狂女戦記   作:ホワイトブリム

21 / 49
#021

 act 21 

 

 最終日に(おこな)われる試験内容は『複合多重干渉誘発による魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験』という熟語をたくさん並べただけにしか聞こえないもので、さすがにデグレチャフも何の実験なのか首を捻るほどだ。

 要は何だ、と聞き返したくないが尋ねなければならない気がした。

 クソマッドことシューゲル開発主任の(げん)によれば通称『魔力変換固定化実験』という結局はよく分からない説明を受けた。

 何でも言葉を並べれば良いというものではない。というか、早口言葉の練習でもしているように聞こえる。

 エステルでさえ、新しい自爆方法かと不安を覚えているくらいだ。

 非科学的な魔法を科学で制御しようとするのだから荒唐無稽も(はなは)だしい。

 聞き返しても覚えられそうに無いのだが魔力を固定化して、それからどうするというのか。

 

「今更ですが……。魔力の固定化とは何ですか?」

 

 そもそも論で言えばシューゲルはどんな目的があって新型を作っているのか。いや、新型宝珠の受領だけだと思って今まで質問を避けていた節はあるけれど。

 エステルは軍人として、ただ与えられた任務を全うしようと奮闘していたに過ぎない。

 最後にふと疑問に思い、そしてごく自然に言葉が出てしまった。本当にただそれだけだった。

 

「仕様書は渡したはずだが?」

 

 最後だからか、今日のシューゲルは普段の威圧感は消えていて温和な言葉が紡がれていたし、表情も柔らかく見えた。

 それは憑き物が落ちたような清々しさか。

 

「……専門的な事柄ばかりで……」

 

 デグレチャフも一応は目を通していた。

 専門用語の奔流で結局、これは何なのだろうかと首を捻るほど荒唐無稽な事柄が書かれていた。

 一般兵士に理解出来る内容ではない筈だ。だが、それでも読み解いた分で言えば新型演算宝珠は革新的な能力を極限まで追及した代物であること。その一点に特化している。

 魔力は使えば消失する。

 それを蓄電池のように溜める技術が試みられてきた。つまり未だに魔力というのは溜めずに使いきり状態で運用されてきた事になる。

 演算宝珠の役割は魔力を最適化し、現世に奇跡を発現させるもの。その一つが航空術式で人を空に浮かべる奇跡だ。

 他には意志を具現化する干渉式と呼ばれるものがある。これが多種多様な術式の正体だ。

 幻影術式音声合成。医療分野では治療術式もある。

 一般的な魔導師の魔力は溜められずに拡散し、消失する。

 兵士であるゆえ戦闘中に治療する余裕はあまり無い。だから、後方で専門の担当者(医療班など)を多く配置しておく必要がある。

 使う(たび)に消える魔力を常時引き出すのが蓄電池化。すなわち魔力の固定化だ。

 兵士は己の魔力で演算宝珠を起動する事に勤め、使用される術式は溜め込んだ魔力から発動する。

 今までの実験では溜め込んだ魔力を制御できずに暴走して爆散という形で飛び散っていた。それだけでも立派な兵器なのだが。

 早い話しがこの一言に尽きる。

 

 永久機関

 

 消える魔力を固定化し、再度の運用に使用する。その奇跡を新型宝珠は可能とする。

 理論は完成している。後は実用化するだけだ。

 口で言うのは簡単だが形として完成させることは今まで誰にも出来なかった。

 もし誰にでも出来れば戦争はもっと早い段階から形を変えてきた筈だ。

 夢のような技術だが量産するには成功例が必要不可欠。

 仮に成功すれば術式を使い放題に使用できるし、新型の出力は理論上では四倍。

 もちろん演算宝珠が完成したとしても使い手がいなければならない。現時点で運用可能なのはデグレチャフとエステルの二人だけ。生き延びた、という意味では、と付くかもしれない。

 全ての兵士に等しく運用できる演算宝珠でなければ危険物であるのは変わらない。

 

「……我々が成功しても結局、量産できないってことですか?」

「成功例があれば量産化は難しくない。その為の実証実験なのだから」

「成功例からダウングレードが作りやすくなるかもしれない。多少、質は落ちても兵士の戦力増強には繋がる筈だ。……ドクトルがそれを許容するかは分からないが……」

「双発だけの演算宝珠の製作依頼は来ている。だが、今は目の前の実験の成功が大事でね。ダウングレードなど片手間で造ってみせるさ」

 

 難易度の高い四機の宝珠核を持つ演算宝珠を実際に作って見せたのだから、双発を作る技術は確実にあるし、簡単に作り上げてしまう、かも。それは間違いない、というか確実性をデグレチャフは感じた。

 成功すれば技術力が認められるし、予算も付くかもしれない。そうなれば後は製作まで時間はかからない筈だ。

 最初からチビチビとした新型より、一気に飛びぬけた高性能を成功に導けば他を圧倒することは間違いない。

 普通の会社であれば保身を優先し、安全に安全を重ねたりするものだ。だが、シューゲル主任技師は博打(ばくち)に出ている。

 成功か失敗か、ではない。生か死か、になっているのが問題だ。

 失敗しました、ごめんなさいで済むとは思えない。

 最後の実験はおそらく工廠ごと吹き飛ぶ気がする。それくらい思い切った実験にする、このクソマッド(シューゲル)は、とデグレチャフは不安いっぱいだった。

 

「……改めて聞きますが……、低地での実験ですよね?」

「空は成功してからでも良いだろう」

 

 低地で爆発すれば計測している技術スタッフも巻き添えを食らいそうな気がする。

 お気の毒に、と言いたい所だが自分たちも巻き込まれるから気持ち的にも余裕は無い。

 

          

 

 お腹に制御装置。背中に観測装置を背負い、無数のケーブルから魔力を充填。

 後は合図と共に起動するだけだ。

 どうせ吹き飛ぶなら、とデグレチャフとエステルは並んで待機する事になった。

 同時に暴走すれば連鎖爆発するのではないのか。

 

「……今ならまだ引き返せると思いますが?」

「心配は要らない。この実験は成功が約束されている。だから遠慮なく起動したまえ」

「はっ?」

 

 耳を疑うような言葉に思わずデグレチャフは聞き返した。

 成功が約束されているとはどういう事だろうか。ついに頭がおかしくなったのか。

 どの道、成功しない限り吹き飛ぶのは目に見えて明らかではあるけれど。

 どうせ吹き飛ぶのならば朝風呂の時にエステルと抱き合って『女』というものを味わい尽くしておくべきだったかな、という考えが脳裏を過ぎった。だが、悲しいかな。女の身体のせいか、男性的な興奮は起きなかった。というか、非常に淡白なものだった。

 それはそれで変な趣味に目覚めなくて良かったと喜ぶべきところなのか、今の精神状況ではうまく説明できないけれど。

 性欲に乏しいのは生物しておかしいことかもしれない。

 死を前にした生物というのは得てして子孫を残そうとするだろう。つまり不健全である、と。

 存在X(しゅ)を無駄に増やしたくないようだし、同性で子孫もクソも無いけれど。

 

「さて、少尉たち。準備はいいかね?」

 

 シューゲルの言葉にエステルは頷き、デグレチャフは両手を広げて肩を(すく)める仕草をした。

 今更逃げられるわけが無い。

 

「……で、起動するのはいいのですが、何をすればいいんですか? まさか武器を持って二人で殺し合いをしろと?」

「この工廠を軽く一周し、用意した(まと)に銃を撃つだけだ。もちろん、(まと)は壊れた飛行機だよ」

「了解しました」

「武器はライフルですか?」

「一般兵が使う武器は一通り並べてある。弾は詰めてあるが使う前に確認するといい」

 

 実験内容は至極簡単なものだ。だが、不安定な宝珠(おこな)うのだから何が起きても不思議は無い。

 魔力は充分に溜まっているので起動自体はおそらく問題はない。

 工廠はかなり広いのだが地面に事前に白線が引かれていて、その線を歩くなり、走るなり、飛ぶなどして移動する。

 その後で指定された場所で射撃する。ただ、それだけ。

 それで問題が無ければ限界高度まで飛んでほしい所だったが今回は(はぶ)かれている。

 聞いている分には何の問題も無い。問題なのは起動する演算宝珠くらいだ。

 

          

 

 小さな幼女二人の身体に邪悪な科学者が作ったほぼ爆弾をくくりつけられて爆死する予定の実験が静かに始まった。

 普通に考えて爆発すると分かって実験をしようだなどと思うのは自分が死ぬ事で誰かに多額の資金が渡るようなシチュエーションくらいではないだろうかと思う。

 それが家族であったり、爆弾を製造する会社であったり。

 今日は何度もため息が漏れ出る。

 仲良く手でも繋ごうかとデグレチャフは思うがエステルは特に気にした素振りを見せていない。

 最後だからさっさと終わらせて鍛錬の続きをしよう、とでも考えているのかもしれない。

 

「さて、エステル少尉。共に天に召されるようだが……。遺書は書いたのかね?」

「えっ?」

 

 死ぬと分かっている事態に遺書を書いておくのは兵士として基本的なことだと教わったはずだが、それを忘れているところを見ると不思議と微笑ましく思える。

 生き延びたらシューゲル主任技師を射殺する許可をくれと書いた。

 

「……気にするな。では、始めようか」

「了解。……実験が終わったら……帝都に行けばいいんだっけ?」

「その予定だ。貴官の場合は成功したら私の処女を貰うとか言いそうだったのだが?」

 

 質問に質問を返す。

 普通ならばこんな時に雑談などしている場合ではないのだが、自然と舌が滑ってしまった。

 

「んー、そういうのは考えてないなー。私は気まぐれだからねー。でもまあ……。何年後かに貰おうとか思うかもしれないねー」

 

 と、口が裂けるような邪悪な笑みを見せるエステル。

 この笑い方が彼女(エステル)の本性なのかもしれない。

 それはとても幼女の笑顔では断じてないと言い切れるほどだ。だが、それに対する自分の顔も今はきっと同じように口角を限界まで引き上げた笑みになっているに違いない。

 

「いい性格してるよ、エステル少尉」

「ありがとう」

 

 そして、お互いに耳に手を当てる。

 欠陥演算宝珠の実験の開始だ。

 『エレニウム工廠製九五式試作演算宝珠』の起動実験は静かに始まった。

 起動する事自体は問題なく出来る。後は四機の宝珠核を安定化させるだけだ。

 

ターニャ・デグレチャフ魔導少尉。出発します」

クレマンティーヌ・エステル魔導少尉。出発します」

 

 演算宝珠の実験は二人の競走ではないので先にゴールした者の勝ちなどは無い。

 共に爆発させずに実験を終える事だ。

 最初の一歩から爆発的な瞬発力が生まれ、爆風に似た衝撃波が(わず)かばかり発生する。

 異音を響かせ不安定な体勢に苦しみつつ白線の上を通っていく。

 走るというよりは低空飛行する形になった。

 油断すれば簡単に道から外れたり壁に激突する。

 防殻術式が通常より強固になるので身体へのダメージはとても軽微だ。むしろ工廠の壁くらい破壊するのではないか、と。

 多少は壊してもいいらしいが、体当たりは本意ではない。

 

宝珠核の温度上昇を確認』

『今のところ想定内です』

「……了解」

『一周ではすぐに終わってしまうから三週ほどしてきたまえ。計器類は今のところ安定している』

 

 デグレチャフはシューゲルの声に舌打ちをしそうになったが従う(むね)を伝える。

 兵士は命令に従う規則がある。たとえ相手がシューゲルであろうとも。

 二週目に突入するが低地なのに風圧を強く感じる。おそらく周りは衝撃波で色々と吹き飛ばされているかもしれない。

 エステルは先に行ってしまったが彼女が爆発した音はまだ聞こえてこない。

 出力が四倍というが体感的には二倍がせいぜいだ。まだまだ伸びる可能性はありそうだ。

 ものの十分足らずで規定の周回が終わる。

 何度も最初の内で爆発事故を起こしたせいか、今日は随分と制御が上手くいっている。それは慣れだろうか。

 

演算宝珠に異常は認められません」

『では、射撃訓練に入りたまえ』

「了解」

 

 宝珠を起動させたまま指定された場所に向かうとエステルが武器を選んでいた。

 誤差は一分ほど。

 姿勢制御に関しては彼女(エステル)に軍配が上がったようだ。

 

「……凄い光っているな」

 

 お腹に抱えた制御装置から通常よりも激しい独特の光りが漏れ出ていた。

 演算宝珠を起動すると赤い宝珠が明るい緑色に光る。それが今回はやたらと(まぶ)しくて目蓋が開けられないほどに明るい光量ではないだろうか。

 顔の真下で光っているので射撃の邪魔になりそうだ。

 

『激しい(ひか)りですか?』

「遮光装置が必要かと」

『後で検討しておこう』

 

 報告を終えた後、用意された武器を選定する。

 短銃から対戦車ライフルまで揃っていた。

 エステルは適当に武器を選び、標的である壊れた飛行機の残骸に発砲する。

 普通に撃ったらしく、カンと高い金属音が聞こえてきた。

 (まぶ)しい中でよく射撃が出来るものだと感心した。

 応急処置的にいくつかの干渉式で遮光を試みる。実戦では遮光の為に無駄な術式は展開したくないものだ。

 

誘導式貫通式散弾式

 

 術式を込める度に軌道や威力、輝きの異なる軌跡が空中を走る。

 演算宝珠を介して現世に奇跡を発現する。ただ、起動し続けている限り魔力はどんどん失っていく。

 理論上では消える予定の魔力は演算宝珠内で一旦固定化されて再度の術式の為に使われるはずだ。

 エステルの脳裏ではどの道、魔力を使って魔法を放つのだから固定化とか意味が無いように思われる。

 失った魔力は休息して回復するものだと。

 この世界の魔力は演算宝珠の起動に使われる。魔法などを使うにしても宝珠を介さなければ一時的な現象で終わってしまう。その筈なのだが何度も言葉にしてみても矛盾を感じてしまう。

 使えば消える魔力が何故、固定化出来るのか。

 今現在の宝珠内では魔力は消えずに次に備えている、ということだろうか。

 

「……?」

 

 鼻水が垂れたと思ったエステルが手で拭うと鼻血だった。

 急激な魔力消費が身体に影響を及ぼしているのかもしれない、と思った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。