狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#023

 act 23 

 

 この世界に転生して『統一暦』なるものを意識したのはごく最近のことだった。

 体調が戻るまで数週間を要したエステルは与えられた新型宝珠を眺めた。

 正式採用される事になった『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』は今のところ不具合を起こさずに機能している。

 大出力を出すにはデウスへの祈りが必要である、ということを同期のデグレチャフより聞いていた。

 実験として射撃訓練をするのだが宝珠の輝きが緑色から黄色になった途端に意識が飛ぶ。

 気が付くと目の前には爆炎に包まれた景色が現れる。

 彼女(デグレチャフ)の説明によればトランス状態に陥るらしい。

 訓練を重ねれば意識を保つことも可能になるかもしれないけれど、精神汚染が進行する可能性がある、とか。

 無神論者のデグレチャフと違い、曲がりなりにも宗教国家(スレイン法国)出身のエステルには問題の無い事だったが。

 意識が急に飛ぶのは早い段階から克服しないと危険であると認識する。

 そして、統一暦1924年度初頭

 自らの誕生日は定かではないが魔導適性の実験の為に修道院が提出した書類によれば十月中旬ごろだとか。現時点では十歳、らしい。いつ増えたのか気にする余裕は無かったので少しだけ驚いた。

 捨て子に正確な誕生日など意味があるのか疑問だった。今は正式な軍人なので誕生日は何かと必要らしい。

 兵士の慰労も軍内部では色々と催される事になっている、と聞いた覚えがある。

 今のエステルは『銀翼突撃章』を保持し、近く『二級鉄十字章』と『名誉鑑章』が貰える事になっていた。

 命に関わる実験を無事に生き延びて生還し、成功例を手にした功績が認められた。

 もちろんデグレチャフも勲章を授与される予定になっている。

 帝都ベルンにて鍛錬と食事療法に明け暮れているとエステル専用の武具一式が届いた。

 待ちに待った()()

 

 スティレット

 

 刺突攻撃に特化した短剣のような武器と幼い手を守る無骨なガントレット型の防具。

 引き金を引けるように製作されているので装備しても問題は無いようだ。

 肝心のスティレットは十本ほど。

 これで念願の()()()()()として人殺しが出来る。という考えが一瞬だけ過ぎった。

 それは()()()()()()の願望であって転生後の自分は少なくとも今居る世界に不満が無い。ゆえに貢献しようという心のようなものがある。

 元々はデウスよりデグレチャフの殺害が理由だったのかもしれない。とはいえ、今は別段、無理して自分の首を絞めるような真似をしなくてもいいだろうと思っている。

 簡単に終わらせるのは実に勿体ない。

 様々な要件を飲んだのだから、こちらの願望も少しは聞き届けてほしい。

 だからこそ祈ろう。デウス様に。

 

「この素晴らしい世界に居させてください」

 

 祈れば必ず声が聞こえる、というわけではないけれど時間がある時は瞑想ついでに祈る事にしていた。

 絶対に決まった日時と回数を必要とするわけではないようなので。

 本当は(みそぎ)なども必要なのだろうけれど、身体を清めるような立派な施設は軍内部には無かった。

 

          

 

 戦技教導隊という事で部下が付く事になっていた。

 いきなりの実戦から爆弾試験に次いで教導隊だ。何をすべきかさっぱり分からない白紙状態からのスタートに正直、エステルは戸惑った。

 与えられた任務であれば従うのだが、何をすればいいのか分からないのは不安だ。

 軍隊教育は詰まるところ敵が誰で、どう倒し、祖国に貢献出来るかが重要である。

 政治や細かい上層部の思惑などは下っ端にはうかがい知れない秘密事項が山積している。

 与えられた演算宝珠も機密指定されているので持ち逃げなど出来ようはずがない。

 

「転属が決まった。問題が無ければ速やかに行動を開始してくれ」

 

 人事局に呼び出され、開口一番にそう言われたエステルは敬礼して命令書を受諾する。

 目的地は西方のフランソワ共和国との国境付近。ライン戦線と呼ばれるところだった。

 今や帝国と共和国との戦いが激化した最前線となっていてデグレチャフも行きたくない、と言っていた場所だ。

 その最前線に行く事になった。とても楽しみだ、と口角が上がりそうになるのを懸命に押さえ込む。

 すぐさま用意を整える。可及的(かきゅうてき)速やかに、と厳命されているので。

 荷物は着替えと武具くらいだ。

 食料に関しては少し迷った。特別な食材があるわけではないので支給品でもいいかな、と思い、調理道具だけ持っていく事にした。と言っても使い慣れたナイフを数本と愛用のコップくらいだ。

 旅行カバンに詰め込み終わった後、友軍の集積地に向けて飛行機で向かう。

 行動は素早く(おこな)うこと。ゆえに無駄な壮行会などはしない。

 頼れるデグレチャフとは別行動だが、別に彼女と一緒に行動しなければならない規則は無い。あちらはあちらで動いている事だろう。

 目的地まではおよそ二時間と短いもので、すぐ到達する。

 現地でのんびりと旅行を楽しむ余裕など無い。

 エステルは現地の将校と面会し、転属の書類を提出する。

 

「本日より着任いたしました、クレマンティーヌ・エステル魔導少尉であります」

「ご苦労。楽にしてくれ。私は第二〇五強襲魔導中隊、中隊長のイーレン・シュワルコフ中尉だ。……貴官の配属先は……、第二〇六となっている。案内しよう」

「申し訳ありません」

「ははは。そう堅くならなくていい……」

 

 シュワルコフは笑顔で対応した。

 一見すると人当たりの良さそうな、何処にでも居る普通の子供のようだと、長く戦線に身を置いているシュワルコフから見たエステルの印象だった。

 見た目は金髪で赤い瞳の幼児(おさなご)にしか見えないが、銀翼突撃章保持者というのは実際に目にして驚いた。噂は真実であったか、と。

 軍人は相手の勲章や階級を気にする。

 部下の情報も色々と取り寄せて戦略を練るもの。

 シュワルコフを含めて兵士はほぼ男性が中心で、女性の軍人は十人に満たないらしい。

 

          

 

 別のテントに案内されたエステルはシュワルコフに再度の敬礼で礼を述べ、改めて書類を提出しなおす。

 最初に場所を聞いた兵士が()()()をしたらしい。

 

「ようこそ、最前線へ。第二〇六強襲魔導中隊、中隊長のレーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉だ」

 

 顔に傷のある中年将校が出迎えてくれた。

 魔導師の編成は通常、隊長を含めて四人で小隊。十二人で中隊。四十八人で大隊としての最小単位となる。

 目の前のオイレンベルクは十一人の部下を指揮する立場にあるという事になる。そして、彼自身も三人の部下を抱える小隊長を兼任している。

 軍隊教育は組織の繋がりが複雑になってくるのだが末端は比較楽に覚えられた。

 抗命(こうめい)というものが存在するので上官命令に異を唱えられるのは隊長クラスからとなっている。それでも制限はある。

 むざむざ命を散らしたくないのは誰もが思うのだが、それでも決断しなければならない時が来る。

 

「早速だが第四小隊長に任じる。部下は新兵だがうまく使ってくれ」

「はっ、拝命いたしました」

 

 敬礼で命令を受諾する。

 拒否権はほぼ無い。

 部下は要らない。一人で戦う。という我がままは通じない。

 隊長として部下に言う分にはある程度許容されるらしい。

 上司の命令には逆らえないが部下には大きな顔が出来る。それが組織というものだとデグレチャフは言っていた。

 エステルは小隊長になったわけだが徽章などは貰えない。あくまで現場の指揮のみで階級には影響しない。

 別の現場で中隊長を任せられたりする柔軟なものだ。

 戦争では誰かが死ぬ。

 ケガなどで指揮が出来なくなれば別の者に指揮権を移す。

 オイレンベルクに兵士が待機している無数のテントの一つに案内された。

 各小隊には指揮所(CP)と呼ばれる拠点が与えられる。待機中に命令を受ける事があるからだ。

 各CP(コマンドポスト)に命令を下す司令部(ヘッドクウォーター)と呼ばれる重要施設がある。

 この司令部(HQ)を攻撃されれば各CPに命令が送れなくなり現場は混乱し、敗走を余儀なくされる。つまりCP単独で戦争を継続する事は不可能である。

 

「エステル少尉は指揮の経験はあるのか?」

 

 現場に到着したが自分達以外は誰も居なかった。

 

「はい、いいえ。今回が初めてです」

 

 上官の質問に対し『はい、いいえ』と絶対に言わなければならないことはない。

 最初の『はい』は問いかけられた事に対しての返事。次の『いいえ』は否定だ。

 肯定の場合は普通に『はい』で終わってもいい。

 部下が返事をする場合は三種類だけとか言われたが実戦で経験するしかない。

 返事のたびに敬礼する必要は無いとも言われた。

 実戦での指揮の経験は確かに無い。だが、士官学校時代は誰かに教える役回りだった事を後々で思い出したが、それは関係なさそうな気がした。

 曖昧になってきたので迂闊に説明するのは危ないと予想し、口を(つぐ)む。

 

「まず現状を説明しよう」

 

 大きなテーブルに広げられている現場周辺の地図を指し示す。

 指揮所には様々な通信機や武器、細々とした備品類が既に用意されていた。

 各隊員用のロッカーもあった。

 

「我が軍は現在、主力が再編、集結中である。だが、到着まで時間がかかる」

 

 軍上層部は主力の殆どを北方ノルデンに割いていたため、ライン戦線の人的不足が仇となっていた。ゆえにフランソワ共和国が手薄になった帝国に攻めている最中である。

 圧倒的な軍事力を保持していようと人的資源が乏しいところはどうしても弱くなってしまう。当然、そこを攻めない敵は居ない。

 多人数で殺しあう戦争とはそういうものだ。

 

「我々の任務は彼ら(主力)が西方戦線に来援するまで現場を防衛する事である」

 

 応援が来るまで早くて一週間以上。それまで戦闘は続く。

 一言で言うのは容易いが消耗戦となってしまうと補給が重要になる。そして、その肝心の補充と補給も払底(物資が不足)しているせいで継続戦闘が難しい状況だ。

 

「再配置には二週間以上かかると予想されている。そこで遅滞防御を断念し、機動防御に移行することが決定された」

 

 『遅滞』とは敵戦力を誘導することである。

 『機動防御』とは部隊を機動させて敵の側面を攻撃。時間的猶予を作る戦闘行動で、あえて攻撃を加えて敵を後退させる手法だ。当然、無謀にも敵陣地に突っ込んでいくので危険ではある。

 

「我々は他の中隊と連携し、機動防御戦を(おこな)う」

「はっ。了解しました」

 

 何の疑問を抱かない兵士エステル。それでも見た目は十歳程の幼女だ。

 オイレンベルクはあえて指摘しないように務めていたが幼い子供に与える任務としては最悪に近い。

 要は死にに行けと言っているのと同じだ。

 新型宝珠を持ってしても人間である事は変わらない。それでも上からの命令である。

 

「貴官の奮闘に期待する。質問はあるか?」

 

 というか子供に今の説明が理解出来たのか、と疑問に思う。

 いつ来るか分からない主力が来るまで敵を倒し続けてくれ、と一言で言えば良かったかな、と思わないでもない。だが、それだと緊張感が薄れてしまう。

 兵士として平等に説明しなければ他の兵士を子ども扱いしてしまいそうになる。

 子供に人殺しをさせる祖国もどうかしている気がする。

 軍人として教育を受けたのだから十代から銃を持って戦う若い兵士は何人も知っている。だが、それでも()()()()()()()()は驚きを禁じえない。幼すぎるだろう、どう考えても、と。

 しかも何故かネームド銀翼突撃章保持者。

 

「い、いえ。特には……」

機動打撃部隊として敵を撃退する。貴官の新型宝珠の本領を発揮してほしい、との意向だ。もちろん、撃滅が目的ではないので無理に突貫する必要は無い」

「はっ」

 

 いくら新型とはいえむざむざ敵陣に放り込むバカな命令を出してきたら除隊願いを提出するところだ。

 現在位置だけが戦場ではないのだから。

 


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