狂女戦記 作:ホワイトブリム
エステルはオイレンベルクから数枚の書類を受け取った。
小隊として配属される部下の資料だ。
現地の言葉は理解しているので読むことは可能だ。
「現状の戦力は慢性的に不足している。質に疑義があると思うが察してほしい」
「了解しました」
疑問があれば質問しても問題は無いのだがエステルは書類に書かれている事に対して特に思う事は無い。
それが新兵ばかりだとしても。
中隊長に第四小隊用の指揮所に案内された。
少人数で運用する簡易的なものだが戦場を移したり、撤退し易い作りとなっている。
オイレンベルクと別れ、これからは一人で部下と相対しなければならない。つまり本格的に兵士として戦争する事になる。
中に居たのは三人の男性。階級は伍長。
書類によれば幼年学校での新兵である事。
「第二〇六強襲魔導中隊第四小隊長を拝命したクレマンティーヌ・エステル少尉だ。貴官らの氏名を述べよ」
自分達の身長の半分ほどしか無い子供に対し、三人は戸惑いを覚えていた。
「じ、自分はユースティス・ベルリッヒ伍長であります。イーダル=シュタイン幼年C大隊第二中隊から来ました」
幼年学校での隊は三人共同じだった。幼年と言っても年齢制限があり、新兵達は十代を超えている。
デグレチャフやエステルのような
次いで『ヴェルリース・ポウペン伍長』と『ハイベルト・フォン・トラップ伍長』と続いた。
幼年学校は志願組みと徴募組みを分けて教育するらしく、C大隊は志願者。D大隊は徴収された者達だ。A大隊とB大隊も何処かには居るかもしれない。それに魔導適性が無い者も兵士になるので、おそらく色々と振り分け方が違うのだろう。
「楽にしたまえ」
「はっ!」
両手を後ろに組んで足を少し開き待機する姿勢を取る。
「貴官らは戦闘経験は初めてか?」
「はい」
三人揃って答えた。
「……そうか。私も本格的に戦闘するのは初めてだ。共に頑張ろう。それぞれ装備を確認し、準備を整えろ」
出撃命令は無いが備品の確認は大事なのでまず持ち物を整理していく。
指揮所ではあるが通信係の兵士は居ない。だが、いくつかの無線機が置かれている。
待機している時に使うのだろうけれどエステルは機械にも
元々、原始的な文明で育ったので近代科学は不得意な分野だ。
専門知識に特化した部下を手配してもらうのが一番の近道だ。
「つ、通信兵を手配しましょうか?」
通信機器を見つめたまま難しい顔をしているエステルにポウペン伍長が声をかけてきた。
人当たりの良さそうな好青年の言葉にエステルは一つ頷いた。
新兵は十代後半の青年ばかり。これから初めての戦争をするので緊張していた。
★ ★ ★
装備の準備を整えて終わった後、呼集がかかり本格的な命令を受ける。
新兵教育を現場でのんびりする余裕は無い。ただ実戦で学んでいくだけだ。ゆえにエステルは兵士を伴ない指定された場所に向かうのだが、砲弾飛び交う中を新兵と共に行けば危ない。特に新兵の身が、と疑問に思う。
「……ロビン01より
今回のコールサインは
自分達に与えられた滞在拠点もCPの一つだが、現時点では使用する予定が無い。使用に関して上位の命令者から連絡を受ける事になっている。
番号の01はエステル。02から04までが部下に与えられる。ちなみに部隊ごとにコールサインは違う。
『CPよりロビン01。了解。負傷兵の回収も出来ればお願いしたい。オーバー』
「出来るかぎり善処する」
負傷兵の回収といっても見えている側から死んでいく。この中で救援任務を併用する事は自殺行為ではないか。
塹壕に放り込む事ができても後方の駐屯地までは運べそうにない。
「伍長達は銃弾に警戒しつつ負傷兵の回収に当たれ。敵兵は私が担当する」
「お一人で?」
「一小隊で相手に出来るほど少ない数ではないけれど……。やるしかないだろう」
銃弾の予備は無限にあるわけではない。
出来れば救援専用の小隊が欲しいところだ。
「……親愛なるデウス様。我に加護を与えたまえ」
エレニウム九五式に祝詞を捧げ、狙撃銃を敵歩兵隊に向ける。
大規模な破壊活動は味方をも吹き飛ばすので散弾式を封入する。
一度に狙える数は多くないが広範囲を吹き飛ばすくらいなら充分だ。
「
帝国へ進軍する視界内の敵兵に向けて発砲。そして、無数に分岐し、銃弾の雨が降り注ぐ。
ベルリッヒ達はまだ息のある味方を近くの塹壕や後方へと運んでいく。
折角の機動防御戦も満足に出来ないほど、帝国は攻め込まれていた。
トランス状態になった後、意識が散漫になりやすく、耳から届く無線で我に返るエステル。
『ロビン01、応答されたし』
「こちらロビン01。演算宝珠使用中は応答が困難になる。オーバー」
『……りょ、了解した。引き続き任務に当たられたし』
「通信機器が生きている間、応答を続けてくれるとありがたい」
『武運を祈る』
通信を終えて頭を軽く振るエステル。
戦争はまだ始まったばかりだ。
誘導式を撃ちながら敵歩兵を追い払い、部下と共に進軍していく。
★ ★ ★
フランソワ共和国の兵士は歩兵だけではない。魔導師も居る。
長距離砲も配置され、共に撃ち合う戦闘を繰り広げていた。
戦場が広範囲にわたっているので小隊程度で戦場を覆す事はエレニウム工廠製九五式を持ってしても不可能に近い。
死体と砲弾が転がる土地は作物が育たない
所々にある
魔導師の任務は観測任務が
その理由としては空を飛ぶ魔導師は砲兵の
歩兵の銃弾は防げても口径の大きい砲弾は防ぎきれない。
「小隊長。負傷兵が多すぎます」
「……出来るだけ回収しろ、と言われている」
回収ばかりしていては機動防御戦が出来難くなる。それは分かっているが、命令だから仕方がない。
「こちらロビン01より
『こちらCP。ロビン01、オーバー』
「負傷兵の回収ばかりでは任務に支障を来たす。増援を求む」
『遺憾ながら増援に出せる部隊は無い。継続任務に従事せよ』
エレニウム九五式は攻撃には使えるが救援任務にはあまり役に立たないのだなとため息が出そうだった。
前進してくる敵歩兵は適度に撃ち殺している。だが、それでも後から湧き出てくる敵には感心した。
どれだけ殺せば戦争が終わるのだろうかと不安を覚えるくらいだ。
他の小隊も似たような状況の筈だ。
『CPより第二〇六強襲魔導中隊に次ぐ。速やかに後退せよ。繰り返す……』
撤退命令が来たのでエステル魔導少尉は引き下がる。
無謀にも敵へ突進すれば命令違反に問われてしまう。
部下達を引き連れて自分達の滞在拠点まで後退する。