にも見える。
「お互い、小さな身体でよく兵士になれたよね」
「……ん? 引き金を引くだけの簡単な仕事なら子供でも出来る、と上層部が侮ったからかもな。戦争に勝つ為になりふり構わず特例を色々と認めたようだし」
十歳程度の子供の志願を受け付けるのだから、どうかしているとしか思えない。
まともな思考も出来ないほど帝国が追い詰められている証拠とも言える。普通ならば話し半分で追い返すものだ。
エステルは石鹸類を置いた後でデグレチャフのシャワー室に入り込む。
「おおう!?」
「……暴れても私に勝てるかな?」
「……うう、あまり変なことはするなよ」
「んー、幼女のクセに要らぬ知識を持っているようだねー」
背後から抱きつくエステル。
自分と同じ声で囁かれるのは気持ち悪い。背筋に冷たい水が落ちるようだった。
もちろんデグレチャフは
背後に感じるエステルの乳首。胸の大きい女性ならば気になるところだが、男性と大差の無い胸板では期待値は低い。それでも他人の胸板が背中に触れているのは恥ずかしい。
「少なくとも私は同性愛者ではない」
「私は差別はしないよー」
デグレチャフの首筋に舌を這わせるエステル。
今まで彼女が性的な行動に出たのは一度も無かったので驚いている。
ついに本性を見せた、ということだろうか。それとも
武器は携帯していないので暗殺という線は低いが素手でも人を殺せる気がする。
「女性将校の居ない風呂場は男性同士の
「ま、まあ、それは個人の好き
もちろん合意の上でならば咎められない。それが極限状況の戦場でなら許されるという事態や特例がある、かもしれない。だが、今の自分たちは未成年で幼女だ。倫理的に問題がある筈だ。
確かに修道院の暮らしは倫理観など存在しない混沌とした場所だったけれど。
法がきちんと機能しない国というのは厄介極まる。
「頭脳明晰なデグレチャフ魔導少尉も隙を見せるんだな」
「む……」
「首筋ががら空きで……。
確かにそうだろうな、とため息で答える。
迂闊に動くと何をしでかすか分からないので、一撃のみに神経を集中させている。
演算宝珠を首から提げていたとしても脱出できるか不明だ。
「私が敵ならデグレチャフ少尉は私を殺せるか?」
「……おそらく出来るだろう」
声が同じなので自分自身と相対しているように錯覚させられる。
幻聴ではないかと思うほどに。
「
「お断りさせていただく」
「んー、つれないなー」
デグレチャフの脳裏ではいかがわしい風景しか浮かばなかった。
倫理的にアウト。という文字が躍り狂う。
エステルはデグレチャフの尻から股間へと手を伸ばしたところで肘鉄を食らう。だが、それを見越していたので『不落要塞』で防御。
この
「生理現象に逆らわない方が良いよ」
「余計なお世話だ」
軍事面では優位に立てても
これが
今まで一緒に風呂に入った事はあったが、こんな
次の実験で命を散らすかも知れないという理由で生存本能に火がついたのならば仕方が無い、と言えるかもしれない。だが、同性だ。本来なら男性将校相手にやればいい、と。
腕力の強いエステルに腕一本で押さえ込まれて引き剥がせない。体格はだいたい同じはずなのに力の差が歴然というのは納得がいかないけれど、日頃からの鍛錬の成果ならば仕方が無い、かもしれない。
さすがに
「……出来れば……、触るだけで勘弁願えないだろうか?」
多少の妥協は必要だ。
発情したメスは危険な生物と成り果てるものだ。無理に抵抗しては血を見ることになる。
「デグレチャフ少尉は身体を売って金を稼ぐ仕事に向かないようだね」
「
「そういう強者っぽい人間を屈服させて
自分自身に
「んふー。……あまり
「きゃ~!」
この時ばかりは幼女らしい声で叫んだ。元々の声であればとてもではないが聞かせられない。いや、幼児の声でも聞かせられないのだが。
下手な拷問よりも辛いかもしれない。
こんな目に遭っているのは全て存在Xのせいだ。あと、今後の貞操がとても心配になってきた。
★ ★ ★
その後、壁に押し付けられて両足を無理に開かせられた後は
さすがに指を入れられるような事は無かったが気持ち悪い事が続いた。
「今の内に色々と慣れておけば男社会でも辛い思いをしなくて済むのに」
「……大きなお世話だ……」
話しながら放尿するエステル。
羞恥心が無いのか、それともシャワーで流せるから平然としているのか。
本当によく分からない人間だった。
「他人の生理現象に顔を背けるとは……。戦場なら隙だらけだよ」
「よく平気だな、貴様は」
「戦士だからね、私は。いついかなる時でも相手を殺せるように」
場所を選ばない戦士というのは危険極まりない。
確かに言い分は理解出来る。
こんな常識はずれの人間に出くわしたことが無いからかもしれない。
「反応が男っぽいね。前世は男性かな?」
「……そうかもな」
「飼い殺しにならないところを見ると
エステルはデグレチャフの背中に舌を這わせ、脇腹なども舐めていく。
抵抗しようにも押さえつける力が強くてびくともしない。
「恥らう顔や声は聞いてて楽しいけれど……。自分の声だと思うと不思議な気分。私の声は私だけのものだと思ってたのに……。偶然かな?」
「ぐ、偶然だ」
そもそも元の身体の声とは似ても似つかない。それだけはデグレチャフははっきりと言える事だった。
存在Xというよく分からない神とかいう
「そういえば、何故、
「んー。転生ってやつ。よく分からないけれど……」
「……てん、転生?」
聞き捨てなら無い言葉が聞こえた。
それはつまりエステルは自分と同じく一度死んで転生した、という事か。いや、正しくは前世の記憶保持者ではないか。
「前世の記憶を持っているのか?」
「持っているって事になるのかな。世の中には不思議なことがたくさんあるみたいだねー」
何でもない事のようにエステルは言った。それは物凄く重要な秘密事項ではないのか、と。
仮に
幼児が肉体関係についての知識を持っているのはおかしい。というか実年齢からすればありえないことだ。
ありえてはいけないのだが、
「単刀直入に聞くが『存在X』によって転生したのか?」
と言った後で存在Xという名称は自分で名づけた事を思い出す。ゆえにエステルが知っているわけがないと思い至り、言い直す。
「自称神という奴だ」
「『そんざいえくす』というのは聞いたよー。私はデウス様って呼んでるよー」
仮に事実だとしても前に居た世界でエステルのような女性と会った事は無い。
おそらくは関係が無い、はずだ。
一体何者なのだろうか、クレマンティーヌ・エステルという女は。
いや、偽名の可能性が高い。そもそもで言えば分からない事だらけなのだが。
「
口が裂けているのではないかという邪悪な笑みでエステルは言った。
近くで見ると悪寒を感じさせる雰囲気がある。
普段の姿からは想像もできない。いや、これが
言っていることが事実なら首を折られても不思議ではないが、現在、
抵抗しようにもひ弱な幼女に抗うすべが無い、とでもいうように。
演算宝珠があれば状況を打破できるかと問われれば無理かもしれない。さすがに相手が悪い。
「……でも、今は何故か命令が保留でね。私としては別にデグレチャフ少尉をどうこうする理由が無いし、今の暮らしに別段の不満も無いんだよねー」
不満が無い、ということは神に対する憎しみが無い、ということだろう。それはつまり味方に出来ない確率がとても高い。
仲良くする理由があれば話しが変わるのかもしれないが、自分はエステルの事をあまりにも知らなさ過ぎる事に今更ながら気付いた。
「命令されたらすぐ殺せるかと言われれば無理だよ。この世界、気に入ってるから。どうせ処分されるなら……、やりたいようにさせてほしいけどねー」
デグレチャフの首筋を甘噛みするエステル。
「身体が小さい、というか若いせいか。あんまり興奮しないもんだね。それはそれで損した気分だ。まだ未成熟だからだろうか」
「それは結構な事だ」
確かに成人であれば身体のどこかしらが反応する所だが、悪寒ばかり感じる。
あまり下の方を舐められてしまうとおしっこが出そうになる。というかエステルは出ていたが。
「性に貪欲であればいいのに。前世は紳士さんだったのかな? つまんない人生だったとか?」
「いやいや、順調に人生を謳歌していた。それを急に奪われただけだ」
「……そっか。いい人生だったんだね」
エステルはデグレチャフを解放した。
振り向くと裸体が見えるのだが同性であるので別に見ても問題はない。変に恥ずかしがるよりはあえて振り向くのが正しいのではないか、と思わないでもない。
「髪や背中を洗ってあげようか?」
「結構だ」
「なら、私の背中を洗ってくれる? それとも前の方がいいかな?」
見た目は幼女でも中身は意外と高齢のようだ。話しぶりでは成人は超えている気がする。
前世の記憶を持つ謎の女。
存在Xが差し向けた刺客、なのだろう。だが、敵に色々と喋っていたようだが、それはどういう事なのか。
演算宝珠の無い今が絶好の機会だろうに。
無防備に近いエステルの背中を石鹸の泡で洗いながら眺める。
ナイフがあれば刺しているだろうか。銃があれば頭を撃ち抜くだろうか。
色々と考えつつ相手の身体を洗っていく。
意外と殺せないものだと思い、ため息が漏れる。
ノルデンで無数の銃弾を浴びたはずだが傷跡らしいものは無く、実験失敗による擦過傷なども殆ど見られない。
全て治癒魔法で完治したとすれば凄いのだが、綺麗な肌だと思う。
もし、同性愛者であればかぶりつくかもしれない。
少なくとも自分は
過去形なのが非常に残念ではあるけれど。
「敵に背を向けているようだが……。自分の実力に自信があるのか……。それとも……」
「面白くない事はしない。だから今は無理に人を殺したいと思っていない。ただそれだけ」
命令に従う従順な
もうすぐ手に入るであろう
現時点でデグレチャフを
今後の人生設計も考えなければ勿体ない。
「絶対に殺せ、っていうほどの命令ではないみたいだから。デグレチャフ少尉が神に頭を下げれば解決することがあるかもよ。別に私は少尉を殺したいほど憎いわけじゃないし」
「……そうか。だが、あいつは邪神の
「前の世界では邪神も私達の信仰対象だったから平気な方だけど」
「……つまり邪教徒なのか、貴様?」
「いやいや、六大神の一柱が
国によって神の定義が違うのだろうとデグレチャフは納得できた。だが、邪神崇拝は生理的に嫌悪感を抱かせる。もちろん、イメージが悪いからだが。
それにしても普通に話してくれるのは意外だと思う。
秘匿情報ではないのだろうか。それとも素直な性格だというのか。
よく分からない。